両肩の治療と精神面の安定のためにゲームの世界を離れ、安奈の家に居そうろうさせてもらっているミレーユは、安奈に念入りにマッサージをしてもらい、悩みを聞いてもらうかたわら、彼女に用意してもらったドラクエ6に関する情報を見つめていた。
(ばくだん岩という敵はニフラムが弱点なのね。これを唱えると経験値やお金はもらえないけれど、身の安全は保障されるから、ぜひ頭に入れておきたいわね。)
(スーパーテンツクはラリホーと1ターン休みが確実に効くうえに、お金になるアイテムをかなりの確率で落とすのね。)
(レッサーデーモンはムドーの島の後も何カ所かで出てくるのね。でも今の私なら先手で動きを止められるから、恐れることはないわね。)
(カルカドで月のおうぎを買えば、私も立派な攻撃役になれそうね。とはいえ、お金がかかるし、下手に攻撃してまた肩を故障したくないし、悩むわね。)
(ジャミラスを倒した後の場所でエンカウントするウインドマージは1ターン休み無耐性な上に、盗賊で倒せばいいことが待っているようね。)
(フーセンドラゴンはHPが高くて、危険な攻撃をするから、メダパニ系の攻撃をして動きを止めてから呪文で攻撃してみようかしらね。)
(現時点で命の木の実を落とすモンスターはフレイムマンとふなゆうれいだけのようね。バーバラのHPを伸ばすためにも、私は盗賊になりたいわね。)
(洗礼の洞くつで試練を与えるボスの特徴はつかんだわ。最初は踊りを封じ、次は狙われた人が防御、最後はスクルトを唱え続ければいいわけね。)
彼女は順番に資料を見ながらデータを頭に叩き込み、実戦で役立てようと頭の中でシミュレーションを繰り返した。
(※なお、安奈はミレーユに配慮して、テリーに関する情報をカットした上で資料を提供しました。)
そうしているうちに日は徐々に西に傾いてきたため、ミレーユは外に干してある洗濯物を取り込みに行った。
そして家に戻ってくると、彼女はテレビをつけて番組を見ながら服をたたんだ。
(正直、何を言っているのかは全然分からないけれど、これはコメディー番組なのかしら?登場している人達の行動が面白そうだし、それに頻繁に観客(?)の笑い声が聞こえるから。)
彼女はしばらくその番組を見た後、今度はスポーツのチャンネルに切り替え、フィギュアスケートを見ることにした。
『Double axel, Triple toe loop!, Quad salchow!!Great jumps!!』
アナウンサーはダブルアクセル、トリプルトウループ、4回転(クァド)サルコウの成功に興奮し、会場からは大きな拍手と歓声が沸き起こった。
しかし、彼女はそれらが何か分かっていないため、ただじっと画面を眺めるだけの状態だった。
次に彼女はニュースを見たがすぐに変えてしまい、最終的にインターネットでドラクエ6の動画サイトに切り替えて、これまでに叩き込んだ知識を駆使しながら戦闘シーンを見つめた。
そして、この相手にはこのような攻撃が有効と言った作戦を頭の中で実行していた。
しかし、その投稿主はドラクエ6初挑戦の上にノーカットのため、かなり長い動画になってしまい、謎が解けずに行き詰ったり、本気ムドーやキラーマジンガが倒せないといったハプニングが度々起きていた。
(うーん。不器用ながらもあえてノーヒントで頑張っているのはすごいけれど、最後まで見るのはちょっと無理そうね。)
ミレーユは動画を停止すると、別のものを選んで再生した。
するとそこには『このキャラは弱過ぎる。』、『すぐにやられてばかり。』、『こいつはルイーダのもとへまっしぐら。』と言った感じで特定のキャラをディスったり、『自分はこの4人がいつもスタメン。それ以外のキャラは控えで十分だし、お金を使うのがもったいない。』、『こんな奴を一体どうやって役に立てているのか、みんなの意見を聞きたい。』といった発言が堂々とされていた。
(私の世界の人達に何てことを…。バーバラを戦力外にした私が言えることじゃないけれど、この人、普段の生活でも他人にこんなことを言っているのかしら。とにかく、こんな人の作品、とても最後まで見られないわ。)
