ダンジョンで"救護"するのは間違っているだろうか   作:救護騎士団オラリオ支部

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豊穣の女主人

「ヘイズから聞いたのだけれど、ヘスティアが新しい眷属を迎えたそうね」

 

夜も更け、フレイヤ・ファミリアの本拠《戦いの野》にも静寂が降りていた。

白銀の月光が大理石の床を淡く照らし、空気にはほのかな緊張が混ざる。

そんな中、ミネはフレイヤに呼ばれ、彼女のもとを訪れていた。

フレイヤの傍らに控えるのは、都市最強と名高い第一級冒険者――オッタル。

彼はミネの姿を見ても一言も発さず、ただ主の命を待つのみである。

 

「はい、私も驚きました。遠征から帰ってきたら、後輩ができているのですから」

 

フレイヤは唇に指を添えて楽しげに微笑む。

その笑みは、花が咲くように美しい――けれど、その奥には確かな「熱」を秘めていた。

 

「だから少し心苦しく思っているのよ。貴方、帰ってきてからずっとヘイズたちを手伝っていて、全然帰っていないでしょう? どう? 場は私が用意してあげるから、その子の歓迎会を開いては?」

 

「……歓迎会、ですか?」

ミネはわずかに目を瞬かせた。

まさかフレイヤの口からそんな言葉が出るとは思っていなかったのだ。

 

フレイヤは椅子の背に体を預け、ゆるやかに脚を組む。

その仕草ひとつで、まるで夜空の光が彼女に引き寄せられるようだった。

 

「そう。せっかく可愛い後輩ができたのに、貴方は全然帰らず、碌な交流もできていないでしょう?」

 

「……それは、まぁ、否定できません」

 

ミネは小さく苦笑した。

遠征の後、彼女はほとんどの時間を《戦いの野》で過ごしていた。

思えば、せっかくベルがヘスティアの眷属になったというのに、アストレア・ファミリアに任せきりだった。

 

「だから私がその機会を用意してあげる。アストレアの子たちも一緒に、その子の歓迎会をしてあげなさい」

 

「…よろしいのですか? そうなると少しお暇を頂くことになりますが…」

 

「半日程度の話でしょう? ヘイズたちなら心配いらないわ。私が話しておいてあげる」

 

ミネは少し考え、深く頭を下げた。

「……ありがとうございます、フレイヤ様。ご厚意に甘えさせていただきます」

 

フレイヤはその言葉を聞くと、ふっと瞳を細めた。

銀の光がその瞳に宿り、底の見えない深淵のように輝く。

 

「オッタル、アレを」

 

オッタルが手渡したのは、小さな金属製の箱だった。

重厚な作りだが、どこか上品さを感じさせる。蓋には精緻な紋様が刻まれている。

 

「――これは?」

ミネが戸惑いの声を漏らす。

 

フレイヤはゆったりと椅子から立ち上がり、箱に指をかける。

「貴方の後輩への、私からの少しばかりの贈り物よ。ただし、中身は――その子が開けてからのお楽しみ」

 

ミネは箱を両手でそっと抱き、微笑む。

「ベルさんもきっと喜んでくれると思います。重ね重ねありがとうございます、フレイヤ様」

 

フレイヤは優雅に微笑み、軽く頷いた。

「ええ、くれぐれも、その子によろしくね」

 

ミネは小さく息をつき、箱を胸元で抱えながらその場を後にした。

その場に残ったのは、相変わらず沈黙を貫くオッタルと、美しい笑顔を浮かべるフレイヤのみだった。

 

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夕暮れに染まる街路の片隅、古びた木製の扉を前に、ミネはそっと足を止めた。

酒場の看板は風に揺れ、遠くから聞こえる人々の笑い声と、杯のぶつかる音が柔らかく街に溶け込んでいる。

 

「――フレイヤ様のお気遣いでしょうか? お話しした覚えはないのですが…」

 

フレイヤが意図したのかはわからないが、アストレア・ファミリアの面々に誘われて、ミネ自身も少しなじみのある店だった。

胸元で抱えた小さな箱に軽く手を添え、深呼吸をひとつ。

 

ミネはそっと扉を押すと、酒場特有のざわめきと香ばしい匂いが一気に流れ込んできた。

冒険者たちの笑い声、杯がぶつかる音、軽快な談笑のリズム――すべてが混ざり合い、温かく心地よい空気を作り出している。

 

ミネは店内を見渡し、知った顔に軽く会釈した。

「こんばんは、皆さん……」

 

すでにアストレア・ファミリアの面々が集まり、小さな飾りや用意された料理がテーブルに並べられていた。

中心には、白い髪に赤い瞳を持つ少年、ベル・クラネルがちょこんと座っていた。

 

ベルは少し驚いた表情でミネを見上げる。

「……ミネさん?」

 

「3日ぶりですね、ベルさん」

 

ベルは少し戸惑いながらも、小さな笑みを浮かべた。

 

