あらかじめご了承ください。
この日、日本食料理店での引き継ぎを終えて、仕事から離れることになった安奈は、みんなにあいさつをした後、盛大な拍手で送り出されていった。
その帰り道、彼女はスマートフォンで求司に送ったメッセージを確認した。
(うーん、まだ既読がつかないわね。ミレーユ経由で早く帰ってきてとは伝えたけれど、本当に帰ってきてくれるのかしら。もしかしたら、このままゲームの世界の人になってしまうのかしら…。)
彼女は駅で電車に乗り込んでからも、彼のことが気になって仕方なかった。
それから15分後。電車を降りると、メッセージが届いたことを示す着信音が入ったため、彼女はスマートフォンを取り出して即座に確認をした。
すると送り主は志朗で、内容は安奈と求司を迎えに行きたいので、いつ帰ってくるのかを知りたいというものだった。
(ごめんね、志朗。私だって早く帰国する日を確定させたい。でも、求司が帰ってこない限りそれが出来ないの。)
彼女は駅の改札口の前でメッセージを入力すると、即座に返信した。
そして改札を通り抜けると、今度は電話帳から求司の名前を出した。
(これまで何度かけても圏外になってしまっていたけれど、今度はどうかしら。すでに飛行機の値段が上がっている上に予約が取りにくくなってきているから、何とか出てほしいんだけれど…。)
安奈が祈るような気持ちで発信をすると、何と発信音が流れた。
「えっ?さっきまで圏外だったのに?ということは求司、帰ってきたの?」
彼女は思わずビックリしてしまったが、待ち望んでいたことが現実になったため、不安が1つ解決する形になった。
しかし、なかなか相手が電話に出なかったため、今度は別の形でハラハラすることになった。
そして、コール音が15回ほど鳴り続けた後、ついに電話がつながった。
「もしもし、求司?求司なの?帰ってきたのね!?」
『あの、もしもし…。』
「えっ!?」
聞こえてきたのは意外にも女性の声だったため、安奈はまたビックリしてしまった。
『アン、ですよね?』
「その声はもしや、バーバラ?バーバラなのね?」
『う、うん。そうだけれど…。』
「あなた、求司のスマホを持ってこの世界に戻ってきたの?」
『いえ、求司と一緒に来たの。でも、彼が泣いてばかりで電話に出られる状態じゃなかったから、あたしが代わりに出たのよ。もっとも、あたしは使い方がよく分からなかったから、時間がかかっちゃったけれど…。』
「とにかく、戻ってきてくれたのね?それで、彼はどうなったの?まさか、呪文の効果が無くなって、また歩けない状態に戻ってしまったの?」
『そうじゃないわ。ジョギングしか出来ないけれど、日常生活は大丈夫そうだって言っていたわ。そうしたら、うれしさのあまりに泣き出しちゃって…。』
「そうだったの。とにかく、求司が無事に戻ってきてくれて良かったわ。」
安奈は心の底からほっとして、大きく息を吐いた。
そして求司に交代を申し出ると、彼が同意をしてくれたため、バーバラと交代することになった。
『もしもし、アン…。』
「本当に求司なのね。」
『はい…。今まで…、心配かけて…、ごめんなさい…。』
「気にしないで。私は大丈夫よ。とにかく、お帰りなさい。積もる話もあると思うけれど、まずは私の家まで無事に帰ってきて。」
『はい…。』
求司はまだ泣き止んでいなかったため、会話があまり成り立たなかったが、それでも安奈は肉声を聞けたことに一安心した。
そして、電話が終わると彼女は志朗と丈二、そして求司の親に早速メッセージを送信して、暗闇の中で家路を急ぐことにした。
彼女が家について10分後。求司とバーバラが無事に到着した。
「アン、ただいま。今まで留守にしていて、本当にご心配をかけました。」
「でも、あたしをはじめ、みんなで呪文を唱えた甲斐があって良かったわ。」
「そうね。バーバラ、今まで一生懸命治療をしてくれて本当にありがとう。」
安奈は役目をはたして戻ってきてくれた求司と、冒険を中断して一緒にやってきたバーバラを温かく迎えた。
そして荷物を置いて気持ちを落ち着けた後、自分がここでの仕事を終えたことや、この家をもうすぐ離れること、そして日本行の飛行機の予約状況について話した。
