あたし、ツインテールをまもります。   作:シュイダー

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テイルイエロー誕生。

 


2-14 黄の初陣

 目が醒めた直後に総二が感じたのは、不思議と安らぐいい香りだった。

 目は醒めたものの、まだ眠気はあり、(まぶた)を開く気にはなれなかった。というか、なぜか普段より眠い気がした。

 次に感じたのは、肩のあたりに当たる、柔らかく、温かな感触だった。不思議と心地よく、それがいっそう眠気を誘ってくる。

 もっとその感触を味わいたくなり、寝返りをうつようにしてそれを抱き寄せた。

「そ、そーじ?」

 どこか慌てたような声が、耳もとで聞こえた。愛香の声だった気がして、なんとなく腕に力をこめる。

「そ、そーじ、そろそろ起きないとっ」

 もう少し寝ていたい。そんなことが頭に浮かぶとともに、思考が走りはじめる。

 いい香り。柔らかく、温かな感触。耳もとで聞こえる、慌てたような愛香の声。

 眼を開く。愛香の真っ赤な顔が、目の前にあった。髪がツインテールではない。いつもなら、総二に朝の挨拶をする時にはすでにツインテールにしてくる彼女が、ツインテールではなかった。彼女も起きたばかりなのかもしれない。

 その愛香を、ベッドに入った状態で、抱き締めていた。柔らかく、温かな感触は、彼女だったらしい。

 いったいなにが、と混乱する頭でさらに考えはじめたところで、昨夜のことを思い出した。愛香とトゥアールの勝負によって総二のベッドが壊れたため、愛香のベッドで一緒に寝ることにしたのだ。普段より眠い気がしたのも、彼女と一緒のベッドで寝るという事実で、なかなか寝付けなかったためだ。

 思い出すとともに、現在の状況を改めて認識する。二人でひとつのベッドに入り、彼女を抱き締めている。総二の躰が、熱くなってきた。

「お、おはよう、愛香」

「う、うん。おはよう、そーじ」

 どうにか挨拶をし合い、ベッドから身を起こす。時間を確認すると、普段の起床時間だった。

 愛香の方を再び見る。彼女は深呼吸して落ち着きを取り戻すと、手馴れた様子でいつものリボンを手に取り、まったく淀みがない動きでツインテールを結わえた。無造作にすら見える動きであるが、左右のバランスはいつも通りの完璧なものに思えた。それが彼女の、ツインテールを続けてきたという証なのだろう。ほかでもない、総二のために。

「そーじ?」

「ん、ああ、どうした?」

「そーじこそどうしたのよ。じっと見つめて?」

 少し恥ずかしそうに言う彼女の言葉に、ああ、と納得した。

「いや、なんていうかさ、あんな早くツインテールを結べるってすごいな、って思ってさ。バランスもいつも通りだし」

「起きた直後に、ツインテールのこと?」

「え、あっ、いや」

 ジト目になった愛香の声に、慌ててなにか言葉を返そうとするが、うまい言葉が出てこなかった。

 半眼になっていた愛香が目もとを緩め、フフッと苦笑した。

「冗談よ。そーじがそういうやつだってのは、わかってるし」

「そう言われるのも、なんだか複雑だなあ」

 理解して貰っているのはありがたいが、甲斐性なしと思われるのは抵抗があった。

 愛香が、再び苦笑した。

「まー、それこそ十年ぐらい続けてるわけだしね。慣れたもんよ」

「そうだな。最初に結んだ時は、バランスとか無茶苦茶だったもんな」

 十年ほど前、彼女がはじめて結んだツインテールを思い出す。最も身近な女の子であった彼女に頼み、結んで貰ったツインテールだ。バランスは悪かったが、とても感動したのを憶えている。

「そりゃ、子供だったし、はじめてだったんだからしょうがないでしょ」

「ああ。でも、どんどんうまくなってったよな」

「ま、まあね。って言っても、そこまで憶えてないけど」

「俺は、憶えてる。愛香が結んでいたツインテールは、はっきりと」

 幼かったためだろう、自分がツインテール自体を好きになったきっかけは、実のところ思い出せなかった。ただ、愛香がこれまでしてきたツインテールは、不思議と思い出せる。総二たちの思い出は、愛香のツインテールとともにあったと言えるのかもしれない。

 総二の言葉に顔を赤らめていた愛香が、苦笑した。

「嬉しいけど、そこで、愛香のことなら、って言わないあたりがほんと、そーじよね」

「うっ、す、すまん」

「ま、いいけどね。ところで、あたし以外で、それぐらいはっきりと憶えてるツインテールってある?」

「子供のころ、って意味か?」

「うん」

 ちょっと考えてみるが、はっきりと浮かんでくるのはなかった。ところどころで、あのツインテール綺麗だったな、かわいかったな、というのはあったが、どんな人がしていたのかというところまでは、ぼんやりとしたものしかなかった。ほんとうにツインテール馬鹿だなあ、といろいろ複雑な気持ちになる。

「はっきりと思い出せるのは、愛香のだけかな」

「ほんとに?」

「ああ」

「そ、そっか」

 愛香が嬉しそうにはにかんだ。その反応に、胸がドキッとする。

 考えてみれば、ここまではっきりと思い出せるぐらい、当時から愛香のことを大事な存在だと思っていたのだろう、といまさらにして思った。ただ、それだけでなく、昔は彼女にいろんな対抗心を持っていた気もする。武術を習ったのも、確かその対抗心がきっかけだった。どれだけ鍛錬しても勝てず、いつしか武術で愛香に勝つのはあきらめてしまったが。というか愛香が熊殺しを達成した時点で、さすがに勝てる気がしなくなった。

 そういえば、愛香がツインテールにしてくれたきっかけはなんだったろうか、と思った。おぼろげなものではあるのだが、総二が愛香にツインテールにしてくれるよう頼んだのはおそらく間違いないはずだが、最初は嫌がっていた記憶があるのだ。

