幼女「もらえる経験値、人>魔物では?」   作:北川ニキタ

27 / 30
27話 理論武装すれば無敵ってね

 セーラの悲痛な叫びと、その瞳に浮かんだ本気の怯えを見て、わたしの脳みそは、今度こそ本当にフリーズした。

 わたしの完璧な聖女プレイが! わたしの「みんなを守るために強くなる」っていう健気なストーリーが!

 根底から、音を立てて崩れ去っていくんだけど!

 

 セーラからみれば、今のわたし、どう見ても「仲間(ルスカーさん)の命を糧にしてレベルアップした、血まみれの幼女(魔王候補)」ってこと!?

 うわぁあああん! こんなのってないよ!

 わたしの魔王なんより、かわいくてみんなから愛される聖女とかのほうがいいのに!

 

 どうしよう……。

 セーラのこの怯えよう。いや、まだ、ここから巻き返せるはず! アリスちゃん諦めない!

 わたしは血まみれのまま、必死で、必死で、ぐるぐると頭を回転させた。

 

 ダメだ、言い訳が思いつかない。

 わたしの聖女プレイは、ここでゲームオーバーか……?

 

 ……いや。

 待てよ。

 わたしの脳みそが、焦りの臨界点を超えた瞬間。

 ふと、まったく別の思考が、天啓のように閃いた。

 

 ……あれ?

 でも、それって、おかしくない?

 

「……セーラ」

 

 わたしは、血まみれの顔のまま、真顔でセーラを見つめ返した。

 わたしの雰囲気が変わったことに気づいたのか、セーラの肩が、びくりと震える。わたしは小さな手を頬に当てて、首をこてんと傾げてみせた。

 

「あのね、セーラ。わたし、ちょっとわからないことがあるんだけど」

 

「……は、はい……なんでしょうか……」

 

 セーラの声が、まだ震えている。

 わたしは、そんな彼女に、できるだけ優しく、諭すように尋ねた。

 

「人を殺してレベルを上げるのが『禁忌』で、『魔王の所業』なんでしょ?」

 

「……そ、そうでございます……」

 

「じゃあさ」

 

 わたしは、にっこりと、無邪気に微笑んでみせた。

 

「この国の騎士団が、よその国と『戦争』になった時は、どうするの?」

 

「…………え?」

 

 セーラの翠色の瞳が、困惑に、ぽかんと見開かれた。

 よし、押してる!

 わたしの脳内では、反撃のファンファーレが鳴り響いていた。

 ふふん! どうよ!

 わたしは内心でドヤ顔を決め込みながらも、顔ではしょんぼりとした、純粋な子供を演じ続ける。

 

「だって、おかしいよ。戦争になったら、騎士団の人たちは、国を守るために敵の兵隊さんと戦うんでしょ? それで、敵の兵隊さんを倒したら……その人たちも、みんな『魔王』になっちゃうの?」

 

「そ、それは……!」

 

 セーラが絶句する。

 わたしは、畳み掛ける!

 ここで、完璧に理論武装するんだ!

 

「ルスカーさんも言ってたよ。騎士団は、国を守るために命を懸けてるって。それって、すっごく立派なことだと思うの。なのに、敵を倒した瞬間に『うわー! 禁忌だー! 魔王だー!』なんて言われたら、誰も国を守れなくなっちゃうよ!」

 

 わたしは、ぷくり、と頬を膨らませてみせた。

 アリスちゃん、怒ってます! みたいな。

 

「それにね、戦争は良くないことだって、わたしも思う。でも、歴史の本を読んだら、この世界でも、昔からいっぱいいっぱい戦争があったって書いてあったよ。時には、やらなきゃいけない時だって、あったんじゃないの?」

 

 どうよ!

 この六歳児らしからぬ、完璧な理論!

 人を殺すのがダメなら、戦争はどう説明するのよ! この世界の倫理観、ガバガバすぎでしょ!

 わたしの鋭すぎる指摘に、セーラは完全に言葉を失っていた。

 彼女の翠色の瞳が、わたしの言葉と、彼女が信じてきた「教会の教え」との間で、激しく揺れ動いている。

 これに気がつけるなんて、やっぱ、わたし天才だったかー。

 

「それは……その……」

 

 セーラが、かろうじて絞り出した声は、あまりにも弱々しかった。

 

「戦争は……聖戦は、神の御名《みな》において許された、特別な……例外、で……」

 

「例外?」

 

 わたしは、首をかしげる。

 その言葉、待ってました!

