拝啓、あの頃憧れたやれやれ系天才主人公へ   作:しゃちくじゃんぷっ!

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#1 やれやれ、俺はいつだって本気だぞ?

 「葛見聡(くずみそう)、貴方、学校で手を抜いてるわよね」

 

 4月初週、放課後の屋上。

 不機嫌そうな面持ちで目尻を吊り上げた女子生徒に手紙で呼び出された俺は、放課後の夕日に照らされながら詰問されていた。

 

 相手のことは知っている。

 クラスメイトの浜宮だ。

 見た目こそ令嬢然とした大和撫子の風貌なのだが、その形のいい桜色の唇から繰り出される冷厳たる毒舌は告白してきた何人もの男子生徒たちの心を圧し折ったという校内伝説がある。怜悧で相手を射殺しそうな空色の双眸を見るに、多分事実なんだろうな。こうして対峙すると、さながら恐怖政治で国内を統制している独裁者と対峙しているみたいな、強烈な圧を感じる。

 

 一つ気になるのは、浜宮とクラスメイトになったのは進級してクラスが替わった今週からで、それまでは何一つ俺は浜宮と関わりはなかった。

 

 だから本気で用件は分からない……のだが。

 心臓がバグバグと鼓動を早める。期待で胸が膨らむ。

 浜宮の口ぶりからして、これは、つまりそういうことじゃなかろうか。

 

「手を抜く……? いや、何のことか分からないな。少なくとも俺は全ての物事に全力投球しているんだけどな。悪い、もっと具体的に言ってくれないか?」

「惚けないでよ。調べは付いているのよ」

「調べ?」

 

 俺は到底理解が及んでいないという態度で首を傾げると、ピクリと瞼を痙攣させながらもスクールバックからA4サイズの紙を取り出した。

 

葛見聡(くずみそう)、私は貴方の事を半年前から知ってるわ。校外の全国模試では300傑常連にも関わらず定期試験では席次100番にすら入らない。これは前回1月の模試だけども、おめでとう、貴方全国32位だったそうね」

 

 300傑とは単純に、模試の合計点で上位成績者に入った300人のことだ。当然、全国300位以内というと最難関国立大学志望ばかりがランクインするため、乗ること自体が一種の誉とされているとかされていないとか。あんまり興味が無いから良く知らないけど。まあ確実なのは300傑に名前が乗るとちょっとだけ注目を集めたりするってことだ。今みたいにな。

 

 俺が反応せずにいれば、浜宮は皮肉げに言う。

 

「随分と勉強が得意なようね」

「1月模試の日はゲン担ぎで朝飯でかつ丼を食べたのが良かったんだろうな。おかげで夜まで活力で満ち溢れていた」

「ふざけないで。理屈になってないわ」

 

 眉間に皴が寄り、射殺す勢いで睥睨してくる。

 流石に怖い……! が、ここで引いてはダメだ!

 なにせ、これは中学時代から目指していた千載一遇の機会なのかもしれないんだ……!

 

 恐怖をぐっと呑み込み、俺は虚勢とバレないように肩を竦めた。

 

「冗談は悪かった。だが点が良かったのは本当に偶々なんだ。山を張って勉強していたところが大当たりしただけだぞ」

「それこそ悪い冗談ね。それならずっと300傑にいる説明が付かないわ」

「それも同じ理由だな。これでもいつ上位名簿から名前が消えるか毎回ドギマギしてる」

「どうしても言わないのね」

 

 4月の陽光に温められた春風がひんやりとした冷風に感じてきた。浜宮の冷然とした氷の瞳に当てられているのだろう。全く恐ろしいったらありゃしない。何も無ければ関わりたくないタイプだな。

 そんな思念が見透かされたのか、浜宮は眉を八の字にして不快感を表にする。

 

「……まあいいわ。で、最初の問いに戻るのだけども、何で学校では手を抜くのかしら? 貴方なら学年首位だって射程圏内のはず」

「最初も言った通りだが手は抜いてないぞ。不自然に見えるかもしれないが、俺は学校の定期試験が苦手なんだよ」

「道理が通ってないわ。馬鹿馬鹿しい」

「事実だからな。話がそれだけなら俺はお暇させてもらう」

「待って! 私はまだ納得してない!」

「これ以上の立ち話はお互いに不毛だろう」

 

 俺は黙って背を向ける。浜宮はきっと不満を大いに露わにして、今までにない恐ろしい表情を作り上げていることだろう。うん、絶対に立ち止まってはならないな。なんか怖いし。

 

 屋上の扉を閉めて、階段を下り切ったところで溜息を一つ。

 ぐっとこぶしを握り締めて、俺は夕暮れ空を見据えた。

 

 ……これだよこれこれ!