彼女は自分が犯した過ちを思い出した上に、自分や仲間を悪く言われたことで両手がわなわなと震えだした。
そして、怒りを懸命にこらえながら動画を停止し、その場でその投稿主の名前をしっかりとチェックした。
それからしばらくの間、彼女は落ち込んだままその場にたたずんでいたが、今度は「飛び出そう 未来へ」というタイトルの曲を流して、繰り返し聞き入っていた。
(※後書きに歌詞があります。なお、著作権でトラブりたくなかったため、原曲は秘密です。)
やがて日はすっかり沈み、外はかなり暗くなってきた。
すると玄関の扉が開く音がして、『ただいまーっ!』という安奈の声がした。
「あっ、お帰りなさい。」
ミレーユは立ち上がると玄関のほうに歩いていき、袋を持った彼女と対面した。
「お帰りなさい。」
「ただいま。お留守番、ありがとう。寂しくなかった?」
「大丈夫よ。もう洗濯物を取り込んだり、たたんだりしても痛みはないし、トレーニングをしても問題はないわ。」
「そう。それは良かったわね。」
「これもアンのおかげです。本当にありがとうございます。」
「どういたしまして。さあ、お腹すいたでしょう?」
「そうね。今日は何を持ってきてくれたの?」
「最後まで売れ残った手巻き寿司4本よ。早速一緒に食べましょう。」
「はい。分かりました。」
安奈とミレーユは早速居間に行き、お皿を用意してその上に寿司を置いた。
そして、牛乳をかけたシリアルやはちみつ入りヨーグルトを並べて準備を整え、早速食べ始めた。
食事の間、彼女達はドラクエ6に関することや、小説大学駅伝部について色々話し合いながら楽しい時間を過ごした。
そして夕飯が終わり、片付けを済ませると、安奈は兄である丈二からの連絡を受けて直接会話をすることになったため、テレビ兼用のタブレットを映像モードにした。
画面越しに丈二の姿が現れると、安奈は早速「兄さん、元気?」と声をかけた。
『もちろん。もう監督業も問題なく出来ているし、それに君が発掘してくれた留学生のブレッザ・マドリガル君がうちに到着したぞ。』
「へえ。ブレッザ、無事に着いたのね。良かった。」
『ああ。これからうちに住むことになるが、僕は英語が苦手だし、彼の日本語もまだまだだから、どうしても翻訳機が必要でね。』
「あら、そう。お互いストレスたまらなかった?」
『たまってないと言えばうそになるな。そこで、マドリガル君とちょっと会話をしてほしんだが、お願いしてもいいか?』
「もちろん、いいわよ。今そこにいるの?」
『ああ。じゃあ、今から代わるよ。では、ブレッザ、カモン。』
丈二は彼の方を向くと、交代を申し出た。
『Thanks, George.』
ブレッザは画面に姿を現すと、安奈の顔を見つめた。
「Hello, Brezza. I'm so glad to see you.」
『Hi, Anne. Me, too. How's it going?』
安奈とブレッザはあいさつをした後、英語で色々なことを話した。
会話は丈二や空港で出迎えてくれた外場みか子の印象。大学までの距離や交通手段、さらには日本の物価やお勧めの場所といった内容だった。
ブレッザは思う存分母国語で会話出来ることにすっかり気をよくし、安奈と会話で盛り上がった。
2人の会話が終わるとブレッザは再び丈二と交代した。
『いやー、やっぱりアンの実力は大したもんだね。ぜひこっちに来てほしいよ。』
「ということは、大学で働くってこと?」
『そう。スタッフとしてね。マドリガル君の会話の補助をしてほしいし、部員達にも英語を教えてほしいからね。』
「そうねえ。そういえば、私もそろそろ就労ビザや今の仕事の契約更新について考える時期に来ているのよね。あと、本音を言えば社会人として競技を続けることになる志朗に直接会って、食事やマッサージでサポートもしてあげたいし…。」
『なるほど。では、その希望もかなえてあげることにしよう。』
「えっ?本当に?」
『ああ。仕事をしながら時々彼のところに行く時間も確保する。レートの関係上、給料は下がると思うが、どうか志朗とうちの駅伝部を支えてほしい。』
