ダンジョンで"救護"するのは間違っているだろうか 作:救護騎士団オラリオ支部
「案内していただけますよね、オッタルさん?」
ダンジョンの中、薄暗く湿った空気の中、オッタルは目を覚ました。
体に痛みはなく、目の前の少女に治療されたのだろうと考えが至る。
巨体はふらつきながらも立ち上がり、ミネの前に立ちはだかる。
見ると、ベル・クラネルも小人族の少女もおらず、ミネ一人だった。
「……ミネ、フレイヤ様のもとへ何を――」
「オッタルさん、私はフレイヤ様に“確認すべきこと”があります」
その声音は静かだったが、拒否を許さない硬度を帯びていた。
オッタルは本能的に剣呑な視線を向けた。
自分を昏倒させた力量。
彼は理解していた。
この少女――いや、【力】は、敵に回せば自身を含めたファミリア全てをもってしても食い破ってくるのだと。
しかし同時に、彼はミネがその実力に反して非常に穏便な性格であることも理解している。
時折暴走する悪癖はあるが、無意味に暴れたりはしない。
そして。
「フレイヤ様に危害は加えません。
ただ……今回の件について、きちんと説明をして頂きたいのです」
その言葉は、偽りのない静謐を帯びていた。
オッタルはしばし沈黙し――
最後に短く息を吐く。
「……不敬と判断すれば、俺は命をもって貴様を止める」
「ええ。それで構いません」
こうして――
ミネはオッタルに先導され、バベルの最上階へ向かった。
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バベルの最上階――
誰もが踏み入ることを畏れる、女神フレイヤの私室。
静寂を切り裂くように扉が開くと、
ミネは余計な前置きも敬意の飾りも捨て、ただ一言、静かに声を響かせた。
「ご説明願えますか、フレイヤ様?」
月光を背負うようにして座す女神は、
白磁のような肌をゆるりと動かしながら、細い足を組み替える。
その表情は微笑とも無表情とも判断できない。
ただ“美”という概念そのものが座っている――そんな錯覚を起こす空気で、彼女はミネを迎えた。
「……まぁ。思ったより早かったわね、ミネ」*1
その声を聞いても、ミネは膝を折らない。
恭順も畏れも見せず、ただ静かに――しかし強く佇んでいた。
そんなミネを前に、フレイヤの前で己が主神を守ろうとアレンが一歩前に出る。
オッタルも主神を守るように隣に控えた。
しかしフレイヤは片手で二人を制した。
「そんなに怖い顔をしないで、ミネ」*2
女神はまるで子供をあやすような声音で言った。
しかしその奥に潜む“圧”は、誰よりも強く部屋を支配している。
ミネはわずかに目を細めた。
「今回の件、ベルさんを害するために行ったことでないことは理解しています。
フレイヤ様にはベルさんに対して多くの支援を頂きました。
だからこそわからないのです。何故、ミノタウロスをベルさんに仕向けたのですか?」
アレンが一歩踏み出し、喉奥で低く唸る。
「貴様……言葉には気を――」
「アレン」*3
フレイヤの指先が、白百合のように静かに横へ流れた。
それだけでアレンは何かに押しつけられたように沈黙する。
その絶対的支配の中で、ミネだけが揺るがない。
「私が何を言っても貴女は納得しないでしょうね」*4
フレイヤは組んでいた足をほどき、背凭れに体を預ける。
白磁の指先が頬に触れ、ゆるりと微笑んだ。
「――ベルには自らの意思で立ち向かう試練が必要だった」*5
ミネの表情は変わらず、わずかに空気が緊張を増す。
フレイヤはそれを肌で感じながらも、女神としての絶対の美と余裕を崩さず続けた。
「あなた達はあの子を大事に育てすぎている。
でも檻の中にいるだけの鳥は高く飛ぶこともできない。
だから私は――ベルがもっと高みに行けるようにオッタルにお願いしたの」*6
ミネは一歩、静かに踏み出す。
アレンとオッタルが一瞬肩を強張らせるが、フレイヤは軽く手をかざし二人を制した。
「……レベル1に対してミノタウロスを、しかも明らかに強化された個体を差し向けるのが本当に必要だったのですか?」
フレイヤはわずかに瞼を伏せる。
月光がまつ毛の影を床に落とす。
