自分が戦力外という現実を突きつけられ、自暴自棄になったバーバラは、マーズの館を飛び出すと暴走気味にルーラを唱えてその場を飛び立っていった。
その後、彼女は自分がどうなったのか、どこに向かっているのかも分からないまま、宙を舞っていた。
やがてルーラの効果が切れ、気が付いた時、バーバラは地面の上に降り立っていた。
「あれ?ここは?」
彼女が辺りを見渡すと、そこには平原が広がっており、木々がまばらに生い茂っていた。
その平原には鉄道の線路があり、少し進んだところにはやや小規模な駅もあった。
さらにその向こうには民家が並ぶように建っており、お店も何件かあった。
「ここはどこかしら。全然見たこともないようなところだけれど…。」
まだ頭がボーっとしたまま、現実をしっかりと受け入れられていない彼女は、しばらくその場に立ち尽くしていた。
しかし、このままではラチが開かないため、彼女は人々から話を聞くことにした。
幸い周囲にはモンスターらしい生物がおらず、いるのはジョギングをしている人達が数人だった。
「とりあえず、彼らに話しかけてみようかしら。」
彼女は足早に駆け出して彼らを追ったが、その時、駅のそばにある踏切の警報機が鳴りだした。
ジョギングをしていた人達は遮断機が下がる前に急いで通過をしていったが、バーバラは間に合わず、行く手をさえぎられてしまった。
「何よこれ!邪魔よ!どいて!」
彼女は遮断機を持ち上げようとしたが上がらなかったため、思わずムキになってギラを唱えてみた。
しかし、どういうわけか呪文が発動せず、ただMPを消費しただけの結果になってしまった。
「えっ?ええっ!?呪文が使えないなんて、どういうこと?マホトーンにかかったわけでもないのに!」
今まで経験のないことが起こり、彼女は遮断機を離して自分の両手を見つめた。
するとそこに列車が速度を落としながら通過していった。
幸い踏切の外にいたため、特に問題は起こらなかったが、彼女は見たこともない金属の物体が目の前を通り過ぎていく光景に、ただただ驚くばかりだった。
しばらくすると、列車はすぐ近くにある駅に停車し、扉が開いた。
「何、あれ。馬車?…にしてはあまりにも大きいし、それに大勢の人達が出入りしているし…。一体何かしら?」
彼女が列車をじっと見つめていると、やがて出入りが終わって扉が閉まり、発車していった。
何から何までが初めて見る光景だったが、とにかく情報を集めなければならないため、思い切って駅から出てきた人達に話しかけることにした。
「あの、すみません。」
「What?」
「えっ?」
「What are you doing here?」
「Are you at a loss?」
「Where are you going to?」
「ええっ?あの…。」
相手が発した言葉は自分がこれまで聞いたことがないものだった。
バーバラはその後も色々質問をしてみたが言葉が通じず、しかも相手の言っていることも全然分からなかった。
そのため、誰も彼女の助けになることが出来ず、何の情報もつかめないままやがて周りには誰もいなくなってしまった。
「どうしよう…。あたし、大変なところに来ちゃった…。」
受け入れがたい事実を突きつけられ、彼女はどうすればいいのか分からなくなってしまった。
それから1時間後。バーバラは民家の前を歩きながら道行く人に話しかけたり、お店の中に入って買い物をしようとした。
しかし、誰も彼女の話す言葉を理解出来ず、さらに持っているお金も違うため、無一文同然の状態だった。
会話も出来ない…。情報も得られない…。水や食べ物すら手に入らない…。
そしてここがどこなのかも、元の世界に帰る方法も分からない…。
ある意味、レック達と一緒にいた時よりも大変な状況になってしまい、心の中では絶望すら漂っていた。
そんな中で行く宛も無く、とぼとぼと歩いていると、ある民家の前で20歳ほどの男性が立っていた。
彼は最初、遠くの空を見つめていたが、ふと「うえーん、あたしこれからどうすればいいの?」と言う声が耳に入ったため、バーバラの方を見た。
(あれ?あの女の子、どこかで見たことあるような。)
男性がそう思っていると、その少女がすがるような口調で助けを求めてきた。
「君、どうしたの?何かあったの?」
「えっ?あたしの言葉が分かるの?」
「うん。分かるよ。」
「やっと見つけたわっ!あたしの言葉が分かる人を!」
これまで絶望的な表情をしていたバーバラの表情は一気に明るくなり、これまでずっとさみしい思いをしていたことを隠さず打ち明けた。
「そうか。心に傷を抱えて大変だったんだね。ところで、間違ったらごめんだけれど、君はバーバラかい?」
「えっ?どうしてあたしの名前を?」
「だって、赤い髪にその髪型。そしてその服装は明らかにドラクエ6のバーバラだから。僕は求司。野星(のほし)求司(きゅうじ)って言うんだ。」
