大学生------数見響苛(かずみひびか)は図書室で本を読んでいた。
神浜市立大学の図書室は丁度昼休みに入っている事もあって、この時間帯はかなりの人間が利用している。
机の上で真面目に勉強している者もいれば、暇つぶしに来ている者もいる。
この空間にいる人間の大半がインドア派を占める中、響苛の存在はかなり目立った。
180を超える長身と着衣越しでも判別できる筋肉の厚みは、紛れもなくアスリートのそれだった。
モスグリーンカラーのモッズコートとグレーのデニムパンツ、アップバングツーブロックにした黒髪、顔立ちは悪くなく、爽やかな体育界系といった感じの青年は、過去に起きた不審な失踪や死亡事件を題材とした本をただならぬ表情で読んでいた。
愛想よく笑っていれば女の子が放置しない容姿だが、今はオドオドしいデザインの表紙をした事件簿を食い入る様に見つめている。その様は女性はおろか大の男でも避ける程剣呑な雰囲気を纏っていた。
かれこれ1時間は本棚の前で立ち読みしている。
やがて、欲していた知識を得られなかったのか、諦めた様に息を吐く。
「ダメか…」
小さく呟くと、読んでいた本を本棚に戻す。
そのまま図書室を出ると、午後の講義に出席する為、目的の講義室に移動する。
比較的設備が整っている神浜市立大学の校内は換気システムによる花粉やハウスダストの排除により、空気は正常な物だった。
そんな校内の廊下を歩いて5分もしない内に目的の講義室に辿り着く。
講義室に入ると、先に入室していた学生達が机や窓際で談笑している。特に話しかける事もないので、黙ってその辺の席に着く。
しかし、特に面識がないにも拘らず、何人かの学生が小声で話すのが聞こえてくる。
「おい…アイツ…」
「あぁ…、元高校世界王者だろ?空手の…」
「自衛隊にいたんだよな?なんか……デケェな…」
男性陣は畏怖を込めて評し…。
「いつも1人だけど、何しに大学に来たんだろ?」
「さぁ……何か問題起こして自衛隊追い出されたんじゃない?」
「あ〜分かる。なんか…味方とか背後から撃ってそう」
「なんかヤバそ〜…」
女性陣は好き勝手にボロクソ言ってくる。
(は〜…、ウルセェ…)
内心で溜息を吐く。別に好かれたいなんて微塵も思わないが、やはり影でコソコソ話されるのは気分が悪い。
「失礼、隣いいかしら?」
顔を巡らせると、色の濃い青髪を長く伸ばした女が伶俐な表情でこちらを見下ろしていた。落ち着いた雰囲気の美人でモデルをやっていると聞いた事があるが、残念ながら名前は忘れた。
「あぁ…」
短く首肯すると、女は自分の隣に座ってくる。
「…貴方、いつも1人ね」
「あ?」
首だけを向けると、女はこちらを見る訳でもなく正面の教壇が置かれた黒板を見据えている。
「貴方の噂、結構聞くのよ。有名な割にいつも退屈そうだから少し気になったの」
「…なんだそりゃ」
退屈しのぎの雑談のつもりなのか、女は適当な話題を振ってくる。
「空手の世界王者なんでしょう?ここの空手部には入ってないの?」
「…別に、ここの空手部弱小だろ。入部しても大して面白くねーよ」
気怠げな声で応じる。本当に何なのだ…。
「そう?講義中以外はあまり校内で見ないけど、普段何してるの?」
「………アンタには関係ないだろ」
声に仄暗い物が宿る。別に悪気がある訳ではないのだろうが、他人に話したい内容ではない。これ以上話しかけるなと言わんばかりに目線を外す。
「…そうね、突然ごめんなさい。特に気がある訳ではないから、忘れてちょうだい」
女は特段気分を害した様子もなく、冷たい美貌を崩さぬまま静かに佇んでいる。
そのまま暫く沈黙が続いたが、思ったより講義まで時間があるのか、無為に時が流れていくのは少々苦痛だった。
「…アンタ、モデルの仕事してるんだったか?」
特に理由もなく、時間を潰すために話しかける。
「えぇ、そうよ」
「普段からどんな仕事してるんだ?」
「基本撮影ね。色々な服を着て、照明スタッフさんやカメラマンさんと一緒に仕事をするわ。チーフから指示があって、ポーズとか変えたり、シチュエーションを考えたりするのよ」
「大変そうだな」
「もう慣れたわ」
女の方も暇なのか、割と話に乗ってくる。
「ユニットとか組んだりするのか?」
「えぇ、組んでいたわ。厳しい世界だけど、私がリーダーとして、皆んなで生き残りたいと願った。けど…」
