ダンジョンで"救護"するのは間違っているだろうか 作:救護騎士団オラリオ支部
アポロン・ファミリアが主催となる神の宴。
眷属を一名引き連れての特殊な形で開催されることとなった今回の神の宴は、着飾った神々や眷属で溢れていた。
高い天井から降り注ぐ光が、神殿の大広間を昼のように照らし出す。
音楽と笑い声、酒杯が触れ合う澄んだ音が混ざり合い、どこか浮き足立った空気が満ちていた。
ベル・クラネルも、その場に立っていた。
ヘスティアに手を引かれ、燕尾服に身を包んだ姿で宴に参加している。
慣れない正装に、どこか落ち着かない様子で周囲を見回していた。
「そんなにキョロキョロしてたら、田舎者に見られるぜ、ベル君」
「で、でも……皆さん、すごい視線で……」
「当然さ。なんたって君は、ランクアップ最速の期待のルーキーなんだからね!」
ヘスティアはそう言って、誇らしげにベルの背を軽く叩いた。
ほどなくして、同じく宴に参加している神々と眷属たちが合流する。
正義の女神アストレアとアリーゼ。
鍛冶神ヘファイストス。
治癒の神ミアハとナァーザ。
そして武神タケミカヅチと命。
自然と一団となり、神々は酒を片手に談笑を始め、眷属たちもまた少しずつ輪を広げていった。
「ベル、こういう場ではね――」
アリーゼが、手にした杯を軽く揺らしながら声をかける。
「失礼のない振る舞いも大事だけど、一番は“自分を小さくしすぎない”ことよ」
「は、はい……」
「堂々としてなさい。あなたはもう、胸を張っていい冒険者なんだから」
その言葉に、ベルは小さく目を見開き、深く頷いた。
「……ありがとうございます」
一方で、ナァーザは実務的な視点からベルに助言を与えていた。
「見て、あっちに固まってる連中。あまり良いうわさを聞かないから要注意。
あっちの冒険者は喧嘩早いことで有名。あまり近づかないで」
「そ、そうなんですか?」
ナァーザの淡々とした解説に、ベルは感心しきりで何度も頷く。
「なるほど……」
そうしていると、不意に別の眷属が近づいてきた。
「……ベルさん、先日の事、本当に申し訳ありませんでした」
声をかけてきたのは、命だった。
タケミカヅチ・ファミリアの眷属で、今日も正装に身を包んでいる。
「は、はい!」
ベルが慌てて返事をすると、命は一歩下がり、深く頭を下げた。
「私たちのせいで、大変な目に遭わせてしまい……」
「そ、そんな! 既に謝っていただいたことですし、皆無事だったので……」
先日、ダンジョン内で彼女たちからの怪物進呈の件での事だろう。
「ですが……」
命はなおも言い募ろうとして、ふとベルの表情を見て言葉を止めた。
そこにあったのは、気まずさでも怒りでもない。
ただ純粋に、「困っている」顔だった。
「……本当に、お人好しですね」
命は小さく苦笑し、ようやく頭を上げた。
「そういうところが、皆さんから信頼される理由なのでしょう」
「そ、そんなこと……」
耳まで赤くなりながら視線を逸らすベルを見て、周囲の眷属たちから小さな笑いが漏れる。
「ふふ、いい空気だね」
ミアハが柔らかな笑みを浮かべ、杯を傾けた。
「こうして眷属同士が言葉を交わし、交流を深めていく。それこそが、宴の本来の意味だよ」
「まったくその通りだ」
タケミカヅチが大きく頷き、命の肩をぽんと叩く。
「命、これ以上は野暮というものだ。互いに顔を合わせて笑えたなら、それで十分だろう」
「……はい」
命は小さく返事をし、改めてベルに向き直る。
「ベルさん、あなた達に危機が訪れたなら――必ず力となります」
命の言葉は、ひたすらにまっすぐだった。
誓いでも、決意表明でもない。
ただ、己が信じる道をそのまま口にしただけの声音。
