熱くなっていく躰と心。
それに従う本能。
部室の壁際に設置してある本棚をずらし、地下基地へむかう転送ゲートに入る。地球上のあらゆるところに瞬間移動するための転送カタパルトなるものは、ツインテール部の部室にはないらしい。そのためアルティメギルが現れた時、その出現位置が遠い場合は、学校にいる時はツインテール部室から、そうでない時は簡易的な転送装置である転送ペンという物を使い、地下基地に一度行くことになると慧理那は聞いていた。
今回は、アルティメギルの迎撃ではなく、慧理那の特訓が目的である。地下基地に設けてあるというトレーニングルームを使うのかと慧理那は思ったのだが、こういった特訓の時には、もっとふさわしい場所があるということだった。未春が以前、使われなくなった採石場の話をした時があったらしく、そこを使う気らしい。特訓などをするには、もってこいの場所だということだった。
地下基地のコンソールルームに着くと、すぐにトゥアールが転送ポイントをセットした。
愛香と総二が、慧理那を見て頷いた。慧理那も頷き返す。
『テイルオン!』
「テイル、っ」
変身したのは、愛香と総二だけだった。
うまく変身できるのか。そんなことが頭に浮かび、思わず止まってしまったのだ。
慧理那に、視線が集まった。
「会長。こわがらないで、思い切っていきましょう」
「そうだよ、会長。いまは失敗とか、かっこいいとか悪いとか考えずに、ありのままの自分で行こう」
「っ、わ、わかりましたわ」
ブルーたちの言葉に一瞬、躰が震えるのを感じた。恐怖ではない。なにか、歓喜に似たものが躰を走った気がしたのだ。さっきの言葉だけではなく、部室で慧理那を励ます言葉にも似たような感覚を覚えていた。
気にはなるが、いまはするべきことをしよう、と思い定める。
「テイルオンッ!」
右腕に嵌めたテイルブレスを見ながら声を上げ、変身した。
変身完了までの時間は、ブルーたちより間はあったように感じたが、昨日より早かった気がした。
レッドが、軽く目を見張った。
「昨日より、早くなってる?」
「ええ。それに、昨日よりテイルギアも安定しているようです」
「そうか。この調子で、ちょっとずつでも進んでいこう、イエロー」
「はい!」
「観束、津辺、お嬢様を頼むぞ。君たちになら任せられる」
「桜川先生」
「ええ。いまは俺たちに任せてください」
尊が頷き、どこからか紙を取り出した。いつもの婚姻届けだった。
「観束。帰ってきたら、結婚しよう」
「帰ってきますが、俺がいつか結婚するのは」
「ちょわー!!」
「うおっ!?」
「むっ!?」
突然奇声を上げたトゥアールが、レッドと尊の間を通り抜けるようにして飛びこんだ。
言葉を遮られたかたちとなったレッドが、着地してこちらにむき直ったトゥアールに顔をむける。
「な、なんだ、トゥアール、どうした!?」
「その先は言わせませんよーっ!」
「え、あっ」
「あっ」
トゥアールの言葉にレッドが、なにかに気づいたように声を洩らし、顔を赤くした。なにを言おうとしていたのかに気づいたのか、ブルーも顔を赤くしていた。
イエローと尊が首を傾げていることに気づいたのか、レッドとブルーがゴホンと咳払いした。
「と、とりあえず、いまは特訓に行こう!」
「そ、そうね!」
「えっ、あっ、は、はい!」
ごまかすように声を上げる二人は気になるが、確かにいまは特訓しなければならない。気を取り直してイエローも応じた。
採石場にむかうのは、イエロー、ブルー、レッドの三人だけだ。トゥアールと尊は、地下基地からモニターで見ているとのことだった。使われていない採石場とはいえ、なんらかの理由で人が来ないとも限らない。それに、特訓によって大きな音が響いたりしたら、それに気づく人もいるかもしれないからだ。
転送ゲートに入り、そこを抜けると、話の通り、採石場が広がっていた。
拓けた採石場は、確かに特撮番組などで使われそうな雰囲気があった。
「あー、確かに、特訓するにはそれっぽいな」
『巨大鉄球をつけてあるクレーンはありませんが、新必殺技の練習に使えそうな大木などは周りにありますし、いかにもな場所ですね』
「そうね」
「なんだか、テンションが上がってきましたわ!」
「おう、その意気だ!」
通信越しのトゥアールの言葉に思わずニヤリとしてしまったが、それはともかく気合が
「とりあえず俺と闘ってみよう、イエロー。ブルーは、イエローが危ないと思ったら、割って入ってくれ」
「わ、わかりましたわ」
「わかったわ」
レッドとブルーが、イエローから距離をとった。三人で、大きな三角形を作るようなかたちになった。
レッドがブレイザーブレイドを呼び出すと、イエローもヴォルティックブラスターを呼び出した。お互いに構え合う。
「いくぞっ!」
「はい!」
言葉のあと、レッドがイエロー目掛けて飛び出し、接近しきる前に剣を横薙ぎに振るった。地面が抉られ、砂利が舞い上がった。
「きゃあああああ!!」
直撃したわけではないが、反射的にイエローは悲鳴を上げてしまった。
「そのぐらいで怯えてどうするの!」
「そうだ。物理的な攻撃なら、テイルギアが守ってくれると信じるんだ。それ以上にあいつらは、気色悪いことをしてくるぞ!」
「は、はいっ、わかっていますわ!」
実感のこもったレッドの言葉に、イエローも答えた。
気色悪いことと聞いて、いままで自分を襲ってきたエレメリアンたちを思い出し、同時に胸に痛みを覚えた。ぬいぐるみを無理矢理持たせてソファーに座らせたり、拘束した慧理那のうなじを見たり、確かにどのエレメリアンも気色の悪いことをしてきた。
気色の悪いことは嫌な意味で頭に残っているが、イエローの、慧理那の心に刺さっていたのは、別の言葉だった。
幼いと、言われた。
エレメリアンに襲われた時テイルブルー、ツインテイルズが駆けつけるまで、ある程度の時間が掛かる。それこそ数分から十数分程度で来てくれるのだが、エレメリアンたちが持論を語るには、充分な時間だった。
