転生したらCパルス変異波形だったので、ガンダムを作ります。   作:コレクトマン

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617の新たな名義、ルビコンの青き翼の天使

 青白い光が艦内を走る。

 圧力の唸りが金属を軋ませ、壁面に並ぶ計器が低く鳴いた。

 潜航艇”ニーベルング”は、静かに深度を下げていた。

 外殻を流れるコーラル光が海の呼吸のように揺れ、艦内の影をわずかに震わせる。

 

 レイは椅子に腰を下ろし、グローブを外した。

 装甲の擦れる音が静寂を切り、卓上に置かれた銀色の携帯装置を指先で操作する。

 OMCS──足立重工が開発した分子再構成装置。

 水と有機物を分解し、栄養と味を備えた食料を生成する。

 

 装置の内部で淡い光が走り、やがて黒い液体が金属カップへと注がれる。

 香ばしい香りが立ち上り、艦内の空気を変えた。

 金属粉とオゾンの匂いに混じって、どこか懐かしい“温かさ”が戻ってくる。

 

「……OMCSか。懐かしいな」

 

 若い兵士が呟く。

 隣の通信士が頷いた。

 

「数ヶ月前に支援物資で届いた同型だ。水と雑草だけでスープを作った。あれは奇跡だった」

 

「足立重工は兵器だけじゃない。人道支援の線も維持してる。

 完全に信用はできねぇが……あの装置に何度か助けられたのは確かだ」

 

 レイはカップを口に運び、苦味を確かめるように息を吐いた。

 

「道具は使い方次第さ。人を救うのも、殺すのも。どっちを選ぶかは……持つ者の意志だ」

 

 その声に、艦内の空気がわずかに引き締まる。

 誰もが黙り込み、外の暗い海へと視線を向けた。

 コーラルの光が窓を流れ、まるで沈んだ星々のように瞬いている。

 

 617の通信が入る。

 

《……レイはちょっと哲学的。戦場であまりそんな話しない》

「戦場だからだよ。心が空っぽだと、機械と変わらない」

《ん……確かに》

「だろ? なら、壊れたまま動く人間のほうが厄介だ」

 

 短い沈黙のあと、笑いが漏れた。

 重たい潜航艇の空気が、わずかに緩む。

 それは一瞬の休息──だが確かに“人間の時間”だった。

 

 レイは視線を外に向ける。

 海の底を流れる光が、彼の瞳に反射した。

 その輝きは、かつて見た星のようであり、今も遠くで息づく希望の欠片のようでもあった。

 

「……この星の底にも、まだ灯はある。そう信じたくなるな」

 

 誰も答えなかった。

 ただ、潜航艇の低い心臓音が深淵の静寂に溶けていった。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 解放戦線の兵士たちは短い休憩を終え、それぞれの持ち場へ戻っていった。

 艦内の通路を行き交う足音が遠ざかり、ハッチの閉まる音が幾重にも重なって消えていく。

 残ったのは、レイと617、そして数名の将校だけだった。

 

 室内には、OMCSから立ち上る湯気の残り香がまだ漂っている。

 熱気に混じるコーヒーの苦味と金属の匂いが、潜航艇特有の冷たい空気に溶け込んでいた。

 カップの底に残った黒い液体が、揺れる照明の光をわずかに反射する。

 艦の姿勢制御に合わせて液面がゆらぎ、まるで深海の波がそこに映っているかのようだった。

 

「……そういえば、まだ聞いてなかったな」

 

 通信士の男が、静かな声で口を開く。

 

「あなたの名前だ。記録上は“フリーダム”になっているが、実際にはどう呼べばいい?」

 

 短い沈黙。

 機関音が一定のリズムを刻む。

 レイは手元のカップを指で回しながら、少しだけ考えた。

 そして、静かに言葉を置いた。

 

「レイ=アダチ。──そう名乗っている」

 

 その名を聞いた瞬間、室内の空気がわずかに変わる。

 金属の冷気に混じって、どこか緊張めいた気配が走った。

 通信士が眉をひそめる。

 

「アダチ……? 足立重工と同じ名前か?」

 

 隣の兵士も小さく息をのんだ。

 

「まさか……関係者ってわけじゃないだろうな?」

 

 レイは軽く肩を竦め、苦笑を浮かべた。

 

「偶然の一致だ。俺の名前を付けたのは、親父でも企業でもない。

 ただの──古い名残さ」

 