その時、女の顔が僅かに翳る。
「今は後悔しているわ…」
「……は?」
どういう事だと問い質そうとした時、講義室の扉が開き、額に脂汗を浮かべた中年の男性教授が入ってくる。
「講義、始まるわよ」
女は話を打ち切ると、再び伶俐な表情に戻る。
開始のチャイムが鳴ると同時に、教授の銅鑼声が響き始める。退屈な講義を今日もこなす。
*
必要な要点だけをまとめ、それ以外の話は聞き流す。そうして講義を終えると、大学を出てバイト先のスーパーに向かう。
店のエプロンを着込み、パートの主婦達に混じってレジに立つ。この時間帯は1番混む上に、丁度タイムセール兼ポイント10倍デーの日である事から、響苛のレジには長蛇の列が出来ていた。別になんて事はない。教わった通りこなせばいい単純な流れ作業だ。
「袋お願いします」
今日1人目の客はピンク髪の女子中学生だった。見知らぬ中学の制服を着た大人しい少女は、カレーのルーとジャガイモやニンジンといった家庭料理の定番みたいな品物が入った買い物カゴをレジ台に置く。
「レジ袋一枚5円になります」
ガマ口の財布から現金を取り出した少女とのやり取りは手早く済んだ。
「人殺しみたいな顔のおっちゃん〜!クーポン使わせてくれ〜!」
2人目------。ハーフか何かの金髪の少女がクソ生意気にクーポンの束を出してくる。ざっと30枚はあるクーポンを見て、この店が利用可能なクーポンを1日一枚限りにしなかった事を呪った。
「「ポイントカードお願いしま〜〜す」」
3人目プラス1人------。レーズン色の長いポニーテールの双子の少女が声を揃えて同じタイミングで2枚のポイントカードを突き出してくる。気持ち悪いくらい息ぴったりだった。
4人目------。
「……なんだアンタか…」
「なんだとは随分な物言いね」
少しムッとした表情をするのは、講義で一緒だった青髪の女だった。彼女の買い物カゴを覗く。
「…パスタ好きなのか?」
「日持ちするのよ」
「色々買ってんな」
「こんな大事な日を逃す訳ないわ」
買い物カゴの中は乾燥パスタ、缶詰め、スナック等の長期保存が効く食品ばかりだ。
「ポイントカードは?」
「使うわ」
お洒落な革製の財布には色とりどりのカードが収まっており、他にもクーポンや引換券などが詰まっている。経済的にシビアなのか、倹約家なのかどちらかだろう。
「意外だわ。貴方がここで接客業だなんて」
「1人暮らしだからな。アンタは?」
「私も同じよ。だからなるべく節約したいの」
会計を済ますと短い会話も終わり、女は商品とレジ袋が入ったカゴを持ってサッカー台に向かった。
その後もやかましい客達との接客を終え、夜の7時には帰宅の途につく。
煌びやかな繁華街を歩き、喧騒に呑まれながら響苛は思う。
(胡散臭い話ばかりだが……試しに行くか)
自分が神浜市立大学に入学したのは、過去に起きた'ある事件'の真相を突き止める為だ。
高校卒業後、陸上自衛隊に入隊した響苛は普通科連隊で真面目に勤務していた。上官や先輩には恵まれたし、自衛官として優秀な成績を収めていた事もあって、周囲からはそれなりに期待されていたし、このまま過去の惨劇を忘れて国防と公共への奉仕に努めようとしていた。
だがある日、自分が勤務していた駐屯地内で『説明のつかない異常事態』が起きた。
奇しくもそれを目の当たりにした響苛は、この世の常識には自分が預かり知らぬ外側があり、あの惨劇は……自らの恋人の死は、そこで起きたのではないかと、確信に近い物を得た。
既に諦めていた筈の真実が数年越しに明らかになる。そう思った後の行動は早かった。
ガソリンに火がついたかの様に奮起した響苛は、事件の真相を調べる場として神浜市立大学を目指し猛勉強。任期満了後、上官や同僚の引き留める声を無視して満期除隊。神浜市立大への入学を果たした自分は部活もサークルにも入らず、ひたすら事件に関する情報を集めた。オカルトじみた怪しい情報や、裏社会に関わる人物への接触など、危ない橋も渡った。
そして、調査から1カ月後------。
『魔女と呼ばれる異形の怪物』の存在を耳にした。
誰もがバカらしいと一笑しそうな話だが、響苛はその『魔女』と呼ばれる存在がどうしても気になった。もしかしたら、駐屯地での異常な事故も、恋人の死も、『魔女』が関わっているのかもしれない…。
