ダンジョンで"救護"するのは間違っているだろうか   作:救護騎士団オラリオ支部

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もう一人の美の女神

「アストレア~、緊急事態だ!!!」

 

 星屑の庭に、場違いなほど切羽詰まった声が響き渡った。

 

 白い石畳の回廊を、青いリボンを揺らしながら駆け込んできたのは――ヘスティアである。

 

「……どうしたの、ヘスティア?」

 

 噴水の傍で書類に目を通していたアストレアは、穏やかな声で顔を上げた。

 

 その隣では、ライラが眉をひそめている。

 

「その慌て方は、だいたい碌でもないことね」

 

「失礼だな!? 今回は真面目だよ!」

 

 ヘスティアは両手を広げ、勢いよく叫んだ。

 

「ミネ君が…、ミネ君が!!」

 

 この時点で、ライラは嫌な予感がしてそっとその場を離脱しようとした。

 だが――

 

「どこへ行くつもり、ライラ?」

 

 にこやかな声と同時に、首根っこを掴まれた。

 

「……いや、別に? ちょいと風向きを確認しに……」

 

「今は無風よ」

 

「ですよねー……」

 

 観念したライラが元の位置に戻されるのを確認してから、アストレアは改めてヘスティアへ向き直った。

 

「それで、ミネに何があったの?」

 

「歓楽街に突撃しに行っちゃた!!」

 

 星屑の庭に、一瞬の沈黙が落ちた。

 

「…………」

 

 噴水の水音だけが、やけに大きく響く。

 

 アストレアは瞬きを一つし、ゆっくりと聞き返した。

 

「……もう一度、お願い」

 

「だから! ミネ君が! 歓楽街に! 一人で! 突撃しに行っちゃったんだよ!!」

 

「要点だけでも十分すぎるわ」

 

 ライラが即座に突っ込んだ。

 

 アストレアは額に指を当て、静かに息を吐く。

 

「理由は?」

 

「ベル君と命君がダンジョンで攫われちゃって、その犯人候補が…イシュタルだったんだ」

 

 ヘスティアの言葉が、星屑の庭の空気を完全に凍りつかせた。

 

「……攫われた?」

 

 アストレアの声から、先ほどまでの柔らかさが消える。

 

「う、うん。ダンジョン内で襲われて一緒に居た皆の証言からそれが戦闘娼婦だってわかったんだ」

 

 ヘスティアは頭を抱え、叫ぶ。

 

「ミネ君、目が据わっててさ! “私が行きます”って一言残して、もう――!」

 

「……単独行動?」

 

「止める間もなかったよ!」

 

 その瞬間。

 

 アストレアの雰囲気が、静かに――しかし確実に変わった。

 

 星屑の庭を包んでいた穏やかな空気が、夜明け前の張り詰めた冷気へと変質する。

 

「ライラ」

 

「はいはい、分かってる」

 

 ライラは肩をすくめつつも、既に真剣な表情だ。

 

「団員に連絡。即応できる者を」

 

 踵を返しかけたライラに、アストレアは続ける。

 

「ついでにイシュタル・ファミリアの裏を探るわ。あそこは最近、少しきな臭いのよね」

 

 ライラは短く頷くと、今度こそ踵を返した。

 

「了解。嫌な予感しかしねぇが、まあ――アタシ向きの仕事だな」

 

----------------------------------

 

 オラリオの歓楽街、その建物の屋根を伝い、ミネは《ヴィータ・コンティヌア》を広域展開しながら高速で飛び回っていた。

 

 赤紫の灯りが乱立する街区。

 甘ったるい香と喧騒、欲望と欺瞞が渦巻く夜の王国。

 

 その上空を、彼女は影のように駆ける。

 

(……反応、なし)

 

 屋根を蹴り、次の建物へ。

 

 ヴィータ・コンティヌアは回復魔法に分類されるが応用として対象を絞る事により索敵としても機能する。

 

 回復対象をベルと命に絞る事で、魔法の範囲内に二人が居れば、回復の際に発する微細な光の揺らぎ、そしてミネ自身の感覚に“引っ掛かり”として現れる。

 

 だが――今のところ、それはない。

 

