ダンジョンで"救護"するのは間違っているだろうか   作:救護騎士団オラリオ支部

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戦争遊戯の後始末

 戦争遊戯ウォーゲームの事後処理は存外スムーズに終わった。

 

 アポロンは全財産を没収され、向こう百年はオラリオへの立ち入りを禁じられる重い処分を下された。

 神としての威光も、都市に築き上げた地位も、すべてを一瞬で失った形だ。

 

 眷属たちについては、ヘスティアの裁定により、希望者には改宗の自由が与えられた。

 結果として、その半数以上が新たな神を求め、あるいは生き残るために、別のファミリアへと移籍していった。

 

 残った者たちは――アポロンを、神として、主として、心から慕っていた者たちだった。

 

 彼らは何も言わず、ただアポロンの後を追い、オラリオを去っていった。

 没落した神と共に、都市の外へと消えていくその背中を、ギルドは引き留めたが彼らが従うことはなくアポロンを追っていった。

 

 それが、この都市における“敗北”の意味だった。

 

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「どこへ行くつもりだい? アイズ」

 

 フィンの問いかけに、足を止めたアイズ・ヴァレンシュタインは、ほんの一瞬だけ視線を伏せた。

 

「……少し、外に」

 

 短い返答だった。

 

 それだけで、嘘ではないが、すべてを語っていないことは明白だった。

 

「“少し”で済む顔じゃないね」

 

 フィンは穏やかな笑みを浮かべながらも、鋭い眼光を向ける。

 

「前にも言ったけど…、」

 

 フィンは軽く肩をすくめた。

 

「今はミネ・シルヴァリエに会いに行くことは控えてくれ。

 一番会いに行きたいだろうレフィーヤだって、我慢しているんだからね」

 

 その言葉に、アイズはわずかに眉を動かした。

 

戦争遊戯ウォーゲームが終わったばかり。

 今の彼らは僕達に構う余裕がないほど忙しい筈だ」

 

 フィンの言葉は穏やかだったが、そこには団長としての明確な判断が込められていた。

 

 アイズは、しばらくの間、黙っていた。

 

 否定も反論もない。

 だが、納得しきれていない沈黙だった。

 

「……分かってる」

 

 ようやく口を開いたアイズの声は、小さく、けれど確かだった。

 

「それでも……気になる」

 

 戦争遊戯ウォーゲームで見た光景が、脳裏から離れない。

 

 白い髪の少年が、恐怖を押し殺しながら前へ進む姿。

 そして、その少年の後を継ぎ、蒼い光と共に敵を退けた少女――ミネ・シルヴァリエ。

 

「今は我慢するんだ、アイズ。レフィーヤの件もある。

 彼らの方から来てくれるさ」

 

 フィンの言葉は、諭すようでいて、どこか確信に満ちていた。

 

 アイズは、ゆっくりと息を吐いた。

 

「……うん」

 

 短い返事。

 だが、その声音には、確かに折り合いをつけようとする意思が滲んでいた。

 

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「いやぁぁぁぁぁあ!!?」

 

 戦争遊戯ウォーゲームを終えて数日。

 

 ベル・クラネルは、アストレア・ファミリアの面々に囲まれ、情けない悲鳴を上げていた。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!?

 どうして僕が――!」

 

戦争遊戯ウォーゲームで最後の一撃で油断をしましたね!アリーゼから忠告を受けていたのにもかかわらず!!」

 

 鋭い声と同時に、木剣が唸りを上げて迫る。

 

「ひっ……!」

 

 反射的に身を引いたベルだったが、次の瞬間には退路を断つように横薙ぎが飛んできた。

 

「甘いです!」

 

 叩き落とされる木剣。

 足元を払われ、ベルは無様に地面へ転がった。

 

 先日の戦争遊戯ウォーゲームを潜り抜けベルはレベルを昇華させていた。

 

 それでもなおリューには遠く及ばない。

 

「ほらほら、ベル!あの時みたいに油断しちゃだめよ!!」

 

 アリーゼの張りのある声が、訓練場に響く。

 

「最後に勝ったからって、気を抜いたら――」

 

 言葉の途中で、彼女はにやりと笑った。

 

「こうなるんだから!」

 

「うわっ――!?」

 

 再び迫る木剣。

 ベルは慌てて跳ね起き、転がるように距離を取る。

 

