あたし、ツインテールをまもります。   作:シュイダー

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1-EPの前半にダイジェスト風に書いていました部分です。
加筆したらとんでもなく長くなってしまったので、追加するかたちで投稿しました。
1-EPと同時投稿です。

サブタイトルが手抜きと言われてもしょうがない。
 


1-15 赤と青と白と母

 なんだか、気持ちいい。眼を閉じたまま、総二はぼんやりとそう思った。

 後頭部に当たる感触は、ハリがあるものの硬いわけではなく、不思議なやわらかさがあった。時折、頭を優しくなでられるような感覚もあり、それがまた、総二の心に安らぎを与えてくれる。

――そーじ?

「――――?」

 名前を呼ばれた気がした。総二の大切な幼馴染みである、愛香の声だったように思える。なんとなく、総二の頭の上あたりから聞こえた気がした。

 まだ頭がぼんやりとしているが、眼を開けてみる。少し、暗い。誰かが光を遮っている。いや誰かではない。愛香だ。視界に逆さまに映った愛香が、総二の顔を覗きこんでいた。かなり、近い。

「っ!?」

 一瞬で目が覚めた。反射的に上体を起こしそうになるが、愛香の頭とぶつかりかねないため、なんとか思いとどまる。

 そこで、自分がどんな体勢でいるのかに気づいた。どこかに寝転がっている状態で、愛香の太腿を枕代わりにしている、いわゆる膝枕の体勢だった。膝でなく腿を枕にしているのに膝枕とはこれ如何(いか)に、などとどうでもいいことが頭に浮かぶ。

「あっ、そ、そーじ、起こしちゃった?」

「え、あ、その、お、おはよう」

「う、うん。おはよう」

 恥ずかしそうに()いてくる愛香に、いまの体勢に気恥ずかしさを感じていた総二も答える。お互い、声が上ずっていた。

 気恥ずかしさはあるが、できればもう少し愛香の膝枕を味わっていたい。とはいえ、総二の目が覚めた以上、このままでいるのも迷惑ではないか、と思う。

「あ、ありがとな、起きるよ」

「えっ。う、うん」

 愛香の返事を聞いて、起き上がる。彼女の顔を見ると、どこか残念そうに見えた。

「もう少し寝ててもよかったのに」

 愛香の小さな呟きが耳に届き、早まった、といういろいろと残念な気持ちが湧き上がった。

 心の中で悔し涙を流しながら、周りを見る。木々に囲まれていて、自分たちはその木陰にいた。森というほどではなく、そこまで歩きづらそうではない。さっきまで自分たちが戦っていたところから少し離れた場所だと、愛香から説明された。

 トゥアールに今後のことを聞こうかと考え、再びぐるっと周りを見渡すが、彼女の姿はどこにもなかった。

「あれ、トゥアールは?」

「あ、うん。さっきの戦いの被害を直すって」

「ああ、なるほど。って直せるのか?」

「地面とかは直せるみたい。植物は完全には直せないって言ってたけど。とりあえず、行ってみる?」

「そうだな」

 愛香の言葉に頷くと、彼女は地面に敷いてあった薄いシートを小さく畳んで持ち上げた。トゥアールが用意してくれたものらしく、ゆっくり休めるようにとのことだった。

 そういえば、と思い返すと、寝苦しさのようなものはまったく感じられず、それどころか不思議と寝やすかった。認識攪乱装置(イマジンチャフ)もつけられているため、たとえ人が来ても見とがめられることはなく、さらには虫の類も寄ってこないらしい。地味にすごい。

 シートを持ったまま、愛香が歩きだした。

「あっ。愛香、俺がそれ持つぞ」

「重いものじゃないし、別にいいわよ」

「いや、俺に持たせてくれ。愛香はずっと起きてたんだし、それくらいはしたい」

「もう、そんなこと気にしなくていいのに。でも、じゃあお願い、そーじ」

「ああ」

 片手で簡単に運べるくらいまで畳んだシートを、苦笑しながらもどこか嬉しそうな愛香から受け取って、一緒に歩き出す。

 隣で歩く愛香を横目で見る。ツインテールを、そして愛香を守ることができたのだと思うと、たまらなく嬉しくなった。ただ同時に思い出すのは、やはりドラグギルディのことだった。愛するツインテールのことではじめて語り合える、友だちだった。その彼を(たお)したのは、自分なのだ。

「そーじ?」

「あ、ああ、どうし、あっ」

 愛香の声にハッと我に返ると、空いていた方の総二の手が、彼女のツインテールをすくっていた。いつもの癖が出ていたようだ。愛香は心配そうに、総二の顔を見つめていた。

 一緒に歩みを止めると、愛香が口を開く。

「そーじ、あまり思いつめないでね。あたしも、一緒なんだから」

「愛香、――――ありがとう」

 彼女の口から紡がれた言葉に、心からの感謝をこめて返す。

 納得したつもりだったが、割り切れてなかったのだろうと思う。だが、完全に割り切ってはいけないことだとも思った。ドラグギルディは紛れもなく、総二の友だちだったのだ。ただ、そのことを引きずりすぎるのもダメなのだと思う。ドラグギルディが見たら、きっと怒るだろう。

 それに、総二のためにどれだけ傷ついても戦い続けた、愛香がいる。彼女の想いに報いなければ、自分の魂(ツインテール)にも、友だちにも顔向けできない。そう思うのだ。

「また俺が悩んじまったら、なぐっ、デコピンとかしてでも、喝を入れてくれ」

「――――うん、わかったわ。でも、なんでいま言い直したの?」

「いや、まあ、気にしないでくれ」

「――――?」

 仮面ツインテールをぶっ飛ばした拳を言葉の途中で思い出し、さらっと言い直すと、愛香は承諾しながらも不思議そうに訊いてくる。なんとかごまかすと、再び歩き出した。ツインテールは触ったままだ。

 時々、お互いの視線が絡み合う。愛香は、嬉しそうではあるが、どこか物足りないようにも思えた。表情からも、触れているツインテールからも、なんとなくそんなことを感じる。

 ふと、愛香の手が寂しそうに見えた。時折、少し持ち上がるが、すぐに下がる。彼女の口も、なにか言いたそうに開きかけ、恥ずかしそうに閉じることを繰り返している。リザドギルディと戦ったあと、総二の部屋で愛香と話した時の自分を、思い出した。

「あっ」

「なっ、なに、そーじ。どうしたの?」

 ふっと思い浮かんだことに総二が思わず声を上げると、愛香が慌てたように問いかけてきた。

 これは、正直なところ少し恥ずかしい。彼女の髪を触るのも同じくらい恥ずかしいことなのかもしれないが、それは昔からの習慣でもあるので、いまさらだ。

 総二の勘違いかもしれないが、一度そう考えると、してあげたくなった。いや、自分もしたいのだ。

「あ、愛香。手、(つな)ぐか?」

「えっ?」

「い、嫌ならいいんだっ。その」

「い、嫌なんかじゃないわよ!?」

 愛香の返事に総二が沈みかけたところで、彼女は慌てて声を上げた。愛香はハッとすると、恥ずかしそうに言葉を続ける。

「た、ただ、そーじから言ってくれると思わなかったから」

「愛香――」

 モジモジとしながら言葉を紡ぐ愛香が、とても可愛らしく見えた。いや、いつも可愛いが。

 ゴホンと咳ばらいをし、彼女に手を差し出す。顔が、不思議と熱かった。

「じゃ、じゃあ」

「――――うん」

 顔を真っ赤にした愛香も、手を差し出した。自分も、おそらく同じくらい赤いだろうと思う。

 胸が、不思議とドキドキした。幼いころは普通に手を握っていたはずだが、そのころとは違うのだ。ただ、彼女が自分にとって大切な存在であることは、ずっと変わっていない。気づいていなかっただけなのだと、総二はそう思った。

 ゆっくりとお互いの手が近づく。手と手が触れ合いかけたところで突然、影が差した。

『ん?』

「渾身のトゥアールどろおーーーーっぷ!!」

「うおっ!?」

「きゃっ!?」

 愛香と同時に訝しんだ瞬間、総二と愛香の間へ、聞き覚えのある声とともに空からなにかが降ってきた。お互いが離れるかたちで反射的に避けると、それはそのまま地面に激突し、大きな音を響かせた。まるで、人の形をした一トンの岩の塊が落下したようだった。

