ダンジョンで"救護"するのは間違っているだろうか   作:救護騎士団オラリオ支部

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本職は治癒師

 黄昏の館の応接室。

 

 重厚な木製の扉の向こう、落ち着いた空気が満ちていた。

 窓から差し込む午後の光が長いテーブルを照らし、その奥に三つの気配がある。

 

 ミネとレフィーヤは部屋の中央に立っていた。

 

 そして――対面するのは、ロキ・ファミリアの三首領。

 

 フィン・ディムナ。

 ガレス・ランドロック。

 リヴェリア・リヨス・アールヴ。

 

 それぞれが椅子に腰掛け、静かにこちらを見ている。

 

 その視線の重みは、ただの面会ではないことを物語っていた。

 

 ……いや。

 

 正確には。

 

(ど、どうして私が!?)

 

 レフィーヤは内心で盛大に混乱していた。

 

 今、目の前にいるのはファミリアの頂点――三首領。

 

 訓練場での模擬戦を終えたあと、

 

 「ミネ・シルヴァリエ、君と話がある。後ほどレフィーヤを遣わせるから一緒に応接室に来てくれないかな?」

 

 そうフィンに言われた。

 

 そしてそのまま――

 

 自分が案内役としてミネをここまで連れてきた。

 

(ここまでは分かります)

 

 自分はロキ・ファミリアの団員。

 呼びに行く役になること自体はおかしくない。

 

 問題はその後だ。

 

 普通なら――

 

「ありがとう、レフィーヤ。ここまででいいよ」

 

 そう言われて退出するはずだった。

 

 だが。

 

「君も残ってくれ」

 

 フィンはそう言った。

 

 結果。

 

 今、こうして並んで立っている。

 

(な、なんでですかぁぁ……)

 

 心の中で悲鳴を上げる。

 

 ちらりと横を見る。

 

 ミネはいつも通り落ち着いていた。

 

 背筋を伸ばし、静かに三首領と向き合っている。

 

 そんなレフィーヤの内心など当然知らぬまま、最初に口を開いたのはフィンだった。

 

「今日はありがとう、ミネ・シルヴァリエ。団員たちにはいい刺激になったよ」

 

 穏やかな笑み。

 

 だが、どこか探るような視線。

 

 ミネはその視線を真正面から受け止め、静かに頭を下げた。

 

「こちらこそ、貴重な機会をありがとうございました」

 

 礼儀正しく、簡潔な返答。

 

 フィンは小さく頷き、椅子の背に身体を預けた。

 

「できれば僕達も君と手合わせしたかったんだけどね。団員たちの前で君と戦うと、下手したら士気が下がってしまう恐れがあってね」

 

 フィンの言葉は軽い調子だった。

 

 だが、その内容は冗談とは言い切れない重みを持っていた。

 

 団員たちの目の前で三首領が敗れる――

 どころか、手玉に取られる可能性すら考えたということだ。

 

 ロキ・ファミリアの団長が。

 

 そんなことを、冗談めかして口にする。

 

 ミネは一瞬だけ目を瞬かせたが、すぐに落ち着いた声で答えた。

 

「……過大評価です」

 

 ガレスが腕を組み、豪快に笑う。

 

「はっはっは! 謙遜するな。どう考えても儂らではお前に勝てん!」

 

 リヴェリアも静かに続ける。

 

「訓練場だから大規模な魔法を使った模擬戦はしていないが、それでもお前は純粋なステイタスのみであの指導をしていた。そんなこと私たちの誰にも出来はしない」

 

 リヴェリアの言葉は静かだった。

 

 だが、その内容は明確な評価だった。

 

 確かに思い返せば、ミネは魔法を一度も使っていない。

 

 武器も使っていない。

 

 ただ――身体一つ。

 

 それだけでロキ・ファミリアの団員たちを相手にしていた。

 

 ミネはわずかに目を伏せ、困ったように微笑んだ。

 

「……手合わせとのことですので、互いに利にならないような戦いは出来ません」

 

 フィンは穏やかな笑みを浮かべたまま頷いた。

 

「その心遣いに感謝するよ」

 

 団長の言葉としては軽い。

 

 だが、その裏には確かな納得が滲んでいた。

 

 ミネは小さく会釈する。

 

「いえ。こちらこそ、貴重な機会を頂けたことに感謝を」

 

 短い沈黙が落ちる。

 

「……さて」

 

 空気が変わる。

 

「本題に入ろう」

 

 フィンは指を組み、静かに言う。

 

「数日後、僕たちは――人造迷宮の制圧に本格的に踏み込む予定だ」

 

 部屋の空気が一段重くなる。

 

「その制圧に君も参加してもらいたい」

 

 オラリオの地下に広がる、闇派閥が拠点にしている人造の迷宮。

 マッピングさえ済んでいない未知の領域。

 

 ロキ・ファミリアが数週間前に踏み込み撤退に追い込まれた危険地帯だ。

 

「……ひとつ、よろしいでしょうか?」

 

 フィンは頷いた。

 

「もちろん」

 

 ミネはわずかに首を傾けた。

 

「人造迷宮とはなんですか?」

 

 ミネの問いが落ちた瞬間。

 

 応接室の空気が、ほんのわずかに止まった。

 

 レフィーヤがぱちぱちと瞬きをする。

 

 ガレスは腕を組んだまま眉を上げ、リヴェリアは静かに目を細めた。

 

 そしてフィンは――

 

「……」

 

 ほんの一拍、沈黙した。

 

 その沈黙は短い。

 

 だが、レフィーヤのように団長を知る者には十分すぎるほど長かった。

 

(あれ……?)