 俺が求めていた高校生活!

 ちょっとばかし遅いし相手も怖いけど、漸く風向きが変わってきたぞ!

 

 ───そう、俺はやれやれ系主人公になりたいのだ!

 

 

 

 中学時代、人生で初めて読んだライトノベルの主人公に俺は憧憬を抱いた。

 カッコイイ。滅茶苦茶カッコいいじゃねえか!

 

 そのラノベでは主人公は天才だった。ファンタジー学園もので、主人公は勉強も剣術も魔術も出来る、その世界でもトップクラスの人傑である。しかし平穏な暮らしが目標の主人公は自身の才覚を披露することなく、学年平均程度のラインで学園生活をのほほんと謳歌していた。当然、そんな抜きん出た主人公を世界が放っておくわけもない。王都のギルドマスターに貴族や王族、犯罪集団『闇食(やみばみ)』など、次第に主人公は自身の隠匿していたその実力を、公衆の前で発揮せざるを得ない状況に追い込まれていく。

 

 ───今思えばこの時代じゃありきたりな『やれやれ系主人公』って感じのキャラクター像だったけども、付ける薬も無かった在りし日の俺は目を輝かせて次ページ次ページと紙面を捲った。いつしか主人公の一挙手一投足に憧れた。次第にリアルでも真似をし始めた。

 

 あの瞬間、心の窓を割るように飛び込んできたあの衝撃。

 隠匿生活に人知れず苦悩する姿。真の実力を露わにした時に仲間に驚愕されて、それを我関せずと澄ました顔で「こんなもんか。腕、鈍ったな」と一人自己分析する姿。

 全てに憧れが詰まっている。こうなりたいと思う自分の理想像の究極系はこれだと、完全に俺は信じ込んだ。

 その瞬間、中学一年生の俺はどうしようもないほど、やれやれ系主人公に憧れてしまったのだ。

 

 それからと言えば努力、努力、努力の三連単。容姿を磨き、運動神経を磨き、学力を磨いた。ベースとなる俺は凡庸な才能しか持ち合わせていない一般人だ。だから中学時代は修行期間と見定めて、一分一秒の寸暇も惜しんで全力で頑張った。マジで頑張った。大抵のスポーツは中級者から上級者の間くらいの実力になれたし、元から中の上くらいだった成績は学年トップになれた。その間にクラスじゃ色々と青春的な催しがあったけど、俺はそれら全てを参加辞退で突き通した。

 なぜなら俺はやれやれ系になるのだから、脇目を振る余裕なんてなかったのだ!

 

 そうして俺は何事もなくストイックに中学生活を乗り切って、難なく高校受験に成功すると、家から1時間ほどかかる準難関校の灯ヶ丘(あかりがおか)高校に進学。

 それと同時に満を持して葛見聡(くずみそう)はやれやれ系の高校生として高校デビューを果たした。

 

 はずだった。

 

 気付けば1年は早急に過ぎ去り、季節は高校2回目の春。

 のうのうと1年を過ごした様は、さながら俺の理想像とするやれやれ系ラノベ主人公が望む平穏な生活そのもので。

 

 ───でも俺が望むのはそんな平凡な高校生活じゃない!

 何一つとして、理想と違うんだが……!?

 

 1年間、真の学力も運動神経も発覚する気配すらなかった!

 定期試験でわざと簡単な問題を間違え、難しい問題に正解しても「葛見また勿体ないことしてるぞ、ケアレスミス減らせよー」と数学教師から至極御尤もな言葉をもらうだけで誰も関心を抱かず、体育の授業でバスケをやれば「お前意外に上手いよな、未経験の割にボール回し出来てるし、基礎も出来てる。今からでもバスケ部入れよ、才能あるぜ。多分」と秘められた素質を褒められるだけでそれ以上の深入りはしてこない。

 ……まあスポーツは全般的にその道一本の部活生たちと比べたら全然で、全国レベルの実力とかは一切無いけどな。

 

 それでももっとこう、持ち上げられたいし噂されたいんだよ俺は!