 見ると、思った通りトゥアールだった。両手両足を広げた体勢で、うつぶせに地面にめりこんでいる。彼女の体格と重さでどうしてそうなるのかわからないが、躰が埋まるくらい陥没していた。

 倒れたままのトゥアールから、か細い声が聞こえてくる。

「あ、悪魔はただでは死にませんっ。こ、この生命(いのち)に代えても、ラブコメだけは阻止してみせますっ」

「おまえはなにと戦ってんだあああああああああああああああああああああああああああああああ!?」

「そんなことに生命(いのち)懸けるなあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 息も絶え絶えなトゥアールの言葉に、二人で全力の叫びを上げる。叫び声が、木々の間に響き渡った。

 

「それはそれとして、総二様、ゆっくり休めましたか?」

「あ、ああ、疲れはかなりとれたよ。ありがとう」

「いえいえ。私の作った物がお役に立てたのなら嬉しいです」

 少しして、トゥアールが何事もなかったかのように起き上がり、微笑みながら問いかけてくる。なんであれで平然としてるんだ、と(おのの)くとともに呆れながら頷いて返すと、彼女はやはり笑顔で答えてきた。

 邪魔されたかたちではあるが、トゥアールは総二たちの戦いの(あと)を直すためにひとりで作業していたわけだし、そんな時に当の自分たちがあんなことをしていたら、なにか言いたくもなるだろう、と総二は思った。

 また次の機会にすればいい。そう自分に言い聞かせていたところで、愛香が口を開いた。彼女はどこか不機嫌そうだが、それも仕方ないとは思う。

「ところで、トゥアールはこれからどうするの?」

「そのことですけど、こんなところで話をするのもなんですし、もっと落ち着ける場所に行きませんか。総二様の家とか」

「あ、ああ、そりゃいいけど。愛香、どうした?」

「ん、別に」

「――――じゃあ、トゥアール」

「わかりました。あ、ちょっと待っててください」

「ん?」

 どこか複雑そうな表情を浮かべる愛香に首を(かし)げつつ、改めてトゥアールに了承する。彼女は総二の言葉に頷くと、さっき自分が作った穴にむき直り、手に収まるくらいのリモコンのような物を白衣から取り出した。それを操作するそぶりを見せると、見る間に穴が塞がっていく。

 周りの土を少しずつ集めて塞ぐらしく、なにもないところから土を生み出してるわけではない、ということだが、傍から見るとそれと変わらないように思える。ほんとうにすごい技術力だと、総二は愛香と揃って感嘆するしかない。植物に関して訊くと、直せないわけではないが、生態系がおかしくなる可能性もあるため、必要でなければ最低限のケアにとどめておき、自然の回復力に任せた方がいいとのことだった。

 トゥアールはリモコンをしまうと総二たちの方にむき直り、ここに来るときに使った転送装置らしき物を取り出した。

 それを操作しはじめたトゥアールから視線を外し、総二は自分たちが闘いを繰り広げた戦場がある方向を見る。総二と並んだ愛香も、そちらを見た。

 少しだけ顔を見合わせ、再び一緒にあの戦場の方へ視線を戻す。

 いつか、またな。

 心の内でそう呼びかけたところで、光が視界を包んだ。

 

 

 

 夕日が射している。随分と遅くなってしまったが、昼下がりのトゥアールとの出会いからはじまり、ドラグギルディとの戦いを経て、総二が疲れから眠ってしまい、そのあと自宅近くへ転移してそこから歩って来たのだから当然と言えた。

 普段なら店の入り口から入るのだが、いまはいろいろと事情があるため、裏口からこっそり入る。

 音を立てないよう、ここまで気にする必要あるだろうかと自分でも思うほど慎重に、扉を開ける。開けたところで、中から聞こえてきた音に、母、未春がいることを総二は察知した。

 ふり返って、愛香とトゥアールに小声で注意を促す。

「静かにな。母さん、帰ってきてるから」

「うん」

「わかりました」

 頷き合い、静かに靴を脱いで廊下に上がる。トゥアールのブーツは、彼女がどこかに収納した。なにをしたのか訊きたくはあるが、いまはそれを訊いている場合ではない。ツッコみたくなるのを我慢して進む。総二、トゥアール、愛香の順番だ。

「抜き足っ」

「っ」

 トゥアールの小さな声に反射的にツッコみかけるが、どうにか堪える。(ささや)くような声だったためだ。下手に声をかけるほうがおそらく危ない。

「差し足っ」

 再びトゥアールが呟きながら、ともに一歩進む。なぜか、とてつもなく嫌な予感がした。

「千鳥足ぃ~~~~~きゅわっ――!?」

 さっきまで気遣いはなんだったんだと言いたくなる声量と、言葉通り酔っ払いのようなたどたどしい歩き方で、トゥアールはその嫌な予感に即座に応えた。瞬時に愛香が彼女の首に腕を回し、締めたことで、すぐに収まったが。片腕を相手の首に回し、もう片方の腕でその腕を固定して相手を失神させる、スリーパーホールドの名は伊達ではない。締め落とすスリーパーホールドというより、喉を潰すチョークスリーパーに見えるのは、きっと気のせいだ。

「あら、総ちゃんー?」

「っ!」

 聞こえてきた母の声に、一瞬飛び上がりそうになるが、落ち着け、と自分に言い聞かせる。

「ああ、ただいま、母さん!」

「おばさん、愛香ですっ、おじゃまします!」

「は~い」

 わざとらしかったかもしれないと思いつつも、いつもののんきそうな調子で返ってきた声にホッと胸をなでおろし、愛香と頷き合う。総二は台所へ向かい、彼女たちは先に総二の部屋へ行ってもらう。ここで下手にホールドを解くと、トゥアールの声に気づかれてしまうかもしれないからだ。

 トゥアールを締め落としたまま、愛香はズリズリと彼女を引っ張っていく。トゥアールの耐久力なら、おそらく大丈夫だ。グッタリして白目を剝いているが、きっと大丈夫だと信じている。

 とりあえず、母の注意を逸らす意味も兼ねて、紅茶でも()れに行く。

 台所に入ると、母は夕飯の支度をしていた。さっきもしたが、改めて挨拶をする。

「た、ただいま、母さん」

「おかえりなさい、総ちゃん。あら?」

「っ、ど、どうした、母さん?」

 ふりむいて総二の顔を見たところで、母がなにかに気づいたような声を上げた。トゥアールという知らない女の子を連れてきたことによる、説明しづらい後ろめたさもあって、胸がドキッとする。

 母は、まじまじと総二の顔を覗きこみ、少しして優しく微笑んだ。

「悩みは解決した?」

「え?」

「なんだか、スッキリした顔してるから」

「そう、かな?」

「ええ。母さんには、そう見えるわ」

 母の顔は、どこか安心したように見えた。ずっと心配をかけていたのだ。そう思うと、すべてを話してしまいたくなった。

 しかし、関係のない母を巻きこみたくなかった。視線を逸らし、どうにかごまかすことを試みる。

「まあ、一応。その、なんていうか、俺にとって愛香は、ほんとうに大切な()なんだって思っ」

 そこまで言ったところで、ふと気づいた。自分は、かなり恥ずかしいことを口走っていないだろうか。ごまかしとはいえ紛れもない本心であり、そもそも言葉の内容を思い返すと、ノロケに聞こえる気もする。そう考えると、顔が熱くなった。

 ゆっくりと、母の顔を見る。自分の顔は、熱くなりながらも少し引きつっているような気がした。

 思った通り母の顔は、ニンマリとでも聞こえてきそうな、とても楽しそうな笑顔だった。

「あらあら、うふふ」

「あー、えーと、いまのは」

「アラアラウフフ、略してアラフ」

「それ略する意味あるか!? じゃなくて、いまのは」

「はいはい、アラフアラフ」

「いや、だから、いまのは違っ、いや違わないけど、違くって!」

 さっきとは違うごまかしを試みるが、母の笑顔が崩れることは、なかった。

 

