ダンジョンで"救護"するのは間違っているだろうか 作:救護騎士団オラリオ支部
ギルド受付。
多くの冒険者が日々集まる場所に、ベル・クラネルは足を踏み入れていた。
鎧の擦れる音、笑い声、怒号、紙束を叩く音。
オラリオという都市の鼓動が、そのまま形になったかのような空間だ。
隣には、蒼髪のエルフの少女――ミネ。
その横顔は静かで、どこか堂々としている。
そしてもう一方。
炎のような赤髪を揺らし、周囲をまるで意に介さず堂々と歩く女性――アリーゼ・ローヴェル。
ミネの冒険者登録を行うため、念のためアリーゼも同席することになったのだ。
(……紅と蒼で並ぶと、すごく映えるな)
場違いにもそんな感想が浮かび、ベルは小さく首を振った。
今はそれどころじゃない。
視線が集まっている。
いや、“集まらないはずがない”。
「……あれ、ベル・クラネルだろ?」
「赤髪はアリーゼ・ローヴェル……?」
「じゃあ、隣のエルフは誰だ?」
ひそひそとした声が、さざ波のように広がっていく。
ベルは背筋を伸ばし、ミネの歩調に合わせて歩いた。
当の本人は、そうした視線をまるで気にしていない。
「緊張は?」
アリーゼが横目で尋ねる。
「いいえ」
即答だった。
「ただ……少し、感慨深いだけです」
「感慨?」
「はい。ここは、冒険者として“名を刻む”場所ですから」
その言葉に、ベルの胸がきゅっと締まる。
自分がここで初めて登録した日のことを思い出したのだ。
震える手。
小さな期待と、不安。
――そして、始まり。
三人は受付カウンターの前に立った。
「次の方――」
顔を上げた受付嬢、エイナ・チュールは、ほんの一瞬目を瞬かせた。
「……ベルくん? それに、アリーゼさん」
「こんにちは、エイナさん」
「今日は付き添いよ」
アリーゼが簡潔に告げる。
エイナの視線が、自然とミネへ移った。
「こちらの方は……?」
ミネは一歩前へ出た。
その動きに、迷いはない。
「ミネ・シルヴァリエと申します。本日は冒険者登録を行いに参りました」
凛とした声だった。
若い少女のものとは思えないほど、落ち着きと芯を持った声音。
「もしかしてヘスティア・ファミリアの?」
エイナの問いに、ミネは一拍だけ間を置いた。
それは迷いではない。言葉の重みを確かめるための、静かな間だった。
「はい。ヘスティア・ファミリア所属、ミネ・シルヴァリエです」
その瞬間、受付周辺の空気がわずかにざわめいた。
「……ヘスティア・ファミリア?」
「この時期に……?」
ひそひそ声は、すぐに質を変える。
「数日後にはアポロン・ファミリアとの戦争遊戯が控えてるってのに……」
「今から登録? 正気かよ……」
あからさまな困惑と、同情と、警戒。
それらが混じり合った視線が、ミネへと向けられる。
ベルの胸が、きゅっと縮んだ。
(……やっぱり)
分かってはいた。
この時期に“ヘスティア・ファミリア”の名を出せば、こうなる。
だが――ミネは微動だにしなかった。
ざわめきを背に受けながらも、背筋は真っ直ぐ。
視線はエイナから逸れない。
「……承知しました」
エイナは一度だけ周囲を見渡し、静かに告げる。
「では、手続きを続行します。こちらへ」
その声は、意図的に少し強かった。
無用な私語を断ち切るための、受付嬢としての矜持。
書類が差し出される。
「氏名は記載済みですね。次に、種族、所属ファミリア――、…あの、レベルの記載をお忘れですが?」
「必要ないわ」
それを、アリーゼが遮るように言った。
「……アリーゼさん?」
エイナが一瞬だけ目を瞬かせる。
「ヘスティア・ファミリアは――」
アリーゼの声は、はっきりと場に響いた。
「ギルド側に対し、冒険者一人のレベル開示義務の拒否権を、ミネに対して施行させてもらうわ」
一瞬、ギルド受付周辺の空気が凍りついた。
「……拒否権……?」
「そんなの、聞いたことあるか……?」
「特例扱い、ってやつか……?」
冒険者たちの囁きは、困惑と警戒を含んだ低い声へと変わっていく。
エイナは、ゆっくりと瞬きを一つした。
「……確認します」
感情を抑えた、受付嬢としての声。
上司へ確認を取り、エイナは静かに頷いた。
「……確認が取れました。確かに、ヘスティア・ファミリアの申請による“レベルの秘匿登録”は有効です」
その言葉が落ちた瞬間、再びざわめきが広がる。
「ただしこれは今回限りの特例であり――」
エイナは言葉を区切り、事務的な口調で続けた。
「ミネ・シルヴァリエ氏以外には以後、このような特別措置は行われません。また、誓約書の中に『他ファミリアから改宗した者は対象外』とありますので、彼女が他派閥からの出身でないことを証明していただく必要があります」
「……承知しました」
ミネは一切ためらうことなく、そう答えた。