 それ以上、彼は何も語らなかった。

 だが、その言葉にはどこか懐かしさが滲んでいた。

 “偶然”と言いながら、その声の奥にある微かな郷愁が、誰の耳にも届く。

 

 617が通信で口を挟む。

 

《レイ=アダチ……。似合ってる。優しい名前》

 

 その声はどこか微笑んでいるようだった。

 人工的な発声でありながら、そこには柔らかい温度があった。

 

「優しい、ね……そんなふうに言われたのは久しぶりだ」

 

《本当のこと。名前って、そういう温度がある。……ウォルターから教えてくれた》

 

 レイは静かに息を吐いた。

 彼女の声が、冷えた空気を少しだけ温めていくように感じた。

 それは、戦場で聞くにはあまりに人間的な響きだった。

 

 通信士が息を吐き、わざと軽い調子で言った。

 

「……まあ、偶然でも何でもいいさ。俺たちにとっては、あなたは“フリーダム”の方が馴染み深い」

 

「好きに呼んでくれ。名はただの符号だ。だが、覚えておいてくれ──

 “自由”ってのは、誰かの犠牲の上に成り立つものだ」

 

 短い沈黙。

 誰も何も言えなかった。

 艦内の照明が一度だけ瞬き、外壁を流れるコーラル光が窓を染めた。

 青白い反射が兵士たちの頬を照らし、まるで深海に沈む星の光のように揺れる。

 

 617が小さく呟いた。

 

《……でも、今のレイは誰も犠牲にしてない》

「そうありたいものだな」

 

 その声に、通信士たちは言葉を失い、ただ目を伏せた。

 艦の心臓音が再び低く響き、時間の流れを取り戻していく。

 

 レイは窓の向こうに視線を向けた。

 海の底を流れる光が、星座のように繋がり、やがて彼の瞳の奥で淡く揺れた。

 その輝きは、過ぎ去った世界の記憶か、それともまだ見ぬ明日への予兆か。

 

「……いつか、この名前を胸張って言える日が来るといい」

 

 誰も答えなかった。

 ただ、潜航艇の駆動音が深淵の静寂を撫でるように響き、

 青い光が彼らの影をゆっくりと揺らしていた。

 

 レイは話題を変えて傭兵支援システムに登録できないかを聞き出した。

 

「ところで話が変わるんだけどさ、傭兵支援システムに彼女を登録とかできないのか?」

 

「さあな? 少なくともやろうと思えばできるかもしれんが……」

 

 そう言った途端に潜航艇の艦内通信灯が点滅した。

 金属の壁に低い警告音が響き、照明が一段階落ちる。

 同時に、艦橋のスピーカーから低く澄んだ女性の声が流れた。

 

『こちらルビコン解放戦線通信局──識別コードを確認。潜航艇”ニーベルング”、応答願う』

 

 艦橋の中央で、司令官ハルベルト・ラインが通信端末に手を伸ばす。

 白髪混じりの短髪が青白い照明に照らされ、鋭い眼差しがスクリーンに向けられた。

 

「こちらライン司令。通信局、確認した。……誰だ?」

 

『セレン・ヘイズ。戦術通信局オペレーター。

 ルビコン圏外からの通信を検知したため、識別照合を行っている』

 

 その瞬間、レイの手が止まった。

 低く、よく通る声。

 わずかに乾いた抑揚。

 その音を耳にした途端、彼の記憶の奥で何かが反応した。

 

 ──間違いない。この声、セレン・ヘイズ。

 アーマード・コア・フォーアンサー(ACfA)の、あのオペレーターの声そのものだ。

 まさか……この世界で“彼女”が存在するのか?