「……ありがとうございます」
ベルは一瞬だけ戸惑い、それから深く頭を下げた。
「その言葉だけで、十分です」
命は目を見開き、すぐに小さく笑った。
「……やはり、不思議な方ですね」
「そ、そうでしょうか……?」
「ええ。ですが――嫌いではありません」
そのやり取りを見て、タケミカヅチが豪快に笑った。
「はっはっは! いい縁だな! 命、良き友を得たではないか!」
「た、タケミカヅチ様……!」
一方で、神々の談笑も賑わいを増していく。
「しかしまあ、アポロンも随分と派手にやったもんだねぇ」
それがヘスティアには、裏があるようで気になって仕方がない。
ただでさえ、つい先日、ベルたちともめたばかりだというのに――。
ヘスティアは杯を手にしたまま、会場全体をゆっくりと見渡した。
神々は笑い、語り、酒を交わしている。
その中に、ヘラヘラと笑いながら近づいてくる神を見つける。
「やぁやぁ、皆立ち集まってるね。俺も混ぜてくれよ」
先日、ベルたちの救出作戦の中心にいたヘルメスだ。
流れるようにナァーザや命へと軽薄な言葉を投げかけながら、自然に会話の輪へ入り込んでくる。
「おっと、冷たい目だねナァーザちゃん。今日は宴だろう? もう少し愛想ってものを――」
「近寄らないでください。視界が汚れます」
「即答!? 傷つくなぁ!」
ヘルメスは大げさに胸を押さえながらも、どこか楽しげだった。
そんな軽口の応酬を横目に、ベルは少し距離を取って立っていた。
この場の空気にはだいぶ慣れてきたものの、やはり神々が集う宴は独特だ。
視線が多い。
それも、単なる好奇や興味ではない。
(……見定められてる)
冒険者として。
ヘスティア・ファミリアの眷属として。
そして――“ベル・クラネル”という存在として。
「おやおや、ベル君。随分と大人しくしてるじゃないか」
いつの間にか、ヘルメスがベルの隣に立っていた。
「こ、こんばんは……ヘルメス様」
「うんうん、相変わらず素直でいいね。こういう場所じゃ貴重だよ」
そう言いながら、ヘルメスは何気ない素振りで周囲を一瞥する。
「にしても注目の的じゃないか、ベル君。
流石はランクアップ最速記録を大幅に更新しただけはある」
「そ、そんな……たまたま、運が良かっただけで……」
ベルは視線を泳がせながら、小さく答える。
だがヘルメスは、楽しげに肩をすくめた。
「そういうところだよ。神々が君に興味を持つ理由は」
その言葉に、ヘスティアがぴくりと眉を動かす。
「ちょっとヘルメス。変な含みを持たせないで」
「おやおや、警戒心が強いねえ」
ヘルメスは両手を上げ、降参のポーズを取った。
「安心してくれ。今日はただの宴だ。
少なくとも“今は”ね」
その一言に、ヘスティアは表情を曇らせる。
「……今は?」
「はは、冗談冗談」
だが、その笑顔の奥にあるものを、ヘスティアは見逃さなかった。
一方、ベルは会場の奥――
豪奢な装飾に囲まれ、神々の中心に座す一柱の神へと視線を向けていた。
黄金の髪。
自信に満ちた微笑み。
誰の目にも映る、主催者の姿。
――アポロン。
その視線が、ふとこちらへ向けられる。
「……っ」
一瞬。
確かに、目が合った。
アポロンはゆっくりと杯を掲げ、口角を上げる。
ねっとりとした視線に、ベルの背筋を悪寒が走った。
「おや、どうやら大物の登場のようだよ」
ヘルメスの視線の先――
そこにいたのは、ひときわ目を引く存在だった。
銀糸のように艶やかな長髪。
豊穣と艶やかさを象徴するかのような、優美なドレス。
――フレイヤ。
彼女は誰かと談笑するでもなく、ただ静かに歩みを進めていた。
だが、その瞳は確かに一点を捉えている。
