蒼炎のアサーナトス   作:唯尊

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第四話 監視者!七海やちよ

 

 人気のない路地裏の奥で、響苛が放った憎悪の咆哮は、近くの路上を走る車の走行音に掻き消される。

 

 されど、恐ろしい程透明で、純粋過ぎる殺意と悪意を真正面からぶつけられた七海やちよは、暫し呼吸を忘れて立ち竦んでいた。

 

 4年前に殺された恋人の復讐------------その為なら、自らの生命すら軽々と投げ捨てる狂気。

 

 それがこの男-----------数見響苛の目的であり、嘘偽りのない真意であった。

 

 だがそれは、余りにも悍ましく、醜悪で、冷酷無惨な物だった。

 

  やちよは確信した。この男は、世界が崩壊しようと、人々の平和と安寧が脅かされようと、全てがどうでも良いのだ。

 

 人格に問題がある------なんてレベルじゃない。本当に……狂っている。

 

 憎悪に凝った瞳と、犯人を手に掛ける愉悦に満ちた表情を見て、やちよは構えていた槍を降ろす。

 

瞼を閉じ、フーッ……と長く息を吐くと、心を落ち着かせてから再び目を開く。

 

「…貴方の目的は理解したわ。正直、私には関係ない事よ」

 

「そりゃあいい、なら…」

 

もう構うな------と言いかけた時、やちよが遮る様に言葉を続ける。

 

「けど------------貴方は危険過ぎるのよ。復讐に狂って、関係のない人間まで大勢巻き込んで、新たな絶望と不幸を生む……貴方のやろうとしてる事は、魔女と同じ。いえ………ある意味もっとタチが悪いわ。ただ暴れ回るんじゃなくて、明確な目的を持って行動してるし、何より、あんな出鱈目な魔力を持ってる存在を、みすみす放任すると思う?」

 

「…しなかったらどうするってんだ?」

 

 キロリと挑発する様な視線を向けられる。あからさまな殺意が宿っていた。

 

「少なくとも、目の届かない範囲で勝手なマネはさせないわ」

 

「フンッ、殺しちまえばすぐ済むだろ」

 

「貴方の価値基準を押し付けないでもらえるかしら」

 

 持っていた槍を消滅させると、サラサラとした長い髪を片手でかき上げると、疲れた様に溜息を吐く。

 

「私は貴方の様に、自分の為に誰かを犠牲にし続ける気はないし、平然と誰かを傷つける気もないわ。それに------」

 

やちよは鋭い視線を向けてくる。

 

「貴方の場合、下手に殺したりなんかしたら、何が起こるか分からないもの」

 

 正直、響苛の一番怖いところは、『何が起こるから分からない』という予測不可能な部分にある。

 

 あの時見せた魔力量は、尋常ではない規格外さを誇っていた。あんな物、何らかの要因で暴走でもすれば、神浜市が丸ごと噴き飛びかねない。

 

「あっそ……で?どうするよ?」

 

「貴方の復讐の邪魔はしないわ。けど、このままじゃ貴方の行動が、確実に災いを呼ぶわ。それを止める人間が必要よ」

 

 興味深げに目を細めてくる響苛に対し、やちよは静かに、冷たく告げる。

 

「貴方は、私が監視するわ」

 

「…あ?」

 

意味の分からない発言に、一瞬、響苛がポカンとする。

 

「貴方みたいな、自分勝手で自己中心的で、信じられない程傲慢で滑稽な人間は、今日みたいに何をやらかすか分かった物じゃないわ。危険人物にも程があるわよ」

 

「ハンッ!知るかよ。俺はこういう自分が気に入ってるんだ。変えてやる気は毛頭ねぇッ」

 

「…貴方みたいな男に、よく恋人なんか出来たわね……その事が一番驚きよ」

 

「うるせぇ。…で?監視ってどういう意味だよ?」

 

「私が暮らしている『みかづき荘』で、一緒に同居して貰うのよ」

 

「………はぁッ?」

 

今度こそ意味が分からず、変な顔をしてしまう。

 

「変な勘違いしないで貰えるかしら。貴方はこの世界にとって、最大級の爆弾なのよ。そして、我が身を顧みず好き勝手暴れ回っていたら、すぐにでも爆発するわ、周りの全てを巻き込んでね……けど、私ならいざという時、力尽くで止められるわ。殺さなくても、手足を切り落とすとかなら十分抑止になるしね」

 

さらりと物騒な事を言ってのけるやちよ。この女もこの女で、強かな性格をしていた。

 

「私が管理するみかづき荘なら、いつでも眼が届くし、なんなら閉じ込めて一生社会から隔絶出来るわ。っていうか貴方、あの力がなくても普通にテロとか犯しそうだし、未だに捕まってないのが不思議よ」

 

「…だいぶ直球に喧嘩売ってんだろ」

 

「事実じゃない。それで?どうするの?言っとくけど拒否権はないわよ」

 

 四肢の切断に自宅監禁………普通に聞いてれば、完全にメンヘラの所業である。

 

 自分とは違ったベクトルで容赦のない女に対し、響苛は頭を抱える。

 

 自身の力を完全に掌握していない以上、自分はやちよに勝つ手段を持たない。逃げた所で、すぐに捕まるのは目に見えていた。

 

 だが、上手くいけばこの女の力を利用できるかもしれない。立ち回りによっては、自分が復讐を遂げる上での足場になる可能性がある。

 

「…復讐の邪魔はしない……って言ったな」

 

確認するように尋ねる。

 

「えぇ、貴方が関係のない第三者を巻き込まない事を前提に……ね…。最終的にどんな形で決着をつけるのか、それは貴方自身が決める事よ」

 

「…俺が犯人を追い詰めて、殺すって時は?」

 

 暗く猛獣じみた瞳で問いかける。

 

「好きにしなさい。冤罪とか人違いとかじゃない限り、止めはしないわ」

 

「…………」

 

不意に沈黙する響苛。視線はやちよに向いたままで、どこか疑念を覚えてる様子だった。

 

「…なによ?」

 

「もう一つだけいいか?………どうして俺の話を信じる気になった?」

 

衣里奈の写真以外、自分の目的を証明する手段をこちらは持たない。信頼レベルなんて思いっきり下の下まで下がり切ってるだろう。なのにどうして、彼女は自分を信じるのだろうか?

 

「貴方、純粋過ぎるのよ。自分の感情を全く隠そうとしない。むしろ露骨なまでに剥き出しにしてるわ。貴方の内の復讐心……心の闇と絶望が、物凄くダイレクトに伝わってくるのよ」

 

「……なんだそりゃ」

 

 今ひとつ要領を得ない回答に、響苛が怪訝な表情になる。

 

「…私は……いえ、私達魔法少女は知っている。人の心が持つ絶望を……それがどんな物なのか、よく知っているわ。その化身と、私達は戦ってるんだから」

 

「それに------」と続ける。

 

「その衣里奈さんって人、話を聞いた限りじゃ、高い確率で魔女が関わってると思うわ。あくまで私の経験則に基づく憶測だけど………あと、貴方の力、間違いなく魔法少女所以の物よ。最初は貴方の人格的に、魔法少女の知り合いなんていないと踏んでいたけど……やっぱりあの魔力は、魔法少女が関係しているとしか思えないわ。そうとしか説明がつかないもの。もしかしたら------」

 

やちよは一瞬、迷う様に視線を逸らした後、再びこちらを見つめる。

 

「私たちと貴方は、同じ運命を背負っているのかもしれない…」

 

 

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