ミネは胸元で抱えた小さな箱をそっと差し出す。

「ベルさん、こちらは……フレイヤ様からの贈り物です。改めて、これからよろしくお願いしますね」

 

ベルは目を輝かせながら、そっと手を伸ばして箱を受け取った。

「……え、これ、僕に?」

 

ミネはにこりと微笑む。

「はい。どうぞ、開けてみてください」

 

ベルは慎重に蓋を開ける。中には、小ぶりの白銀に輝くナイフが収められていた。

 

ナイフは手に取ると、ずっしりとした重量感があり、しかし鋭く精緻な作りの美しさも感じられる。

白銀の刃には微細な紋様が刻まれ、光を受けて淡く煌めいた。

 

ベルは目を丸くして、それを見つめた。

「……すごい……これ、フレイヤ様が?」

 

ミネは頷き、柔らかく微笑む。

「はい。きっとベルさんの成長を見守る、ささやかな応援のしるしだと思います。大切に扱ってあげてくださいね」

 

ベルは小さく息を呑み、ナイフを大事そうに胸に抱えた。

「ありがとう、ミネさん…! フレイヤ様にもお礼を伝えてください、必ず!」

 

ベルの声には、嬉しさと少しの照れが混ざっていた。

ミネはにこりと微笑み、柔らかく頷く。

「ええ、必ず伝えておきます。そこまで喜んでいただけるなら、フレイヤ様もきっと喜ばれると思いますよ」

 

そんなやり取りを傍から見ていたアストレア・ファミリアの中から声が上がる。

 

「よーし、終わったな。だったら今日はたらふく飲むか! 何せ今日はただ酒だからな!」

 

ライラが嬉しそうに声を上げた。

 

その声に仲間たちの笑顔が弾け、ざわめきと笑い声がさらに活気を帯びる。

 

「ちょっとライラ、少しはしたないんじゃない?」

アリーゼが少し呆れたように言うが、口元の笑みは隠しきれていない。

 

ライラは肩をすくめて笑う。

「だって、今日は歓迎会だぞ? しかもフレイヤ様からの奢りだ! 騒げるうちに騒いどけ!」

 

ミネはそんな二人を穏やかに見守りながら、ベルの方に目を向ける。

「ベルさん、大丈夫ですか? ちょっと賑やかですが、楽しめそうですか?」

 

ベルは小さく頷き、少し照れたように笑った。

「はい……皆さん楽しそうで、僕も何だか楽しくなってきました」

 

その言葉に、周囲の仲間たちがさらに笑顔を見せ、グラスを掲げる。

「じゃあ、今日の乾杯はベルに!」

 

「ベルの歓迎に乾杯!」

 

店内に明るく弾む声が響く。ベルは少し恥ずかしそうにしながらも、手を軽く挙げて応えた。

ナイフを胸元に抱えた小さな胸に、温かい気持ちがじんわりと広がる。

 

「ふふっ、いつにも増して皆さん楽しそうですね」

 

ベルの後ろから声がかかる。振り向くと、そこには薄鈍色の髪を揺らし、柔らかく微笑む少女の姿があった。

 

「……あ、驚かせちゃいました?」

 

その笑顔は、初めて会う人でも自然と安心させるような優しさを宿している。

 

ベルは一瞬目を見開き、小さく息を呑む。

「……あなたは……?」

 

「あ、ごめんなさい。私、シル・フローヴァです。見ての通り可愛いウェイトレスさんです」

 

「べ、ベル・クラネルです。い、いいんですか? お仕事中なんじゃ…?」

 

キッチンの方を見れば、何人かの店員があわただしく動いている。

 

「キッチンの方はともかく、給仕の方は余裕がありますし」

 

シルはドワーフの女将に視線を向ける。女将も笑みを浮かべながら許しを出した。

 

シルは丸椅子をベルの横に置き、軽く腰を下ろして柔らかく微笑む。

「なんだかすごく楽しそうですし、私も少しだけ参加させてもっちゃおうかな? いいよね、リュー」

 

リューはため息交じりに苦笑し、手元のグラスを軽く揺らした。

「まったく、シル、貴女という人は……」

 

シルはくすくすと笑い、ベルに向き直る。

「それじゃあ、ベルさん。今日はいっしょに楽しみましょうね」

 

ベルは少し照れながらも、小さく頷いた。

「はい……よろしくお願いします」

 

ミネはベルの肩に軽く手を置き、温かく微笑む。

「ベルさん、緊張しなくて大丈夫です。今日は皆で楽しい時間を過ごす日ですから」

 

ライラは歓声をあげ、グラスを高く掲げる。

「よーし! じゃあ今日はみんなで楽しむぞー!」

 

アリーゼも微笑みながら、ライラのはしゃぎっぷりを見守る。

「ほんと、いつにも増して賑やかね……でも、いい雰囲気だわ」

 

小さく笑顔を浮かべ、周囲の仲間たちと視線を交わす。

これもまた冒険者の姿だ。

楽しい一日は、こうして騒がしい空気の中で過ぎていった。

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