ダンジョンで"救護"するのは間違っているだろうか   作:救護騎士団オラリオ支部

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太陽神の催し・中編

「よぉー、ドチビ!

 そのドレス、背伸びしてるみたいで笑えるわー!」

 

 耳に突き刺さるような快活な声。

 

 フレイヤとオッタルが去り、ざわめきが徐々に戻りつつあった大広間で、ヘスティアは思わず肩を跳ねさせた。

 

「……っ!?」

 

 挑発的な笑み。

 露骨なほどの敵意。

 

「ロ、ロキィィィ!!」

 

 振り返った先にいたのは、炎のような赤髪を揺らす女神。

 

 ――ロキ。

 

 オラリオでも屈指の大派閥、ロキ・ファミリアの主神。

 

「ふぅん、その子がドチビのとこの眷属子供か。

 ウチのアイズたんとは比べるまでもないなー」

 

 そう言ってロキは、わざとらしく背後を振り返った。

 

 ――はず、だった。

 

「……あれ?」

 

 きょろきょろと周囲を見回す。

 

「……あれあれ?」

 

 そして、次の瞬間。

 

「あ、あれー?

 アイズたーん!? どこいったんや~!!」

 

 間延びした声が、大広間に響き渡った。

 

「あ、あの……」

 

 ベルはおずおずと手を挙げ、去っていったフレイヤの方角を指差した。

 

「アイズさんなら……あそこに……」

 

 視線の先では、フレイヤとオッタルの背に向かって、金色の髪の少女が立っていた。

 一切の物怖じを見せず、静かに言葉を交わしている。

 

 ――間違いない。アイズ・ヴァレンシュタインだ。

 

「……」

 

 一瞬。

 

 ロキの動きが、ぴたりと止まった。

 

「……」

 

 そして次の瞬間。

 

「なんでフレイヤんとこにおるんやぁぁぁ!!?」

 

 大広間に、絶叫が木霊した。

 

「ちょ、ちょっとロキ! 声が大きい!」

 

 周囲の神々が一斉に振り返るが、ロキは意に介さない。

 

「アイズたん! 何しとんねん!

 あの色ボケ女神に近づいたらアカン言うたやろ!!」

 

 聞こえているもののアイズはオッタルに対し自身の問いの答えを待つ。

 

「……奴なら参加していないぞ。そもそも奴は無暗に表に出たりはしない」

 

 その答えを聞き、アイズはがっくりと肩を落とした。

 

「……そう」

 

 短く呟き、視線を床に落とす。

 ほんのわずかだが、確かに落胆の色があった。

 

「まだ探しとんのかいな。遠征から帰って来てからずっとやん。本当に居るんかいな。蒼髪のエルフなんて」

 

―ビクッ

 

 その言葉を聞いたベルがほんの一瞬だけ不自然に肩を強張らせた。

 

 そしてアイズはその所作を見逃さなかった。

 

「知ってるの?」

 

 分かりやすく反応したベルの前へ、アイズは一歩踏み出した。

 

 距離は、近い。

 

 思わず息を止めてしまうほど、真っ直ぐな視線。

 

「……え?」

 

 突然の接近に、ベルは完全に固まった。

 

 金色の髪が揺れ、澄んだ瞳が真正面から覗き込んでくる。

 敵意はない。ただ、純粋な疑問だけがそこにあった。

 

「蒼髪のエルフ」

 

 アイズは、静かに言葉を続ける。

 

「君は……知ってる?」

 

「……っ」

 

 周囲の空気が、一気に張り詰めた。

 

「ちょ、ちょっとアイズたん!?」

 

 ロキが慌てて割って入ろうとする。

 

「ドチビのとこの眷属子供なんかに近づいたらあかんやろー!きっと口にはできへんことされるでー!」

 

「ベル君がそんなことするかー!!」

 

 ヘスティアが即座に噛みつくように叫んだ。

 

 それを気にした様子もなく、アイズはさらに一歩、ベルとの距離を詰めた。

 

 近い。

 

 本当に、近い。

 

 吐息がかかるほどの距離で、澄んだ瞳が真正面からベルを射抜いている。

 

「……答えて」

 

 声は小さい。

 だが、拒否を許さない強さがあった。

 

「知ってるの?」

 

 蒼髪のエルフ。

 

 あまりに必死な姿にベルはつい聞いてしまう。

 

「何でその人を探してるんですか?」

 

 吐息が触れそうな距離。

 その金色の瞳が、ほんのわずかに揺れる。

 

「……」

 

 すぐには答えない。

 

