ダンジョンで"救護"するのは間違っているだろうか   作:救護騎士団オラリオ支部

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兎と小人と鍛冶師と救護

 猛者オッタルのレベル8昇格に、オラリオ中が沸く最中――。

 

 アストレア・ファミリアの本拠、《星屑の庭》の一室では、今日二度目となる異様な光景が広がっていた。

 

 ヘスティア、アストレア、ヘファイストスの三女神。

 そして、アストレア・ファミリア団長のアリーゼに、団員のライラ、リュー、輝夜の四人。

 

 彼女たちは円を組むように、四人の少年少女を囲んでいる。

 

 言わずもがな――

 アポロン・ファミリアの団長ヒュアキントス病院ディアンケヒト・ファミリア送りにし、つい先ほどガネーシャ・ファミリアから解放されたベル・クラネル、リリルカ・アーデ、ヴェルフ・クロッゾ。

 そして、説教継続中のミネであった。

 

 四人は極東で言う正座の姿勢を取り、ただ静かにうつむいている。

 

「アポロン・ファミリアの連中を病院ディアンケヒト・ファミリア送りにするとか……何やってんだ、お前らは」

 

 ライラの声は低い。

 

 年長の弟子がやらかしの説教中に、残りの弟子二人がさらにやらかす。

 頭痛がしてきた――そんな感情が、隠す気もなく滲んでいた。

 

「……ベル」

 

「は、はいっ!」

 

 名を呼ばれただけで、ベルの背筋が跳ね上がる。

 

「まずお前だ。何があった」

 

 ベルは一瞬だけ視線を彷徨わせ、それから意を決して口を開いた。

 

「最初は、皆で楽しく飲んでただけなんです。そしたら小人族パルゥムの人が、いきなり絡んできて……」

 

 ベルの声は、緊張でわずかに上ずっていた。

 

「最初は無視していたんです。でも、僕だけじゃなくてリリやヴェルフも馬鹿にしてきて……」

 

――へぇ。

 

 アストレアとヘファイストスの口元が、まるで示し合わせたかのように緩んだ。

 しかし、その瞳には一切の温度がない。

 

「……それで?」

 

 穏やかな声だった。

 だからこそ、ベルの肩がびくりと跳ねる。

 

「え、えっと……その……」

 

「“そのあと”を聞いているのよ、ベル」

 

 ヘファイストスが顎杖をつき、微笑んだまま続きを促す。

 鍛冶神の笑みだ。

 鉄を溶かす前の、それ。

 

「でも、我慢してたんです。明らかに挑発されているって分かったから。でも……」

 

 ベルは、そこで一度言葉を切った。

 

 喉が鳴る音が、やけに大きく聞こえる。

 

「……神様を、落ちこぼれって言ったんです」

 

 その瞬間だった。

 

 ベルの隣にいるミネの威圧感が、一気に増したのは。

 

――スッ。

 

 ミネが立ち上がった。

 

 それは、あまりにも静かな動作だった。

 椅子を蹴るでもなく、床を踏み鳴らすでもない。

 

 ただ、正座から立ち上がっただけ。

 

 ――それだけで。

 

 空気が、致命的に変わった。

 

「っ――!」

 

 反応したのは、ほぼ同時だった。

 

 アリーゼ、輝夜、リュー、ライラ。

 四人が一斉にミネに組み付く。

 

「ミネ! 落ち着いて!」

 

 アリーゼが腕を押さえ、

 

「やめろ、今度こそ隠しきれんぞ!」

 

 輝夜が腰を落とし、

 

「……お願いですから救護は! 救護はまだ待ってください!!」

 

 リューが背後から抱え、

 

「冷静になれ! 落とし前はもうベル達がつけてるだろうが!!」

 

 ライラが低く怒鳴る。

 

 だが――

 

 ミネは、抵抗しなかった。

 

 暴れもしない。

 力を込めもしない。

 

 ただ、

 