語られる言葉はみんな違うが、等しく妄言や世迷言と言っていいものばかりである。それらが慧理那の心の琴線に触れたわけでは決してない。ただ、慧理那を見た全員が、幼いと言ってきたのだ。
自分の容姿が幼いことは、慧理那も承知している。それに加えて、ツインテールなのだ。幼い少女がする髪型をしているのだから、幼く見られて当然ではないか。そんなふうに思っていた。思わずには、いられなかった。
だからこそ、クラブギルディに言われた言葉は、特に深く突き刺さっていた。
外見だけでなく、知性も幼いか。
クラブギルディの持論自体には感銘を受けるわけもなかったが、自分の弱さを、暴かれた気がした。みんなに語った通り自分は、幼い理由をツインテールのせいにし続けてきたのだ。
愛香や尊は、ツインテールにしていても、幼さを感じさせない。テイルレッドは慧理那よりも幼い容姿でかわいらしいが、決して幼さだけを感じさせるものでもなかった。慧理那の母である慧夢は、いまの慧理那、テイルイエローをさらに成熟させたような容姿で、同じ下結びのツインテールではあっても、常に堂々としている恰好いい女性だった。
ツインテールは幼い少女のする髪型ではあるかもしれないが、慧理那を幼く見せていたのは、慧理那自身が幼さを認めようとしなかったからかもしれない。いまは、そう思える。
「ツインテール属性の存在を感じるんだ、イエロー。それはいつだって、イエローの中にある。ツインテールを使いこなすんだ、イエロー!」
「わかりません。それだけが、わからないんですの!」
それでも、総二の言うことは、わからなかった。
レッドが近づき、剣を振るってくるが、当たることはなかった。イエローが避けたわけではない。イエローはろくに動けていないのだ。当たらないように、レッドが剣を振るっているだけに過ぎない。
「もっとツインテールを受け入れるんだっ。ツインテールは敵じゃない、頼もしい味方なんだと!」
その言葉に、
愛着は、きっとあるのだ。総二たちが言う通り、それがなければツインテール属性は生まれない。尊に無いのは不思議ではあったが、彼女を疑うことなどできない。護衛として慧理那を守るために、尊はさまざまな努力をしてきた。慧理那を守るために、と尊が念じて変身できないのなら、無いのだろう。
「ヴォルティックブラスター!」
引き金を引くが、放たれるのは昨日と同様、コルク弾のような物だった。昨日よりは手応えはあるはずなのに、ほとんど変わりがなかった。レッドは避けもせず、すべてその身で受ける。届きもせずに、地面に落ちていく弾もあった。
なにが、足りないのだ。
「わたくしはきっと、ツインテールを愛している」
「えっ?」
「イエロー?」
「だけど、そう思っているはずなのに、こうなのです。わたくしは、どうすればいいのですか!?」
『っ!』
叫ぶ。なにもかもが、わからなかった。ツインテールを愛していると認めたはずなのに、テイルギアは応えてくれない。愛していると、思いこみたいだけなのか。
自分のほんとうの気持ちは、どこにあるのか。
ほんとうの自分とは、なんなのか。
自分は、どう在りたいのか。
誰も答えてくれない。答えは、自分で見つけるしかない。だが、それは果たして見つかるものなのか。
見つかったとしても、それが正解などと、誰が証明してくれるというのだ。ただの自己満足に過ぎないのではないか。思考は巡るが、巡るだけだった。答えが出ることなどなかった。
『総二様、手ぬるいですよ!』
「トゥアール?」
『イエロー、いえ、いまは慧理那さんと呼ばせていただきます。慧理那さん、私は、あなたのそんな情けない姿を見るために、イベント満載だったはずのゴールデンウィークすべてを費やしてテイルブレスを作ったわけじゃありません!』
「ごめん。それはあたしが原因だわ」
「考えてみれば、連休中どこにも行かなかったもんなあ」
『いいですか、慧理那さん!』
ブルーとレッドが遠くを見ながらボソッと言うが、トゥアールは聞いていないようだった。
『お下がりにしておいて、いまさら返すとはムシがよすぎるというものでしょうっ。あなたは、テイルギアを中古にしてしまった女、略して中古女なんですよっ。責任をとって、なんとしてもテイルギアを使いこなして貰いますからね、中古女として!』
「なんか、えらく作為を感じる略称だな!?」
『私たちの乗った列車は、途中下車できませんよ!』
レッドが声を上げたが、トゥアールはやはり聞いていないようだった。片手がガトリングガンになっている
トゥアールの言葉を聞いて胸に湧き上がったのは怒り、ではなかった。自分でも戸惑うが、それは歓喜に近かった気がした。総二や愛香たちの言葉と同じく、不思議な高揚感が胸に湧き上がっていた。ただ総二や愛香から言われた時の方が、不思議とその高揚感は強かったように思えた。
『愛香さん!』
「えーと、ゴールデンウィークの件は、あたしたちもどこにも行かなかったから、許して欲しいんだけど」
『なんの話をしているんですかっ。愛香さん。総二様では、慧理那さんが傷つくのを恐れて、まともな特訓はできません。その辺に転がっている大岩でもポンポン投げつけてやってください!』
「大丈夫なの、それ?」
『大丈夫です、問題ありません!』
ブルーはちょっと考えるそぶりを見せると、辺りを見回した。トゥアールの言う、大岩を探しているのだろうか。岩はそれなりにゴロゴロしている気がするが、ブルーはどうもお気に召さないようで、首を傾げていた
「んー、いい感じのがないわね。ちょっと探してくるわ」
「あ、ああ、わかった」
ブルーの言葉にレッドが答えると、ブルーが跳躍した。武術を修めているという彼女の動きは、とても洗練されているように見え、思わず眼を奪われるものだった。
ブルーを見送ったレッドが、イエローに顔をむけた。
「ちょっと休憩しようか」
「は、はい」
レッドに言われると同時に疲労が襲いかかり、思わず地面に座りこんでしまった。レッドは息ひとつ切らした様子もなく、心配そうにこちらを見ている。
不意に、自分が情けなくなり、イエローは膝を抱える恰好になった。
「イエロー?」
「やっぱりテイルブルーは、かっこいいですわね」
