マリー、俺と付き合って下さい。   作:カブトムシの相棒

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ちょっとミカのキャラ崩壊気味ですがご了承ください。



では、本編です。


エデン条約編:邂逅せし因縁の相手。

 

 

 

”ヒソヒソ、ヒソヒソヒソ……”

 

 

 

「ねぇ、アレって……」

「ゲヘナ生よね?どうして汚らわしい蛮族が神聖なトリニティにいるのかしら?」

「薄汚い……存在するだけで息が苦しくなるなんて、どういう事なの?」

「気持ちが悪いわね~……早く消え失せてくれないかしら」

「しかもアレ……あの榊サクタロウよね?ミカ様に対し果ての無い屈辱を合わせた、最悪の狂人……」

「どうしてあんな罪人が此処に?なんかあったのかな…?」

 

 

 

絶え間なく発語される罵詈雑言の嵐。

ヒソヒソと云う割には大きい声で、その者の心を軋ませる為だけに発せられるその暴言は、非常にキレ味があって。

 

だが、そうなる事は致し方ない理由がある。

 

 

 

「(想像以上だな。予想していたとはいえ、此処に居るだけで俺は大罪人か……仕方ない)」

 

 

 

そう、此処はトリニティ自治区である。

 

ゲヘナとは犬猿の仲であり、エデン条約が近付く一方で更にピリついている間柄の両校だ。

 

そんな学園の自治区に居るのが……あの榊サクタロウ。

聖園ミカとの一件でトリニティ内では伝説級に恐れられている人物だ。

 

そんな彼がトリニティを堂々と歩いている理由。

 

 

 

「(土下座が通じるかどうかだが……さて、神秘を巧みに扱わなければいけない事態にはなるだろうから、今の内に精神統一はしておこう………ふぅ、にしても、遂にこの時が来たか)」

 

 

 

決してマリーに会う為で、などでは無い……列記とした理由があるのだ。それは……。

 

 

 

「(────【美食研究会】が水族館を壊しゴールドマグロを殺した事……そして、俺が聖園ミカに対し行った罪の清算をッ)」

 

 

 

昨日に起きた事件と、それに便乗する形での……聖園ミカイカ墨事件の謝罪である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆昨日…。

 

 

 

 

 

 

「────ふざけるな!!許さんぞそんなことはッ!!」

「────ごめんだけど、それに関しては私もマコトに賛成。風紀委員長として断じて容認できないわ」

「……そこを、どうか了承してほしい」

 

 

 

昨日の昼を過ぎた万魔殿の執務室にて。

サクタロウは議長であるマコトにとある件を持ち出し、直談判しに来ていた。

 

そこにはマコトのみならず、ヒナとアコも同伴していた。

 

マコトの絶叫にヒナの威圧と、只ならぬ雰囲気を流す執務室だが……其処に居る者達は、全員がサクタロウに対し牽制の姿勢を見せていた。

 

サクタロウが提示した事、それは……。

 

 

 

「────美食研究会がトリニティで起こしたテロ、そして俺が聖園ミカに対し犯した問題行動への謝罪。ただそれだけだ、行かせてくれないか」

「だから駄目だと言っているだろう!!」

「何故だ」

「何故だですって!?貴方バカですか!?それがどういう事なのか理解していないんですか!?」

「無論、理解している。理解しているからこうして直談判しているんだ」

「はぁぁぁ!?」

 

 

 

 

美食研究会がトリニティで起こした、アクアリウムに展示されているゴールドマグロ強奪事件。

それに伴う建造物の破壊。その他諸々の犯罪行為による謝罪である。

 

そして……サクタロウが1年生の時に起こした、聖園ミカ顔面イカ墨ぶっかけ事件の謝罪である。

 

マコトが絶叫しながら全否定し、アコが珍しくそれに便乗するレベルの事だ。

 

 

 

