幼女「もらえる経験値、人>魔物では?」   作:北川ニキタ

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3話 伯爵令嬢はさすがに無理ゲーすぎる

 わたしの悲痛な叫びは、どこまでも広がる深い森に虚しく吸い込まれていった。

 シン、と静まり返った世界で、わたしはしばらく天を仰いでいた。

 

 ……で、結局どうしろと?

 

 あのやかましいファンファーレを最後に、アシストAI【ピュピュア】とやらは『それではがんばってくださいねー』と言いながら、消えていった。もう説明は終わりみたい。

 

 そもそも、ピュピュアの話をどこまで信じればいいのやら。

 悪いAIがゲームを乗っ取った? デスゲームになった? 普通はそんなこと言われても信じられないよね。

 だけど、このゲームを自分からやめる手段がない以上、この狂ったゲームを続けるしかないんだ。

 

 今は、言うことを聞くしかない、か。

 ミッションは、このゲームのラスボスを倒すこと。達成すれば解放。失敗すれば、人格破壊。

 肝心のラスボスが何なのか、どこにいるのか、一切の情報がないあたり、クソゲーかよと言いたくなるけど。

 まあ、それも自分で探せってことなのだろうな。ゲーマーとしては、むしろ燃える展開ではある。

 ……命がかかっていなければ、という前提が必要だけどね!

 

 一度思考をリセットし、わたしは改めて自分の状況を確認する。

 てか、わたしは誰で、ここはどこなのだ。

 いきなり目を覚ますと知らない森の中。鬱蒼と茂る木々、湿った土の匂い、聞こえてくる未知の生物の鳴き声。

 

 こういう状況でまずやるべきことは決まっているよねっ。サバイバルの基本、飲水の確保だ。

 わたしは周囲を見回して、地形がわずかに窪んでいる方へとてくてくと歩き始めた。水は低きに流れる。この先に行けば、小川か泉くらいはあるはずだ。

 少し進むと、思った通り、地面がぬかるんでいる場所を見つけた。そしてその先に、雨水が溜まったのであろう小さな水たまりがあった。

 

「よし、まずは第一関門クリア、かな♪」

 

 独りごちて、無意識のうちに水たまりを覗き込んだ。

 そして、わたしは息を呑んだ。

 

 そこに映っていたのは、現実世界のわたしとは似ても似つかない、六歳程度の少女の顔だった。

 あと、めっちゃかわいい!

 つやつやの銀色の髪!

 宝石のアメジストを嵌め込んだみたいな、大きく澄んだ紫色の瞳。まだあどけなさの残る、陶器のように白い肌!

 まさに、スキンガチャSSランクキターー!

 この「可憐な幼女」スキンは、対人交渉スキルもSランク間違いなし! 誰もが油断する最高の初期アバターってところかな。

 

 このゲームは、開始と同時にランダムなキャラクターにプレイヤーとして憑依するという形式だったはず。

 とはいえ、まったくのランダムではなく、プレイヤーのパーソナルがある程度は考慮される、とも説明にあったはず。わたしがこんな幼い少女になったのは、一体どんなパーソナルを考慮された結果なんだか。まあ、どうせ結論は出ないし、考えても仕方がないか。

 身にまとっている服に目を落とした。

 フリルがふんだんに使われた、上質な生地のワンピース。汚れちゃってるけど、なんだか高そう。森でサバイバルするには全然向いてないけど、可愛いからいっか!

 

 そんなことを考えていると、不意に、木々の奥から切羽詰まったような女性の声が聞こえた。

 

「アリス様! どこにいらっしゃいますか、アリス様ーっ!」

 

 名前を、呼ぶ声。

 アリス、って。

 その声に、なぜか胸がざわついた。まさか、とは思う。だけど、この森にいる人間は、今のところわたしと、その声の主だけ。

 

 声がした方へ視線を向けると、枝葉をかき分けながら、メイド服を着た若い女性がこちらへ走ってくるのが見えた。彼女はわたしの姿を認めると、安堵と焦りが入り混じった表情で駆け寄ってくる。

 艶やかなクリーム色の髪は、一筋の乱れもなく後ろでシニヨンにまとめられ、彼女の知的で落ち着いた雰囲気を際立たせている。

 その瞳は、今は心配の色に揺れているものの、その奥には底知れない冷静さが秘められているのが見て取れた。仕立ての良いメイド服に身を包んだその立ち姿は、メイドというにはあまりにも洗練されているような。

 

「アリス様! こんなところにいたのですね! 勝手にどこかへ行ってしまわれて……旦那様も奥様も、ものすごく心配したんですよ!」

 

 叱責の言葉。

 わたしは、目の前のメイドを呆然と見つめることしかできない。

 

 アリス。

 それが、この身体の名前。

 つまり、わたしの名前でもある。

 

 その事実を認識した瞬間だった。

 頭の中に、ぶわわっ、膨大な情報が濁流のように流れ込んできた。

 それは「思い出す」という感覚とは少し違う。まるで、外部ストレージから必要なデータを一瞬でダウンロードさせられるような、無機質で強制的な情報伝達。

 

 ――わたしの名前は、アリス・フォン・クライネルト。

 ――クライネルト伯爵家のお嬢様。

 ――まだ六歳の少女。

 ――お母様とお父様と一緒に出かけて、お家に帰る途中だった。

 ――その道中で、わたしは退屈しのぎに馬車を抜け出し、森で迷子になった。

 

 断片的な、しかし最低限の状況を理解するには十分な情報。

 目の前の彼女は、わたしの専属メイドの「セーラ」。そして、彼女の向こうから、心配そうな顔をした美しい女性がこちらへ歩いてくる。

 

「アリス! ああ、よかった……! 無事だったのね」

 

 絹のような銀髪を揺らし、紫色の瞳を潤ませながら、彼女はわたしを優しく抱きしめた。

 この温もりを知っている。この優しい声を知っている。ダウンロードされた情報が、そう告げている。

 

 この人は、わたしのお母様――伯爵夫人、リザベラ・フォン・クライネルト。

 

 わたしが……伯爵令嬢?

