ダンジョンで"救護"するのは間違っているだろうか   作:救護騎士団オラリオ支部

10 / 60
今回は短めです。


花衣の誓刃

「――二億ヴァリスってところね」

 

「に、におっ……!?」

 

 ベルの声が、鍛冶工房の空気を震わせた。

 ヘスティアも目を剥き、髪の毛が逆立つほどに驚いている。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!? 二億!?」

 

 鉄の匂いが漂う工房の中、ヘファイストスは腕を組み、ナイフを光の下にかざした。

 白銀の刃が溶鉱炉の光を受けて、まるで生き物のようにきらめく。

 その美しさは、見る者の呼吸を忘れさせるほどだった。

 

 ――花衣の誓刃《フロール・オース》。

 

 ミネを通じてフレイヤから贈られたそのナイフ。

 刃全体を覆う淡い花弁の文様、光の角度で微かに動くような輝き。

 

「間違いなくゴブニュの打ったものね。新人になんてものを送ってるのよ」

 

 ヘファイストスが苦笑まじりに呟く。

 炉の光が彼女の片眼に反射し、赤く妖しく揺れた。

 

「ゴブニュ様の…?」

 

その名前はベルにとっても少しだけなじみのある名前だった。

何せベルが初めて出会った神こそがゴブニュだったのだから。

 

「しばらくは使わないようにしなさい。今のあなたには余りにすぎた武器よ」

 

ヘファイストスはナイフをベルへ渡し忠告するがベルもヘスティアも石のように動かない。

 

「あらま、値段を聞いて固まっちゃってるわね」

 ヘファイストスが小さく笑う。

 

「ほら二人とも、用が済んだならさっさと出て行ってくれない? 私だって暇じゃないのよ」

 

「だ、だだだだって! 二億ヴァリスだよ、二億ヴァリス‼ フレイヤの奴、なんてものをベル君に渡してるんだい‼」

 

ヘスティアはその価値に大慌てだがヘファイストスは冷静に返した。

 

「今までのお礼ってことでしょ? ミネの日給って確か1000ヴァリス位って言ってたわよね。他にも現物支給で色々貰ってるって言ってたけど…、それでミネを雇えるって破格よ。今まで働いてきた期間を考えればこれでも足りないくらいよ」

 

「そ、そうなのかい……?」

 

 ヘスティアは頭を抱え、額に手を当てる。

 二億ヴァリスという途方もない数字に、現実感が追いつかない様子だ。

 

「ミネを一日雇うなら最低でも7桁は必要よ。 あの子がいったい何十人分の治癒術師の仕事ができると思ってるの?」

 

「えぇっ⁉ じゃあ、なんでミネさんそんな格安で働いてるんですか!?」

 

「報酬が高すぎると税金を納める際にギルドからも怪しまれるからよ。 だから基本の報酬は安くして物資とかを色々融通してもらってるのよ。 その物資もアストレアの子たちに流してるみたいだけど…」

 

 ベルは少し息を吐き、手にしたフロール・オースをじっと見つめた。

 花弁の文様が淡く光を反射し、まるで微笑むように揺れている。

 

「使うにしても最後の手段にしときなさい。 普段は今まで通り身の丈に合ったものを使うことね」

 ヘファイストスの声には、鍛冶師としての厳しさと、神としての優しさが混ざっていた。

 

「はい……分かりました」

 ベルは深く頷き、ナイフを大事そうに抱きしめる。

 いつか、このナイフに相応しい実力を身に着けられるよう、ベルは心の中で小さく誓った。

 

----------------------------------

 

「少しやりすぎだったかしら?」

 

 誰に呟くでもないフレイヤの声は、その場にいるオッタルにだけ届いた。

 

「ねぇ、オッタル、あの子はアレを使いこなせると思う?」

 

「…正直に言うなら、今のままでは厳しいかと」

 

 オッタルの声は、夜の静けさに溶け込むように低く響いた。

 フレイヤは微かに眉をひそめ、オッタルの言葉に考え込む。

 

「そう……でも、あの子はきっと応えてくれる。それには…」

 フレイヤの瞳に、期待が宿る。

 彼女は夜風に吹かれ、髪を揺らしながらも、その眼差しはどこか柔らかかった。

 

「試練が必要よね。あの子を育てるための試練が…」

 

 今のままではベルは育たない。

 アストレア・ファミリアに守られ安全な場所で鍛えるだけではベルに飛躍は訪れない。

 彼女は静かに夜空を見上げる。月明かりに照らされる街の灯りが、まるで無数の小さな希望のように瞬いている。

 

「……もうすぐ怪物祭だったわね。そこであの子に相応しい舞台を用意しましょう」

 フレイヤの手が、空中に描くように微かに揺れた。

 それは、ベルが避けられない未来の姿を描く手つきのようにも見えた。

 

「ふふっ、楽しみね。あの子は一体どんな色に輝くのかしら」

 

 フレイヤの声には、好奇心と期待が混ざっていた。

 月明かりに照らされた髪がそよ風に揺れ、まるで淡い光を散らすように輝く。

 

「さあ、ベル……あなたの力を見せてちょうだい」

 

 一柱の女神の手によってベルの物語はゆっくりと動き始めたのだった。




花衣の誓刃《フロール・オース》
ヘファイストスの見立てではお値段二億ヴァリス。
花衣とはハゴロモジャスミンの意味が込められている。

ハゴロモジャスミン
花言葉-あなたは私のもの

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。