「え?」
「テイルレッドも、テイルブルーに負けないぐらいかっこいいです」
口を衝いて、そんな言葉が出ていた。いつも思っていることだし、何度も言っていることだ。口にすることに、恥ずかしいという気持ちはなかった。
テイルレッドの正体は男子高校生で、闘いに対する覚悟や姿勢が違うのはあるかもしれないが、それでも、雄々しく闘う姿は、テイルブルーとは違う意味で眼を奪われるものだった。
「それに比べ、わたくしは、皆さんに迷惑ばかりかけて、挙句の果てにこの
「イエロー。いや、いまは、慧理那先輩って呼んでいいかな?」
「えっ、あ、はい」
レッドの言葉に、胸が高鳴ったのを感じた。いままでより強い高揚感があった気がした。
「慧理那先輩。俺はそんなかっこいいやつじゃないよ。俺はツインテールと、その、愛香を守るために闘うって決めて、世界はそのついでで守るってやつだし」
「世界より津辺さんを守るというのはわかりますけど、ツインテールはさすがに世界のついででしょう?」
「ついでじゃない。あいつが一番大切ではあるけど、ツインテールも多分、同じぐらいの優先順位なんだ。世界はほんとうについでだよ」
「多分?」
なんとなく、その言葉が気になった。レッドが苦笑し、複雑そうな表情を浮かべた。
「ここで、愛香が一番大切で、ツインテールはその次だってはっきり言えないのが、俺なんだ。骨の髄までツインテール馬鹿なんだ、俺は。あいつとツインテールを、同じぐらい大切だと考えちまってる」
レッドはそこで言葉を切り、ため息をついた。
イエローがなにも言えないでいると、レッドが空を見た。なにかあるのかとイエローも見てみるが、青空と流れている雲が見えるぐらいだった。
「ツインテールを愛する限り。それな、俺と愛香の、友だちの言葉なんだ」
「え?」
レッドに顔をむける。彼女はまだ空を見上げたままで、表情はよく見えなかった。立てばレッドの顔を覗きこめるが、そうしようという気には不思議となれなかった。
『総二様』
「トゥアール。慧理那先輩と桜川先生には、話しておこうと思う。桜川先生も聞いてるんだろ?」
『はい』
『ああ』
レッドは、気遣うようなトゥアールの声にはっきりと答えると、イエローに顔をむけた。
「ドラグギルディの話はしたよね?」
「はい。あの宣戦布告をしてきた、黒い竜のようなエレメリアンですわよね。お二人が倒して、その
「友だちっていうのは、そのドラグギルディのことなんだ」
「えっ?」
『なに?』
あまりにも予想外の言葉に、頭の中が真っ白になった。通信越しに尊が絶句したのがわかった。
「アルティメギルには、世界を侵略するために、ツインテールを拡散させる作戦がある」
「はい。先日お聞きしました」
「うん。その作戦のために、
「はい。テイルブルー誕生の瞬間ですわね」
「そうだな」
レッドが、軽く苦笑した。
「だけど、言ってなかったことがある。俺たちと接触したのは、ドラグギルディ自身だったんだ」
「え?」
「ここまで強いツインテール属性の持ち主がどんなやつなのか、興味を持ったんだと。そしてあいつは、人形を遣って、俺たちと接触した」
「人形、ですか?」
「ああ」
レッドが、そこで口を噤んだ。少しして
「まあ、それで、話したのはちょっとだけだったけど、あいつとツインテールのことで盛り上がってさ。それが、すごく楽しかった。そのあと、去り際にあいつが言ったんだ。おぬしたちがツインテールを愛する限り、再び逢うこともあるだろう、ってさ」
「――――?」
なにか、語られていないことがある気がした。いや、言いたくないこともあるだろうと思い直す。ただ、ちょっとだけ寂しさを感じた。それが、レッドから感じたものなのか、それを話して貰えないことによる自分のものなのか、不思議と判然としなかった。
「そしてテイルレッドになって、その言葉を使うようになったと?」
「ああ。慧理那先輩には、迷惑だったかもしれないけど」
顔が熱くなった。感じたのは、羞恥だった。子供みたいなことを言って、総二を困らせてしまっていたのだと、いまさらながら思った。
「エレメリアンが友だち、ですか」
「俺はそう思ってる。多分、二番目の友だちになるのかな」
「二番目?」
「俺はツインテール馬鹿だからさ、愛香ぐらいしかそばにいてくれるやつがいなかったんだよ。大抵は仲良くなる前に離れていってさ。まあ、いま現在は、ツインテイルズ関係でいろいろ複雑なもんがあるから、しばらく友だちを作るのはいいかなとか思わなくもないけど」
なにかを思い出したのか、最後の方はなんだか疲れたような声だった。
「その友だちを、倒したのですか?」
「ああ。友だちだけど、俺たちは人間で、あいつはエレメリアンだ。俺たちのツインテール属性を喰らいたいって言われた。守ると決めたんなら、ためらうな。我の屍を越えていけ。そんなふうにも言われた。俺たちは、それに応えた」
「こんなことを言うのは不謹慎かもしれませんけど、とてもかっこいいエレメリアンだったのですね、ドラグギルディは」
「変態ではあったけどな」
レッドが再び苦笑した。つられてイエローも苦笑する。
「やっぱり、テイルレッドはかっこいいです」
「そんなことは」
「ありますわ。わたくしは、そう思いました」
確かに、ツインテールを守るという理由だとか、変態であるエレメリアンだとか、そういった言葉だけで考えれば、恰好いいものではないのだろう。
だがそれでも、この人はヒーローなのだ、と感じた。理屈ではなく、その在り方は、ヒーローと呼ぶのにふさわしいものだと、感じたのだ。
「なぜ、そんなことを話してくれたのですか。あまり人に話したくないことだったのでは?」
「そう、だな。わざわざ誰かに話すことじゃないと思ってる」
「では、なぜ?」
「いや、なんて言うかさ、俺たちばっかり一方的に慧理那先輩たちのことを知ってるのは不公平なんじゃないか、ってなんとなく思ったんだ」
律義な人だ、と思った。律義で、誠実な人なのだろう。そんなふうに思う。
「わたくしは、大変な物を託されたのですね」