 そうか、さっきは見た目のかわいさに騙されていたけど、こんなか弱い六歳の少女の姿で、これから命がけのデスゲームを戦い抜けって――。

 

 よくよく考えてみたら……無理ゲーにも程があるだろ、あのクソAIっ!

 

 お母様の胸に抱かれながら、わたしは内心の絶叫とは裏腹に、ただ呆然としていた。

 

「アリス、こんなところにいたのか」

 

 不意に、低く、それでいて芯の通った男性の声が頭上から降ってきた。

 母親の腕の中から顔を上げると、そこには心配と厳格さが入り混じった表情で、長身の男性がわたしを見下ろしていた。

 母親と同じ、美しい銀の髪。けれど、その瞳は夜空のように深い青色だ。威厳のある顔立ちに、口元に蓄えられた髭がよく似合っている。

 ダウンロードされた情報が、この人物の名を告げる。クライネルト伯爵、わたしのお父様――ライナーネル・フォン・クライネルト。

 

「あなた……あんまり怒らないであげて。この子も反省しているだろうし」

 

「リザベラ、そうやってなんでも甘やかすものではない。いいか、アリス。お前がどれだけ心配かけたか、わかっているのか。皆、血の気が引く思いでお前を探し回ったのだぞ」

 

「……ごめんなさい、お父様」

 

 わたしは、六歳の少女の役割を演じきる。しょんぼりと俯けば、父親の厳しい表情がわずかに和らいだ。よしよし。

 

「……ふむ。まあ、普段のお前は聞き分けの良い子だからな。今回は特別に許してやろう。だが、二度とこのようなことはするな。いいな?」

 

「はい……」

 

 思ったより、お説教は軽く済んだ。

 どうやら、このアリスという少女は、普段から相当な優等生だったらしい。それはそれで、今後の立ち回りを考えると少し気が重いな。

 

 それにしても、なぜわたしは馬車を抜け出したのかな。

 休憩中に、少しだけ外の空気を吸おうとして、森の珍しい蝶々さんに気を取られて……っていうのが、ダウンロードされた表向きの理由。子供の突発的な行動と言われればそれまでだけど、妙にタイミングが良すぎる。

 おそらく、あのやかましいAI【ピュピュア】がわたしに接触するために、わざと一人きりの状況を作り出したんだ。そう考えると、腹の底からむかむかむしてくるな。

 

「さあ、もう行こう。日が暮れる前に屋敷へ戻らねば」

 

 お父様に促され、わたしはメイドのセーラに手を引かれて、森の出口へと歩き出した。

 木々の切れ間から見えたのは、貴族が乗るにふさわしい、豪奢な装飾が施された大型の馬車だった。馬車の側面には、剣と盾を組み合わせたクライネルト家の紋章が金色に輝いている。

 

 セーラに抱きかかえられるようにして馬車に乗り込むと、そこはまるで小さな部屋のようだった。

 内壁にはビロードが張られ、座席はふかふかのクッション。向かい合わせになった両親の席との間には、小さな折り畳み式のテーブルまで備え付けられている。

 だけど、乗り心地は最悪!!

 ガタン、ゴトン、って不規則で暴力的な揺れが、容赦なく身体を揺さぶる。

 舗装されていない道を進むのだから当たり前か。どうせ、サスペンションや慣性制御も無しなんだろうし。

 現実世界で乗っていた全自動運転ポッドの滑るような快適さが恋しい。まさにQOL皆無のレトロゲーやらされてる気分だ……。

 

 わたしは馬車の窓から外を眺めるふりをしながら、向かいに座る両親と、隣に控えるメイドのセーラを改めて観察した。

 優しいお母様、威厳のあるお父様、忠実なメイドさん。

 彼らの会話や仕草は、どこからどう見ても本物の家族にしか見えない。

 だけど、彼らも、わたしと同じプレイヤー。

 ただし、彼らはここがゲームであるという記憶を消された、という前提を忘れてはいけない。この馬車についてきている何人もの護衛騎士たちも、おそらくは同じ。

 わたしだけが、この世界の真実を知っている。その事実は、得体の知れない孤独感を胸に広げさせる。

 

 このまま揺られ続けても埒が明かないや。

 わたしは、この絶望的な状況を打開するための第一歩を踏み出すことにした。

 やるべきことは、どんなゲームでも変わらない。まずは、自分自身の性能を知ることだ。

 あいにくこの手のVRMMMORPGは何度もやったことがある。

 こういうときは決まって――

 

 ……ステータスオープン♪ってね。

 

 わたしは心の中で、そう強く念じた。

 すると、目の前に半透明のウィンドウが、すっ、と音もなく現れる。

 ほら、やっぱり。ふふんっ。

 わたし、こういう察する能力って、人一倍優れているんだよねー。

 両親の視線をみて、このウィンドウが誰にも見えていないことは確認できる。そう、わたしだけのシステムウィンドウ。

 そこに映し出された、文字列に、わたしは目を見開くことになるのだった。

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