ダンジョンで"救護"するのは間違っているだろうか 作:救護騎士団オラリオ支部
「フレイヤ様にお会いしたい……ですか?」
ミネの手が止まった。
アストレア・ファミリアの庭に差し込む柔らかな昼の光――その中で、ミネはベルの言葉を聞き返すように、ゆっくり瞬きをする。
「はい、直接お礼を言いたくって」
ベルは真剣な表情で頷いた。
怪物祭から数日後の昼下がり。アストレア・ファミリアにベルの様子を見に来たミネに、彼はその相談を切り出したのだ。
「野猿と戦った時に実感しました。フレイヤ様から頂いたフロール・オースが本当にすごい業物なんだって。あの刀身の鋭さと……何より、折れなかったことが僕を救ってくれました。そんなものを頂いておいて、直接お礼を言いに行かないなんて失礼かと思って…」
「フレイヤ様なら気になさらない*1と思いますが……そうですね……」
ミネは少し考え込む。実際、フレイヤに“会う”というのは相当に難しい。
――オラリオ二大ファミリア。
――その主神。
――そして、眷属たちの常軌を逸した忠誠心。
フレイヤ・ファミリアに属する者たちは全員がフレイヤのために狂信的ともいえる献身を捧げる。
オラリオに来て一か月の新人冒険者が、会いたいから会える――そんな相手ではない。
“雲の上”どころか、“別世界”の存在だ。
「わかりました。フレイヤ様にお目通り願えるよう……掛け合ってみます」
「本当ですか!?」
ぱっとベルの表情が明るくなった。その純粋さに、ミネは少し苦笑する。
「しかし、断られる*2こともあることはご理解ください。フレイヤ様は気まぐれな方ですし……眷属の方々も、フレイヤ様のことに関しては何というか、その…少々過激なところもあるので…」
「もちろんです! それでも……やっぱり、ちゃんとお礼が言いたいんです」
ベルはまっすぐに言った。曇りのない、誠実な瞳。その真っ直ぐさに、ミネは胸が少しだけ温かくなる。
普段、アストレア・ファミリアでは妹のように扱われることの多いミネ。年下の男性など、ほとんど接点がない。
だからこそ――こうして真っ直ぐ向けられる信頼が、少し不思議で、少し嬉しい。
「ベルさんは……本当に、正直な方ですね」
「えっ? そ、そうですか?」
「はい。とても」
くすり、とミネは笑う。
それだけでベルは赤面し、耳まで真っ赤になった。
その一コマだけ見れば、10代の男女の青春の一ページとして絵になるほどだった。
もっとも――
「行け、ベル! そこでちゅーだ」
「ええい、まどろっこしい! さっさと押し倒してしまえ!」
「ダメですクラネルさん! 男女の交際というものはもっと貞淑なもので…」
庭園の片隅から覗いている外野が五月蠅くなければの話だが。
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「お会いするそうです」*3
「早っ!」
相談してから数時間後には、もう会うことが決まっていた。
「お話ししたところ是非会いたいと言ってくださいまして、急なことで申し訳ありませんが、この後お時間いただけますでしょうか?」
「え、ええと……はい! もちろんです!」
ベルはフロール・オースをしっかり握り、深呼吸をひとつ。胸の奥で高鳴る鼓動を抑えながら、ミネと共にフレイヤが待つであろうバベルの最上階へ向かう。
オラリオの街を抜け、大通りの雑踏を進むたび、ベルの心臓はますます速く打つ。
周囲の冒険者たちの視線すら、いつも以上に重く感じられた。
思えばこうやってミネと行動を共にするのは初めてのことだ。
――冷静で、落ち着いていて、どこか凛としていて。
アストレア・ファミリアの者たちに囲まれているミネを見ると、つい「年上のお姉さん」という印象が強い。
しかし二人きりで歩く彼女は、思っていたよりずっと親しみやすい雰囲気だった。
ミネはその視線に気付いたのか、首を傾げる。
「どうかしましたか? ベルさん」
「あっ、えっと……なんでもないです!」
慌てて視線を逸らし、ベルは耳まで真っ赤になる。
「ふふっ」
その反応が可笑しかったのか、ミネは小さく笑った。
ミネと二人で歩く――ただそれだけなのに、ベルの心臓はバベルに向かう緊張とは別の意味でも高鳴っていた。
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バベルの最上階――
神の住まう場所に相応しく、静謐で、どこか現実離れした空気が漂っていた。