「……すみません」

 

 その声は、異様なほど静かだった。

 

 拘束されたまま、ミネは視線を落とす。

 

「少し、取り乱しました……」

 

 それだけを告げる。

 

 しかし。

 

 拘束している四人は理解していた。

 

 もしミネがその気になっていたら――

 今この場に、誰も立っていなかった可能性を。

 

 しばし、重苦しい沈黙が落ちる。

 

 ミネの気配は、すでに完全に抑え込まれていた。

 だが――空気に残る“余熱”だけは、どうしようもなく消えない。

 

「もう大丈夫です」

 

 その言葉に、アリーゼたちは一瞬だけ逡巡し、ゆっくりと手を離す。

 

 ミネは再び正座に戻り、深く頭を下げた。

 

「申し訳ありません。場を乱しました」

 

 声は、完全に平常だった。

 

 それが逆に、恐ろしい。

 

「……本当に、肝が冷えたわ」

 

 ヘファイストスが息を吐く。

 

 ミネは普段、冷静で思慮深く、暴力を好まない。

 だが、レベル9に到達した人類最高峰の実力者なのだ。

 

 理不尽な暴力は好まないが、必要な場面ではその力を存分に発揮する。

 

 ――その力を、今この場で振るわれなかったのは、

 その高レベルに反して、ミネが非常に温厚だからである。

 

 これだけの才を持った者がミネだったのは、人類史上最高の幸運である。

 

 ヘファイストスは内心でそう結論づけ、視線をベルへと戻した。

 

「……なるほどね」

 

 鍛冶神は、そこで初めて“完全に”表情を切り替えた。

 

 怒りでも、威圧でもない。

 職人が素材の本質を見極める時の――冷静な眼。

 

「それで、ヘスティアが悪く言われて手を出してしまったと」

 

「……正確には」

 

 ベルは小さく首を振った。

 

「手を出したのは、ヴェルフが先でした。それを皮切りに乱闘になって……」

 

 その言葉に、室内の空気が再び沈む。

 

「ヴェルフを床に叩きつけた人がいたんです。一目見て分かりました。僕たちより格上だって」

 

「……格上、ね」

 

 ライラが目を細める。

 

「多分、それが太陽の光寵童ポエブス・アポロだろ? でも病院ディアンケヒト・ファミリア送りにしたって聞いたぞ?」

 

「……はい」

 

 ベルは小さく頷いた。

 

「リリの協力もありましたし、アストレア・ファミリアの皆さんに比べれば、倒せないほどじゃなかったんです。相手も明らかに侮っていたので、隙を突くのは簡単でした」

 

「……なるほどな」

 

 ライラは、ベルの言葉を反芻するように、ゆっくりと息を吐いた。

 

「実力差はあったが、慢心と状況判断の甘さを突いた、と」

 

「はい……」

 

「それを“簡単でした”と言える時点で、随分と感覚が狂ってきてる自覚はあるか?」

 

「……い、いえ……」

 

 ベルは視線を落とす。

 

 その様子を見て、輝夜が鼻で笑った。

 

「自覚なし、か。まあ無理もない。わたくし達も、ベルの呑み込みが良すぎてやりすぎたと思ってましたし……」

 

 ちらりと、ミネを見る。

 

 ミネは、相変わらず微動だにせず正座を保っている。

 

 流石は、ミネの後輩と言ったところか……。

 

「それで、太陽の光寵童ポエブス・アポロを沈めたあとはどうなったの?」

 

 アリーゼの問いに、今度はリリが小さく手を挙げた。

 

「……あの、私からよろしいでしょうか」

 

「どうぞ、リリ」

 

「ありがとうございます」

 

 リリは一度、ベルとヴェルフを見てから、言葉を選ぶように口を開く。

 

「その後、完全に場が荒れまして……相手方は、数で押すしかないと判断したようです」

 

「数、ね」

 

 ヘファイストスが眉を上げる。

 

