あたし、ツインテールをまもります。   作:シュイダー

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二〇一六年十月三十日 修正

原作十二巻を読んでなんかこう、執筆意欲がガンガンに。なのにこういう時に忙しくなるのマジで勘弁。
やっぱり愛香さんは総二とイチャついている時が一番可愛いと思いました。
 


2-5 赤の誓い / 白の入学 / 戦慄の婚姻届

 月曜日の朝。洗面所に入ると総二は、周りをさりげなく見渡した。

 誰もいないことを確認すると、今度はツインテールの気配を探る。少し遠いところに、馴染んだツインテールの気配があった。愛香のものだろう。まだ自宅の方に居るということだ。

 やるなら、いまだ。

 そう考えると、洗面所の鏡にむき直った。

「テイルオン」

 小さく呟いて変身し、ツインテールを鏡に映す。

 映った自分のツインテールに見惚れ、ほうっと小さく感嘆の息を洩らした。

 だが、それだけで終わるわけにはいかない。気持ちを切り替え、グローブを外す。別にグローブを付けていても、感覚は素手とほとんど変わらないのだが、やはりここは(じか)に触りたかった。

「おお――」

 そのすばらしい感触に、再び感嘆の声が口から洩れた。

 手で持ち上げたり、さまざまなアングルでツインテールを鏡に映して、じっくりと見る。レッド自身も満面の笑顔を浮かべると、ツインテールもさらに輝くように感じた。

 総二の一番好きなツインテールは、愛香のツインテールだ。テイルレッドとなった自分のツインテールがどれだけ見事でも、それは変わらない。

 だが、一番でなくとも、美しく、すばらしいツインテールであることも間違いなかった。毎日三食、食べても飽きない好物はあるかもしれないが、それでも違う物が食べたくなる時はあるだろう。いや、違う物を食べることで、好物がもっとおいしく感じられるのではないだろうか。

 それに、これは自分のツインテールなのだ。決して浮気ではない。

「ああ――」

 そう自分に言い聞かせながら、己のツインテールを見てうっとりする。

 そうだ、と手鏡を取り出す。これと洗面所の鏡を使って、後ろの角度から見てみよう。

 そう考えると、まず映りを確認するため、手鏡を掲げた。

「そーじ。なにやってるの?」

 総二の一番好きなツインテールの持ち主が、手鏡に映った。

 

 夢中になりすぎて、接近に気づかなかった。

 気づかれないようにゆっくりと手鏡の角度を変え、愛香の顔を映す。手鏡に映った愛香の顔は、うつむき気味なためはっきりとは見えない。しかし、たったいまかけられた抑揚のない声は、レッドの危機感を煽るには充分だった。

 冷や汗をかきながら手鏡をしまい、おそるおそるふりむく。愛香はまだわずかにうつむいたままで、言いようのない恐怖が湧き上がってきた。

「ち、違うんだ、愛香っ。これはだな、ええっと、そのっ、――――ほ、ほら、毎日毎食、食べても飽きない好物ってあるけどさ、たまには違う物を食べることで好物がもっとおいしく食べられるんじゃないかって」

「ツインテールやめてもいーい?」

「ごめんなさい、すいません、俺が悪かったです、出来心だったんです、もう二度とやりませんからそれだけは勘弁してください、お願いします、お願いしますったらお願いします、愛香様、いえツインテール将軍様、ツインテール閻魔様」

 しどろもどろに行なわれるレッドの釈明を遮った、感情のこもっていない愛香の言葉に、レッドは土下座してひと息で謝りたおした。ツインテールが床に着いてしまうことなど、普通なら許容できることではない。だが、愛香がツインテールをやめて、下手すれば総二のもとから去ってしまうかどうかの瀬戸際である。さすがに気にしている場合ではなかった。

 どうでもいいが、なぜ将軍、というかツインテール閻魔ってなんだ。いや、もしかしたら、結ばれなくなったツインテールがその後にむかうというツインテール墓場を統括する、伝説の存在かもしれない。

