ダンジョンで"救護"するのは間違っているだろうか   作:救護騎士団オラリオ支部

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理不尽

「『命は流転し、終わりを拒む。

 

 絶えぬ息吹よ、我が祈りに応え、

 

 傷を縫い、痛みを鎮め、穢れを祓え。

 

 いま、希望の灯を繋ぎとめよ』――《ヴィータ・コンティヌア》」

 

 蒼の光が奔り周囲を包み込んだ。

 

「…なんだこれは、どういうつもりだ?」

 

 フィルヴィスが目を細める。

 

 その声には警戒が混じっていた。

 

 この魔法をフィルヴィスは知っている。

 

 オラリオと敵対する以上、有名な冒険者の情報は可能な限り集めているし、戦争遊戯の件からミネの情報も勿論調べていた。

 

 そしてこの魔法が戦争遊戯中に使用した回復魔法であることも把握している。

 

 問題は…

 

「何故、私を回復する?」

 

 敵対している相手が敵対している者に治癒魔法を使っている事だ。

 

「言いましたよ? 救われる覚悟はあるかと」

 

 ミネは当然のように言った。

 

 まるで、そんなことは最初から決まっていたと言わんばかりに。

 

「よもや回復魔法如きでこの身の汚れを祓えると本気で思っているのか?」

 

 フィルヴィスが嗤う。

 

 自嘲。

 諦念。

 そして僅かな怒気。

 

 胸の魔石が脈打つ。

 

 赤紫の茨が血管のように全身へ広がり、その身体が既に“人”から外れていることを雄弁に物語っていた。

 

「私はもう戻れない。

 穢れた精霊に侵され、怪物になった。

 この身はもう――」

 

「はい、かなり深刻ですね」

 

「…………は?」

 

 フィルヴィスの言葉が止まった。

 

「見たところ魔石を埋め込まれたことによるモンスター化、及び精神汚染と言ったところでしょうか?

 初めて見る症例です。

 素直に治療を受けてもらえると有難いのですが…」

 

 フィルヴィスはミネを見つめていた。

 

 本気だ。

 

 この少女は、本気で治せると思っている。

 

 怪物となった自分を。

 壊れた自分を。

 穢れた存在を。

 

 救えると、本気で信じている。

 

「……愚かだな」

 

 掠れた声。

 

「これはそんな生易しいものではない」

 

 何度も絶望した。

 抗った。

 それでも全ては無駄だった。

 

「私はもう人ではない」

 

 その声には、深い諦めが滲んでいた。

 

「壊れているんだ」

 

「はい」

 

 ミネは頷く。

 

「でも、生きています」

 

 あまりにも迷いのない言葉だった。

 

「……っ」

 

 フィルヴィスの瞳が揺れる。

 

「壊れているなら治療します」

 

 ミネは静かに告げる。

 

「苦しいなら取り除きます。

 痛いなら癒します」

 

 蒼の光がさらに強く輝いた。

 

 優しく。

 暖かく。

 包み込むように。

 

 その光がフィルヴィスの内部へ浸透していく。

 

「ぁ……っ」

 

 思わず声が漏れた。

 

 痛みが薄れていく。

 

 胸を焼くような侵食が。

 脳を掻き回す狂気が。

 少しずつ静まっていく。

 

 しかし…

 

 ドクンッ

 

 魔石が、脈動した。

 

「――っ!?」

 

 フィルヴィスの身体が大きく震える。

 

 胸部に埋め込まれた魔石が、不気味な鼓動を刻み始めた。

 

 ドクン。

 ドクン。

 ドクン。

 

 脈打つ度に赤紫の茨が膨れ上がり、まるで生き物のように蠢く。

 

「ぐ、ぁ……っ!」

 

 フィルヴィスが苦悶の声を漏らした。

 

 蒼光によって静まりかけていた侵食が、再び暴れ出す。

 

 いや――違う。

 

 拒絶しているのだ。

 

 ミネの治癒を。

 救済を。

 その全てを。

 

「……なるほど」

 

 ミネの目が細められる。

 

「その魔石、邪魔ですね。切除します」

 

 神速の踏み込みでフィルヴィスの魔石を狙った一撃。

 

 その一撃を拒絶するようにフィルヴィスは反射的に腕を振るった。

 

「ぁ、あぁぁぁぁっ!!」

 

 だがそんな苦し紛れの抵抗など、ミネに対しては余りに稚拙だった。

 

 振るわれた腕を、ミネは最小限の動きで外へ流した。

 

 力任せですらない。

 

 まるで暴れる患者を落ち着かせるような、滑らかな捌き。

 

「――っ!?」

 

 フィルヴィスの身体が大きく泳ぐ。

 

 その一瞬の隙を、ミネは逃さない。

 

 踏み込み。

 

 バキンッ!!

