そこに映し出された文字列を、わたしは冷静に目で追った。
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アリス・フォン・クライネルト
レベル:1
筋力:1
敏捷:1
魔力:1
信仰:1
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わたしのステータス、ひ、ひくすぎでしょ!?
オール1!? マジで言ってんの!?
これ、キャラクターじゃなくて置物とかマスコットのステータスだよ! チュートリアルに出てくるスライムだって、もうちょいマシな初期値だって!
救世主なんだからさ、少しはステータスを多めに見積もってくれてもいいじゃないかー!!
……まあ、文句を言っても始まらないか。
どこぞの犬っころも言っていた。『配られたカードで勝負するしかないのさ』って。
このステータスで、いかれたデスゲームを生き延びなくてはならないのだ。
やるべきことは一つ。
「まずは、レベル上げ、だよね……」
どんなゲームでも、基本はそこからだ。
問題は、どうやってレベルを上げるか。だいたいのRPGはモンスターを倒すのが定石だけど、このステータスで戦える相手なんているのだろうか。
そもそも、この世界にモンスターはいるの? 経験値の概念は? クエストは?
わからないことだらけだ。
だけど、焦りはない。むしろ、未知のゲームを解析していく高揚感で、胸が静かに熱を帯びていた。
あとは、命がかかっていなければ最高だったのにな。
「……今は、考えるだけ無駄かな」
馬車の中でできることは限られている。
本格的な検証は、屋敷に帰ってからじっくりと行うことにしよう。わたしはそう結論づけて、システムウィンドウを閉じた。
ガタン、ゴトン、と不規則な揺れに身を任せているうちに、どれくらいの時間が経っただろうか。
クライネルト伯爵家の屋敷に到着した頃には、空はすっかり闇に包まれ、天頂には現実世界で見たことのない、赤と青、2つの月が淡い光を放っていた。
「……眠い」
幼い身体は正直だ。もう瞼が鉛のように重い。
それでも、わたしは必死に意識を覚醒させ、屋敷へと向かう馬車の中から、周囲の観察を続けた。これは、この世界の「解像度」を測るための重要な作業だ。
まずは、言語。
両親やメイドたちが話している言葉は、明らかに日本語ではない。
なのに、わたしには完璧に理解できる。これは、現実世界でも普及しているAIによるリアルタイム翻訳機能が、このゲームにも実装されていると考えるのが妥当だろう。脳に直接インプットされる感覚は、慣れたものだ。
次に、屋敷の様式。
これは、この世界の「解像度」を測るための、わかりやすい指標だ。
馬車が通過した巨大な門。あれは間違いなく錬鉄。
複雑な唐草模様が施されており、ただ鉄を溶かして固めるだけでなく、熱して叩き、捻じり、組み合わせる高度な鍛造技術が存在する証拠だ。
門から玄関へと続くアプローチには、菩提樹の並木が続き、その脇には幾何学的に整えられた庭園が広がっている。遠くに見える樫の木の樹形、そして建物の影に群生する紫陽花に似た青い花。
これらの植生を見るに、気候はまず間違いなく温暖湿潤。現実のヨーロッパ中部に相当すると断言できる。
そして、屋敷の外観。
石造りの堅牢な基礎の上に、壁の主要部分は赤レンガで構築されている。
アーチは丸みを帯び、窓は大きく四角く切り取られ、大量のガラスが嵌め込まれていた。
これは重要だ。
歪みの少ない板ガラスの量産技術がなければ、この様式は成立しない。デザインは、現実の歴史で言えば17世紀初頭、バロック様式への過渡期に見られる建築に近い。
ゴシック様式のような宗教的な荘厳さよりも、富と権威を誇示する世俗的な合理性が優先されている。
観察対象は建物だけじゃない。馬車を護衛する騎士たちのプレートアーマー。
その関節部分を補う
極めつけは、今わたしが乗っているこの馬車の車輪だ。ガタガタと揺れはするものの、車軸から軋む音は最小限に抑えられている。これは、軸受け部分に精度の高い金属加工と、潤滑油の概念が存在することを示唆していた。
おそらく、この世界の技術水準は、産業革命前後かな?