「今度はどうしたの、そーじ?」

「いや、愛香がツインテールにするようになったきっかけって、なんだったかなって」

「きっかけって。そーじに頼まれたからじゃなかったっけ?」

「いや、頼んでたとは思うんだけど、確か愛香、最初のころ嫌がってたような」

「そうだっけ?」

「まあ、俺の勘違いかもしれないけどさ」

 ふと、ドラグギルディとの闘いが終わった直後もこんなやり取りをしたな、と思った。

 ツインテールを愛する限り。そう言ったのはドラグギルディだったが、それより前、ずっと昔に、誰かがそんなことを言っていた気もするのだ。

 そして、同じくずっと昔に、とても美しいツインテールを見たことがあった気がした。愛香のツインテールに匹敵する、そんなツインテールを。

「そーじ?」

「っと、悪い」

 不思議そうな愛香の声に、我に返る。いつもの癖で、彼女のツインテールに触れていた。

「――――?」

 手を離そうとしたところで、なぜか愛香のツインテールから不思議な感覚を覚えた。懐かしさ、とでも呼ぶべき感じがあった気がした。

 愛香のツインテールから、いままでこんな感じを受けたことはなかった。なぜ、そんなものを感じるのだろうか。

 不思議そうにしていた愛香が、気を取り直したように口を開いた。

「やっぱり、はっきりとは思い出せないけど、特にきっかけとかはなかったんじゃないかしら。根負けしてとか、もしくは、そーじに喜んで貰えるなら、ってふと思ったとか」

「あ、ああ。多分、そうなんだろうな」

 ハッと我に返ると、先ほどの自分の言葉を思い出し、応える。多分、愛香の言う通りなのだろう。愛香なら、そういう理由でも不思議ではない、と思い直す。

 居たかもしれない人物のツインテールも、それが愛香並みのツインテールだったとしたら、たとえ子供の時分であっても、ちょっとぐらいは憶えているはずだし、母がなにかしらの話題として出してきてもいいはずだ。それらがないということは、やはり自分の勘違いなのだろう。懐かしさのようなものを感じたのも、きっと幼いころのことを思い出したからだろう、と思った。

「あ、そうだ。ありがと、そーじ」

「えっ、なにが?」

 唐突な愛香の言葉に、総二は戸惑った。

「夢に触手が出てきたんだけどね、そーじが守ってくれたの」

 愛香の言葉に、クラーケギルディのことを思い出す。決闘の途中であることも。

「夢だけじゃなく、現実にしてやるさ」

「うん。勝とうね、そーじ」

「おう」

 二人で頷き合い、愛香が時計を見た。

「って、そろそろ着替えないと」

「あっ」

 愛香が慌てたように言い、総二も時計を見る。そろそろ朝食の時間というのもあるが、愛香の部屋に二人でいるところを見られたら、またからかわれてしまうだろう。

「じゃあ、愛香。またあとで」

「うん」

 愛香の部屋の窓を越えると、総二の部屋の窓とカーテンを開けて、中を見る。ベッドには、トゥアールの姿はなかった。ベッドには。

「――――え?」

「どうしたの?」

 総二が洩らした声が聞こえたのか、愛香が近づいてくる気配がした。

「いや、これ」

「ん?」

 躰をどかし、部屋の中が愛香にも見えるようにする。愛香が目を(しばたた)かせた。

 トゥアールは、総二の部屋で寝ていた。ただし、床に寝そべっているとか、総二のベッドを使っているわけではない。なぜか柱を二本立て、そこから吊るした布を使って寝ていた。

「ハンモック?」

「ハンモックだよな?」

 トゥアールが、ハンモックで寝ていた。

 柱のうち、一本の頭には、どういうわけか仮面ツインテールの仮面が被せてあった。

 意味がわからないが、このままというわけにもいかない。トゥアールに近づく。愛香も部屋に入ってきた。

 トゥアールは顔を窓とは反対側の方向にむけ、スヤスヤと眠っていた。

「トゥアール?」

「んっ」

 総二が声をかけると、トゥアールが身じろぎした。

「トゥアール」

「あ、はい。おはようございます、総二様。それと愛香さんも、おはようございます」

「あー、うん、おはよう、トゥアール」

「ついでみたいに言わないでよ。まあ、おはよ」

 トゥアールがこちらに顔をむけ、挨拶してきた。昨夜、愛香から受けた技のダメージはもうないらしい。元気な様子だった。

「えーと、ところでトゥアール、なんだこれ?」

「ハンモックです」

 主語を省いた総二の問いだったが、トゥアールは即座に理解したようで、間髪入れずに答えを返してきた。返してきたが、端的過ぎて、総二の望む答えではなかった。

「いや、ハンモックなのは、わかる。なんでわざわざ俺の部屋にハンモックを作って、そこで寝てたのかがわからないんだが」

「いえ、なんとなく二年以上そのままにされていたような気がしまして、ここはハンモックを作って寝てるぐらいのことをしなくては駄目かなと」

「意味わからんし」

 なぜかカパッと仮面を被って説明してきたトゥアール、もとい仮面ツインテールの言葉に、総二は肩を落とした。

 

*******

 

 放課後の部室で、今後のことについて話し合う。慧理那たちはまだ来ていないが、おそらく生徒会の用事などだろう。

 クラーケギルディは総二が相手をし、リヴァイアギルディは愛香が相手をするというのは、昨日のうちに話したことでもあるため、それについては確認でしかない。とにもかくにも、慧理那のことである。

 昨日、あくまでも身を守る手段として変身して貰うとは言ったが、慧理那がそれで納得するかは別の話であり、本音を言えば、戦力は欲しい。だが本格的に闘うとなると、彼女を危険な場に引きこむということも含めて、さまざまな不安があった。

「とりあえず、まずはモケーあたりと闘って貰う?」

 愛香が言った。愛香は基本的に、戦闘員(アルティロイド)をモケーと呼ぶ。わかりやすいからか言いやすいからは知らないが、普通に通じるため、特にそのあたりの理由を訊いてみたことはない。

「まあ、そうだな。まずはそのあたりが妥当だろ」

「昨日は複雑そうでしたが、慧理那さんが闘うのはOKなんですか、愛香さん?」

 ちょっとだけ気遣うようにトゥアールが言うと、愛香は気乗りしないように唸った。

「心配ではあるけど、どれだけ動けるのかちゃんと見ておかないと、その方が不安だし」

「そうですね。まあテイルギアなら、並のエレメリアンを相手にするには問題ありません」

「問題は、幹部クラスか」

「そうね。あのスク水スク水言ってた変態ぐらいならともかく、ドラグギルディクラスだと、スペック頼りってわけにはいかないし」

「テイルギアを使いこなすセンスが慧理那さんにあるか。闘い続けられる精神力を、ほんとうに慧理那さんが持っているか。それを見極めなければなりませんね」

「うん。駄目だって思ったら、会長には、自衛手段として、テイルブレスを持っていてもらうことにする。それでいいのよね、そーじ?」

「ああ」

 それらがあるのと無いのと、どちらが本人にとって幸せなんだろうか、とちょっと複雑な気持ちになるが、はっきりと頷いておく。危険なことに巻きこむのは、本意ではないのだ。駄目だとはっきり思えれば、あきらめもつく。

