原作八巻読みました。
愛香さん、ヒロインにして、ヒーロー。
本当に、素晴らしい。
二〇一六年一月十三日修正
フォクスギルディと戦い、総二に押し倒された日の翌朝。愛香が台所に行くと、恋香の姿があった。
お互いに挨拶をしたあと、顔を少しうつむかせた恋香が、口を開く。
「愛香。昨日はごめんね、邪魔しちゃって」
「だ、だからいいってばっ。ちゃんと謝ってもらったし」
「うん、ありがとう、愛香」
申し訳なさそうに言ってくる恋香に、愛香は慌てて言葉を返す。微笑みながらも、まだ少し気にしている様子の恋香を見ながら、愛香は昨日のことを思い出し、顔が熱くなった。
もうちょっとで総二にキスしてもらえたのに、という思いは確かにある。だが、総二に抱き締めてもらえたうえに、頭までなでられて、髪にキスまでしてもらえたのだ。うぬぼれでなく、間違いなく総二は、愛香のことを意識してくれていると思えた。そのことで心に余裕ができているため、恋香たちを怒る気は起きない。
それより、いったいどんな顔をして総二と会えばいいのだろう、と愛香は思った。
思ったが、だからといって避けたりしたら、総二はきっと傷つくだろう。それに愛香自身、総二を避けることなどしたくない。いや、いつだって総二と一緒にいたい、と愛香は思っている。
悩みながらも朝食を終え、食器を片付ける。
愛香が部屋に戻ろうとしたところで、恋香が微笑みながらも不思議そうに、言葉を紡いできた。
「だけど、ほんとにびっくりしちゃった。総くん、ツインテールにしか興味ない感じだったのに、愛香のこと押し倒しちゃうんだもん。なにかあったの?」
「え、えっと、その、い、いろいろっ?」
「いろいろ?」
「う、うん」
愛香の答えに恋香が首を
愛香が少しでも素直になったことでなのか、自分だけを戦わせていることからなのか、それとも別の理由なのか。
いずれにしても、いきなり押し倒されたのは確かに驚いた。そして、それ以上に、嬉しさがあった。
昨日のことを思い出し、顔が熱くなってきたところで、恋香が自身の長い髪をすくい、苦笑しながら口を開いた。
「でも、姉さんももう二十歳になっちゃうし、その前にツインテールにしてみたいなあ」
「っ、だ、駄目っ!」
からかわれているのはわかるが、恋香の言葉に強い焦燥を覚え、思わずすがりつくような声を上げてしまう。姉は、舌をチロっと小さく出し、いたずらっぽい笑みを浮かべた。こんな仕草が似合うのも、愛香には羨ましかった。自分がやっても似合わないだろうし、なにより気恥ずかしい。
「大丈夫よ。愛香が総くんとちゃあんと結ばれるまでは、ツインテールにしないって約束だったものね」
「や、約束って」
「ふふ。だって、とっても可愛くって、いまでもはっきり覚えてるもの。お姉ちゃんがツインテールにしたら、そーじとられちゃうからやだぁ、って」
「ま、また、そんな子供の頃の話ぃ」
おねしょのことを話題にされるよりもある意味恥ずかしい、子供のころの思い出を持ち出され、さっきとは違う意味で顔が熱くなった。
ただ、姉がツインテールにすることに、不思議と強い危機感を覚えるのだ。恋香が言った通り、総二をとられてしまうのではないか、という恐怖に似た思いのためだが、それは姉だけではなく、年上の女性のツインテールみんなに言えることだった。
愛香が憶えているかぎり、身近でツインテールにしている者はいなかったはずなのだが、物心つく前に、そんな誰かと会っていたのだろうか。
「その時の愛香、おばさんが写真に撮っててねっ、私にくれたの。宝物よ」
「未春おばさんはほんっとに、もうっ」
弾むような調子で返された姉の言葉を聞いて、恥ずかしさに愛香が頬を膨らませると、恋香は楽しそうに微笑み、優しく声をかけてくる。
「ふふ、ごめんね」
「お姉ちゃんこそ、彼氏作らないの?」
「そう、ね。愛香と総くんが無事に恋人になったのを見届けたら、かな」
恋香の言葉に、愛香の顔がまた熱くなった。姉は微笑みを崩さず、言葉を続けてくる。
「ふふ、きっとそう遠くないわね。そうなったら、姉さんも本気だしちゃおっと」
「う、うん。ありがとう、お姉ちゃん」
