ダンジョンで"救護"するのは間違っているだろうか 作:救護騎士団オラリオ支部
破壊神を破壊しに行くので次も間が空くと思います。
アストレア・ファミリアにベルを預けたその足で――
ミネはもう一つの目的地、フレイヤ・ファミリアの本拠『戦いの野』へと足を運んでいた。
アルバイトとして何度も顔を出していることもあり、ミネはすでにこの場所の団員たちの間でもよく知られた存在だった。
そのため警戒されることもなく、彼女は穏やかに挨拶を交わしながら奥へと進んでいく。
そして目の前に広がったのは、名の通りの“戦場”だった。
広大な原野の各所で、フレイヤ・ファミリアの団員たちが容赦なく刃を交えている。
血飛沫が大地を染め、骨が砕け、叫びと咆哮が交錯する。
だがその光景に、狂気中にも純粋な“美”があった。
それは――女神への《祈り》。
愛を得るための《洗礼》。
命を削り、限界を超え、死線を踏み越えるその姿は、
見る者の心を凍らせるほど静謐で、そして痛ましいほどに美しかった。
ミネはわずかに眉をひそめる。
血と鉄の匂いが混ざるこの空気――それは、彼女が信じる“救う者”の在り方とは最も遠い。
それでも胸の奥でそっと息を整え、思考を静めた。
ここは“狂気”ではなく“信仰”の場。
他の派閥が口を出すことは、出過ぎた行為だ。
そう自らを戒めながら、ミネは戦場の中心へと目を向けた。
流れる桃色の髪が風に揺れ、杖の先に光を灯す少女がいる。
――ヘイズ・ベルベット。
傷ついた団員に向けて杖を掲げ、淡い癒しの光を注ぐ。
裂かれた肉が再生し、砕けた骨が繋がり、失われた呼吸が戻る。
だが、治癒を終えた者たちは再び戦場へと駆けていく。
“癒し”が“戦い”を支える――その矛盾を、彼女は一切の迷いなく受け入れていた。
「……だいぶ、疲れているようですね」
ミネは小さく呟き、わずかに微笑んだ。
その瞳には、憐れみでも哀しみでもなく、ただ静かな慈しみが宿っている。
ヘイズが次の治療を終え、ふと顔を上げた。
薄紅の瞳がミネを捉えた瞬間、世界が一瞬、静止する。
「――ミ、ミネ……?」
杖が手から滑り落ち、乾いた音を立てて地に転がった。
そして次の瞬間、彼女は駆け出していた。
「ミネぇぇぇぇええっ!!」
勢いのまま抱きつかれ、ミネはわずかによろめく。
薄紅の髪が頬をくすぐり、嗚咽が胸元に滲む。
「ううぅ……! ミネぇぇぇぇっ……昨日帰ってきたって話だったけど、こんなにすぐに来てくれるなんてぇぇぇぇっ!!」
ヘイズはまるで子どものように泣きじゃくった。
震える肩がミネの胸の奥に沁みていく。
その涙は、ただの再会ではなく、“救われた者”の涙だった。
「お久しぶりです、ヘイズさん。三か月も間を空けてしまい、申し訳ありません」
「ほんとよぉ……! あなたがいない間、休む暇もなかったんだからぁ……!」
周囲で治療していた《満たす煤者達(アンドフリームニル)》たちもざわめき出す。
「ミネさんだ……!」「ようやく休める……」と涙ぐむ姿すらあった。
「――では、早速ですが仕事を始めても?」
ミネの穏やかな声に、ヘイズは涙を拭い、勢いよく頷いた。
「もちろんっ! もうミネがいてくれるなら百人力よっ!」
杖を拾い上げたヘイズは、いつものように背筋を伸ばした。
目の下に刻まれていた薄い隈が、どこか消えていくように見えた。
ミネは苦笑を漏らしつつ、そっと両手を組む。
空気が変わった。風が、祈りの静寂を運んでくる。
「命は流転し、終わりを拒む。
絶えぬ息吹よ、我が祈りに応え、傷を縫い、痛みを鎮め、穢れを祓え。
いま、希望の灯を繋ぎとめよ――《ヴィータ・コンティヌア》!」
その声が空を震わせた。
光が広がり、戦場に柔らかな風が吹き抜ける。
血の匂いに満ちた空気が、わずかに澄み渡っていく。
倒れ伏していた者が立ち上がり、息を吹き返す。
しかし――ミネが“救う”と認めぬ者には、何の変化も訪れない。
これが、ミネの持つ魔法。
【命は還り、祈りは連なる(ヴィータ・コンティヌア)】。
発動すれば、命は流れ続ける。
骨が繋がり、肉が再生し、時に穢れすら洗い流す。