 「葛見って実はもっとやれんじゃないか?」「いやいやお前、晩年アベレージマンの葛見だぞ? たぶん偶然だろ偶然」みたいなひそひそ話が俺の周りを飛び交ってもおかしくないんじゃないかと思いますが!

 

 そんな妄想に取り付かれながら1年。本気を出さずにその片鱗すらポケットの奥底に仕舞いこんで、隠者気取りで学生生活を送って、漸く俺は間違いに気付いた。

 

 ここまで俺が安寧とした毎日を享受出来てしまっているのはスポットライトの当たりにくい影の薄さが原因だ。彼らに主体性というものはなく、あるのは目立ちたくないという信念だけ。事件がなければ才能も努力も陽の光を浴びることはない。 

 その事実を俺は見て見ぬふりをしてしまった。

 そして何より『高校では何もしなくとも当然輝かしくて愉快な青春イベントが沢山発生するんだろう』という大いなる勘違いをしてしまったのだ!

 

 でも、今更この信念を捨てると中学時代の努力が無駄になる。

 過去の自分を裏切るのは簡単なことじゃない。何と言っても報われないじゃないか。俺がどれだけ歯を食いしばって中学三年間、友達も作らずアニメゲームといった娯楽も封印して自分磨きに費やしてきたか分からなくなってしまう。

 それは嫌だ。絶対に受容できない。

 意固地になってるなお前って笑われても良いさ。一度突っ走ってしまった以上、もう俺のコマンドはAボタン連打でこのまま同じ生活を繰り返すしか選択肢はない。

 

 やるしかないんだ。

 例え他人任せの愚行であっても、原初の自分の思いを裏切るよりは愚昧じゃないと願って。

 

 浜宮から呼び出されたのはそんな時折だった。

 朝登校すると下駄箱に折り畳まれた白紙が一枚入っていて、中を開けば『今日の放課後、屋上で待っています』と一瞬告白と見紛う文章が書かれていて。一瞬、青春ワンダフルなイベントが遂に俺にも……!? と頭お花畑な妄想が脳裏を過ったが、冷静な自分によってすぐにそれは否定された。だって俺が惚れられる理由なんて皆無だろ皆無。ましてやこれまで浜宮とは話したことすらなかった。

 

 浜宮紫(はまみやゆかり)はかなり優等生の部類だ。少なくとも嘘の告白をして、相手の反応を揶揄って楽しむような品性の無い人間でもないから、本当に用件があるのだろう。

 だが、ならあの浜宮がクラスでも影に籠った俺に何の用なんだ?

 一匹狼気質な浜宮が俺に興味を持つ理由なんて思い当たらないんだが……。

 

 ───と、そんな戦々恐々とした気持ちで向かったのだが、まさか俺の成績を詰問するためだったとは。

 正直な話、今俺は、マジで嬉しい。

 一年近く隠し続けた俺の実力を、初めて見破ってくれそうな人間が現れた。それもクラスメイトで。

 

 こんな感無量な話はないだろう。

 浜宮は言わば、不毛な学生生活を意固地になって続けかけたところに現れた救世主だ。

 

 であるなら、やることは一つしかない。

 

 そう、シラを切ってみせる。

 俺は俺の理想を貫く。

 今こそ、俺はやれやれ系になってみせる。

 

 

 

 

─── ─── ───

 

 

 

 

 

 翌日の学校。登校して直ぐに俺は浜宮の姿を視界の端で確認した。

 今日もHR開始ギリギリに滑り込んだため、既に殆どのクラスメイトが席について各々自由に過ごしている。そんな中で浜宮は背筋を伸ばして一人文庫本を開き、怜悧な目で活字を追ってる。時折ページを開くときだけ大きく身体が身じろぐ。そんな浜宮の瀟洒さに当てられてか、その付近にで喋るクラスメイトの声量が小さい。

 なんというか、浜宮の周囲1マスだけ気温が5度くらい寒いんじゃなかろうか。夏なら冷房要らずだな。

 

 しょうもないことを考えていれば、すっと浜宮の首がこちらを向いた。

 予備動作が無かったから軽くホラーだった。しかも目が何だか座っている。怖いんだが?

