幼女「もらえる経験値、人>魔物では?」   作:北川ニキタ

28 / 30
28話 恐怖政治だって、メリットはあるよね?

 血の匂いが充満する森の中。

 ルスカーさんの亡骸(なきがら)を前に、わたしとセーラは、ただ立ち尽くしていた。

 わたしのしでかした、すべてを見られてしまった。

 この忠実だったメイドは、今やわたしの最大の弱点。この秘密を知る、生かしてはおけない証人。

 ここで、このまま、口封じに――。

 

「アリス、様……」

 

 わたしが次の行動を決めるより先に、セーラが、か細く震える声で口を開いた。

 その翠色の瞳は、恐怖と絶望が入り混じった、ぐちゃぐちゃの色をしていた。

 

「わ、わたくしは……いったい、何を……信じれば……」

 

 セーラが何かを言いかけた、その瞬間。

 

「――っ!」

 

 わたしは、音もなく地を蹴っていた。

 セーラが息を呑むより早く、わたしは彼女との距離をゼロにする。

 大人のセーラと、六歳のわたし。身長差も、体重差も圧倒的だ。

 だが、レベル42の身体能力を持つ今のわたしにとって、そんなものは関係ない。

 

「え……?」

 

 セーラが驚愕に目を見開く。

 わたしは、彼女の反応などお構いなしに、その懐へ深く、低く潜り込んだ。

 セーラが抵抗しようと腕を振り上げる。

 

 ――遅い。

 

 わたしはセーラの振り上げた腕を掴んで引き倒し、体勢を崩させると同時、軸足となっている彼女の右足首を、外側から足払いで刈り取った。

 完璧な『崩し』。

 体重で勝る相手でも、バランスさえ奪えば、ただの肉の塊。

 

「きゃあっ!?」

 

 セーラは、受け身も取れず、無防備に背中から硬い地面へと叩きつけられた。

 

「ぐっ……! ごほっ……!」

 

 肺から空気を絞り出され、セーラが激しく咳き込む。

 わたしは、その一瞬の隙を決して逃さない。

 即座に、仰向けに倒れたセーラの上にまたがり、その華奢な身体を地面に縫い付ける。

 完璧な馬乗り(マウントポジション)だった。

 

「な……っ! 離し……!」

 

 セーラが、残った力で必死にもがく。

 だが、わたしは両膝を彼女の脇の下、肩口の関節に深くねじ込み、さらに両方の(すね)で彼女の腕を上から押さえつけた。

 わたしの体重が、ピンポイントで関節と急所に食い込み、セーラの自由を完全に奪う。

 これでもう、指一本動かせない。

 

 ふふんっ。

 フルダイブ型のゲームで本気で遊ぶために、柔術の道場に通っていたわたしをあまく見ないことだね。

 おかげで、こういう「技術(テクニック)」はお手のもんなんだから。

 厨二病をこじらせてた頃は、近接格闘術(CQC)の動画を見てガチで練習なんかもしたっけ。

 

 とはいえ、フルダイブ型の格闘ゲームとかだと、最後は小手先のテクニックが勝負を決めることも少なくない。

 レベルやステータスで身体能力が向上しても、視線の誘導、体重の移動、相手の力の流れを読む『崩し』の技術――そういう、コンマ数秒の駆け引きを知っているかどうかで、勝敗に大きく左右するゲームもあるにはある。

 

 そう、今みたいにね!

 

 いやー、わたしの完璧な制圧術、自分でも惚れ惚れしちゃうね。

 わたしは、血まみれの顔のまま、真下で恐怖に震えるセーラを、冷たく見下ろした。

 

「……ねえ、セーラ」

 

「……」

 

「全部、あんたが悪いんだよ」

 

「……」

 

「わたし、頑張ったんだよ? あんたにとって、最高のご主人様でいようって。優しくて、可愛くて、わがままも聞いてあげて……あんたの妹も、本気で助けようとした」

 

「……」

 

「なのに……あんたは、見た。わたしの秘密を、全部」

 

 セーラの翠色の瞳から、恐怖の涙が、ぽろぽろと零れ落ちる。

 わたしは、そんな彼女に、事務的に尋ねた。

 

「……セーラ、レベルいくつ?」

 

「……ひっ……! れ、レベル……11、です……」

 

 レベル11。

 はぁ、ひくっ。

 

 こいつを今ここで殺しても、経験値(うまみ)は少なそうだな。

 あのクソデブやルスカーさんの時みたいな、脳髄がとろける快感は、絶対に味わえない。

 ただ、口封じのためだけに、殺す。

 

 うーん……。

 わたしは、冷静に、メリットとデメリットを天秤にかける。

 メリットは、秘密の完全な保持。

 デメリットは……。

 正直、この六歳の不自由な身体で、また新しくメイドを雇って、一から教育して、信頼関係を築き直すのって、クソ面倒くさいな。

 セーラは、わたしの秘密を知ってしまったけど、メイドとしては有能だ。これを失うのは、戦力的にも痛い。

 

 ……うん。

 結論、出た。

 殺すのは、いつでもできる。

 だけど、このことを両親に言いふらされるのはもっと最悪。

 だったら――

 

 恐怖で、支配する。

 

 わたしに逆らったら、待っているのは「死」よりも恐ろしい結末だけだと、その魂に、骨の髄まで刻み込む。

 

 いやー、本当はね。

 恐怖で人を支配する。

 ……なんて、とってもとっても、心の底からやりたくないんだけど!