それはまるで、“生きる”という概念そのものを継ぎ止める魔法だった。
広域持続回復魔法。
だが、一般的なそれとは異なる。
マインドの消費は発動時ではなく、“維持中”に発生する。
つまり、祈りが続く限り――命もまた流れ続けるのだ。
そして最大の特徴は、その汎用性。
ミネの意思ひとつで、対象も効果も自在に選べる。
特定のファミリアだけを救うことも、致命傷を負った者だけを癒すこともできる。
マインドの消費を増減させ、効能を強めることさえ可能だった。
“救い”を操る。まさに神の御業。
だが――その代償もまた、神に等しかった。
最初にこの魔法を試したとき、ミネは五秒も持たずに倒れた。
ヘスティア曰く「強制健康魔法」。
名前こそ可愛いが、実際は笑えないほどの燃費の悪さである。
それでも今のミネは、あの頃とは違っていた。
莫大なマインド消費は裏を返せば、魔力を成長させる起爆剤でもある。
ミネのステータスで最も伸びたのが“魔力”であることが、その証拠だった。
レベルアップを重ねた彼女にとって、いまやこの魔法を維持することは難しくない。
淡い光の雨が降り注ぐ。
呻き声が安堵の吐息に変わっていく。
その光はまるで、血に染まった戦場を“祈りの庭”へと変えていくようだった。
「この場は任せちゃっていいわね!」
ヘイズが声を上げる。
「みんな、ここはミネが持ってくれるわ! 私たちは食事の準備! 早く終わらせて、少しでも休むのよ!」
「了解です、ヘイズさん!」
《満たす煤者達(アンドフリームニル)》たちは一斉に立ち上がり、軽やかに動き出した。
洗礼が終わっても、彼女たちの務めは終わらない。
団員たちの食事を整え、疲弊した身体を癒すのも彼女らの仕事だ。
だが今この場には――“祈りを維持する者”がいる。
ならば、少しでも多くの者に休息を与えられるだろう。
その背を見送りながら、ミネは静かに目を閉じ、呼吸を整えた。
光が絶えぬように、祈りを絶やさぬように――。
その姿はまるで、聖堂の奥で祈りを捧げる巫女のようだった。
ヘイズは杖を胸に抱き、そっと呟く。
「……やっぱり、ミネはすごいわ」
その声には、誇りと安堵が入り混じっていた。
「あなたがいない間、本当に大変だったんだから。
回復班のほとんどがやられちゃって……、もう限界だったのよ」
ミネは優しく微笑む。
「長い間来れませんでしたからね。数日間は滞在するつもりです。できるだけ休んでくださいね?」
ヘイズは涙を拭いながら、微笑み返した。
「……ありがとう、ミネ。本当に来てくれてよかった」
ミネは首を横に振る。
「いいえ。私はただ、“救う者”として来ただけです。――でも、友達として来たことも、間違いではありません」
その言葉とともに、ミネは手のひらに光を集め、空へと放つ。
蒼い光が夜明けのように広がり、“戦いの野”を優しく包み込んだ。
血に染まった地も、焦げた空気も、ひとときだけ穏やかな静寂に満たされていく。
ヘイズはその光を見上げ、滲む涙を指先で拭った。
蒼き祈りの中で、彼女はただ――友の背に、再び希望を見た。
【命は還り、祈りは連なる(ヴィータ・コンティヌア)】
広域持続回復魔法/回復、呪解、状態異常回復、疲労回復、病魔や空腹、不浄、寝不足すら回復する。
マインドは持続的に消費され任意解除かマインドダウンで解除される。
範囲、効果共に消費マインドの増減で強弱の調整が可能で呪解効果のみを引き出したり回復効果のみを極限に高めたりと恐ろしいほどの汎用性を持つ。
反面、すこぶる燃費が悪く長期遠征の際は必ずマジックポーションを大量に持ち込む必要がある。
逆にこの魔法さえあれば緊急の備えを除きマインドポーション以外の物資が不要になるのでバレれば争奪戦が確実に勃発する。
暗黒期において闇派閥を回復の除外対象とすることで市民にまぎれた闇派閥を見つけ出すなどの応用法がライラによって確立されてたりもする。
ヘスティアからはその幅広い効能から全ての人が健康健全であってほしいという願いから発現したのではと思われている。
曰く、強制健康魔法。