ダンジョンで"救護"するのは間違っているだろうか 作:救護騎士団オラリオ支部
「全員警戒態勢! 市民を最優先で守れ!!」
その姿を認識した瞬間、フィンは即座に叫んだ。
迷いはない。
仮面の怪人が現れた以上、ここはいつ戦場になってもおかしくはない。
そしてその判断を最も素早く理解し実行に移す規格外――
「『アストラ・ファエル』!」
絶対守護の象徴。
ミネは誰よりも早く民衆を最も効率よく守るための一手を打った。
「一帯の全ての方に障壁を張りました! 迅速な避難誘導をお願いします!!」
澄み切った声が戦場へ響く。
その声に一早くガネーシャ・ファミリアの団員達が動き出す。
「一般市民はこちらへ!」
「慌てるな! 押すな!!」
「子供と老人を優先しろ!!」
怒号のような指示が飛び交う。
多少の混乱はあっても民衆を迅速に誘導できるのは流石のガネーシャ・ファミリアだ。
彼らは声を張り上げ、人々を押し潰さぬよう導線を作り、混乱を捌いていく。
長年、都市の治安維持を担ってきた経験は伊達ではない。
「走るな! 順番に進め!!」
「そっちの道を開けろ!」
「安心してください! ガネーシャ・ファミリアがあなた方を守ります!!」
ガネーシャ・ファミリアの団員達は、人波の流れを瞬時に見極め、最適な導線を作り上げていく。
押し合いになりかければ割って入り、転倒しかけた子供を抱え上げ、老人を支えながら避難経路へ誘導する。
そして民衆が引き冒険者と距離が空いた空間に怪人は降り立つ。
「何時までそうしているつもりだ? こうなってしまった以上、もう取れる手段は一つだけだろう」
仮面の怪人は語り掛ける。
語り掛けた相手は――フィルヴィス。
「っ……」
フィルヴィスの肩が、小さく震えた。
俯いたまま。
何も答えない。
だが、その沈黙こそが何より雄弁だった。
「フィルヴィス……?」
アウラが困惑したように声を掛ける。
他の団員達もざわめき始めた。
視線が集まる。
疑念。
困惑。
そして、理解できないという恐怖。
そんな中、仮面の怪人だけは淡々と続ける。
「貴様はもう理解しているはずだ」
静かな声。
だがその一言一言が、鋭い刃のようにフィルヴィスへ突き刺さっていく。
「この場に居るものは全て殺すしかな―」
「救護!!」
「げぼっ!!!?」
ズドォンッ!!!
爆音。
仮面の怪人の言葉を遮るように、瞬足の踏み込みで間合いに入ったミネの拳が顔面へ叩き込まれた。
仮面の怪人が吹き飛ぶ。
黒衣の身体が石畳を削りながら一直線に突き抜け、デュオニュソス・ファミリアの壁面へ激突。
轟音と共に瓦礫が爆ぜた。
「…………」
一瞬。
戦場から音が消えた。
誰も理解できなかった。
何が起きたのか。
「……は?」
ベートが間の抜けた声を漏らす。
ロキも目を見開いて固まっていた。
フィンですら、完全に虚を突かれている。
何故なら。
誰もが警戒して動けなかった仮面の怪人に対して――
ミネが一切の躊躇なく顔面ストレートを叩き込んだからだ。
「……ミネたん?」
ロキの声が引きつる。
だが当の本人は真顔だった。
「話が長そうだった上に隙だらけだったもので」
きっぱり。
「いや判断が早すぎるわ!!」
ロキのツッコミが炸裂した。
「もっとこう……あるやろ!? 会話とか空気とか!!」
「闇派閥の方々のお話は理解できない思想や時間稼ぎなどが殆どなので聞く意味は無いかと」
ミネは冷静に続ける。
「特に“全員殺すしかない”という発言は極めて危険です。迅速な制圧が最優先と判断しました」
「物騒な判断基準しとるなこの子!?」
ロキが頭を抱える。
「ロキ様、アレがミネだ」
ライラはもはや諦めている。
と言うかアストレア・ファミリアは全員諦めている。
「いや諦めんなや!?」
ロキのツッコミが悲鳴じみていた。
「なんで誰も止めへんの!? 普通止めるやろ!!」
「止まりませんので」
リューは真顔だった。
「危険人物認定した相手には初手制圧が最適解だと本気で思ってるから…」
アリーゼが遠い目をする。
「教育失敗しとるやんけ!!」