「そうだな。俺は、慧理那先輩に仲間になって欲しいと思ってるけど、俺の勝手な理由でもある。ここまで付き合わせておいてなんだけど、もしも慧理那先輩がそれを重荷だと言うんなら」
「燃えてきましたわ」
「えっ?」
レッドの言葉を遮って言うと、彼女はキョトンとした。イエローは立ち上がると、レッドの瞳を真っ直ぐ見て、笑みを浮かべた。パチパチと瞬きしていたレッドが、笑みを返した。
ほんとうは、押し潰されそうな気持ちの方が強かった。そんな大切な物を自分なんかが持っていていいのかという、不安の方が大きかった。
それでも、託されたのだ。これでヒーローになれるという自分本位な心が、どこかにあった。それで変身して、情けないところを見せて、迷惑を掛け続けた。
だけど、みんな慧理那を信じてくれた。励まし、いまも特訓に付き合ってくれ、きっと秘密にしておきたかっただろう、ドラグギルディとのことも話してくれた。
これで燃えなくて、いや、魂を燃やさなくてどうするのだ。
「あの、ひとつお話しておきたいことがあるのですが」
「ん、なんだ?」
「実はわたくし、友だちと呼べるほど気の置けない人がおりませんの」
「慧理那先輩は人気者だって聞いたし、俺もそう思ってたけど」
「よくしてくれる人は、確かにたくさんいます。だけど、わたくしはどこかで壁を作ってしまうのです。それを乗り越えて来てくれる人も、いませんでした。勝手ですよね、わたくし」
いままで誰にも言えなかったことだった。言ってしまった、という思いとともに、不思議な解放感と高揚感があった。
『お嬢様がそんなふうに悩んでいらしたとは。気づけなくて、申し訳ありません』
「あ、いえ、尊が悪いわけではありません。わたくしも、表に出さないようにしてましたから」
『ですが』
「よくしていただいていることに不満はありませんし、皆さんのことは大好きです。ただ、ちょっと気になることがあって、それでどうしても構えてしまうのです」
慧理那自身、どこかで人に対して構えてしまうところはある。だが、みんな、かわいいとか言ってくれたり、好意的にしてくれるが、ほんとうに慧理那を見て言ってくれているのか、と思ってしまうことがあった。
「皆さん、まるでマスコットキャラを見てるような」
「あー」
『あー』
『なるほど』
全員が、なぜか納得した。
「そこで納得しないでください、皆さん!」
『しょうがないですよ、慧理那さんはほんとうに愛らしいですから』
『うむ』
『隙あらばペロペロしたくなり待ってください桜川先生冗談ですからカーフ・ブランディングはやめテリイイーーーーーーーーーーーーー!?』
トゥアールの叫びとともに、派手な激突音が聞こえた。
「あの、桜川先生?」
『いや津辺のやつから、トゥアールがろくでもないことを言い出した時、自分がそこにいない場合は代わりに折檻しておいてくれ、と頼まれていてな』
「そ、そうですか」
『あまり折檻をするのはどうかと思うが、さすがにお嬢様に対する不埒な真似を見過ごすわけにはいかん』
「まあ、それはそうでしょうけど」
レッドがため息をついたところで、不意に影が辺りを覆った。
「ん?」
「え?」
「お待たせー」
ブルーの声は、上の方から聞こえた。レッドが見上げ、イエローもそれに続く。
「愛香、ずいぶん時間が掛かっ、た、な?」
見上げながら言ったレッドの声が、どんどん小さくなっていった。同じように見上げたイエローも絶句するしかなかった。辺りを覆った影は、ブルーが原因だった。ブルーがというか、ブルーが持っている物が原因だった。
イエローたちがいるところより、多少高いところにいたブルーは、片手で岩を持っていた。直径は、五、六十メートルはあるだろうか。大岩というか、岩山だった。それを、軽々と持っていた。
「なにしてんだ、愛香」
ほかにも言いたいことがありそうだったが、かろうじてそれだけ口にできたといった感じで、レッドが言った。
「よっ」
『え?』
岩塊を持ったままブルーが、イエローたちの方に飛び降りる。落ちてくるようにしか見えない岩塊が視界いっぱいに広がっていき、ブルーが着地すると同時に目の前で止まった。
イエローの顔が引き攣り、足から力が抜け、ヘナヘナと尻餅をついた。
「いい感じの岩があったから、
「岩っつーより山だろ、それ!?」
「つ、つ、津辺さん、そ、それはっ」
立ち上がろうにも、腰が抜けて立てなかった。腰が抜けるというのは、こういうことを言うのだなあ、と他人事のように思う自分がいた。
岩塊の圧迫感は、凄まじいものだった。いまからそれが自分に投げつけられるのかと思うと、嫌な汗が噴き出てくる。
「会長。ううん。あたしも、慧理那先輩って呼ばせて貰うね?」
「え、あ、はい」
「愛香?」
「ごめん。聞こえちゃってた。聞こえすぎるのも考えもんよね」
「あ、まあ、俺は別にいいけど」
「あ、わたくしも、別に」
テイルギアには、聴力を強化する機能もあるということを思い出した。時間が掛かったのは、自分たちの話を聞いていたからなのだろう。咎める気は起きなかった。多分、愛香にも聞いて欲しいことだったのだ、と思う。
愛香から、慧理那と呼ばれて感じたのは、総二から名前で呼ばれた時と同じ高揚感だった。
「ドラグギルディとのこと、慧理那先輩も聞いたよね?」
「は、はい」
「あたしも、ちょっとだけ話したいことがあるの」
愛香が、かすかに顔を赤くした。
「あたしはね、そーじにふりむいて貰いたくて、ずっとツインテールにしてきたの。けど、想いを伝える勇気を持つことが、ずっとできなかった。ちょっとでもいい。自分から伝えなきゃ、なにも変わらない。そう思っても、勇気を出すことができなかったの」
「愛香」
「勇気を出すきっかけは、あいつに逢って、最初に変身しようとした時。そーじは、あたしのこと、ちゃんと大切に思ってくれてたんだ、っていまさらみたいにわかってね。考えてみれば、当然のことだったのにね」
ブルーの顔も赤くなっていたが、レッドも顔を赤くしていた。
「だから、えーと、あたしだって、全然かっこよくなんてないのよ」
「そんなことありませんわっ」