 

 鈍い衝撃音と共に、フィルヴィスの魔石にミネの拳が沈みこんだ。

 

「が、ぁっ……!?」

 

 砕かれた、魔石が、命をつなぐ源が。

 

「フィルヴィスさんっ!」

 

 レフィーヤの悲鳴が辺りに響いた。

 

 砕けた魔石。

 

 胸部に走る亀裂。

 

 核を砕かれた怪物は、その時点で崩壊する。

 

 だが――

 

「ぁ……ぁ……?」

 

 フィルヴィスの身体は、崩れなかった。

 

 赤紫の茨が狂ったように暴れ回る。

 

 胸部から溢れ出した穢れが断末魔のように空間を侵食し、床を溶かし、壁を軋ませた。

 

 しかしその全てを――

 

 蒼光が押し返していた。

 

「な、ぜ……?」

 

 フィルヴィスの声が震える。

 

 理解できない。

 

 魔石は砕かれた。

 

 ならば自分は死ぬはずだ。

 

 怪物としても。

 人間としても。

 

 なのに。

 

 胸の奥で、別の鼓動が響いていた。

 

 トクン。

 

 トクン。

 

 弱々しく。

 けれど確かに。

 

「今あなたにかけている魔法は回復魔法ではありません」

 

 ミネは静かに告げた。

 

 砕けた魔石へ拳を突き立てたまま、蒼光を流し込み続けている。

 

「ルミナス・アルフィアによって強化されたこの魔法ヴィータ・コンティヌアは回復の域を超えた復元魔法へと変化します」

 

「……復、元……魔法……?」

 

 フィルヴィスの掠れた声。

 

 理解が追いつかない。

 

 だが胸の鼓動だけは確かに続いていた。

 

 魔石ではない。

 

 自分自身の心臓が。

 

「回復不可能な域にまで達した者でも"生きている"ならば本来の正常な状態まで復元させる」

 

 淡々とした説明。

 

「フィルヴィスさんの場合は魔石が復元の阻害をしているようでしたので砕かせていただきました」

 

 あまりにも自然な口調だった。

 

 まるで、折れた骨を固定した程度の説明。

 

「…………」

 

 レフィーヤは絶句していた。

 

 回復ではない。

 

 復元。

 

 それも“本来あるべき正常な状態”への強制修復。

 

 そんなもの、聞いたこともない。

 

 神の恩恵ですら逸脱している。

 

「そんな……馬鹿な……」

 

 フィルヴィスの唇が震える。

 

 胸へ触れる。

 

 そこにあったはずの異物は消えていた。

 

 何もない。

 

 代わりに、蒼い光が全身を巡っていた。

 

 全てを“正常”へ戻していく。

 

「ぁ……ぁぁ……っ」

 

 フィルヴィスの身体が震える。

 

 熱い。

 

 けれど苦しくない。

 

 痛みではない。

 

 長年凍えていた場所へ、ようやく熱が戻ってくるような感覚だった。

 

「では邪魔な魔石も砕いたので全身治療に移りますね」

 

「はっ?」

 

 フィルヴィスの間の抜けた声が漏れた。

 

 その意味を理解する間もなくミネの拳がフィルヴィスへ叩き込まれる。

 

「げぶっ!?」

 

 鈍い音と共に、フィルヴィスの身体がくの字に折れ曲がった。

 

 肺の空気が強制的に吐き出される。

 

「フィルヴィスさんっ!?

 ミネお姉ちゃん何してるんですかぁぁぁぁっ!?」

 

 レフィーヤが絶叫した。

 

 当然である。

 

 今まで神秘的な治療をしていたと思ったら、急に拳で殴り始めたのだ。

 

 しかも容赦なく鳩尾に。

 

「魔石に浸食された症例など初めてなので一度全身の浸食部分を壊してから治した方が確実です。あ、安心してください。後遺症は残りません」

 

「安心できる要素が一個もないですよぉぉぉぉっ!!」

 

 レフィーヤの悲鳴が地下空間に木霊した。

 

 だがミネは真顔だった。

 

 本気で言っている。

 

 フィルヴィスもそれを理解してしまった。

 

「ま、待て……!

 全身を壊すって何を――」

 

 ゴキィッ!!

 

「い゛っっっっっ!?」

 

 次の瞬間、ミネの拳がフィルヴィスの肩へ叩き込まれた。

 

 鈍い破砕音。

 

 肩関節が砕ける。

 

 だが同時に蒼光が収束し、砕けた箇所を即座に再構築していく。

 

「はい、左肩修正完了です。 痛い所があったら言ってくださいね。 優先的に治しますので」

 

「整体みたいなノリで粉砕しないでくださいぃぃっ!!」

 

 レフィーヤはもう泣きそうだった。

 

「次いきますね」

 

「待っ――」

 

 ドゴォッ!!

 

「がはぁっ!?」

 

 今度は脇腹。

 

 肋骨がまとめて砕けた感触。

 

 普通なら悶絶どころでは済まない。

 

 だが砕けた場所に蒼光が浸透し、骨が再生されていく。

 

 この光景を見ているロキ・ファミリアは全員ドン引きである。

 

「あ、あの人ヤバいっすね……」

 

 ラウルが顔を引き攣らせながら呟いた。

 

 目の前で行われているのは治療と呼ぶにはあまりにも暴力的だった。

 

 殴る。

 

 砕く。

 

 そして治す。

 

 その工程をミネは真顔で高速反復している。

 

「ちょ、ちょっと待ってミネたん!?