気を遣われていることに対して申し訳ない気持ちもあるが、恋香のその思いやりに感謝の思いが湧きあがる。
「でも、ほんとうに早いよね。屈んで頭をなでなでしてあげてた、あのちっちゃな総くんが、もう私より背が高くなっちゃって」
「そう、だね」
感慨深そうに紡がれる恋香の言葉に応えると、胸に手を当て、瞳を閉じる。幼いころからずっと一緒にいた、一番大好きな人、総二の姿を思い浮かべた。
彼も、自分も、もう子供ではないのだ。応援してくれている姉のためにも、がんばらなければ。
「――――てあげなきゃ」
「ん?」
恋香が、なにかを呟いたような気がした。別の頭がどうとか聞こえたように思えたが。
眼を開くと、恋香の顔を見て、問いかける。
「お姉ちゃん、なんか言った?」
「うん。愛香が早く総くんと恋人になれますように、って、お祈りをね」
「も、もうっ」
恋香の返事に、再び顔が熱くなる。
とにかく総二に会いに行こう。
よし、と気合を入れ、愛香は自分の部屋に戻った。
朝か。
眼を開き、外の光を見て、ぼんやりと総二はそう思った。
時計を見ると、いつも起きる時間より、いくらか早かった。昨晩はなかなか寝つけなかったこともあり、眠気がまだある。
もともと総二は朝に弱く、寝坊する時もある。そんな時は、愛香に起こされるのだ。
「うおおおぉぉぉ―――」
愛香のことを考えると同時に、昨日、彼女にしたことや、しようとしたことを思い出し、恥ずかしさに体が熱くなった。顔を両手で覆い、ベッドの上をゴロゴロと転がる。夜、寝つけなかったのも、そのことをなにかと思い出してしまっていたためだ。
どんな顔をして会えばいいのだ、と思うとともに、抱き締めた時の愛香の感触や、上目遣いにこちらを見上げる彼女の姿を思い出し、さらに身悶える。だが、愛香を避けることなどしたくない。それどころか、いますぐにでも会いたいと思う自分がいる。
そこでふと、あることに気づき、体がピタリと止まった。考えてみれば、本人の了承を得る前にツインテールにキスしてしまったが、気持ち悪いとか思われていたりしないだろうか。あのあと、瞳を潤ませていたのは、嫌だったからではないだろうか。いや、愛香が本気で嫌がっていたら、あんなことさせるはずがない。さまざまな考えが、脳裏をよぎっては消えていく。
「そーじ?」
「うおおおおおッ!?」
突然聞こえた愛香の声に驚いた総二は、文字通りベッドから飛び上がった。自分でもどうやったのかわからないが、空中で回転して、どうにか片膝をつく体勢で床に着地する。
その体勢のまま、声のした方を振り返ると、予想通り愛香の姿があった。呆気にとられたように、眼をパチパチと
恥ずかしさを押し隠しながら立ち上がり、愛香とむき合う。
「お、おはよう、愛香」
「あ、うん、お、おはよ、そーじ」
口ごもりながら挨拶をすると、愛香がハッとした様子で返してくる。悶えている姿を見られてしまったのだろうかと考えると、さらに恥ずかしくなった。
顔を赤くしたまま愛香が、心配そうに話しかけてくる。
「え、えっと、そーじ、どうしたの?」
「えっ、な、なにがだ?」
「さ、さっきベッドの上で悶えてたし。か、顔が赤いから、その、もしかして具合が悪いとか」
「い、いや、昨日、愛香にしたこと考えてたら、っじゃなくって!」
思わず口走りそうになり、なんとかごまかそうとするが、しっかり聞こえていたのだろう。愛香の顔が、さらに赤くなった。
聞くのが怖いが、聞かないままにしておきたくはない。意を決して、総二は愛香に問いかけた。
「な、なあ、愛香。昨日、おまえのツインテールにキスしちゃったけどさ。い、嫌だったか?」
「え、い、嫌なんかじゃ、全然ないよっ!」
「ほ、ほんとうか?」
「う、うん。む、むしろ、すごく嬉しかったし」
「そ、そうか。よかった」
愛香から返された答えに、ホッと胸をなでおろす。
モジモジとしながら、愛香が話しかけてきた。
「よ、よかった、って?」
「そ、その、愛香に許可貰う前にあんなことしちまったから、もし愛香が嫌だったらどうしようって」
「そ、そうなんだ」