 母にからかわれながらも紅茶を淹れ、部屋にむかう。三人分淹れては怪しまれるため、愛香とトゥアールの二人分だ。

 部屋に入ると、すでにトゥアールは息を吹き返していた。なぜか、ソワソワソワソワと口に出している。気にはなったが、とりあえずいまは置いておく。

 それぞれが床に座ったところで愛香が、呆れとも感心ともつかない様子でトゥアールに話しかけた。

「それにしても、あんた、ほんとにタフね」

「フッ、あいにくですが、頭脳とスタイルと頑丈さと体力には自信がありましてね。これから総二様と三日三晩ぶっ続けでヤっても」

 なにやらノリノリで話していたが、愛香が手刀を作ったところで、トゥアールの言葉がピタリと止まった。心なし、顔が引きつってるように見える。

 なにから話すべきだろうか。

「とりあえず、先にトゥアールのことを教えてもらってもいいか?」

「待ってましたあ! どーぞ隅々までげふぇ~~~っ!?」

 華麗に白衣を脱ぎすて、喜色満面の(てい)で言うトゥアールの顔面に愛香が強烈なチョップを叩きこむと、彼女は奇妙な悲鳴を上げてのたうち回った。愛香の背後に、血走った眼をした剣道着姿の何者かが見えたのは、気のせいだろう。

 少しして落ち着いたトゥアールが、顔を押さえながら口を開いた。

「と、とりあえず、お二人もご存じの通り、私は異世界の人間です」

「うん」

「まったく違う世界っていうより、平行世界みたいなもの、ってことでいいんだよな、トゥアール?」

「はい、その通りです。技術力の違いなどはありますが、それ以外についてはさほど違いはありません。名称こそ違いますが、この世界で言えば私は日本人になります」

『えっ』

 トゥアールの言葉を聞き、愛香と言葉が重なった。

 日本人。さほど違いはない。こう言ってはなんだが、ところどころで感じていた会話の噛み合わなさは、国、ひいては世界の壁だと思っていたのだ。それを、同じ日本人で、なおかつさほど違いはないと言われても、逆に想像がつかなかった。

「納得していただいたところで、話を続けましょう」

「あ、うん」

「そ、そうね」

 微妙に納得はしていないのだが、いまは話を進めることにしよう、と自分に言い聞かせる。

 まずは、お互いの情報をすり合わせることにした。

 総二たちの知っていることは、アルティメギルからもたらされたものだ。あまり考えたくはないが、アルティメギルにとって都合のいい情報を渡されていることも考えられる。逆に、トゥアールの知っていることが絶対に正しいとも言い切れないが、参考にはなるだろう。

 情報のすり合わせとともに、トゥアールの実体験から知らされた話は、アルティメギルの恐ろしさを再確認するには充分なものだった。

 傍から見れば、なにひとつ変わっていない、しかし、そこはどこか無機質で、覇気のない人間しかいない寂しい世界だと、前に総二と愛香が危惧していた通りのことを、そして、世界をそんなふうにした一因を担ったのは自分なのだとも、トゥアールは淡々と語った。

 もしも自分たちがドラグギルディに負けていたら、いや、トゥアールが来てくれなかったら、間違いなくこの世界もそうなっていただろう。そう考えるとともに、ドラグギルディと戦う前の、戦い続けた動機を愛香が吐露(とろ)した時のことを思い出し、総二の背中が冷たくなった。そうなっていたら、愛香はそのことを気に病みながら生きていくことになっていたかもしれない。

 自分がやったことが原因で世界が滅びてしまったなど、耐えきれるものではないだろう。たとえ、愛香のせいじゃないと言ったとしても、彼女は自身を許せなかっただろうと思う。

 それを、トゥアールは救ってくれたのだ。

「改めて礼を言わせてくれ。ありがとう、トゥアール」

「えっ?」

「トゥアールの世界が滅びてるのに、こんなことを言うのは不謹慎かもしれない。それでも言わせてくれ。来てくれてありがとう、トゥアール」

「総二様――」

「あたしからも、ありがと、トゥアール」

「愛香さん」

 愛香はやはり複雑そうな顔をしていたが、その言葉には、心からの感謝があったように思えた。

 トゥアールは顔をかすかに赤くすると、明るく声を上げた。

「い、いえいえ。ほら、言ったじゃないですか。お二人が、私の世界の仇を討ってくれたんですから」

「俺たちだって言っただろ。それだって、トゥアールが作ってくれたテイルギアのおかげだよ」

「いえ、二つのテイルギアであっても、ドラグギルディに勝てるかどうかは賭けでした。その勝利を引き寄せたのは、お二人の力です」

「お互いさまってことでいいでしょ。アルティメギルから渡されてたギアじゃ、それこそ勝ち目ゼロだったんだから。素直に受け取りなさいよ」

「――――ありがとう、ございます」

 どこか陰はあるが、トゥアールは嬉しそうな笑顔で言葉を返した。

 

 話を続ける。さっきの照れ隠しなのか、時々トゥアールが痴女的、変態(ロリコン)的に脱線することがあったが、話を続けた。

 属性力(エレメーラ)のこと。テイルギアの技術は、もともとアルティメギルから意図的に流出させられたものであるということ。そして、できれば嘘であってほしかった、トゥアールのロリコン趣味によるいろいろもわかった。わかってしまった。

 とにかく、情報を照合してみたが、お互いの情報にほとんど違いはなかった。

 ただ、すべてが一緒だったわけではない。属性玉(エレメーラオーブ)のことだ。

「違う、ってなにが違うんだ、トゥアール?」

「正確に言いますと、なにも使い道がない、というのが違います」

「つまり、テイルギアにそれを使う機能があるってこと?」

「その通りです、愛香さん。詳しくはあとで説明させていただきますが、属性玉(エレメーラオーブ)を使用することで、お二人のテイルギアは様々な特殊能力を発現させることができます。もっとも、総二様の使っているテイルギアを製造した際に作った機能なので、私は実際に使用したことはないのですが」

「そうか」

 トゥアールの言葉を聞きながら総二は、彼女から迷いのようなものを感じた。すごい発明だと思うのだが、それを誇るわけでもなく、なにかを気にしているように思える。そして総二自身も、なにか引っかかるものがあった。

 愛香が、ため息を吐いた。

「トゥアール。さっきも言ったけど、変に気を遣うんじゃないわよ」

「っ」

「愛香?」

 愛香の言葉に眼を見開いたトゥアールを横目に、どういう意味なんだ、という意をこめて総二は愛香に呼びかける。

 愛香は頷くと、神妙な様子で口を開いた。

属性玉(エレメーラオーブ)ってどういうものだっけ、そーじ?」

「どういうものって、エレメリアンたちの」

 そこまで言って気づく。属性玉(エレメーラオーブ)とは、彼らが斃されたあとに残る、エレメリアンたちの(コア)。それはつまり。

「遺された属性玉(エレメーラオーブ)とは、言ってしまえばエレメリアンの亡骸(なきがら)です。愛香さんのギアには属性玉(エレメーラオーブ)の自動回収機能がありますが、それはおそらく、自分たちを斃した相手に弔ってもらいたい、いえ、そこまでではなくとも、それを見た時だけでも自分たちのことを思い出して欲しいという、せめてもの願いなのかもしれません」

『――――?』

 なにか、違和感があった。愛香も同じなのか、どこか訝し気な表情を浮かべていた。

 しかしトゥアールの話の腰を折るのも申しわけないので、いったん彼女の話に集中する。彼女は(かぶり)を振り、そのまま言葉を続けた。

「人間で言えば、人の死体を利用するようなものです。やつらを斃すためなら、どんなことだってする。そう思っていたんです」

 感情を見せずに話すトゥアールに、総二はなにも言えなかった。自分の世界を滅ぼされたのだ。復讐を考えても仕方ないと思う。そしてそれが正しいと、トゥアールも信じていた。いや、それしか考えられなかったのかもしれない。その思いに迷いを生じさせたのは、おそらく自分たちなのだろう、と総二は思った。