「というわけで、結構座席の予約が埋まってきている状況なの。まだ帰国日が確定出来ない状況だけれど、それでもいい?」
「うん、大丈夫です。こうなったのも戻るのが遅くなったせいなので、本当にごめんなさい。」
「謝る必要はないわ。では明日、旅行会社に行って予約を確定させるから、一緒に来てくれる?」
「もちろんです。よろしくお願いします。」
求司は頭を深々と下げてお礼を言った。
そしてすっかり気持ちが落ち着いた後、ゆっくりと休むことにした。
翌日。3人は開店時間にあわせて旅行会社に行き、早速手続きをした。
その結果、安奈が希望した日は同じ便に2人分の座席を確保出来ず、1人が朝7時台の便、もう1人が2時間後の便ならOKというものだった。
彼女は受付の女性が告げたことを日本語で求司とバーバラに伝え、求司にどちらの便に乗るか問いかけた。
「じゃあ、僕が先の便に乗ってもいいですか?日本の航空会社ですし、僕にとってこっちの方が便利そうだから。」
「分かったわ。では、そのように伝えますね。」
安奈は了解をもらうと「He's going to board the former one. I'm boarding the latter.」と告げて2人が乗る便を確定させた。
彼女はその後も受付の人が言ったことを求司とバーバラに伝えながら手続きを進めていき、お金を支払ってe-ticketを発行してもらった。
「はい、求司。これが飛行機のチケットよ。」
「アン、僕の分まで本当にありがとうございます。」
「でも、こんな紙切れで本当に飛行機っていう乗り物に乗れるの?」
求司がありがたく紙を受け取った一方、バーバラはe-ticketというものを初めてみたため、思わず首をかしげてしまった。
「大丈夫よ。心配しないで。」
安奈はニッコリとほほ笑んでバーバラを安心させた。
手続きが終わり、旅行会社を後にすると、安奈は早速志朗や丈二達に自分達の帰国日と帰国便を伝えた。
すると、丈二は即座に求司が復学するための手続きをすることにしたため、求司は帰国翌日から早速授業に出ることになった。
一方、志朗は安奈としばらく一緒にいたいと申し出たため、彼らは2年間直接会えなかった時間をじっくりと取り戻すことにした。
その後は帰国日までの間、家を引き払ってマドリガル家に居候をさせてもらう以外は自由時間になったため、3人は気ままにお出かけをしながら過ごすことになった。
その中で、バーバラは以前行った海の見える景色をもう一度見たいと言い出したため、今度は公共交通機関を使ってその場所に出かけることにした。
「はい、バーバラ。電車に乗る時にはこのカードを常に携帯していてね。」
「アン、どうしてこれが必要なの?」
「この都市では一部の場所を除いて乗り物に乗る時に必要なの。だからこれが無いと事実上、旅行が出来ないのよ。」
「みんな必要なの?あたし、ここに定住するわけじゃないのに?」
「そう。観光目的で来た人もね。だから、無くさないでしっかりと持っていてね。」
「分かったわ。」
バーバラはカードを受け取ると、安奈が券売機で新しいカードを購入し、それを使って改札を通る姿をじっと見つめた。
そして彼女は求司に続いて改札を通過すると、一緒にプラットホームへと移動していった。
都市内を走る電車に乗って大きなターミナル駅にやってくると、今度は長距離を移動する電車に乗り替え、3人は約1時間景色を楽しんだ後、今度はバス(現地の英語ではcoach)に乗って、ついに目的地に到着した。
「わあっ!これよこれ。あたし、この景色を見たかったの!」
バーバラは丘の上から見える海を見て、大喜びだった。
一方、以前はケガ人だった求司も今度はほぼ元気な姿でその景色を見られたため、心から満足していた。
そしてスマートフォンを取り出して何度も写真を撮り、さらに動画も撮影した。
すると彼はバーバラのしゃべる姿も残しておきたいと思うようになったため、彼女に質問をしてみた。
「うん、いいわよ。でも、ミレーユのおばあちゃんが言っていたように、個人で楽しむ程度にしてね。」
「もちろん。じゃあ、今から撮影するから、準備はいい?」
「うんっ!」
バーバラは喜んで同意してくれたことを受けて、求司はスマートフォンを彼女に向けて撮影を開始した。