そこで、顔をうつむかせた愛香が、少し考えこむ様子を見せた。うん、と意を決した様子のあと、こちらに近づいて上目遣いに見上げてくる。
「あ、あのね、そーじ。あ、あたしは、そーじがしてくれることなら、なんだってうれしいから」
「愛香」
一昨日にも言ってもらった言葉に、昨日と同じく彼女への愛しさが湧き上がってくる。
「あ、そーじ」
「あっ」
恥ずかしそうな彼女の声に、我を取り戻す。気がつくと、昨日と同じように愛香を抱き締めていた。
昨日はあまり意識しなかったが、彼女の体の感触に、胸がドキドキしてくる。鍛えているためだろう、ハリのようなものはあるが、それも適度といえるほどで、むしろほどよい柔らかさがあった。
体が熱い。だが、愛香を離したくなかった。抱き締めた腕に力をこめる。
「そ、そーじ?」
「い、嫌か、愛香?」
「―――ううん、嬉しい」
愛香に恐る恐る問いかけると、否定の言葉のあと、ほんとうに幸せそうな声が返され、体を預けられる。総二もまた、嬉しくなり、片手で抱き締めたまま、彼女の頭を、時にツインテールをなでる。愛香の口からどこか恍惚とした吐息が漏れ、総二の体はさらに熱くなった。
愛香は、こんなに可愛かったのだろうか。ずっと一緒にいたはずの幼馴染みが見せる、はじめての反応にそう思うとともに、総二の頭がますます熱くなってくる。
気がつくと総二は、昨日と同じように、愛香をベッドに押し倒していた。
愛香は少し驚いた様子だったが、すぐに微笑みを浮かべた。愛しさが、ますます強くなる。
「そーじ」
「愛香」
互いに名前を小さく呼び合ったあと、愛香が瞳を閉じた。心臓が、跳ね上がる。彼女に、キスをしたい。衝動に身を任せ、顔を近づけていく。
おまえら、学校はどうするんだ、という声が聞こえた気がしたが、躰が止まらない。
愛香の顔が、間近に迫った。
「うおっ!?」
「きゃっ!?」
昨日と同じくらいの距離まで顔が近づいたところで、ドン、というなにかを叩くような音が聞こえ、慌てて愛香から身を離す。壁、ではない。いまの音は、天井から聞こえた気がした。上を見るが、そこには天井しかない。いや、なにかがいたらむしろ怖いが。
愛香の方を見ると、彼女は窓から出て、屋根の上を見ているようだった。
少しして総二の部屋に戻った愛香は、顔を赤くしながら、恥ずかしそうに口を開いた。
「だ、誰もいなかったわ」
「そ、そうか」
愛香に負けないくらい、自分も顔が赤くなっていることだろう。愛香が言ってくれた通り、嫌なわけではなさそうなのは嬉しいが、気恥ずかしいのは同じである。
「え、えっと。が、学校行かないとねっ!?」
「そ、そうだなっ!?」
恥ずかしさをごまかすように大きな声を上げる愛香に、総二も同じように返事をする。
さっきの続きをしたいという気持ちもあるのだが、いろいろな意味でハードルが高い。むしろ、また身悶えしたくなっているほどだ。
愛香が部屋の外に出たあと、悶えたくなるのを我慢して、すぐに着替える。大して時間をかけずに着替えを終えると、扉を開けて愛香とともに食卓にむかう。台所には当然ながら、母、未春の姿があった。
総二たちの姿を認めた母は、顔を曇らせ、うつむかせた。
総二は、愛香と顔を見合わせた。母のことだから、からかってくると思ったのだ。昨日の夕食の時は、邪魔したことを謝ってきただけで特になにも言われなかったが、おそらく愛香と一緒にいる時に言うつもりなのだろう、と総二は考えていた。それが、この反応である。困惑するしかなかった。
母が、顔をうつむかせたまま、口を開いた。
「おはよう、総ちゃん、愛香ちゃん。昨日はごめんなさいね。邪魔しちゃって」
「お、おはよう。い、いや、別に」
「お、おはようございます。そ、そうですよ、そんな気にしなくても」
「でも」
「き、昨日も謝ってもらったしさ。チャンスはこれからも、ってそうじゃなくてっ」
思わず口が滑り、それを聞いたことでだろう、愛香の顔が赤くなった。総二の顔も、やはり熱くなる。
それでも母は、沈んだ顔のままだ。再び、口を開いた。
「ほんとうに、ごめんなさいね」
「だから」
「もう少しで、総ちゃんと愛香ちゃんのキスシーンが撮れたんだけど」