製鉄、建築、工芸といった職人による手工業のレベルは、極めて高い水準に達している。魔法だけに頼ったファンタジー世界ではない。人間自身の技術が、この世界の確固たる土台を築いている。
この手のフルダイブ型のゲームには、大きく分けて二つのタイプがある。
現実の物理法則を忠実に再現するシミュレーション型と、物理法則を完全に無視したエンタメ特化型。
この『Gnosis Online』は、間違いなく前者だ。それも、極めて高いレベルで構築されている。
そんな分析をしていくうちに、馬車は屋敷の玄関ポーチに到着した。
わたしはメイドのセーラに優しく抱きかかえられ、大理石の床が広がるエントランスホールを抜けて、自室へと運ばれていく。
もう、眠気に抗うのは限界だよ。
「アリスお嬢様、お着替えいたしましょうね」
セーラの優しい声に微睡みながら、わたしはフリルの多い豪奢なワンピースから、柔らかなシルクのネグリジェへと着替えさせてもらう。
されるがまま。
六歳の身体って、こんなにも無力なんだ。
ベッドにそっと横たえられると、セーラが部屋の灯りを消すために壁際へ向かった。
わたしは、最後の力を振り絞って、その光景を目に焼き付けた。
そのランプは、繊細な金属細工の台座の上に、ガラスで覆われた鳥かごのような部分があり、その中心で握りこぶしほどの大きさの乳白色の石が淡く輝いていた。
セーラが、その石の表面にそっと指で触れる。
すると、まるで水にインクを垂らしたかのように、石の内部から光がすぅっと引いていき、ランプの明かりが消えた。部屋は月明かりだけの静寂に包まれた。
ロウソクでも、オイルランプでもない。
あれは――。
「……魔法、か」
この世界には、科学とは異なる
わたしは、先ほど確認した自分自身のステータスを脳裏に思い浮かべた。
――魔力:1。
このことから魔法がこの世界にあることはわかっていたけど。
大事なのは、そこじゃない。
ファンタジーの世界において、「魔法」という要素がどういう立ち位置にあるか、だ。
一部の選ばれた人間だけが使える超常の力なのか。それとも、誰もがある程度は習得できる、ありふれた技術なのか。
ゲームのバランスを根幹から変える、極めて重要な設定。
そして、先ほどのメイドの行動。彼女は、あの『光る石』をあまりにも手慣れた様子で、日常の動作として扱っていた。
もし、魔法がごく一部の特権階級の力であるならば、生活インフラにまで組み込まれているのは不自然だ。ましてや、貴族でもないメイドが軽々と扱えるはずがない。
だとしたら、この世界の魔法は、案外――一般にまで広く普及している技術なのかもしれない。
誰もが読み書きを習うように、誰もが魔法の初歩を学ぶ。そんな世界である可能性。
「だとしたら、あの『光る石』の原理は……? 普及しているということは、コストが低く、誰でも扱えるほど簡単な術式とかがあって……」
そこまで思考を巡らせた瞬間、ぷつり、と意識の糸が切れそうになった。
急速に思考が鈍化していく。六歳の身体に蓄積された疲労が、分析を続けようとするわたしの精神を強制的にシャットダウンさせようとしていた。
……まずい、眠気が。もっと、考えたいのに、瞼が……。
わたしの意識は、抗いがたい眠りの奔流に、あっさりと飲み込まれていった。
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【特大訃報】大人気だった騎士団のキースさん、ゴブリンロードに敗れ死亡
1 名無しのダイバー
うそだろ……キースさん……
2 名無しのダイバー
マジかよ……マジかよ……
昨日、ゴブリンの巣穴に再挑戦するって言ってた矢先に……
3 名無しのダイバー
最後の切り抜き見た
ヤバかった
ゴブリンロード、デカすぎだろ
仲間庇って、腹にマトック叩き込まれてた……
4 名無しのダイバー
ああ……あの真面目くさった顔で、いつも仲間に「無茶はするな」「俺が前に出る」って言ってたキースさんが……
5 名無しのダイバー
一番好きな配信だったのに
剣の才能ゼロなのに、誰よりも努力して、誰よりも仲間想いだった
6 名無しのダイバー
キースさんのチャンネル、もう「配信終了」の文字が出てる……
もう、あの実直な騎士の姿は見れないんだな……
7 名無しのダイバー
おい! キースさんのインタビュー、メタバース・ストリームに上がってるぞ!