 そんなことを考えているくせに、慧理那がともに闘っていける仲間になってくれれば、とも思っている自分に気づき、我ながら勝手なやつだ、と総二は心の内で自嘲した。

「まあ、アルティメギルとの実戦の前に、トレーニングルームで確かめるのもいいかもな」

「あ、そうね。まあ、その前にあいつらが出てきそうな気もするけど」

「その時はその時だな。もしもの時は、俺たちがフォローしよう。トゥアールもサポートの方、よろしくな」

「任せてください。手取り足取り、じっくりとかわいがって、と、来たようですね」

 胡乱(うろん)なものを感じさせるトゥアールの言葉に愛香が席を立ったところで、控えめではあるが、どこかせっかちなものを感じさせるノック音が響いた。仕方ない、と愛香が再び席に座り、三人でドアの方に顔をむける。

「どう」

「お待たせしましたわ!」

「失礼する」

 どうぞ、と総二が言い終わる前に扉が開き、慧理那と尊が入って来た。かなり急いで来たようで、慧理那は息を切らしていた。

「生徒会が、長引いてっ」

「そ、そんなに急がなくてもいいですよ、会長。とにかく座って。いまお茶を、ってもう()れようとしてる!?」

 こちらは息ひとつ切らしていない尊が、さも当たり前のように、室内にあるティーセットを物色(ぶっしょく)していた。なにやら妙な流し目を総二にむけているが、それには気づいていないふりをしておく。

 椅子に座り、右腕に嵌められたテイルブレスを優しく撫でていた慧理那に、トゥアールがテイルギアの説明をはじめた。テイルギアの全身図を展開しながら、前に総二たちにした説明と、慧理那が使うことになるテイルギア固有の内臓武装の説明を、嬉々として行っていた。

 ヒーロー好きである慧理那からは、テイルブレスを撫でる仕草からも喜びが満ち溢れているように見え、トゥアールの説明にも目を輝かせていた。前回以上に長い説明であったが、愛香のように終わった瞬間にトゥアールに拳を叩きこむこともなく、それどころかいっそう目を輝かせて、どころか目を蕩けさせているほどだった。

 改めて慧理那が説明書を読み出した。一点で視線を止めると可愛らしく小首を傾げ、トゥアールに顔をむけた。嫌な予感がした。

「このエクセリオンショウツの説明が空白なのはなぜですか、トゥアールさん?」

 嫌な予感が当たってしまった。確かに気になるだろうとは思うが、あんな説明をさせるわけにはいかない。

 涎を垂れ流しそうな、変質者のようなキケンな表情を浮かべたトゥアールが、慧理那に迫った。

「ふふふ、二度目ですし、実際に使っ」

当身(あてみ)

 愛香が背後からトゥアールの首筋を叩き、黙らせた。白目を剥いて気絶したらしきトゥアールの躰が、糸の切れた操り人形(マリオネット)のように倒れこむ。愛香は素早く彼女の躰を抱き留めると、椅子に座らせた。トゥアールはグッタリとしている。

 首筋を叩くのは非常に危険らしいのだが、愛香の技量とトゥアールのタフさなら大丈夫だろう。多分、きっと大丈夫だ。

「あ、あの、トゥアールさんは」

「あー、えーと、大丈夫です、トゥアールなので」

「は、はあ」

 心配げな慧理那に、愛香が手をパタパタと振ってごまかした。

 続けてエクセリオンショウツの説明を総二が適当にはぐらかすと、別の質問が飛んできた。

「変身するための掛け声なんかはありまして、観束君?」

「掛け声、ですか。一応、テイルオンって決めてます。必ずしも必要ってわけじゃないけど、意識の集中にはちょうどいいので」

「それは、ぜひとも言うべきですわっ。そういう積み重ねがあるからこそ、たまに無言で変身する回が無性にかっこよく見えるものですもの!!」

「そ、そうですか」

 回ってなんだと思わなくもないが、その怒涛の勢いに相槌を打つしかなかった。

「それで、変身ポーズは!?」

「ポーズて」

「大事なことですわ! 共通ですの!? それとも各自で違いますの!?」

「い、いや、さすがにポーズは決めてないですね。正体は隠さないといけないし」

「――――そうですか」

 戸惑いながらの総二の答えに、慧理那が残念そうにうつむいた。どうやら本気でがっかりしているらしい。

 ヒーロー好きとは聞いていたが、これほどとは。

 少なくとも人前で変身するのは、いまの世間での反応を見る限り、御免蒙(ごめんこうむ)りたいものである。

「ポーズって言うほどのものじゃないけど、俺も愛香も、ブレスを嵌めてる手を胸の前にかざして変身することが多いですね」

 言いながら、腕を胸の前にかざす。慧理那が、再び目を輝かせた。

「シンプルですけど、力強い、いいポーズだと思いますわ!」

「あ、ありがとう?」

 やはり、戸惑いながら答えるしかなかった。

 

 ハッ、となにかに気づいたように、慧理那がコホンと咳払いをした。どうやら自分のはしゃぎように恥ずかしさを感じたらしい。さっきまでとは打って変わって、落ち着いた調子になった。

「それじゃあ、変身してもよろしくて?」

 落ち着いた口調を心掛けたようだったが、声には隠しきれない喜色があった。苦笑しながら頷き、ちょっとだけアドバイスをする。

「会長。言葉よりも、変身するっていう意思をしっかり持ってください」

「わ、わかりましたわ」

 緊張をやわらげるためか、慧理那が大きく深呼吸をした。

 一度、二度と繰り返したあと、意を決したように顔を上げ、腕を胸の前にかざす。

「テイルオンッ!!」

 声は、力強かった。しかし、なにも起こらない。

 駄目か、と一拍置いて心に浮かんだところで、総二たちが変身する時と同じ光が、慧理那の右腕から迸った。

 光が収まった時、黄色を基調とした重装甲を纏った女性が、そこにいた。

「こ、これが、わたくし?」

 女性、変身した慧理那が、自分の躰を見下ろし、戸惑いとも感嘆ともつかない声を洩らした。声も変身前と比べて、少し大人びたものとなっていた。

 それにしても、昨日説明はして貰ったわけだが、こうして実際に眼にしてみると、レッドやブルーのテイルギアとは、やはり受ける印象がだいぶ違った。映像で見せて貰ったように、装甲部分が自分たちのものより広く、全身鎧と呼ぶのがふさわしいだろう。