「多分、ごめんの方向性が違うよな!?」
やはり、母は母であった。
食卓に着き、朝食をはじめたところで、母が口を開いた。
「ふふ、それにしても。まさかこんなに早く押し倒しちゃうなんて思わなかったわ」
とても楽しそうな笑顔で言われた言葉に総二の体が硬直し、思わず愛香の方を見る。彼女も視線をこちらにむけており、見つめ合うかたちになった。
総二の体が、不思議と熱くなった。愛香もまた、顔が赤くなっている。
「あらあら」
「っ!」
楽しそうな母の声に我を取り戻すと無理やり視線を外し、弾かれたようにテレビの方に顔をむける。愛香も同じような動きで、テレビの方に顔をむけていた。
「ん?」
「え?」
報道されていたニュースに、総二と愛香の呟きが重なる。
テレビでは、テイルブルーの特集がされていた。きれいなツインテールを
テイルブルーとエレメリアンの戦いは、一進一退の攻防で迫力があるということで、ニュース以外では、戦闘シーンも飛ばさずに報道する場合も多く、動画も同じだ。リザドギルディとの戦いは、一般人が携帯で撮影した拙い動画が多いが、タトルギルディとの戦いは場所と時間によるものか、さまざまなアングルから撮られた、鮮明な映像がある。とりあえず、ブリッジするところを何度も流すのやめろ、と総二は複雑な思いを抱く時があった。
そして昨日の、テイルブルーとフォクスギルディの戦いのことが報道された。正確には、フォクスギルディとの戦いが終わり、テイルブルーが駆け去っていくところだった。
『今回もテイルブルーは恰好良かったですね』
『ええ。ただ、去っていくテイルブルーがどこか辛そうなのが気にかかりますね。まるで、大切な誰かの、大切なものを壊してしまった時のような、いたたまれない気持ちを感じます』
「なんっ」
なんでわかるんだ。コメンテイターのやたら的確な言葉に、思わず愛香と一緒に声を上げてしまいそうになり、慌てて言葉を呑みこむ。
総二が母の方を見ると、口元に手を当てて、なにかを考えているようだった。
母が、こちらの視線に気づき、問いかけてくる。
「あら、どうしたの、総ちゃん、愛香ちゃん?」
「え、あ、いや」
「な、なんでもないです」
「そう?」
その後、当たり障りのない会話をしつつ、食事を終え、時計を見る。そろそろ学校にむかおう。そう考え、愛香とともに席を立つ。
「じゃあ、母さん。いってきます」
「いってきます、未春おばさん」
「いってらっしゃい、二人とも。あ、総ちゃん」
「ん?」
手招きされ、母のそばに寄る。耳元に母の顔が近づき、小さな声で言葉を紡いでくる。
「愛香ちゃんのこと、ちゃんと守ってあげないとだめよ?」
「っ、でも、愛香は」
「総ちゃんより強い?」
強い、だろう。ただ、いまはなぜか頷きたくなかった。愛香への嫉妬とか、そういうものではない。
自分が無力であることを、認めたくないのかもしれない。
母の優しい声が、耳に届く。
「でもね、総ちゃん。愛香ちゃんが強いのは、総ちゃんがいるからだ、って母さんは思うの」
「えっ?」
二日前に愛香からも伝えられた言葉を聞き、驚く。母は、優しく微笑んで言葉を続けてくる。
「がんばりなさい、男の子」
「―――ああ。わかった、がんばってみるよ」
なにをどうすればいいのかはわからない。それでもなにか、愛香のために、自分にできることを探してみよう。母の言葉に、総二はそう思った。
一緒に学校にむかっている途中、総二が周りをキョロキョロと見る。なにを見ているのか、愛香はすぐにわかった。
「女の子ばっかり見て、どうしたのよ?」
声に刺々しいものが混じるのが、自分でもわかった。
周りを見ながら、総二が口を開く。
「ん? ああ。いや、なんかツインテールの子が増えてるからさ」
「―――あっそ」
返された答えにますます不機嫌になりながらも、愛香は気掛かりなものを感じていた。
ライバルが増えるかもしれない、という焦りもあるが、なにか引っかかるものがある。
まさか、と思う考えは、ある。とは言っても、それは推測でしかない。
頭を振って考えを切り変えようとしたところで、総二が言葉を続ける。