 

 わたしは、血まみれの顔のまま、真下で恐怖に震えるセーラを、冷たく見下ろした。

 内心では、荒れ狂う嵐みたいに、悪態をつきまくっていた。

 

 ああもう! なんでわたしがこんなことしなきゃいけないんだよ!

 わたしは! この最強にかわいいアリスちゃんフェイスを最大限に活かして!

 周りから「アリス様かわいい!」「天使!」「まさに聖女!」「アリス様最高ですぅ!」とか、ちやほやされて、愛されて、崇められて、みんなをわたしのかわいい魅力でハッピーにしながら、ついでにわたしも気持ちよくレベル上げして、ラスボス倒してドヤァ!

 ……っていう、そういうハッピー聖女プレイがしたかったんだけどね!?

 

 それなのに、なんなのよこれ!

 

 目の前のメイドに「この人、やべー」みたいな、ドン引きと恐怖が入り混じった目で見られてる!

 

 最悪! 最悪の気分!

 

 アリスちゃんが求めてるリアクションは、これじゃない!

 畏敬とか、尊崇とか、あとは、最高にかわいい、そういうポジティブな感情だけが欲しいんですけど!

 

 ……でも。

 

 わたしは、内心の絶叫を完璧に隠蔽し、冷たい思考を回す。

 

 ……仕方ないか。

 

 そう、これは、ぜんぶ「仕方がない」ことなんだ。

 わたしだって、こんなこと、本気でやりたくない。

 やりたくないけど、この世界は、わたしが望んだ聖女プレイを許してくれないみたいだ。

 ここは、一億二千万人の命がかかった、狂ったデスゲーム。

 わたしは、そのすべてを救う使命を背負った、【救世主】。

 本当は救世主とはやりたくないんだけど。

 でも、悪いAIとか、生意気でうざい【ピュピュア】がわたしに救世主をやれ、と無理難題をしかけてくるから仕方がなくやってあげてるだけ。

 

 もし今、セーラの「禁忌だ」「魔王だ」っていう、この世界のクソみたいな倫理観に流されて、中途半端に彼女を許したら?

 この恐怖に怯えたセーラが、屋敷に戻って、お父様やお母様に「アリスお嬢様は魔王です!」って泣きながらチクったら?

 

 わたしは、終わる。

 教会に引き渡されて、異端審問? 火あぶり? どっちにしろ、わたしのレベル上げは、ここで強制終了だ。

 

 わたしが死んだら、このデスゲームの「残機」が一つ減る。

 わたしが死んだら、一億二千万人の命が、終わるかもしれない。

 

 ……そうよ。

 これは、わたし個人の問題じゃない。

 すべては、このクソゲーをクリアするため。

 みんなを救うため。

 

 本当は嫌だけど、仕方がなく、眼の前のメイドを恐怖で支配するだけ。

 

 ふと、昔、わたしがやり込んだ、あるフルダイブ型のゲームを思い出す。

 タイトルは、『銀河聯邦:玉座への覇道』。

 プレイヤーは、銀河辺境にある、とある惑星国家の元首になって、内政を整え、艦隊を指揮し、銀河統一を目指すっていう、超大作ストラテジーゲーム。

 わたしは、もちろん、最高難易度の弱小国家で始めて、全宇宙を統一したけどね。ふふんっ。

 

 あのゲームのキモは、あまりにも奥深い「政治体制」の選択にあった。

 プレイヤーは、ゲーム開始時に「統治イデオロギー」を一つ選ぶんだけど、それがもう、国の運営すべてを左右するんだ。

「純粋民主制」は、国民の幸福度は最高潮。だけど、戦争を始めるにもいちいち議会の承認が必要で、資源の動員が絶望的に遅い。

「企業テクノクラシー」は、経済政策で「星間(せいかん)メガコープ誘致」を選べて、合金もエネルギー通貨もガッポガッポ稼げるけど、その代償として「貧富の格差」が急速に拡大して、国民の「安定度」が下がりまくり、反乱が起きやすい。

「神権制」は、「聖地惑星」の指定で「統合力」が爆上がりするけど、科学技術の発展が遅れる「啓蒙の停滞」のデバフがキツい。

 他にも、王権で好き勝手に物事を決められるが後継者の政治力が低いとすぐさま反乱が起きる「絶対王政」とか、官僚が国を動かすが派閥争いがひどくて政治力が常に不安定の「寡頭制」、軍部がすべてを握るが不況になるとすぐに軍部の一部クーデターが起こす「軍事独裁制」……。