「求司、あなたに会えて本当にうれしかったわ。活躍出来なくて悔しい思いをしていたあたしをここまで成長させてくれて、本当にありがとう。あなたはあたしのヒーロー。絶対に忘れないからね。それからね、求司。えっと…。まだ言いたいことあったけれど、忘れちゃった…。とにかく、ありがとう。」
彼女がお礼の言葉を言い終えると、求司は撮影をストップし、動画をチェックした。
「どう?うまく撮れたかしら?」
「うん。バッチリだよ。どうもありがとう。朝起きた時とか、つらい時にはこれを見て頑張るからね。」
「どういたしましてよ。でも、あたしも求司の姿が見られるようにしたいんだけれどなあ…。」
バーバラが少し寂し気な表情をすると、それを見ていた安奈があるアイデアを思い付き、写真を何枚も撮り始めた。
その後、写真屋に行った彼らは撮りためていた写真を現像してアルバムにまとめ、安奈はそれをバーバラに手渡した。
「えっ?本当にあたしにくれるの?」
「もちろんよ。大事にしてね。そして、私達のこと、忘れないでね。」
「うんっ!約束するわ。本当にありがとう!」
バーバラは心から感謝をすると、自分や安奈、そして求司が映った写真を何度も見て、最終的にリュックにしまった。
その後。いよいよ安奈が2年間住んだ家を出る日がやってきて、彼らは小説大学に留学したブレッザ・マドリガルの実家に1泊することになった。
そして翌日の早朝。3人はまだ辺りが暗い中、ブレッザの親が運転する車に乗って空港に送ってもらった。
「Thank you for taking us to the airport.」
「You're welcome. Have a nice trip. Take care.」
「Yeah. You, too.」
安奈はブレッザの親と会話をした後、求司とバーバラとともに3人で車を見送った。
そして、建物に入っていくと求司がチェックインをする場所へと向かっていった。
彼は緊張のあまりに英語がうまく話せず、てこずってしまった。
しかし、安奈のサポートのおかげで搭乗券が発行され、手続きも無事に終了したため、スーツケースや松葉杖がコンベアで運ばれるのを見届けた後、残された時間をバーバラと手をつなぎながら一緒に過ごすことにした。
一方で安奈のチェックインはまだ開始前だったため、話し合いの結果、求司がまずDeparturesと書かれた出発ロビーを通過していくことになった。
そして、安奈がチェックインを済ませた後、彼女はバーバラが元の世界に戻っていくのを見届けてから、自身も出発ロビーを通っていくことになった。
時間が刻一刻と過ぎていく中で、求司とバーバラはあまり会話を交わすこともなく、手をつないだままお互いの顔を見つめる状況だった。
それは一見するともったいない感じだったが、安奈は何も言わず、2人を見つめながらスマートフォン越しに兄や志朗とやり取りをした。
それから約40分後。いよいよ求司が出発ロビーを通過して搭乗口に向かわなければならない時間になったため、彼はそれまでつないでいた手を放し、Departuresという表示に向かって歩き出した。
「求司。いよいよ日本に帰っちゃうのね。」
「うん。飛行機が飛び立つ時間が決まっているからね。」
「そう…。でもあたし、さよならは言わないわ。また会えるって信じているから。」
「僕もそう信じているよ。自力ではそちらに行けないけれど、君のことは忘れない。毎日、君の写真や動画を見て、君のことを思い出しながら頑張るからね。」
「じゃあ、あたしもレック達と協力しながら、求司から教わったことを思い出して頑張るわね。そして、旅が終わったら、ミレーユのおばあちゃんに頼み込んで、またこっちの世界に来られるようにするからね。」
「ありがとう。」
求司とバーバラが会話をしていると、彼らはついに出発ロビーの前にやってきた。
そこではすでにチェックインを済ませた人達が女性の係員の人に搭乗券を見せてOKをもらい、次々と保安検査場へと向かっていった。
(いよいよ僕もここを通過する時だ。そうしたらもうバーバラに直接会えなくなる。でも、時間は待ってくれないし、日本で待っている人がいる以上、行かなければ。)
