どうか、あなたの物語が見つかりますように。
ウルの町に到着し、悠然と歩くハジメ達とは異なり愛子達は足をもつれさせる勢いで町長のいる場所へ駆けていった。
ハジメ君は愛子先生達と別れて、僕と一緒に魔力と体力の回復に専念することにした。そして僕はその間に面会する人が2名ほどがいる。
その人達と会話をしながら、体力回復に専念しなければならない。中々難しい事を言っているが時間の猶予は少ない方だ。その為にも街の役場に一旦向かわなければならない。
「街の人達は呑気だね」
「事情を何も知りませんからね」
街中には普通に屋台を開いている人がおり、そういえば昨日から何も食っていなかった事を思い出した僕達は焼き鳥をあぐあぐと買い食いながら今後のプランを相談した。
そして僕達が、町の役場に到着した頃には既に場は騒然としていた。ウルの町ギルド支部長から街の幹部、教会の司祭達が集まっていて流石の対応の速さだと感心した。
しかし多くの者は信じられない、信じたくないと驚愕の表情で、その原因たる情報をもたらした犯人である愛子先生やウィルと〝死の境界〟のメンバーに問い詰めていた。
「ウィルさん、勝手に突っ走るないでください 。一応保護対象なんですからいつ後ろから刺されても知りませんよ」
「す、すいません……」
ハジメ君の言葉に反省するウィルと愛子先生達。しかし、他のハジメ君を見た重鎮達は「誰だ、こいつ?」という状態になっていた。
重鎮とは顔を合わせなかったから仕方ないし、特に合わせる気もなかったから余計に誰なんだろうこの人…的な扱いになっていてもおかしくはない。
「ハジメ殿がここに来ているという事は、ここの戦いに参加するという事ですか?それともまさか、見捨てて行ってしまうのですか?」
「見捨てるもなにも、どの道、町を放棄しても救援が来るまで避難するしかないんでしょう。でもそれは何処に行っても同じ。観光の町の防備なんてたかが知れているとしても、そこで防衛して時間を稼げれば幾らか御の字……って所ですけどね。
周りを犠牲にして生き延びる様な思考をしていないのなら、この街で戦うしかないのでしょうが」
「そ、それは……そうかもしれませんが…ハジメ殿、言い方が……」
その言い方では重鎮達が今まさに逃げようとしているのではないか、と言う形の言葉を紡ごうとしたウィルの口からは言われることはなかった。何せハジメ君が「ただし」と言葉を塞いだからだ。
「……はっきり言っておきますが、ここで逃げるのならどうぞ逃げてください。
そして逃げたくないと感じたのなら、やるだけやるしかないでしょう。一つだけ言わせてもらうと、僕はフューレンから仕事でやって来ているだけで本来この街を守る『義務』なんて何一つありません」
「なっ、そんな……!」
ハジメ君のその言葉が本気であると察した重鎮がざわつき始める。その表情は信じられない、という言葉が散々しておりハジメ君を糾弾してきてもおかしくない者だって出てきそうな程に。
そんな中でこの発言は、波紋を呼んでもおかしくはない。だからこそ僕がサポートして少しは信頼してもらうようにするか……と考えていた時だった。
「ですがまぁ、相手が相手です。今回の相手は僕達の方の不始末みたいなものですから……誰かに後始末させる訳にはいきません。
それに、ここのニルシッシルは結構美味しかったのでまた食べに行きたいんですよね。だから、守る『義務』はなくても守る『理由』があります。
やれるだけやりますよ。やれなかったら、それまでですから」
「ハジメ殿……!」
ハジメ君は肩を竦めながら、期待の目線を向けてくる街の重鎮達を集める。
そんな中、今度は僕の方にも目線がやってくる。じゃあお前はどうなんだ……って所だろう。
そんな時だった。愛子先生が決然とした表情で真っ直ぐな眼差しで見上げてくる。
「アキラ君。南雲君とアキラ君なら……魔物の大群をどうにかできますか?いえ……できますよね?」
愛子先生は、どこか確信しているような声音で、ハジメなら魔物の大群をどうにかできる、すなわち、町を救うことができると断じた。その言葉に、周囲で様子を伺っている町の重鎮達が一斉に騒めく。
街の重鎮達も、愛子先生達が報告した襲い来る脅威をそのまま信じるとすれば敵は数万規模の魔物。それも複数の山脈地帯を跨いで集められた。戦争をする、そう言ってもいい程に。
相手側が天才の軍人でなければさして問題はないだろう。だが街の重鎮達は別の事を心配していた。
果たして、〝豊穣の女神〟がいう僕達二人がこの危機を何とかしてくれるのか、否かという事だった。
ハジメ君は唐突にそう言われると、ちょっとうげぇっとした表情で否定し始めた。
「いくら何でも、四万は普通無理ですよ。しかもそれを街に来させずに倒すなんてとてもとても……」
「ですが、南雲君とアキラ君がティオさんを何とかしてくれていました。私達が山の麓まで辿り着くのに時間を稼いでくれたのは間違いなくこの二人です」
「うっ……」