「エデン条約が近付く最中、この事件は本来起こっちゃならん出来事だ。完全に俺達ゲヘナの管理不足が招いた不祥事、謝罪は鉄則だろう」

「それは、そうですがッ……」

「だからと言ってトリニティに貴方が行くというの?サクタロウ、貴方がトリニティでどういう扱いなのか、分からない筈がないわよね?」

「理解している。だからこそだろう?トリニティでヤバい扱いの俺が、堂々と謝罪へ赴く事の意味。トリニティの一般生徒がどう思うかは不明だが、ティーパーティーの連中は少なくとも道理を弁えている筈だ」

「…………」

 

 

 

一理ある。不覚にもヒナはそう思った。

 

トリニティで怪物的扱いを未だ受けているサクタロウが、態々トリニティへ赴き、今回の件を謝罪する。

 

影響力が凄まじい彼だからこそ、その意味は強く出る。エデン条約が無事に完遂される事を加味しても、彼が謝罪に行く事は理に適っているのだ。

 

 

 

「第一として、今回の件はゲヘナが全面的に悪い。締結に向けて何かしらの支障になり兼ねん一件だ。此処でその可能性を消す意味でも、謝罪は必要だ」

「グッ……!!」

「羽沼、あんたがトリニティを嫌いなのは重々承知している。だがエデン条約の話し合いの前にコレはマズい。行かせてくれ」

「グゥゥゥ…ッッ………分かった、許可しようっ」

「はぁ!?」

「ちょっと、マコト…ッ」

「感謝する。では早速ティーパーティーには連絡を…」

「但し!!私もだッ!!」

 

 

 

すると、マコトが椅子から立ち上がり、バンッと机を叩いてサクタロウにそう告ぐ。

 

 

 

「そこまで云うのなら許可しようではないかッ!貴様が云う事は全てが正論だ、認める他あるまいッ!だが、長として私も同伴する!これが条件だ!」

「んなっ……あ、貴女が同伴ですって!?」

「どういう風の吹き回しなの?」

「黙れ!サクタロウ一人で行く事は大した問題ではない、だが向こうにはサクタロウを忌み嫌うトリニク共が蔓延っているんだぞ!!そんな危険地帯にサクタロウ単独で向かわせるなど言語道断だ!イブキにも示しが付かんッ!」

 

 

 

マコトがそう言うと、ヒナとアコは何も言えなくなった。

その通りだ、向こうは敵だらけ。例えエデン条約だろうとサクタロウに対しては武力行使も厭わない可能性がある。

 

トリニティで、彼はそういう存在だ。

 

とはいえ、許可は得た。謝罪に赴ける事が可能に成った。

 

 

 

「ふむ……確かに言えてるな。なら一緒に行ってくれるか?」

「ふんっ!当たり前だ!そしてあわよくばティーパーティーの馬鹿共に私の恐ろしさを…ッ!」

「空崎も着いて来てくれると有り難い」

「行くことが決まってしまった以上、私も行くのは当然よ」

「ちょっと待てぇ!なぜ貴様も着いてくる話になっているのだヒナぁぁぁ!!」

「風紀委員が行く上で、風紀委員長である私が行かないなんて有り得ないわ」

「羽沼、そう云う訳だ。この3人で謝罪に行くぞ」

「んんがぁぁぁぁぁ!!!」

「化け物みたいな発狂やめて下さい……」

 

 

 

色んなストレスで発狂するマコト。

 

だがこうして、トリニティのティーパーティーに謝罪へ行くことが確定したのだ。

そのまま万魔殿主体でティーパーティーへ連絡を取り、3名がそちらへと赴くよう伝達した。

 

険悪になるかと思われた伝達交換だったが、意外にも普通に事は進み、明日にでもとティーパーティーへ行くことが決定したのだ。

 

嫌に上手く事が進んだが、面倒にならず良かったと皆がそう思った。

 

 

 

……だが、当日の朝、事態は急変した。

 

 

 

”────羽沼マコト殿、空崎ヒナ殿は結構です。榊サクタロウのみ、此方へお越し下さい”