 焦りのあまり、わけのわからないことが思い浮かんだレッドの耳に、愛香の拗ねたような声が届いた。

「別に、いいけど」

「愛香、俺は決して愛香のツインテールに飽きたわけじゃないんだ。ただ、その」

「だから、いいってば」

「――――え?」

 ――おいおい、浮気を見逃すってのか? そりゃいくらなんでも慈悲深すぎるぜ。

 慈悲深すぎるってどういう言い回しだ、と頭をよぎった言葉にツッコむが、同意せざるを得ない。いや、浮気では決してないのだが、自分のものとはいえ、愛香ではなくほかのツインテールに(うつつ)を抜かしていたのは間違いない。それなのに、別にいい、とは。

 愛香の顔を呆然と見ながら、レッドは考える。

 ――――え、どういうことだ。別にいいって。もしかして、俺、愛想尽かされたのか? あまりにもほかの女の子(ツインテール)に気を取られすぎたせいか? いや、ひょっとしたら、想いを必ず伝えるって言っておきながら未だにできてないせいか? それとも。

「そーじのこと縛りつけて、嫌な女って嫌われたくないから――」

「っ、愛香」

 愛香の声は、かすかに震えていた気がした。ツインテールも、どこか悲しく、切なそうに見えた。そのことに、自責の念が湧き上がってくる。

 なぜ、こんなにも総二のことを想ってくれる愛香を、一瞬でも疑ってしまったのか。

 ――おばあちゃんが言っていた。男がやってはいけないことが二つある。女の子を泣かせることと、食べ物を粗末にすることだ。

 誰のおばあちゃんが言ってたんだ。脳裏をよぎった言葉にまたツッコみながらも、確かにその通りだ、と思う。女の子を、愛香を悲しませていいわけがない。

 気持ちを切り替え、変身を解いて立ち上がると、愛香の手とツインテールをその手に取り、言葉を紡ぐ。

「愛香。俺はもう二度と、ほかのツインテールに気を取られたりしないって(ちか)

「できるの?」

「――――」

 半眼になって総二の言葉を遮った愛香の問いに、なにがあるわけでもないが上を見て、考えこむ。答えはすぐに出た。

「――えるといいなあ、って思いたく思います」

「――――はぁ」

 総二の弱気な言葉に、愛香は額を片手で押さえ、深くため息を吐いた。

 

 

*******

 

 

 総二の口の中は、不安と緊張でカラカラになっていた。

「今日は転入生を紹介します~」

 朝のホームルームがはじまり、担任の樽井ことり教諭が、いつも通り間延びした、なんとも気怠(けだる)そうな声で告げてきた。ついに来たか、と総二は思った。

 先週、トゥアールから説明された通り、彼女が陽月学園に転入してくる。それも、どんな手を使ったのかわからないが、総二と愛香のクラスにだ。

 学校におけるトゥアールの設定は、事前に決めてあった。しかしトゥアールは、虚無の思考時間(シークタイム=ゼロ)を得意とし、欲望を優先する行動を取りたがる。完全に信用するにはハードルが高すぎた。やたらノリのいい校風なので、よほどの事をしでかさない限りは問題にはならないとは思うが、それでも心配にはなる。いろんな意味で。

 ツインテイルズ絡みのことでヘマをするとは思っていないが、普段の言動を知っている身としては、なにか面妖なことをしないか気が気でなかった。

 唾を飲みこみ、トゥアールがなにかやらかした際に、さらになにかやらかしかねない愛香の方にふりむく。彼女と視線が交錯し、以前も行なったアイコンタクトを試みた。

 いいか。トゥアールがなにを言ってきても、喧嘩だけはするなよ。みんなの前で暴力は絶対駄目だぞ。

 そう心の中で呼びかけた。

「――――」

 総二の意思を受け取ってくれたのか、愛香が力強く頷いた。そして片手で拳を作り、それをもう片方の掌に叩きつける仕草を見せると、不敵な笑みを浮かべてもう一度頷いてくる。

 おそらく伝わったはずだ。総二と愛香の絆は、それこそツインテールの二房のように切っても切り離せないほど強い、はずなのになぜ不安が強まってくるのだろうか。なんだかやる気満々の仕草にしか見えなかったからだろうか。