「そういや、神堂会長も最近ツインテールにしたのかな」
「なんで、いきなり会長の話になるのよ」
なおもほかの女子のことを話題に出す総二に、再び刺々しく返事を行ってしまう。彼は、少し高揚した様子で返事をしてきた。
「いや、だって、あんなすごいツインテールの持ち主なら、中学の時とか絶対気づいてるはずだしさ」
「会長は、高等部からの編入みたいよ。それなのに、半年足らずで学園の顔になったみたい」
「へ~」
総二らしい言葉の内容に複雑な気持ちを抱きながら知っていることを話すと、彼は感心したように声を上げる。
あれほどのツインテールなら生徒会長にふさわしい、とでも思っているのだろう、このツインテール馬鹿は。
「っ」
総二には、笑顔でいてほしい。しかしそれは、ほかのツインテールを、ほかの女の子を見るということでもある。
できれば自分だけを見てほしい。そんなことを考えてしまう自分の心の狭さが、嫌になる。
「あっ」
愛香の気持ちが沈んだところで、なにかに気づいたような声を総二が上げた。続いて、なじんだ感触が髪に触れ、ツインテールの片房がすくいあげられる。
髪をすくいあげた総二の顔を見ると、微かに赤くなっていた。不思議に思い、問いかける。
「そーじ?」
「え、えっと、その、な。お、俺の一番好きなツインテールは、愛香のだから。そこは、誤解しないでほしいんだ」
「―――うん」
照れくさそうに紡がれる総二の言葉に、自分でも単純だと思うが、気持ちが明るくなった。
髪を触られたまま、学校にむかう。なんとなく、周りから生暖かい視線をむけられている気がした。
「おはよう。よい朝ですわね」
言葉に見合わない暗さで、聞き覚えがある声の挨拶を受ける。声が聞こえてきた方向に愛香が総二とともにむき直ると、思ったとおり、さっき噂した神堂
見ず知らずであるはずの生徒にも声をかける人となりは、みんなに好かれる生徒会長にふさわしいものなのだろう。ただ、なにがあったのか、妙に暗い。周りの生徒たちも、ちらちらと心配そうに会長を見ていた。
「おはようございます、会長。あの、なにかあったんですか? すごく落ちこんでるみたいですけど」
心配になった愛香は、余計なお世話かもしれないと思いながらも、彼女に問いかける。
暗い雰囲気のまま、会長が口を開いた。
「ええ、昨日のテイルブルーの報道を見たんですが、なんだか彼女、すごい辛そうな顔だったものですから」
「―――えっ?」
思いもよらない言葉に虚を突かれる。会長は、そのまま言葉を続けた。
「ひとりで戦い続けるって、きっとすごく辛いことだと思いますわ。たとえわたくしたちが応援しても、彼女を支えられるわけではありません。それが、悲しくって」
「そう、ですね」
「そーじ」
表情を同じように暗くした総二が、会長の言葉に同意する。彼も同じ思いを
「でも」
いや、そうではない。沈みそうになったところで気持ちを切り替え、愛香は二人にむかって言葉を紡ぐ。
「でも、応援してくれる人がいるってだけでも、違うと思います。自分はひとりじゃないんだって思えるだけでも、力は湧いてくるんじゃないかって」
恥ずかしい言葉ではあるかもしれない。それでも、なんの支えにもならないなどということはないのだと、それだけでも二人に伝えたかった。
「そう、ですわね。一緒に戦うことができないからこそ、せめて応援だけでも、自分にできることを精一杯やらないといけませんわね」
「―――愛香、ありがとな」
愛香の気持ちが伝わったのか、会長の顔が明るくなる。総二も、完全に吹っ切れたわけではないのだろうが、さっきよりは明るい表情に見えた。
総二が、会長の方に顔をむけた。
「会長は、ほんとうにテイルブルーを応援してるんですね」
「ええ。この年で変だと思われるかもしれませんが、わたくし、ヒーローに憧れておりますの。
「そうだったんですか」
少し恥ずかしそうに語る会長の言葉に、総二が優しく言葉を返す。幼い外見のせいでまったく違和感はないが、さすがに口に出して言うのは失礼だろうと思い、愛香はそれについてはなにも言わなかった。
テイルブルーに助けられた日も、マクシーム