 

”────なお、此方の不都合でお迎えには馳せ参じませんので、自力で校舎へとお越しください”

 

 

 

こう、連絡が来たのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────結局、俺だけか」

 

 

 

唐突な変更連絡を受けたあの後、マコトは怒り狂った。

正直、怒る気持ちは分からなくはなかった。予定が狂い、一番危惧していたサクタロウを一人でトリニティに向かわせる事になってしまったのだから。

 

無論ヒナもこれには不満を挺していた。これは中々に酷いと、珍しく。

 

マコトは…『こんなの舐め腐っているにも程がある!こんな連中に謝罪など不要だ!』などと云い、謝罪に行かせない様にしていたが、サクタロウがどうにかこうにか、イブキと共にマコトを窘め、結局サクタロウ一人で向かう事に成った。

 

ヒナ、イブキには非常に心配された。サクタロウの実力では先ず死ぬ事は無いが、大変な目に遭うのはほぼ確定だ。そんな嵐の眼に後輩を送る、兄を送る2人の心境は非常にキツイものがあった。

 

 

 

「(とはいえ、この件は有耶無耶には出来んからな。やり切るしか無いだろう)」

 

 

 

結局、サクタロウはそのままトリニティ行の電車に乗り、現在は歩いて校舎へと向かっている。

 

そこからは凄まじかった。

軽蔑、侮蔑、憎悪、様々な悪感情の視線を容赦なくサクタロウへと向けるトリニティ生の数々。

否、視線だけでなく、今の様に聞こえる声で発語する者も居る。

 

 

 

「(昔から変わらんな。コソコソと、陰から叩くこの感じ。実にトリニティらしい)」

 

 

 

とはいえ、それはサクタロウにはノーダメージだ。

今まで受けた攻撃の天撃を想えば、この程度なんのダメージにも成り得ない。

 

飄々と無視を決め、そのままサクタロウは校舎へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────此方へなります」

「ありがとう御座います」

 

 

 

校舎に入り、受付を済ませ、そのままティーパーティーの生徒の案内の下本部へと繋がる廊下を歩いている。

 

その生徒から感じる気配は殆どが悪態感情だ。トリニティらしくゴミを見る目でサクタロウを睨み付けるも、サクタロウは能面の様に対応する。

 

その人間とは思えぬ、感情の起伏の無いサクタロウに案内役の生徒は恐怖の感情を覚える。

 

本当に、人間と話している感覚がなく……恐ろしく見えて。

 

そんなこんなで、歩くこと数分……一際大きなドアが現れる。

 

 

 

「到着いたしました、少々お待ちください」

「はい」

 

 

 

”コンコンコン”

 

 

 

「どうぞ」

 

 

 

ドアをノックし、応対を待つ。

すると普通に帰ってくる呼び声。その声は透明感があり、通る声で。

 

サクタロウが中の気配を気取る。2名、一つは大きな気があり、暴を思わせる無尽蔵の存在感を放っている。

 

恐らく……と、思っている事束の間。ドアが開かれる。

 

 

 

「失礼します。ナギサ様、ミカ様。大変お待たせいたしました。ゲヘナ学園風紀委員の榊サクタロウさんをお連れ致しました」

「ありがとう御座います。下がってください」

「はい」

 

 

 

キィィィ、バタン…とドアが閉じられる。

 

大きいテーブルに座る2人の少女。

一人は茶髪で清楚な風貌で、落ち着いた雰囲気を放っている。

二人は……ピンク髪で軽快な風貌で、同時に圧倒的な武を持ち合わせている。

 

ピンク髪の少女はサクタロウを見る。殺意、敵意、憎悪をこれでもかと爆発させながら。

 

 

 

「(羽沼と空崎が居なくて正解だったかもな。こんなん彼女等が見たら終わりだ)」

 

 

 

そう思うと、茶髪の生徒が話しかける。

 

 

 