 総二たちがドラグギルディと仲良くなってしまったのを見て、エレメリアンも人間と変わらない生命(いのち)なのだと、考えてしまったのではないか。彼らを、ただの仇だと思えなくなってしまったのではないか。そんなふうに思う。

 なにかを考えていたらしき愛香が、顔を上げた。

「トゥアール。その機能だけど、あたしは思いっきり使うわよ」

「えっ?」

 愛香がそう言うと、トゥアールはあっけに取られたように呟いた。総二は、特に驚かなかった。愛香ならそう言うのではないかと、なんとなく思ったのだ。

 愛香はトゥアールに、力強く言葉を続ける。

「あたしたちは絶対に負けられない。だからあたしは、使えるものはなんでも使うし、どんな手だって使うわ。それで誰かにどう思われようと知ったこっちゃない。あたしは、そう決めたんだから」

「愛香さん――」

「だいたいね、あいつらは侵略者なんだから、変な遠慮とかして侵略を許しました、とかその方がダメでしょ。やるからには徹底的にやらないと」

 毅然とした態度で愛香が言った。過激と取られそうな言葉ではあるが、アルティメギルの規模を考えれば間違っていないだろう。

 ちょっとだけ愛香の顔が赤くなったように見えた。少し恥ずかしさを感じたのかもしれない。

「そーじは、どうなの?」

 恥ずかしさをごまかすように、愛香が総二の方に顔をむけて訊いてくる。本心で答えなければならない、と総二は思った。

 愛香とトゥアール、それぞれと見つめ合ったあと、静かに言葉を紡ぐ。

「俺は、なるべくなら使いたくない」

「そーじっ」

「いえ、愛香さん。総二様がそうおっしゃられるのも仕方ありません。ドラグギルディは」

「いや、勘違いしないでくれ、二人とも」

「え?」

「――――あー、そういうこと?」

 総二が続けた言葉に、トゥアールはまたもあっけに取られたように声を漏らし、(とが)めるように声を上げかけた愛香は、呆れながらも納得したように言った。

 愛香に頷くと、トゥアールにむかって言葉を続ける。

「俺は、ツインテールの戦士だ。だから、できることならツインテール属性ひと筋で行きたい」

 愛香から聞いた話では、エレメリアンたちはツインテールを求めながらも、それ以外の属性も欲しがっていたという。そんな中、ドラグギルディだけは、純粋にツインテールのみを愛していた。自分もそれに負けたくないと、総二は思うのだ。

「その機能を使わなきゃいけない時も、きっと来ると思う。だけど、いや、だからこそ、ほんとうに必要になる時までその機能は使いたくないんだ。わがままだってことはわかってるけど、これが俺の気持ちだ」

「総二様」

「だけどトゥアール。俺は、その機能を否定する気はないんだ。それだけはわかって欲しい」

 トゥアールの努力を、想いを否定する気はないのだと、ツインテールを愛する者としての思いがあるのだと、そのことをはっきりと伝える。

 それに、勝手な言い分かもしれないがそうやって使うことに、いや、力を貸すことを、エレメリアンたちは拒否しないのではないだろうか。総二が直接知っているエレメリアンは、リザドギルディとドラグギルディしかいないが、どちらも満足して斃れたように思える。そんな彼らなら、自分たちに力を貸すことをためらわないのではないかと、そんなふうに思うのだ。

 それは、総二がそう思いたいだけかもしれない。それでも、そう信じたかった。

 愛香が、ため息を吐いて苦笑した。

「ほんっと、ツインテール馬鹿なんだから」

「悪いな、愛香」

「まあ、そーじらしいけどね」

「そう、ですね。ですが、テイルギアは精神力と属性力(エレメーラ)が強まるほど強化されます。総二様はその方が強くなるかもしれません。嫌々とやっても、やる気なんて出ませんからね」

 気を取り直したトゥアールも、苦笑しながら愛香の言葉に同意し、自身の見解を述べた。

 その言葉に、総二は笑みを浮かべた。

「なら、問題はないな」

「っていっても、必要になったら使いなさいよ?」

「ああ、わかってる」

「ほんとかしら」

 愛香の言葉に頷くが、彼女は訝し気に呟いた。確かに総二自身、実際に使う決意ができるかは疑問だが、いまはそう言うしかない。

「ではいよいよ、テイルギアの性能を公開するとしましょうか」

 さっきの暗さを吹き飛ばすように、トゥアールはもったいぶった調子で言うと、ポケットから紙切れのような物を取り出した。それを広げると、折り目も消えて巨大な液晶端末となり、画面中央にテイルレッドの全身図が表示されて各部名称と説明書きが表れる。

 その画面を、トゥアールが指差し指差し説明をはじめた。

 ツインテール属性を核とし、装着者の属性力(エレメーラ)と共鳴することで生成される、対エレメリアン用強化武装、テイルギア。地上のみならず、深海、宇宙でも同等の動きが可能。変身から装着完了まではわずか0.01秒であり、その間ですら(まゆ)状に展開されるフォトンコクーンによって守られている。

 首を覆うパーツ、フォトンサークル。認識攪乱の力である、イマジンチャフを展開している。視覚、聴覚を強化する要となっており、二十キロメートル離れたところを視認し、聞き取ることも可能となる。

 装着者の属性力(エレメーラ)の高まりに応え、武装を生成する髪飾り型デバイス、フォースリヴォン。

 テイルギアを構成し、全身を覆う極軟性金属、フォトンヴェイル。ダイヤモンドの八十倍の硬度を持ちながら、衣服と変わらない軽さと動きやすさを実現。装着者の服を分解、吸収しており、変身と解除をスムーズに行うことができる。

 手首から指先まで覆う、スピリティカフィンガー。握力を数百倍に強化し、パンチ力は百トン以上。

 膝下から足首までを覆う、スピリティカレッグ。脚力を数百倍に強化し、百五十トン以上のキック力となる。

 変身ツールであるとともに、変身後はテイルギアの出力安定装置として稼働する、テイルブレス。基地のメインコンピューターとも連動しており、稼働状況を0.001秒のズレもなく転送する。

 腰に展開する、属性力(エレメーラ)増幅装置、エクセリオンブースト。具現化した武装と連動し、力を供給するとともに、完全開放(ブレイクレリーズ)による力の反動で装着者が傷つかないように、逆流を防ぐ。

 エクセリオンショウツ。

 精神エネルギーの防護膜、フォトンアブソーバー。九十トンの物理衝撃をも防ぎ、宇宙空間での戦闘の際は、放射線を完全に遮断する。

「そして、先ほど話した例の機能、属性玉変換機構(エレメリーション)! 左腕に取り付けられた、属性玉(エレメーラオーブ)の力を引き出す特殊装置です! どうです、この超性能っ!!」

「なっげえわあああああーーーーーっ!!」

破裏拳(はりけーーーーーーん)!?」

 話しているうちにどんどん興が乗ってきたのか、最後はノリッノリであった。聞いているうちにイライラしてきたらしき愛香が、ドヤ顔で説明を締めくくったトゥアールへ拳を叩きこむと、彼女はよくわからない悲鳴とともに床にくずおれた。

「どれもこれもアホすぎるけど、なによこのフォースリヴォンって! なんでウに点々してんのよ、イラッとする!」

「なに言ってるんですか!」

 声を荒らげる愛香の言葉に、即座に復活して立ち上がったトゥアールが反論する。

「年頃の男の子はウに点々が大好物なんです! しょせん男を知らないメンヘラ愛香さんには理解できないでしょうけど!」

「なっなななによそれっ。じゃ、じゃああんたは、そんなにたくさん経験あるって言うの!?」

「失礼な。愛香さんみたいなビッチと一緒にしないでください」

 処女に決まってるじゃないですか、といきなり真顔になったトゥアールの言葉を聞いた愛香は、瞬時に彼女の背後に回って背中合わせとなると、その状態で背を少し屈めて後ろに手を回し、トゥアールの腹の前あたりで手を組む(クラッチ)。強靭な足腰で立ち上がりつつ前方に躰を曲げて、背負うかたちとなった彼女の脳天を床に叩きつけた。鋼鉄の不沈艦と異名されるほどタフな相手でも沈めてしまいそうな、総二が見たこともない投げ技によって、トゥアールは悲鳴すら上げられずに(マット)に沈んだ。

