肩のケガも治り、気持ちも前向きになった上でゲームの世界に戻ってきたミレーユは、求司とともにマーズの館にやってきたバーバラに再会した。
その際、ミレーユは自責の念から泣き出してしまったが、幸い仲直り出来たため、最終的に3人で仲良く会話が出来るようになった。
そして、彼女は今後の転職について相談した後、魔法使いに転職してメラミを覚え、その職業のまま盗賊の求司と武闘家のバーバラに合流して、一緒にトレーニングをした。
これで一安心と思われたその時、グランマーズは封筒を持ってきて、求司に手紙を読んでもらうように要請した。
するとそれまで明るかったミレーユの表情は一気に曇ってしまった。
「どうしたの?どうしていきなりそんな顔をするのよ。」
「もしかして、向こうの世界で何かあったんですか?」
「実は、私がこちらの世界に帰る前に、アンから渡されたの。私では意味がよく分からなかったけれど、彼女は『彼ならきっと内容を理解出来ると思うから。』と言っていたわ。だからキュウジ、読んでくれる?」
「分かりました。」
求司は何だか嫌な予感を感じながらもグランマーズのところに歩み寄り、封筒を受け取った。
そして貼ってあったセロハンテープをはがして口を開け、中に入っていた紙を取り出した。
そこには安奈の手書きの文字で次のように書かれていた。
求司へ
君がゲームの世界に向かってから、それなりに時間が経過しましたが、いかがお過ごしですか?
グランマーズさんがミレーユに伝えた情報では、呪文のおかげで歩ける状態になったと聞いています。
出来ることなら、私もそちらの世界に行って賢者を目指しながら治療に関わりたかったですが、さすがにそれは我慢して、こちらの世界でするべきことを頑張っています。
とにかく私は求司が無事に戻ってくることを祈るのみです。
本題に入る前に、小説大学駅伝部について少し教えておきます。
まず志朗ですが、彼はすでに駅伝部の活動から離れており、卒論を書きながら今度所属する会社を訪問し、練習にも参加させてもらったそうです。
そして、社会人の大会に出場出来るように、新たな闘志を燃やしています。
彼が抜けた駅伝部ですが、4月から最強大学を卒業する学生さんが大学院生として加わってくれるそうです。
その人は10000mのベストタイムが28分48秒ですが、全国のトップクラスの選手が集まってくる学校ゆえに、高過ぎるレベルに阻まれて一度も主要大会にエントリーされず、自信を失って4年の9月に部を離れていったそうです。
ですが、失意の中で駅伝大会を見ていた時、求司が何とか志朗にタスキをつなごうと死に物狂いで走る姿に魅了され、もう一度走りたいと思ったそうです。
すると、その気持ちを感じ取った永島田監督が『小説大学なら間違いなくレギュラーになれる。』と思って、兄と連絡を取ったそうです。
そしてこの度、本人から同意が得られたため、2年間駅伝部に加わってくれることになりました。
留学生のブレッザ・マドリガルと合わせて、これから彼らと力を合わせて頑張ってほしいです。
さて、ここから本題に入っていくことにします。
私はこちらの世界にやってきたミレーユにマッサージをしながら、2人で出かけたり、たくさん会話をしてきました。
彼女と過ごす日々は本当に楽しくて、求司に会えない寂しさをしっかりと埋めてくれましたし、彼女も元気になってくれたので、お互い有意義な時間でした。
しかしある日、彼女とテレビを見ている時にある国と国の間で衝突が起こり、新たな争いが発生したという臨時ニュースが流れました。
そして、インターネットの日本語のサイトで内容を確認したら、これから大変なことになりそうな予感がしました。
さらに時を同じくして、別の国で新たな病気が発生したようで、すでに患者が隔離されるなどの影響が出ています。
出来ることなら起きてほしくないですが、もしかしたら私達がかつて経験したようなことが再び起きる可能性もあります。