「榊サクタロウさん、この度はトリニティに来訪為さって下さり誠にありがとう御座います。先日の美食研究会についての一件で謝罪をとお聞きしております」

「えぇ、ですが先ずは名乗らせて下さい。私は榊サクタロウ、ゲヘナ学園風紀委員会の2年です。そして、この度はゲヘナ学園の不祥事に対しこのような場を設けて下さりありがとう御座います」

「あら、失礼しました。自己紹介がまだでしたね。私はトリニティ総合学園、ティーパーティー所属フィリウス分派リーダー現ホストの桐藤ナギサと申します。此方の方は────」

 

 

 

サクタロウ、ナギサが自己紹介を終え、後もう一人……となった瞬間だ。

 

 

 

「────先ずは謝罪じゃないの?ゲヘナのお猿さんはそんな事も出来ないの?」

「んなっ!?」

 

 

 

彼女はさも当然かのように悪態をつき、均等に分かれて皿に乗っているロールケーキを食べそう言う。

 

そう……彼女の名は聖園ミカ。ナギサと同じトリニティの生徒会長の一人であり、パテル分派のリーダーでもあるトップ層の生徒だ。

 

 

 

「失礼しました。聖園さんの言う通りで御座います。この度はゲヘナの生徒である美食研究会が大変な御迷惑をお掛けしてしまい、本当に申し訳ございませんでした。此方、美味しさ見た目共に天井の手土産〈トリニティ隠れ苺大福〉と、ゲヘナで随一の人気を誇る〈ゲヘナ天晴れ温泉饅頭〉で御座います」

「……ふ~ん?そこは弁えているんだ?なんか意外」

「ミカさんっ……有難く頂戴いたします。ありがとう御座います、サクタロウさん」

 

 

 

ナギサ、ミカが隣に並ぶテーブルの真正面に立ち、姿勢よく謝罪を行う。

そのまま手土産を渡す。どれも高級品の一品、ナギサが受け取り、ミカが不満そうに納得し告ぐ。

 

どうぞお掛けください……ナギサがそう言い、サクタロウはスッと座る。

 

 

 

「美食研究会の犯した被害総額ですが、全て私達ゲヘナ学園が負担いたします。その費用は万魔殿に請求して頂ければと」

「そうですね……では、その件は御言葉に甘えさせて頂きましょう」

「ありがとう御座います。一度整理させて頂きます。今回被害を被ったのは水族館、市街地の建造物、こちらで宜しいでしょうか?」

「えぇ、大雑把に纏めればですがそれで間違いありません。つきまして、私が今から云う口座に請求金額を……」

「その前に」

 

 

 

スムーズに進んだこの一件だが、待ったを掛ける声が一つ。

その正体はミカ。テーブルに肘をついて、不機嫌そうな声質でサクタロウを見つめる。

 

そして……こう告げた。

 

 

 

「サクタロウ君さ?何か私に言う事があるんじゃないの?今回の件とは別でさ?」

「み、ミカさん…!」

「ナギちゃん、ごめんね。少し黙ってて」

「それは、私が1年前貴女に対しイカ墨を当てた件ですね。無論、この美食研究会の話の事が付いたらそれにも触れようと思っておりました」

「私に対しての事件は美食研究会とかよりも後回しなんだ?ふ~~ん……舐めてんの?」

「いえ、決して舐めてはいません。ですが聖園さんに対し不敬な態度であったと理解しました、申し訳御座いません」

 

 

 

ミカの口撃が巻き起こる。

サクタロウに対する彼女の憎悪は計り知れない。それもそうだ、イカ墨をかけられたのだ。それも顔面に。

 

彼女からしたら何事にも耐え難い屈辱だろう……。

 

 

 

「桐藤さん、すみませんが口座は後程お教え頂ければと」

「え?」

「聖園さん。貴女が私に対し抱える激情はご尤もです。なので此処はこういうのはどうでしょうか」

 

 

 