「ビッチじゃないわよっ。そーじのために、ずっと大切にしてるんだから」

 愛香とトゥアールのやり取りに冷や汗をかいていたところで、ボソッと呟かれた言葉が耳に届き、顔が熱くなるとともになんとも言えない嬉しさが湧き上がった。しかし同時に、気恥ずかしさも感じてしまう。

「それにしても、ほんとうにすごいな」

 総二は、恥ずかしさをごまかすように呟いてトゥアールが落としたマニュアルを拾い上げると、テイルギアのスペックデータを改めて読み直す。パンチ力百トンなんて、ビルがふっ飛ぶんじゃないだろうか。

 ツインテール馬鹿とはいえ、総二もまた男の子。強いものに憧れる、そんな年頃なのだ。トゥアールの言う、ウに点々云々(うんぬん)というのはともかく、これだけとんでもないスペックが羅列されているのを見ると、不思議と口元が緩んでしまう。

 なぜ宇宙空間での使用を想定しているのかは謎だが、それもまたテイルギアのとてつもなさを物語っていると言えた。

 だが、これだけの性能でありながら、ドラグギルディに対しては紙一重の闘いになった。おそらく、リザドギルディなどの一般エレメリアンなら軽く蹴散(けち)らせるのだろうが、ドラグギルディのような幹部、上級エレメリアンには、確実に勝てるとは言い切れないのではないだろうか。そして、アルティメギルがこの世界の侵略をあきらめないようなら、そんな相手がまた来ることも充分考えられるだろう、と総二は思った。

 読み進めるなか、気になる項目がひとつあった。先ほどのトゥアールによる説明の時も気になったところだ。そのトゥアールの方に眼をむけると、彼女は頭を振って起き上がったところだった。

 さっきの一撃はさすがに効いたらしい、と思いつつ問いかける。

「トゥアール、この空欄はなんだ。エクセリオンショウツ。ちょうど、その、パンツの」

「ああ、そこは、その、戦いが長引いておトイレに行きたくなっても、すばやく吸収し、分子分解して大気に拡散してくれる機能が」

 あるんですが、中二っぽさを台無しにしてしまうので、記載をためらってしまって、というためらいがちなトゥアールの言葉に、訊くんじゃなかったと総二は後悔した。

 とりあえず、いまのは聞かなかったことにして、ふと思い浮かんだことを口にする。

「そういえば、トゥアールはいままでどれだけの世界を渡って来たんだ?」

「いくつも、としか言えませんね。そのテイルギアを託せるだけのツインテール属性の持ち主、最低でもかつての私以上の属性力(エレメーラ)を持つ人を求めていましたが、総二様以外にはいませんでした」

「愛香は?」

「愛香さんは確かにこの世界では第二位ですが、かつての私には及びません。もっとも、戦闘センスに関しては私をぶっちぎってますので、まったく心配いりませんけど」

「そうか」

「そうなの?」

「ええ。実を言うと、そんな二人を見つけられたらなー、と思ってたので、ほんとうにラッキーでした。もう少し遅かったら完璧に詰んでましたね」

 二度と見つかる気がしません、と話すトゥアールの言葉に、ほんとうにギリギリのタイミングだったのだ、と再び背中がゾッとする。

「そういえばさ、トゥアール」

「なんでしょう、愛香さん」

「あたしたちがドラグギルディから渡されてた道具だけど、一応調べてもらってもいい?」

「あっ、確かにそうだな」

 情報と同様、これもあまり考えたくないことだが、アルティメギル製の道具である以上、なにか細工されている可能性はある。念のため調べてもらって、というより、最初にこれを提案しておくべきだったかもしれない。

「わかりました。渡してもらっていいですか?」

「うん」

 愛香が返事をして、トゥアールに道具を渡す。すぐに済むと思います、と言うと、彼女はそれらをひとつずつ起動させ、あちらこちらをいじる。流れるように、手が動いていた。

「問題ないですね」

『はやっ!?』

 大して時間をかけずに言われたその言葉に、総二と愛香の言葉が重なる。そんなに簡単でいいのか、と問いかけると、そもそもそこまでの技術を使っていないようですので、との言葉が返ってきた。

「おそらく、その程度のものを渡してきたのでしょう。万が一、私みたいな別世界の住人に渡って技術を解析されてもいいように」

「なるほど」

「ただ転送装置に関しては、移動距離、精度ともにかなりのものです。地球全土のどこにエレメリアンが現れてもいいように、ということでしょう。解析して役立たせていただきます」

「わかった」

 すでに相槌しか打てない。仕方ないとは思う。

「トゥアール。あたしが使ってたギアは?」

「ボロボロですが、問題はありません。ですが、たとえ修理したとしても、性能の面で今後役立つものではないと思います」

「そっか。まあ、仕方ないわね」

 愛香は少し寂しそうに見えたが、すぐに気持ちを切り替えたようだった。その切り替えの早さに、総二の方が気になってしまう。

「愛香、いいのか?」

「いいのよ。ドラグギルディにはそれこそ全然歯が立たなかったし、リザドギルディとかにも苦戦してたくらいだったんだから。これから先、もっと強いエレメリアンが出てくるとしたら、テイルギアじゃないと」

「そう、だな」

 なにも思っていないわけではないのだろう。ただ、それ以上に優先することがある。負けられない理由が、そこにあるのだ。

「とりあえず、修理はしておきます。なにかいい使い道が思いついたら、使わせてもらってもいいでしょうか、愛香さん?」

「うん。これから先の戦いが少しでも楽になるんだったら、好きなようにやっちゃって」

「ありがとうございます。あとは、そうですね。変身の時のかけ声でも決めましょうか」

『は?』

「せっかく戦隊ヒーローっぽくなってるわけですし、テンションを上げるためにもそういう要素は突き詰めていかないと」

「なるほど」

「いや、なるほどじゃないわよ。だいたい人前で変身するわけじゃないし、わざわざそんなもの決める必要ないでしょ」

「そんなことはありません。言ってみれば、これは儀式です。これから戦うんだ、というスイッチを入れることで、戦うための『変身』を心もするんです」

「参考までに聞きたいんだけど、トゥアールは変身する時、なんて言ってたんだ?」

「私は、特になにも言ってませんでした」

『オイ』

 さっきの言葉はなんだったんだ、と二人でツッコむが、一理あることには違いないので一応決めることにした。

 それにしても、トゥアールはなんだかとても楽しそうに見える。はじめて友だちができてはしゃいでいるような、そんな印象をなぜか受けた。

 そこまで考えたところで、不思議とさっきの言葉が気にかかった。明るく言われたが、どこか寂しそうな声に思えたのは総二の気のせいだろうか。

「かけ声、って言ってもねー」

 そこに、特に考えるそぶりを見せずに発せられた愛香の声に、いったん思考を切り上げる。

「『変身』、でいいんじゃない?」

「某仮面のヒーローのような感じならそれでいいかもしれませんが、戦隊なんですからっ。ここはひとつ、『ツインテイルズ』って感じがバッチリ出るかけ声を!」

「プロデューサーかなんかか、あんたは!」

「そういえばさ、テイルギアの『テイル』って、やっぱり『ツインテール』から取ってるのか?」

「それもありますが、空想を意味する『テイル』からも取っています。人の精神(こころ)から形作られる、人の精神(こころ)を守る最強の武装たれ、と願いをこめて」

「なるほど」

 トゥアールの回答に頷く。あまり凝り過ぎても仕方ないとは思う。

 ふっと思い浮かぶものがあった。

「じゃあ、『テイルオン』とかどうだ?」

「んー、まあ、いいんじゃない?」

「いいセンスです」

「あ、ありがとう」

 愛香は特に反論することなく、トゥアールはなぜかニヒルな感じで称賛してきた。なんとなく気恥ずかしくなり、総二が口ごもりながら礼を言うと、トゥアールが時計に視線をむける。