「分かりました。では、求司が帰ってくるまでに結論を出しておこうと思います。」
『アン、いい返事を待っているぞ。それから、ミレーユは今そこにいるのか?』
「はい、隣でずっと無言のまま待ち続けています。」
『では、彼女に代わってもらってもいいか?』
「ちょっと了解を取ってみます。」
安奈はミレーユに会話をしてもいいか問いかけた。
「ええ。私がお世話になった人だし、ぜひ会話をさせてください。」
「分かったわ。じゃあ、どうぞ。」
「ありがとう。」
ミレーユは丈二と顔を合わせると、楽しそうに会話を始めた。
そして現時点で右肩はすっかり完治し、左肩も痛みはないため、腕立て伏せが出来るようになったことを伝えた。
2人が楽しそうに話す様子を、安奈とブレッザはかたわらで楽しそうに見つめていた。
翌日。この日は安奈が休みだったため、彼女達は外出して町の公園の中にある広場に向かっていった。
そこではフリーマーケットが行われており、多くの人達が色々なものを並べて売り込みをしていた。
彼らの言っていることはミレーユには全然分からなかったが、みんな頑張っていることは理解出来た。
すると、安奈があるものに興味を持ち、台所用品を扱っている店の前で足を止めた。
「アン、どうしたの?」
「このフライパンのフタ、金属製でおなべのフタよりも丈夫だから、シルバートレイのような感じで使える気がしたのよ。そう思わない?」
「言われてみれば、確かにそんな感じがするわね。」
「ねえ、せっかくだから買っていく?」
「えっ?いいのかしら?」
「大丈夫。私が値段交渉してみるから。」
「そう。それじゃ、お願いするわ。」
「OK!」
安奈は利き手である左手でOKマークを作ると早速商品を選び、交渉を始めた。
その間、ミレーユは何も言わずにじっと様子を見守り続けた。
しばらくすると安奈は提示されていた値段よりも10%引きで店主と合意したため、その金額を支払ってフライパンのフタを購入した。
「はい、ミレーユ。これで待望の盾が手に入ったわね。」
「本当にいいんでしょうか?アンにはお世話になってばかりだし、何だか恐れ多いんですけれど。」
「大丈夫。気にしないで。元の世界に戻ったら、ぜひ役立ててね。」
「分かりました。ありがとうございます。」
ミレーユはありがたくフタを受け取り、左手で持ちながら盾として扱うための練習をした。
この日の夜。2人は動画で「飛び出そう 未来へ」を含む色々な曲を流しながら一緒に食事を作り、出来上がった料理をテーブルに並べた。
「アンは日本食の料理店で働いていることもあって、本当にお料理が得意なんですね。」
「まあ、お客さんに提供して、対価としてお金をもらっているわけだから、下手なものは作るわけにはいかないものね。それを言うなら、ミレーユも結構いい腕前をしているじゃない。」
「ありがとうございます。私はおばあちゃんと2人で過ごしていた日々が長かったし、おばあちゃんが仕事で忙しい時が多かったから、自己流で色々作ってみたらこうなったんです。正直、最初はアンの口に合うのかが不安だったんですが…。」
「あら、そんなことを気にしていたのね。私はミレーユの料理をいつもおいしく食べているわよ。」
「そう言っていただけて良かったです。本当にありがとうございます。」
彼女達は安奈が左手で箸を、ミレーユが右手でフォークを持って食べ始めた。
その間、かたわらにあるタブレットでは動画サイトで日本のニュースが流されており、日本国内や世界の出来事を知ることが出来た。
(日本やこの国は確かに平和だけれど、この世界でも争いや戦争などで苦しい思いをする人はいるのね。もし私がここで呪文を使えたら、少しでも世の中を平和にするために協力してあげられそうなんだけれど…。)
ミレーユは画面に映し出された人達が悲痛な声で『争いはたくさんです。』、『この国が平和になってほしい。』、『私の弟を返して!』と言う姿を見て、何もしてあげられない悔しさが込み上げたり、生き別れになっている自身の弟のことを思い出した。
