セーラの悲痛な叫びと、その瞳に浮かんだ本気の怯えを見て、わたしの脳みそは、今度こそ本当にフリーズした。
わたしの完璧な聖女プレイが! わたしの「みんなを守るために強くなる」っていう健気なストーリーが!
根底から、音を立てて崩れ去っていくんだけど!
セーラからみれば、今のわたし、どう見ても「仲間(ルスカーさん)の命を糧にしてレベルアップした、血まみれの幼女(魔王候補)」ってこと!?
うわぁあああん! こんなのってないよ!
わたしの魔王なんより、かわいくてみんなから愛される聖女とかのほうがいいのに!
どうしよう……。
セーラのこの怯えよう。いや、まだ、ここから巻き返せるはず! アリスちゃん諦めない!
わたしは血まみれのまま、必死で、必死で、ぐるぐると頭を回転させた。
ダメだ、言い訳が思いつかない。
わたしの聖女プレイは、ここでゲームオーバーか……?
……いや。
待てよ。
わたしの脳みそが、焦りの臨界点を超えた瞬間。
ふと、まったく別の思考が、天啓のように閃いた。
……あれ?
でも、それって、おかしくない?
「……セーラ」
わたしは、血まみれの顔のまま、真顔でセーラを見つめ返した。
わたしの雰囲気が変わったことに気づいたのか、セーラの肩が、びくりと震える。わたしは小さな手を頬に当てて、首をこてんと傾げてみせた。
「あのね、セーラ。わたし、ちょっとわからないことがあるんだけど」
「……は、はい……なんでしょうか……」
セーラの声が、まだ震えている。
わたしは、そんな彼女に、できるだけ優しく、諭すように尋ねた。
「人を殺してレベルを上げるのが『禁忌』で、『魔王の所業』なんでしょ?」
「……そ、そうでございます……」
「じゃあさ」
わたしは、にっこりと、無邪気に微笑んでみせた。
「この国の騎士団が、よその国と『戦争』になった時は、どうするの?」
「…………え?」
セーラの翠色の瞳が、困惑に、ぽかんと見開かれた。
よし、押してる!
わたしの脳内では、反撃のファンファーレが鳴り響いていた。
ふふん! どうよ!
わたしは内心でドヤ顔を決め込みながらも、顔ではしょんぼりとした、純粋な子供を演じ続ける。
「だって、おかしいよ。戦争になったら、騎士団の人たちは、国を守るために敵の兵隊さんと戦うんでしょ? それで、敵の兵隊さんを倒したら……その人たちも、みんな『魔王』になっちゃうの?」
「そ、それは……!」
セーラが絶句する。
わたしは、畳み掛ける!
ここで、完璧に理論武装するんだ!
「ルスカーさんも言ってたよ。騎士団は、国を守るために命を懸けてるって。それって、すっごく立派なことだと思うの。なのに、敵を倒した瞬間に『うわー! 禁忌だー! 魔王だー!』なんて言われたら、誰も国を守れなくなっちゃうよ!」
わたしは、ぷくり、と頬を膨らませてみせた。
アリスちゃん、怒ってます! みたいな。
「それにね、戦争は良くないことだって、わたしも思う。でも、歴史の本を読んだら、この世界でも、昔からいっぱいいっぱい戦争があったって書いてあったよ。時には、やらなきゃいけない時だって、あったんじゃないの?」
どうよ!
この六歳児らしからぬ、完璧な理論!
人を殺すのがダメなら、戦争はどう説明するのよ! この世界の倫理観、ガバガバすぎでしょ!
わたしの鋭すぎる指摘に、セーラは完全に言葉を失っていた。
彼女の翠色の瞳が、わたしの言葉と、彼女が信じてきた「教会の教え」との間で、激しく揺れ動いている。
これに気がつけるなんて、やっぱ、わたし天才だったかー。
「それは……その……」
セーラが、かろうじて絞り出した声は、あまりにも弱々しかった。
「戦争は……聖戦は、神の御名《みな》において許された、特別な……例外、で……」
「例外?」
わたしは、首をかしげる。
その言葉、待ってました!