 汗が額から滴り落ち、視界が滲む。

 腕も脚も悲鳴を上げていた。

 

「何を休んでいる。怪物がそんな暇を与えると思っているのか?」

 

 輝夜がベルの死角から蹴りを入れる。

 

「げふっ!?」

 

 肺の空気を一気に吐き出しながら、ベルの身体が宙を舞った。

 背中から地面に叩きつけられ、視界が一瞬白く弾ける。

 

「油断、判断の遅れ、索敵不足。三点減点だ」

 

 輝夜は冷ややかな声でそう告げ、足を引いた。

 

「ま、まだ続くんですか……?」

 

 必死に上体を起こすベルに、リューが無言で木剣を構える。

 その姿勢だけで、逃げ場がないことを悟らされた。

 

「当然です」

 

 静かな声だった。

 

戦争遊戯ウォーゲームでは、貴方はよく戦ったと褒めてあげたいところです。

 しかし、最後の油断は見過ごすことが出来ません」

 

 リューの声は静かだったが、容赦はなかった。

 

「勝利した瞬間、油断した。

 敵が残っていたにもかかわらずです」

 

 木剣の切っ先が、ベルの胸元で止まる。

 

「ダンジョンなら、そこで死んでいます」

 

「……っ」

 

 ベルは言葉を失い、唇を噛みしめた。

 

「ベル、言い返してみなさい」

 

 アリーゼが腕を組み、挑むように言う。

 

「今の評価に、反論がある?」

 

「……ありません」

 

 絞り出すような声だった。

 

「僕は……最後、勝ったことに安心してました」

 

「正直でよろしい」

 

 輝夜が鼻で笑う。

 

「だが、正直な死人は山ほどいる」

 

「っ……!」

 

 ベルは拳を握りしめる。

 

 悔しさが胸を焼いていた。

 

「悔しさなど抱いている暇はないぞ」

 

 そんなベルを輝夜が容赦なく追撃する。

 

「ちょ、ちょっと待って――!」

 

 同じくリューも輝夜に追随する。

 

「待ちません」

 

 即答だった。

 

「怪物は、待ってくれませんから」

 

 次の瞬間、アリーゼが前に出る。

 

「ほらほら! 今度は逃げるだけじゃダメよ!」

 

 左右から輝夜とリューが詰める。

 

「う、うわぁぁっ!?」

 

 ベルは必死に身を翻し、攻撃を受け流し、転び、立ち上がり、また避ける。

 

 視界が揺れる。

 呼吸が荒くなる。

 だが――

 

(まだ……!)

 

 倒れない。

 

 歯を食いしばり、足を前に出す。

 

 ベルの憧れはこの人たちよりも遥か遠くに居るのだから。

 

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「なぁ、ギルド長? アタシは耳がおかしくなったみたいだ。もう一度言ってくれよ」

 

 ギルド本部、重厚な石壁に囲まれた一室。

 

 机を挟んで向かい合うロイマンを睨みつけながら、ライラは眉をひそめた。

 

 その隣に座るミネは無表情のままロイマンを見つめているがライラはこっちの方が怖くて仕方ない。

 

「何度も言わせるな。ミネ・シルヴァリエのレベル申請の拒否権は剥奪させてもらう」

 

 ロイマンの言葉は、はっきりとした通告だった。

 

「おいおい、ヘスティア・ファミリアは正当な権利を施行させてもらっただけだぜ?ギルド側の都合でそれは無いだろう?」

 

 ライラの声は低く、苛立ちを隠していなかった。

 

 だがロイマンは、眉一つ動かさない。

 

「ミネ・シルヴァリエの能力は明らかにレベル6の領域にある。

 そんな者がレベルを隠すなど、許されるはずがない」

 

 その言葉に、部屋の空気が一段冷えた。

 

「……はっ」

 

 ライラは短く笑った。

 

「ずいぶん都合のいい理屈だな、ギルド長。

 で、こっちとしては別にそれに従ってやる理由なんてねぇぞ?」

 

 ライラの挑発的な視線を、ロイマンは正面から受け止めた。

 

「従わないというならヘスティア・ファミリアからの魔石の買取は拒否させてもらう」

 

 一瞬、空気が凍りついた。

 

「……は?」

 