「私は、ヘスティア・ファミリア以外のいずれのファミリアにも所属した経歴はありません。恩恵もヘスティア様に頂き、転籍、改宗、いずれにも該当しないことを誓約いたします」
澄んだ声だった。
虚飾はなく、事実だけを静かに差し出す響き。
エイナは一度、その場に居た神々に彼女の言葉に嘘がないかを確認し、書類に目を通す。
神々が彼女の言葉に嘘がないと言った以上、彼女は間違いなくレベル報告義務の拒否権を有することとなる。
エイナは小さく息を整え、羽根ペンを置いた。
「――確認が取れました」
その一言が、静かに場へ落ちる。
「神々による照合の結果、ミネ・シルヴァリエ氏の申告に虚偽は認められません。よって――」
彼女ははっきりと告げた。
「当該冒険者は、ギルドとの誓約により、“レベル報告義務の拒否権”を正式に有するものと認定されます」
どよめきが、今度は抑えきれずに広がった。
「レベル秘匿を“認定”される冒険者なんて……」
「でも他派閥に所属してないってことは所詮レベル1だろ」
「今度の戦争遊戯をちょっとは盛り上げてくれよ」
アリーゼは肩を震わせ、小さく息を吐いた。
笑いを堪える、というより――吹き出さないための努力に近い。
(レベル1? ちょっと盛り上げて、ね……)
その緑の瞳が、ちらりとミネを見る。
静かに立つ蒼髪のエルフは、相変わらず微動だにしない。
――知らないというのは、幸せだ。
アリーゼはそう思った。
あのダンジョンでの光景を。
血と理不尽が渦巻く地獄で、ミネが何をしてきたかを。
アリーゼは小さく肩を竦め、内心の複雑さを飲み込んだ。
(解放されたら……絶対に加減しないわよね、あの子)
レベルの秘匿という状況に抑えられていたミネが、正式に解き放たれたのだ。
それが何を意味するか――アリーゼは、嫌というほど理解していた。
これから大変ね、ライラ!
だから同僚に丸投げする気満々だった。
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ロキ・ファミリアの本拠、『黄昏の館』の応接室で二人の小人族が顔を合わせていた。
向かい合って座る二人の小人族。
一人は、言わずと知れたロキ・ファミリア団長――フィン・ディムナ。
そしてもう一人は、アストレア・ファミリアの参謀役――ライラ。
「よぉ、勇者サマ。そろそろ身を固めた方がいいんじゃねぇか?」
ライラは肘をつき、にやにやと意地の悪い笑みを浮かべる。
「ほら、ここに丁度よさそうなレベル5の小人族がいるぜ?」
「はっはっはっ」
乾いた笑い声で受け流したフィンは、カップを静かにソーサーへ戻した。
「おい、ごまかすな。ったく、アタシの何が不満だってんだよ。レベル5の女小人族なんて最高の優良物件じゃねぇか」
ライラは胸を張り、わざとらしく腕を組む。
「今日はアストレア・ファミリアとしてロキ・ファミリアに依頼があって来た」
その一言で、場の空気が切り替わった。
フィンは微かに目を細める。
「珍しいね。君達が僕たちに“依頼”をするというのは」
「それだけこっちも切羽詰まってるんだよ。下手すりゃ都市壊滅の案件だ」
「都市壊滅、か……」
フィンは軽く息を吐き、背もたれに身を預けた。
冗談として流すには、ライラの声音があまりにも真剣だった。
「こっちにはそんな予兆すら無いんだけど…、それは比喩表現ということでいいかな?」
「いいや、マジだ。最悪を引き続ければオラリオは壊滅するってのがアタシらの総意だ」
逆に言えば、よほど運が悪くなければ何事もないということではある。
「その最悪を引かないようにするにゃ、ロキ・ファミリアの名が欲しい。それだけで最悪の事態は回避できる」
「へぇ、僕たちの名が。それで何をする気かな?」
フィンの声音は柔らかい。
だが、その目は一切笑っていなかった。
ライラは一瞬だけ口角を上げ、そして真顔になる。
「簡単な話だ」
彼女は淡々と告げ、一枚の羊皮紙を差し出す。
「……これは?」
フィンは視線だけでそれを追い、すぐには手を伸ばさなかった。
「ヘスティア・ファミリアがギルドが結んだ誓約書だ。もしギルドがこの誓約を違えようとした時に、ロキ・ファミリアもギルドに非難声明を出すことの確約が欲しい」
ヘスティア・ファミリアと言えば、今やオラリオ中を騒がせているファミリアの一つだ。
フィンは羊皮紙から視線を上げずに静かに口を開いた。
「……わかっていると思うけど、僕たちの名は重い。それに見合う報酬はあるのかな?」
「ある情報を報酬として渡す。とびっきりの情報だぜ。アンタらがこの前の遠征で損失した分が丸々補えるレベルだ」
ライラの言葉に、フィンの指がわずかに止まった。
「……へぇ」
羊皮紙から、ようやく視線を外す。
「“損失を補える”と言ったね」
「ああ」
ライラは即座に頷いた。
「遠征で失った武具、消耗した魔剣、消費したマジックアイテム――