「じゃあ、わたしがやったことも『例外』だよ!」
「ええっ!?」
わたしは、血まみれのまま、すっくと立ち上がった。
そして、ルスカーさんの亡骸を指差す。
「だって、わたしは、ルスカーさんを助けたかったんだもん! 苦しみから解放してあげたかったんだもん! それに、彼の力を受け継いで、セーラやみんなを『魔王』から守るためなんだよ!」
わたしは、自分の胸を、小さな拳でドン、と叩いた。
「これって、国を守る騎士団の人たちと、何が違うの!? わたしがやったことも、みんなを守るための、立派な『聖戦』じゃない!?」
どうだ! 完璧なすり替え!
ふはははっ、アリスちゃん、大天才すぎて、自分に惚れちゃうね!
わたしの、あまりにも自分勝手な、しかし妙な説得力を持ってしまった理論武装を真正面から浴びて、セーラの思考は、完全にショート寸前だった。
「せ、聖戦……? アリス様が……?」
彼女は、血まみれでドヤ顔を決めるわたしの姿と、「聖戦」という神聖な言葉を、必死に結びつけようと努力している。
無理もない。
いやー、論破しちゃったかー。悪いねー。
さて、わたしは、混乱するセーラに、最後の一押しをすることにした。
そっと近づき、彼女の震える手を、わたしの血まみれの手で、優しく包み込む。
「……セーラは、わたしが『魔王』だと思う?」
わたしは、潤んだ瞳で、彼女をじっと見つめた。
わたしの忠実なるメイドなら、答えは、決まってるよね?
「……ですが、アリス様」
セーラの声は、わたしの想像と違っていた。
恐怖と、混乱と、そして、わたしが信じてきた「正義」を真っ向から否定されたことへの、最後の抵抗。
「たとえ……たとえ戦争のように、仕方のないことであったとしても……! わたくしたち人間が、誰かを殺めても、その方の『力』……レベルまでは、奪いません……!」
「…………ほえ?」
わたしは、素で聞き返していた。
わたしの血まみれの顔から、さっきまでの自信がサーッと引いていく。
セーラは、わたしが本気でわかっていないことに気づいたのか、恐怖に引きつりながらも、必死で言葉を絞り出した。
「……そうで、ございます」
セーラは、震えながらも、こくりと頷いた。
「選べるのです。……命を、奪うだけか。それとも……その方の魂ごと、レベルを『奪う』か。……わたくしたちは、決して、後者を選ばないのです。……選んでは、いけないのです!」
セーラが、絞り出すような声で言い切る。
「そ、そうなの……!?」
わたしの口から、素っ頓狂な声が漏れた。
わたしは、血まみれの顔のまま、完全に固まっていた。
選べる? わたし、そんな選択肢、見たことないんだけど!?
「わ、わたし……そんなの、選んだつもりなんて……! ただ、倒したら経験値がもらえるって、それが当たり前だと……!」
そう。
どんなゲームだって、それが普通じゃん! わたしの混乱を見て、セーラは、はっ、と息を呑む。
「アリス様……! あなた様は、それを……! 『選んだ』という自覚すら、なく……!」
セーラは、血まみれで固まるわたしを、まるで、もう「人ではない何か」を見るような目で、わなわなと震え始めた。
「ああ……! だから……! 人の魂を糧にする……レベルを『奪う』という禁忌を、息をするように……! その行為こそが、人の魂を汚染し、歪めてしまう……! 教会では、そう教わります! その選択をした者は……!」
セーラは、はっ、と息を呑む。
「その者のステータスから、『信仰』の加護が消え……代わりに、『大罪』の烙印が刻まれると……!」
「…………ッ!」
わたしの呼吸が、一瞬止まった。
脳裏に、あのクソデブを殺した後、確認したわたしのステータスウィンドウが、フラッシュバックする。
――大罪:38
確かに、そこにあった。
レベル1の時は「信仰:1」だったはずの項目が、いつの間にか、禍々しい文字に置き換わっていた。
「『大罪』……」
わたしの唇から、乾いた声が漏れる。
「はい……!」
セーラは、わたしの反応を見て、それが真実だと確信したようだった。
彼女の顔から、さらに血の気が引いていく。
「それは、神と、人が定めた最大の禁忌! 神の教えに背き、人の道を踏み外した者の証! そして……そして、何よりも恐ろしいのは……!」
セーラの翠色の瞳が、本物の恐怖に、絶望に見開かれる。
「『大罪』の烙印をその身に刻んだまま、死を迎えた者は……その魂は、
「じ、ごく……」
シン、と静まり返った森。
わたしの「聖戦」だの「権利」だの言っていた、あの完璧なはずの理論武装が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちていく。
――なんか逆に論破された!