 それホントに必要なん!?」

 

 ロキが珍しく本気で狼狽していた。

 

 だがミネは冷静だった。

 

「中途半端に残すと再侵食の可能性も考えられます。 なので全身徹底的に再構成しようと思います」

 

「再構成とかいう単語がもう怖いんやけど!?」

 

 ドゴォッ!!

 

「ぎゃぁぁぁぁっ!!」

 

 フィルヴィスの悲鳴が響く。

 

 今度は脚部。

 

 膝関節ごと砕かれた。

 

 だが次の瞬間には蒼光が収束し、骨格を修正しながら再構築していく。

 

「右脚完了です。 次、左脚行きますね」

 

「そんな軽いノリで人体破壊しないでくださいぃぃぃっ!!」

 

 レフィーヤはとうとう涙目だった。

 

 一方で。

 

「…………」

 

 リヴェリアは青ざめた顔で沈黙していた。

 

 思い出されるヘラ・ファミリアの暴虐。

 

 ベクトルは違う。

 

 違うはずなのだ。

 

 だがミネからは、ある種それに近い“理不尽”を感じてしまう。

 

 常識が通じない。

 

 理屈は理解できる。

 

 しかし納得したくない。

 

 遥か年下の同胞の少女をこんな風に育てたアストレア・ファミリアには少々話をしなければいけないと心に誓った。

 

 フィン、ガレスもまた同じものを感じ取っていた。

 

 ミネが今まで大人しかったのはミネがロキ・ファミリアを障害とも救うべき相手とも認識していなかっただけであると。

 

 もし標的にされた場合、自分達もフィルヴィスと同じ運命をたどることになると理解してしまった。

 

「…………」

 

 フィルヴィスは息を荒げながら、その場に膝をついていた。

 

 全身が痛い。

 

 というより、一度ほぼ全身を砕かれた。

 

 普通なら死んでいる。

 

 間違いなく死んでいる。

 

 だが――

 

 フィルヴィスは自分の胸へ触れていた。

 

 そこにはもう、魔石はない。

 

 脈打つ異物も。

 焼け付く侵食も。

 耳元で囁き続けていた狂気の声も。

 

 何もない。

 

 静かだった。

 

 信じられないほどに。

 

「……本当に、消えた……?」

 

 掠れた声。

 

 それは誰に向けた問いでもなかった。

 

 自分自身ですら信じられない。

 

 ずっと諦めていた。

 

 もう戻れないのだと。

 自分は壊れてしまったのだと。

 

 怪物になった時点で終わっていたのだと。

 

 なのに。

 

「はい、治療完了です」

 

 ミネは平然と言った。

 

「……は、はは……」

 

 小さく。

 掠れた笑い。

 

 自嘲ではない。

 

 諦めでもない。

 

 そんな笑い方をしたのが、いつ以来かすら思い出せなかった。

 

「本当に……治ってしまったのか……」

 

 ぽろり、と。

 

 雫が落ちた。

 

「……ぁ」

 

 頬を伝う感覚に、自分自身が一番驚いていた。

 

 涙だった。

 

 止まらない。

 

「私は……」

 

 ずっと苦しかった。

 

 怖かった。

 

 壊れていく自分が。

 怪物になった自分が。

 

 それでも止まれなかった。

 

 もう戻れないと思っていた。

 

「……っ、ぅ……」

 

 止まらない。

 

 胸の奥に溜まり続けていたものが、堰を切ったように溢れてくる。

 

 苦しかった。

 

 怖かった。

 

 穢れに侵されていく感覚も。

 自分が壊れていくと自覚できる恐怖も。

 

 だが、理不尽穢れた精霊によって齎された災厄はそれ以上の理不尽ミネによって覆されてしまった。

 

 あまりにも身勝手で。

 あまりにも強引で。

 そして――あまりにも眩しかった。

 

 こうして怪物となってしまった妖精は理不尽に救われたのだった。

 




命は還り、祈りは連なる+(ヴィータ・コンティヌア・プラス)
『広域持続回復魔法』→『広域持続復元魔法』

ルミナス・アルフィアによる効果拡張によって本来治療不可能な完全欠損や不治の病にすら効果を発揮する回復の域を超えた復元魔法。
ミネの思い描く健康体へと強制的に復元する。

過去にこの魔法によるナァーザの右腕の治療を申し出たがナァーザ自身がミアハとの絆として大事にしたいという理由で治療は見送られた。
この回答によってミネは現状の右腕がナァーザの正常な状態として認識しているのでナァーザの右腕に対しては効果を発揮しなくなっている。

このSSが完結したら

  • アリス編を書け
  • 過去編を書け
  • フレイヤ様に拾われたミネ編を書け
  • イズナ編を書け
  • ツルギ編を書け
  • いつまでかかっても良いから全部書け
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