搭乗券を取り出した彼は係員の人にそれを見せようとしたが、どうしてもバーバラに伝えたいことを思い出したため、見せるのをやめてしまった。
すると手を伸ばして確認をしようとした係員の人は手を引っ込めてしまい、代わりに別の人の搭乗券を確認をした後、「OK. Go ahead.」と声をかけていった。
一方、3人は出発ロビーから少し離れた場所に移動していった。
「求司。会話もいいけれど、もうあまり時間が残っていないから手短に済ませてね。」
「分かりました。」
安奈から忠告を受けた彼は、バーバラの方を向いて胸に秘めていたことを打ち明けることにした。
「バーバラ。今まで本当にありがとう。離れ離れになる前に1つ約束してほしいことがあるんだけれど。」
「何?約束って。」
「僕、以前出場した駅伝大会では悲劇に見舞われて、学校を休学するほどの状態になったけれど、もうそのことから目を背けたりしない。きっとあの経験を糧にして頑張るよ。そして、部員のみんなと協力して、絶対にまた予選を突破して、全国の大舞台に出てみせるから…、僕の走る姿を見に来てくれる?」
求司は涙が出そうになるのを懸命にこらえながら言い切った。
「いいわよ。あたしも約束するわ。みんなで見に行くからね。」
「本当に?」
「うん。ミレーユのおばあちゃんにそうお願いするから。」
バーバラもまた込み上げる気持ちをこらえながら言い切った。
「ありがとう。また会おうね。約束だよ。」
「ええ、約束するわ。」
2人はお互いの手をぎゅっと握って、固く握手を交わした。
そして求司は手を離すと今度は彼女とハグをした。
「えっ!?ちょっ、ちょっと!」
バーバラは思わず顔を真っ赤にしたが、拒もうとはしなかった。
そして求司はバーバラから離れると、再び搭乗券を取り出した。
「さあ、求司。行きなさい。もうこれで思い残すことは無いと思うから。」
「はい、アン。一足先に行ってきます。そして、これからは駅伝部のアシスタントと選手という関係として、よろしくお願いします。」
求司は安奈に向かってお辞儀をすると、今度こそ係員にその券を見せて、彼女の脇を通り抜けていった。
「求司ーっ!元気でねーっ!」
バーバラは他に人がいるにもかかわらず、手を振りながら大きな声で叫んだ。
すると周りの人達が驚いて一斉に彼女の方を見たが、本人の気持ちに配慮したのか何も言わず、あたたかい表情をしてくれた。
そして求司はバーバラをじっと見ながら手を振った後、振り返って前に進んでいき、やがて姿が見えなくなっていった。
その後。安奈がチェックインを済ませると、彼女はバーバラと一緒に飛行機が見渡せる場所へと移動していき、求司が乗っている飛行機が朝日を浴びながら日本に向けて飛び立っていく姿をじっと見つめた。
そしてその飛行機が見えなくなった後、バーバラはリュックにしまっていたアイテムを取り出して、いよいよ待っている仲間達のもとへと戻っていった。
(求司、本当に今までありがとう。絶対に忘れないからね。あたしを戦力外から救い、ここまで育て上げてくれたヒーローのこと…。)
終わり
今までこの作品を読んでいただき、誠にありがとうございます。
他の作品も読んでくれるとうれしいです。
別のドラクエ6作品ではレック達が違う職業に就いているので、その点でも楽しんでいただけると思います。
さて、今回はバーバラと離れて日本に帰ってきた後の求司の気持ちを詞で表現してみました。
きっと彼は今日もバーバラのことを思い出しながら頑張っていると思います。
タイトル:夕日 ~Big Sunset~
夕日が 海を照らして
赤く 輝きを放つ
二人で見た 同じ景色
君は 覚えているかな?
やがて 日は沈んで星が
空を 彩り行くけれど
君がくれた 幸せは
変わることなく 生きている
夕日の 光の中で
きっと 君は笑っている
一人で 寂しくなっても
飛ぶよ この地面を蹴って
いつか 巡りくる日のため
僕は 変わり続けるよ
どんな 運命だって 越える
空の向こうで また会える
暗い 夜でも 満月が
淡く 照らしているように
君が 僕を見守っている
そう信じて 飛び出せる
胸を 張って 笑えるように
夢を 現実にするよ
だから 成長して また会おう
あの夕日を 見たいから