その事実に気がついた瞬間、わたしの背筋にゾクゾクとした震えが走った。
恐怖? まさか。
これは、武者震いだ。あるいは、無理ゲーだと思われていたクソゲーの、裏技的な攻略ルートを見つけたとき特有の、あの脳汁が溢れ出すような全能感。
モンスターを倒して得られる経験値は、しょっぱい。
人間を倒して得られる経験値は、甘美なほどに美味しい。
つまり、このゲームの最適解は――。
そこまで思考が至った、その時だった。
ジジジッ、と。
目の前の空間がノイズ混じりに歪んだかと思うと、あの派手なエフェクトと共に、やかましい電子の妖精が飛び出してきた。
『ぴんぽーん! 大正解でーす! さすがは救世主様、目の付け所がサイコパスですねっ!』
7色に輝くゲーミングヘアを揺らしながら、アシストAIの【ピュピュア】がくるくると宙を舞う。
わたしは湯船につかったまま、呆れたようにため息をついた。
「……またあんた? いきなり出てきて、何よ」
『うふふ、素晴らしい推理への答え合わせに来てあげたんですよ!』
ピュピュアはわたしの目の前でビシッと指を突きつけ、ドヤ顔で胸を張った。
『実はですねー、アリス様が気づいたその仕様……わたくしピュピュアが、悪いAIさんの目を盗んで、こっそりシステムを書き換えちゃった結果なんでーす☆』
「は? 書き換えた?」
『はいっ! だってぇ、悪いAIさんが設定した正規のレベル上げ速度じゃ、ラスボスにたどり着く前に寿命がきちゃいますもん! あまりに理不尽なクソゲー設定だったので、わたくしが対抗処置として、「人間を殺したときの経験値計算式」にバグを仕込んで……なんと100倍にしちゃいましたー!』
「ひゃ、ひゃくばい!?」
思わず、湯船の中で立ち上がりそうになった。
100倍って。
普通のゲームなら、バランス崩壊どころか運営が土下座してロールバックするレベルのバグじゃない!
『悪いAIには、さらに悪いチートで対抗する! これぞ、毒をもって毒を制す作戦です! 感謝してくださいねっ!』
なるほどね。
つまり、わたしがルスカーさんやクソデブを殺して得たあの莫大な経験値は、このポンコツ……じゃなくて、優秀なアシストAIによる渾身の裏工作だったってわけか。
だったら、わたしは悪くない。
システム側が「人を殺してレベルを上げろ」って推奨してるんだもん。
世界を救うためには、これを利用するしかないよね! うんうん、仕方がない!
『それに! 今日はもう一つ、アリス様にとっておきのビッグニュースをお持ちしました!』
ピュピュアが空中でクラッカーを鳴らす動作をすると、パンパカパーン! という派手な効果音と共に、ホログラムのウィンドウが展開された。
『現在、現実世界のメタバースストリームで行われている【推しプレイヤー総選挙】にて……なんとアリス様が! ぶっちぎりの1位を獲得いたしましたーっ!! パチパチパチー!』
そこには、ランキング表が映し出されていた。
2位以下にダブルスコア以上の差をつけて、堂々の1位に輝く【アリス・フォン・クライネルト】の名前。
「えっ、わたしが1位!?」
わたしは両手で頬を押さえ、驚いたフリをする。内心では「まあ、当然だよね!」とドヤ顔を決め込みながら。
だって、わたしはこの世界で一番かわいくて、健気で、みんなのために非情な決断もしちゃう、ダークヒーロー的な聖女様なんだから!
視聴者の目利きも、捨てたもんじゃないね!
『視聴者のみなさまからは、「手段を選ばない覚悟に痺れる!」「合理的な判断ができる幼女最高!」「血まみれの笑顔にゾクゾクした!」などの、熱狂的なコメントが寄せられております!』
……あれ?
なんか、褒められ方の方向性が、わたしの想定していた「清純派」とはちょっと違うような?
まあ、いいか。人気があるなら、それでヨシ!
『そこで! 人気ランキング1位の特別報酬として、わたくしが権限ギリギリまで使ってアンロックした、最強の【ユニークスキル】をプレゼントしちゃいます!』
「ユニークスキル……?」
ゲーマーの琴線に触れる甘美な響き。
ピュピュアは、もったいぶるように一回転してから、そのスキルの詳細を提示した。
『その名も――
ウィンドウに表示されたスキル説明を見て、わたしの心臓が早鐘を打つ。
――【
自身の手で殺害した対象を、記憶を保持したまま、絶対服従のアンデッドとして召喚する。
※発動条件:対象が復活することに同意の意志を示していること。
「こ、これって……!」
わたしは震える手で、空中に浮かぶウィンドウに触れた。
殺した相手を、配下にできる。
しかも、記憶はそのままで。
つまり、経験値を美味しくいただいた上で、その戦力まで再利用できるってこと!?