 

 レイは思わず息を呑んだが、周囲の者は気づかない。

 他の誰にとっても、それはただの冷静な通信士の声にしか聞こえないのだ。

 

『ふむ……。データなし。だが反応は安定している。悪くはない』

 

『こちらでも確認した。未登録ユニットを伴っているようだな?』

 

 ラインが眉をひそめる。

 

「未登録……か。何か問題でもあるのか?」

 

『封鎖機構の監視が強化されている。登録外の個体がシステム内に入れば、即座に検知される。

 その場合、回線ごと凍結される危険がある』

 

 ラインは腕を組んだまま、わずかに黙り込む。

 背後でレイが一歩進み出た。

 

「──その件なら、俺が話そう」

 

 ラインが振り返る。

 

「お前が言い出したのか、レイ=アダチ」

 

「ああ。617を正式に登録したい。傭兵支援システムに属さないままでは、任務を遂行できない」

 

 通信の向こうで、短い沈黙。

 そして、わずかな笑い声が混じった。

 

『なるほど……お前が噂の“外部技術者”ってわけか。

 封鎖機構の顔色を無視してまで登録を求めるとは、随分と度胸がある』

 

「危険は承知している。だが、彼女は戦える。

 名前も登録もないままじゃ、ただの影だ」

 

『ふむ……理屈は悪くない。だが現実的には無理だ。

 この星の通信は封鎖機構のAIに監視されている。登録データを動かした瞬間、焼かれる』

 

「抜け道はないのか?」

 

『……一つだけある。旧支援システムのバックドア。

 前戦争時代の残骸だ。まだ動いている保証はないが……使えれば登録を通せる』

 

 ラインが眉を上げる。

「リスクは?」

 

『通信経路が一時的に封鎖機構の監視網と重なる。

 運が悪ければ位置を特定される。まあ、賭けだな』

 

 レイが短く頷く。

「構わない。──やってくれ」

 

『やれやれ、お前という奴は命知らずだな。……了解。手動で回す』

 

 通信の向こうで、キーボードの打鍵音。

 電子ノイズが一瞬だけ走り、淡い声が続く。

 

『登録番号【Rb40】──識別名、“セレン・ヘイズ”』

 

 617が驚いたように目を瞬かせる。

 

《……それって、あなたの……?》

 

『ああ。空欄のままでは登録できない。

 仮の名だ。……気に入らなければ変えればいい』

 

《ううん。気に入った。優しい名前》

 

『優しい、ね……。ふっ、そんな言葉を聞くのも久しぶりだ』

 

 通信が静かに落ち着く。

 ラインが息を吐いた。

 

「……助かった。危険を冒してまで感謝する」

 

『気にするな。どうせこの星で安全な仕事なんて存在しないさ。

 ──それに、“足立”って名は、忘れられない響きだからな』

 

 レイが思わず目を細める。

 まるで彼女は、何かを知っているようだった。

 

 通信が途切れる。

 艦内に再び静寂が戻り、コーラルの光が壁面を照らした。

 

 レイは小さく息を吐き、苦笑した。

 

「……やっぱり、あの声。どう聞いても“セレン・ヘイズ”だったな」

 

《? 誰のこと?》

 

「いや、昔見た世界の話だ」

 

 レイは視線を窓に向ける。

 外の海底に流れる光が、まるで懐かしい残響のように揺れていた。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 ──ルビコン上空、多目的輸送ヘリのコンテナ内。

 機体を震わせる振動が、鋼鉄の床を伝って響いていた。

 夜の赤い霧を突き抜け、補給部隊を運ぶ重輸送機。

 その後部ハンガーには、一機のACが鎮座している。

 

 “loader4”──C4-621の愛機。

 装甲には無数の傷跡が走り、塗装の下から焼けた金属が覗いていた。

 稼働限界を越えた機体。それでも、彼女の手で何度も蘇ってきた。

 

 コックピットの中で、621は静かに目を閉じていた。

 わずかな振動と冷却音だけが、意識を現実に繋ぎ止めている。

 

 アーキバスやベイラムのばら撒き依頼をこなしても、得られるのは安い報酬と短い休息だけ。

 だが、それでも構わなかった。

 動いていなければ、思考が“あの光景”に戻る。

 

 ──アイビスの火。

 空を焼き尽くす、白い閃光。

 

 ヘルメットのHUDが淡く光る。

 受信波形の一つが微かに揺れ、621はまぶたを開けた。

 ノイズ混じりの信号が、軍用帯域で跳ねた。

 

『ミシガン、621をレッドガンに預ける件だが……』

 

 ウォルター。

 彼の声だ。

 傍受したチャンネルは、通常の傭兵回線とは違う。

 封鎖機構にも掴まれていない、裏回線。

 

『言い忘れたことがあった、ハンドラー・ウォルター。解放戦線の動きに変化が見られる。

 何でも、青き翼の天使が味方に付いたとな』

 

『天使……独立傭兵か?』

 