 溢れる不安をそのままに、再び黒板の方にむき直る。

「どうぞ~」

 少しして、樽井教諭が扉の方に間延びした声をかけた。一拍置いてその扉が開き、トゥアールが静々(しずしず)と入ってきた。

『――――』

 周りから、男女問わずいくつもの感嘆の吐息が聞こえた。トゥアールの姿を見たことによるものらしい。陽月学園の制服の上に、いつもの白衣を羽織っている。

 美しく煌めく銀髪を(なび)かせた、絶世の美少女、トゥアール。

 そこで総二は、トゥアールが美少女であったことを思い出した。

 トゥアールが、自己紹介として黒板に名前を書きはじめた。数秒ほどで書き終え、生徒たちの方にむき直り、微笑みを浮かべた。

 書かれた名前は、観束トゥアール。

「観束だって!?」

 トゥアールに見惚れた者もいたようだが、早さを問わずほとんどの者が総二の方を見てざわめきはじめた。総二の心に焦りが湧き上がる。注目を受けるのは、テイルレッドとして好奇の視線をむけられるのに慣れはじめているため、大したことではない。問題は、トゥアールだった。

「ソウデス。コノハンノウガ、ミタカッタンデスヨ。ニヒヒ」

 トゥアールが涎を垂れ流し、なにかを呟いていた。彼女は涎の海地獄でも作るつもりだろうか、と思ってしまうぐらい垂れ流していた。彼女の発明品か、ハンカチらしきものですべてきっちり拭ってはいるが、どんどん垂れ流されていた。

 周りの注意がこちらにむいているうちに、さっきまでの笑顔に戻ってくれ。総二が心の内でそう懇願していると、樽井が口を開いた。

「トゥアールさんは~、観束君の親戚で~、海外から引っ越してきて~、いまは一緒に住んでるそうでーす」

「ちょっ、ちょっと!?」

 いつも通りの間延びした樽井の言葉に、トゥアールが慌てて声を上げた。

「いろいろ焦らしてもうひと盛り上がりさせる算段が! なんですかっ、その()(さび)のない説明は!?」

「え~と、もうおひと方紹介する人がいるので~、あまり時間を割けないんです~」

「はあ!?」

 その必死な抗議を気にも留めないマイペースな樽井の言葉に、トゥアールが驚愕の叫びを上げた。

 叫んだところで、再び扉が開いた。

「失礼するぞ」

 言葉とともに、堂々とした態度でひとりの女性が入ってきた。常に慧理那のそばに控えているメイドだった。いつもと変わらないメイド姿である。

「――――え?」

 誰かが、困惑に満ちた呟きを洩らした。ひょっとしたら自分が洩らしたものかもしれない。それほどまでにわけのわからない状況だった。

 トゥアールと同じく教壇の横に立ったところで、樽井が口を開いた。

「本日から体育教師として赴任されました、桜川尊先生です~」

「うむ、よろしく!」

『――――』

 誰も、さっきまで騒いでいたトゥアールさえも、なにも言えなかった。生徒でなかったことにはホッとしたが、メイド服で教師をやるのだろうか。

 そんなどうでもいいことを総二が考えたところで、ひとりの生徒が遠慮がちに手を上げた。

「あのっ、樽井先生?」

「知りません~、私はなんにも知りません~」

 その勇気ある生徒の言葉に、樽井は知らぬ存ぜぬを通しはじめた。質問した生徒のみならず、ほとんどの生徒の顔が引きつった。

 とりあえず、改めてメイド先生こと尊の方を見る。慧理那の方ばかり見ていて気づかなかったが、なかなかどうして綺麗な人だと思えた。ツインテールがよく似合っている。

 お付きのメイドとして慧理那に併せているのか、それとも本人のポリシーによるものかはわからないが、何年もかけて磨かれたように感じられる見事なツインテールだ、と総二は思った。

 トゥアールが、ハッとした様子を見せた。

「わ、私の計画は完璧だったはず! そ、それがなぜぇぇっ!?」

 頭を抱え、やたらオーバーな仕草で天を仰ぎ、トゥアールが叫んだ。叫んだが、誰も気に留めた様子がなかった。

 トゥアールの反応を気にした様子もなく、尊が彼女の手を取り、握手した。よろしく、と落ち着いた調子で言うと、生徒たちの方にむき直り、よく通る声で言葉を紡ぎはじめた。

「見覚えのある者もいるだろうが、改めて自己紹介させてもらおう。私は桜川尊。神堂慧理那様の身の回りのお世話と警護を一任されている者だ。しかし、学園内ではそれほど忙しいわけでもなく、手持無沙汰(てもちぶさた)になることも事実。お嬢様もそれで気を遣われていることもあり、理事長と学園長に相談したところ、非常勤の体育教師をすることとなった。ああ、ちゃんと教員免許は持ってるぞ」