にっこりと微笑み、オッタルを伴いながら優雅に歩み寄ってくる。
それだけで、場の空気が変わった。
談笑していた神々は自然と声を落とし、
眷属たちも無意識のうちに道を空ける。
彼女は何も命じていない。
ただ“在る”だけで、周囲が従ってしまう。
「やぁ、フレイヤ。久しぶりだね」
ヘスティアが声をかける。
「あの子がお世話になってるから、もう少し頻繁に会えたらいいんだけど、君の立場上どうしてもね……」
「いいのよ、ヘスティア」
フレイヤは穏やかに微笑む。
「あの子には、私の眷属たちも助けられているのだから」*1
その視線が、ベルを捉える。
「ベルも久しぶりね。
私からの贈り物は、役に立っているかしら?」*2
その声は、柔らかく、甘く――
そして、逃げ場がないほど真っ直ぐだった。
「……は、はい」
ベルは一瞬だけ喉を詰まらせ、それでも礼を失さぬよう深く頭を下げる。
「とても……助けられています。
ありがとうございます、フレイヤ様」
その答えに、フレイヤは満足そうに目を細めた。
「そう。なら良かったわ」
それだけのやり取りだった。
だが、彼女の瞳は、まるで魂の奥底を撫でるかのように、
じっとベルを見つめ続けている。
背後に控えるオッタルは、無言のまま一歩後ろに立ち、場を睥睨していた。
その存在感だけで、周囲の冒険者たちは自然と距離を取る。
「少し、戯れましょうか」*3
フレイヤの手が、ベルに向かって差し出された。
「ベル。私と一曲、いかがかしら?」
それは紛れもなく、フレイヤからのダンスの誘いだった。
その一言で、周囲の空気が凍り付いた。
ざわり、と。
神々の囁きが一斉に止まり、視線が一点に集まる。
「……え?」
ベルは、差し出された手とフレイヤの顔を、交互に見つめた。
思考が追いつかない。
――ダンス。
それも、フレイヤからの誘い。
「ちょ、ちょっと待ったー!?」
ヘスティアの声が、張り詰めた空気を破った。
「な、なんでそうなるのさ!?
ベル君は僕の眷属なのに!」
腕をぶんぶんと振り回しながら抗議するヘスティアに、周囲の神々は苦笑混じりの視線を向ける。
だが――フレイヤは微笑んだままだ。
「落ち着いて、ヘスティア」*4
声は静かで、柔らかい。
けれど、その一言だけで場は再び静まり返る。
「少しくらいいいじゃない。
あの子の後輩よ。私も興味があるの」
「で、でも……!」
「それとも――」
フレイヤは一歩だけ、ベルに近づく。
「私と踊るのは、お嫌かしら?」*5
美しい瞳が、ベルを見据える。
逃げ場はない。
だが、強制でもない。
――選択は、ベル自身に委ねられている。
「……ベルくぅん」
ヘスティアの声が、少しだけ弱くなる。
「無理しなくていいからね」
「……はい」
ベルは小さく息を吸い、フレイヤを見た。
視線が絡む。
圧倒的な存在感。
それでも、不思議と恐怖はなかった。
(……断ったら、角が立つ)
(でも……踊るのは……)
頭の中がぐるぐると回る。
だが、ふとアリーゼの言葉がよぎった。
――“自分を小さくしすぎない”。
ベルは、意を決して口を開いた。
「……ご、ご一緒させていただきます」
その瞬間、ざわり、と空気が揺れた。
フレイヤの微笑みが、ほんの少しだけ深くなる。
「ありがとう、ベル」*6
差し出された手を、そっと取る。
触れた瞬間、ぞくりと背筋を走る感覚。
熱でも冷たさでもない、“密度”のようなもの。
「……!」
思わず肩が強張るベルに、フレイヤは囁く。
「力を抜いて。
私に合わせればいいわ」
フレイヤの導きは的確だった。
一歩。
また一歩。
ベルのぎこちない足運びは、次第に整えられていく。
(……踊れてる?)