近しいからこそ、言えないことだってあるだろう。ずっと一緒にいたからこそ、関係が壊れるのがこわかった。だが、そんなこと、こわがって当たり前のはずだ。なにがきっかけであろうと、自分から一歩進む勇気を持てた愛香が恰好悪いなどと、誰が思うものか。
ブルーが、照れくさそうに笑った。
「ありがと、慧理那先輩。――――慧理那先輩、そのさ、仲間ってだけじゃなくて、友だちにならない?」
「え?」
「そう、だな。俺も、慧理那先輩と友だちになりたい」
『お二人ばかり抜け駆けはずるいですよ。もちろん、私もです』
「変なことするんじゃないわよ、トゥアール?」
『もちろんです。ですが慧理那さんには、まだまだわからないこともたくさんあるでしょう。個人授業をしても問題ないはずですよね。ウヘヘ』
「桜川先生」
『うむ』
『ちょっ、待っテキサスクローバーホールドはああああああああああギ、ギブ、ギブ、ギブ、ギブアッ』
胸に温かいものが広がっていくのを感じながら、自分を縛る鎖のようなものが、少しずつ解かれていくような感覚を覚えた。
「ただな、愛香」
レッドが、半眼になった。
「ん、なに?」
「せめてその凶器はどこかに置いておけよ!? そんなもん持ったまま友だちになろうとか言われても、脅されてるようにしか見えねーよ!?」
イエローがどうにか見ないようにしていたことに、レッドが猛烈な勢いでツッコミを入れた。
ブルーにそんなつもりはないのはわかっているし、他意なく慧理那と友だちになりたいと思ってくれているのだろうこともわかる。しかし、巨岩のインパクトは、いろいろなものを押し潰すものではあった。
「凶器って。いや、だって、いまからこれをぶん投げるんだから、わざわざどっかに置いておくのも手間でしょ?」
「見た目を考えろよ!? おまえがこっちに降りてきた時、普通にビビったぞ!?」
「こんなことでビビってどーすんのよ。物理的なダメージならテイルギアが守ってくれるって信じろって、そーじも言ってたでしょ?」
「だからってそんなでっかい岩の塊がこっちに迫ってきたら、さすがにビビるぞ!?」
お互いに物怖じせず、言い合っている。慧理那には、まだあんなふうに言えそうにはない。だけど、いつか、気兼ねなく言い合えるようになりたい。
「わたくしも、友だちになりたい、です」
ブルーとレッドが言い合いをやめ、こちらに顔をむけた。二人で、やわらかく微笑む。
「よろしく、慧理那先輩」
「よろしくね、慧理那先輩」
はい、と慧理那は頷いた。
よーし、とブルーが気を取り直したように声を上げた。
「じゃあ、いまからこれをぶん投げるから、見事に破壊してみなさい。できなければ、死ぬわよ!」
「って空気に流されてたけど、いきなりそんなもんぶん投げようとすんなよ!? もっと小さくてもいいだろ!?」
「いえ、構いません」
抜けていた腰が、戻っていた。ゆっくりと立ち上がる。
「あと少し。あと少しで、なにかが見える気がするのです。観束君がわたくしに気を遣ってくれるのは嬉しいですけど、それに甘えてはいけないと思うのです」
「いや、だからといって、このサイズはどうかと思うが」
「よく言ったわ、慧理那先輩。それでこそよ」
「愛香。おまえ、なんかノリが違うっていうか、たまに脳筋になるよな」
「そうかしら。ま、それはそうと、続きをやりましょ」
『ちょっといいでしょうか』
「ん、トゥアール、どうした?」
『試して欲しいことがあります。私の推測が正しければ、慧理那さんがテイルギアの力を完璧に発揮するためのきっかけになるはずです』
「ほ、ほんとうですの?」
『へのつっぱりは、いりませんよ』
「言葉の意味はわからないが、とにかくすごい自信だ」
『ここで慧理那さんの方に話すと効果が薄くなるかもしれませんので、一旦慧理那さんの通信だけ切りますね」
「は、はいっ」
レッドとブルーが頷き、イエローから若干距離をとると、うしろをむいた。ブルーは、いまだ巨岩を持ったままだが、もう気にしたら負けだ、と自分に言い聞かせる。
トゥアールの声は聞こえないが、二人の受け答えだけは、かろうじて聞こえてきた。
「さっきから、似たようなことは言ってたはずだけど」
「だからこそ、もうひと押し?」
「なんでかしら。なんか、やな予感がしてきたんだけど」
「まあ、やってみるよ。――――え、やってみるよでは駄目です、必ずやって貰わなければなりません?」
「あー、うん。わかったわ」
話が終わったのか、二人がこちらにむき直った。巨岩を見据える、と思ったが、大きすぎて、どこに焦点を合わせたらいいかわからないため、ブルーを見ることにした。
ブルーとレッドがお互いの顔を見て頷き合い、イエローに顔をむけた。
二人が、大きく息を吸いこんだ。
『慧理那あああああああああああああっ!!』
「っ!?」
二人から、同時に、強く呼ばれた。その声に、いままでに感じたことがないほどの、強い胸の高鳴りを覚えた。
「ほんとうのおまえを、俺たちに見せろおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「あなたのすべてを、あたしたちに見せなさあああああああああああああああい!!」
ブルーが、巨岩を放り投げた。
世界が、ゆっくりに見えた。巨岩が徐々に迫ってくる。
ドクン、と鼓動が鳴った。なにかが、自分の心を縛る鎖を解こうと、いや砕こうとしている。
違う。自分で砕くのだ、という声が聞こえた気がした。
心のままに生きよ、と言われた気がした。
おまえはどう在りたいのだ、と問われた気がした。
いや、そんなもの、決まっているな。
そうだろう、『テイルイエロー』。
「っ!」
イエローは、背中の方に手を伸ばした。
*******
巨岩を放り投げると同時に、それにかけていた
トゥアールと慧理那を信じていないわけではないが、しっかりと対処できるようにしておくのは当然のことだ。目を皿のようにして、ブルーはイエローの動きを見つめる。
トゥアールから言われたのは、強く慧理那と名前を呼び、そのうえで、すべてを見せろと命令してください、とのことだった。