 説明を聞いても、誰もなにも言わなかった。というか、なにを言えというのか。

 その反応に尊は気を悪くした様子もなく、総二たちのことを、大人しいと評してきた。そして、普通こんな美人の教師が赴任してきたら、スリーサイズやら彼氏の有無やらと質問攻めしてくるだろう、と続ける。

 それでも、やはり誰も反応しない。

「待ってください!」

「む?」

 そう思った時、ひとり硬直から立ち直り、声を張り上げる者がいた。尊が不思議そうに声を洩らし、横を見る。

 トゥアールだった。憤然としながら尊に詰め寄る。

「私の計画をぶち壊しておきながら、なに勝手に仕切ってるんですかッ。ここは私の戦場(いくさば)です!」

「そう言うな」

 大人の余裕とでもいうのか、尊は軽く苦笑しながら返答し、言葉を続ける。

「それに、自己紹介なんて、いまやろうと、ホームルームが終わってから休み時間にやろうと、そこになんの違いもありはしないだろう?」

「違います!!」

 ――違うのだ!!

 気迫すら感じられるトゥアールの声に、同じぐらい気迫のこめられた声が重なった気がした。トゥアールの気迫によるものか、なにやら忍び装束の男の姿が見えたようにすら思えた。

 トゥアールは、気迫と必死さをそのままに、なおも言葉を続ける。

「この、誰にも邪魔されないはずのタイミングだからこそ、印象深く残せることがあります! 私にとって、今日、いまこそが、唯一無二の闘い!!」

「ほう、その意気や良し。君のような子は嫌いではないぞッ。では公平に、二人同時に質問を受けようではないか。さあ、質問はないか!?」

 なんでそこまで必死になるんだ、と聞きたくなるトゥアールの必死さもどこ吹く風とばかりに受け止めた、いや、気にしない尊が、再び総二たちの方を見て声を上げた。

『――――』

 やはり誰も、なにも言わない。聞かない。なんというか、開けてはならないパンドラの箱のように思えてくる。おそらく、ここにいるみんなが、そう思っているのだろう。

 言ってみれば、巨大スニーカーの靴紐をほどいた瞬間、中から恐竜の足が飛び出し、襲い掛かってきそうな雰囲気だ。なんだかよくわからないが、とにかくそんな感じだ。

 ふと尊が、不思議そうにこちらに視線をむけた。

「む。熱い視線を感じるな。――――おお。君は、観束君じゃあないか」

「えっ、え?」

 突然名指しされ、総二は思わず声を洩らした。

 なんで、と思ったところで、ぼんやりしながらも彼女のツインテールに見入っていたことに気づいた。朝の誓い――多分――を即座に破ってしまった自分の心の弱さを不甲斐なく思いながらも、どうにか誤魔化すことを試みる。

「いや、その」

「先生ー。観束はツインテールが好きなんですよー」

「おい!?」

 総二の言葉を遮った生徒の言葉に抗議の声を上げる。ばらされるのは構わないが、このタイミングで言わないでもらいたい。

「おお、そうか。ならばこれをあげよう。ツインテールを好きだという君に、私からのささやかな贈り物だ」

「は?」

 総二に近づいてきた尊が、A6サイズぐらいの封筒を手渡してきた。総二だけでなく、周りの生徒たちも困惑に満ちた表情になる。

 封筒をまじまじと見る。大きさからして、写真だろうか。尊のツインテールピンナップ写真なら嬉しいが、いや、朝の誓いを忘れたか、観束総二。愛香のツインテール以外に気を取られたりしないって誓ったばかりだろう。