「その時でした。ロキ・ファミリアの凶狼ヴァナルガンドが、口は悪いですが、場を納めてくれたんです」

 

「あぁ……あの犬か」

 

 輝夜が苦笑する。

 

「はい」

 

 リリは頷いた。

 

「『一番強い奴が格下に伸されたら、雑魚らしく数で押すってか。そこの兎野郎の方が、少しはマシだな』って……

 かなり、怖かったです」

 

 ベルも思い出したのか、小さく身を竦める。

 

「そのあと、ガネーシャ・ファミリアの方々が来て……事情聴取、ですね」

 

「なるほどな。筋は通ってる」

 

 ライラは腕を組み、深く頷いた。

 

「まずはベル。お前は、まあ分からないでもない。アタシらだって、主神を馬鹿にされればブチ切れる」

 

 そう前置きしてから、ぴしりと言葉を切る。

 

「で、リリ。その上で、アタシらはアストレア・ファミリアだ。それが酒場で乱闘なんて、許されないってのは分かるな」

 

「はい……」

 

 リリの声は小さく、だが逃げはなかった。

 

「分かってるならいい」

 

 ライラは短く頷き、改めて四人を見回す。

 

「アストレア・ファミリアは“正義”を掲げてる。

 それは格好いい言葉だが、同時に――一番面倒で、一番不自由だ」

 

 張りつめた空気の中で、ライラは続ける。

 

「酒場での乱闘。

 理由がどうあれ、周りから見れば“力を持った冒険者の暴力”だ。

 それを見て震える一般人もいる。覚えとけ」

 

 ベルとリリルカは唇を噛みしめ、深く頷いた。

 

「で、ヴェルフだったか? お前は後でヘファイストス様に絞ってもらえ」

 

「……うっす」

 

 ヴェルフは即答だった。

 

 ベルとリリルカに関しては面倒を見ている分、ライラの領分だが、

 ヴェルフに関しては、ヘファイストスの領分だ。

 

「……よし」

 

 ライラは短く言い、話を切り替える。

 

「じゃあ、ここからは“処分”の話だ」

 

 その一言で、四人の背筋が同時に伸びた。

 

 ベル、リリ、ヴェルフ。

 そして――ミネ。

 

 誰も言い訳はしない。

 ただ、下される言葉を待つ。

 

「まず、ベル・クラネル」

 

「は、はい!」

 

「今回の件、お前の行動は感情的だったが、逃げずに筋を通した。

 仲間を守ろうとした点は評価する」

 

 ベルの目が、わずかに見開かれる。

 

「だが、“力の使い所”は間違えた。

 酒場は戦場じゃねぇ」

 

「……はい」

 

「よって、一週間の奉仕活動と町の清掃活動。

 冒険は許可するが、酒場利用は禁止だ」

 

「……はい!」

 

 ベルは深く頭を下げた。

 

「次、リリルカ・アーデ」

 

「は、はいです!」

 

「お前は止める立場にも関わらず、乱闘を助長させた。だが、格上を冷静に対処し、ベルをサポートした点は評価する」

 

「……はい」

 

「正義を掲げるなら、一歩踏みとどまれ。

 ベルと同じく、一週間の奉仕活動と清掃活動、酒場禁止。加えて――」

 

 ライラは一拍置く。

 

「ミネと一緒に、フレイヤ・ファミリアで働いてこい。無償奉仕ってことで話は通してやる」

 

「……承知しましたです!」

 

 リリは力強く頷いた。

 

「で、ヴェルフ・クロッゾ」

 

「……はい」

 

「お前は一番シンプルだ」

 

 ライラの視線が鋭くなる。

 

「最初に手を出したな?」

 

「……っす」

 

「理由がどうあれ、“最初の一撃”は重い。

 あとは――」

 

 ライラは、ちらりとヘファイストスを見る。

 

「ヘファイストス様に任せる」

 

「任されたわ」

 

 ヘファイストスは、にっと笑った。

 