 代わりに、視線を一度だけ伏せ――再び、ベルを見る。

 

「強くなりたいから」

 

 アイズの声は、静かだった。

 

 だが、その一言に宿る想いは、あまりにも重い。

 

「その人がどうやって強くなったか教えてほしいから、会って聞きたい」

 

 その彼女が口にした理由は、あまりにも真っ直ぐで、あまりにも不器用だった。

 

「……」

 

 ベルは、言葉を失った。

 

 どう答えるべきか分からない。

 軽く受け止めていい話ではないことだけは、はっきりと分かる。

 

 だからこそ――。

 

「……その人は」

 

 ベルは、ゆっくりと口を開いた。

 

「特別なことは、していないと思います」

 

 アイズの瞳が、わずかに見開かれる。

 

「最初から強かったわけでもなくて」

 

 一つずつ、噛みしめるように言葉を選ぶ。

 

「怖がって」*1

「迷って」*2

「何度も、立ち止まって」*3

 

 アイズは、じっと聞いていた。

 一言も挟まず、視線も逸らさない。

 

「それでも」

 

 ベルは、続ける。

 

「逃げなかったんです」

 

「逃げたいって思っても、怖くて足が震えても」

 

「……前に進んだ」

 

 アイズの指先が、ぴくりと動いた。

 

「多分、その人は――」

 

 ベルは、はっきりと言う。

 

「“強くなろう”としてたんじゃないと思います」

 

 沈黙。

 

 大広間の喧騒が、遠くに感じられる。

 

「“誰かを守りたい”って思った結果」

「気づいたら、強くなっていたんだと思います」

 

 アイズは、ゆっくりと息を吐いた。

 

「……そう」

 

 短い返事。

 

「やっぱり知ってるんだ」

 

 アイズの声には、確信があった。

 責める色も、探る色もない。ただ事実を受け止めた響き。

 

「教えて、どこに居るの?どこのファミリア…」

 

「はいはーい!アイズちゃん、そこまでー!!」

 

 明るく、それでいて有無を言わせぬ声。

 

 割って入ったのは、アリーゼだった。

 杯を片手に、にこやかな笑みを浮かべながらも、その立ち位置は明確に“遮る”ものだった。

 

「これ以上は、さすがにダメよ?」

 

「……」

 

 アイズは、わずかに眉を動かす。

 

「いくらあなたでも、踏み込んでいい線と悪い線があるわ」

 

「……」

 

 数秒の沈黙。

 

 やがてアイズは、静かに一歩下がった。

 

「……ごめんなさい」

 

 その一言は、素直だった。

 

 アイズは視線を落とし、ゆっくりと身を引く。

 

 だがその視線は未だベルを捕らえている。

 

 これは諦めてないわね。

 

 アリーゼは苦笑しながらも、これから先、絡まれ続けるだろうベルの未来を思い浮かべていた。

 

(……まあ、悪い縁ではないけれど)

 

 ただし――面倒なことになるのは間違いない。

 

「アイズちゃんとベルは初対面だっけ?」

 

「あっ、いえ、この前、中層に行った時に助けてもらって……」

 

「僕と一緒に水浴びを覗いた関係さ」

 

 ――一瞬。

 

 時間が、止まった。

 

「………………は?」

 

 アストレアの声は、低かった。

 

「…ヘルメス様?」

 

 アリーゼが即座に睨みを利かせる。

 

「はっはっは、冗談だ冗談!」

 

 ヘルメスは軽く手を振り、楽しそうに笑う。

 

「いやぁ、若いっていいね。誤解される関係が多くて」

 

「誤解じゃなくて完全にアウトな言い方なんですけど!?」

 

 ベルは顔を真っ赤にして叫んだ。

 

 その横で。

 

「……水浴び」

 

 ぽつり、とアイズが呟く。

 

「覗き」

 

 ベルの顔が真っ赤に染まる。

 

 確かにベルはヘスメスに誘われてロキ・ファミリア水浴びを覗いてしまった。

 

 しかし、それはヘルメスに騙されて行われたことであり覗かれたロキ・ファミリアの面々も一人を除き最終的には納得してくれた。

 

 最後まで許さなかった山吹色のエルフとも色々あったが最終的には和解している。

 

 しかし和解したとはいえこれは明らかにベルの落ち度、アイズは容赦なく突いてくる。

 

「許すから、教えて」

 

「こら!」

 

 ぱしん、と軽く音がするほど勢いよく、アリーゼはアイズの額を指で弾いた。

 

「いた」

 

