ダンジョンで"救護"するのは間違っているだろうか 作:救護騎士団オラリオ支部
レフィーヤは――限界だった。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……!」
荒い呼吸。
震える膝。
焼けるような肺。
だが――
「止まらないでください、レフィ」
無慈悲な声が、すぐ目の前から飛ぶ。
「ひぃっ!?」
反射的に身体が跳ねた。
直後、頬を掠める一閃。
風圧だけで肌が裂けそうになる。
「い、今の当たってたら死んでましたよねぇぇぇ!?」
「大丈夫です。当たれば回復するので痛いだけで済みます」
「それのどこが大丈夫なんですかぁぁぁぁああ⁉」
涙目で叫びながら、レフィーヤは後退する。
だが――その足は止まらない。
止まれば終わると、本能が理解しているからだ。
「――詠唱を止めないでください」
ミネの声。
静かで、冷徹で、逃げ場のない指示。
半泣きのまま、それでもレフィーヤは口を開く。
「『ウィーシェの名のもとに願う。森の先――」
詠唱。
だが、その最中。
「遅いです」
「きゃあああああああああ!?」
踏み込み。
一瞬で距離が消える。
迫る掌打。
反射的に身体を捻り――
ギリギリで回避。
だが体勢が崩れる。
「詠唱を、止めない」
「む、無茶言わないでくださいぃぃぃ!!」
叫びながらも、言葉を繋ぐ。
レフィーヤ自身、並行詠唱は身に着けているものの、その練度はあまり高くない。
手加減しているとはいえミネの苛烈な攻撃を受けながら詠唱をつづけることが可能なものなど上位の冒険者でもごく一部だろう。
「こんな状態で並行詠唱とか無理ですぅぅぅぅぅう!!!!?」
「?」
ミネが聞きなれない言葉に首をかしげる。
「並行詠唱?どういう意味ですか?」
「え……?」
「え……?」
一瞬、お互いの思考が止まった。
「詠唱しながら戦う技術のことじゃないですか。ミネお姉ちゃんも使ってますよね!」
「……?」
ミネはわずかに首を傾げた。
「詠唱しながら戦うのは、普通では?」
「それは普通じゃありません!!!」
レフィーヤの絶叫が響いた。
だがミネは、本気で理解していない。
「魔法は戦闘中に使うものです。詠唱中に動けないのであれば、それは使えないのと同義かと」
「暴論がすぎますよぉぉぉおおお!!!」
涙目で叫ぶレフィーヤ。
この姉、常識が無い。
姉をこんな風に育てた連中に文句の一言でも言ってやりたかった。
思考が逸れた、その一瞬。
ミネの姿が消える。
次の瞬間には――
懐。
「きゃあああああああああああああああああああああ!?」
衝撃。
腹部に叩き込まれた掌打で、レフィーヤの身体がくの字に折れる。
呼吸が奪われる。
視界が弾ける。
もう、精神力が持たない。
「…そろそろ限界ですか」
差し出された小瓶。
「飲んでください、レフィ。少し休みましょうか」
それを見た瞬間――
「……はぁっ……はぁっ……」
レフィーヤの身体から、一気に力が抜けた。
震える手でそれを受け取り、栓を抜く。
そして――
ごくり。
一息で飲み干した。
「……っ……はぁ……ぁ……」
じわり、と。
干上がっていた精神が満ちていく。
ぼやけていた思考が、ゆっくりと輪郭を取り戻していく。
「い、生き返りましたぁ……」
その場にへたり込みながら、心底安堵した声を漏らす。
だが――
「はい。では続けましょうか」
「鬼ですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
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日が傾き、黄昏の館も赤く染まったころ――
レフィーヤは、鍛錬場の真ん中で倒れ伏していた。
「……はぁ……はぁ……」
指一本、動かない。
呼吸だけが、かろうじて続いている。
ヴィータ・コンティヌアを常時展開しているため肉体的疲労は回復しているが、精神的疲労だけはどうしようもなかった。
「申し訳ありませんが今日の鍛錬はここまでとします」
静かに告げられたその一言に――
「……っ、は……」
レフィーヤの身体から、完全に力が抜けた。
安堵すらも、もう遅い。
張り詰めていた意識が、そのまま途切れかける。
だが――かろうじて、繋ぎ止める。
「お、おわり……ですか……?」
かすれた声。
返事を待つまでもなく、もう動けない。
「はい。少々用事がありますので今日はもう付きっ切りでは見てあげられないのです。本当に申し訳なく思います」
いえ!一日中付きっ切りとか本当に勘弁してください!