白磁のように磨かれた床。
磨き抜かれた壁面には、ただひとりの女神の優美な姿を象徴する光が反射する。
そしてその中心――
銀の髪を風もないのに揺らしながら、フレイヤは深く座り、目を閉じて待っていた。
彼女にしては珍しく、胸の奥をくすぐる期待を抑えきれずに。
「……ふふ。どんな顔で来るのかしら。私の“贈り物”を抱いて――」
風もないのに、彼女の周囲だけふわりと花の香りが立つ。
そこへ――
コン、コン
扉を叩く控えめな音。
「フレイヤ様。ミネ・シルヴァリエ、それと……ベル・クラネルをお連れしました」
控えの間から、オッタルの低く重い声が響いた。
「入れなさい」
フレイヤが微笑とともに言うと、扉が静かに左右へと開く。
光が差し込み、二人の姿を照らした。
ミネは神前に相応しい凛とした佇まい。
隣のベルは、緊張で背筋が硬直しながらも、しっかりと歩を進める。フロール・オースを胸に抱えたまま。
フレイヤの視線が――まっすぐ、ベルへと注がれる。
「いらっしゃい、ミネ。それと――はじめまして*4、ベル・クラネル」
銀の髪が揺れ、フレイヤがゆるやかに歩み寄る。
「フロール・オース……さっそく使ってくれたみたいね。贈った甲斐があったわ」
その声音は甘く、同時にどこか人の心を溶かすような圧倒的な気配を孕む。
ベルは思わず喉を鳴らす。
「し、失礼します……! フレイヤ様!」
ベルは慌てて膝を折りそうになりつつ、胸元に抱えたフロール・オースを捧げるようにして頭を下げる。
「僕なんかのために……こんな凄い武器を、本当に、ありがとうございます!
あの時、このナイフが無かったら……僕は、死んでいました。だから……どうしても……どうしてもお礼を言いたくて……!」
その必死さに、ミネもそっと横で姿勢を正す。
フレイヤは――ふ、と薄く微笑んだ。
「そんなに緊張しなくていいのよ、ベル。私はただ、あなたの頑張りに……少し期待しただけ」
その“期待”という言葉に、ベルは思わず顔を上げた。
フレイヤは少し身を屈め、ベルと視線を合わせるようにして覗き込む。
艶やかすぎるその微笑みは、ただ見つめられるだけで息を奪われるほどだ。
(……っ!?)
ベルは思わず後ずさる。
その仕草に、フレイヤは楽しげに小さく笑った。
「でも、そうね。お礼をしてくれるというのなら……」
ゆるりと距離を詰める。
銀の髪が、触れたら消えそうな色彩の光を受け、ベルの視界いっぱいに広がった。
そして――その言葉は、甘い囁きとなって落ちてくる。
「今夜、私に夢を見せてくれないかしら?」
「…………え?」
ベルの思考が、唐突に止まった。あまりにも意味深すぎる言葉に、頬が一気に赤くなる。
「フレイヤ様」
ミネの声は、普段の柔らかさなど欠片もないほど冷え切っていた。
空気が――震えた。
治癒士として見せる穏やかさでもなく、ベルの前で時折見せる控えめな微笑みでもなく。
ただ真っ直ぐに、“女神フレイヤに対して一線を引かせる”――そんな強い意思が含まれていた。
フレイヤは面白そうに目を細める。
「お戯れが過ぎるのではないでしょうか?」
ミネの声は澄んだ刃物のように、ひどく静かで冷たかった。
「……あら。そんな怖い顔をしないで、ミネ」
フレイヤは笑う。まるで面白い玩具を見つけた子供のような、悪戯っぽい笑みで。
そんなフレイヤに対し、ミネはただ冷静に返す。
「神々の間では年端のいかない男の子を好くことをショタコンと呼ぶらしいですね」
その言葉に、一瞬フレイヤが硬直する。銀の髪が揺れるのも忘れ、目を丸くしてベルを見る。
「……ふふっ、あなたの口からそんな言葉が出るとは思わなかったわ」
フレイヤの口元に、ほんのり笑みが戻る。だが、その瞳は以前よりも冷たく、鋭く光っていた。
「ベルさんはまだ14歳です。ベルさんの教育に悪影響の出るような誘い方はお控え願えないでしょうか?」
フレイヤの目が丸々と開かれる。面白そうに見えつつも、冷静に自分の立場を見極めている――そんな表情だった。
「……なるほど、ミネ。今日のあなたは随分と口が立つのね」
フレイヤは薄く笑いながらも、手の動きひとつで距離を置く仕草をした。
「わかったわ、ミネ。私も少々、お遊びが過ぎたみたい」
ベルはまだ胸の奥で鼓動を感じながら、フレイヤとミネのやり取りを目の当たりにしていた。
甘い香りと神々しい気配の中、緊張と戸惑いが入り混じる。
「……フレイヤ様、本当にすみません。僕……その……」
言葉を探すベルに、ミネが静かに手を軽く肩に置く。