 

 獲物を見つけた肉食動物のように目を細めると、浜宮はすくっと立ち上がる。その動きに追従して長い黒髪が靡き、陽の光を浴びて黒曜石の如く煌めいた。

 ……あれ、俺の方近付いてくるなこれ?

 もしかして話しかけてくるんでせうか?

 教室で浜宮みたいな美少女に話しかけられたらこの上無く目立つから正直嫌なんだが?

 

 浜宮は俺の席で足を止めると、仁王立ちで俺を見下ろした。永久凍土も斯くやと言った、それはもう冷え切った瞳で。

 

「言いたいことが山ほどあるんだけどもいいかしら」

「そう威圧的にされると喋りづらいぞ浜宮」

「威圧される貴方が悪いんじゃないかしら?」

「思い当たる節がないな」

「そう。おつむが弱いのね」

 

 こえーーーーーーーーっ!

 おっかねえよ浜宮紫!

 

 いやさ、何で俺こんなに言われてんの?

 確かに昨日の放課後は戦略的撤退をしたけども、ここまで好戦的な態度を取られる理由にはならんだろうよ普通は!

 何か今にも社会的に抹殺してきそうな目をしてんだけども!?

 

「おつむが弱くて悪かったな」

「ふふ、とても腹立たしい物言いね。屈辱的ですらあるわ」

 

 嗜虐的な笑みが口弧に浮かぶ。

 何とか今までの経験からクールを気取れてはいるが、僅かでも気を抜けば目を逸らしたくなるくらいには眼前の同級生の佇まいは女帝チックで怖い。いやホント帰ってください。幾ら俺の学生生活の救世主とはいえ、朝から対峙する相手には胃が重すぎるんで。

 

「ともかく話はまだ終わってないから。また後で来るから逃げないでよね」

「はあ」

「逃げたらころ……転がすから。階段から」

 

 ちょっと待て。

 いま"殺す"って言いかけたよな?

 でも言い方が良くないとか微かに残った倫理観で思ったのか、発言内容を途中で路線変更しようとして、結局より具体的な暴力の方法になったよな? 階段から落ちたら当たりどころ次第で普通に死ねるっての。

 おっかな過ぎるぜ、浜宮紫……。

 

 浜宮が去ってすぐに始業の鐘が鳴って、朝のHRが始まった。

 時間と同時に教室に入ってきた担任の糸井先生は小柄な人で、1年の頃から現代文を担当されていたから分かるがかなり小動物っぽい教師だった。黒板に書かれた文字を消そうと背伸びする姿とか、若干舌足らずなところが可愛いとマスコット的人気を博しており、噂によれば校内に非公認ファンクラブもあるとかないとか。

 

 糸井先生は太陽のような明るい表情で教室内を見回した。

 

「み、みなさん、おはようございます。今日はいい天気ですね~こんな日にはピクニックに行きたい気分になりますよね。でも学校はサボれませんからね! というわけで皆さん今日も一日頑張ってやりまっしょう! あ、連絡は特に無いですけど新入生には優しくしてくださいね〜! お年寄りと新入生には優しくですよ皆さん〜!」

 

 相変わらず朝から気持ちの良い挨拶の先生だ。

 

「先生〜細井先生にも優しくしていいですか〜!」

「ほそちゃん先生〜手を振って〜!」

 

 対照的にこちらのクラスメイトは少し気持ち悪い。

 まったく、アイドルのライブじゃないんだからな。いや俺だって認めてるところは認めてるぞ? 特に常時お日様ぽわぽわオーラを醸し出してる無形遺産クラスの微笑みはアイドルみがあるし……っていかんいかん。俺まで変態の仲間入りをしてどうする。

 

「はいはい、皆さん落ち着いて。どうどう鳥ですよどうどう鳥」

 

 細井先生は手慣れた様子で熱狂的な信者を手で諌めた。「はーい!」と無邪気な返事で静まる信者たち。幼稚園児ならいざ知らず、高校生の無垢な返事は聞いてて少し気持ち悪い。

 俺と違い天使の精神性を併せ持った細井先生は当然その光景に不快感を覚えることはなく、にこやかにニコリと笑みを湛える。

 

「クラスも変わって5日目なのでまだお互い知らない同士の人も多いと思いますけど、今日という一日を経て少しでも仲良くなっていきましょうね〜って私また締めの挨拶言っちゃった! ま、まあいいか! 解散して各自1限の用意してくださいね〜!」