「今日はこんなところですね。テイルギアの詳しい説明や今後の方針などは明日以降にして、今日は休みましょう」

「そうだな」

「そうね」

 もう少し聞きたいこともあるが、今日はさすがに疲れたため、その意見に二人で賛成する。少し眠れはしたが、完全には疲れは取れていなかったようだ。愛香はまだ余裕があるように見えたが、ひょっとしたら総二に気を遣ってくれたのかもしれない。

「それでですね、総二様」

「ん?」

 なにやらモジモジとしながら、トゥアールがどこか言いづらそうに口を開いた。総二は首を(かし)げて続きを促した。

「戦いをバックアップしていくためにも、なるべく一緒に行動させて欲しいんです。できれば寝食も。特に、(しん)

 トゥアールの言葉が、そこで止まった。愛香が、血走った眼ですさまじい気を放っているように感じるが、多分気のせいだ。

「えっと、ウチに泊まるのか?」

「はい。寝床になれば充分ですので、お部屋をひとつ貸していただけませんか?」

 愛香の方を総二がチラッと見ると、彼女はやはり複雑そうな顔をしていた。

「おまえごときに貸す部屋などないわ~~、このド下等が~~、とおっしゃられるのでしたら、トイレでもいいですからっ」

 むしろその方が困るだろうと、なぜかハアハアと息を荒らげるトゥアールを見て正体不明の悪寒を感じながら、総二は思った。というか、なんだド下等って。

「いや、部屋自体は余ってるから別にいいけどさ、愛香の家じゃだめなのかって思ってさ。女の子同士の方が、なにかと都合がいいんじゃないか?」

 総二の家は、総二と母の二人暮らしのため、部屋は余っているが、愛香の家も両親が海外赴任中のため、愛香と恋香の二人暮らしになっている。愛香と恋香さえよければ、そちらの方がいいのではないかと思うのだが。

「男と女の方が――、もとい、いろいろ事情があるんです。なにより、基地の建設も急務です」

『基地て』

 返された単語に、またも愛香と言葉が重なった。トゥアールが言葉を続ける。

「家の地下に掘らせていただきたくて、地盤的にもここが適切なんです」

「地下に空間、って地震とか来た時大丈夫か!?」

「あたしの家、隣なんだけど。ウチもろとも沈まないでしょうね?」

「愛香さんがひとり暮らしなら爆破沈降させるのもやぶさかではありませんが、ご家族もいらっしゃいますので、そこは気をつけます」

「埋まれよ。なあ、埋まれよ」

 怒りの表情を浮かべた愛香が、ドスの効いた声でトゥアールの頭を床に押しつける。会って半日ほどしか経ってないというのに、すでにお互いの態度には遠慮というものが感じられなかった。総二の気のせいかもしれないが、なんとなく二人は楽しそうにも見える。いや、言うこともやることも過激ではあるのだが、ただ相手を害しようというような、悪意らしきものが二人から感じられないのだ。それが気のせいだとしても、息はやたらと合ってきている。

 トゥアールも、愛香も、ひとりで戦ってきた。それによる不思議な共感(シンパシー)のようなものが、二人の間にあるのかもしれないと、なんとなくそう思った。そこに、少しだけ疎外感のようなものを感じなくもないが、腐るつもりはない。愛香を守るのは自分だと、トゥアールの思いも一緒に背負って戦うのだと、総二は決めたのだ。

 思考を切り替え、トゥアールを家に住まわせる、ということを考える。母は、決める時は決める人ではあるのだが、基本的にノリで生きる性格であり、基地だのなんだのと聞けば、おそらくノリノリで承諾するだろう。

 だがやはり、できることなら巻きこみたくなかった。

「とりあえず母さんを説得するから、同居のうまい理由を考えてくれないか、トゥアール。テイルギアとかアルティメギル絡みの諸々がバレないように」

「お任せください。そういう嘘ならいくらでもっ。虚無の思考時間(シークタイム=ゼロ)のトゥアールとは私のことです!」

「乳を揺らすな」

 トゥアールが躰を少し跳ねさせて胸を弾ませ、それを見た愛香が眼つきを鋭くしてその口から低い声を漏らす。

 悪意は感じられない。トゥアールからは煽りのようなものを、愛香からは怨念めいた暗い呪詛のような念を感じなくもないが、悪意は感じないのだ。多分。

 なにか怪しいルビを振られた言葉が出てきた気もするが、とりあえず先を促す。

「えーっと、それで、なにか浮かんだか?」

「ええ、こういうのはどうですか。私は外国から留学してきた同級生で」

「なるほど、ホームステイか」

「いえ、見知らぬ土地で不安を抱える私を総二様が騙して拉致監禁! これなら、必死に逃げようとするために地下に穴を掘っても、無理がありません!」

「ありすぎるわあああああああああああ!!」

「げへがあああああああ~~~~~~っ!?」

 その大きな胸を張って言うトゥアールに、岩すらへこませそうな正拳突きを愛香が叩きこんだ。足がもげそうなローキックを続けてかましそうな気もしたが、愛香はそこまではせずにため息を吐いて、頭を抱えた。

 総二もため息を吐き、愛香に告げる。

「俺、ひとりで説得してくるわ」

「うん――。そうして」

 絶世の美少女が、眼を逸らしたくなるような酷い悶え方をしている。言動も含めていろいろと残念な気持ちになりながら、総二はドアノブに手をかけた。

 どう説明するか、と悩むが、ホームステイが最も無難だろうと総二は思う。

 母に嘘を吐くのは、抵抗があった。苦労人ではないかもしれないが、総二を女手ひとつで育ててくれた、大切な家族なのだ。

 それでも、巻きこみたくないのだ。うまく説明しなければ、と考えながら扉を開けた。

 

 総二が廊下に出ると、不敵な笑みを浮かべて腕組みをした母が、壁にもたれかかっていた。

 予想していなかった状況に、総二の頭が混乱する。

「話は聞かせてもらったわ」

「――――聞いてんじゃねえええええええええええ!!」

「あらら」

 母からかけられた言葉に総二は一瞬硬直したあと、彼女の肩に手を置き、盛大に叫びを上げた。母は特に動じず、いつも通りののんきな声を返してくる。

 息子のプライベートをなんだと思ってんだ、と訊くと、愛香ちゃん以外の女の子を連れてきたから、オモシロ展開になると思ってと返され、こっそり帰ってこれたと考えたのが間違いだったか、と総二は頭を抱えてうつむいた。

「とうとう、この日が来てしまったのね」

「っ!?」

 耳に届いた母の静かな言葉に、総二はハッと顔を上げる。母は天井を見つめ、ふうっと息を吐いたあと、普段見ることのない真剣な表情を作った。

 なぜ、こんな顔をするのだ。なぜこんなに冷静なのだ。

 ふっと頭に、ひとつのことが思い浮かんだ。いや、それしか考えられない。

「まさか、母さんは知ってたのか? 俺が、テイルギアの装着者として選ばれるって」

「ううん。全然知らないけど?」

「さっきのセリフなんだったんだよおおおおおおおお!」

 再び頭を抱える総二に母は、先ほどトゥアールとの会話で出てきた属性力(エレメーラ)やエレメリアンのこと、テイルギアのことなどをバッチリ聞いていたことを語った。理解力とんでもねえ、と総二の頭痛がどんどん進行する。

「夢、だったのよ」

「は?」

 再び母の顔を見ると、いまにも涎を垂れ流しそうな恍惚とした表情を浮かべていた。

「母さんはね、中二病をこじらせたまま大人になった人間なの。世界を守るヒロインになる夢は果たせなかったけど、その夢はすべてヘソの緒を通してあなたに託したから」

「生まれる前の我が子になんてこと!」

「そして、死んだ父さんもまた――」

 あまりにもヒドイ話に総二は叫びを上げるが、母は聞いた様子がない。いや、多分止める気がないだけだ。

 まあ、ほんとうにテイルレッド(ヒロイン)になったけど。そんなことを考えながらため息を吐いて、なにやら溜めを作っている母に、一応聞き返す。

「また?」

「――――末期の中二病患者だったのよっ」

「溜めて言うことか!? っていうか父さんもだったのかよ!?」

「私たちはすぐに恋に落ちたわ。思うさま自分たちの中二をぶつけ合い、求めあった」

 中二をぶつけ合うってなんなんだ。そう思った直後に母は、それを説明するかのように語りはじめた。

 父さんはヒーローに強い憧れを持っていた人で、自分がヒーローになった時の設定や、パワーアップする時のシチュエーションがどうとかまで語ったというその回想に、総二は遺影を叩き割りたくなる衝動に襲われた。あるいは位牌から蘇らせてぶん殴りたい、などと意味不明なことまで頭に浮かんでくる。