速報で!
8 名無しのダイバー
は!? マジか! 見に行く!
9 名無しのダイバー
見てきた……泣いた……
10 名無しのダイバー
キースさん……いい人すぎだろ……
11 名無しのダイバー
インタビュー要約貼るわ
【『Gnosis Online』帰還者インタビュー:キース(49歳・男性)】
・目覚めた時はカプセルの中でパニックになった。自分が「キース」ではなく、娘のいる元サラリーマンの「タハラ」だと認識するまで数秒かかった。
・死んだ時の感触は生々しかった。腹を抉られて、焼けるような痛みと、急速に冷えていく感覚。でも、思ったよりすぐに意識が遠のいた。
・現実では、数年前のシンギュラリティでAIに仕事を奪われた元サラリーマン。仕事しか生きる目標がなかったわたしは趣味も見つけることもできず、毎日ボーっと過ごしていた。そのとき、娘に「お父さん、最近笑ってなくない?」と心配され、このゲームを勧められたのがキッカケ。
・仮想世界での自分を思い返してみて、自分ってこうも実直で真面目な人間だったんだな、と久々に思い出すことができた。もしかしたら、記憶はないながらも潜在意識の中で娘に見られていると思っていたせいもあるのかもしれない。
・あそこは仮想世界だったのかもしれない。でも、俺が感じた仲間との絆や、守りたいと思った意志は、間違いなく本物だった。あそこで俺は、確かに『生きていた』。無気力だった俺に、もう一度『本気で生きる』とはどういうことか教えてくれた。
・これからは、現実でもう一度、胸を張って生きようと思う。娘に、あっちの世界での冒険譚を、胸を張って話してやりたいから
12 名無しのダイバー
お父さぁあああああん!!!!(号泣)
13 名無しのダイバー
娘さんのために頑張ってたのかよ……
だからあんなに真面目で、仲間想いだったんだな……
14 名無しのダイバー
いいな……俺も、キースさんみたいに「生きてた」って実感したい
デスゲーム化さえしてなけりゃ、絶対ダイブしてたのに
15 名無しのダイバー
わかる
デスゲーム化の発表でキャンセルした組だけど、キースさんのインタビュー見たら揺らぐわ
あの発表で新規の希望者も増えたらしいけど、同じくらいキャンセルした奴も多かったんだよな
16 名無しのダイバー
ああ、もうキースさんの続きが見れないと思うと、マジで生きる希望失うわ……
他に面白い配信ないのかよ
17 名無しのダイバー
「迷いの森のガングラッド」は?
あいつ、パーティーの女戦士に毎回、きついこと言われていておもしろいぞ
18 名無しのダイバー
うーん、俺はもっとほのぼのしたのが見たい
19 名無しのダイバー
じゃあ、「双子の鍛冶師」は?
20 名無しのダイバー
あー、あれはあれで地味すぎるんだよな
鉄作ってるだけだし
21 名無しのダイバー
そういえば、お前ら最近チャンネルに追加された「メイドのセーラ」チャンネル見てる?
俺、あれに常駐し始めたわ
22 名無しのダイバー
メイド? 戦闘とかあんのか?
23 名無しのダイバー
戦闘は一切ない
ひたすら貴族の屋敷でメイド仕事してるだけ
でも、それがいい
24 名無しのダイバー
ほーん?
25 名無しのダイバー
憧れの貴族社会がリアルに見れて面白いんだよ
屋敷とか超豪華だし
セーラさんがまた、超絶美人で仕事が完璧でさ
奥様に「セーラは本当に気が利くわね」って褒められてると、こっちまで誇らしい気分になるw
26 名無しのダイバー
へー、ちょっと見てみようかな
27 名無しのダイバー
今チャンネル見に行ったけど、セーラさんが面倒見てる貴族の娘のアリスちゃんって子がかわいくてマジで天使だった
両親も優しそうだし、しばらくこれを見ようかな
まとめサイト【グノーシス速報】より引用