「だから、運命を感じていますのよ。テイルブルーに出会い、助けられたことに」
嬉しそうに、笑顔で会長が話を締めくくった。
「会長。きっとテイルブルーは、会長みたいに応援してくれる人がいるだけでも、心の支えになっているはずですよ。なあ、愛香」
「うん。絶対に」
「ありがとう。確か、あなたたちは、一年A組の、津辺愛香さんと、観束総二君ですわよね」
名前を呼ばれたことに驚き、総二と顔を見合わせる。総二が、会長の顔を再び見て、返事をする。
「は、はい」
「そう、ですけど。もしかして、全校生徒の名前、覚えてるんですか?」
「ふふっ。わたくし、記憶力には少し自信がありますの。おふたりとも、お話を聞いてくれてありがとう。それでは」
総二の返事に愛香も言葉を続けると、会長は微笑みを浮かべ、答えた。そして、感謝の言葉を残し、先に学校の方へむかっていった。
「すごいな、あの人。生徒の名前、全員暗記してるのか」
去っていった会長の後ろ姿を見送ると、総二が驚きと感心の入り混じった声を出す。
うん、と愛香も気合を入れ直す。
「あんなに応援してくれるんだもの。あたしもがんばらないとね」
「ああ。愛香、俺もできるかぎり支えるからな」
「ありがと、そーじ」
総二に力強い声に、心からの感謝の言葉を返す。
決意を新たにして、二人で校舎にむかって行った。
お互いに風呂上がり。総二の部屋。何度か、してもらっていることだが、恥ずかしさは消えない。いや、はしたない女だと思われないだろうか、と考えてしまうこともある。それでも、その欲求には逆らえなかった。
体が熱い。いまの自分の顔は真っ赤だろう、と愛香は思う。眼の前の総二と同じくらいに。
愛香は意を決して、総二にむかって口を開いた。
「そーじ、だ、抱いてっ」
「わ、わかった」
「んっ」
恥ずかしそうな総二に、強く抱き締められる。続いて頭に、なじんだ感触が触れる。総二の手。優しく頭を、時にツインテールをなでられ、満ち足りた気持ちになる。
「ふああ―――」
気持ちよさに、思わず
総二の躰の熱が、愛香から離れる。
「愛香」
「あっ」
身を離され、残念な気持ちが湧きあがりかけたところで、総二が愛香のツインテールをすくい、そのツインテールにキスをする。髪から伝わるその感覚に、抱き締められている時と同じくらい幸せな気持ちが満ちた。
フォクスギルディとの戦いがあった日から、十数日が経つ。アルティメギルのエレメリアンは、いろいろな意味で一筋縄ではいかない相手ばかりだったが、それでも愛香は勝利し続けることができている。それは、自分を応援してくれる、会長のような純粋なファンと言える人や、支えてくれる総二がいてくれるからだと、愛香は思っている。
世間の反応も、フォクスギルディの時に撮影された、テイルブルーの苦しそうな表情の影響か、少なくとも前より受け入れやすい騒ぎ方になっている。いや、結局騒いではいるのだが。
なにより、いまもしてもらっている、総二からの『ご褒美』。
フォクスギルディの次に現れたエレメリアンとの戦いを終え、総二のもとに戻った時。顔を赤くした総二から、愛香が喜んでくれるかわからないけど、と恥ずかしそうに前置きされてから、抱き締められ、頭をなでられ、髪にキスをしてもらったのだ。愛香はあまりの嬉しさに、抱き締められたまま、その場で気絶した。前日と、その日の朝にもしてもらったことではあったが、その時は雰囲気が雰囲気だったこともあり、気絶することはなかったのだ。要は、心の準備ができていなかった。
気絶してしまったことを見て、嫌だったか、と悲しそうに聞いてきた総二に慌ててそう答え、総二の方こそ嫌じゃなければ、またして欲しい、と続け、承諾してもらい、今日もまた、ご褒美をもらっている。
アルティメギルとの戦いがあった日にすると、決めてある。毎日行ったら、ご褒美にならないと思ったのだ。もっとも、アルティメギルは、ほぼ毎日出ているのだが。
行うタイミングは、愛香と総二で交互に決めることにしてあったが、基本的には、どちらとも風呂上がりにすることが多かった。