 しかし母が最も望んだシチュエーションは、敵対した組織の少年とわかり合って恋に落ちる展開であり、そのために正反対のシチュエーションを夢見ていた父さんと反発し合い、別れようとする話にも何度かなったらしい。

 ヒドイ、としか感想が出てこなかった。唐突に相席を申し入れて痴女のようにふるまったあげく、無理やり幼女に変身する腕輪をつけてくるロリコンの人の方がまだマシに思えてくるのが、ヒドすぎる。いや、こう考えるとあっちも大概だが、いろいろと助かったからいいのだ。

 よりによって、なんでそんな理由で喧嘩別れする寸前にまでなってるんだ、と頭と胃が痛くなり、気が遠くなった。愛香とはそんなふうにならないよう、ツインテールに対しての節度は守ろう、と薄れていく意識の中で思う。彼女と別れたら本気で絶望する、と続けて思ったところで、そもそもまだ付き合ってないだろ、という声が聞こえた気がした。

「大学三年の冬にね」

「うん?」

 視界が真っ暗になる寸前で、どこか切なげな響きを持った母の声に意識を取り戻す。

「それじゃあ、仲間内でいがみ合っていた男女が惹かれ合ったという設定にしましょう、と母さんが断腸の思いで譲歩しても、水着っぽいプロテクター着用の女敵幹部との禁断の恋しかありえない、って父さんは頑として譲らなかったわ」

「うわあ」

 なんだかもう、いろいろといっぱいいっぱいの話に、総二はそう返すことしかできない。母はやはり気にした様子もなく、言葉を続ける。

「私たちの関係も、もうここまで。ついにそんなあきらめを抱いた、そのころだったわ。――――総ちゃん、あなたが母さんのお腹にいるってわかったのは」

「うぁぁぁぁぁーーっ」

 躰から魂が抜けていく感覚を味わう。ヒドイ妄想で付き合い続け、そのうえ、デキちゃった結婚。やり場のない気持ちが、総二の心を支配した。

「それから二人は、それまでが嘘のように仲睦まじく、ね。子は(かすがい)とはよく言ったものね」

「あー、そーですか」

 微笑んで言う母に、総二は投げやりに返す。仲睦まじくなったのは結構なことだが、思春期の少年がこんな話を聞かされたら、やさぐれても仕方ないと思う。

「もうひとつ、大事な話があるの」

「え?」

「総ちゃん。長男なのに、どうしてあなたの名前には『二』って文字があると思う?」

「っ!」

 深い悲しみを湛えるようなその瞳に、その言葉に、総二はハッとさせられる。

 総二も、いままでにそのことを何度か考えたことはあった。そして出てくる結論に、訊いたら悲しませてしまうのではないかと思い、いままで訊くことができなかったのだ。

 改めて母の顔を見る。彼女の顔には、強い決意があるように見えた。

 逃げてはいけない。総二も、意を決した。

「やっぱり俺には、生まれてくるはずの兄さんか姉さんがいたんだな、母さん」

「え、違うけど?」

「――――え?」

 キョトン、と軽く返された母の言葉に眼を(しばたた)かせて、総二は思わず間の抜けた声を漏らした。

「あ~、ホントの中二のころが一番楽しかったな~、って父さんと母さん共通の想いが、あなたの名前に『二』がある理由」

「聞かせんでいいわ、そんなオモシロ出生秘話! こんなん聞かされたら普通はグレるぞ!? っていうかグレるからな!?」

「ほんとうはもっとかっこいいものにしたかったのよ。命天男(めてお)とか有帝滅人(あるてぃめっと)とか。これも妥協案で、共通の好きな文字を選んだんだけど」

「すんません、総二でいいです」

 マットを焦がさんばかりの胸の炎が、一気に沈静化した。痛々しい名前を付けられなかっただけマシだ、と自分に言い聞かせる。総二という名前自体はまともなのだから。愛香に、そーじと呼ばれるのも気に入っているし。

 しかし、このオモシロ出生秘話、封印すべきだと僕は思う。

 どこからか聞こえてきたその謎の声に、心から賛同する。なんか顔が銀色に輝いている人が見えたが、きっと気のせいだ。

 それにしても、自分の、人から見たら結構痛い部分は、ほんとうにヘソの緒から受け継がれたものかもしれない。総二は頭を抱えながらそう思った。

 

「あのー、よろしいでしょうか?」

「っ、トゥアール、まだっ」

 開いた扉に躰を半分隠して声をかけてくるトゥアールに、慌てて静止の声を上げる。もう回復したのかと内心戦慄したところで、母が神妙な様子で、しかし楽しそうに口を開いた。

「トゥアールちゃん。話は聞かせてもらったわ」

「実は私も、聞かせていただきました」

「ぐわあああああああああああああっ」

「そーじ、しっかりして!」

「うおおおおおおおおおっ」

 まじめな顔で返されたトゥアールの言葉に、総二は顔を両手で覆って羞恥に身悶える。そこに愛香からも声をかけられ、恥ずかしさはさらに加速した。

 すぐそこにいたのだから当然だが、聞かれてしまった。人が知ったら、笑えばいいのか同情すればいいのかわからないレベルのオモシロ出生秘話を、聞かれてしまった。

「お母さま。総二様にはもうお話ししましたが、ここに住まわせてほしいのです」

「断る理由がないわ」

「あとできれば、この家の地下に研究所を」

「構わないわ。むしろどんどんやっちゃって。あと、たまに見せてね」

「もちろんです」

 打てば響くとばかりに話がポンポン進んでいくなか、総二は近づいてきた愛香の手を握り、彼女に顔を近づけた。

「愛香、頼む。さっきの母さんの話は忘れてくれ」

「えっ、あっ、そ、そーじっ」

「頼むっ」

 顔を赤らめた愛香の手をもっと強く握り、さらに訴えると、彼女の顔がますます赤くなった。

「う、うん、わかった。その、そーじっ。か、顔っ」

「えっ、あっ、わ、悪いっ」

 鼻と鼻がくっつきそうなくらいまで近づいていたことに気づき、慌てて躰を離す。

 モジモジとする愛香はやはりとても可愛らしく、さっきとは別の恥ずかしさで躰が熱くなった。

「それとお母様、もうひとつお願いが」

「なにかしら、トゥアールちゃん?」

 恥ずかしさをごまかすように、トゥアールと母の会話に耳を傾ける。

「いまからですね。困ったわね、予備の布団がないのよ。そうだ、総二のベッドで一緒に寝るといいわ、って言って欲しくて」

「本人を目の前にしてなに言ってんの!?」

「あんた、いい加減にしときなさいよ!」

「ああもう、トゥアールちゃん。あなたみたいな人が異世界から来たとか、すごく嬉しい!」

「母さん!?」

「未春おばさん!?」

 トゥアールの発言に総二と愛香は同時にツッコむが、母は感極まった様子で声を上げた。

「でも困ったわね、予備の布団がないのよ。そうだ、総二のベッドで一緒に寝るといいわ!」

 一言一句違えず、ボイスレコーダーかなにかかとばかりに完璧に再生する母に、総二は絶句するしかない。どうやら母もまた、虚無の思考時間(シークタイム=ゼロ)の使い手らしかった。