『分からん……だが分かっているのは、その天使という奴が解放戦線側についてから動きが変わったとしか言いようがない』

 

 通信が一瞬、ノイズで掠れる。

 621はシートに背を預けたまま、目を細める。

 

 ──青き翼の天使。

 この四度目の周回では、聞いたことのない存在。

 

 機体のデータリンクを起動し、記録検索を行う。

 “天使”の名を冠する兵器──コーラル関連データ、C兵器、アイビスシリーズ……。

 スクリーンに膨大なファイルが流れるが、該当は一件もなかった。

 

《……該当データ、なし。技研記録にも存在しない》

 

 そう呟き、息を止める。

 

 C兵器──ルビコン調査技研が生み出した、コーラルを動力源とする兵器群。

 その中でもアイビスシリーズは、暴走したコーラルを封じるための“安全装置”として造られた存在。

 だが、天使の名を持つ機体など、一度として開発記録に存在しない。

 

 つまり、“青き翼の天使”は技研製でも企業製でもない。

 このループにおける“異物”。

 

『621にとって良い起爆剤になるなら歓迎だ』

 

 ウォルターの声に、冷たい決意が混じる。

 

『弱者には弱者の戦略がある。レッドガンとしては叩き潰すのみだがな』

 

 ミシガンの乾いた笑いが、雑音に溶けて消えた。

 

 通信が途絶える。

 621はヘルメットのバイザーを下ろし、静かに息を吐いた。

 

《……青き翼の天使、か》

 

 その名が意味するものを、彼女はまだ知らない。

 だが、それが“この世界を変える存在”であることだけは、直感していた。

 

 ──このループの先に、また“彼女”がいるのか。

 それとも、新たな希望なのか。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 潜航艇〈ニーベルング〉は、静かに海面へ浮上していた。

 アーリア海を越えた今、視界の先には赤い霧を抜けた青灰色の空が広がる。

 海面を渡る風は、コーラルの粒をわずかに含んでいる。

 だがその濃度は、もはや人が立てるほどに薄まっていた。

 

 レイは格納区画のハッチを開き、外の光を見上げた。

 

「……ようやく、アーリア海を抜けられたか。感謝するよ、お陰で無事に目的地に着けそうだ」

 

《ん……感謝》

 

「感謝はこちらの方だ。君たちが来なければ我々はアーキバスに全滅していたからな」

 

 甲板では兵士たちが通信装置を展開し、回線を確立している。

 セレン・ヘイズの声が、ノイズ混じりに艦内へ届いた。

 

『──こちら通信局、ルビコン解放戦線本部より緊急通達。

 ガリア多重ダム地区にベイラム部隊が侵攻中。

 アーリア海を突破したニーベルング部隊に救援要請を発令する』

 

「何っ、多重ダムにだと!? マズいな、あそこは治水拠点でOMCSを利用して水を確保している。そこが落とされたらまた食糧難に陥るぞ!」

 

 ブリーフィングルームの空気が一瞬で張り詰めた。

 地図投影ホログラムに、ガリア多重ダムの座標が赤く点滅する。

 水資源と電力供給を担う巨大構造体──それを失えば、解放戦線の中部網は壊滅する。

 

 司令官ハルベルト・ラインが、レイの方を向いた。

 

「……貴公ら“独立傭兵”を正式に依頼する。任務はガリア多重ダムにいる同志たちの救援。

 出撃は30分後、報酬は前金で100.000COAM。成功した暁には更に200.000COAMを付け足す」

 

 レイは短く頷き、腕の端末を開いた。

 617が無線で呼びかける。

 

《レイ、どうする? これは……本格的な戦線になる》

 

 レイは静かに息を吐き、投影地図を見つめた。

 赤く点滅するガリア多重ダムの周囲──

 そこには、レッドガン部隊の紋章が記されていた。

 

 G4ヴォルタにG5イグアス、そしてG13レイヴン。

 

「……ベイラムの攻撃部隊が動いてるなら、ほぼ確実だ。

 ──レッドガン隊が展開してる」

 

《レッドガン……つまり、ミシガンの部隊?》

 

「ああ。そして──」

 レイは小さく笑った。

「その下に、奴がいる。……G13レイヴンこと“621”が」

 

 617が息を呑む。

 

《621……? 私と同じ……》

 

「ああ、第四世代強化人間。ウォルターが新たに補充した猟犬だ」

 