 そしてそのテイルギアが包む躰も、大きく変わっていた。小学生ほどだった身長は、愛香よりもやや高いぐらいになっており、腰も高く、足も長いモデル体型。流線を描くようにして装甲を盛り上げているその胸は、トゥアールには及ばないものの、なかなかに大きくなっていることを主張していた。ツインテールは、もとの姿と同じく下結びで、頭のうしろにフォースリヴォンがあるかたちだった。

 最も目を引くのは、その身長と同じぐらいはあろうかという、大きな背負いものだった。背中の装甲の左右から一対、筒のような物が下の方にむかって伸びている。トゥアールの説明によると、陽電子砲とのことだった。そこまで詳しいことはわからないが、だいぶ物騒な代物らしい。大丈夫です、問題ありません、とトゥアールが言うので心配ないとは思うが、台詞自体に不安なものを感じるのはなぜだろうか。

「新たなツインテイルズ、テイルイエローの誕生だな」

「ええ。改めてよろしくお願いしますわ!」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

「あの、観束君。ひとつ、お願いがあるのですけど」

「お願い?」

「はい。津辺さんやトゥアールさんにもなんですけど、その、ツインテイルズとして活動する時は、わたくしに対して、敬語とかはやめていただきたいのです。わたくしの方が学年は上ですけど、ツインテイルズとしては後輩ですし」

「えっ」

 正直なところ、抵抗があった。ただ彼女の声は、どこか切実なものを感じさせるものだった。多分だが、仲間として近づくための第一歩ということなのだろう。そう考えると、無碍(むげ)に断るのもためらわれた。

「せめて変身している時だけでも、駄目でしょうか?」

「――――いえ、わかりました、じゃない、わかったよ。改めてよろしくな、イエロー」

「はいっ!」

 総二の言葉に、嬉しそうにイエローが返事をした。

「でも、それなら、イエローもそんな丁寧な口調じゃなくてもいいんじゃないか?」

「そ、そうかもしれませんけど、これがわたくしの喋り方ですから」

「そっか」

 イエローと互いに苦笑しながら、総二は愛香に顔をむけた。愛香の顔は、能面のような無表情になっていた。

 思わず数度、瞬きし、声をかけた。

「愛香、どうした?」

「胸」

 総二の問いに、ただその言葉だけが返された。彼女の視線を追うと、イエローの胸をじっと見つめていることに気づいた。

 ギギギ、と油の切れた機械のようなぎこちない動きで、愛香が顔を横にむけた。その視線の先には、いつの間にやら復活していたトゥアールがいた。

「なってるじゃない。巨乳になってるじゃないっ。どういうことよ、トゥアール!」

「なってますねー」

 だんだんと声がヒートアップしていく愛香とは逆に、トゥアールはきわめて冷静な様子だった。おそらく、自分の胸よりは小さいからだろう。

 瞳を潤ませた愛香が、いやいやと首を振りながら声を洩らす。

「うー、う~~、ううううううう――」

「愛香」

「仕方ありませんよ、総二様」

「トゥアール?」

「愛香さんからすれば、自分のものになっていたかもしれない巨乳ですからね。そもそもあれほどまでに渇望していた巨乳です。ある程度は吹っ切ったといっても、それを目の前にしては、さすがに心穏やかではいられないでしょう」

「まあ、そうかもしれないけど」

「私としても、机上の空論だと思っていた属性力(エレメーラ)ハイブリッドが実現されて驚きです」

「あー、そんなこと言ってたな」

 イエローが、心配そうに愛香に近づいた。

「あの、津辺さん?」

「な、なんですか、会長?」

「とりあえず敬語はやめて欲しいのですけど。あの、大丈夫ですか?」

「えっ、あ、はい、大丈夫です。じゃない、大丈夫よ、問題ないわ!」

 なんとか吹っ切ったのか、最後は大きく声を上げていた。どこかヤケクソなものを感じさせる声だったが。

 逡巡するように、自分のテイルブレスとイエローのテイルブレスを交互に見ていた愛香が、意を決したように口を開いた。

「た、ただね、イエロー。あたしもお願いがあるんだけど」

「あ、はい。なんでしょうか?」

「その、たまにでいいから、その黄色のテイルブレス、あたしにも使わせて」

「愛香――」

「愛香さん、未練がましいですよ」

「いいわよ! どれだけ笑われたっていい! 頼むは一時の恥、頼まぬは一生の貧乳よ!!」

「いや、すっげぇ台詞だな、それ」

 人の心に残るのが名台詞というものだとすれば、貧乳関連の愛香の言葉は、きっと名台詞ばかりになるのだろう。それを名台詞とは呼びたくないが。

 まあ確かにトゥアールの言う通り、自分が欲しかったものが目の前で誰かのものになってしまったのを見ては、欲しくなってもしょうがないだろうとは思う。思うが、ここは止めるべきだろうとも思う。

「愛香。そこまでだ」

「そーじ?」

「そうです、愛香さん。みっともない真似はやめるべきです!」

「いや、なんていうかさ、それをあんたに言われるのは、微妙に納得いかないんだけど」

「みっともない真似はやめるべきです!」

「リピートした!?」

 ひと抱えほどの丸太を突きつけそうな勢いで、トゥアールが愛香の言葉を無視して声を上げ続ける。

 正直、総二もツッコみたかったが、耐える。いまは愛香を説得しなければならない。

「愛香、思い出せ。そもそもそのテイルブレスは、おまえには使えないだろ?」

「うっ」

「それに、イエローは俺たちに憧れてくれて、いまこうして仲間になってくれたんだ。そんなイエローに、こんなところを見せていいのか?」

「っ!」

 愛香が、その言葉にハッとし、うつむいた。しばらく懊悩(おうのう)し、突然自分の頬をパンッと両手で叩いた。

 頬がちょっと赤くなっているが、愛香はイエローにむき直ると、頭を下げた。

「ごめん、イエロー。かっこ悪いところ見せちゃった」

「そんなことありませんわ、津辺さん。むしろ、嬉しかったです」

「え?」

「テイルブルーも、スーパーヒーローもそんな悩みを持ってるんだって、親近感が湧きましたわ」

 そう言って、イエローが微笑んだ。愛香は照れくさそうに頬を掻き、イエローに微笑み返した。

「いろいろと迷惑かけると思うけど、これからよろしくね、テイルイエロー」

「こちらこそ、少しでも早くお二人に追いつけるよう、精進いたしますわ。よろしくお願いします、テイルブルー、テイルレッド!」

「ああ、よろしく、テイルイエロー」

「私を忘れないでくださいよ、テイルイエロー?」

「もちろんですわ、トゥアールさん」

「あっ、ツインテイルズとして活動している時は、私のことはK・Tと呼んでください」

「あ、はい。わかりましたわ、K・T。よろしくお願いします」

「ええ、今後ともよろしくお願いします。とりあえず、変身を解いて一緒にベッドへ行コーホー!?」

 なにやらろくでもないことをしようとしたらしきトゥアールに、愛香が素早く関節技を()めた。前(かが)みにさせたトゥアールの背中に乗るようなかたちで足を引っ掛け、両手を掴んで絞り上げる。完璧なパロ・スペシャルだった。

