ガンダムビルドダイバーズ オルフェンの悪魔   作:釈迦頭

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 誰が為の優しさか――


第一話 ソサエティの天使

 理恵子(りえこ)は角張ったビニールをさげていた。夜闇を進む足取りは軽い。革靴の音が夜闇へと消えていく。星々が如くにまたたくのはマンション街の光だ。街頭の谷間を冬風が通り抜けていく。スーツに包んだ身体を、冷たい空気が撫でた。

 

白息を吐いて階段を駆け上っていった。鍵を回し、ドアを押す。嗅ぎ慣れたドライフラワーの匂いに包まれと理恵子はいわれもない達成感に包まれ玄関マットに座り込んだ。指先がふらふらとビニールへと伸びる。

 

 理恵子が袋を覗いたとき、パッケージに映る、ケルディムの凛々しい顔面と鉢合わせになった。

 

 「これだけじゃないもの」

 

 思わず口角を上げてしまう。

 

 デスクの上、理恵子は広げたガンプラの箱を眺めていた。HGUCからHG00まで様々なシリーズの箱が木目調のデスクを埋めている。

 

 「どれから組み上げようかしら。ああでも、こだわりたいのは時間があるときに組まないと......でもっ。早くランナーをパチッてするあの感じが味わいたくてぇ......!」

 

 一人悶々と頭を抱えていたが理性が勝ったようで、頭を冷やそうとティーカップの紅茶を手に取ったその時。理恵子はふと視線を感じて表情をこわばらせた。しかしその心配も杞憂だったようだ。

 

 「なんだ、あなただったの」

 

 デスクの端っこのダイバーズギアに立つガンプラが彼女に熱い視線を送っていたようであった。

 

 「私が何か組もうとすると必ずこっち見るわよね〜。あなた」

 

 偶然なのかそうでないのか。見上げてくる彼の様子がなんだかおかしくて、理恵子はそっと手のひらに包んで持ち上げた。

 

 ガンダムアカイア。かつて理恵子がスクラッチしたガンダムサダルスードをGBNでの実戦用に改修した機体。理恵子だけのオリジナルガンプラである。藍白色の装甲は磨いた石のように輝き、背中のビットが小さな羽を形作る。まさしく天使のような外見だ。

 

 アクアマリンの塊を手のひらに載せているように冷たくずっしりと感じる。長い間共に潜ってきた相棒の重みだ。彼と見つめ合っているといろんな戦いの記憶が蘇ってくる。気づけば、身体が底からうずいて、じっとしていられずに理恵子は膝を揺らしている。

 

 「そうね......そろそろ時間だものね」

 

 にっこりと微笑んだ理恵子は時計を見てガンプラを片付ける。まっさらなデスクの上に、スティックコントローラをどっしりと構えた。ダイバーズギアの上にはアカイアがいる。弾む胸を押さえて......

 

 「ふぅ。さ、お仕事済ませちゃいましょ?」

 

 バイザーを下ろした。次に彼女が目覚めるのは、GBNの世界の中――

 

 

 「こちら2番機、定時連絡です。クリュセ周辺地域、ポイントBに異常はありませんでした」

 

 『こちらHQ。了解。引き続き哨戒を続けろ』

 

 宙を舞うアカイアが、遠い地表に影を落とす。理恵子は荒れ果てた荒野をコクピットから眺めている。戦争ごっこももう慣れっこだ、と心の中でつぶやいた。

 

 理恵子が所属するフォース『イオリア教会』はアジアサーバーの自治を行っている大規模フォースである。彼女が『シフト』を入れた時間には、こうしたパトロールの任務を言い渡されることがあった。

 

 今回はだだっ広い荒野を遊覧するだけなので、彼女の感覚で言えば楽な方ではある。

 

 『なー。アナナッサ先輩』

 

 退屈そうな男の声がヘッドセットに響く。

 

 「なあに。今度も妹の愚痴かしら?」

 

 『ちげーって。そんなにいっつも愚痴ってるかなあ、俺』

 

 「そうよ」

 

 からかうような口調で理恵子は返した。モニター越しに頭を掻いている茶髪の青年。スローネアイン使いのハジメである。理恵子と組まされることの多い彼は、暇になるとこうして理恵子と雑談をする。

 

 『今日もGBNは平和っすね』

 

 呑気にシリアルバーをかじる姿が高校生らしい。

 