 顔をブンブンと振って雑念を振り払い、封筒を開いた。中には、折りたたまれた紙が入っていた。訝しみながらも取り出し、広げる。

「はい?」

 書かれている文字に、思わず総二は声を洩らした。尊がどこか得意げな調子で話しかけてくる。

「嬉しいか。そうだろう」

「婚姻届、って書かれているのは、気のせいでしょうか?」

「いや、合ってるぞ?」

「妻の欄に、先生の名前が書いてあるのは?」

「当然だろう。夫と妻、双方の名前を記してはじめて婚姻届は意味を為すのだ。白紙のまま渡すなど、相手に失礼じゃないか」

「相手って!?」

「君だ!!」

 とうとう大声を上げた総二に、尊は堂々と返した。

「君はツインテールが好きなのだろう!? ならば、私と婚約してもまったく問題ないじゃないか!」

「っ!?」

 叫びのあと、尊が自分のツインテールを摘まみ、総二に見せ付けてきた。そのツインテールに、胸がドキッとする。

 ――惑わされるな。

 頭をよぎった声に、総二は我を取り戻した。その通りだ。惑わされるな、観束総二。

 総二がずっと一緒にいたいと思っているのは、一番大切な人は、愛香だ。尊のツインテールがどれだけ見事でも、流されるわけにはいかない。

 場の空気に呑まれていたらしきトゥアールが、再び尊に詰め寄って声を張り上げた。

「問題ありますよ、この行き遅れ年増ッ、総二様はすでに売約済みです!!」

『っ!』

 響いたトゥアールの声に、周りの生徒たちが驚いた様子を見せた。

 ニヤリ、とわずかに得意げな笑みを浮かべたトゥアールが、総二の方にむき直り、言葉を続けた。

「さあ、総二様。そんな紙切れ、とっとと破り捨ててくださいッ。そもそも先生ッ、誰に許可を得て総二様に求婚してるんですかッ。総二様にはすでに、赤い糸で結ばれた運命の相手がいます!!」

「そうよそうよ!」

「トゥアールさんの言う通りよ!」

「言ってやって、トゥアールさん!」

 なぜか女子たちが同調する声を上げ、トゥアールのドヤ顔がさらに深くなった。なぜか、邪悪なものが感じられる笑顔だった。

 トゥアールがバサッと白衣を翻し、声を上げた。

「そう。私こそが、総二様の前世からの婚約者です!!」

 ピタリ、と女子たちの声が止まった。ドヤ顔のままトゥアールが周りを見渡す。男女関係なく、真顔だったり、訝しげだったり、不思議そうな顔をしていた。

「なんで、なんでそこで止まっちゃうんですかぁ。ここでざわめいたり(はや)し立てたりしてくださいよぉ。うぅ、私の夢見ていた学園ラブコメと違うぅぅ――」

 えぐえぐとトゥアールが肩を震わせて泣くが、周囲の反応は変わらなかった。

 尊が、なにかを思い出したような仕草を見せた。

「そういえば、君はこの前あの部室で見たな。君が噂の編入生、トゥアール君だったか。編入試験を満点でパスした天才がいると聞いていたぞ。まあ、いろいろ問題があるという注意も受けていたが」

 それは、その生徒本人の前で言っていいことなのだろうか。そして、それを言っている当の本人も、その問題のある生徒に負けないぐらい問題のある教師の場合、どう反応すればいいのだろうか。

 総二がそう考えていると、尊がその大きな胸を張って、堂々と言葉を続けた。

「だが若いな、小娘よ。その若さは羨ましいが、考え方も若い。前世がどうだろうが、いま恋人がいようが、それは求婚するにあたってなんの障害にもならん。求婚は、平等なのだ!!

「こ、これが、婚期を逃した大人の論理思考(ロジック)だとでも言うんですか!?」

 ――惑わされるな。

 前世はともかく、恋人の有無は気にしてもらえないだろうか。そしてできることなら、その論理思考(ロジック)より直感を信じていたい。

 トゥアールの動揺が伝播(でんぱ)したのか、女子たちが焦りを見せはじめた。

「さぞ滑稽に見えるだろうな、少女たちよ」

 静かな、しかしどこか熱さを感じさせる声で、尊が語りかけてくる。

「だがな、この年まで独身でいると、中途半端に焦るのはもはや時間の無駄。冷静に、しかし全力で焦る。独身という十字架を背負い、渾身の力で毎日を生きる。それが、三十路(みそじ)を目前にしながら結婚できなかった女の業!!」