なぜか激烈に嫌な予感がしてきたのだが、慧理那のためだと納得し、言われた通りに命令したつもりだ。
「っ」
巨岩は、もうイエローにぶつかろうとしている。
まずい、と思ったところで、イエローが動いた。手をうしろに動かし、背負っていたバックパックから下に突き出している筒、陽電子砲を掴むと、脇の下を通すようにして躰の前面に稼働させ、筒の側面から出ていたグリップを握り、トリガーを引いた。
「あっ!」
「おお!」
二筋の光線が、巨岩を貫いて空に走った。巨岩はその衝撃で、粉々に砕け散っていった。
トゥアールいわく、イエローテイルギアの内臓武装の中で最大の威力を誇る、陽電子砲。直撃すれば、幹部級のエレメリアンでもただでは済まない威力であるという。その説明に
イエローが、テイルギアの力を引き出した。それが、はっきりとわかった。
バシュウ、と音を立て、陽電子砲が背中からはずれた。パージされた陽電子砲が地面に落ちて鈍い音を響かせる。砲は、地面にめりこんでいた。
イエローが、粉々になった岩だった物を見つめ、眼をパチパチとさせた。
「えっ」
自分でも信じられないのか、イエローが不思議そうに声を洩らした。
「わたくし」
「やったな、慧理那!」
「やったわね!」
『ふふふ、やっぱり。さすが私です』
『やりましたね、お嬢様!』
全員で口々に言うと、イエローはだんだん実感が湧いてきたのか、微笑みを浮かべた。
「嬉しいですわ、観束君、津辺さん」
「ああ、俺も嬉しいよ」
「うん。よかったあ」
よかった。ほんとうにそう思う、のだが、なぜか心のどこかが警鐘を鳴らしている気がした。取り返しのつかないことをしてしまったという思いが、どこかにあった。言ってみれば、永遠に監視し、封印しなければならない禁忌の扉を開いてしまったような。
「わかったことがありますの。わたくしはきっと、長い間、あなたたちを待っていたのだと」
「え。あっ」
「そういうこと、なのかしら?」
トゥアールが指示してきたことも
気の置けない存在、友だちと思える人がいなかったという言葉。さまざまな人が期待を懸けながらも、むけてくる視線は、愛玩動物やマスコットキャラクターに対するものだと、慧理那はなんとなく感じていた。『会長』ではなく『神堂慧理那』としての自分を見てくれる人たちを、ずっと待っていたということなのだろう、とブルーは思った。
きっとそのはずだ。だというのに、言葉にできない部分で、なにかがおかしいという気がし続けている。
「観束君、津辺さん、もっと、見てください。わたくしをっ」
「わかったよ。じゃあ、もっと見せて。慧理那のほんとうの姿を」
ハアハアと息を荒らげ、頬を赤くするイエローにレッドが言うと、さらに彼女は顔を赤くし、息を荒くした。感極まったのだろう、と思いたいのだが、なんだか恍惚としている気がした。
「ええ、お見せしますわっ。わたくしの、すべてをっ。全部、全部見てくださいましっ!!」
「おおっと!?」
いきなり胸部装甲が開き、大型ミサイルが二発、発射された。頼りない軌道を描き、不発に終わった昨日と違い、すさまじい速さでこちらにむかってくる。
散開し、ブルーとレッド、それぞれに一発ずつ飛んでくることを見て取ると、全力で駆けはじめる。ブルーの脚力に負けない、いや上回るスピードだ。直線だけでなく、ジグザグや、円を描くようにして逃げてみるが、いずれの動きにも対応するぐらい、高い追従性だった。
ある程度駆け回ったところで、ウェイブランスで斬り落とし、飛び退いた。大きな爆発が起きる。レッドの方を見てみると、あちらも同じ行動をしたようだった。二人で頷き合い、イエローにむき直った。
ブルーたちが見るのを待っていたように、イエローの胸の装甲がパージされ、地面に落ちた。たゆん、と揺れるその胸に、ちょっとだけイラっとした。
「まだっ、まだですわっ」
肩からバルカン砲が出現し、撃ち出される。地面に着弾し、砕けた砂利によって、あたりが砂煙に包まれた。
「完璧にテイルギアを使いこなしてる。いいぞ、慧理那!」
「あっ。う、嬉しい、ですわぁっ!」
イエローが、なぜか肩部装甲をパージした。砂煙で若干視界は悪いものの、シルエットからして間違いないだろう。
「ん?」
「え?」
『お嬢様?』
『きた。ビンゴです』
ブルーたちが戸惑いに声を洩らすなかトゥアールだけは、予想通りと言わんばかりの声だった。地球のあらゆるところに張り巡らされた禁断の力の扉の鍵穴を開けたような、そんな感じだった。意味はよくわからないが。
「うふふっ、見てくださいまし、観束君、津辺さん。わたくしを、ほんとうのわたくしをっ。――――慧理那を見て、御主人様ぁ~~~~~~~!!」
『ちょっと待てえええええええええええええ!?』
『お嬢様ああああああああああああああああ!?』
トゥアールを除く全員で、イエローにむかって叫んだ。イエローは気にするどころか、さらに顔を恍惚とさせ、身に纏う武装を次々に展開していく。
先ほど放った武装同様、昨日とは比べ物にならない威力の火器に、轟音が轟き、辺りの地形が変わっていく。
それだけならまだいい。いや、よくはないが、それに輪をかけて問題なのは、撃った
「隠して、慧理那っ。駄目だー!?」
「止まって、慧理那ー!?」
『お気を確かに、お嬢様ー!?』
「嫌ですわ! もっと見てくださいまし! わたくしを、ほんとうのわたくしをっ!!」
『――――ッ!?』
もはや、惨状としか言えなかった。イエローが嬌声を上げ、彼女ともうひとりを除く面々が、絶望と嘆きの叫びを響かせる。
『やっぱり! やっぱりーっ! 絶対そうだと思ってたんですよ! 大当たりです!』
『トゥアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーーーーーールッ!!』
ひとりだけはしゃいでいたトゥアールに、ブルーたちは大声を上げた。
「説明しろ、トゥアール!」
「あんた、こうなるって気づいていたわけ!?」
『お嬢様はどうしてしまったんだ!?』
『わかりました。
『どこ!?』