それを受けて、この度、兄や志朗から出来るだけ早く日本に帰ってきてほしいという連絡が来ました。
この時点で、私はビザや仕事の契約を更新するかについて悩んでいましたが、志朗に会いたい気持ちも重なって、ついに日本に帰る決意が固まりました。
そして、急ではありますが引き継ぎが出来次第、料理店での仕事から離れ、今住んでいる家もリース契約を終了することになりました。
幸い、住む場所に関してはブレッザ・マドリガルの厚意もあって、日本に帰る日まで彼の実家に居そうろうをさせてもらえることになりました。
しかし、これから飛行機の料金が上がっていくのは間違いないですし、場合によっては日本に帰れるかどうかが微妙な状況になる可能性も考えられます。
もしそうならなくても、私のビザの関係上、もうこの国に長くは住めません。
ここまで長くなってしまいましたが、以上を踏まえて言いますと、求司にはどうかなるべくこの世界に早く帰ってきてほしいです。
そして帰ってきたら即座に旅行会社に連絡し、帰りの便を予約するつもりです。
もし呪文の効果が無くなったらどうなるか分かりませんが、たとえ松葉杖姿に戻ってしまっても構いません。
兄さんや志朗達も含めて、一同、待っています。
蕨 安奈
「そんな…。ただでさえ例の国で起きた争いのせいで世界が影響を受けているのに、また別の場所で争いが…。それに加えて、新たな病気?あれがまた起きるのか?」
手紙を読んだ求司は過去の出来事を思い出し、動揺が静まらなくなった。
「ねえ、どういうこと?あたしにはさっぱり分からないんだけれど。それに、争いならこれから勇者の一行が現れて、経験値を稼いで強くなって、最終的にボスを倒して平和を導いてくれると思うんだけれど。」
「そんな簡単なことじゃないよ。僕の世界ではこっちには存在しない兵器がたくさんあって、下手なことをすれば本当に世界中で取り返しのつかない事態を招いてしまう。それに僕の国は決して過ちを繰り返さないと誓っているから、戦うなんて出来ないよ。」
「戦うのがダメなら、どうするの?」
「分からない。少なくとも僕達のような一般市民では国と国の争いを解決するなんて出来ない。とにかく、争いや病気の影響が深刻にならないことを祈るしか…。」
「ふうん。何だか、そっちの世界って色々ややこしいのね。」
「そうね。私も良く分からなかったけれど、とにかくキュウジには早く帰ってきてほしいようね。」
バーバラとミレーユは動揺が静まらない求司をじっと見つめていた。
かたわらにいるグランマーズは何も言わずにその様子をじっと見つめていた。
その後、求司は自分の部屋で少しずつ荷物の整理を始めた。
するとそこにバーバラがやってきた。
「キュウジ、本当に帰ってしまうの?」
「うん。アンにあそこまで言われたら、そうするしか選択肢はないから。でも、せっかく君がレックやミレーユ達と仲直り出来たのに、急にこんなことになるなんて…。」
「うん…。あたしもまだ現実を受け止められずにいるけれど…、とにかくこれからどうするの?もしかして、明日帰っちゃうの?」
「いや、多分アンの言い方だと、まだもう少し時間はあるはずだから、せめて洗礼の洞くつまでは付き合うよ。バーバラが独り立ちして、レックやミレーユ達と仲良く協力しながら立派に活躍する姿を見届けたいから。」
「でもあたし、キュウジがいたからここまで成長出来たの。出来ることなら離れたくない。もっと一緒に監督としての腕前を見せてほしい…。」
「僕だって離れたくない。でも、元々住む世界が違う以上、いつかはこうなる時が来てしまうから…。」
「でも、でも…。」
「ごめんね。これは運命だから。だけど、お世話になった人達に何も言わずにいなくなってしまうのは嫌だから、これからみんなにあいさつをしていきたいんだ。その時はルーラで一緒に回ってくれる?」
「う、うん。あたしは構わないけれど…。」
「じゃあ、頼んだよ。僕も洗礼の洞くつまでの間にみんなと思い出を作っておくよ。そして、バーバラの成長した姿を目に焼き付けておくから。」