 「ね。こんな広いところで暴れるほど、『マスダイバー』ってのもバカじゃないみたいね』

 

 『マスダイバー、ねえ......』

 

 ハジメの声に暗い色が灯る。最近存在が確認されたチーター、俗に言う『マスダイバー』の存在は、自治を担うイオリア教会にとって危急の課題であった。二人はマスダイバーの姿を実際に見たことはないが、そのおぞましい戦いっぷりは耳にしていた。不安そうにしたハジメに理恵子は声を掛ける。

 

 「大丈夫よ。そんなにいっぱいいるものじゃないわ」

 

 『かなあ』

 

 「そうよ」

 

 苦笑いを浮かべるハジメの姿にほっとした。すると、コクピット内にアラートが鳴り響く。

 

 「あら」

 

 『げえっマスダイバー!』

 

 違うわよ、となだめた理恵子。彼女の手許(てもと)のウィンドウには『SOS SIGNAL』と大きく書かれている。

 

 「救難信号よ。データの座標へと向かいましょ」

 

 『コピー。いよっし、仕事だあ!』

 

 弾む声のハジメを尻目にアカイアは峡谷へと翔んでいく。救難信号の座標には男性のダイバーがいて、ウィンドウを開いたまま頭を抱えている。理恵子は機体から降りた。

 

 「SOSを送ったのはあなたかしら」

 

 男は理恵子を見つけて、頭を下げる。

 

 「いや、そうなんです。その......あまり大事でもないのですが。ガンプラが......ガンプラが呼び出せなくって」

 

 「あら、そんなこと」

 

 「しょうもないでしょう」

 

 思いの外軽かった事態にため息をつきつつ、迷いなくアカイアに搭乗する。そして右手で男をわしづかみにした。

 

 「うわあ!? す、すみまっ! もう二度とこんな些末事で――」

 

 「違うわ。じっとしていなさい」

 

 アカイアは峡谷から飛び立ち、男を地上へと連れ出した。そのまま丁寧な手つきで地面へと降ろす。

 

 「あ、呼び出しボタンが明るく」

 

 「狭いところだとガンプラは呼び出せないのよ。十分なスペースが必要だって、エラーメッセージに書いていなった?」

 

 「ちゃんと見てなかったです......お仕事中でしょうに、すみません」

 

 「大袈裟だわ。それに......私にとってこれは仕事じゃないわ」

 

 唖然とする男に風が吹く。跳ね跳ねの髪を揺らしたのは、GN粒子の光。

 

 「やりたいことして、楽しんでいるだけよ。だからあなたも目一杯楽しみなさいね。Dランクになったら、イオリア教会へぜひいらっしゃい」

 

 彼の返事を聞き届けてから二人は飛び立った。手を振る彼の姿が遠のいていくと、理恵子はくすっと笑みを漏らす。

 

 『自分を重ねてるんすか』

 

 挑戦的な響きを持った問いかけだった。

 

 「そんなんじゃあないっての」

 

 峡谷の谷間から目を移しながら理恵子は眼の前の空に集中しようとした。しかし、騒がしい声が彼女を引き留める......

 

 『アナナッサ先輩!』

 

 「まさか!」

 

 「そのまさかっす。付近からの救難信号......見て! あっちの方!」

 

 「あ......!」

 

 遠くの盆地に立ち上る黒煙。救難信号の発信元はその場所を指し示していた。これは大きいぞ、と息を呑む。立ち止まったアカイアのGNドライヴが粒子を噴く。

 

 「スピード優先で行くわ」

 

 『背中は任せてください!』

 

 空を割く赤と緑の痕跡。餓狼が鳴く夕暮れ。二人を見上げて、地底は揺れていた。

 




 そよ風が冷めたいこの頃、皆さんはいかがお過ごしでしょうか。

 今回新しく始動した『オルフェンの悪魔』シリーズですが、不定期の更新となります。そのため、最新話を見逃したくない! という方にはお気に入り登録をお薦めいたします。

 物書きとしての自分の腕試しのような、そんな感覚で執筆をしています。ですので『あなたの文体はこうした方が良いんじゃないか』『ここの表現はこうした方が』などなどご意見ございましたら、軽い気持ちで伝えてくれればと思います。こちらも表現には力を入れたいので。もちろん、お褒めの言葉も待っています。

 次回はとうとう『悪魔』の登場となります。近い内に投稿できると思いますのでどうかお楽しみに。
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