すると、サクタロウが上着を脱ぎ始める。

その行為にナギサ、身かは眼を仰天させ驚愕を覚えるも、サクタロウが告ぐ。

 

 

 

「これで、私は無防備になりました。どんな行為も、如何なる処遇も受ける覚悟に御座います」

「な、何の真似じゃんね……?」

「サクタロウさん、これはどういう事でしょうか?」

「此処には私、聖園さん、桐藤さんの3名しか居ません。言葉や誠意で尚受け止めきれぬ謝罪でしたら、聖園さん自らの手で私の贖罪を下す。どうでしょう?」

 

 

 

嘘は言っていない。

ソレが分かる。何故か、サクタロウの表情に一切の曇りがなかったからだ。

髪をオールバックにし、斬り刻まれ喪った右目の裂傷痕が、まるで残された左目と共に自分達にそう訴えかけている様な……そんな圧力があった。

 

 

 

「これは外交問題に発展しかねない。それを分かっての言動でしょうか?」

「えぇ、理解しております。それに、御二人もチャンスだと思っているんでしょう?」

「はい?」

「どういう事かな?」

「御二人は私の情報を幾つお持ちでしょうか?古流武術を得手とする戦闘者である事、破壊工作で盤上を理解不能にする技巧者、風紀委員会全体を繋げるハブ、万魔殿とも深入りできる存在……今挙げた情報の開示は半分にも満たしませんが、御二人が知らない情報があったのではないかと」

 

 

 

図星、とは違うが……その通りではあった。

 

榊サクタロウは謎が多い。余りにも、多い。

 

戦闘データは指で数える程度、風紀委員会と万魔殿を繋ぐ事が出来るハブ的立ち位置を築いている事しか分かっていない。

 

古流武術、破壊工作……それは知らなかった。

 

ナギサも彼には一定の警戒をしていたが、今、目の前に見据えて……それが最上の事に至った。

 

 

 

「謝罪は致しました。それでも許されないのでしたら……私の身を差し出し、私の情報を可能な限り提示しましょう。エデン条約締結に於いて私の存在は弊害に成り得てしまいます。なので、どうかコレで許しては頂けないでしょうか」

「……ふ~~ん?悪くない話じゃんね?」

「ミカさん?貴女も何を言って……」

「だって、サクタロウ君が云うには自分の身を差し出し、自分の情報を態々私達に提示するんだよ?それって私達には利になるって事。ゲヘナの野蛮人にしては随分と自分を安く見ているな~とは思うけどね」

「………それ相応の覚悟、という解釈で宜しいですか?」

「その通りで御座います。証拠に」

 

 

 

ナギサがそう言うと、サクタロウは上着からナイフを取り出す。

その行為にミカが愛銃に手を掛けるも、敵意がない事にそれを躊躇する。

 

 

 

「今、この場で、私は左手の指全てを切断できます。私の覚悟とは、そういうレベルであると理解して頂ければと」

「ちょ、ちょっと!?なに、何しようとしてるの!?」

「サクタロウさん!?」

「試しに小指を斬り落としましょう。御安心を、この地に血を落としたりは致しません。一滴たりとも……では、失礼します」

 

 

 

瞬間……サクタロウが何の躊躇も迷いもなく、ナイフを小指に掛け、突き落とす。

 

 

 

”ザシュッ、ガバッ!!!”

 

 

 

「ッッッ!!!ばか!!」

「ん」

 

 

 

しかし、その刃が下ろされる事はなかった。

 

直前に、なんとミカが彼の腕を掴み、その唐突たる凶行を止めたのだ。

指が斬れる直前、骨が少し見えるかの瀬戸際で、ミカが止めて見せた。

 

────あのゲヘナ嫌いのミカが、ゲヘナの生徒であり、憎き怨敵であるサクタロウの腕を掴んで。

 

 

 

「ばか!?馬鹿じゃないの!?いまホントにやろうとしたよね!??」

「え、え?ミカさん…?」

「止めて下さったのですね、ありがとう御座います」

 