 素直に小さく声を上げる剣姫。

 

「“許すから教えて”じゃありません。ほら、反省」

 

「……」

 

 アイズは一瞬だけ不満そうに唇を結び――すぐに視線を落とした。

 

「……むぅ」

 

 全くこの子は、いい子ではあるんだけど強くなることに貪欲すぎて、周りの事とかを考える余裕がなくなる時がある。

 

 アリーゼは内心で、そう評した。

 

「二人が複雑な関係なのはわかったわ」

 

「アリーゼさんはアイズさんとは知り合いなんですね。」

 

「えぇ、街の治安関連でロキ・ファミリアとは色々協力することも多いからね」

 

 アリーゼは肩をすくめ、軽く笑った。

 

 ちらりと、アイズを見る。

 

 金色の髪の剣姫は、まだどこか納得がいかない様子で、視線を床に落としたままだった。

 

「そうだ!強くなりたいなら私たちと一緒にベルを鍛えてみない?なんたってウチのベルは1ヵ月半でレベル2になった期待の新人なんだから!!」

 

 アリーゼの提案にアイズが目を見開く。

 

「…もしかして、リトル・ルーキー?」

 

 改めてベルを見れば噂のリトル・ルーキーの特徴とぴったりだ。

 

 白い髪に赤い目、兎のようなどこか頼りなさそうな少年。

 

 自身の1年というランクアップ最短を大幅に塗り替えた期待の新人。

 

「けっ、何がリトル・ルーキや!オッタルと合わせてウチのアイズたんのランクアップの話題が完全に空気になってもうたやないかい!!」

 

 ベルのレベル2到達の後、すぐにオッタルはレベル8へと昇格した。

 そして、その少し前――アイズ・ヴァレンシュタインもまた、レベル6へと到達している。

 

 本来であれば、オラリオ中が祝福して然るべき快挙が、立て続けに起こったはずだった。

 

 だが。

 

「なんでや……なんでこうも話題をかっさらわれるんや……」

 

 アイズ・ヴァレンシュタイン?

 

 レベル6?

 

 ふーん、すごいね。

 

 でもランクアップ最短のリトル・ルーキーとレベル8のオッタルのがすごくね?

 

 世間の反応はこんな感じだ。

 

 ロキは両手で頭を抱え、膝から崩れ落ちそうになっていた。

 

「ウチのアイズたんのレベル6到達やで!?

 オラリオ史に残る快挙やで!?

 なのに世間は――」

 

 ぎろり、とベルを見る。

 

「リトル・ルーキー!

 白兎!

 最短記録更新!

 やかましいわ!!」

 

「ひっ……!?」

 

 突然の八つ当たりに、ベルは肩をすくめる。

 

「……落ち着きなさい、ロキ」

 

 低く、静かな声が割って入った。

 

 アストレアだった。

 

「あなたが騒げば騒ぐほど、あなた自身の品格が疑われるわ。アイズの功績も大したものなんだから今はそれを喜んであげなさい」

 

「うぐっ……」

 

 正論だった。

 

 ロキはぐっと言葉を詰まらせ、頭を抱えたままその場にしゃがみ込む。

 

「分かっとる……分かっとるんや……。

 でもなぁ……」

 

 アイズ・ヴァレンシュタインの視線は、逃げ場を失った獲物のように、まっすぐベルを捉えていた。

 

 ――リトル・ルーキー。

 

 噂で聞いていた名。

 

 18階層で会った時はまだその名を知らなかったが再び対面しても、そんな偉業を成し遂げたようには見えない。

 

 細身の体。

 少し頼りなさそうな佇まい。

 今もロキの剣幕に怯え、肩をすくめている。

 

(……なのに)

 

 なぜか、目が離れなかった。

 

「……ベル」

 

 不意に、アイズが名前を呼んだ。

 

「は、はいっ!?」

 

 反射的に背筋を伸ばすベル。

 その様子を見て、ロキはまた眉を吊り上げる。

 

「ちょい待ちアイズたん!?

 なんでそんな親しげに呼んどんねん!?」

 

「名前だから」

 

「理由になっとらんわ!!」

 

「ロキ、少し静かにしなさい。

 今は“本人同士”の話よ」

 

「ぐぬぬ……」

 

 不満そうに唸りながらも、ロキは渋々口を閉じた。

 

 その間にも、アイズはベルから視線を逸らさない。

 

「……一緒に、訓練して」

 

「……え?」

 

「あなたと、戦ってみたい」

 

 場の空気が、一瞬で凍りついた。

 

 ベル本人は完全に思考停止していた。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!?