「でもベルは乗り越えた」*7
フレイヤは静かに言った。
月光をまとったその横顔は神々しく、しかしどこか影を落としている。
その答えに――ミネの胸中に、冷たいものがひとつ落ちた。
「……結果論です、フレイヤ様」
ミネの声音は低く、しかし震えてはいなかった。
その静けさが逆にアレンの背筋を小さく震わせ、オッタルさえ気圧されるほどだった。
「ベルさんは“たまたま”死ななかっただけです。
無論、私もベルさんが命を落としそうなら手を出したでしょう。
しかし、もしもあの場に私が居なければ……ほんのわずかでも運命が傾けば、彼は死んでいました」
フレイヤは微笑を保ったまま、胸の奥で冷や汗をかく。
「あなたの言うことは正しいわ、ミネ」*8
女神はあっさりと認めた。
認めるしかない――それが正確だった。
「けれど――あの子は生きた。
恐怖に打ち勝ち、願いを叶え、前に進んだ。
それは紛れもない事実でしょう?」*9
ミネはその言葉を聞き、ゆっくりと長い呼吸を吐いた。
静寂が落ちる。
バベル最上階の空気が、張りつめた弦のように震えていた。
「……確かに、ベルさんは前に進みました。
あの瞬間、彼は“英雄への階段”を一段上りました。
それは、誰より近くで見ていた私が保証します」
フレイヤのまぶたが――ほんのわずか、喜悦に震えた。
「ですが――それは、フレイヤ様の采配が正しかった証明にはなりません」
ミネの声音は、鋭い刃のように空気を裂いた。
フレイヤの微笑みがわずかに凍る。
アレンは息を呑み、オッタルも眉をひそめた。
「ベルさんの前に立ちはだかる壁は、"必然"であるべきです。
貴女が用意した“理不尽”ではなく、
彼自身が経験と選択によって乗り越えるべき――そういう壁でなければ」
「理不尽……ね」*10
「ええ。今回の件は、ベルさんの成長のためと言いながら、
その実、貴女の“感情”で行われたものです」
フレイヤの肩がわずかに揺れた。
「私の――感情?」*11
「今、確信しました。フレイヤ様、貴女は――」
――ベルさんに心を奪われたのですね。
その瞬間――
バベル最上階の空気が、まるで凍りついたように静止した。
フレイヤはゆっくりと視線をミネへ戻す。
表情は微笑を保っている。
だが――その瞳だけが揺れた。
「……面白いことを言うのね、ミネ?」*12
ミネは目を伏せることなく、女神の瞳を真正面から射抜いた。
「フレイヤ様。
私は……あなたの恋を否定しません」
フレイヤの瞳が、ほんの一瞬だけ揺れた。
それは、神としての威厳でも、女神としての余裕でもなく――
一人の女性としての動揺だった。
「なので次からもう少しやり方を選んでください」
そう言ってミネは背を向けた。
「…許すというのかしら」*13
ミネは振り返り、一言だけ返した。
「…今回だけです。
今回は恋心ゆえ少しやりすぎてしまった…そう思っておきましょう」
そう言い残してミネは静かに退室した。
オッタルとアレンはまだ緊張を解ききれず、フレイヤを見つめている。
だが、部屋の中の張り詰めた空気は少しずつ和らぎ、夜風がカーテンを揺らすたび、静かで柔らかな音が響いた。
フレイヤは深く息を吸い、そして吐く。
今は、神としての威厳と一人の女性としての感情が微妙に交差する、静かな夜のひととき――。
彼女の心はまだ揺れているが、その揺れを受け止める覚悟を、少しずつ固め始めていた。
バベル最上階の夜は、静かに――そして確かに、次の物語の始まりを告げていた。
フレイヤ様の内心はオッタルとアレンには聞こえています。
というよりもフレイヤの眷属なら基本的に聞こえてます。
フレイヤ様の内心が聞こえないようなのはそもそもライバルとすら認識されません。
フレイヤ様の内心を聞きとれるようになって初めてスタートラインに立てます。
このSSのフレイヤ様は…
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普通のフレイヤ様
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アルちゃん味がブレンドされたフレイヤ様