ロキが叫ぶ横で、リューが静かに呟いた。
「あれでもかなり手加減しています」
「今ので!?」
「並の冒険者をミネが本気で殴ったら吹き飛ぶ前に頭が破裂してます」
「なにそれめっちゃ怖い!!」
ロキ・ファミリアの冒険者達もざわついていた。
「いや待て……」
「今のが手加減?」
「マジで言ってるのか……?」
そして。
瓦礫が、ぱらぱらと崩れ落ちる。
砕けた石片の向こう。
ゆらり、と。
仮面の怪人が立ち上がった。
黒衣は破れ、砕けた仮面の破片が足元へ転がる。
そして――露わになったその顔を見た瞬間。
空気が、凍った。
「……は?」
ベートが、今度こそ理解不能と言いたげな声を漏らす。
誰もが目を見開いていた。
それは見覚えのある顔。
あり得ない顔。
すぐそこで拘束されている女と、全く同じ顔。
「フィルヴィス…さん……?」
レフィーヤが呆然と呟く。
「…あぁ、そうだ。 私だ、レフィーヤ」
砕けた仮面を踏み砕きながら、“それ”は嗤う。
「そこで捕まっている私と同じな」
ぞわり、と。
レフィーヤの背筋を悪寒が駆け抜けた。
「フィルヴィス……?」
アウラが震える声で呼びかける。
拘束されたまま、信じられないものを見る目だった。
「何なんですか、あなたは……!」
「何、とは失礼だな」
女は肩を竦める。
「私は私だ」
くつくつ、と喉を鳴らして笑う。
「ミネ!ステイッ!まだだっ!!まだだっ!!」
最もそんな余裕も今にも跳びかかろうとしているミネをライラが抑えられているうちだけなのだが。
「今、重要な情報吐きそうだから! せめて口を滑らせるまで待ってやれ!!」
ライラの必死な制止に、ミネはぴたりと動きを止めた。
「……分かりました」
だが。
止まっただけだ。
油断なく半歩前へ出た姿勢。
僅かに沈められた重心。
いつでも飛び出せるよう構えられた脚。
完全に“獣”のそれである。
「怖っ!? 待機姿勢が怖っ!!」
ロキが半泣きで叫ぶ。
「なんやあの子!? なんで止まっとるだけで圧が増しとんねん!!」
「ミネですので」
リューは即答した。
「説明になっとらん!!」
そんな騒ぎすら意に介さず、“フィルヴィス”は笑う。
まるで、この混乱そのものを愉しむように。
「ふふ……待ってくれるというなら話してやろうか。 なぁ、愚かな私」
その言葉に。
拘束されたフィルヴィスの身体がびくりと震えた。
「……やめ、ろ……」
掠れた声。
俯いたまま、フィルヴィスは唇を噛み締める。
だが、“もう一人のフィルヴィス”は愉快そうに笑みを深めた。
「どうした? このままではお前が大好きなレフィーヤを何の弁明もないまま殺してしまうことになるぞ?」
「よせっ…!」
「なんなら、私が話してやろうか?」
フィルヴィスは震えていた。
顔を上げることもできない。
「ふん、そこの愚物はどうしても話したくないらしい。なら…」
その場の空気が、重く沈む。
誰も口を挟めなかった。
フィルヴィスの怯え。
“もう一人”の愉悦。
そして、いまにもとびかかりそうなミネ。
「やはり私が話してやろう」
“フィルヴィス”は嗤う。
その笑みは酷く歪で。
どこまでも悪意に満ちていた。
「あの悪夢の日に全ては始まった…、いや、終わったのか」
27階層の悪夢、そこで組んでいたパーティが全滅したこと。
穢れた精霊に出会ってしまったこと。
魔石を埋め込まれ怪物となり絶望してしまったこと。
その告白に――場が静まり返った。
誰も、すぐには言葉を発せない。
「だが穢れた私を認めてくださった」
“フィルヴィス”の声音が変わる。
先ほどまでの嘲笑ではない。
どこか――恍惚とした響き。
「デュオニュソス様だけは、怪物となった私を受け入れてくださった」
「……ッ!」
フィンの目が鋭く細められた。
レフィーヤも顔を強張らせる。
「救われたのだ、私は」
“フィルヴィス”は胸へ手を当てる。
「怪物になった私を。
壊れてしまった私を。
醜いままの私を――デュオニュソス様だけが認めてくださった」
うっとりと。
まるで敬愛する神へ祈りを捧げる信徒のように、“フィルヴィス”は微笑む。