 母とトゥアール、二人から光のようなものがお互いに発せられ、引き合う光景を幻視する。これが、中二マグネットパワーか、などとよくわからないことを思った。

「み、未春おばさん、よく考えてっ。そーじの貞操が」

「もう、なに言ってるのよ。二人だって、そういう雰囲気になってたじゃない。総ちゃんも愛香ちゃんのこと一度押し倒してたし」

「うっ」

「そ、それはっ、――――あれ?」

「どうしたの、愛香ちゃん?」

 からかうように返された母の言葉に、愛香が怪訝な顔となった。愛香は眼をパチパチさせ、呟く。

「一度?」

「あら、もしかして、あのあともなにかあったのかしら?」

「え、あっ、そ、そのっ」

「い、いや、ええっと」

「なにはともあれ、トゥアールちゃんはウチに住んでもらって全然構わないから。自分の家だと思って遠慮なく使ってね」

 総ちゃんの部屋も含めてね、と続けると、トゥアールは感謝の言葉のあとに、主に総二様の部屋を自分の部屋だと思って生活します、と返した。

 そのさまを見て、母が満足そうに笑みを浮かべた。

「ふふっ。トゥアールちゃんはいい眼をしているわ。童貞食いたくてムラムラしてる、節操なしの女の眼」

「仮にも客人に言う言葉ですか!?」

「客人じゃないわ、愛香ちゃん。トゥアールちゃんはもう、立派な家族よ」

「っ、母さん」

「未春おばさん――」

「お義母(かあ)様っ」

 欺瞞でもなんでもない、心からの言葉だと総二は感じた。愛香とトゥアールもそう感じたのか、ハッとした様子を見せる。

 いくつもの世界を渡り歩き、孤独の中で戦ってきたトゥアールのことを家族だと、そう言ってくれたのだ。

「いや、でもさっきの言葉は」

「あ、うん、まあ」

 雰囲気に流されかけたところで愛香が呟き、総二も引き戻される。言われた当人であるトゥアールは母と手を握り合い、微笑んで言葉を紡いだ。

「お義母(かあ)様、私は節操なしではありません」

「前半部分も否定しなさいよ!」

「そうね。ひとりの男だけに節操がなくなるというのも、女のロマンだわ」

「それロマンですか!?」

「ロマンですよ、愛香さん」

「そうよ、愛香ちゃん。愛香ちゃんだって、総ちゃんのことになると見境がなくなるでしょ。それと同じよ」

「なんか一緒にされるのは結構抵抗があるんですけど!?」

 ロマン、ロマンってなんだ、と母たちの会話を聞いて総二は思った。

 母とトゥアールの会話に頭が痛くなるが、まあ二人とも楽しそうだからいいかな、と半ばなにかをあきらめるような心持ちで自分に言い聞かせる。

 ため息を吐いて天を――天井を――仰ぐ。総二は、なんとなく愛香の胸で泣きたくなった。ちなみに我慢はした。

 

 

 

 そのあと愛香が母と二人で会話をしてから、トゥアールも一緒に食卓について夕食を摂り、少ししてから風呂に入って、(とこ)につく。

 愛香と触れ合いたくもあったが、今晩はトゥアールが例の基地を造る作業を行うらしく、自分たちがそんなことをしていたらやる気も出ないだろうと考え、おとなしく寝ることにしたのだ。一応、別れ際にツインテールには触れさせてもらえたので、なんとか今晩は保つだろうと考えながら、眼を閉じる。

「――――?」

 なにかが聞こえた気がした。人の声にも思える奇妙な音に、総二の眼が覚める。

 はんぎゃらうーばーすてらっちー、こんとらこんとらべんたらー。

 ウニョラー。

 トッピロキー。

 キロキロー。

 ムオワイデリュシニュムニャアー。

 そんなよくわからない音が聞こえる。守護霊的な存在に対する祈祷やら、青とうがらしを食べて野生化した者たちの鳴き声のようだ、などとわけのわからないことが思い浮かぶが、切削音らしい。切削音らしかった。

『っと、危ないっ。もう少しで星の(コア)まで貫いてしまうところでした』

 いったいなんなんだ。聞こえるはずのないトゥアールの声も含めてそんなことを思いながら、固く眼を閉じる。

 忘れよう。忘れるんだ。忘れなくてはならない。総二は、自分にそう言い聞かせた。

「――――?」

 しばらくしてから、ヒッポロ系ニャポーン、という音のあと、唐突に掘削音が止んだ。ひと晩で終わらせると言っていたため、今晩はずっと我慢することを覚悟していたのだが、もう終わったのだろうか。それとも切り上げたのか、はたまた星の、については考えまい。

 不思議と眼が冴えていた。ふうっとため息を吐き、起き上がると、窓のカーテンを開いて愛香の部屋の方を見る。夜遅くのため当然だが、カーテンが閉まっていて部屋の中は見えない。

 疲れている上に眠れない状況だが、こんなにスッキリした気分で夜を過ごせるのは、久しぶりだった。愛香を自分の手で守れた。そのことが関係しているのだと、自分でもわかる。

 空を見上げる。満天の星空という表現がこの上なく似合う、美しい夜空だった。

「ん?」

 流れ星だろうか。ひと筋の線が、夜空に走った気がした。

 気のせいかもしれないし、(がら)じゃないかもしれないが、反射的に願いごとを考える。

 愛香が、ツインテールで、いつまでも一緒に――。

 そこまで考えたところで、上から逆さまに人間が落ちてきた。窓越しに、その血走らせた眼と総二の眼が合う。

「――――うおおおおおおおおおおおおおっ!?」

「まっぎゃああああああああああーーーーっ!?」

 心霊体験ばりの状況に思わず叫びながらベッドから転げ落ちると、窓の外で相手も叫ぶ。トゥアールだと、すぐに気づいた。

 ベッドの上に戻って窓を開けると、窓枠に手をかけてギリギリで落下を免れているトゥアールの手を掴んで引き上げる。そしてなにがあったのか訊くと、寝ぼけて屋根の上を歩いていたと説明され、今後の付き合い方の見直しを総二は考えはじめた。

 ガラッと窓を開ける音が、聞こえた。

「どうしたの、そーじ! なんかすごい声が、聞こえ」

 予想した通り、愛香だった。心配そうな声が、途中で小さくなっていく。

 総二もトゥアールも、ともにベッドの上にいる。誤解されてしまったのではないか。

「愛香、誤解」

「なにを、しとるんじゃああああああああっ!!」

 愛香が声を上げながら、けもののように総二の部屋に飛びこんできたことで、総二の言葉が中断された。彼女はその勢いのまま、トゥアールだけを撥ね飛ばす。

「えっ、ちょ、な、なんで私にっ、こういう時ラブコメだと男の人が殴られホギャラーーーーーッ!?」

 総二の眼では、愛香の動きは見切れそうになかった。トゥアールを拳や蹴りなどで浮かせ、格闘ゲームさながら青い残像をまとって連続技(コンボ)を極めていく。

 龍と虎が乱れ舞うようであり、死へ誘う舞いのようであり、基礎技の集合体のようであり、絶え間ない攻撃がトゥアールに繰り出される。人間の動きか、あれ。と愛香の実力の底知れなさに驚かざるを得ない。

 途中、胸に対する悲哀を愛香が漏らし、トゥアールが慰めになっていない慰めをかけ、それによってさらなる怒りを胸に燃やした幼馴染みの動きが一層激しくなる。

 総二が呼びかけても、それは収まらない。疲れと眠気が唐突に襲ってきたこともあり、まあ二人なら大丈夫だろう、といろいろあきらめながら、総二はベッドに潜りこんだ。

 

 

 




 
トゥアールの発明品については某猫型ロボットの秘密道具的なノリです。
こんなんあってもいいかなと。

テイルギアの説明はもうちょっと切ってもよかったかもしれない。
全体的にもっと短くまとめられるように精進せねば。


以下、トゥアールとテイルギアについての補足です。







トゥアールの説明とエレメリーションの製作時期ですが、設定によりますと『テイルギアを作成する際に~』とあります。ですがその場合、なぜ総二たちが使いはじめた時にエレメーラオーブがないのかということと、トゥアールも知らなかった純度の話が引っかかるため、『トゥアールの現役時代にはエレメリーションは作られていなかった』と解釈し、『赤の』テイルギアを作成する際にしております。
 
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