蒼炎のアサーナトス   作:唯尊

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 こっちの更新は久しぶりですね……。お気に入り登録してくれた皆様、遅れて申し訳ございません!


第五話 みかづき荘での生活

 

 やちよに連れられた響苛は、改めてこれから住処とするみかづき荘へと案内される。

 

「……随分私物が少ないのね」

 

 肩にかけられたボストンバックを見て、やちよが呟く。

 

「必要最低限の物以外は全部実家に置いてきたからな。それより………本気で俺を住まわせる気か?」

 

既に自分が住んでいたアパートは解約した後なので、今更ではあるが改めてやちよに確認する。

 

「私だって、貴方みたいな粗暴で野蛮な男と同棲なんて御免よ。でも仕方ないわ、離れた所に居られたら、何をしでかすか分からないもの」

 

やちよは致し方なしと肩を竦める。

 

「男に対する警戒とかないのか?」

 

「失礼ね、してるわよ。けど万が一夜中に襲われたりしても、余裕で潰す自信があるから平気よ。貴方がどれだけ強かろうと、魔法少女の前では雑魚も同然だわ」

 

「……随分と強気だな?」

 

「あのよく分からない力をコントロールできない貴方が、私に勝てる訳ないでしょ」

 

「……フンッ」

 

気に入らないが、やちよの言ってる事は正しい。実際、響苛自身もこの力が何なのか、まったく分からない状況なのだ。衣里奈の死の真相を突き止め、犯人をこの手で殺めるまでは、この女を利用するしかない。

 

「……そーいや、この家って元々は寄宿舎だったんだろ?他に住んでる奴とかいないのか?」

 

「いないわ、だから部屋は余ってるの。好きな所を使って頂戴」

 

「じゃ、お言葉に甘えて……」

 

玄関口から靴を脱いで上がると、真っ直ぐ歩いた所で左に曲がり、その右手側にあった部屋を選び、入ろとする---------。

 

「そこはダメッ!」

 

突如、やちよから深夜にも拘らず大声で呼び止められる。驚いて固まっていると、少ししてハッと我に返ったやちよは自らの行為を恥じるかのように俯く。

 

「ごめんなさい。夜中に大声出して……。けど、そこだけは遠慮して欲しいわ」

 

「………」

 

無言のまま手にかけていたドアノブを放し、別の部屋を探す。事情は不明だが、何やらただならぬ様子のやちよを見ていると、迂闊に理由を問いただす気にはなれなかった。

 

 結局、階段を上がり、2階にある角部屋を使う事にした。扉を開けると、大して使われていないにも拘らず、塵一つない清潔な空間が視界に映る。

 

「結構綺麗なんだな」

 

「掃除は普段から念入りにしているわ」

 

「ここを使わせてもらうぜ。ベッドもあるし、筋トレできそうなスペースもあるしな」

 

「分かったわ。それじゃあ、夕飯の支度をしておくから、その間にお風呂済ませちゃって」

 

「………アンタが料理するのか?」

 

一抹の不安が脳裏を過り、やや身構える。

 

「……何よ、何か文句でもあるの?」

 

 ジロリと睨まれ、響苛は頭をボリボリと掻く。

 

「いや…、アンタなら何食わぬ顔でメシに毒盛って殺しにきそうな気がするから…」

 

「あらそう?嫌ならいいわよ。作らないから」

 

やちよがプイッとそっぽを向いた瞬間、響苛の腹から豪快な音が響き渡る。

 

「……この時間帯だと近所迷惑になりそうな音ね」

 

「ぐ……」

 

「ご近所さんに悪いから、ガタガタ言わずに食べなさい。どうせ碌に料理作れないんでしょ?」

 

「うるせぇッ、俺だって自炊くらいできる。なんなら今日は俺が---------」

 

「結構だわ、そんなの私が嫌だし、貴方の作った料理なんて生理的に受け付けないし、とても食べられる自信がないわ。食材を無駄にするだけだもの。それより、早く風呂場に行ってくれない?今日はシャワーしかないけど、私も早く入りたいの」

 

 涼しげな顔でバッサリと切り捨てられ、響苛は渋々脱衣所へと向かう。

 

----------チクショウ、なんなんだあの女は…。

 

 服を脱ぎながら、口の中で悪態を吐く。あの肝の座った態度が、どうにも気に食わない。間違いなく自分がこの世で一番嫌いなタイプの女だ。

 

 衣里奈は小柄で可憐ながらも強かな少女だったが、やちよは強い上に怖い女だ。正直、逆らえるイメージが全く思い浮かばない。

 

「ったく、何でこうなったんだ……」

 

