幼女「もらえる経験値、人>魔物では?」   作:北川ニキタ

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6話 家庭教師は只者じゃない

 やがて、客間の扉が控えめにノックされた。

 セーラが優雅な所作で扉を開けると、そこには一人の青年が立っていた。

 

「本日よりアリス様の家庭教師を務めさせていただきます、レオルと申します。以後、お見知りおきを」

 

 丁寧な一礼と共に名乗った彼は、年の頃は二十代前半くらいだろうか。

 少し癖のある鳶色の髪を後ろで無造作に束ね、理知的な光を宿す穏やかな翠色の瞳が、真っ直ぐにわたしを見つめている。痩身ではあるが、姿勢が良く、立ち姿に無駄がない。

 服装は、貴族が着るような華美なものではなく、動きやすさを重視したであろう仕立ての良いシャツとズボン。上着は少し古びていたが、よく手入れがされているのが見て取れた。

 待っているときにセーラに聞いたが、下級貴族の三男だとのこと。

 一応貴族ではあるが跡継ぎではないので、お金がない立場。こういう身分の人が家庭教師をすることが多いそうだ。

 

 わたしはソファからちょこんと降り、習ったばかりの淑女の挨拶(カーテシー)をしてみせる。

 

「アリス・フォン・クライネルトです。よろしくおねがいします、レオル先生」

 

「ご丁寧にありがとうございます、アリス様」

 

 レオル先生は、柔和な笑みを浮かべた。

 だけど、わたしのゲーマーとしての勘が、彼の本質を鋭く見抜いていた。

 穏やかな物腰の奥に隠された、油断ならない何か。

 それは、彼の右手の指に、固いペンだことは違う種類のタコや、挨拶の際に一瞬だけわたしとセーラの全身を観察した、鋭い視線から感じ取れた。

 この人、ただ者じゃないのかも。

 

「では、早速ですが、本日の授業を始めましょう。まずは、この国の歴史から。アリス様は、本を読むのはお好きですか?」

 

「はい、すきです」

 

 レオル先生は鞄から一冊の本を取り出し、テーブルの上にそっと置いた。

 それは、分厚く、革で装丁された立派な本だった。わたしは、その本のページにそっと指を滑らせる。

 

「……あれ?」

 

 わたしは、小さな違和感に気がついた。

 紙の質感は手漉きに近い。だけど、そこに記された文字は、一つ一つが寸分違わぬ形をしていた。まるで、現代の印刷技術で刷られたかのように。

 でも、インクの乗り方が均一じゃない。よく見れば、文字の輪郭がわずかに滲んでいる部分もある。活版印刷だとしたら、あまりにも稚拙な技術だ。だけど、この世界の他の技術レベルを考えれば、それも不自然。

 

「どうかなさいましたか、アリス様?」

 

「あの、このほんは、どうやってつくられたのですか? はんこか何かで、ぺったんて?」

 

 六歳の子供を演じ、わたしは首をこてんと傾げてみせる。

 すると、レオン先生は少し驚いたように目を見開き、そして感心したように頷いた。

 

「素晴らしい着眼点ですね。これは、【自動書記】という魔術によって複製されたものです」

 

「じどう、しょき?」

 

「はい。原本となる本に特殊な魔術をかけることで、その内容を寸分違わず、新しい本へと写し取る技術です。これにより、多くの人々が、貴重な書物を手にすることができるようになりました」

 

 なるほど、魔術による技術か。

 これなら、知識の伝達速度は飛躍的に向上するだろう。この世界の文明レベルを支える、重要な基盤技術の一つに違いない。

 

「それでは、本を開いてみましょう。まずは、我々が住む、このアークライト王国の成り立ちから……」

 

 レオル先生の授業は、驚くほど分かりやすかった。

 彼はただ教科書を読むのではなく、時に身振り手振りを交え、時にわたしの素朴な(フリをした)質問に丁寧に答えながら、この世界の成り立ちを教えてくれる。

 

 この世界には、巨大な大陸が一つだけ存在している。

 大陸にはいくつもの国々が興り、互いに覇権を競い合っているらしい。その中でも、我々が住むこのアークライト王国は、大陸に広大な領土を持つ、最も歴史と力のある大国の一つだそうだ。

 国王を頂点とし、その下に公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵という階級の貴族たちが連なっている。

 わたしのクライネルト家は、伯爵。上から四番目の、そこそこ偉い家柄だ。

 

「貴族の中でも、自らの領地を持つことができるのは、伯爵以上の貴族に限られます。これを、上級貴族と呼びます」

 

「りょうち?」

 

「はい。クライネルト家が治めるこの土地のように、国王の代わりに自分たちで税を集め、その土地に住む人々を治める権利を持つ、ということです。ですが、国王陛下の力が絶対というわけではありません。有力な上級貴族たちは、時に国王様の意向にさえ影響を与えるほどの力を持っています」

 

 つまり、王家と有力貴族たちの間で、常にパワーバランスの探り合いが行われている、と。舞台設定としては、王道でとてもいい。

 さらに、話は複雑な様相を呈してくる。

 

「そして、貴族とはまた別に、大きな力を持つ組織があります。それが、聖光教会です」

 

 レオン先生は、本の挿絵を指差した。そこには、荘厳な教会と、慈愛に満ちた表情の聖職者が描かれている。

 