 選んだイデオロギーによって、建てられる「軌道建造物」も、「経済政策」も、外交で結べる「攻守同盟(こうしゅどうめい)」も、艦隊の「戦術ドクトリン」すらも、まったく違ってくる。

 

 そして、その数ある選択肢の中に、熟練プレイヤーですら手を出さない、最悪の選択肢があった。

 それが、「恐怖政治」。

 国民を、恐怖と、「秘密警察」による密告と、「収容所惑星」での強制労働と、ランダムな「粛清」で支配する、地獄のルート。

 

 デメリットは、もちろん最悪。

 国民の幸福度は、常にマイナスに張り付く。

 全惑星に「重度の圧政」っていうデバフがついて、生産性も創造性もゼロ。研究なんて、まったく進まない。

 ランダムで発生する「粛清」のせいで、育てた重鎮までも次々いなくなり、常に人材不足。

 

 もちろん、普通のプレイヤーは、このデメリットの羅列を見ただけで逃げ出す。

 でも、わたしは知ってた。

 この「恐怖政治」には、他のイデオロギーを凌駕する、最強のメリットが隠されてることを。

 

 まず、「短期的な資源の強制徴収率」。

「恐怖政治」専用の政策、「限界搾取令」を発動させれば、国民の生活水準を犠牲にする代わりに、すべての資源産出量が、なんとプラス200%。

 この初期ブーストを使えば、最序盤で、他のどんな国も寄せ付けない「超弩級艦隊」を編成できる。

「幸福度が下がる」?

「生産性が落ちる」?

 そんなの、このわたし――最強ゲーマー【ミライ】の完璧な内政管理と、資源配分の最適化で、いくらでもカバーできる。

「全土大反乱」?

 そんなの、イベントが発生する前に、圧倒的な軍事力で惑星全土を征服しちゃえば、関係ないよね!

 

 そして、何よりも……。

「裏切りや、反乱の閾値(いきち)が、極端に低い」こと。

「民主主義」の「安定度」は、「幸福度」っていう、フワフワした感情で決まる。

 でも、「恐怖政治」の「安定度」は、ただ一つ。「恐怖」の数値だけで決まるんだ。

 国民が、どれだけ不幸でも、どれだけわたしを憎んでいても、「恐怖」の数値がそれを上回ってさえいれば、絶対に「反乱」の選択肢は選べない。

 腹の中では何を考えていようと、「恐怖」が勝っていれば、決して裏切らない。裏切れない。

 AIが搭載されたNPCたちの思考ルーチンが、「恐怖」によって、完全にロックされるんだ。

 わたしはこの恐怖政治というイデオロギーをよく選んで、他のプレイヤーの惑星国家をよく襲撃してたなー。

 

 ……そう。

 あのゲームの「恐怖政治」は、何億もの国民を管理する国家運営としては、最高に面倒くさい、最悪の選択肢だったけど。

 何億もの、意思も価値観もバラバラな人間たちを「恐怖」で縛り上げる、あの超絶難易度の統治に比べれば。

 たった一人。

 わたしの秘密を知ってしまった、たった一人のメイドを絶対に裏切らせないように、完璧に管理(コントロール)するぐらい。

 

 チョロいよねっ!

 

 いやー、本当はやりたくないんだけどなー、一億二千万人の命を救うために、いっちょ恐怖政治やってやりますかー!

 アリスちゃん、恐怖の独裁者モード、オン! 変☆身!

 

 わたしは、血まみれの顔のまま、真下で恐怖に震えるセーラを、冷たく見下ろした。

 わたしは、彼女の首筋に、血に濡れた短剣の切っ先を、そっと押し当てた。

 冷たい金属の感触に、セーラの身体が、びくん!と跳ねる。

 

「もし、あんたが今ここで見たこと、わたしの秘密を、誰かに一言でも漏らしたら。あるいは、わたしから逃げ出そうとしたり、裏切るような素振りを見せたら」

 

 わたしは、最高の、天使のような笑顔を、彼女に向けた。

 血まみれの、笑顔を。

 

「その時は……あんたが死ぬより大事にしてる、あの村の家族も、病気の妹も。……わたしが、ぜんぶ、皆殺しにしてあげるね」

 

「あ……あ……」

 

 セーラの顔が、絶望に染まっていく。

 わたしは、そんな彼女の頬を、血まみれの手で、優しく撫でてあげた。

 

「わたしたち、これからも『仲良し』のご主人様とメイドだよね?」

 

 こく、こく、と。

 セーラは、恐怖に引きつった顔のまま、まるで壊れた人形のように、何度も、何度も、頷うなずいていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。