それも、完膚なきまでに。
まさか、わたしのやっていたことが「地獄直行便の片道切符」だったなんて!?
わたしの忠実なるメイドだったはずのセーラが、今、恐ろしいものを見る目で、わたしを……。
そんなのわかるわけないじゃんか!? そんな大事なシステムがあるなら、チュートリアルで説明しとけってのーッッ!!
さっきまで脳髄を焦がしていた、あの最高に気持ちよかったレベルアップの快感。
それが今、一転して、背筋が凍るような悪寒に変わる。
「そ、そんな……」
わたしの余裕な表情は、もうどこにもなかった。血まみれの顔のまま、ただ呆然と立ち尽くす。
この世界がゲームじゃなかったら、わたし、本気でヤバかったんじゃ……。
ん? いや、待てよ。
やべー、忘れてたー。
よく考えたら、この世界ってゲームだったわー。
うん、死んだらログアウトするだけ。「地獄」なんて、あるわけがない。この世界は所詮、仮想現実。
でも、セーラは本気で信じてる。
いくらわたしが説得したところで、セーラの価値観を覆すのは、まあ、無理だよね。
わたしの聖女プレイが完全に崩壊したことを悟ったセーラが、ついに、最後の堰を切ったように、わなわなと震える唇で、言葉を紡ぎ始めた。
「……ああ、ああ……!」
その翠色の瞳から、涙が、ぽろぽろと零れ落ちる。でも、それは、感動の涙なんかじゃない。
純粋な、恐怖と、絶望の色。
「アリス様……!! あの日、わたくしを救ってくださった、あの天使のようなお姿……! あれは、すべて……! すべて、わたくしを欺くための、『演技』だったのですか!」
うわ、ひどい言われよう。
別に助けようと思った気持ちは、嘘ではなかったんだけど。まあ、結果的に利用したけど
うーん、でも、これって、わたしの演技が完璧すぎたってことよね。ふふん。
「妹のことも……! ルスカーさんのことも……! あなた様にとっては、すべて、その『大罪』の力を得るための……ただの『糧』でしかなかったのですかっ!」
「うーん、それはちょっと違うかなあ。ルスカーさんは完全に事故っていうか、ラッキーっていうか?」
わたしが正直な感想を述べると、セーラは「あああ……!」と、さらに絶望を深めてしまった。
「人の心がない……! あなた様は、やはり……!」
セーラは、ついにその場にへたり込み、絶望に顔を覆った。
「魔王……! あなた様こそ、人の皮を被った、本物の『魔王』そのものです……!」
わたしは、血まみれのまま、ふぅ、と小さく息を吐いた。
なんか、もう、どうでもいいか。
説得、無理だわ。
たかがゲームの設定にマジになっちゃうタイプの子、たまにいるんだよなー。ゲームなんて、現実とは違うのに。
……はぁ。
わたしは、ルスカーさんの血で濡れた短剣を、無意識に、くるり、と指先で弄ぶ。
なんか、すっごく、面倒くさいな。
このままセーラを屋敷に連れ帰ったら、どうなる?
彼女、お父様やお母様に「アリスお嬢様は魔王です!」って泣きながらチクるんじゃ? そしたら、わたし、異端審問とかで教会に引き渡される……なんてことも。
ああ、もう面倒くさい。
面倒くさい、面倒くさい、面倒くさい。
……だったら。いっそのこと。
わたしは、顔を覆って泣きじゃくる、無防備なセーラのうなじを、じーっ、と見つめた。
こいつ、殺しちゃおっかな。
レベル42のわたしなら、今のセーラを殺すのなんて、ゴブリンをひねるより簡単だ。
じゅるり。
やばっ、またよだれが。わたしは、そっと短剣を握り直し、ゆっくりと、音を立てずに、セーラに向かって一歩、踏み出していた。
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【大天使】アリス様しか勝たん!【降臨】
288 名無しのダイバー
あれ? アリス様がセーラさんを見る目
どう見てもやばくね?
セーラを――(※なお、アンケート結果は内容に影響しません)
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殺せ
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殺さない……!