 ぶつくさと文句を口にしながら、脱ぎ去った服を洗濯機に放り込み、そのままバスルームへと入る。浴槽は空のままなので、取り敢えずシャワーでも浴びてスッキリしようとシャワーヘッドを手に取り、蛇口を捻る。

 

 そして、熱い湯が頭上に降り注いだ瞬間----------。

 

「------つめってえッ!!」

 

 思わぬ水の冷たさに飛び上がりそうになる。

 

『あ、そのシャワーお湯になるまで少し時間が掛かるから、気をつけた方がいいわよ』

 

「もっと早く言えよッ」

 

浴室扉の向こう側からやちよの他人事みたいな声が聞こえてくる。季節はまだ春なので、屋内でも気温はまだ低い。凍てつく寒さに震えながら、ようやく忘れていた熱を取り戻したシャワーを頭から被った。

 

 

 

 

 

 

アパートから持ってきた服に着替えると、濡れた髪をタオルで拭きながら脱衣所から出る。不意に、温かいミルクの香りが鼻腔を擽る。視線で匂いを追ってみると、一階のリビングにあるテーブルの上に、沸々と湯気を上げるホワイトシチューの入った皿が並べられていた。自分とやちよの二人分であり、中央には調理に直接用いた鍋が置かれている。中にはまだ大量のシチューが熱を保ち食されるのを待っていた。

 

「意外と早かったわね」

 

 見ればテーブルの側でエプロンを外すやちよの姿があった。

 

「おー、メシか。ちゃんと作れたんだな、驚いたぜ」

 

「人を何だと思ってるのかしら」

 

やちよがジト目で睨んでくるが、『成人間近になってまで"魔法少女(笑)"なんて真顔で堂々と宣言する厨二病拗らせたイタイむっつり凶悪メスゴリラだと思っています』などと本心を告げた暁には、今度こそ響苛は想い人の復讐を果たす前に物理的にねるねる(ぐちゃぐちゃにブチ殺す的な意味で)されかねないので、さりげないフリを装って華麗にスルーした。

 

「パンもサラダもない代わりに、具沢山のシチューか……。なんか久しぶりにメシが美味そうに見えるな。俺の料理は栄養価こそ考えて作ってるが、味なんて先ず気にした事ないからな」

 

「今までどんな食生活送ってたのよ……」

 

「米炊いて鶏のササミ焼いてサラダ作って卵スープ食ってた」

 

「………………他には?」

 

「あ?」

 

「他にも献立とかあるでしょ。まさか毎日そのメニュー?」

 

「んな訳ねぇだろ。ササミ肉には普段は塩胡椒をかけるが、たまに醤油をかけたりもする。どうだ、バリエーションは豊富だろ?」

 

「…………」

 

「あと、マヨネーズもある」

 

「……………」

 

「選手時代、減量中の時は米を抜いたりもする」

 

「…………………」

 

「…………文明的な料理だろ?」

 

「質問いいかしら」

 

「なんだ?」

 

「ソレ、恋人さんにも振る舞ったの?」

 

「あぁ、何度か作ってやったよ」

 

「感想は?」

 

「『先輩の料理、味以外の全てがすごく合理的で理想的です…』って嬉しそうに言われたよ。ファハハハハ」

 

誇らしげな顔で愉快そうに笑う響苛に対し、やちよは思わず顔を両手で覆った。もはやどこから突っ込めばいいのだろう。疲れたような溜息を漏らすと同時に、目の前の男は科学と料理の区別がつかない類の人間なのだと理解する。

 

「やっぱり貴方に作らせなくて正解だったわ……」

 

 ボソリ…と呟く。

 

「は?」

 

「気にしないで、独り言だから。それより、早く済ませましょ。少し遅めの食事だけど、冷めない内に食べた方がいいわ」

 

「……そーだな」

 

 二人してテーブルの席に腰を下ろし、「「いただきます」」と合掌する。スプーンを手に取り、皿のシチューを掬って口へと運ぶ。

 

 刹那、火傷しそうな程の熱と同時に、食材の旨味が口腔へと広がる。野菜は口内で柔らかくほぐれるし、鶏肉は噛みやすいサイズにカットされているおかげで、程よい歯応えのある食感を難なく楽しめる。これは中々に美味い。

 

 気付けば、毒が盛られてる可能性など忘れて夢中になって食べ続ける。思った以上に身体が空腹を感じていたらしい。ふと視線を感じると、やちよがまんじりともせず此方の方をジッと見ていた。

 

「……なんだよ?」

 

「あ、いや…。あまりにも美味しそうに食べるから、なんか意外で……。というか、さっきまで食べるの警戒していたじゃない」

 

 響苛の食事の摂り方は、決して下賤な食べ方ではないが、予想に反して結構な食いっぷりに驚いてる様子だった。

 