「南雲君。どうか力を貸してもらえませんか?このままではきっと……この美しい町が壊され、多くの人々の命が失われてしまいます」
しかし、生徒の事を最優先すると思っていた愛子先生の言葉にハジメ君が驚いた。
「……意外ですね。あなたは生徒の事が最優先なのだと思っていました。
色々活動しているのもそれが結局、少しでも帰還の可能性を強くして生徒達をこれ以上戦地に赴かせないようにする為だと思っていましたけど……
一応聞いておきますね。僕とアキラに向かわせるという事は
それでも……あなたは行けと?」
ハジメの揶揄するような言葉に対して、愛子先生は動じなかった。
その表情は僕が少し前に話し、悩み思い詰めた彼女ではなくなっていた。今はただ一人の“先生”として、ハジメ君と僕に向き合っている。
「元の世界に帰る方法があるなら、直ぐにでも生徒達を連れて帰りたい。その気持ちは今でも変わりません。
でもそれは今は出来ない。ならこの世界で生きている以上、この世界で出会い言葉を交わし、笑顔を向け合った人々を、少なくとも出来る範囲では見捨てたくはありません。人として、当然の事だと思います。もちろん、先生は先生ですから、いざという時の優先順位は変わりませんが……」
「それはちょっと酷いんじゃないんですかね?」
「……南雲君、あんなに穏やかだった君が、そんな風になるにはきっと想像を絶する経験をしてきたのだと思います。
そこでは誰かを慮る余裕などが少なかったのかもしれません。アキラ君が付いているにしても、君が一番苦しい時に傍にいて力になれなかった先生の言葉など…南雲君には軽いかもしれません。ですが、この言葉だけは忘れないでください」
「……」
ハジメ君は黙ったままそして僕も同じように、先を促すように愛子を見つめ返した。
「南雲君。あなたが昨夜『故郷に帰る』と言っていました。その為に南雲君が身に付けた力を使って何としても故郷に帰る、その姿勢は素晴らしいものだと思います。
ですが、南雲君の目的を邪魔するのならどんな存在も容赦がないそれは……果たして故郷、地球に戻っても同じ事をするんですか?
南雲君の周りには素晴らしい人達が大勢います。それはきっと、南雲君のご両親も同じ事を言うでしょう。ですが、その人達が地球で何かあった時、南雲君は同じ事をしますか?異世界でやった様な、悲劇と終わらない戦争を繰り返す様な事を」
「……」
「南雲君には南雲君の価値観があり、南雲君の未来の選択肢は南雲君にしか選べません。そんな事に先生が口を出して強制するようなことはもちろん、出来ません。
ですが南雲君がどのような未来を選ぶにしろ、大切な人以外を全て切り捨てる様な生き方は……とても〝寂しく、苦しい事〟だと、先生は思うのです。
きっとその生き方は南雲君にも、南雲君の大切な人にも幸せをもたらさない。幸せを望むなら、出来る範囲でいいんです。
他者を思い遣る気持ちを忘れないで下さい。元々、君が持っていた大切で尊い考え方を……捨てないで下さい」
一つ一つに思いを込めて紡がれた愛子の言葉が、向き合うハジメ君に余すことなく伝わってゆく。町の重鎮達や生徒達も、愛子の言葉を静かに聞いている。
この言葉にはきっと、僕も含まれているのだろうか。あの人は僕を含めないように言っていたが、ハジメ君以外にも……
その中に僕は入っているのだろうか。いや、あんな言葉を吐いた以上僕はカウントされていないのかもしれない。
だが……そんな事を愛子先生がするのだろうか?
しないだろう。だから、あの人は僕を含める。
ハジメ君の考え方と同時に僕の考え方も変えてみせると。
この言葉は、僕達の幸せを願ったものだと理解している。
だが僕は自分自身の罪と向き合う事を決めた。
そして未来に立ち向かうことも。
それが自分自身を守る為ではなく、
きっとそうしなければ自分自身の存在意義を無くしてしまうから。
だから僕は、あらゆる物を切り捨てて……そしてあらゆる対価を支払ってでもこの世界を救おうとしている。
ハジメ君はユエさんを見つめながら、何かを思い考えている。
では果たして僕は誰を見つめればいいのだろうか。
ハジメ君とユエさんは愛し合っている。それは誰がどう見ても一目散で理解出来る。
だが僕にはそれがない。本当に『僕がどんな事をやってでも、傍にいて欲しい』……そんな人がいない。
それはファタールなのか?
……違う気がする。
それはリチャードなのか?
……託されたものをそう扱うのはおかしいと思う。
それは誰なのか?
……分からない。
僕にとってそんな大切な人がいない以上、本当に切り捨てようと思えば全てを切り捨てて、世界を救おうと思えば出来る。
だが……それをきっと愛子先生は間違っていると『先生として』止めてくるだろう。
「……」
僕にとって、人助けは元来『自身の罪の贖罪の為の行為』と考えている。
自身が人を殺めたのなら、人がその分やるはずだった人助けや人の為になる事をするべきだと。それが命を奪った人間がしなければならない事だと。
そう『強制』していた。
だがこれはきっと……おかしいのだろうか?