(……この区画じゃない)

 

 ミネは再び屋根を蹴った。

 

 歓楽街は広い。

 

 しかもミネやアストレア・ファミリアとは程遠い存在だったため歓楽街に関しては土地勘が全くないのだ。

 

 それでも、立ち止まるという選択肢はなかった。

 

 屋根から屋根へと跳びながら、ミネは意識を切り替える。

 土地勘がないなら、走り回って補えばいい。

 

 ミネは一気に高度を上げ、表通りから外れた区画へと進路を変えた。

 

 その瞬間。

 

 ――かすかに。

 

(……っ)

 

 胸の奥を、細い針で突かれたような感覚。

 

(……見つけた)

 

 反射的に、ミネは息を詰める。

 感情が一気に溢れ出そうになるのを、強引に押し殺した。

 

(……落ち着いて)

 

 ミネは一度、屋根の上で足を止めた。

 夜風が蒼髪を揺らし、赤紫の光が彼女の横顔を照らす。

 

 ――深呼吸。

 

 《ヴィータ・コンティヌア》の魔力配分を再調整する。

 探知範囲を狭め、その代わりに“感度”を極限まで引き上げる。

 

 命とベル。

 二つの反応を、同時に追う。

 

 そして――

 

(……来ました)

 

 二つ。

 

 はっきりと分かれた感覚に、ミネは一瞬だけ目を伏せた。

 

(……別々、ですか)

 

 場所は、歓楽街でもひときわ大きな建物。

 

 おそらくそこがイシュタル・ファミリアの本拠なのだろう。

 

 何の迷いもなくミネは、その建物に正面から踏み込んでいった。

 

----------------------------------

 

「イシュタル様、ミネ・シルヴァリエなる人物からベル・クラネルとヤマト・命の身柄の返却を要求すると伝えがありました」

 

 副団長であるタンムズからの報告で、玉座の間に一瞬の静寂が落ちた。

 

「……返却、ですって?」

 

 長椅子に身を預けていたイシュタルは、艶やかな唇を吊り上げ、愉悦を滲ませた笑みを浮かべる。

 

「随分と殊勝な言い方じゃない。

 “要求”だなんて……ふふっ」

 

 周囲に控える戦闘娼婦たちが、ざわりと視線を交わした。

 

「治癒師が単独で?

 随分と命知らずだな」

 

 イシュタルは紫水晶の杯を傾け、喉を鳴らす。

 

「報告では、既に正面入口を突破。

 現在、内部に侵入しているとのことです」

 

「……は?」

 

 数名の戦闘娼婦が声を上げる。

 

「門番は何をしていた!」

 

「制圧、されたそうです。

 命は奪っていませんが……戦闘不能に」

 

 その瞬間。

 

 イシュタルの瞳が、僅かに細められた。

 

「……なるほど」

 

 楽しげだった空気に、刃のような緊張が混じる。

 

「ただの“治癒師”じゃないな。

 面白い……実に面白い」

 

 彼女はゆっくりと立ち上がり、戦闘娼婦たちを見渡した。

 

「歓迎なさい。

 せっかくのお客様だ」

 

 イシュタルは微笑む。

 

「――本気で、ですか?」

 

「ええ」

 

 妖艶な笑みが、歪む。

 

「それなら――

 どこまで足掻けるか、見せてもらわないとな」

 

----------------------------------

 

 戦闘娼婦たちが、一斉に距離を詰めた。

 

 鞭、短剣、曲刀。

 艶やかな装いの奥に隠された、殺意に特化した武装が赤紫の光を反射する。

 

「囲め! 生かして捕らえろ!」

 

 号令と同時に、四方から刃が迫る。

 

 ――だが。

 

 ミネは、動かなかった。

 

(……二人の居場所は、大分離れている)

 

 ミネは静かに視線を走らせた。

 《ヴィータ・コンティヌア》が示す反応は完全に分断されている。

 

 戦闘娼婦たちが距離を詰める。

 足音、布擦れ、微かな殺気。

 歓楽街の妖艶な光の下で、それらは紛れもない“戦場の音”だった。

 