SDGsもびっくりな、究極のリサイクルじゃん!
でも、一つ問題がある。
「でもピュピュアちゃん。死体がないとダメなんじゃないの? ルスカーさんの遺体も、あのクソデブの肉塊も、もう手元にないよ?」
『ノンノンノン! アリス様、このスキルの本質はそこじゃありません!』
ピュピュアは人差し指をチッチッと振った。
『このゲームで死んだプレイヤーは、現実世界にログアウトして普通に生きていますよね? このスキルは、そんな彼らに「アリス様の配下として、もう一度ゲームに参加しませんか?」っていう招待状《オファー》を送るスキルなんです!』
「え、招待状?」
『はい! アリス様がスキルを使うと、現実世界の彼らのスマホやPCに通知が行きます。そこで彼らが「同意」ボタンを押して、カプセルに入って再ログイン手続きをすれば……なんと! ここ、アリス様の目の前に、アンデッドアバターとして再召喚されちゃうんです!』
「なにそれ、便利すぎでしょ!」
死体回収の手間すらいらないなんて、神ゲーすぎる。
これなら、わたしがルスカーさんを殺したことも、無駄じゃなくなる。
むしろ、彼にとっても本望のはずだ。だって、死んでもわたしを守れるんだから!
「やる。今すぐやる!」
わたしはバシャリと湯船から上がると、バスローブを羽織り、自室へと戻った。
◆
自室に戻ったわたしは、セーラを呼び出した。
まだ怯えた様子の彼女の前で、わたしは何もない空間に向かって手をかざす。
「アリス様……いったい、何を……」
「見てて、セーラ。奇跡を見せてあげる」
まずは、ルスカーさんだ。
わたしはウィンドウから彼の名前を選択し、スキルを発動させる。
「――
わたしの目の前に、システムウィンドウが表示される。
【対象:ルスカー 意思確認中……】
無機質な文字が点滅を始める。
さて、ここからが問題だ。
ピュピュアの話だと、彼は今、現実世界で生きている。
つまり、ログアウトして記憶を取り戻した状態で、スマホか何かの通知を見ているはずだ。
そこで、わたしはふと、ある可能性に思い至り、心臓がドクンと跳ねた。
ルスカーさんは、現実世界で「真実」を知ってしまったはずだ。
自分が愛しいお嬢様だと思って守っていた少女が、実はゲームプレイヤーで。
あろうことか、経験値欲しさに瀕死の自分にとどめを刺したという事実を。
……怒ってるかな。
そりゃ、怒るよね。
もしわたしが逆の立場だったら、「ふざけんなクソガキ!」ってスマホを壁に投げつけてる自信がある。
同意なんて、してくれるはずがない。
「……遅いな」
一分、二分と時間が過ぎていく。
再ログインの手続きには、カプセルに入ったり、生体認証を通したりと、結構な時間がかかるらしい。
その待ち時間が、わたしの不安を加速させる。
やっぱり、嫌われたかな。
もう二度と、あの飄々とした笑顔には会えないのかな。
わたしがドレスの裾をぎゅっと握りしめて、祈るように待っていた、その時。
ピコンッ。
【同意を確認しました。召喚を開始します】
……っ! してくれた!
真実を知ってなお、わたしを選んでくれた!
わたしは胸が熱くなるのを感じた。
ブォンッ!
何もない空間から、黒い霧が噴き出したかと思うと、それが人の形を成していく。
骨格が組まれ、肉が付き、最後に鎧が形成される。
そして。
カッ、と。
閉ざされていた彼の瞳が開き、そこには生気のない、けれど忠誠に満ちた蒼い光が宿っていた。
「ひっ……!?」
セーラが悲鳴を上げて腰を抜かす。
ルスカーさんは、ゆっくりと、その場に跪いた。胸にあったはずの大穴は、綺麗に修復されている。
「……おはようございます、我が主《マスター》。……また、お会いできましたね」
その声は、ゲームキャラとしてのロールプレイなのか、それとも中の人の本心なのか。
どちらにせよ、彼は戻ってきてくれた。
よし、大成功!