僕自身、都市としての価値観と地球の価値観とこの異世界の価値観が入り交じってしまっている。
何かが間違っていて、何かがおかしいなんて分からない。
僕はまだ、うん数十年を生きた人間であるからだ。
大した人間でもない。愛子先生の方が寧ろ年季のある人間だというだろう。
だからこそ、僕が間違っていれば愛子先生は正すのだろう。
そんな人がハジメ君に思いやる気持ちと、大切にしていた考え方を捨てないで欲しいと。
そのやり方では『多くの人を悲しませる』と、言うのなら。
僕には何があるだろうか。
『この世界の人々を救う』とは、エヒトが起こしたこの茶番劇を終わらせる事だろうか?
それともこの世界の人々を全て幸せにする事だろうか?
……まだはっきりとは、分からない。だがきっと、先生はこの言葉を聞いても僕を変えようと模索するだろう。
「……」
「アキラ……」
ファタールが僕の方に目線を合わせてくる。
リチャードが心配そうに見つめてくる。
僕は理解されないと思っている。
この世界でもなく、地球でもなく……別の世界から来てその世界で多くの人を殺してそれを『仕事』として来ていた自分自身を。
人を殺す事に躊躇はない。寧ろ、以前よりも罪悪感を感じない。
この世界に来てからその感じ方が大きくなっている。
だがそれでも……愛子先生は僕を指導してくれるのだろうか。
ただの生徒と先生として、励ましの言葉や間違っているとお叱り言葉を言ってくれるのだろうか。
間違っていればそれを正さなければならない、その範囲に……
きっと入っているだろう。そしてそれが間違っていると言ってくれるのではなかろうか。
だってこんなにも……甘く、そして人を敬い思う人なのだ。
何処までもお人好しなのだろう。そして何処までも『先生』なのだ。
この人の我儘くらい、叶えれる様になっておくべきではないのだろうか?
「……先生は、この先何があっても、僕の先生なんですか?」
それは、味方であり続けるのかと問うハジメ君。
「当然です」
それに、一瞬の躊躇いもなく答える愛子先生。
「……例えそれが、僕でなくてもアキラがどんな決断をしても?それが両方、先生の望まない結果でも?」
「先生の役目は、生徒の未来を決めることではありません。 より良い決断ができるように、上手く手伝う事です。
南雲君、アキラ君が先生の話を聞いて尚決断したことなら否定したりしませんから」
愛子先生は、微笑んでそう言ってくれた。
その言葉が聞けただけでも、ほんの少しだけ……安心した。
いや、これでいいのだ。愛子先生がそうあるのなら、僕は悩み考えながらこの生き方を『今は』貫こう。
だが全てが終われば……
今生きていく中で、変わりたいと思った時は。
先生にご教示願うことも野暮ではないのかもしれない。
そう思った時には、ハジメ君と共に踵を返して街の役場の扉を開けて外に出ていく。
「な、南雲君?アキラ君?」
そんな僕達に、愛子先生が慌てたように声をかけてきた。
僕達は振り返ると、愛子先生の〝先生ぶり〟には参ったとでもいうように肩を竦めて言葉を返した。
「流石に数万の大群を相手取るなら、ちょっと準備しておきたいんで。話し合いはそっちでやってくださいね」
「南雲君!」
「大丈夫です。体をしっかり休めて、来たるべき戦いに備えて僕も準備してきますよ。
僕はここの人達を助けます。それが、恩になった場所にやるべき事ですから。
ああ、それと……ニルシッシルがまた食べたいですね。食材がまた補給されたら、ですが」
「アキラ君……!」
僕達の返答に瞳を輝かせる愛子。そんな愛子にハジメと僕が苦笑いしながら、真剣な表情に戻って言葉を呟く。
「僕の知る限り一番の〝先生〟からの忠告ですから、無為にはしません。まして、それがユエ達の幸せに繋がるのなら……少し考えてみます。取り敢えず、今回は、魔物を蹴散らしておく事にしますよ」
「だからこそ、先生もどうか……諦めないでください。
そして絶対にその姿勢を貫いてください。何処までもあなたらしくあるべきです。屈しないでください……では」
そう言って、両隣のユエさんとシアさんの肩をポンっと叩くと再び踵を返して振り返らず部屋を出て行くハジメ君と、いつも通り後ろに付いてくるファタールと、ちょっと小突いてきたリチャードと共に外へと出ていった。
愛子先生の考え方には感服した。そして僕は一つの悩みをさらにこじらせる事になった。
答えが出ないテストをずっとしているような感覚だ、最早目まぐるしくて酔ってしまいそうなものまでに膨れ上がっている。
だが、今やっとヒントが与えられた上で悩み続ける。
自分が確信した答えまでに辿り着くまで、きっと……
そういえば、ティオさんが忘れられている事に気付いたが興奮してそうな素振りを見せて来そうだったのでやめておいた。変なものにはハジメ君で蓋をしておこう。
執筆納めの年でした。
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