「ちょっ、愛香さん、冗談ですからああああああああああ腕がああああああああああ!?」

「あんたのその手の言葉は冗談に聞こえないのよおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

「ウォォオオオオオオオオーーーーーーズマアアアアアアアアアアアーーーーーーン!?」

 どうにか外そうとトゥアールがもがくが、愛香はびくともしない。いや、そのトゥアールの力をも利用して、さらに絞り上げているように見えた。

 昨日は驚いて場に任せていたイエローが、愛香を止めようとしたところで、尊が微笑んだ。

「お嬢様、心配はいりません」

「で、ですが、トゥアールさんは大丈夫なのですか?」

「お嬢様、あれは友情です。そこいらに転がっている生半可な結びつきではできない、真の友情で結び合っているからこそできる、ガチスパーリングというものです」

「ガチスパーリング――。そうだったのですか」

 得心がいったように、イエローが頷いた。面白がって言っているのだろうか、と尊の方を見るが、本気で言っているようだった。ガチではあるかもしれないが、スパーリングになっているだろうか、とどうでもいいことを思う。

 しばらくの間もがき続けるトゥアールだったが、愛香がオーバーヒートして躰から煙を出すような事態になるわけもない。とうとうトゥアールが力尽き、そのまま上半身を床に叩きつけられた。

「ギ、ギブアップッ」

 トゥアールの呟きの直後、どこからかゴングの鳴る音が聞こえた気がした。愛香は技を解くとトゥアールから離れ、大きくため息をついた。

 イエローは、愛香とトゥアールを、どこか羨ましそうに見ていた。

「少し、羨ましいですわ。わたくしも早く、その絆を分かち合いたいものです」

 絆を分かち合うのはやぶさかではないのだが、こういうかたちで痛みを分かち合うのはやめたほうがいい、と総二は思った。思わずため息をつく。

 ピラッ、と尊が紙を差し出してきた。婚姻届けだった。

「観束、お嬢様もこう言っていることだし、人生を分かち合わないか」

「いえ、昨日も言ったように、俺には愛香がいますから」

「そ、そーじっ」

「はっ!?」

 婚姻届けを出されることに慣れてしまったのはあるが、返事は意識してのものではなかった。すでに条件反射になってしまっている気がした。

 ゴホン、と咳払いし、時計を確認する。とりあえずトゥアールを起こしてから、当初の予定を進めよう、と総二は思った。

「よし、それじゃトレーニングルームに、ん?」

 突然、拳ほどの大きさの赤いなにかが、どこからともなく飛来した。

 そのなにかは部室内を数度旋回すると、倒れているトゥアールの上あたりで停滞した。

 立派な一本角を持った、赤い昆虫のようなかたちをした物体だった。

「なんだ、これ?」

「カブトムシ、かしら?」

 そのフォルムは、愛香の言う通りカブト虫を思わせるものだった。機械的な硬質感があることから、トゥアールの発明品だろうか。唐突な闖入者(ちんにゅうしゃ)に、総二、愛香、尊は目を丸くし、イエローは目を輝かせていた。

 カブトムシは総二や愛香にむかって、なにかを訴えるように躰を振っていたが、これがなんなのかわからない以上、愛香と顔を見合わせることしかできない。

 やがてカブトムシが、しょんぼりしたように角を下にむけた。仕方ないとばかりに、倒れたトゥアールに近づき、角でツンツンとつつきはじめる。

 この時間帯に来たということは、もしかしてアルティメギルだろうか。ふとそんなことが総二の頭に浮かんだ。愛香の方を見ると、彼女もそのことに思い至ったのか、ハッとした様子だった。

 カブトムシが数度つついたところで、トゥアールがガバッと勢いよく起き上がった。元気そうなトゥアールの様子に、イエローは戸惑っていた。

 カブトムシを確認し、ハッとしたトゥアールが、総二たちに顔をむけた。

「アルティメギルが現れました!!」

『せめてアラート音の類をつけろおおおおおおおおおおお!!』

 またもわかり難いアラートに、総二と愛香の叫びが重なった。

 

*******

 

 現場は、どこかの中学校だった。校門前に、牛のような外見のエレメリアンがいた。いつかのバッファローギルディと違って角がなく、ベルのようなデザインの首飾りで、見覚えのあるマントを留めていた。記憶を辿ってみると、クラーケギルディのマントと同じ物だということに気づいた。

「うむ。やはり、女子中学生こそが至高」

「モケー!」

「モケケー!」

「メケー!」

「そうであろう。そうであろう!」

 その暴言に戦闘員(アルティロイド)たちが賛同し、エレメリアンは満足そうに声を上げていた。なにか別の鳴き方をしているやつがいたような気がしたが、気にすることではないのだろう。

 戦闘員(アルティロイド)がカサカサと動き回り、下校中の女子生徒たちが逃げ惑っていた。属性力(エレメーラ)によっては、女の子の多い学校が狙われやすいのだ。問題ではあるのだが、こちらは迎撃することしかできない以上、素早く出撃することしかできない。

 エレメリアンが辺りを見渡し、声を上げた。

「走って揺れる醜い乳に価値などない。貧乳こそ、最終にして原初。唯一(ゆいいつ)無二の乳なのだ!!」

「なかなかいいこと言ってるけど、乳にこだわってる以上は 0(ZERO)に還さなきゃいけないわね」

「ブルー、おまえ、いや、やっぱりいいや」

『ブレませんねー』

 ブルーはいたって自然な様子であり、乳に対する隔意だとか負の感情は見受けられないが、それはそれとして潰す、という感じでもあった。

 矛先がアルティメギルにむかうんだったらまだいいかなと、いろいろとあきらめるような心持ちで思う。あらゆる乳を滅ぼす最強最悪の魔神にならなきゃいいが、などという謎の不安はあるが。