愛香のうっとりとした声が耳に届き、総二の体がさらに熱くなる。ツインテールへのキスのあと、再び彼女を抱き締め、頭をなでると、やはり愛香の口から、恍惚とした、どこか艶を感じる声が漏れる。
その声と、風呂上がりの愛香から漂う香りに頭がクラクラし、押し倒したくなるが、頭をよぎるひとつの悩みが、それを押しとどめた。
しばらくしてから、愛香が体を離した。
「ん、ありがと、そーじ」
「ああ。もういいのか?」
「うん。っていうか、適当なところでやめないと、ほんとにきりがないから」
「そっか。うん、そうだな」
名残惜しさはあるが、愛香の言う通りである。彼女も、実際にはやめたくないのだろう。愛香の表情とツインテールから、そんなふうに感じた。
「じゃあ、おやすみ、そーじ」
「ああ。おやすみ、愛香」
微笑んで言葉を交わし合い、愛香が窓から自分の部屋に戻っていく。カーテンが名残惜し気にゆっくりと閉められるのを見届け、総二もカーテンを閉めた。
ベッドに寝転がり、愛香に触れていた手を見る。
まるで、恋人だ。自嘲するようにそう思う。
愛香と触れ合うのが嫌なわけではない。むしろ、愛香に触れながら、彼女のツインテールを触っている時、いままで生きてきて感じたことのなかったほどの安らぎと幸福感に包まれる。
そんなふうに感じ、恋人のように触れ合い、言葉をかけ合いながら、愛香に告白をできないでいた。
自分の想いが、恋かどうかわからない。そして、自分は愛香を利用しているのではないか、という思いが、頭から離れないのだ。
いままで生きてきて、ツインテールにしか興味がなかった。そのために、恋愛感情というものがわからない。愛香に対する友情、あるいは親愛を勘違いしている可能性もある。なにしろ、愛香以外に親しい同年代の者がいなかったのだ。
異性で仲のいい者がいれば、愛香にむける感情を比べることができたかもしれない。
同性で仲のいい者がいれば、この気持ちを相談することもできたかもしれない。
総二には、どちらもいない。そばにいてくれたのは、愛香だけだった。
母に相談することも考えたが、それは不思議と
からかわれるかも、という思いがなかったわけではないが、このことは、母から答えを貰ってはいけないのではないか、となんとなく思ったのだ。
ただ、これ自体は、どうでもいいことだとも思っている。
愛香を大切に想う気持ちに、嘘はない。できることなら、ずっと一緒にいたいと思っている。これも、心からの思いだ。
だから、この気持ちが恋でなかったとしても構わない。それでも、自分は愛香を利用してるのではないか、と思ってしまうと、告白することができなかった。
違う、と言うのは簡単だ。しかし現実に、総二に戦う力はなく、代わりに愛香を戦わせているようなものだ。考えすぎだと思っても、心の底から納得することは、できなかった。
あの日、愛香は、ツインテールを壊したことで、総二に嫌われることを怖がっていた。そのために、吐きたくなかっただろう嘘まで吐いて、涙を流した。
その時、ふと思ったのだ。愛香がツインテールにしているのは、そして彼女が戦っているのは、総二のためなのではないか、と。
物心ついたころから、ずっとツインテールにしてくれて、ずっと総二のそばにいてくれた。愛香はずっと、自分のことを想ってくれていたのではないか。
それは、総二がそう思っているだけかもしれない。いや、自分の思いこみだと考えてしまうのは、自分との触れ合いを喜んでくれている愛香に失礼ではないか、と思う。それは、彼女の想いを無碍にすることと変わらないのではないか。
とにかく、愛香が総二のために尽くしてきてくれたのだとしたら、この上なく嬉しい。それに気づいてやれなかった自分への憤りや情けなさもあるが、だからこそ自分からの想いを返してあげたい。彼女を大切にしたい。
それでも、いや、それがあるからこそ、思ってしまうのだ。もしも、自分の抱いている気持ちが、恋じゃなかったら。総二が告白して、愛香がそれを受けてしまったら、それは、彼女の気持ちを利用していることになってしまうのではないか。
