ダンジョンで"救護"するのは間違っているだろうか 作:救護騎士団オラリオ支部
「それじゃあ、話を続けましょうか」
アリーゼが手を叩き、場の空気を整えた。
明るい笑顔を浮かべてはいるが、その瞳の奥には、どこか影が宿っていた。
「と言ってもここからは――私たちが、ふがいなかったって話なんだけどね」
冗談めかして言ったものの、その声音は笑ってはいなかった。
仲間たちも、誰一人として口を開かない。
ベルは、ただ静かに息をのんでその続きを待った。
「ミネは一年でレベル4になった。でも、それから二年間――ずっと停滞してたの」
アリーゼの声は淡々としていたが、その裏には痛みが滲んでいた。
ベルは思わず目を見開く。
普通は二年間でレベルアップすれば早い方だが、これまでのミネの成長を考えると二年というのは長く感じられた。
「……何か、理由があったんですか?」
ベルの問いに、アリーゼは少しだけ俯いた。
リュー、輝夜、ライラも皆、視線を落とす。
その沈黙が答えを物語っていた。
「理由は――私たちだよ」
アリーゼは苦笑するように言った。
「ミネのレベルが上がるような試練…それこそダンジョンの下層レベルになる。当時の私たちじゃ、ミネについていくことが出来なかったの」
「いくらレベル4とはいえ、ミネは――まだ八歳でした。単独で下層に行くなんて、無謀もいいところです」
リューが静かに言葉を重ねた。
その声音はいつもの落ち着きを保ちながらも、どこか自分を責めるような響きを帯びていた。
「アイツも、アタシたちに心配かけないようにって、単独で下層に行くなんて無茶はしなかった。……けど、逆にそれがふがいねぇんだよ」
ライラが低く呟く。
その声には、悔しさが滲んでいた。
「二年……それが、私たちが“ミネに追いつくために”費やした時間だったの」
アリーゼはゆっくりと息を吐きながら言葉を継いだ。
「あの子は、もうとっくに――私たちよりずっと先に行ってたのよ」
その声には、悔しさと、それを包み込むような優しさが混ざっていた。
ベルは静かに息をのむ。
“守るべき子ども”だと思っていたミネに、いつの間にか守られていた――。
その事実が、この場にいる全員の胸を締めつけていた。
「でも、ようやく追いついてミネもレベル5に上げられて、ミネは事実上、オラリオの中で上位の冒険者になった。」
「私たちは安心していました。ミネを害する存在はもうほとんどいないと」
「……でも、それが慢心だったのよ」
アリーゼの声が、かすかに震えた。
ベルは息を詰める。
リューがそっと目を伏せ、輝夜が唇を噛む。
ライラは拳を握りしめていた。
「ミネがレベル5に上がって数か月がたったころ…、始まったのよ」
――『大抗争』が。
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「――『大抗争』、ですか?」
ベルが思わず問い返す。
その言葉には、オラリオの誰もが恐れる響きがあった。
「闇派閥によって多くの市民や冒険者が犠牲になった7日間を言います。七柱もの神が送還され、バベルも危うく陥落されるところまで行きました」
アリーゼは静かにうなずいた。
その声には、今もなお惨劇を思い出す痛みが残っているようだった。
「闇派閥がオラリオを蹂躙する中、ミネはオラリオ全体を魔法を行使しながら走り回ってた」
アリーゼの声が少しだけ震えた。
「ミネは当時、二つの魔法を持ってたの。一つはさっき話したように規格外の回復魔法」
アリーゼに続くようにリューはゆっくりと語り続けた。
「そして、多くの市民や冒険者を守った魔法――広域障壁魔法を」
「ミネが守ると決めた人々を包み込む、蒼の結界のようなものだった。闇派閥の襲撃から避難する人々の安全を守ったのよ」
リューが小さく付け加える。
「その防御能力は当時ですら、レベル5相当の攻撃すら数回は防げるほどでした」
ベルは息を呑む。
たった一人の、まだ子どもであるミネが、皆を守る魔法を操っていた――その光景が、頭の中で重くのしかかる。
「でも……」
アリーゼの声が震えた。
「出会ってしまったの。街を駆けまわる中で見つけてしまった」
「アルフィアを」
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「アル…フィア?」
ベルは思わず声を漏らした。その名前には、なぜか懐かしさを感じていた。
アリーゼは深く息をつき、言葉を選ぶように続けた。
「アルフィア……かつて最強と呼ばれた二大ファミリアの片割れ、ヘラ・ファミリアに所属していたレベル7の冒険者。それが闇派閥に協力していたの」
「れ、レベル7!?」
アリーゼはゆっくりと頷き、視線を落としたまま言葉を続けた。