「いやああーーー!?」

「ど、ど、ど、どうしよう!? わたし、彼氏なんていないよおー!?」

「美味しそうに、一緒にご飯を食べてくれる旦那様を早く見つけないと!!」

 尊の言葉に、ほとんどの女子生徒が叫びを上げはじめた。なぜ、平日かつ朝のホームルームの時間に、結婚観について深く考えなければならないのだろうか。

 うんうん、と尊が深く頷いた。

「よく学びなさい、生徒たちよ。反面とはいえ、教師は教師だ!」

 なんて嫌な反面教師なんだ、と総二が思ったところで、尊がこちらに顔をむけた。

「というわけで観束君。そろそろその紙に名前を書いてくれたまえ。君が結婚できる年齢になるまで、しっかりと保管しておく」

「ええ!? いや、そのっ」

 矛先が戻され、総二が口ごもると、尊はさっきと同じように自らのツインテールを摘まんだ。

「私と婚約すれば、このツインテールは君のものだぞ?」

「っ!?」

 ――惑わされるなと言っておるーっ!!

「お、俺には愛香がいますから!!」

 叱責するような怒鳴り声が聞こえた気がして、総二は反射的に叫び返した。

『――――』

 周りの生徒たちが、みんな静まり返った。

 あっ、と総二が我に返ったところで、衝撃を感じた。

『おおおおおおおおお!!』

『きゃあああああああ!!』

「さすが観束だぜ!!」

「よかったね、愛香っ、観束君ちゃんと言ってくれたよ! 幸せハピネスだね!」

 衝撃のもとは、生徒たちの声だった。ざわめき、黄色い声を上げ、(はや)し立ててくる。

 顔が熱くなり、愛香の方を見てみると、彼女は顔を真っ赤にしながらも嬉しそうにはにかんでいた。

「なんで愛香さんだけーっ!?」

 トゥアールがさらに叫ぶが、誰も気にしてくれない。なんだかごめん、と思いつつ、尊の様子を見る。

 総二のいまの言葉を聞いても、尊にはあきらめたそぶりがなかった。

「なるほど。だが私は言ったはずだ。いま恋人がいようと、それは求婚にあたってなんの障害にもならんとな。冗談でもなんでもない。これまで婚姻届を五百二十六枚配ったが、すべて本気だ。ただ、ちょっと相手の都合が悪かっただけだ!!」

「なおさら駄目でしょ、それ!?」

 反射的に総二はツッコミを入れた。実物を見たのはさっきがはじめてだが、渡された婚姻届は、コピーなどではなく役所の窓口で受け取る正式なものに思えた。総二が渡された物だけとは思えない。おそらく、その渡してきた婚姻届すべてが。

 戦慄する総二に構わず、尊はやはり堂々と声を上げた。

「無論、私も教師として赴任してきた以上、分別は弁える。教師と生徒の交際がご法度だということも知っている。ならば、結婚を前提に付き合うなどという回りくどい真似などせず、即座に結婚するのみ!!」

「させるかあああああ!」

 愛香が声を上げ、尊に突進する。止める暇はなかった。

「っ!?」

「なっ!?」

「むぅ」

 愛香が息を呑み、総二も驚愕の声を洩らした。尊も小さな呻き声らしきものを洩らす。

 一撃必倒を誇り、KUMAさえ屠る愛香の拳が、尊の交差させた両腕に防がれていた。メイド服の袖が破れ、その切れ端が宙を舞い、少し後ずさっていた尊はわずかに顔を顰めている。

 よく見ると、こぶしではなく掌底となっていることから、さすがに手加減はしていたのだろうと思われるが、それでもあの愛香の拳を防ぐとは。

「ふっ!」

「っ!」

 尊が愛香の拳を()ね上げ、組みにかかった。愛香はその場を動かず、尊と組み合うかたちになる。

 互いに頭を突き付け合い、プロレスでいうところのロックアップの体勢になった。

「君がトゥアール君と並ぶもうひとりの噂の生徒、津辺愛香君だな。その若さでこれほどの功夫(クンフー)とは。末恐ろしいぐらいだ」

「この、肩にズッシリと重くのしかかってくるような感覚。おじいちゃん、ううん、それ以上の手応えかも」

 なにやらお互いに実力を感じ取ったのか、両者とも驚きと喜びが()()ぜになった声を洩らした。愛香は一応柔術家のはずなのに、なんでロックアップなんかしているんだ、ということは置いておく。