食事が終わり、片付けを終えた後、彼女達はオーストラリアの自然に関するテレビ番組を見ることにした。
ミレーユは安奈に言葉や知識の面で補助をしてもらいながら、雄大な景色にすっかり魅了されていた。
(この国は砂漠もあって暑い地域もあるし、山火事が頻繁に起きるし、ワニやディンゴなど気を付けなければならない生物もいるけれど、本当に心が洗われるわね。バーバラがつらいことを忘れて楽しそうに過ごしていたのも分かる気がするわ。出来ることなら、私も時には戦いを忘れて、一般の女性として過ごしてみたいわね。)
ミレーユがしみじみと物思いにふけっていると、ふと画面にテロップが表示された。
(一体何かしら。)
彼女はその内容について安奈に問いかけた。
「どうやらどこかの国が大規模な攻撃を開始したようね。」
「えっ?大規模な攻撃?」
「そうよ。もしかしたら、国と国の間で武力衝突になって、戦争になるかもしれないわね。」
「戦争?それってすぐにすぐに終わるの?」
「分からないわ。歴史上でも第一次世界大戦は当初、すぐに終わると思われていたのが泥沼化し、結果的に色々な国を巻き込んで大勢の人達を不幸にしてしまったから。」
「じゃあ、これってこの国にも影響が出るの?」
「多分品物の値段が上がる気がするわね。とにかく嫌なことにならなければいいけれど…。」
彼女達が話していると画面が突然切り替わり、臨時ニュースになった。
そして、アナウンサーは興奮しながらその出来事について話し出した。
その内容はただ事ではないことは明らかだったが、安奈でもうまく理解出来なかったため、彼女はタブレットをインターネットに切り替え、日本語のサイトでチェックすることにした。
「そんな。こんなことが起きるなんて…。」
彼女の驚く様子を見て、ミレーユも動揺せずにはいられなかった。
そして安奈は記事を見終わった後、紙とシャーペンを取り出して何かメモを書き始めた。
彼女の書いた内容とは…。
登場人物紹介
・ブレッザ マドリガル(Brezza Madrigal) 21歳
安奈が現地で出会った男性。
元々日本に興味を持っていたこともあって彼女と意気投合し、この度日本語を学びながらアスリートを目指すために留学を決意した。
名前の由来は南野陽子の歌う「風のマドリガル」で、別サイトでの作品で姉がマドリガル(物語のヒロイン)、弟がブレッザとして登場しています。
ちなみにブレッザはそよ風、マドリガルは短い恋の詩、または無伴奏の合唱曲という意味のイタリア語です。
前回の第27話でバーバラがレック達と仲直りしましたが、彼らをお祝いする形で今回、自作の詞を発表することにしました。
タイトル:飛び出そう 未来へ
飛び出そう 未来へ 君と 約束の場所へ
いつでも どこでも 僕が そばにいるから
飛び出そう 未来へ どんな 壁に当たっても
誰かの ためなら 僕は あきらめないさ
※Fly over the Ocean, Fly into the Blue Sky
You make my heart skip a beat
Time to go
The adventure is waiting for us
飛び出そう 未来へ 海を 越えていこうよ
はるかな 大地が きっと 待っているから
飛び出そう 未来へ 空の 向こうの場所へ
まだ見ぬ 世界が きっと 迎えてくれる
★Fly over the Ocean, Fly into the Blue Sky
Where there's a will, there's a way
Together always
I’m on the top of the world
飛び出そう 未来へ 一人なんかじゃないさ
みんなが いるから 僕は 僕でいられる
飛び出そう 未来へ 恐れることなどない
頑張る その度 みんな 変わっていくから
※Repeat
飛び出そう 未来へ 君と 約束の場所へ
いつでも どこでも 僕が そばにいるから
飛び出そう 未来へ どんな 壁に当たっても
誰かの ためなら 僕は あきらめないさ
★Repeat