「分かったわ。あたしも頑張るね。そしてキュウジに頼らなくてもいいように成長してみせるから。」
「ありがとう。じゃあ、まず神殿で働いているビアンカやフローラ達にあいさつをしに行こう。」
「うん。あたし達に宿と食事を提供してくれた人達だし、キュウジは家庭教師をしていたもんね。」
「そして、次はレック達に会って、残された時間を有意義に過ごすことにしよう。」
「うん。分かったわ。」
2人は未だに落ち込みながらも、懸命に気持ちを奮い立たせた。
その姿は第3者から見れば、主人公とバーバラが離れ離れになることを覚悟の上でラストバトルに挑みに行くような姿と重なって見えるものだった。
その後。求司はフローラに夕食を提供してもらった際に、もうすぐ元の世界に帰らなければならないことを打ち明けた。
フローラは突然の宣告に最初こそ驚いていたが、やがて気持ちを切り替え、これまで金策のアイデアをたくさん授けてくれたことや、英語の家庭教師として色々なことを教えてもらったことに対する礼を言った。
「今までお世話になりました。教えてもらったことは決して忘れません。本当にありがとうございます。」
「どういたしまして。では、食事が終わったら、ビアンカやフォズ、そして仲間モンスターのみんなにもあいさつをして回りたいんですが、いいですか?」
「分かりました。では、私が今からみんなに伝えに行きます。」
「よろしくお願いします。」
「かしこまりました。では、食事が終わったらまた来ます。」
フローラはペコリとお辞儀をすると、一旦部屋を後にしていった。
(この食事もあと何回食べられるんだろう。とにかく、こうやって提供してもらえることに感謝して食べなきゃな。)
求司は手を合わせながら「いただきます」と言った後、噛みしめるようにパンやスープ、卵焼き、サラダを食べていった。
その後、彼はバーバラと一緒にビアンカやフローラ達とのあいさつを済ませると、翌日からルーラでお世話になった場所を訪れることにした。
一方、時間をさかのぼってこの日の昼。マーズの館では鼻の具合が悪化したハッサンがベッドに横になっており、グランマーズとミレーユがそれぞれベホマとベホイミで治療をしていた。
「すまねえ。調子にのってホルストック周辺で熟練度上げに熱中し過ぎたせいで、こんな状態になっちまって。」
「気にしないで。少しでも早く色々な特技を覚えて、しっかりと戦力になりたかったという気持ちは痛いほど分かるわ。」
「でもよ、フェイスガードでもカバー出来ない状態になったら、これまでの頑張りが水の泡になりそうだぜ。」
「そんなことにはならないわ。私だってみんなと比べればまだまだ遅れを取っているけれど、あせらずに呪文を覚えていくつもりだから。」
ミレーユはハッサンのはやる気持ちを落ち着かせながら、やさしく声をかけてくれた。
そしてグランマーズはそんな2人の会話を聞きながらベホマを唱え続け、MPが少なくなってくるとこれまでためておいた魔法の聖水のストックに手を伸ばした。
するとそこにレックとターニアがやってきて、パデキアの葉を差し出してきた。
「おお、お前さん達、そんな貴重なものをよくぞ手に入れたのう。」
「実は昨日、僕達がマッドロンと勝負した時に彼らがこれをくれたんです。まあ、その時は風の帽子を手に入れるために売ってしまいましたが…。」
「ですが、このようなことを聞いてから、何とかハッサンの役に立つために私達、一生懸命金策をして買いなおしたんです。どうぞこれを使ってください。」
「分かった。では今からわしがそれをすりつぶし、ハッサンに使用した上で最大級の魔法を使うことにするぞい。そのために、お前さん達のMPを全てもらうことになるが、良いか?」
「僕は構いません。」
「ぜひ使ってください。」
「分かった。」
レックとターニアの同意を得て、グランマーズは早速ミレーユと一緒に準備に取り掛かることにした。