 

 

その事に対し、ナギサは頭が一瞬白くなる。

だが……同時に、驚愕を覚える。あのミカが、サクタロウの凶行を止めた、その事実に。

 

 

 

「ですが、些か出過ぎた真似でした。申し訳御座いません」

「いや、そうだよ!?本当にそうだよ!マジでなにやって……あ!さ、触っちゃったよもう~!!ゲヘナ菌が移っちゃうじゃん!どうしてくれるの?」

「御安心を、此処に来る前に案内役の方に全身を消毒されております。なので今の私は恐らく潔癖です」

「真面目な顔で言う事ではありませんよ!?そ、そんな事をしたのですが側近の方々は!?」

「ゲヘナですから、致し方ありません。どうか彼女達に対し罰則等の処分はお許しになって下さい。今回は私が突然押し掛けた様な形ですので、準備が出来ないのは当然ですので」

「わ…分かりました。あ、いえ!その、指の傷です!大丈夫で…え?」

 

 

 

ナギサがそう言うと、サクタロウが指を見せ始める。

なんとそこには一片の傷がなかった。骨も、血も、全てが完治していたのだ。

 

 

 

「剣先ツルギさんの様に、私は再生に自身があります。なので御二人に痛めつけられても回復するので、ゲヘナに戻ってもバレない自信があります」

「そうなんだ……いや、なんで私達が君を痛めつける事になってるの!?しないよ!?ゲヘナじゃないんだから!」

「流石トリニティの生徒会長のお一人、神聖たるトリニティの模範たる御姿です。私も学ぶべき姿勢が御座います」

「あ~~~っっっ!!!!ホント腹立つじゃんね!?なに!?その”俺、余裕あっから…”みたいな雰囲気!君のそういうちょっと大人な対応してくるのホント癪!!」

「聖園さま、その件は後程お相手致します。ですが美食研究会の件は許して下さるのでしょうか?」

「なに相手してやるって!?煽ってる!?良いよ別に美食研究会だか何だか知らないけどその連中の件はもう!今は私と君のあの日の話だよね!?ねぇ!!」

 

 

 

すると、遂にミカの不満が爆発する。

 

1年だ、彼女はこの時を1年も待った。今こそ積年の恨みを果たす時……

 

 

 

「別に私は指を斬り落とすとか命を差し出せとか、そういうゲヘナみたいな野蛮臭い対応は求めて無いの!誠意!誠意がほしいの!」

「ですからケジメとして私の指を……」

「誠意とケジメは全然違うからね!?いい加減にしないとホント殴るよ!?」

「聖園さまに殴られる、それもまた誠意でしょう。私は此処から一歩も動きません故、どうぞ好きな部位をお殴りに」

「は~~っ!は~~~っっ!!」

「ミカさん!どうか落ち着いて下さい!貴方もなんで火に油を注ぐ様な行為をするのですか!」

「申し訳御座いません、俺流にケジメをと思ったのですが……」

「貴方のケジメ極道すぎません!?」

 

 

 

遂にナギサもツッコミを入れざるを得なくなってしまった。

荒ぶるミカ、窘めるナギサ、ケジメのサクタロウ。

 

見事にカオスと化している。

 

そんな中で、ミカとナギサの中である共通認識が生まれた。

 

 

 

”「(────狂人……イカレてるっ!)」”

 

 

 

ゲヘナの狂人……その名は伊達ではなかった事。

 

一切の揺らぎ、一片の躊躇もなく己の指を斬り落とそうとする覚悟。

16歳とは思えぬ傷跡、表情、雰囲気……これが、ゲヘナが擁する最狂のジョーカーなのだ。

 

 

 

「聖園さん」

「なに!?」

「私は、貴女に対しとんでもない事をしたと自負しております。正直、この場を設けて下さっただけでもとんでもない博愛であると解釈しております」

「ん……ふぅん?」

「その上、私の行為も止めて下さいました。ゲヘナ生で、私の事が嫌いで仕方ないでしょうに……反対の立ち位置でしたら、考えられない御寛大で御座います」

 