「あたしはバーバラ。あたしの話を聞いてくれてありがとう。えっと…何て呼べばいいのかしら。」
「求司でいいよ。」
「分かったわ。」
「じゃあ、家の中に入るかい?」
「うんっ!お腹もすいていたし、これからどうすればいいのかという状況だったから。」
バーバラは満面の笑みで右手を差し出し、求司と握手をしようとしたが、彼は両手で松葉杖を持っており、さらに左足に包帯を巻いているのが気になったため、それをやめてしまった。
「その足、どうしたの?」
「これ?大学駅伝の大会で故障してしまって…。」
「何、それ。」
バーバラは単語の意味が全く分からなかったため、思わず首をかしげてしまった。
しかし、早く何かを食べたい心境だったため、これ以上聞くことはせず、彼女は求司と一緒にゆっくりと歩いていった。
家の中に入ると、テーブルの上には食パンや果物が置かれていた。
「お腹すいているでしょ?遠慮なく食べていいよ。」
「えっ?いいの?」
「うん。」
「ありがとう!」
バーバラは了解を得ると、すぐにリンゴに手を伸ばし、丸かじりをし始めた。
(本当に空腹だったんだ。かわいそうに…。でも、とりあえずあの人に連絡だけはしないとな。)
求司はかみしめるようにリンゴを食べる彼女を見ながらスマートフォンを取り出し、アプリを開いた。
そして早速メッセージを打ち込んで送信をした。
(果たして大丈夫かな?多分、断ったりはしないと思うんだけれど…。)
彼はそわそわしながら早く既読がつくことを期待していた。
一方のバーバラはリンゴを2個食べた後、今度は食パンを袋から出して食べ始めた。
10分後。彼女はお腹がいっぱいになったのか、ここで食べるのをやめた。
「どうもありがとう。これでほっと出来たわ。じゃあね。…と思ったけれど、あたし、これからどうすればいいのかしら?」
椅子から立ち上がったバーバラは一旦求司に背を向けて歩きだしたものの、ゲームと同じような感じで戻ってきた。
「実は僕も気になっていたから、君がここにいられるようにある人に頼んでみたんだ。」
「えっ?誰に?あたし達以外、ここには誰もいないのに。」
「実は、離れたところにいる人と連絡を取る手段があるんだよ。」
「どうやって?」
「これを使うんだよ。」
求司は自分のスマートフォンを見せて説明をした。
しかし、バーバラはそれ自体が初めて見るものだったため、全然理解出来なかった。
すると突如返信の音が鳴った。
「あっ、来た!」
「えっ?何が?」
「アンからメッセージが。」
「アンって?」
「ここに以前から住んでいる人だよ。本名は蕨(わらび)安奈(あんな)。僕より2歳年上のいとこで、姉同然の存在なんだ。そして、僕はここに居候させてもらっているんだよ。」
「いそうろう?」
バーバラが意味を理解出来ずにいる一方、求司は少しハラハラしながらスマートフォンに暗証番号を入力し、ページを開いた。
するとそこにはANNE(読みはアン)という送り主の名前に続いて次のようなメッセージが表示されていた。
求司、それホント?
本当にドラクエ6のバーバラなの?
試しに写真送ってくれる?
私、ミレーユと並んで大ファンなのよ!
これを受けて、求司はバーバラに写真を撮ってもいいか聞いてみた?
「しゃしん?よく分かんないけれど、変なことじゃないわよね。」
「大丈夫。確認のためだから。」
「じゃあ、まあ、いいわ。」
バーバラは疑いの表情を浮かべながらも、とりあえずOKを出してくれたため、求司は早速彼女を撮影して即座に送信をした。
すると10秒もたたないうちに既読がつき、それから間もなく電話の着信音が鳴りだしたため、求司は画面にANNEと表示されているのを見て電話に出た。
「もしもし。」
『アンよ!ねえ、求司!その人、見るからにバーバラじゃない!本物なの?』
「本物で間違いないよ。それでね、彼女はゲームの世界を飛び出してしまった上に、行き場も無くて困っているんだけれど、ここにいてもいいかな?」
『もちろんOKよ!私が帰るまで、ぜひそこにいてもらってね!じゃあ私、もうすぐ休憩が終わるから、また後でね!』
安奈は興奮気味に話した状態で通話を終了してしまった。
(とりあえず良かった。OKを出してくれて。まあ、アンはゲームをプレイしていた時、バーバラが事実上の主人公で、彼女とミレーユを不動のレギュラーとして起用していたから、断るなんてありえないとは思っていたけれどね。)
求司はほっとしながらバーバラに安奈の伝言を伝えた。
「というわけで、アンから了解をもらえたから、ここにいられることになったよ。」
「分かったわ。あたし、他に行くところもなかったから、よろしくね。」
「僕からもよろしく。じゃあ、ゆっくりしていってね。」
「うんっ!」
バーバラの満面の笑みを見て、求司は思わずドキっとした。
それから2人はこの日会ったばかりにもかかわらずすっかり意気投合し、色々会話をしながら過ごしていた。