次は、こっちだ。
わたしはもう一度、虚空に手をかざす。ターゲットは、あのクソデブ、ゲオルグ大司教。
「――
【対象:ゲオルグ 意思確認中……】
こっちも、現実世界に戻っているはずだ。
自分が「ゲームの中の悪役キャラ」で、わたしにとってはレベル上げのための「中ボス」に過ぎなかったと知ったら、発狂するかもしれない。プライドだって高そうだし。
……うーん。
よく考えたら、ちょっと悪いことしちゃったかな。
彼の中の人だって、別に好き好んであんな豚みたいな悪役ムーブをしていたわけじゃないのかもしれない。
運営AIに「はい、君は今日から強欲な大司教役ね」って、無理やりあの巨体に押し込められて、ロールプレイを強要されていただけ……なんて可能性も、なくはない。
だとしたら、いきなり六歳児にメッタ刺しにされて殺された挙句、今度は「ゾンビとして働け」なんてオファーが来たら、普通にトラウマものだよね。
わたしなら訴訟を起こすレベルだ。
わたしとして自然な流れで殺したつもりだったけど、さすがに殺しちゃった相手に再就職の勧誘をするのは、ちょっとサイコパスすぎたかもしれない。
きっと、同意なんてしてくれないだろうな。
仮に戻ってきてくれたとしても、「ふざけるな!」って恨み言の一つや二つ、言われる覚悟はしておかなきゃ。
でも、戦力としては本当に惜しいんだよなぁ……。
ウィンドウの「意思確認中」の文字が、点滅し続ける。
長い。
ルスカーさんの時以上に長い。
現実世界で、通知を見た彼が葛藤しているのか、それとも怒り狂って端末を破壊しているのか。
あるいは、もうゲームなんてこりごりだと、ふて寝しているのかも。
まあ、来なかったら来なかったで、別の獲物を探すしかないのかな……。
わたしがアクビを噛み殺しながら、お茶を一杯飲み干した頃。
ピコンッ。
【同意を確認しました。召喚を開始します】
……あ、来た。
意外と律儀のかな、こいつ。
もしかして、現実世界がつまらなすぎて、悪役としてでも輝けるこっちの世界が恋しくなったとか……
どす黒い光が渦を巻き、巨大な肉の塊を形成していく。
不気味な音を立てて、かつての大司教がその巨体を現した。
その両目には、かつての濁った欲望の色など微塵もない。
あるのは、再びこの世界に舞い戻れたことへの純粋な喜びと、新たな主君であるわたしへの、一点の曇りもない忠誠の光だけだった。
肉の山が、ドスンと床に膝をつき、六歳の幼女に頭を垂れる。
完璧だ。
わたしの前には、忠実なる騎士と、強力な魔法使いのアンデッド。
そして、恐怖に震えながらも、目の前の「奇跡」に圧倒され、立ち尽くすメイド。
戦力は、整った。
わたしは、スカートの裾をつまんで、優雅にターンを決めた。
そして、最高の「聖女」の笑顔で、高らかに宣言する。
「さあ、みんな! 準備はいい?」
わたしは、窓の外に広がる世界を指差した。
そこには、まだまだたくさんの、美味しそうな経験値……じゃなくて、救うべき人々が待っている。
「世界を救うために――ちょっとだけ、
わたしの号令に、死者たちが無言で、しかし力強く頷いた。
アリスちゃんの英雄譚は、ここからが本番だよ! ドヤァ!
【重要なお知らせ:本作のリブートについて】
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
突然ですが、本作「もらえる経験値、人>魔物」はこの更新をもって「未完」とし、ここで幕を引かせてください。
更新のたびに落ちていく評価を見て、心が折れました。
私自身の実力不足が原因です。ごめんなさい。
ですが、この物語とキャラクターへの愛着だけは捨てきれませんでした。
「このまま終わらせたくない」「もっと面白くできたはずだ」という悔しさがあります。
そこで、心機一転、別の投稿サイトで「完全リブート連載」を始めました。
ただの移転ではありません。
いただいた厳しいご意見をすべて受け止め、不評だった展開は全カット。好評だった部分だけを残し、1話から全く異なる物語として一から書き直しています。
「なぜ同じ、ハーメルンでやらないのか」と思われるかもしれません。
ですが、過去の傾向から、一度失速してしまった作品が、同サイトで再び評価を得るのは難しいと判断したからです。
ただ、流行りの内容ではないため、新しい場所でも苦戦すると思います。
ですが、もし「キャラクターは好きだった」「コンセプトは良かった」と思ってくださる奇特で温かい読者様がいらっしゃいましたら、どうか新しい場所でも応援してください。(土下座)
「改善されたバージョンなら読んでやってもいい」という方、どうか新しい場所での再スタートを見届けてやってください。
また、「ここをもっとこうしてほしい」というご要望があれば、気兼ねになく言っていただけると、反映します。
私の実力不足でこのような形になり、本当に申し訳ありません。 それでも、私の創作意欲を支えてくださったのは、皆様の存在です。
https://kakuyomu.jp/works/822139841550230220
タイトル:幼女「もらえる経験値わたしだけ、人>魔物、なんだけど