 

 レフィーヤの胸に小さな違和感が生まれる。

 

 フィンはすぐに表情を整えたが、確かに思考が止まった瞬間があった。

 

 やがてフィンは静かに口を開いた。

 

「……君は、人造迷宮を知らないのかい?」

 

「はい」

 

 即答だった。

 

 ミネはわずかに首を傾げたまま続ける。

 

「言葉自体、初めて聞きました」

 

 その言葉に、三首領は互いに視線を交わす。

 

 短い沈黙。

 

 そしてフィンは小さく息を吐いた。

 

「……なるほど」

 

 口元に苦笑が浮かぶ。

 

 レフィーヤはそこでようやく理解した。

 

(あ……)

 

 団長、勘違いしてたんだ。

 

 フィンは椅子の背に軽く身体を預けた。

 

「これは僕のミスだね」

 

 あっさりとそう言った。

 

 ガレスが低く唸る。

 

「どういうことじゃ?」

 

 フィンは肩をすくめる。

 

「前回、人造迷宮に踏み込んだ時はアストレア・ファミリアの団員と共闘したね」

 

 フィンは指を組みながら言った。

 

「被害を最小限に抑えて撤退できたのは、彼女たちの働きも大きい」

 

 だが――

 

 フィンはミネを見る。

 

「だから僕は当然、その情報はアストレア・ファミリア内で共有されていると思っていた」

 

 そして小さく肩をすくめた。

 

「君にも伝わっているものだとね」

 

 ミネはわずかに目を瞬かせる。

 

「なるほど」

 

 ミネの言葉は、静かで淡々としていた。

 

「確かに私はアストレア・ファミリアの皆さんとは親しくしていただいていますが、情報のすべてを共有しているわけではありません」

 

 その一言に、フィンは小さく頷いた。

 

「そうだね。僕の早とちりだった」

 

 フィンの胸中に、かすかな引っ掛かりが残る。

 

 表情には出さない。

 

 だが思考は自然と巡っていた。

 

(……妙だな)

 

 ライラの話では、彼女たちが最も信頼している外部協力者。

 

 しかも単なる戦力ではない。

 

 切り札に近い存在。

 

 それほどの人物に。

 

 人造迷宮という、都市の安全に関わる情報が共有されていない。

 

 いや、もしや…

 

 意図的に情報が伏せられている?

 

(これはライラに確認したほうがいいかもしれない)

 

 情報を伏せていたのはアストレア・ファミリアなのだから、それなりの理由があるはず。

 

 フィンは一度思考を切り替えた。

 

 今はそこを追及する場ではない。

 

「――まずは人造迷宮について説明しよう」

 

----------------------------------

 

「なるほど闇派閥が…」

 

 人造迷宮の説明を聞き終えミネが

 

 ミネはわずかに目を伏せ、思考を巡らせる。

 

「……それは確かに、放置できるものではありませんね」

 

 その声は落ち着いていた。

 

 だが、部屋の空気は変わらない。

 

「今回の作戦では闇派閥に対抗するために『呪解』が可能な治癒師がどうしても必要になってくる。できれば複数」

 

 フィンはそう言って、ゆっくりとミネを見た。

 

「その強さで忘れかけていたけど――君は治癒師だったよね」

 

 穏やかな声だった。

 

 だが、言葉の意味は重い。

 

 レフィーヤは思わず目を丸くする。

 

(……あ)

 

 そういえば。

 

 訓練場での光景が強烈すぎて忘れかけていたが――

 

 ミネは本来、治癒師という話だ。

 

「君の魔法で『呪解』は可能かい?」

 

 ミネはフィンの問いを受け、わずかに思案するように目を伏せた。

 

 ほんの一瞬の沈黙。

 

 やがて顔を上げ、静かに答える。

 

「可能です」

 

 簡潔な言葉だった。

 

 だが、その一言で応接室の空気がわずかに動いた。

 

 ガレスが腕を組んだまま、感心したように唸る。

 

「ほう……やはりか」

 

 リヴェリアも静かに続けた。

 

「私からも頼みたい。お前がいてくれれば安心して今回の作戦を進められる」

 

 エルフにとってリヴェリアの言葉は、特別な重みを持つ。

 

 エルフという種族の誇りそのもののような存在。

 

 リヴェリアが、ミネに頭を下げるわけではないにせよ、明確に協力を求めている。

 

 だが――

 

 ミネ本人は、そんな重みなどまるで気にしていないように見えた。

 

「承知しました」

 

 穏やかな声。

 

「私でよろしければ、お力添えいたします」

 

 簡潔な答えだった。

 

 だがそれで十分だった。

 

 ガレスが満足そうに笑う。

 

「はっはっは! これで一安心じゃな!」

 

 フィンも穏やかに頷いた。

 

「ありがとう。君の協力が得られるとなれば今回の作戦の成功率は大幅に上げられる」

 

 笑みを浮かべたフィンの視線が、ゆっくりと横に動いた。

 

 レフィーヤへ。

 

「それから」

 

 フィンは静かに言った。

 

「レフィーヤに君の魔法を教えてくれないだろうか?」

このSSが完結したら

  • アリス編を書け
  • 過去編を書け
  • フレイヤ様に拾われたミネ編を書け
  • イズナ編を書け
  • ツルギ編を書け
  • いつまでかかっても良いから全部書け
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