 

「じゃあ、わたしがやったことも『例外』だよ!」

 

「ええっ!?」

 

 わたしは、血まみれのまま、すっくと立ち上がった。

 そして、ルスカーさんの亡骸を指差す。

 

「だって、わたしは、ルスカーさんを助けたかったんだもん! 苦しみから解放してあげたかったんだもん! それに、彼の力を受け継いで、セーラやみんなを『魔王』から守るためなんだよ!」

 

 わたしは、自分の胸を、小さな拳でドン、と叩いた。

 

「これって、国を守る騎士団の人たちと、何が違うの!? わたしがやったことも、みんなを守るための、立派な『聖戦』じゃない!?」

 

 どうだ! 完璧なすり替え!

 ふはははっ、アリスちゃん、大天才すぎて、自分に惚れちゃうね!

 わたしの、あまりにも自分勝手な、しかし妙な説得力を持ってしまった理論武装を真正面から浴びて、セーラの思考は、完全にショート寸前だった。

 

「せ、聖戦……? アリス様が……?」

 

 彼女は、血まみれでドヤ顔を決めるわたしの姿と、「聖戦」という神聖な言葉を、必死に結びつけようと努力している。

 無理もない。

 いやー、論破しちゃったかー。悪いねー。

 さて、わたしは、混乱するセーラに、最後の一押しをすることにした。

 そっと近づき、彼女の震える手を、わたしの血まみれの手で、優しく包み込む。

 

「……セーラは、わたしが『魔王』だと思う?」

 

 わたしは、潤んだ瞳で、彼女をじっと見つめた。

 わたしの忠実なるメイドなら、答えは、決まってるよね?

 

「……ですが、アリス様」

 

 セーラの声は、わたしの想像と違っていた。

 恐怖と、混乱と、そして、わたしが信じてきた「正義」を真っ向から否定されたことへの、最後の抵抗。

 

「たとえ……たとえ戦争のように、仕方のないことであったとしても……! わたくしたち人間が、誰かを殺めても、その方の『力』……レベルまでは、奪いません……!」

 

「…………ほえ?」

 

 わたしは、素で聞き返していた。

 わたしの血まみれの顔から、さっきまでの自信がサーッと引いていく。

 セーラは、わたしが本気でわかっていないことに気づいたのか、恐怖に引きつりながらも、必死で言葉を絞り出した。

 

「……そうで、ございます」

 

 セーラは、震えながらも、こくりと頷いた。

 

「選べるのです。……命を、奪うだけか。それとも……その方の魂ごと、レベルを『奪う』か。……わたくしたちは、決して、後者を選ばないのです。……選んでは、いけないのです!」

 

 セーラが、絞り出すような声で言い切る。

 

「そ、そうなの……!?」

 

 わたしの口から、素っ頓狂な声が漏れた。

 わたしは、血まみれの顔のまま、完全に固まっていた。

 選べる?  わたし、そんな選択肢、見たことないんだけど!?

 

「わ、わたし……そんなの、選んだつもりなんて……! ただ、倒したら経験値がもらえるって、それが当たり前だと……!」

 

 そう。

 どんなゲームだって、それが普通じゃん! わたしの混乱を見て、セーラは、はっ、と息を呑む。

 

「アリス様……! あなた様は、それを……! 『選んだ』という自覚すら、なく……!」

 

 セーラは、血まみれで固まるわたしを、まるで、もう「人ではない何か」を見るような目で、わなわなと震え始めた。

 

「ああ……! だから……! 人の魂を糧にする……レベルを『奪う』という禁忌を、息をするように……! その行為こそが、人の魂を汚染し、歪めてしまう……! 教会では、そう教わります! その選択をした者は……!」

 

 セーラは、はっ、と息を呑む。

 

「その者のステータスから、『信仰』の加護が消え……代わりに、『大罪』の烙印が刻まれると……!」

 

「…………ッ!」

 

 わたしの呼吸が、一瞬止まった。

 脳裏に、あのクソデブを殺した後、確認したわたしのステータスウィンドウが、フラッシュバックする。

 ――大罪:38

 

 確かに、そこにあった。

 レベル1の時は「信仰:1」だったはずの項目が、いつの間にか、禍々しい文字に置き換わっていた。

 

「『大罪』……」

 

 わたしの唇から、乾いた声が漏れる。

 

「はい……!」

 

 セーラは、わたしの反応を見て、それが真実だと確信したようだった。

 彼女の顔から、さらに血の気が引いていく。

 

「それは、神と、人が定めた最大の禁忌! 神の教えに背き、人の道を踏み外した者の証! そして……そして、何よりも恐ろしいのは……!」

 

 セーラの翠色の瞳が、本物の恐怖に、絶望に見開かれる。

 

「『大罪』の烙印をその身に刻んだまま、死を迎えた者は……その魂は、万物の創造主(プレーローマ)様の御許《みもと》へは還れないと……! 救済を許されず、ただ……ただ、永遠に続く苦しみの奈落……『地獄』へと堕とされるのでございます!」

 

「じ、ごく……」

 

 シン、と静まり返った森。

 わたしの「聖戦」だの「権利」だの言っていた、あの完璧なはずの理論武装が、ガラガラと音を立てて崩れ落ちていく。

 ――なんか逆に論破された!