『まず、慧理那さんはなぜ、テイルギアの力を発揮できなかったのか。少なくとも変身できるだけのツインテール属性を持っていながら、どうしてそのような事態になってしまったのか』
爆音が轟くなか、トゥアールが淡々と説明をはじめた。
『慧理那さんの正義感は偽物ではありません。ヒーローになりたいという個人的なものは確かにありましたが、それは責められるものではないでしょう。個人的な思いであっても、ヒーローのようにみんなを守りたいという思いは、間違った思いではないはずです』
「あ、ああ」
「それはいいけどっ、いまの状況はなに!?」
『慧理那さんが力を発揮できなかったのは、もうひとつの想い、自分がどう在りたいか、いえ、こう在りたいという自分があって、そのために、ある人にいて欲しい、という自身の心の叫びを押し殺していたからだと推察されます。心が、半分だった。それによってツインテール属性が正しく回らず、変身する力だけにしかならなかった』
「ありのままの自分を見てくれる人を待っていたってことだよな!?」
『言葉だけで言えばその通りです。慧理那さんは『見る』というか『見せて』という類の言葉に反応していたようでしたが、そういった対象を求めていたのは間違いないでしょう。気になったのは、その際に妙に興奮していたことです。名前を呼ばれた時、その興奮はさらに強くなっていきました。そこで私は、直感的に閃いたんです。キュピーン、と頭に電球が点いたようでした』
トゥアールが、溜めた。武装を撃ち尽くしたのだろう、イエローは息を荒らげたまま立ち尽くし、ブルーたちを見ていた。イエローの眼は、甘く蕩けているように見えた。
イエローが纏っていた装甲はすでになく、ほとんどアンダースーツのみとなっている。ブルーのスーツもだいぶ露出度は高いが、イエローのスーツはそれ以上で、肩を覆いはするものの胸もとでクロスするようにして胸を隠す部分に、紐パンのようなパンツと、グローブしかない。ブルーよりもプロポーションがいいのはムカッとしなくもないがそれ以上に、この姿ではお茶の間に放送するのは厳しいのではないだろうかと、どうでもいいことが頭に浮かんでくるほどだった。
トゥアールが、カッと眼を見開いた気がした。
『慧理那さんが求めていたのは、友だち以上に御主人様だったのだと!!』
『そこで止めろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?』
トゥアールののたまう結論に、イエロー以外の全員が叫んだ。
「俺と愛香に対してなのは!?」
『お二人が、慧理那さんにとってのヒーローだからではないかと。私が言ってもそこまでの効果はなかったようですし。私に対してだったら、いろいろと都合がよかったんですけどね。グヘヘ』
「桜川先生!」
『うむっ!』
『いや待ってください、みなさん。みなさん、慧理那さんがほんとうのヒーローになるのを望んでいたじゃないですか。私はそのために私のできることをやっただけであって、責められるものではないはずですからこんな高さと長い滞空時間からのブレーンバスターはやめええええええええええええええええええ!?』
通信越しに豪快な激突音が聞こえたところで、ハッと採石場の入り口に眼をやる。ブルーの動きに気づいたのか、レッドも同じ方向に眼をくれた。
複数人の人たちが、こちらにむかっていた。カメラを持っている人までいる。聞こえてくる彼らの会話から、爆発音を聞きつけたのだと気づく。
「やばいっ、えり、いやイエロー、撤しゅ、うっ!?」
「ってなにその笑顔!?」
撤収とレッドが言おうとしたところで、イエローが蕩けた笑顔を浮かべて、ブルーとレッドの方に駆けてくる。
「御主人様ァ~~~~~~~~~ンッ」
イエローの痴態に、カメラマンたちが硬直していた。
******
特訓が終わり、正気に戻った慧理那が、観束家のテレビで夕方のニュースを茫然と見ていた。ほとんど毎日やっていると言っていい、ツインテイルズ関連の報道がされている。
『御主人様ァ~~~~~~~~~ンッ』
「まあまあ。慧理那ちゃんったら」
装甲をすべてパージし露出度最大状態になったテイルイエローが、眼を血走らせてテイルレッドとテイルブルーに迫るという映像を見て、母未春が困ったように笑っていた。思わず総二はため息をつく。
『しかし、このテイルイエローですが、ほんとうに大丈夫なのでしょうか?』
リポーターが、なんとも言えない複雑そうな表情で言った。大丈夫というのは、なにに対してのものなのだろうか、となんとはなしに総二は思う。
『確かに心配ではありますが、テイルブルーとテイルレッドが、ちょっと特訓で興奮してしまっただけなので、あまり悪く言わないであげてください、と言い残して去っていったそうですので』
『はあ』
イエローのことはそれっきりで、あとはレッドとブルーのことばかりだった。あえて触れないようにしているのが
眼を血走らせた露出度の高い女が、嬌声を上げてレッドとブルーに迫っていくなどというとんでもない映像が流れてしまったのだ。非難の声を向けられていないだけマシというものなのだろう、と総二は自分に言い聞かせるようにして思った。レッドとブルーがなにも言わなかったら、そうなっていたかもしれない。そんなふうにも思う。
「わ、わたくしっ」
いまにも泣き出しそうなほど眼を潤ませた慧理那を、尊が優しく抱き締めた。
「み、尊っ、わたくしっ」
「お嬢様、いまはなにも言う必要ありません。泣きたければ、泣いていいんです」
「尊っ」
「慧理那さん」
「トゥ、トゥアールさんっ、わたくしは」
「わかります。わかりますよ」
尊と慧理那を包むように、慈悲深い微笑みを浮かべたトゥアールが、二人を抱き締めた。
「わた、わたくしはっ、ヒーローにっ、皆さんを守り、皆さんに愛されるヒーローを目指して、や、やっとなれたと、思ってたのにっ」
「だ、大丈夫です、お嬢様はヒーローですから!」
「見られてぞくぞくしますもんね! 憧れのあの人に見られてるとか思っちゃうと、ますます興奮しますし! 興奮して脱ぎたくなっちゃったんですよね!?」