「ええ。ミネがまだ子どもで、レベル5になったばかりの時よ……相手は、レベル7。単純に数値だけでも圧倒的だった」
アリーゼが小さく息を吐く。
「そんな相手でもミネは我を通した。ミネはね、救おうとしたのよ、敵であるアルフィアを」
「救うって…どうして…」
「病気だったの」
アリーゼの言葉に、ベルの眉が瞬時に寄る。
「病気…ですか?」
リューも声を潜めて問い返す。アリーゼはゆっくりと頷いた。
「ミネがアルフィアに出会う前に、わたくしたちはアルフィアと一戦交えていた。だからミネには、アルフィアに出会っても逃げに徹しろと言っていたんだがな…」
「アイツ、よりによって私たちがアルフィアとやり合ってる最中に乱入してきやがった」
ベルは言葉を失った。まだ子どもであるミネが、しかも自分たちが危険と戦っている最中に――。
「もしもミネがアルフィアに出会って逃げられない状況に陥ったらと情報を伝えたのがいけなかったわね」
アリーゼの声が静かに沈む。
「逃げるどころか立ち向かっていった……アイツは自分の信念を貫いたんだ、自分より格上の相手に――」
「見ず知らずの誰かを救うため、アルフィアを救うことだけを考えて、あの子は私たちの前に現れた」
リューが小さく息を吐き、目を伏せた。
ベルの胸は、言葉にならない感情で締めつけられた。まだ十歳の子どもが、文字通り自分たちの想像を超える行動に出ていたのだ。
「……信じられない……」
思わず漏れたその言葉に、誰も反論はできなかった。
アリーゼはゆっくりと息を吐き、目を閉じるようにして続けた。
「ミネは、ただ強いから立ち向かったわけじゃない。弱っている者を見過ごせなかった――ただそれだけ。敵であろうと、立場であろうと関係なかった」
ライラは拳を握りしめたまま、低く呟いた。
「でも結局アルフィアは死んだ」
その言葉が場に落ちると、空気が一瞬凍りついた。
ベルの喉が詰まる。耳を疑うほど、重い現実が、静かに、しかし確実に迫ってきた。
アリーゼは目を伏せたまま、かすかに首を振る。
「……ええ、ミネの、私たちの前でアルフィアは燃え尽きた」
リューも静かに唇を噛み、言葉を継ぐ。
「あの子はまだ、アルフィアを救えなかったことを後悔してるのでしょう」
その言葉が静かに場に落ちる。誰も声を発せず、ただ重苦しい沈黙が続いた。
輝夜がそっと口を開く。
「……後悔しているからこそ、あの子はさらに強くなる」
アリーゼは小さく頷き、目を伏せたまま答える。
「ええ。あの子は決して諦めない。どれだけ辛くても、どれだけ痛ましくても――目の前にある命を守るために、立ち上がる子よ」
緊張した空気の中、ライラが突然にやりと笑った。
「そんなわけでミネを落とすのは正直苦労するぜ。頑張れよ、ベル」
ベルはその言葉に思わず顔を赤らめた。
「……そ、そんな、落とすだなんて…何言ってるんですか、ライラさん!!」
ライラは肩をすくめ、軽く笑ったまま言う。
「アイツは理知的に見えるが、割と猪突猛進だ。色恋なんて今まで縁がないくらいには突っ走るタイプだぜ」
「ライラ、色恋については私たちが言える立場では…」
アストレア・ファミリア、正直美人ぞろいだが、誰一人恋人ができたことがない。
もちろん、ベルをいじっているライラも、狙っている男性はいるが年齢=恋人がいない歴だ。
人のことを言えたものではない。
ライラはにやりと笑い、ベルを見やった。
「ベル、お前も覚悟しとけよ。アイツとくっついたら、リオンが監視役になるからな。妹分・弟分目線で、細かくチェックされる覚悟だ」
「ライラ、いったい何を言ってるのです!?」
「おやおや、潔癖なエルフ様が男女の間を監視するなど、なんともはしたない」
「輝夜も乗るな!」
ワイワイと騒がしく時が過ぎていく。
あぁ、これが仲間なんだ――とベルは深く息をつき、少しだけ微笑んだ。
【天の盾(アストラ・ファエル)】
広域障壁魔法/自身を中心とした広範囲内の対象一人一人に自身の耐久と同等の防御障壁を付与する。
レベル2の半ばで目覚めたミネの防御障壁魔法。
「命は還り、祈りは連なる」と同等の識別能力を持ちながら対象にする人数にかかわらず消費マインドが一定という特性を持つ。
また攻撃を受けるまで障壁が発動しないので秘匿性が高い。
参照するのがよりによってミネ自身の耐久のため凄まじく硬い障壁になってしまっている。
消費マインドは多めだが効果範囲は広く対象人数にかかわらずマインド消費量が変動しないのでコストパフォーマンスに優れ、鍛えられたミネの魔力量からすれば乱発可能という敵側からすれば悪夢のような魔法。
詠唱
「我が名の下に誓おう。
砕けぬ盾よ、天より降り立ち、
全ての穢れと災厄を退けよ。
鉄壁の城塞となれ――」