「……骨の髄まで、叩き直してあげる」

 

「……うっす!!」

 

 ヴェルフの声が、裏返りかけた。

 

 そして。

 

 全員の視線が、自然と――ミネへと集まる。

 

 室内の空気が、再び張りつめた。

 

「……最後だ」

 

 ライラは、深く息を吸う。

 

「ミネ」

 

「はい」

 

 ミネは正座のまま、背筋を伸ばす。

 

「……お前は、最も慎重に行動しなければならない立場にも関わらず、迂闊にもロキ・ファミリアに対し、自ら姿をさらした」

 

 その言葉は、鋭く、そして重い。

 

 誰よりも理解しているからこそ。

 誰よりも危うさを知っているからこそ。

 

 その視線は、叱責というより――確認だった。

 

「はい」

 

 ミネは即答した。

 

 言い訳も、弁解もない。

 

「自覚はあるか?」

 

「……あります。完全に、私の落ち度です」

 

 室内に、短い沈黙が落ちる。

 

 リューがわずかに目を伏せ、輝夜が小さく息を吐いた。

 アリーゼは、ミネの背筋をじっと見つめている。

 

「一週間の奉仕活動と清掃活動。

 これは、ベル達と同じだ」

 

 ベルが、思わずミネを見る。

 

「加えて――」

 

 ライラは、そこで一度、アリーゼを見る。

 

 アリーゼは、静かに頷いた。

 

「豊穣の女主人での無償奉仕を言い渡す。せいぜい揉まれてこい」

 

「ちょっ――!」

 

「楽しみにしてるぜ。お前のウエイトレス姿。この一週間、足繁く通ってやるから覚悟しとけ」

 

 ――えっ、何それすっごく見たい!!

 

 ……と、思った次の瞬間。

 

 ベルの胸に、氷水を流し込まれたような感覚が走った。

 

(……あ)

 

 脳裏に、ついさっき言い渡された言葉が、鮮明に蘇る。

 

 一週間の奉仕活動。

 町の清掃活動。

 冒険は許可。

 ――酒場利用、禁止。

 

「…………」

 

 ベルは、ゆっくりと俯いた。

 

 希望は、与えられた瞬間に奪われる。

 それが人生だと、彼は今、学んだ。

 

「どうした、ベル?」

 

 輝夜が面白そうに声をかける。

 

「顔が、世界の終わりみたいになってるぞ?」

 

「……い、いえ……」

 

 ベルは小さく首を振るが、その声に力はない。

 

 リリが横から、そっと囁いた。

 

「……ベル様、酒場禁止です」

 

「うん……」

 

 分かっている。

 分かっているからこそ、辛い。

 

 その様子を見て、ミネがほんの少しだけ首を傾げた。

 

「……ベルさん、何かありましたか?」

 

「い、いえ! 全然! 本当に何でもありません!」

 

 必死すぎる否定だった。

 

「……?」

 

 ミネは不思議そうに瞬きをしたが、深く追及はしなかった。

 

 その反応が、なおさらベルの心を抉る。

 

(見たい……でも、行けない……)

 

 そんなベルの葛藤を、にやにやと眺めながら、ライラは腕を組んだまま言い切った。

 

「以上だ。文句はないな?」

 

「「「「ありません!」」」」

 

 四人の声が揃う。

 

「よし。じゃあ解散だ。各自、明日から覚悟しとけ」

 

 その一言で、ようやく場の緊張が解けた。




ウラノスとフェルズはアイズを通して穢れた精霊を観測していたため、その時にミネの存在は把握しています。
ただしどこのファミリア所属かまでは判断できず善性の存在であるため現状で静観をしてる模様。
下手に探って監視や尾行なんかすれば一発でミネに察知されるので静観が一番正しい行動だったりする。

このSSのフレイヤ様は…

  • 普通のフレイヤ様
  • アルちゃん味がブレンドされたフレイヤ様
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