そして今日、魔女の目撃報告があったという廃工場跡に来ている。
アパートに帰った響苛は、ネットで得た情報を元にこの場に辿り着く事が出来た。
他に情報がないかと昼間の図書室で資料を漁っていたが、特にめぼしい情報は得られず、こうして現地に赴いたのだ。
「……」
響苛の目の前にある廃工場跡は、閉鎖されてから15年は経っている場所だ。人気のない山奥にあることもあり、閉鎖後は所謂自殺スポットになっている。
響苛はだれもいない事を確認し、工場内に忍び込む。
(ここに、アイツを殺した犯人がいるかもしれない…)
響苛はコートの懐から実弾入りの拳銃を取り出す。
裏社会の人間と関わった際に手に入れたトカレフ拳銃だ。もちろん非合法なルートで手に入れた武器である。見つかればタダでは済まない。
(構うかよ…、俺は4年待ったんだ。ここで仇を逃してたまるかッ)
殺意を込めた眼差しで復讐鬼が足を踏み出す。
*
15年も放置されていたからか、工場内は荒れ放題だった。
この工場が何を生産していたのかは知らないが、木材粉砕機とベルトコンベアの残骸が見える事から、林業関係の工場ではないかと推察する。
懐中電灯を構えて暫く進んだが、安物なのかあまり奥までは照らせない。
ふと背後を照らし、入って来た入り口を確認する。
「------は?」
入り口がなくなっていた。
慌てて前方を確認すると、すぐさま景色が歪む。
「な、なんだ!?」
目の前に迫って来るのは油絵の具を用いた絵画、蝶の標本、前衛芸術的なイメージ。
耳に入ってくるのは子供の嬌声と外国語が混じった不協和音。
キャンバスに絵の具がぶち撒けられ、歪なデッサンが繰り広げられる様に、世界が悪意的に塗りつぶされていく。
最後に完成した光景は、薔薇と有刺鉄線が引かれたガーデンの中に、綿と髭を合成させた奇怪な生物が踊り狂っている。
『jmttas)w'jttx…!』
『до до ем до гм』
『el la o la de de en de!』
訳のわからない発語に戸惑う中、突如上空から巨大な影が落ちて来る。
-----------ドスゥゥゥゥンッ!!
『@eppmjqhtkp'ydbjqg'odgッ!!』
支離滅裂に喚くピンボールマシンにピエロの首をくっつけた様な異形が目の前に降り立つ。体高は10mを優に超える。
「ク…クソッ!」
トカレフを両手で照準し発砲。強烈な反動が腕に伝わる。
自衛隊で何度も反復訓練を重ねた響苛の弾丸は狙い誤たず全弾命中するが、傷ひとつ付いていない。
「これが…魔女…ッ!」
その時、鎌の様な形状をした魔女の右腕がこちらに振り下ろされる。
殺られる------!
神浜市の魔法少女、七海やちよは走っていた。
常人には不可能なスピードで疾走する彼女の服は魔力で構築された礼装であり、水の巫女をイメージしたロングスカートが特徴的な魔法少女は槍を担ぎながら魔女の元まで向かう。
(神浜のテリトリー内のギリギリね…。人気のない場所だけど逃すわけにはいかないわ)
グリーフシードの確保は魔法少女にとって死活問題だ。他の魔法少女に獲られる前に自分が魔女を倒さなければ…。
ソウルジェムが反応した場所にようやく辿り着くと、魔女結界に突入する。入った瞬間、火薬の爆ぜる乾いた音が聞こえた。
(ッ!?銃声!?まさかこんな所に人が…!)
自殺の名所であるこのエリア。魔女が発生する確率は高いし、もしかしたら『魔女の口付け』を受けている可能性がある。しかし、ならばどうして銃声がするのか。魔女に操られた状態の人間が……ましてや日本で銃を所持しているとはどういう事なのだろうか?
(とにかく急がないと…!)
結界内を全力で走る。ソウルジェムの反応が強くなり、やがて魔女がいる広間へと到着する。段上構造のホールの様になった広間は、丁度最上段にやちよがおり、最下段の中心に魔女がいる形だ。
(…あれは!?)
先に向かったやちよが対面したのは、目標の魔女と、一般人の青年だった。やちよは目を見開く。
------------あの人は…!!
魔女が想定よりも強そうなのは勿論。それ以上に驚いたのが、魔法少女でもなんでもない男性が魔女と戦っている事だった。
男は拳銃らしき物で応戦しているが、どう見ても歯が立たない様子だ。
やがて魔女は茶番に飽きたのか、鎌状の右腕を振りかぶる------!