「「アンコール! アンコール!」」

「締めの挨拶にアンコールも何もありませんからね! 解散! 閉廷!」

 

 それ以上留まるとまた乗せられてしまうと懸念したのか、細井先生はそそくさと逃げるように教室から退散した。一部で残念そうな声が上がる。お前ら本当に細井先生好きだな。その内勝手に世界征服しては細井先生に誕生日プレゼントであげるみたいな暴走の仕方をしそうで怖いわ。

 

 ともあれ。

 細井先生の言葉に従って1限の準備でもするか。確か1限は数学2だったな。教科書は全て置き勉しているからすぐに取り出すことが出来る。

 

「なあなあ、葛見よい」

 

 教科書とノートと筆箱を出して、あとは浜宮対策に突っ伏して寝ようかと思っていれば前の席に座っていた男子生徒が振り返ってきた。

 ええと……。

 

「及川だっけ?」

「坂上だ! 1文字も合ってねえのよ! 葛見ってばクラスメイトに興味無さすぎじゃねえ?」

「悪い。まだ進級して1週目だから顔と名字が合致してないんだ」

 

 坂上……記憶に全くなかったな。

 染め上げた金髪とかふにゃりとした瞳とか人好きしそうな能天気な笑みとか、色々と印象に残りそうな見た目なのに。

 ……いや寧ろ、だからこそ、坂上と関わったらクラス内でも注目を集める可能性があると無意識下で判断して意図的に情報を遮断したのかもしれない。こういう天然系イケメンと関わると望む望まない関係なくクラス内カーストが上がるからな。

 

 坂上は髪をポリポリと掻きながら「まーいいけどよ」と俺に顔を寄せてくる。近い。

 

「お前、浜宮さんと何の関係なん?」

「その前に少し離れてくれないか?」

「おっと失礼」

 

 坂上はぐいっと机越しに乗り出していた形態を解除し、元の距離感に戻る。隣人がホモじゃなくて安心した。

 

 下らない余念はともかく、浜宮の件か。

 坂上が口にした瞬間、教室中がやけに静まった気がする。ちょろっと一瞥すればクラスの何割かが俺と坂上の様子を窺っていた。

 どうも嘆かわしいことに、普段滅多に喋らない冷艶清美で冷酷無情な浜宮が、平々凡々な俺の席に来たという事実はどうもクラス内でも一躍注目の話題に踊り出ていたようだ。

 

 ただまあ、期待に添えず申し訳ないのだが、俺と浜宮の関係性を端的に表すと……そうだな。

 

「昨日初めて話した関係性だな」

「そうは見えなかったけどなあ。葛見ーお前ムッツリっぽいしなんか隠してるだろ?」

 

 とんだ悪評だ!

 ほぼ話したこともない赤の他人から言われるような言葉じゃないと思うんだが!

 

 ……などと反射的に言ってしまえばキャラ崩壊も甚だしいので、口を縛り上げつつ代わりに欠伸を一つ零す。

 

「隠してえねえよ。バカだな、浜宮だぞ。俺に興味なんか持つ訳ないだろうが」

 

 人間なんて血と骨肉の塊としか思っていなさそうなあの冷酷無比の瞳を見てみろよ。どう考えても何かの間違いだろう。

 流石にそこまで言ってしまうと浜宮からの報復が怖いが、似たようなニュアンスを読み取った坂上は諦めたようにため息を吐いた。

 

「だよなあ浜宮さんだもんな。容姿端麗と頭脳明晰の最上級二刀流選手たる浜宮さんとボトムハーフ以下のお前はじゃ天秤の釣り合いもとれねーしな」

「言い方がとても腑に落ちないが……。見た目はともかく、浜宮って頭良いのか?」

「え、お前、知らねーの? 定期試験の席次表見ないタイプ? どんだけテストに自信無いんだよ」

「生憎俺の渾名は万年アベレージヒットマンだからな。自慢じゃないがテストじゃほぼ平均点しか出せないぞ。席次表なんて見る必要もない」

 

 胸を張って言えば、呆れた視線に晒される。

 

「聞いたことねーし本当に自慢じゃねーし。あのな、なら言うが浜宮さんは入学試験以来不動の学年1位なんだよ。ほれ見てみ、なんかそんなパないオーラあるだろ?」

 