 むっ、とエレメリアンがこちらにむき直った。

「現れたか、ツインテイルズ。我が名はブルギルディ。首領様、そしてクラーケギルディ隊長の栄光のために、命を燃やす時が来たようだ!」

「そのクラーケギルディが、子供の貧乳は駄目だって言ってたと思うんだが。なんで子供を狙うんだ?」

「私が、この年頃の少女を好きだからに決まっておろう!」

「全然統率とれてねえ!?」

 まったく臆面もなく放たれた言葉に、レッドは頭を抱えた。考えてみれば、大将であるクラーケギルディからして、好みの貧乳であるブルーの乳を見て暴走するやつである。あの隊長にして、この部下ありというところか。

「イエロー、見せて貰うわよ。あなたの正義の心とやらが生む力がどれほどか、ってあれ?」

「ん?」

 後ろから聞こえた訝し気なブルーの声に、レッドはふり向いた。困惑した様子のブルーしかいなかった。

「あれ、イエローは?」

「いや、さっきまでいたと思ったんだけど」

「なにをごちゃごちゃ言っている、ツインテイルズッ。臆したか!」

「いや、ちょっと待っ、ん?」

「へ?」

『っ?』

 口笛らしき音色が、その場に流れた。口笛ではあるのだが、どこかたどたどしいというか、いまにも音色ではなく、ただ単に息を吹く音になってしまいそうな、そんな不安な気持ちになる(つたな)い口笛だった。

 その音に、やがて視線がひとつの場所に集まる。

 ちょっとだけ高いところ、校門の上に、目的の人物の姿はあった。視線が集まるのを待っていたのか、彼女は口笛をやめ、ポーズをとった。どうでもいいが、校門の上に上がるのはあまりよろしくないと思う。多分、舞い上がっているのだろうが。

「天が呼ぶ! 地が呼ぶ! 人が呼ぶ! 悪を倒せと、わたくしを呼ぶ! お聞きなさい、悪党ども! わたくしは正義の戦士! ツインテイルズ・参式(サード)、テイルイエロー!!」

肆式(フォース)ーーーーーーーーーッ!!』

 イエローが名乗りを上げると、三人目は自分だとばかりに、トゥアールが通信越しに声を張り上げた。

 ある意味でツインテイルズの始祖(オリジン)であるトゥアールは、ツインテイルズ・零式(ゼロ)でいいのではないだろうか、などとよくわからないことが思い浮かぶ。というか、この脳裏に浮かぶ、ルビを託された漢字はなんなんだ。

『テイルイエロー!?』

「なにっ、新たなツインテイルズだと!?」

「トオーッ!」

 観客が声を上げ、大仰なリアクションでブルギルディが驚き、イエローが跳んだ。と言っても、そんなに高く跳躍したわけでもなく、レッドとブルーのすぐそばに戻ったかたちだった。

 着地したイエローが、ブルギルディたちの方にむき直る。

「えと、使用方法は。あ、なるほど、こんなふうに頭の中に浮かぶんですのね!」

 髪をかき上げるようにして、イエローがフォースリヴォンに触れた。さすがお嬢様と言うべきか、優雅なものを感じさせる仕草だった。

 フォースリヴォンに触れたあと、イエローが片手を腰の横に持っていく。

「ヴォルティックブラスター!」

 声を上げると同時に、その手に山吹色を基調とした拳銃が現れた。ヒーロー好きなだけあってか、ウに点々を付けることも完璧だった。

 イエローが肩の前に銃を持っていき、ポーズをとった。なぜかサーボモーターの駆動音らしきものが聞こえた気がしたが、気のせいだろう。

 イエローが、戦闘員(アルティロイド)に銃をむけた。

「モケー!」

「アルティメギルッ! いたいけな少女を狙うあなたたちのような悪魔! わたくしは絶対に許しませんっ!!」

 なにくそー、とばかりにイエローの方に駆ける戦闘員(アルティロイド)にむかって、いろいろと実感のこもった言葉とともに、イエローが引き金を引いた。

 縁日の射的によく使われるコルク銃を連想させる、頼りない放物線を描いた銃弾が、戦闘員(アルティロイド)に当たった。

「――――モケェ?」

『え?』

『モケ?』

 その声は、誰のものだったのだろうか。その場にいた全員のものかもしれない。

 稲妻のごとき銃弾によって、戦闘員(アルティロイド)がなすすべなく斃される。そんな光景を思い浮かべていた。おそらく、周りで見ている全員が、そう思っていたのではないだろうか。

 しかし戦闘員(アルティロイド)はこの通り、元気に生きている。

「一撃で倒れないとは、やりますわね!」

「モ、モケ?」

 なんで自分が斃れていないのかと、一番困惑しているだろう当の戦闘員(アルティロイド)に、イエローが再び攻撃を仕掛けた。大仰な横構えの水平撃ちで、今度は三発放つ。

 放たれたのは、さっきと同じくコルク弾を思わせるものだった。直撃するが、まったく効いた様子がない。それこそ、駄菓子の小さな箱すら倒せそうになかった。遅効性の効力でもあるのかと、一()の望みをかけて戦闘員(アルティロイド)の様子を見るが、やはりピンピンしている。

「モ、モケェ」

「うー、うう~~っ!」

「モケー」

 イエローがムキになって乱射し、まったくダメージを負った様子のない戦闘員(アルティロイド)が、申し訳なさそうに声を洩らしている。

「イエロー、気合いだ。心を燃やして、テイルギアに命を通わせるんだ!」

「そ、そうですわっ。心の小宇宙を燃やしてスペックの限界を超えることこそ、ヒーローの醍醐味っ。威力不足は、わたくしのこの正義の心で埋めてみせますわ!」

『いえ、威力は充分過ぎるはずなんですけど』

 通信越しにトゥアールが呟いたが、イエローは聞いていないようだった。

 イエローは気を取り直したように銃をしまうと、右腕を突き出した。ブレスのうしろの部分の装甲が開き、そこから手の先まで砲身が伸びる。

「テイルイエローのテイルギアには、全身に武器が内蔵されていますのよっ。レーザー発射!」

 イエローの気合の声とともに、言葉通りレーザーらしきものが発射され、今度は戦闘員(アルティロイド)に当たる前に地面に落ちる。なんとなく、水鉄砲を思い出した。

「ま、まだまだですわっ。この肩アーマー、実はですわね!」

 イエローの言葉のあと、彼女の言う肩アーマーが前面に移動し、さっきのレーザー同様に銃器がせり出す。現れた左右二門ずつのバルカン砲から、いくつもの銃弾が戦闘員(アルティロイド)に浴びせられた。しかし、やはり戦闘員(アルティロイド)には全然効いてないようだった。どうしよう、とばかりに戦闘員(アルティロイド)たちが顔を見合わせていた。