「教皇猊下を頂点とし、枢機卿、大司教といった聖職者の方々が、人々を導いておられます。そして、大司教様以上の方々は、貴族と同じように、教会独自の領地をお持ちです。それらの領地は、国の法律ではなく、教会の教えによって治められているのですよ」

 

 王国の領地と、教会の領地が、モザイクのように入り組んでいる。

 これもまた、面白い設定だ。

 

 そして、話は、この世界の根幹に関わる部分へと及んだ。

 

「アリス様。なぜ、国王様や私たち貴族が存在するのだと思われますか?」

 

「……えらいから?」

 

「ふふっ、それも間違いではありません。ですが、一番大切な役割があるのです。それは、人々をモンスターから守ることです」

 

 モンスター。その言葉に、わたしの心臓がかすかに跳ねた。

 

「モンスターは強く凶暴で、普通の人であれば、あっという間にモンスターに殺されてしまいます。だからこそ、領主は、自らの領地に住む人々を、そのモンスターから命を懸けて守る、という最も重要な使命を負っているのです」

 

 ようやく、話の核心が見えてきた。

 モンスター、レベル、戦闘。わたしがずっと知りたかった情報だ。

 

「せんせいは、もんすたーと、たたかったことがありますか?」

 

 わたしの問いに、レオン先生は一瞬だけ遠い目をして、そして静かに頷いた。

 

「……はい。教師になる前は、少しだけ。モンスターを倒すには、特別な力が必要です。人々はそれを、日々の鍛錬や、モンスターとの実戦を通じて高めていきます。そうして強くなることを、『レベルが上がる』と表現するのですよ」

 

 きたーー! レベルのこと、もっと知りたい! 教えて!

 

「レベルをあげるには、どうすればいいんですか?」

 

「そうですね……先程いったように鍛錬でもレベルが上がらないこともないですが、正直、非常に効率が悪いです。やはり、モンスターを直接、この手で倒す。これがレベル上げの王道ですね」

 

 モンスターを倒す。

 そうか。それが強くなる一番の近道。

 わたしが真剣に聞き入っていると、レオル先生は説明を続けてくれる。

 

「もし、複数人でモンスターを倒した場合は、より大きく貢献した者ほど、レベルは上がりやすくなります。そして、戦い方によって、大きく三つの職業《ジョブ》に分かれます」

 

 レオル先生は、指を折りながら説明してくれた。

 

「一つは、重い鎧で仲間を守る【重戦士】と、素早い動きで敵を切り刻む【軽戦士】がいます。これらはあわせて、ただ【戦士】と呼ぶこともあります。二つ目は、炎や氷を操る【魔術師】。そして三つ目は、神の力で傷を癒す【神官】です」

 

 戦士、魔術師、神官。これもまた、ファンタジーの王道だ。

 

「強くなるためには、自分の得意な能力を伸ばすことが重要です。例えば、戦士なら筋力を、魔術師なら魔力を、といった具合に。一つの能力に特化させることが、一流への近道とされています」

 

「いちりゅう、になると、どれくらいつよくなるのですか?」

 

「そうですね……」レオン先生は少し考える素振りを見せ、

 

「レベルが50にもなれば、一人で何十もの軍勢に匹敵すると言われています。ちなみに、日頃鍛錬を積んでいる騎士のような強い方々でも、平均レベルは20程度しかないかと思いますよ。ですから、レベル50というのは、まさしく英雄と呼ばれるにふさわしい強さなのです。もっとも、そこまで到達できる人間は、この国にもほんの一握りしかおりませんが」

 

「せんせいは、いま、れべるいくつなんですか?」

 

 興味津々といった体で尋ねると、レオル先生は人差し指を口元に当て、困ったように微笑んだ。

 

「それは秘密です。アリス様、ご自身のレベルというのは、たとえ身近なご家族であっても、簡単には他人に話してはいけないものなのですよ。ご自身の強さを知られることは、弱点を晒すことにも繋がりますからね」

 

「えー、おしえてくれないんですか」

 

 ぷくりと、わたしは頬を膨らませてみせる。

 まあ、どんなRPGでも自分の手の内を易々と明かすやつはいないんだけど。現実ならなおさらか。

 

「じゃあ、あいてのつよさとか、すてーたす?をみるまほうとかは、ないんですか?」

 

「そうですね……」レオル先生は再び考える素振りを見せ、

 

「モンスターであれば、種類ごとにおおよそのレベルが決まっていますので、なんとなくなら判別がつきますよ。見たことがないモンスターでも、【鑑定】と呼ばれる魔術があればレベルがわかるそうです」

 

「ひとには、つかえないんですか?」

 

「人相手となると……そういう魔術が存在するにはする、という話ですが、非常に稀なものです。もし相手の能力を詳細に知ることができる魔術があるのなら、それこそ誰もが欲しがるでしょうね」

 

 鑑定スキルって、そんなに簡単には手に入らないのか。この手のゲームなら真っ先に欲しい能力だけど、この世界では相当なレアスキル扱いらしい。

 

 ともかく、レベル50で、英雄クラスか。

 なるほど。このゲームのレベルキャップは、かなり低めに設定されているらしい。もしくは、一体一体のモンスターを倒して得られる経験値が少ないのかもしれない。

 これは、相当やりごたえがありそうだ。

 ゲーマーのわたしとしてめちゃくちゃ燃える。

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