 

 

急にミカを褒め称えるサクタロウ。

途端にミカの機嫌がみるみる内によろしくなる。

 

因縁の相手が、こうも下手に出てペコペコしだしたのだ。気分も良くなるだろう。

 

ナギサは胃が痛くなっているが、二人の会話は続く。

 

 

 

「私は貴女にずっと謝罪をしたかった。それは私の誠意であると考えていました、ですが同時に私のエゴでもあると考えていました。風紀委員会を一度辞める時も、私は聖園さん、貴女の事を考えていました」

「……へ~?」

「当時、私に話しかけ、ゲヘナ生がトリニティに存在する事の意味を説いて下さった聖園さまに対し、私は自分の心の中のゲヘナ(?)を抑えきれず貴女に償い切れぬ大罪を犯しました。本当に、本当に申し訳御座いませんでした」

 

 

 

そう言って、サクタロウはその場で土下座をかました。

それをミカは静かに見据え、ナギサが慌てて立ち上がり辞めるよう言を投げる。

 

 

 

「さ、サクタロウさん!?何もそこまでする事なんて…!」

「いえ、これでも易い方です。全面戦争一歩手前に成り掛けた事件、それを思えば、私の頭一つで許される……そんな事、本来あってはならないのです」

「で、ですが、もう過ぎた事でしょう!貴方は一人で謝罪に赴き、こうして菓子折りもお持ちしたではありませんか。1年も時が流れました、もう十分です……ね?ミカさん」

「………まだだよ」

 

 

 

しかし、ミカの攻撃は終わらない。

ミカはそのまま足を組みながら、サクタロウを見下ろし、告ぐ。

 

 

 

「────足、舐めたら許してあげる☆」

「……は?」

 

 

 

ナギサが素っ頓狂な声を上げる。

それもそうだろう……こんなもん、許容できる筈が無い。

 

理解が拒む、だが本人は本気だ。

 

 

 

「これにはナギちゃん、いやトリニティは関係ない。私と君の問題、それの清算だよ」

「ッ!ミカさん!いい加減にし……」

「承知しました」

「なさ………へ?」

 

 

 

すると、サクタロウが四つん這いのまま歩き、ミカの前へと跪く。

 

身長198㎝の男が、ハイハイしながらお嬢様のミカの前に跪いて、足に視線を向ける。

 

 

 

「靴、で宜しいでしょうか?」

「ッ!?……へぇ?ふぅん………それくらい自分で考えれば?」

「失礼、しました。では……」

 

 

 

そのまま、何とサクタロウは……。

 

 

 

”ぺろ、ぺろぺろぺろ”

 

 

 

「っ!ふ……ッ!」

「あ、ふっ……ん、ん……」

「あ……あぁあぁ……」

 

 

 

ミカの靴を舐め始めた。

地獄である。ナギサの胃は死んでいる。

 

 

 

「……いい眺めじゃんね?まさか此処まで言いなりになるなんて、思わなかったけど」

「これで許されるのでしたら、易いものです」

「誰が喋って良いって言ったのかな?黙って舐めて」

「すみません、舐めます」

「あぁ………あぁぁぁぁぁぁ…」

「ぺろ、ぺろぺろ……」

「……ふん」

「がぼっ!」

 

 

 

舐めていると、ミカがサクタロウの口に己の足先を捻じ込ませる。

そのまま、見下した視線で問答を吹っかける。

 

 

 

「ねぇ?今どんな気持ち?本当は憎いんでしょ?私が」

「………」

「あの件は私から吹っ掛けた事だもん。それを君はやり返しただけ。でもその後君は色々大変だったんだよね?普通は私の事嫌いになるよね?その敬語も、そのいき過ぎな覚悟も本当は見栄なんでしょ?あ、話して良いよ」