「……?腹は減ってるし、このシチューは美味い。こうして変なモン入れずに安心して食えてるんだ。作ってもらえて感謝してるよ」

 

「………貴方って変な人ね」

 

首を傾げる響苛に対し、やちよは本日何度目になるか分からない溜息を吐く。呆れたような、困惑したような反応だった。

 

「…………ねぇ」

 

不意に、やちよがスプーンを動かす手を止めて遠慮気味に口を開く。

 

「ん?」

 

「恋人さん………衣里奈さんは、貴方にとってすごく大事な人だったのよね?」

 

「あぁ」

 

即答する。考えるまでもない、衣里奈をこの世で一番求めていたのは自分だと、自分自身が知っている。

 

「だから、なの?」

 

「何がだ」

 

「貴方が……………あそこまで危険を犯して、復讐を成し遂げようとする理由よ」

 

「………………ハァ…」

 

呆れ返った様子で溜息を吐き、スプーンを皿の端の上に載せる。

 

「つまりアンタは、俺が身体を張って復讐に身を焦がす理由は、衣里奈の為----------だと思ってる訳か?」

 

「……違うの?」

 

「違う」

 

あっさりと否定され、やちよは当惑を隠せなくなる。

 

「いいか?衣里奈は死んだんだ。この世にはもういないんだ。俺は死んだ人間が天国や地獄に行ったり、この世の状況を見て何かを感じたりするなんて信じちゃいない。仮に俺が衣里奈の為に復讐を果たした所で、アイツは喜びも悲しみもしねぇよ。全ては無駄な行為だ」

 

響苛は吐き捨てるような口調で語る。

 

「なら、どうして……」

 

「決まってんだろ…」

 

やちよが響苛の顔を見た瞬間、ゾッと背筋に悪寒が走った。彼は嗤っていた---------。冷酷に、悪辣に、狂気を携えた笑みを浮かべながら、黒い愉悦に浸っている。この世を惨たらしい色に染める、絶対悪の黒だ。

 

「俺の為だ。他でもない俺自信の目的で、利益で、欲望で、決して抑えられない意志と衝動の為だけに、俺は復讐を誓った。衣里奈を殺した奴がまだ生きてる---------それを考えただけで腑が煮えくり返るし、脳ミソが麻痺して干上がりそうになるんだッ。俺はどうしたってソレが一番許せねぇし気に食わねえ!」

 

段々と、響苛の口調に激情が混ざり始める。

 

「だから必ず犯人を見つけてみせる……。法廷になんか引き摺り上げるかよ、俺がこの手で…、最も惨らたしい方法で殺してやる。キヒ、キヒヒ……」

 

顔を俯かせながらくつくつと嗤う様は、これ以上なく強烈に、不気味な印象をやちよに刻んだ。

 

「……私には、私の目的がある。貴方には貴方の目的がある」

 

 やちよの冷静な声音に、響苛が静かに視線を向ける。

 

「明日は大学の講義も何もないわ。貴方の予定は?」

 

「……特にない」

 

「なら丁度いいわね。今日はもう遅いし早めに寝ましょう。明日、今後の方針をどうするか……二人で話し合った方がいいわ」

 

「…了解した」

 

いつの間にか、皿に盛られたシチューは全て食べ終えていた。

 

「……おかわりは?」

 

「もらうぜ」

 

「そ、なら私は先にお風呂に向かうわ。食べ終えたらシチューの入った鍋に蓋しておいて」

 

「分かった。皿洗いはやっとくから、ゆっくり入っとけ」

 

「……………」

 

やちよは再び目を丸くする。

 

「……さっきから何度も俺の顔見てるが、一体何なんだ?メシに寝床まで用意してくれてんだから、このくらい当然だろ」

 

あっけらかんとした様子の響苛に対し、やちよは嘆息する。

 

「………貴方の事がますます分からなくなってきたわ。マトモなのか狂っているのか……、どうなってるのよ、貴方の人格」

 

「知るか。俺は俺に従って生きるだけだ。誰が何と言おうが、変えてやる気は毛頭ねぇ」

 

「……人格破綻者なのは確かなようね」

 

「うるせぇ。いいからとっとと入れよ。別に覗きはしねぇから」

 

 シッシッ、と掌を振って風呂場へと促す。やちよはしばし響苛を見つめていたが、やがて脱衣所へと姿を消した。

 

「……にしても、今日は一段と腹が減るな…」

 

 その上、疲労が蓄積されているかのように全身がダルい。あの時の力を使ったせいで、消耗しているのだろうか。

 

 ……今後の為にも、この力の正体と仕組みを早急に理解する必要がありそうだ。

 

 そんな事を考えながら、お玉を手に、鍋からシチューのおかわりをよそった。

 

 

 

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