「大丈夫です、ベルさん。落ち着いて」
その手の温もりだけで、ベルの心のざわつきが少しだけ和らぐ。
「ベル、貴方の気持ちは確かに受け取ったわ」
ベルは胸の奥の鼓動を抑えながら、ぎこちなくも深く頭を下げる。
その視線の先には、銀の髪が光を受けて揺れるフレイヤ。
圧倒的な存在感と甘美な香りに、思わず息を呑む。
「……フレイヤ様、本当に、ありがとうございます」
ベルの声はかすれがちだったが、確かな感謝と敬意が込められていた。
ミネは横で静かに立ち、鋭い視線をベルから外さない。
だがその姿勢は、単に警戒しているだけでなく――ベルを守るという確かな意思の表れでもあった。
「実はね、もう一つあなたに送りたいものがあったの」
フレイヤがゆっくりと立ち上がり、光を受けて銀色に輝く髪を揺らす。
その手には、小さな布で包まれた何かが握られていた。
「……これは?」
ベルが自然と息を飲む。
「もう一つ、あなたに――“私からの贈り物”」
フレイヤは微笑む。その笑みは先ほどとは少し違い、優しさと気品に満ちていた。
「開けてみるといいわ」
フレイヤの言葉に、ベルは慎重に手を伸ばす。布をほどくと、中には一冊の本が収まっていた。
「……これは?」
ベルの声には驚きと戸惑いが混じる。
「魔導書よ。男の子ですもの。魔法の一つや二つ、憧れるものでしょう?」
「そ、そんな! 受け取れませんよ‼ ただでさえフロール・オースを頂いてしまっているのに!!」
フレイヤは軽く首を傾げ、優雅に笑った。
「受け取らない理由などないでしょう、ベル。あなたは今日、私にお礼を言いに来たのでしょう? それなのに私の心使いを無下にするというのかしら」
ベルは目を丸くし、言葉が出ない。
ベルの視線は魔導書に釘付けのまま止まった。心臓が張り裂けそうに高鳴る。
フレイヤはそんな彼をじっと見つめ、柔らかく微笑む。
「あなたは強くなりたいと願った――その気持ちに、私は応えたいだけ」
「で、でも……フロール・オースだけでも充分すぎるくらいなのに……!」
ベルは小さく震えながら言葉を絞り出す。胸に抱える魔導書の重みは、恐怖と期待、責任感と感謝の入り混じった感情でいっぱいだった。
「いいのよ、ベル。感謝の気持ちは言葉だけでなく、行動で示すもの」
フレイヤはゆっくりと歩み寄り、銀色の髪が光を受けて揺れる。
ミネは横で静かに立ち、鋭い視線をフレイヤに向けたまま、ベルの背中に手を軽く置く。
「ベルさん、これはフレイヤ様の好意です。あと、それを拒むと、後ほど多分少々面倒*5なことになるかと…」
ベルは深く息を吸い、ぎこちなくも頭を下げた。
「……わかりました、フレイヤ様。必ず役立てます。ありがとうございます!」
フレイヤは薄く笑い、天女のような優雅さで両手を軽く広げた。
「それでいいのよ、ベル。あなたの成長を見守れる――それが私にとっての喜びなのだから」
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「ミネ」
フレイヤの部屋を出た後、オッタルが静かに声を掛ける。
「いつまでそうしているつもりだ?」
「……何のことでしょうか?」
ミネは少し驚いたように顔を上げる。オッタルの視線は鋭く、単なる呼びかけではなく、諭すような響きを含んでいた。
ベルを見やり、その言葉をつづけた。
「ベル・クラネルのことだ。いつまでそうやって甘やかす、いつまでそうやって守り続ける?」
オッタルの言葉には余計な感情はなく、あくまで現実的な忠告としての重みがあった。
「冒険者は冒険しなければならない。お前もよく知っていることだ」
オッタルはベルの前に立ち言い放つ。
「今のままではお前はフレイヤ様の期待に応えられない。冒険をしないものに飛躍は訪れない。守られるだけでは強くなどなれはしない」
――よく覚えておくことだ。
都市最強からの言葉は、ベルの胸に重くのしかかるのだった。
書いてる途中で思いついてしまいました。
フレイヤ様ってアルちゃん味をブレンドすると面白いことになるんじゃないかって。
なのでアンケートをります。
フレイヤ様は…
このSSのフレイヤ様は…
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普通のフレイヤ様
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アルちゃん味がブレンドされたフレイヤ様