「大人しく縛られなさい、治癒師。

 運が良ければ、命は助けてあげるわ」

 

 前列に出た女が、鞭を鳴らす。

 その言葉に、ミネは小さく息を吐いた。

 

「……命を助ける、ですか」

 

 蒼い瞳が、静かに細められる。

 

「それは――私の役目です」

 

 次の瞬間。

 

 ミネは、前に出た。

 

「なっ――!?」

 

 踏み込みは一瞬。

 速度は、明らかに治癒師のものではない。

 

 迫る鞭の軌道を見切り、懐へ。

 肘打ちが顎を撃ち抜き、骨の砕ける感触が伝わる。

 

 女は声を上げる間もなく崩れ落ちた。

 

「――速い!?」

 

「治癒師じゃないのか!?」

 

 動揺が走る中、ミネは間合いを保ったまま、淡々と告げる。

 

「私は、二人を迎えに来ただけです」

 

 その様子を、上階の見下ろす影があった。

 

「……なるほど」

 

 イシュタルは、欄干に指を置き、愉しげに唇を歪める。

 

「面白い、本当に。

 “治癒師”がここまでやるなんて……」

 

 騒ぎを聞きつけ降りて来たイシュタルだった。

 

「強いな。ここにいる誰よりも」

 

 その言葉に、広間の空気が一段、重く沈んだ。

 

 戦闘娼婦たちの視線が一斉にイシュタルへ向く。

 畏怖と崇拝、そしてわずかな焦りが入り混じった色。

 

「……お褒めに与り、光栄です」

 

 ミネはそう返しながらも、視線は一瞬たりともイシュタルから外さなかった。

 

「で、ベル・クラネルとヤマト・命だったか?身柄の返却と言っても心当たりなど…」

 

「私は二人の居場所を知ることのできる術があります。居ないというのならその場所を探させてもらえますでしょうか?」

 

「……へぇ?」

 

 イシュタルは、わざとらしく肩を竦めた。

 

「ずいぶんと便利な術を持ってるじゃないか。

 でも――だから何だ?」

 

 玉座の間に近い広間の空気が、ぴんと張り詰める。

 戦闘娼婦たちは武器を構えたまま、半歩も引かない。

 

「ここは私の本拠。

 無断で歩き回るなんて、出来ると思うか?」

 

 女神としての絶対性を疑いもしない、支配者の声音。

 

 イシュタルはゆっくりと腕を広げ、広間全体を抱き込むように微笑む。

 

「私に従え」

 

 魅了。

 

 美の女神たるイシュタルは神の力を使わなくとも下界の人間など簡単に魅了してしまう。

 

 その力が今、ミネへとむけられた。

 

ーこれでお前は私のものだ。

 

「さぁ、こっちへ来なさい。直々に愛してあげる」

 

 ミネの足が、一歩、前に出る。

 

 戦闘娼婦たちの表情が緩み、安堵と優越が混じった笑みが浮かぶ。

 

「……ほら」

 

 イシュタルは囁く。

 

「いい子。そうやって――」

 

 だが。

 

 ミネの歩みは、そこで止まった。

 

「もう一度言います。ベルさんと命さんを返してください」

 

 ミネの意思は一切の揺らぎも見せなかった。

 

「馬鹿な!?なぜ魅了されない!!」

 

 そんなイシュタルに向かいミネは拳を構え…、

 

「"救護"!!」

 

 アッパーカットを叩き込んだ。




命がタケミカヅチ・ファミリアのままなので歓楽街に行くフラグは叩き折られました。
しかしヘルメスから情報を手に入れているためイシュタルはベル誘拐を実行。
命が一緒に誘拐されているのはヘスティア・ファミリアは基本、ヴェルフ+リリルカ(今回は不在)+タケミカヅチ・ファミリアで探索しているので巻き込まれました。

え、ミネが魅了されない理由?
この子は基本的に常時蒼森ミネに魅了されてるのでイシュタルの魅了では上書きできないだけです。
因みにフレイヤ様の魅了も普通に弾く模様。

このSSのフレイヤ様は…

  • 普通のフレイヤ様
  • アルちゃん味がブレンドされたフレイヤ様
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