「…………こりぇは、当然の報い。そう解釈しておりましゅ」

「……表情が一向に変わらないね。1年前の方がまだ人間味あったよ?君、この1年で何があったの?」

「……………」

「なんで黙るの?君が言ったんだよ?自分の情報を差し上げるって」

 

 

 

ミカがグイグイと靴を口に捻子入れ、容赦のない問答を続ける。

 

確かに言った。だが……言える範囲での話だ。

そう言おうか迷っている。云えばミカは更にエスカレートするだろうから。

 

だが、予想に反しミカはそれ以上は聞かない。今は、この状況を楽しんでいる様に見える。

 

 

 

どうしたものか……そう思った、瞬間だ。

 

 

 

「────いい加減にしなさいミカッ!!!」

「ううぇ!?な、ナギちゃん!?」

 

 

 

その見てられない地獄の光景を止めたのは、隣で放心状態にあったナギサだ。

 

 

 

「さっきから貴女はっ!いつからそんな不潔な行為に身を染めたのですか!?」

「な、ナギちゃん…ちょっと落ち着いて…?」

「そもそも今日はマコト議長とヒナ風紀委員長も来訪なさる予定でしたのにっ!貴女の分派の子が明朝に彼のみと伝達したそうでは無いですか!指令したのは他でもない貴女でしょう!?」

「(え?そうなのか?)」

「こんな行為、誰かに見られたら終わるのは私達ですよ!?分かっているのですか!?」

「ぎょあんしんを、桐藤しゃん。私は誰かにこの事を告げたりは致しましぇん」

「っ!?あははははは!ちょ、ちょっと!!靴にダイレクトに当たって擽ったいんだけどっ…あは!あはははは!」

「ミ~カ~~~~!?!?!??」

「ちょっと待って!?今のは私悪くな……もごぉ!?」

「言い訳無用!そこで反省しなさい!!」

 

 

 

そのまま、ナギサはミカの口へデカすぎるロールケーキをぶち込んだ。

一体どこにそのロールケーキを持っていたのか、なんて事を考えていると……ナギサがサクタロウに近付き、ミカから身を離させる。

 

 

 

「サクタロウさん、大丈夫ですか?」

「ぅ……んっ………えぇ、大丈夫です」

「あぁ、本当にもう…どうしてミカさんにそこまでさせるんですか!貴方の覚悟は伝わりましたが、せめて最小限のプライドはお持ちください!」

「ご尤もなご指摘、痛み入ります」

 

 

 

ナギサは特別ゲヘナに対し敵意はないようだ。ハンカチを用い、彼に付着した汚れを落とす。

ミカはまだロールケーキに苦戦している。

 

 

 

「あぁ、本当にとんだ御無礼を……申し訳御座いません、サクタロウさん」

「いえ全然、気にしないで下さい。これで過去の清算が出来たのでしたら願っても無い話ですので。この件は私と御二人の秘密と致しましょう」

「そうして下さるのでしたら、それこそ願ってもいません……はぁ、何だかとんでもないモノを見てしまったような気がします」

「大変お見苦しい姿を桐藤さんに見せてしまった事、大変申し訳なく思っております………あぁ、桐藤さん。口座の件ですが」

「あぁそうでした。えっと、ではこの口座に────」

 

 

 

そうして、ナギサとサクタロウは椅子に着席して、そのまま事件に関する対応にあたった。

ミカがロールケーキを食べきり、復活した所でナギサがまたロールケーキをぶち込むと云ったリスキル繰り返し、彼女に隙を与えなかったのはサクタロウも関心を覚えていた。

 

一波乱も二波乱もあった今日だったが、サクタロウは無事に謝罪と責任の遂行を果たし、ティーパーティーを抜けたのであった。

 

 

 

「(にしても……セイアの奴、どこに行ったんだ?)」

 

 

 

一抹の疑問を残して……サクタロウはその場を後にした。

 

 

 

 

次回

 

エデン条約:嫉妬マリーと、調印式当日。




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