金銭で補えるものなら、次の遠征分まで稼げるかもな」
フィンは静かに目を細めた。
(安い挑発じゃない……)
ロキ・ファミリアの遠征。
それがどれほどの規模で、どれほどの損耗を伴ったか。
それを“丸ごと補える”と断言する以上、相当の裏付けがある。
問題はギルドと事を構える可能性があることだが…、
「因みにフレイヤ、ヘファイストス・ファミリアからも連名で非難声明が出されることになる。勿論アタシ達からもな」
ならば迷う必要がない。
ギルドもこの面子相手に事を構えることなどありえない。
「…そこまで用意周到なら僕たちはいらないんじゃないか?」
「保険だよ、保険。99%を100%にしておきたいんだこっちは」
フィンはしばし沈黙したままライラを見つめていた。
勇者の仮面の奥。
計算と警戒と、そして僅かな興味が、静かに渦を巻く。
「……了承しよう」
その一言で、空気が確定した。
ライラは椅子から立ち上がり、新たな羊皮紙をフィンの前に滑らせた。
「じゃあ成立だ。
ロキ・ファミリアは、ギルドが誓約を破った場合、非難声明を出す」
フィンは羊皮紙を取り、内容に目を通し、問題がないことを確認してからサインをした。
「じゃあ、さっそく教えてもらおうか。君の言うとびっきりの情報と言うやつを」
フィンの言葉は静かだったが、逃げ道を塞ぐ響きを帯びていた。
ライラは一瞬だけ口角を上げ、そして真顔になる。
「ミネ・シルヴァリエ」
何故その名をっ…!?
口には出さなかったが、ライラの笑みから動揺してしまったことは伝わってしまったようだ。
「会ったんだろ? 聞いてるぜ、アタシ達の妹分がずいぶん世話になったってな」
「まさかっ――」
フィンの声が、わずかに上ずった。
勇者としての冷静さを保とうとする意志とは裏腹に、その名が引き起こした衝撃は隠しきれない。
「……アストレア・ファミリアが彼女を匿っていたのか?」
「大変だったぜ。アイツを隠しきるのは」
ライラは肩を竦め、苦笑する。
「アイツはアタシらが育てた。つっても勝手に育ったようなもんだったが」
フィンは小さく息を吐いた。
レベル9――それは、扱いを誤れば都市を壊す。
そして先ほどの誓約書に書かれた内容を思い出し…、
「彼女は、ヘスティア・ファミリアなのか?」
点が、線になる。
ギルドでの特例。
フレイヤとヘファイストスの連名。
そして、ロキ・ファミリアを“保険”として引き込む周到さ。
「なぜ、ヘスティア・ファミリアなんだ?」
勇者は、率直に疑問を投げた。
「もっと安全なファミリアはいくらでもあったはずだ。
それこそアストレア・ファミリアに改宗すればよかったはずだ」
「納得しねぇからだよ」
ライラは、即答だった。
迷いも、含みもない。
「アイツはな、確かにいい子ちゃんだよ。力に溺れず善良で素直だ。
でも納得できないことだけは絶対に譲らねぇ」
フィンは、わずかに眉を動かす。
「一度だけヘスティア様が改宗をアイツに勧めたことがあった。ウチに入れば確かに安全だからな。
でもアイツは怒りながら拒否した」
一度だけ――確かに、あった。
ライラは肘をついたまま、少しだけ視線を落とす。
「『それは違います』ってな。アイツ、珍しく声を荒げたんだぜ」
フィンは黙って聞いていた。
「『私は、ヘスティア様に選ばれたのではありません。
私が、ヘスティア様を選んだのです』――ってな」
その言葉が、応接室に静かに落ちる。
「安全だからとか、守られるからとか。
そういう理由で所属を決めるなら、それは私が憧れた私に対する裏切りだってな」
ライラは鼻で小さく笑った。
「面白い奴だろ? クソ生意気だけど」
あの馬鹿弟子めとライラが苦笑いする。
「……ヘスティア・ファミリアは、戦争遊戯を控えている」
「あぁ」
「そこに、彼女が出てくる」
ライラは、口角を上げた。
「今やオラリオじゃ戦争遊戯の賭けで溢れている」
賭けをしている者の大半はアポロン・ファミリアに賭けている。
だが実情を知る者たちはヘスティア・ファミリアの勝利を確信している。
ライラも個人資産の大半はヘスティア・ファミリアにベット済みだ。
ロキ・ファミリアもこれに乗れば遠征分の資金など簡単に集まるだろう。
ライラから情報を受け取ったフィンは、戦争遊戯が始まる数日の間に団員を走らせ、資金を調達するめどを立てていくのだった。
【悲報】ミネ、解放される【もう助からないゾ】
ここからはどんなにミネが救護活動をしようとギルドに遠慮する必要は無いな。
このSSのフレイヤ様は…
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普通のフレイヤ様
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アルちゃん味がブレンドされたフレイヤ様