「ッ!危ない------!!」
やちよが叫ぶのと同時に槍を投擲したのはほぼ同時だった。
神速の槍が魔女の右腕を斬り飛ばす。
『ggggggggaaaaaッ!!!』
やちよが跳躍し、悲鳴をあげる魔女の前に上から着地する。
「あ…アンタは…」
「ボーッとしてないで早く逃げなさい!!」
呆然と立ち尽くす響苛にやちよが怒鳴る。そうしている間に態勢を整えた魔女が再度攻撃してくる。
『aaaaaaaaaaaッ!!』
怒り狂った魔女が左腕を振りかぶり、やちよ目掛けて振り下ろす。
素早く槍を取り戻したやちよは構え直し攻撃を受け止める。
「ハァァァァッ!」
気合いと共に攻撃を弾き飛ばし、一歩踏み込んだ瞬間に魔女の片足を一閃。
足の関節を切られた魔女は姿勢を崩し、その隙を見逃さずやちよが跳躍。
魔女の頭部まで飛んだやちよは体の回転をつけて槍を魔女の顔面に突き刺す。
『ggggggggiiiiiaaaaa!!』
絶叫しながら後へ数歩たたらを踏む魔女。
追い討ちをかけるように距離を取ったやちよが新たに槍を5本生成、魔女の腹部に打ち込む。
『gooooomooooo!!』
魔女は身悶えながら後退すると、尻の部分から生えている尻尾らしき物を振り回す。恐竜の尾のように太く、先端には鉈らしき凶器が付いている。
やちよはそれを難なく回避すると、移動しながら槍を生成し、それを階段の様にしながら空中を駆ける。足場にした槍は下から順に魔女へと飛んでいき、その醜悪な体に次々と突き刺さっていく。
『buooooooツ!!』
もはや死に体の魔女を前に、やちよは魔女の頭上まで跳躍------。
「これで…トドメよ!!」
真上から垂直に急降下し、魔女の脳天めがけて槍を突き出す。
『Gyseeeeeeeeeee!!』
しかし、魔女は突如、天に向かって咆哮。一瞬にして切断された腕と足を再生し、顔面が修復されると同時に跳躍。
「!?」
すれ違う様にやちよの隣を跳躍していった魔女の動きは速すぎた。不安定な空中にいるやちよを他所に、オーケストラ劇場の様な高い天井の壁面を縦横無尽に跳び回り、変速的な動きを繰り返す。やちよは目で追う事すら難しかった。
そして、 隙を見てやちよの背後をとった瞬間…。
『 aaaaaaaaaaa!!!!』
体当たりをかまして来た。槍の柄で受け止めようとするが、勢いを殺し切れず壁面に激突する。
「カハッ…!」
肺から空気が絞りとられる。間髪入れずに魔女の鎌が飛んでくる。
「クッ…!」
すんでの所で回避、地上に再び降り着地を試みる。
(地上に降りられれば、反撃が出来る…!)
やちよが思考が高速で脳内を巡る中、頭上のすぐそこに魔女の顔が迫ってくる。
『gggggggggggg!!』
「…!喰らいなさいッッ」
空中で新たな槍を10本生成、魔女の顔面目掛けて放つが、距離が近すぎる。鎌の生えた両腕を交差して顔面を防御した魔女はそのまま重力に身を任せてやちよに吶喊。
「ぐ……!?」
空中故に、逃れる術を持たないやちよは魔女の質量を全身で受け止める形で、地上に落下、押し潰された。それと同時に大地が凄まじく揺れ、轟音と共に土煙が周囲を巻く。
「うッ……!?」
左腕で顔を守りながら片目を瞑る。
やがて土煙が晴れると、魔女に下敷きにされた やちよが見える。
「ウゥッ…!」
身動きが取れず苦しそうに呻くやちよには、もはや戦う力は残されていない様に見える。
やがて魔女はピエロの口を開くと、喉から大量の白い手を生やす。人間の白い手が20本以上。蛇のようにやちよに伸び、 やちよの体に絡みつく。
「ぐッ……この…!!」
ギリギリと体を締め上げられながら、やちよは片目を開けて魔女を睨む。
獲物をようやく捕食できる事に昂っているのか、魔女は低く嗤う。おぞましい呼吸音と共に吐き出される声には、人間を恐怖で硬直させる何かがあった。
そのままやちよを飲み込もうと、顎を大きく開き、巻き付けた腕を引き込もうと------。
「こっちを見やがれ!クソッタレの化け物がッ!!」
よく響く怒声と共に、投げられた石が魔女の背中にぶつかる。
魔女が背後を振り向けば、響苛が壮絶な表情で睨みつけている。その手には拾い上げた石があり、再び石を投げつけられる。今度は顔面にクリーンヒットした。
『aaaaaa…ッ』
食事を邪魔された魔女は怒りの矛先を響苛に向けたのか、やちよを放り響苛の元に向かう。
ホールの椅子の段列に投げつけられたやちよは椅子を何個も薙ぎ倒しながら転がる。
「う……」
よろよろと立ち上がる。槍を杖にしながら魔女を見ると、片腕の鎌を下段から振り上げようとしている。狙いは響苛だ。
「ダメよ!逃げてッッ!!」
必死に叫ぶが、体に蓄積されたダメージはやちよを立ち上がらせる以上の行動を許さなかった。
『aaaaaaaaaaaaッッ!!!』
万物を引き裂く鏖殺の鎌が閃き、風を切り裂きながら響苛に向けて唸りをあげて迫る。回避不能の一撃が脆弱な人間の胴体を無惨に斬り飛ばそうと------。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」
気合いを迸らせ、右足を高く振りかぶり、迫り来る巨大な鎌を踏みつけて止める。
ガキィィィィィィィィィィンッ!!