「絶望しかなかった私へ、デュオニュソス様は手を差し伸べてくださった」
その声音は甘く。
狂気的ですらあった。
「だからこそ…」
フィルヴィスの目が拘束されているデュオニュソスを見つめる。
「そのような無礼を見過ごすなどできない。 そうだろう私」
拘束されたフィルヴィスの身体が、びくりと震えた。
「……っ!」
掠れた悲鳴。
だが、“もう一人のフィルヴィス”は止まらない。
いや――止まる気など最初からない。
「見ろ、無様な私。 この場に居る冒険者たちから今のままでデュオニュソス様を救えるのか?」
嗤う。
「救えないだろう? ならばやることは一つだ」
その声音には侮蔑すら混じっていた。
「…すまないっ、レフィーヤっ!」
「……っ」
レフィーヤの呼吸が止まった。
「すまない……っ。
本当に……私は……っ」
拘束されたまま、フィルヴィスは震えている。
顔を上げられない。
レフィーヤを見ることすらできない。
「デュオニュソス様だけは……私を……認めてくださった……っ」
掠れた声だった。
だがその言葉には、深い執着と。
壊れ切った救済への渇望が滲んでいた。
「だから……私は……」
震える。
拘束されたフィルヴィスの身体が、小刻みに。
まるで何かに抗うように。
「『終わる幻想、還る魂―――引き裂けぬ貴方』、《エインセル》」
空気が、凍り付いた。
「なっ――!?」
フィンが目を見開く。
拘束されていたフィルヴィス。
そして“もう一人のフィルヴィス”。
二つの肉体が、まるで霧が混ざり合うように溶け合っていく。
「……ぁ、ぁ……」
レフィーヤの喉から掠れた声が漏れた。
理解が追いつかない。
いや。
理解したくなかった。
だが現実は無慈悲だった。
胸の魔石、体中を血管のように覆う赤と紫の茨。
白巫女だった面影は、もうそこにはなかった。
それを見たミネの判断はこの場に居る誰よりも早かった。
「『静謐なる祈りよ、天穹に満ちよ』」
「なっ、お前! 正気か!?」
その詠唱を聞きライラは激しく動揺した。
「『穢れを断ち、痛みを鎮める白き灯火。私は願う――争いなき安寧を。私は乞う――傷つきし魂の救済を』」
「二回目だぞ!この前使ったばかりだろうが!!」
それでもミネは止めない。ミネには止める理由が無い。
「『静寂よ、ここに降り立て。慈光よ、すべてを包め。安らぎの名のもとに、その光、顕現せよ――』」
たとえ代償を払おうとも救えるものを見捨てることはミネにはできない。
「《ルミナス・アルフィア》」
瞬間――世界が白く染まった。
静寂。
あまりにも静かな光だった。
暴力的な魔力の奔流ではない。
焼き尽くす破壊でもない。
ただ優しく。
ただ穏やかに。
光がミネを包み込む。
「話は終わりましたね。 フィルヴィスさん」
穏やかな声音。
責めるでもない。
恐れるでもない。
「覚悟は出来ていますか?」
「覚悟、だと?」
「はい」
ミネは静かに頷いた。
白い光の中心で。
まるで聖域そのもののような静けさを纏いながら。
「私に救われる覚悟は出来ていますか?」
全てを台無しにする暴君が解き放たれた。
このSSが完結したら
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アリス編を書け
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過去編を書け
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フレイヤ様に拾われたミネ編を書け
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イズナ編を書け
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ツルギ編を書け
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いつまでかかっても良いから全部書け