 なるほど、学年主席ね……。昨日あんなことを言われた理由が何となくわかった気がした。

 

 自然と言葉に釣られて浜宮へと視線を向けてしまう。これは失敗だった。顔は正面を向いてるのによく見れば横目で滅茶苦茶睨んできている。こわっ。

 ギギギと首を戻して、俺はコクリと頷いた。

 

「……まあ確かに覇気みたいのは纏ってるよな」

「だろ? だろ? 去年も同じクラスだったんだけどな、俺もいっつも浜宮さんから三角コーナーに溜まった生ゴミを見る目で見られるんだよ」

「それはまた別の話なんじゃないか?」

「ともかくな! ああして化け物の皮を被った氷結の美少女から話しかけられるなんてレアすぎんだろ! 手品の種を教えてくれよ! 気になって夜と現古漢の時間しか寝れねーだろ!」

 

 昼も結構寝てるなおい。

 正直に答えるわけにも行かないので、適当に答えるか。

 

「強いていうなら……容姿?」

「それは無いな、断じて無い!」

「酷いな」

「どんなイケメンだろうと撃墜してきた女が地味な葛見に顔で入れ込むわけねーっての!」

 

 びしっと俺を指差す坂上。正面から言われると少し凹む。俺だって容姿にはそこそこ気を遣ってるんだけどな……目立たない程度にだが。

 

 そんなことを考えていれば、急激にひんやりとした冷気が流れ込んできたように首筋が粟立つ。反射的に顔を上げれば坂上の背後に降る影が1つ。

 

 これは……不味いか?

 

「大体だな、綺麗なバラには棘があるって言うがよ、花弁すら埋めつくすほど棘だらけなのは違うだろ! 全自動侮蔑美少女アンドロイドって言われても俺は驚かない自信があるね!」

「お、おい。その辺で……」

「止めないね! 俺のダチが何人も浜宮に告っては木端微塵に玉砕してはメンタルを壊されてんだ! 俺には事実を事実として高らかに主張して、浜宮をド級ドSのドスクイーンと大声で糾弾する権利があるね!」

 

 あ、マジでこれ駄目な奴だ。

 

「誰がド級ドSのドスクイーンかしら?」

 

 空気の流れが止まった。意気揚々と物申していた坂上の口上が氷像のように固まる。

 先ほどから離れた場所から聞いていた浜宮が、唾棄すべき汚らし乞食を見るような態度で坂上の姿を凝視していた。

 錆びたブリキ人形みたいにぎちぎちと坂上が首を動かす。凄い冷や汗だ。

 

「よ、よぉー浜宮さん。今日は良い天気だなぁ~ほら見ろって、浜宮さんの瞳と同じくらい澄んだ空だぜ、マジマジ快晴」

 

 傍から見ても悪足搔きと分かる仕草で窓の外を示す坂上に対して、照準を定めたまま日本刀のような切れ味の視線でぎろりと見る。あ、坂上の指がへにょりと折れた。

 

「次私の前で同じ会話をしてたら殺すわ。社会的に」

「へ、へへ……勘弁な」

 

 整った顔立ちを小物臭のする表情に歪めながら愛想笑いを浮かべる坂上に、興味が失せたのか無言で自席に戻っていく浜宮。

 これは……本当に氷の女王だ。マジで怖い。

 

 自席に座って読書に再び戻ったことを確認すると、坂上は額に浮かんだ球粒を拭う。

 

「い、言ったろ。浜宮さん、あんな風に俺のことをゴミみてーに睨むんだ、割と毎回」

「激しく妥当だと思うが」

 

 去年も同じクラスと言っていたし、これまでも似たような発言を繰り返しては浜宮から殺意を浴びていたのだろう。残念ながら当然ってやつだ。

 

「んなわけ、普通に性根がサディスティッ……なんでもないです、はい」

 

 またろくでもないことを言おうとして途中で言葉を霧散する。

 坂上の見る先には浜宮の不愉快そうな目があった。

 俺は思わず口を開く。

 

「坂上、もうちょっと学んだ方がいいんじゃないか」

「……しゃ、しゃーねえ。今日は勘弁してやんよ」

 

 お前、いつかマジで浜宮に殺されるぞ。社会的に。

 

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