 イエローが、次から次へと武装を展開する。

 三門ずつのミサイルが腰から飛び、質量にものを言わせて対象を粉砕する五連徹甲弾が両足から放たれ、接敵された時の隠し玉として取り付けられたのだろう、膝のスタンガンや、爪先のニードルガンが披露される。トゥアールが言っていた通り、まさに全身武器。これで威力も伴っていたらなあ、と残念な気持ちが湧き上がるぐらいには、多種多様な武装だった。武器の稼働音と、イエローの掛け声が大層な分、余計にそんなことを思ってしまうぐらいだった。

 いつの間にか、戦闘員(アルティロイド)たちが整列していた。せめてもの情けとばかりに、イエローの攻撃を避けもせず、すべてその身で受け止めていた。

「うう~~~っ」

 イエローが、涙目になっていた。

 止めた方がいいよなあ、とブルーの方に視線をやる。

 そうかもしれないけど、ここで止めるのも気まずいと思うんだけど、と視線が返ってくる。

 実際のところ、ここまで来たら、撃ち尽くすまで見届けるしかないのも確かだった。一度回りはじめた水車は、水が尽きるまで回り続けなければならない。そんな言葉もあった、はずだ。意味はわかるようでわからないが。

 自分に言い訳するような心持ちで、イエローを見続ける。

 いや、わかっている。止めるべきなのだと。だが、その勇気が出なかった。止めてもまだ気まずい空気がそこまでではなかったのは、最初にヴォルティックブラスターを放った直後ぐらいだっただろう。そのタイミングを逸してしまった以上、仕方ないではないか。そんなことを思ってしまう。

「これならっ」

 涙目で放ったのは、大型のミサイル。胸の装甲が上下四方向に別れ、そこから飛び出したそれは、相手にまっすぐにむかわず、一定しない軌道をとることから、おそらくはホーミングミサイルの類なのだろう。しかしそれも、空気の抜けた風船のようにヘロヘロと頼りなく飛び、電柱にぶつかった。爆発もせず、電柱にはやはり傷ひとつ付かなかった。

「あ、偽乳っ、――――ごほん」

 一瞬、喜色を顔に浮かべたブルーだったが、すぐに表情を真面目なものとした。不謹慎だ、と思ったからかもしれない。ひょっとしたら、装甲の下に確認された胸が、ちゃんと揺れていたからかもしれないが。

「こ、こんな、こんなはず、ありませんわっ。こんなっ」

 もはや涙声にしか聞こえなかった。イエローは再び銃を呼び出すと、戦闘員(アルティロイド)の間近に近づいた。戦闘員(アルティロイド)たちの間に、緊張が走った気がした。

 イエローが、戦闘員(アルティロイド)の一体に至近距離で銃口をむけた。むけられた戦闘員(アルティロイド)が、脚にぐっと力を入れる仕草を見せた。

「モケーッ!!」

 弾が当たった瞬間、戦闘員(アルティロイド)が悲鳴らしき声を上げてうしろに飛び退(すさ)り、倒れた。戦闘員(アルティロイド)は倒れたまま転げ回り、ガクッと力尽きる。消滅はしていない。

 不意に、子供にヒーローごっこをせがまれ、悪役を演じるお父さんの図を、思い出した。

「敵に、情けをっ」

 銃を取り落としたイエローが、その場にへたりこんだ。

「モ、モケェ」

 転げ回っていた戦闘員(アルティロイド)が、声を洩らした。俺、やらかしちゃったかなあ、とばかりに、その体勢のまま気まずそうに周りを見る。

 気まずい空気が、あたりに立ちこめていた。あまりの気まずさに皆が皆、顔を見合わせては目を逸らす。

「ふ、ふんっ。新たなツインテイルズ、テイルイエロー、恐れるに足らず!」

『っ!』

 突然、ブルギルディが大声を上げた。イエローを除くその場にいる者たちが、一斉に彼の方を見る。ブルギルディが、改めてレッドたちにむき直った。

「っ、ウェイブランス!」

 ハッとしたブルーが槍を呼び出し、普段より豪快に構えたところで、レッドもハッとする。

 この気まずい空気を変えられるのは、いましかない。

 そのことが、天啓を得たように頭に浮かんだ。

「ブレイザーブレイド!」

 瞬時に剣を呼び出すと、いつもより派手に構える。ブルーと頷き合うと、ブルギルディたちにむき直った。

「イエロー、ここは下がって!」

「そ、そうだっ。ここは俺たちに任せろ!」

『が、頑張れ、ツインテイルズー!!』

『モケー!!』

「さあ、いくぞ、ツインテイルズーッ!!」

 ブルーの言葉にレッドが続き、観客が声援を送り、戦闘員(アルティロイド)がレッドたちを取り囲み、ブルギルディが大仰な構えをとる。

 予期せぬハプニングに見舞われたヒーローショーのような、なんとも言い難い空気が、その場に満ちていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***おまけ***

――戦闘員道(アルティロイどう)、ここにあり――

 

 ここまでか。

 突きつけられた銃を見て、戦闘員(アルティロイド)五百五十五億五千八百二十一万百三号はそう認識した。戦闘員(アルティロイド)には知性はなく、感情と言えるものもほとんどないが、思考自体はちょっとだけできるのだ。

 属性力(エレメーラ)残滓(ざんし)、あるいは絞り(かす)とも言える雑念からかたち作られている戦闘員(アルティロイド)という存在は、属性力(エレメーラ)による攻撃でなければダメージを受けることはない。だが逆に言えば、属性力(エレメーラ)による攻撃を受ければ、簡単に消滅してしまう。

 目の前の新たな戦士テイルイエローが、どれほどの強さを持っているのかはわからないが、百戦錬磨のテイルブルーと、究極のツインテールを持つテイルレッドの仲間なのだ。自分のような戦闘員(アルティロイド)程度、あっさりと倒してしまうことだろう。