いや、自分が愛香のためにと思って行っているご褒美も、彼女の気持ちを利用していることなのではないか。ただ自分は、愛香のためにとかこつけて、欲望を発散しているだけなのではないか。はじめてご褒美を行った時に、そう考えてしまったのだ。
あれからも、押し倒しそうになったことは一度や二度ではない。だが、そのたびにその考えが頭をよぎり、体が止まる。
それだけではない。少し前から、なぜかはわからないが、愛香のツインテールからなにかを感じる気がするのだ。前よりもきれいになっているように思えるツインテールから、小さな、不安と呼べそうな思いを。
自分にできることで、愛香を守ろう。そう思っても、ほんとうに愛香を守れているとは思えなかった。
力がなくとも戦うことはできる、などということはない。むしろ、愛香の足を引っ張るだけでしかない。
愛香の気持ちに応えたい。しかし、愛香を利用するようなことはしたくない。
愛香を守りたい。なのに、守られているのは自分の方だ。
そんな自分に、愛香に告白する資格があるのか。愛香の想いを受ける資格があるのか。
思考はぐるぐると廻り、いつも同じ思いに行きつく。
なぜ自分には、戦う力がないのだろう。
できることなら自分の手で、ツインテールを、そして、愛香を守りたい。男として、大切な女の子を守りたい。
だが、自分に力はなく、愛香の精神的なケアに努めるのが精一杯であり、それがまた、総二の悩みをループさせる。
無理やり思考を断ち切ると明かりを消し、ベッドに潜りこみ、眼を閉じる。
なんで俺には、なんの力もないんだろう。
眠りに落ちる瞬間まで、その思いは頭から離れなかった。
*******
番外編
「ん?」
風呂上がりの自室で、総二はふと違和感を覚えた。
愛香はまだ、風呂から部屋に戻っていない。基本的に同じタイミングで風呂に入るのだが、やはりそこは性別の差なのだろう、総二の方が早く上がる。
それはともかくとして、ここ最近ではあるが、たまに違和感を覚えるのだ。なんというか、誰かが自分の部屋に入っていたのではないか、と。
制服のかけられたところが、違う場所になっているような気がしたり、床が、妙にきれいになっているように感じることがあるのだ。あとは、ベッドが少し荒れていたり、逆に、
総二が家にいるときは、愛香が入ってこれるよう、窓に鍵をかけたりしない。そのため、入ろうと思えば入ることはできる。だが、部屋が荒らされた形跡はなく、総二がなんとなくそう感じるだけでしかないのだ。
愛香にそれとなく聞いてみたこともあるが、彼女は不思議そうに首を
「ご褒美、か」
ご褒美とつけたのは愛香ではあるが、総二としては、なんとなくモヤモヤとしたものがある。
まるで、自分が愛香を利用していることを指しているように、感じてしまうのだ。考えすぎだとは、自分でも思っているが。
もしくは、俺が愛香のご主人さま。
「っ!」
愛香への想いを考える一環として総二は、いままで興味のなかった方面の知識を勉強している。そのせいか、その言葉になにやらイケない妄想が湧き上がり、慌てて頭を振る。メイド服やらなんやらを着た愛香が、総二に奉仕する画が脳裏に浮かんだ気がしたが、気のせいだ。
そもそも、自分は愛香を利用しているのではないかと悩んでおきながら、こんな
雑念が多い。精神統一するのだ、観束総二。氷の精神だ。
煩悩退散。愛香が、奉仕しながら上目遣いでこちらをうかがう。
色即是空。それに対し、ツインテールを優しくなでることで返すと、愛香はうっとりとして奉仕を続けてくる。
双房合体。GO、いや、合体はまだ早い。もっとお互いを気持ちよくしてから、いや、そうではなく。
「そーじ?」
「うおっ!?」
不思議そうな愛香の声が届き、慌ててそちらをむく。総二が悶えている間に入ってきたのだろう、首を
「どうしたの?」
「い、いや、なんでもない」
言葉のあとに総二は、ごまかしも兼ねて一気に愛香を抱き締めた。
いろいろ書いていたらかなり文字数増えました。未春母さんも恋香さんも出番が増える増える。総二と愛香のイチャイチャも増える増える。総二の苦悩っぷりも強くなりましたが。
番外編は俺ツイのキャラソン聞いて思いついた話。