「……い、いえ……だ、大丈夫……です……」
声にならないほどの掠れた返事。
それでも――その反応を、ミネは静かに受け取る。
「そうですか。では」
淡々とした言葉。
だが、その中にあるのは確かな信頼だった。
レフィーヤなら、ここまでやれるという。
「私が帰るまでにアストラ・ファエルを1000回ほど使用しておいてください。明日の朝には戻りますので」
その一言が、鍛錬場の空気を凍りつかせた。
「……は?」
レフィーヤの口から、思考が追いつかない音が漏れる。
「せ、せん……っ、え……?」
理解が追いつく前に、身体が震えた。
「では頑張ってください。大丈夫、レフィならやれますよ」
レフィーヤは確信した。
この姉は鬼だと。
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「妹を弟子にしたぁ?」
星屑の庭でライラの声が響き渡る。
「あ~、うん。弟子かぁ、そっかぁ、弟子かぁ」
場の空気をぶち壊すように、マリューが遠い目をした。
ぽつり、と呟く。
「可哀そう……」
今度、その子に何か奢ってあげよう。
新たにできた妹弟子を想いマリューはそう心に決めた。
「それで、大体用件はわかるが何をしたいんだ?」
ライラが問いかける。
真っ直ぐに。
逃がさない視線で。
ミネは一拍だけ間を置き――
「―ルミナス・アルフィアの使用許可をください」
「ダメに決まってんだろ馬鹿弟子が」
即答だった。
間髪入れず、叩きつけるような拒絶。
「ミネ、わかっているはずです。あなたのそれは気軽に使っていいものではないと」
リューも静かに言葉を重ねる。
その声音は穏やかだが、明確な拒絶の意志があった。
「……理解しています」
ミネは淡々と答える。
「してねぇから言ってんだろ」
ライラが吐き捨てる。
「使うたびにステイタスを削る魔法なんてホイホイ使おうとするんじゃねぇ」
重い事実。
その場の空気が僅かに沈む。
アストレア・ファミリアは全員一度はルミナス・アルフィアの恩恵を受けたことがある。
ミネの魔法の中でも最も重い精神消費に加え使用の度にステイタスを削る代償。
そしてその代償に見合うだけの効果。
気軽に使っていい物でも、ましてや他ファミリアに知られていい情報でもないのはミネも理解している。
それでも――ミネは視線を逸らさなかった。
「……それでも、お願いします」
静かに、ミネは頭を下げた。
ライラの眉間に皺が寄る。
「そんなにその妹が大事か?」
問われ――ミネは、迷わなかった。
「はい」
即答だった。
間を置くことすらない、断言。
「はぁ……」
ライラが深く息を吐く。
「1回だ」
その一言で――空気が変わった。
「……一度きり。それ以上は認めねぇ」
結局、決意を固めたミネは止められない。
それを、誰よりも理解しているからこその――妥協だった。
「……ありがとうございます」
ミネは深く頭を下げる。
それ以上は何も言わない。
この馬鹿弟子はいつまでたっても成長しない。
真っ先に自分を犠牲にするところは出会った時から何も変わっていないのだから。
ミネは暗黒期に必死で魔法をばらまいていたため並行詠唱はその時に自然と身に着けました。
そのため魔法の詠唱は他の事をやっていようが途切れさせないのは当たり前の状態だったため、それが並行詠唱と呼ばれる高等技術ということを知りませんでした。
このSSが完結したら
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アリス編を書け
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過去編を書け
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フレイヤ様に拾われたミネ編を書け
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イズナ編を書け
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ツルギ編を書け
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いつまでかかっても良いから全部書け