「『!?』」
やちよも魔女も一瞬硬直する。魔力を持たない一般人が魔女の一撃を素手素足で止めたのだ。普通ではない。
だが、所詮は人間の力だ。
魔女は素早くもう片方の腕の鎌を振り上げる。一瞬にして音速に達した魔女の攻撃は、響苛の肋骨を捉え------、
グチャアアアッ…!
皮膚を裂き、骨を砕き、内臓をミンチにした-----------。
辺りに人間だった物が散らばり、内臓と骨の破片が混じった血の雨が降り注ぐ。
「ア……アアッ……!」
救い出せなかった人間の無惨な最期に、やちよは口をパクパクさせるしかない。
------救えなかった……私はまたッ…!!
もはや立ち続ける気力さえ失い、やちよはその場にくず折れる。戦意を喪失した魔法少女にトドメを刺しにくる魔女が視界に映る。
壮絶な表情でケタタマしく笑う様は、嗜虐心の神髄がそのまま形を成したようだった。
------ごめんなさい…。みふゆ……みんな…!
まだ探し出さなきゃいけない人がいるのに…、死なせてしまった仲間への責任もあるのに…!こんな所でッ……!!
魔女が鎌をゆっくりと振りかぶり、やちよの首を狙い定める。愉悦に満ちた笑みを浮かべながら、鎌が振り下ろされる------!
「…ッッ!!」
死を覚悟して目を瞑る。
しかし、いつまでたっても死が訪れる気配はない。
片目を薄く開ける------、
「………な…!?」
視界に飛び込んで来たのは、魔女の攻撃を受け止める人間の姿。
「ハァァァァァァァッ…!!」
荒く息を吐き出しながら、全身から高熱を発する青年。
その体は蒼い炎に包まれており、眼孔からも同じ輝きが溢れていた。
とてつもなく強い光と熱を発する全身はハッキリとは認識出来なかったが、かろうじてその手足にぼんやりと浮かぶ輪郭を捉える。
(アレは……鎧…?)
魔女の鎌を上段上げ受けで止めていた腕と足には、細身のガントレットとグリーブが付けられているのがかろうじて識別出来た。
やちよは、その炎と力の由来をよく知っている。
(まさか……魔法少女の…!?)
「まだ……だ」
響苛が丹田に力を込める。
「まだッ…だぁァァァァァァァァァァァァッ!!」
死なない限りは生きている…!生きている限りは戦えるッ!!
響苛は強く踏み込むと同時に、受け止めていた魔女の鎌を跳ね上げ、すかさず空いた手で手刀を打ち込む。
------ザンッ!!
『Gyaaaaaaaaaaaaaaaaaaaッッ!!!!』
打ち込まれた手刀は魔女の腕を焼き切り、空高く弾き飛ばされる。
魔女が絶叫し、ピエロの顔が悲痛に歪み氾濫した川の様に崩壊、混濁する。
「アアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」
烈火の気合いと共に、両の腕を引き絞る------。
2つの拳に蒼炎が集中------刹那、人智を超えたエネルギーが生み出され、それを乗せた双手突きが魔女の腹部を捉える。
瞬間、打ち込まれた拳が魔女の身体を一瞬にして焼き尽くしていく。
『Gaaaaaaaaaaaaaッッッ!!!』
この世に残した未練が全て吐き出されたかのような断末魔が響く。
魔女がチリとなって消滅する。
最後に残されたのは、黒く濁ったグリーフシードと、炎と鎧が消失し昏倒した青年------数見響苛だけだった。