 ライラの口から漏れた声は、怒りよりも困惑に近い。

 

「それが“中立”を名乗る組織のやることかよ、ギルド長」

 

「感情論で話しているわけではない」

 

 ロイマンは淡々と続ける。

 

「魔石はギルドを通じて流通する、都市の血液だ。

 それを管理するのも、ギルドの責務」

 

「責務ねぇ……」

 

 ライラは机に手をつき、身を乗り出す。

 

「脅しか? それとも交渉のつもりか?」

 

「事実を告げているだけだ」

 

 ロイマンの視線が、初めてミネへと向けられた。

 

「ヘスティア・ファミリアは戦争遊戯ウォーゲームによって一躍注目を浴びた。

 ベル・クラネル、そして――ミネ・シルヴァリエ」

 

 名を呼ばれても、ミネは表情一つ変えない。

 

「特に君は問題だ。

 明らかな高レベルな冒険者に対しレベルの秘匿などいう特別措置を許してみろ。

 他ファミリアからの反感は避けられない」

 

「それを調停するのもギルドの仕事だろ?お前たちの怠慢をこっちに押し付けるなよ?」

 

 ライラの目が細くなる。

 

「正直に言えよ。

 予想外に強かったから、ヘスティア・ファミリアからもっと搾り取りたいだけだろ?」

 

 部屋の空気が、完全に凍り付いた。

 

 だが――ロイマンは否定しなかった。

 

「……“搾り取る”か」

 

 低く、抑えた声。

 

「言葉は選んでほしいものだな」

 

「選んでやってるよ。十分にな」

 

 その時、隣に座っていたミネが、静かに口を開いた。

 

「ギルド長」

 

 澄んだ声だった。

 

 張り上げるでも、感情を乗せるでもない。

 ただ、よく通る声。

 

「……何だね」

 

「一つ、確認させてください」

 

 ミネは背筋を伸ばしたまま、まっすぐにロイマンを見つめる。

 

「私がギルド規約を破った事実は、ありますか?」

 

「……ない」

 

「では」

 

 ミネは、そこで一拍置いた。

 

「私に対する特別措置の取り消しはギルド側の一方的な要求にすぎません。

 ヘスティア・ファミリアがそれに従う理由もありません」

 

 ミネの言葉は、静かだった。

 

 だが、その静けさこそが、部屋の空気を張り詰めさせる。

 

「……規約は、絶対ではない」

 

 ロイマンは即座に切り返す。

 

「都市の安定を損なう恐れがある場合、ギルドは例外的措置を取る権限を持つ」

 

 弱小であるヘスティア・ファミリアなら何とでもなると思っている。

 

 しかしライラは札の切り時を間違えない。

 

 なぜならこの事態は十分予想できた範囲内。

 

 だからこそ、手札は十分に用意してきた。

 

「ならアストレア・ファミリアとしてギルドに対し正式な非難声明を出させてもらおう」

 

「ふん、アストレア・ファミリアだけなら何とでも…」

 

「同時にロキ、フレイヤ、ヘファイストス・ファミリアからも連名で非難声明が出されるとしてもか?」

 

 ライラは羊皮紙を取り出し机に置いた。

 

 ロイマンの目が見開き、声にならない息が喉で詰まった。

 

「……なに?」

 

 掠れた声。

 

 机に置かれた羊皮紙を掴みかけ、しかし指が止まる。

 

「ロキ……フレイヤ……ヘファイストス……?」

 

 ロキ、フレイヤ、アストレア、ヘファイストス。

 

 全てこのオラリオにおいて無視できない勢力だ。

 

 特にロキ、フレイヤ・ファミリアはオラリオにおける最大派閥。

 

 如何にギルドといえど…、この面子に一斉に非難声明を出されるのは分が悪すぎる。

 

 ロイマンには……ギルドには、

 

 この一手を真正面から受け止めきる力はなかった。

 

 結局、ロイマンはミネの権限を剥奪する事は叶わず現状を維持することしかできないのだった。




アストレア・ファミリアのメンバーは現状でアリーゼ、輝夜、リュー、ライラしか出ていませんが他メンバーもちゃんと存命してます。
なんなら半分くらいベル君に落とされかけてます。

このSSのフレイヤ様は…

  • 普通のフレイヤ様
  • アルちゃん味がブレンドされたフレイヤ様
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