涙で頬を濡らしていた慧理那の躰が硬直した。尊も顔を引き攣らせている。
『トゥアールッ!』
「待ってください、総二様、愛香さん。大事なことです」
『え?』
さすがに看過できないと声を上げた総二と愛香に対し、トゥアールが一転して真面目な顔で答えた。トゥアールの言葉に、母以外の者がキョトンとした。
「ああ、なるほど。一応、特訓は成功したってことかしら、トゥアールちゃん?」
「ええ。皆さんの期待したかたちではなかったかもしれませんが、テイルギアの力を完璧に発揮するという特訓の目的は、間違いなく達成されました。慧理那さん。正直に答えてください」
「は、はい」
「気持ちよかったですよね?」
「っ!」
慧理那が、躰を震わせた。恥ずかしそうに身を縮こませ、顔をうつむかせる。
トゥアールが、辛抱たまらんとばかりに身悶えしはじめた。
「フォオオオオオオオオオオ、鎮まりなさい私の右腕っ、恥ずかしがってる慧理那さんめっちゃかわいいですけど、いまは我慢しなさい、ジャバウォックッ。さあ慧理那さん、恥ずかしがらずにっ!」
「言えるかああああああああああああああああああ!?」
怒りの咆哮を上げた愛香が、クネクネして涎を垂れ流すトゥアールに組み付いた。
愛香はトゥアールを上下逆さまにしながら、彼女の頭を肩口で支えて担ぎ上げるようにして抱え上げると、トゥアールの両足を掴み、跳躍した。
「あ、あの技は、
「四十八の殺人技あああああああああーーーーーーーーーー!?」
尊が驚愕し、トゥアールが謎の悲鳴を上げると同時、尻餅をつくようにして愛香が着地した。
「――――がはっ」
愛香が、苦悶の声を洩らしたトゥアールから手を離す。トゥアールの躰が床に落ちていき、そのままダウンした。ゴングが鳴り響く錯覚を覚えながら、総二は今日何度目かわからないため息をついた。
「よかった、です」
「っ!?」
小さな呟きに、総二は反射的に顔をむけた。慧理那が、モジモジとしながら、顔を真っ赤に染めていた。羞恥だけではなく、どこか悦んでいるようにも見える。尊が愕然とした表情で慧理那を見ているが、自分も同じような顔をしているだろうことは、鏡を見なくてもわかった。
「気持ちよかった、です」
「――――」
慧理那のかすかな呟きに、総二は口から魂が抜けていくような感覚を味わった。意識が遠のきかける。
まさか、このようなことになるとは思わなんだわ、という声が聞こえた気がした。
***おまけ(少々下品なので閲覧にはご注意ください。また、本編ではありません。多分)***
――輝き――
ところで慧理那さん、とトゥアールに呼びかけられた。
「はい。なんでしょうか、トゥアールさん?」
「エクセリオンショウツの説明ですけど」
「え」
ドキリ、と胸が鳴った。
「トゥアール。あんたね」
「えーと、その、戦闘には直接関係のない機能だし、わざわざ説明することはないだろ?」
愛香と総二は難色を示していた。ドキドキと慧理那の胸が鳴り続ける。
「フフフフフ、直接関係ないと言えばそうかもしれませんが、無関係ということはありませんよね。それこそ心臓が飛び出るぐらいびっくりしたような時は、思わずやってしまうこともあるでしょう。ねっ、慧理那さん?」
「っ、は、はい、そうですわね!」
「え?」
「うん?」
「っ!」
反射的に答えてしまい、ハッとする。
「ご、ごめんなさい、皆さん。今日はお
「わかりました、お嬢様。では、みんな、失礼する」
「それでは、また」
「あ、はい。また」
改めてお辞儀をし、尊とともに帰宅の
ばれてしまっただろうか。おそらく、トゥアールは気づいていたのだろう。羞恥に顔がどんどん熱くなってくる。
エクセリオンショウツの機能。空欄になっていた理由がわかった。あれは確かに、説明として文書にしておくのは抵抗があるだろう。
ブルーが巨岩を持って降りてきた時、潰されると思った。それが目前で止まり、腰が抜けてしまった時、やってしまったのだ。
しかし特に濡れもしなかったことから、ふっとあることが頭に浮かんだ。これが、エクセリオンショウツの機能だったのかと。
恥ずかしい。穴があったら入りたいほどに恥ずかしい。だけどなぜだろう。
不思議な気持ちよさが、慧理那の中にあった気がした。
解き放たれたものは、いろいろヒドイものだったという話。
テイルイエロー覚醒。ようやくここまで来ました。
テイルイエローにはアギトとキバの曲が似合う気がする。気がするだけかもしれない。とりあえず絵面はだいぶ、っていうか限りなくヒドイものができるとは思う。
しかし五、六十メートルの岩塊に潰される時の衝撃力ってどれぐらいあるもんなんだろうか。
先輩。
『会長』よりは距離が近づいてる気がしないでもなくもない。
ジャバウォック(魔獣)。
ほかに『騎士』『白兎』『ハートの女王』がいる、わけではない。多分。
カーフ・ブランディング。
直訳で『仔牛の焼き印押し』。
背後から相手の頭を掴み、片膝を後頭部に当てた状態で前方に倒れこむことで相手の頭をマットに叩きつける荒技。バランスをとるのが難しく、いろんな意味で危険な技。
テキサス・クローバーホールド。
和名は『四つ葉固め』。『テキサス式四つ葉固め』などとも呼ばれる。
仰向けにした相手の片足を脇に抱え、もう片方の足のすねを脇に抱えた足の膝裏に当てるようにして通し、相手の太腿の上でクラッチ。そのまま相手を跨ぐようにしてうつぶせにし、そのまま逆エビ固め(ボストンクラブ)のように絞り上げる。文字にすると説明がしにくい。
相手の頭を左腕で捕獲。同時に頭を相手の左肩下に潜りこませる。
両腕の絡みを強固にして、大地の巨木を引き抜く心構えで敵の躰を高くさしあげる。そして、両内腿を押さえ、相手の自由を奪ってしまう。
このまま鷹のごとく高く舞い上がり、稲妻のごとき勢いで敵をマットに叩きつければ、首、背骨、腰骨、左右の大腿骨の五ヵ所が粉砕される。
これぞ、四十八の殺人技のひとつ、『五所蹂躙絡み』。
またの名を、『キン肉バスター』という。
『二世』で『キン肉族』四十八の殺人技になっていたのはなぜなんだ。