 新たな戦士のお披露目(ひろめ)と言えるこの場面で、最初にやられるのだ。むしろこれは、戦闘員(アルティロイド)(ほま)れと言えるのではないだろうか。

「モケーッ!」

 それでも、なにもせずに消滅することなどできない。戦闘員(アルティロイド)として、最期まで恥じぬ生き方をする。思考ではなく、本能に衝き動かされ、テイルイエローにむかって駆ける。

 テイルイエローの指が銃の引き金に掛かった。避けることなどできるわけもない。直撃するだろう。引き金が、引かれた。

 不意に、よく一緒に出撃していた、二体の戦闘員(アルティロイド)を思い出した。すでにあの二体は、闘いの中で消滅している。

 九百十三億九千八百二十一万九千八百十四号。

 三百三十三億三千八百二十一万三千八百十四号。

 待たせたな。俺もいま、そちらに行くぞ。

「――――モケェ?」

『え?』

『モケ?』

 そう思ったのだが、躰は特に消滅することもなく、こちらの躰に当たったはずの銃弾が、ペチッと弾かれた。思わず立ち止まり、どういうことかとテイルイエローを見るが、彼女は不思議そうに瞬きをしていた。テイルイエローにも予想外の展開だったようだ。周りも、一様に不可解そうな顔をしている。

「一撃で倒れないとは、やりますわね!」

「モ、モケ?」

 いえ、特になにもしていないのですが。困惑に声を洩らすが、テイルイエローは気を取り直した様子で続けて撃ってくる。当たるが、やはり消滅はしない。ペチンと当たっては撥ね返される。

「モ、モケェ」

「うー、うう~~っ!」

「モケー」

 落ち着いて、と声をかけるが、テイルイエローは乱射を続ける。

「イエロー、気合いだ。心を燃やして、テイルギアに命を通わせるんだ!」

「そ、そうですわっ。心の小宇宙を燃やしてスペックの限界を超えることこそ、ヒーローの醍醐味っ。威力不足は、わたくしのこの正義の心で埋めてみせますわ!」

 テイルレッドのアドバイスに、テイルイエローが熱く答えた。なんというか、気合いが空回りしている気がした。

 身に纏った鎧のいたるところから、さまざまな武器が撃ち出されるが、どれもさっきの銃弾と同じようなものだった。それらを、すべて身に受ける。

 華麗に避けたり、あるいは強者感溢れる感じに気にせず近づいて、テイルイエローに攻撃する。ツインテール戦士との闘いにおいては、賑やかしか、やられ役がいいところである戦闘員(アルティロイド)の身として、そうしたいという思いがなかったわけではない。

 しかし、必死になって攻撃する彼女の様子に、そんな無体な真似をする気にはなれなかった。それが戦闘員(アルティロイド)のすることか、という思いがあった。

 気がつくと、隣にほかの戦闘員(アルティロイド)たちが整列していた。同じように、テイルイエローの攻撃をその身で受けている。

 おまえだけにいい恰好させないぜ、と言わんばかりに、ほかの戦闘員(アルティロイド)たちが視線をこちらにむけ、頷いた。テイルイエローの攻撃の密度が増した気がしたが、やはり誰一体としてびくともしない。正直なところ、かえって彼女を傷つけたような気がしなくもなかった。ブルギルディやテイルブルー、テイルレッドも含めて、周りの者たちは、居たたまれない空気だった。誰か止めてあげて欲しい。

「こ、こんな、こんなはず、ありませんわっ。こんなっ」

 テイルイエローが、近づいて来た。緊張が走る。おそらく、これが最後の攻撃になるだろう。攻撃と呼んでいいのかちょっと疑問ではあるのだが、攻撃には違いなかった。

 文字通り目の前に近づいたテイルイエローが銃をむけたのは、五百五十五億五千八百二十一万百三号だった。偶然ではあるだろうが同時に、運命というものかもしれない、とも思えた。

 これが、戦闘員(アルティロイド)の生きざま。

 戦闘員道(アルティロイどう)、我が胸にあり。

 脚に力を入れ、タイミングを計る。引き金に指が掛かった。

 ここだ。

「モケーッ!!」

 弾が当たったと同時に、声を上げて大きくうしろに跳び、地面に倒れ、転げ回った。いくらか転げ回ると、力を抜いて動きを止めた。これならきっと、ほんとうに威力があったように見えたはずだ。自画自賛するのもなんだが、迫真の演技だっただろう。

「敵に、情けをっ」

 銃を取り落としたテイルイエローが、その場にへたりこんだ。

「モ、モケェ」

 失敗した。五百五十五億五千八百二十一万百三号は倒れたまま周りを見渡し、声を洩らした。

 

 

 

******

 

 有帝露威道(アルティロイどう)戦闘員道(アルティロイどう)

 戦闘員(アルティロイド)戦闘員(アルティロイド)として在るための生き方と(こころざし)(つづ)られているとされる書。

 いつ、誰が書いたか定かではないが、世に生まれ出た戦闘員(アルティロイド)は、まず最初にこれを読み、戦闘員(アルティロイド)としての生き方を胸に刻みこむという。不思議なことに、読み終わったあと、気がつくと手もとから消えているらしく、戦闘員(アルティロイド)一体一体がそれぞれ最初から持っていることから、彼らの魂がかたちとなったものなのではないか、と言う者もいる。

 属性力(エレメーラ)の残滓から生まれた戦闘員(アルティロイド)に魂というものがあるかどうかは眉唾物であり、そもそもにおいて魂というもの自体がいまだに不明瞭な概念であるため、妄想であると断じる者も少なくはない。

 だが、彼らが一様に持つ潔さに魅力を感じる者も多いのか、戦闘員(アルティロイド)に魂が宿る可能性を完全に否定する者も(こと)(ほか)少ない。

 

民明書房刊『戦闘員(アルティロイド)、百八の謎』より。

 

 




 
パロ・スペシャル。
本来の名称は『リバース・パロ・スペシャル』。いまでは『ウォーズマン式パロ・スペシャル』と呼ばれることもある。

ハンモック。
三ヶ月で続きを再開できていればよかったんだが。

当身(あてみ)。
古武術の類における打撃技の総称。中(あ)てると書いて中身(あてみ)とも書く。
『当身を』投げるので『当身投げ』。誤解する人もいるが『当身=当身投げ(カウンター系の投げ技)』ではないので注意。
某サウスタウンの帝王の『当て身投げ』という技名が某ゲーム雑誌で『当て身』と略されたのが、誤解が広まったはじまりと言われている。おのれ、ゲー〇スト。

おまけ。
惑わされるな。
 
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