そうしているうちに日は段々傾いていき、部屋に日がさしこむようになった。
それを見て、求司は松葉杖をつきながら外に出ていき、洗濯物を取り込むと、それらをかごに入れて戻ってきた。
「ふう…。何とか取り込めた。これで、アンの負担も少しは減るかな…。」
彼が日常生活にも苦労している様子を見て、バーバラも何かをしてあげたい気持ちになった。
するとここで玄関の扉が開き、「I'm home!」という声がした。
「あっ、アンが帰ってきた。」
「アンって求司さんが話していた人?」
「そうだよ。」
2人が会話をしていると、玄関からの足音が段々大きくなっていき、茶髪(注:染めていません)でポニーテールをしている女性が姿を現した。
「おかえり、アン。」
「ただいま、…って、あら!本当の本当にバーバラなのね!」
ただでさえ興奮気味だった安奈は赤毛の少女を見てさらに興奮し、飛び上がるように喜んだ。
「あ、あの…。あたしの姿を見ただけなのに…。」
「だってだって!私の大好きなキャラなんだもの!」
安奈の興奮はまだ収まっておらず、しかもゲームでバーバラを不動のレギュラーとして活躍させていたことを話した。
「そう…。ありがとう…。でも、実際のあたしは弱過ぎて…。」
バーバラは安奈の話を聞くと逆に落ち込んでしまい、気持ちが整理出来ないままだった。
一方の安奈も他の人から「彼女は役立たずでほとんど使ったことないな。」、「いくら人気があっても、あんなに弱くちゃねえ。」、「俺なんか最後までずっと馬車に缶詰めにしてやったぜ。」と言われた時、ムキになって反論したことがあるだけに、彼女もバーバラの気持ちは理解出来た。
「それじゃ、話題を変えるわね。求司、バーバラ、少し早いけれど夕飯にしましょう。」
「アン、今日は何を持ってきたの?」
「サーモンロールよ。ちょっと作りすぎたせいか、売れ残っちゃったのよ。」
「でも、僕は寿司大好きだから、大歓迎だよ。いつもありがとう。」
求司が喜ぶ一方、バーバラは寿司を今まで見たことなかったため、まるで「これ、食べられるの?」と言わんばかりの表情をしていた。
「君の口に合うのかは分からないけれど、とにかく食べてみて。もし合わなければパンとか代わりの食べ物を用意するから。」
「わ、分かったわ。」
「じゃあ、僕、お皿を用意…って、イタタタ…。」
「求司、無理をしてはだめよ。もしここで転んだりでもしたらまた大変なことになるわよ。」
「うん…。」
求司は何とか安奈の負担を減らそうとしたが、逆に彼女に気を遣わせる結果になってしまった。
(これはかなりのケガなのね。せめて呪文か薬草で治してあげられたら…。)
バーバラは自由に歩けない悔しさとたたかう求司の姿を心配そうに見つめた。
結局、お皿や箸を並べる役割は安奈が全て担当することになったため、求司とバーバラは結果的に椅子に座って待つことになった。
そして準備が整うと、3人で一緒に夕食を食べることになった。
しかし、バーバラは箸の使い方が分からず、しかもどうやって食べるのかが分からなかった。
そのため、安奈と求司が箸の持ち方やワサビと醤油のつけ方から教えなければならず、なかなか食べだすことが出来なかった。
「ごめんなさい…。あたしのせいで…。」
「大丈夫。気にしないで。」
「初めて見るものだから、仕方ないわ。」
求司と安奈は落ち込むバーバラを何とか元気づけようとした。
その後、バーバラは結局箸が使えないままだったため、手づかみで寿司をかじり始め、他の2人はそれを見ながら箸で醤油とワサビをつけながら食べていた。
登場人物紹介
・野星 求司(20歳)
小説大学2年生で、駅伝選手。
高校1年生の時は野球選手で、公式戦に出場した経験もある。
しかし、右肩の故障に悩まされ、それが原因で野球を断念したため、以降は勉強中心の高校生活を過ごしていた。
そして大学進学時に求司をよく知る監督から声をかけられて駅伝部に入部し、全国大会に初出場して6区を走ったが、中継所を前に故障してしまう。
その後、タスキを途切れさせたショックや周りからの批判に耐えられなくなり、その批判を避けるために大学を休学して安奈のいるオーストラリアにやってきた。
・蕨 安奈(22歳)
本文にもあるとおり、求司のいとこ(彼女の父親と求司の母親が兄妹。)
英語がペラペラで、野球を断念した求司に色々勉強を教えていた。
現在はオーストラリアの日本食レストランで働いており、お金を稼ぎながら日本に送金もしている。
ドラクエ6をはじめ、いくつものゲームをプレイした経験があり、攻略法を色々知っている。
これらのキャラは大学駅伝をテーマにしたオリジナル小説の登場人物です(2025年現在では下書きを何話か書いた状態です)。
当初は2つ並行して発表したかったですが、さすがに厳しいと判断したため、You're my heroの単独になりました。
いずれそのオリジナルも出したいと思っています。