 それも、完膚なきまでに。

 まさか、わたしのやっていたことが「地獄直行便の片道切符」だったなんて!?

 わたしの忠実なるメイドだったはずのセーラが、今、恐ろしいものを見る目で、わたしを……。

 そんなのわかるわけないじゃんか!? そんな大事なシステムがあるなら、チュートリアルで説明しとけってのーッッ!!

 

 さっきまで脳髄を焦がしていた、あの最高に気持ちよかったレベルアップの快感。

 それが今、一転して、背筋が凍るような悪寒に変わる。

 

「そ、そんな……」

 

 わたしの余裕な表情は、もうどこにもなかった。血まみれの顔のまま、ただ呆然と立ち尽くす。

 この世界がゲームじゃなかったら、わたし、本気でヤバかったんじゃ……。

 

 ん? いや、待てよ。

 

 やべー、忘れてたー。

 よく考えたら、この世界ってゲームだったわー。

 うん、死んだらログアウトするだけ。「地獄」なんて、あるわけがない。この世界は所詮、仮想現実。

 でも、セーラは本気で信じてる。

 いくらわたしが説得したところで、セーラの価値観を覆すのは、まあ、無理だよね。

 

 わたしの聖女プレイが完全に崩壊したことを悟ったセーラが、ついに、最後の堰を切ったように、わなわなと震える唇で、言葉を紡ぎ始めた。

 

「……ああ、ああ……!」

 

 その翠色の瞳から、涙が、ぽろぽろと零れ落ちる。でも、それは、感動の涙なんかじゃない。

 純粋な、恐怖と、絶望の色。

 

「アリス様……!! あの日、わたくしを救ってくださった、あの天使のようなお姿……! あれは、すべて……! すべて、わたくしを欺くための、『演技』だったのですか!」

 

 うわ、ひどい言われよう。

 別に助けようと思った気持ちは、嘘ではなかったんだけど。まあ、結果的に利用したけど

 うーん、でも、これって、わたしの演技が完璧すぎたってことよね。ふふん。

 

「妹のことも……! ルスカーさんのことも……! あなた様にとっては、すべて、その『大罪』の力を得るための……ただの『糧』でしかなかったのですかっ!」

 

「うーん、それはちょっと違うかなあ。ルスカーさんは完全に事故っていうか、ラッキーっていうか?」

 

 わたしが正直な感想を述べると、セーラは「あああ……!」と、さらに絶望を深めてしまった。

 

「人の心がない……! あなた様は、やはり……!」

 

 セーラは、ついにその場にへたり込み、絶望に顔を覆った。

 

「魔王……! あなた様こそ、人の皮を被った、本物の『魔王』そのものです……!」

 

 わたしは、血まみれのまま、ふぅ、と小さく息を吐いた。

 なんか、もう、どうでもいいか。

 説得、無理だわ。

 たかがゲームの設定にマジになっちゃうタイプの子、たまにいるんだよなー。ゲームなんて、現実とは違うのに。

 

 ……はぁ。

 

 わたしは、ルスカーさんの血で濡れた短剣を、無意識に、くるり、と指先で弄ぶ。

 

 なんか、すっごく、面倒くさいな。

 

 このままセーラを屋敷に連れ帰ったら、どうなる?

 彼女、お父様やお母様に「アリスお嬢様は魔王です!」って泣きながらチクるんじゃ? そしたら、わたし、異端審問とかで教会に引き渡される……なんてことも。

 ああ、もう面倒くさい。

 面倒くさい、面倒くさい、面倒くさい。

 

 ……だったら。いっそのこと。

 わたしは、顔を覆って泣きじゃくる、無防備なセーラのうなじを、じーっ、と見つめた。

 

 こいつ、殺しちゃおっかな。

 

 レベル42のわたしなら、今のセーラを殺すのなんて、ゴブリンをひねるより簡単だ。

 じゅるり。

 やばっ、またよだれが。わたしは、そっと短剣を握り直し、ゆっくりと、音を立てずに、セーラに向かって一歩、踏み出していた。

 

 

 

――――――――――――――

 

【大天使】アリス様しか勝たん!【降臨】

 

288 名無しのダイバー

あれ? アリス様がセーラさんを見る目

どう見てもやばくね?

セーラを――(※なお、アンケート結果は内容に影響しません)

  • 殺せ
  • 殺さない……!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。