 身長は尊の方がやや高いが、勝負自体は見たところ愛香の方が優勢に思えた。だが、尊も負けてはいない。周りも、手に汗握る様子で二人の闘いを見守っていた。トゥアールは、なんで、なんで私の入学イベントがこんなおかしなことにぃぃぃ、と嘆きの声を洩らし、樽井は我関せずとばかりに窓から外を見ている。

「む」

「あ」

 チャイムの音が鳴り響き、二人がロックアップを解いた。

 互いにちょっとだけ距離を離し、どことなく名残惜しげに尊が口を開く。

「ここまでだ。ホームルームが終わったからな」

「ほんとうになにしてくれてるんですかキーンコーンカーンコーンしてるじゃないですかあああああああーーーーーーー!?」

 頭を抱えながらトゥアールがこの世の終わりのごとく絶叫したが、やっぱり誰も気にしなかった。

 最後にひと言とばかりに、尊が教壇の前に立った。

「ところで男子諸君。観束君のように婚姻届が欲しい者はいないか。この学園の男子全員に行き渡るぐらいの枚数は手元にある。遠慮は無用だぞ?」

 尊の言葉を聞き、ほとんどの男子生徒が教科書を広げ、知らないふりをした。

 どこに持ってるんですか、と総二が思ったところで、教科書を広げなかった生徒のひとりが、キッと顔を上げて叫んだ。

「観束に負けてられるかよ! 俺はテイルレッドたんと結婚するんだ! 婚姻届なんて、眼に映しただけでレッドたんが悲しむ!!」

『っ!!』

「待てぇい!?」

 彼の叫びを聞いて、ほかの生徒たちもハッとした様子で顔を上げ、席を立った。総二が制止の叫びを上げるが、彼らが聞いた様子はない。

「その通りだッ。テイルレッドたんが俺の嫁!」

「これは、罰なのだな。まだ俺がテイルレッドにふさわしい男ではないというのに、愛だけは一丁前ということに対する。ならば、学年主席を目指すのみ!」

「テイルブルーちゃん、いつか俺が必ず迎えに行くぞ!」

「愛香は俺のっ」

『それは聞いた!!』

 彼らの叫びのひとつに思わず総二が反応すると、周りの生徒たちはなぜかそこだけ一斉にツッコミを入れてきた。失言を流されたことに一瞬安堵するものの、ますます大きくなっていく魔界言語に総二の頭が痛くなってくる。

「ふむ。まあ、今日はいいだろう」

 男子生徒たちの反応を見て、尊が残念そうに教室の出入り口にむかった。

 扉を開け、肩越しにふり返った尊が、不敵な笑みを浮かべて口を開く。

「津辺君、いずれまた、語り合おう」

 リングの上で。なんとなくそんな言葉が最後に付けられそうな気がしたが、尊はそのまま去っていった。

 風のように現れて、嵐のように闘って、朝日とともに帰って、来なくていいです。会長のそばにいてください。そう思わざるを得ない。いままでの印象とだいぶ違うが、あれが彼女の素なのだろうか。

 そう考えていた総二の手から、婚姻届けが抜き取られた。戻ってきた愛香によるものだ。彼女がそのままその紙をビリビリに破くと、周りの女子たちから歓声や口笛が上がった。

 トゥアールはまだ半泣きで、ハンカチを咥えて羨ましそうに愛香を見ていた。

 それにしても、と総二はふと思った。あの先生は、婚姻届は学園の男子生徒全員分あると言っていた。すべてのクラスであんな自己紹介をしていく気なのだろうか。

 いや、ひょっとしたら、婚姻届を渡す獲物を見つけるために、教師になったのではないだろうか。

 嫌な考えに思い至り、再び戦慄するとともに、厄介な人に眼を付けられてしまったという事実に総二は頭を抱えた。

 

 




 
冒頭部分を書き足し。
あと、ところどころを修正。

以下、補足とはちょっと違う気がする補足。







原作を読んでて気になったのが、人間キャラの強さの強弱。
二巻のこのあたりの描写だと、愛香より尊の方が強そうな感じなんですけど、その後の巻での描写とセリフだと愛香の方が強いように読めるわけで。戦闘経験積んで強くなったということでいいんだろうか。あと愛香の爺さんはどれぐらい強かったのやら。総二の思い出での爺さんの言葉からして熊殺しはできなかったっぽいけど。
なお本作では、愛香さんの戦闘経験が原作以上のためこの時点で尊さんより強いです。

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