 僕、まだレベル2になったばかりで……!」

 

「知ってる」

 

 即答だった。

 

「だから、見たい」

 

「……?」

 

「あなたが、どうやって戦うのか」

 

 その言葉に、ベルは言葉を失う。

 

 純粋な探究心。

 剣姫アイズ・ヴァレンシュタインの“強さへの渇望”。

 

 そこには侮りも油断もなく、ただ真剣な意志だけがあった。

 

「なら決まりね! 今度、私たちの本拠に誘うわ!

 その時に一緒に訓練しましょう!!」

 

 アリーゼの声は朗らかで、しかし有無を言わせぬ勢いがあった。

 

「えっ!? い、今決まったんですか!?」

「決まったわ」

「即決!?」

 

 ベルが慌てて周囲を見るが、助け舟はどこにもない。

 

 あれ、ミネさんって結構な頻度で星屑の庭に来るけど鉢合わせとかしないよね?アリーゼさんそこら辺考えてるよね?*4

 

「ちょっと待てや!?」

 

 再び声を荒げたのはロキだ。

 

「アイズたんがドチビんとこの眷属子供と訓練!?そんなん認められるわけないやろ!!」

 

 ロキの怒声が、大広間に再び響いた。

 

「そもそもレベル差がありすぎるやろ!?

 ウチのアイズたんはレベル6やで!?

 そっちの兎はレベル2になったばっかりや言うたやないか!!」

 

 アリーゼは、ちらりとベルを見る。

 

「大丈夫ですって!

 ベルは“教わる側”でしょ?

 アイズちゃんにとっても、自分の剣を見つめ直すいい機会になるわ」

 

「ぐ……」

 

 ロキは言葉に詰まる。

 

 反論したい。

 だが、内容としては至極まっとうだ。

 

「……アイズたんはどう思っとるんや」

 

 ロキは、渋々アイズに視線を向けた。

 

 金色の剣姫は、ほんの一瞬だけ考える素振りを見せ――

 

「やりたい」

 

 はっきりと、そう言った。

 

「……」

 

 ロキが固まる。

 

「ベルと、戦ってみたい」

「剣を交えて、見たい」

「それが、強くなる手がかりになる気がする」

 

 真剣な声音。

 揺らぎのない視線。

 

 そこに、ロキが知る“剣姫”以外の感情はなかった。

 

「……あかん、頭痛なってきた……」

 

 ロキは額を押さえ、ふらりとよろめいた。

 

「……条件付きや」

 

 しばしの沈黙の後、ロキは低く言った。

 

「条件付きでなら、認めたる」

 

「条件?」

 

「ウチの団員も立ち会わせる」

 

 そして、ぎろりとベルを睨む。

 

「あと――」

 

「変なことしたら、即刻地の果てまで追いかけるからな?」

 

「し、しません!!」

 

 ベルは反射的に叫んだ。

 

 それを聞いて、ロキは少しだけ溜飲を下げたように鼻を鳴らす。

 

「……しゃあないな」

 

 大きく息を吐き、ロキは肩をすくめた。

 

「アイズたんがそこまで言うならや、アストレアんとこの眷属子供達もいれば心配もないやろうし」

 

 そう言いながらも、ロキの口元にはわずかな笑みが浮かんでいた。

 

 ――決まった。

 

 ベル・クラネルとアイズ・ヴァレンシュタインの訓練。

 

(……ミネさん)

 

 ベルの脳裏に、ふと蒼髪のエルフの姿がよぎる。

 

 もし、この場に彼女がいたら。

 このやり取りを見たら、どんな顔をするだろうか。

 

 困ったように笑うか。

 それとも、静かに何かを考えるか。

 

 ――今は会わせるべきではない。

 

 ベルは、なぜか直感的にそう思った。

 

 こうして――

 祝宴の裏で交わされた小さな約束は、

 やがてオラリオ全体を巻き込む“新たな縁”の始まりとなる。

*1
あの子が怖がってるのなんて見たことないわbyアリーゼ

*2
猪突猛進と言って良いくらいにいつも一直線だったぞby輝夜

*3
少なくともアルフィアの件以外で立ち止まったところは見たことがありませんbyリュー

*4
考えてない




アイズとは初対面だったりロキ・ファミリアがミノタウロス戦を目撃していなかったりと差異はありますが18階層の件は概ね原作通り。

このSSのフレイヤ様は…

  • 普通のフレイヤ様
  • アルちゃん味がブレンドされたフレイヤ様
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