自分でも驚くほど、身体が自然に動いていた。
周囲の視線が集まっているのが分かる。
神々も、眷属たちも。
誰もが、この光景を見逃すまいとしている。
「ふふ……」*7
フレイヤが楽しげに笑った。
「素直ね。動きに迷いがない」
「そ、そんなこと……!」
「流石は、あの子の後輩ね。
そういうところは、あの子にそっくり」
その言葉に、ベルの胸が小さく跳ねた。
(……やっぱり)
名は出されずとも、誰を指しているのかは分かる。
自分が追いかけ、背中を見続けてきた存在――ミネ。
フレイヤはそれ以上を語らない。
だが、全てを見透かしたような微笑みが、逆に雄弁だった。
「あなたは、私の見たことのない輝きをしている」
音楽に溶けるほどの、小さな声。
「すごく……透明で、輝いてる」
「……」
ベルは言葉を探したが、見つからなかった。
否定も、肯定も――どちらも出来ない。
フレイヤの言葉は称賛でありながら、どこか危うい。
その奥に潜む“欲”を、隠そうともしない。
「……怖がらなくていいわ」
フレイヤはくるりとステップを変え、ベルを導く。
その動きはしなやかで、舞踏というより“狩り”にも似ていた。
「ミネがいる以上、誰も貴方を奪えない。
この私でさえもね」*8
一歩。
また一歩。
「けれど――」
美しい瞳が、楽しげに細められる。
「あの子は、力で奪うなら容赦しないけれど……
正攻法で手に入れるなら、口出しはしないわ」*9
その言葉に、ベルの胸が強く鳴った。
「ベル。正直に言うわ」
フレイヤは、はっきりと告げる。
「私は、貴方が欲しい」*10
その言葉は、あまりにも直接的だった。
比喩でも、冗談でもない。
――欲しい。
神が、人に向けて告げるには、あまりに重い言葉。
ベルは思わず息を呑んだ。
「……フレイヤ、様……?」
問いかけは、かすれた声になった。
フレイヤは否定しない。
誤魔化しもしない。
ただ、静かに、堂々と頷く。
「ええ。あなたという存在を」
ステップは続いている。
音楽も、まだ終わらない。
だが、ベルの意識は完全に彼女の言葉に縫い止められていた。
「あなたの強さも、優しさも、迷いも」
フレイヤの声は、どこまでも穏やかで、慈愛に満ちている。
「そして――
あの子に追いつこうとする、その在り方も」
ベルの胸に、熱いものが込み上げる。
(……そんなの)
言われる資格なんて、自分にはない。
そう思う一方で。
――否定しきれない自分が、確かにいた。
「でも」
フレイヤは、そこで一度言葉を切った。
赤い瞳が、真っ直ぐにベルを映す。
「私は、選択を奪わない」
その声音は、確かだった。
「欲しいと思っても、縛ることはしない。
従わせることもしない」
ベルは、驚いて目を見開く。
「……それは……」
「あなたが“自分の足で”私の元へ来るなら」
フレイヤは、微笑む。
「その時は、喜んで迎えるわ」
それは誘惑であり、試練であり、宣言だった。
音楽が、終わる。
最後の旋律が、大広間に溶けて消えた。
フレイヤは、優雅に一礼する。
拍手が起こる。
先ほどよりも、さらに大きく、熱を帯びた拍手。
だがベルには、その音が遠く感じられた。
「……」
ベルは深く息を吸い――
そして、はっきりと答えた。
「……ありがとうございます」
その声は、震えていなかった。
「そんな風に思っていただけるのは……光栄です」
一瞬、フレイヤの瞳が細められる。
「でも」
ベルは続ける。
「今の僕には、居るべき場所があります」
自分でも驚くほど、真っ直ぐな言葉だった。
「守りたい人がいて……
追いかけたい背中があって……
それを置いて、どこかへ行くことは出来ません」
フレイヤは、じっとベルを見つめていた。
怒りも、失望も、ない。
むしろ――嬉しそうですらある。
「そう」
小さく、息を吐くように笑う。
「それでこそよ。
私が求めた伴侶が、そう簡単に靡くとは思っていない」
フレイヤは一歩引き、距離を取る。
「今は、それでいいわ」*11
そして、最後に囁いた。
「覚えておいて。
あなたの未来に、私という選択肢があることを」
フレイヤは踵を返し、オッタルと共に去っていく。
神の宴は――
まだ、始まったばかりだった。
フレイヤ様をアルちゃん化した詫びとして全力でいい空気を吸わせに行く所存。
このSSのフレイヤ様は…
-
普通のフレイヤ様
-
アルちゃん味がブレンドされたフレイヤ様