 617はウォルターがこのルビコンに来ているだけでも嬉しかった。

 ウォルターが新たに補充した猟犬である621は血の繋がりはないが、ある意味姉妹でもある。

 

 レイにとって、621はただの傭兵ではない。

 ──別の世界で、何度も終わりを見てきた“彼女(プレイヤー)”の象徴。

 あの“鴉”がまだこの星で生きているなら、確かめる必要があった。

 

 レイはヘルメットをかぶり、短く宣言する。

 

「報酬も理由も十分だ。寄り道ついでに、ちょっとした再会を果たす」

 

 617が621と会うということは、戦うことと理解していた。

 

《レイ……621は》

 

「問題ない。なるべく不殺で撃退する。アーキバスのヴェスパーと戦った時点で隠密もないからな。ベイラムにも俺たちの存在を見せつけるさ」

 

 その言葉と同時に、甲板の警告灯が赤く点滅した。

 出撃準備完了。潜航艇の昇降リフトが作動を始める。

 格納ハンガーでフリーダムとLYNXがゆっくりと固定解除され、機体の冷却ガスが白く噴き上がる。

 

 セレンの通信が再び入る。

『こちらセレン。航路データを送信した。

 ガリア多重ダムの空域はすでに敵制圧下。進入時は通信を極力控えろ。

 ……死ぬなよ、“自由の翼”』

 

 レイはヘルメット越しに、微かに笑った。

 

「了解。……貸し一つだ」

 

 青い光が走る。

 潜航艇のリフトが上昇し、甲板が開かれる。

 海風が吹き込み、光が差し込む。

 

 フリーダムのブースターが蒼白く点火。

 その瞬間、金属の咆哮が艦を震わせた。

 

 ──ルビコン中部、ガリア多重ダム戦線へ。

 青き翼は再び、戦場へ舞い上がる。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 輸送ヘリの格納ハンガーで、LOADER4のコックピットは静かに明滅していた。

 冷却煙が断続的に吐き出され、油圧の振動が床を伝う。621はHUD越しにシステムの微調整を続けている。

 AR-012の関節摺動音、IB-CO3Lの油圧確認音、AORTAの低い鼓動。これらが、彼女の日常のリズムだった。

 

『621、仕事だ。ベイラム本社の作戦に参加する』

 

 ウォルターの声が無線帯を切り裂く。相変わらず淡々としているが、任務の匂いが濃い。

 

《分かった。……内容は?》

 

『ミシガンからデータが送られている。ブリーフィングを確認しろ』

 

 HUDに暗号化パケットが流れ込み、621は一瞬で受信と解析を終えた。フラッシュのように開いたブリーフィング画面に、赤文字で作戦名と座標、参加部隊の一覧が踊る。

 

『ウォルターから話を聞いてるな? では作戦内容を説明する。一字一句聞き漏らすな。今回、ベイラムは解放戦線の治水拠点“ガリア多重ダム”を叩き潰すことを決定した。ライフラインの破壊により連中が泣いて詫びる損害を与えるのが目的だ』

 

 ミシガンの声はいつも通り──粗暴で、一片の情けもない。だが、その苛烈さが戦場での秩序を保つのだと、621は知っていた。

 

『我がレッドガン部隊からはG4ヴォルタとG5イグアス、2名の役立たずが出撃する。貴様はその下、うちの役立たずに付けられた安いオマケだ』

 

 ヴォルタとイグアス。

 特にイグアスの名を聞くとオールマインド側に就き、戦闘中に告げられた言葉が今でも心に残っている。

 きっと四度目でも沢山の人間を殺すだろう……ウォルターやカーラ達を救うために。

 

 その救う者の中にイグアスも含まれている。

 エアと共に戦っているときにイグアスがオールマインドの支配に逆らい、621と一対一で戦うことを望んだ。

 そして倒した時にイグアスから本音が出た。

 

『俺は……テメェが妬ましかった。イラつくぜ……野良犬に……憧れたんだ……!』

 

 ──妬ましい。

 その本音に621は、イグアスは621の強さに憧れていたことを知った。

 彼女からすればイグアスの方が妬ましかったかもしれない。

 出会い方が違えば、もっと違った未来があったのではないのかと。

 

『オマケである貴様には、一昨日空きが出たラッキーナンバー、コールサイン“G13”を貸与する。G13、復唱! ……復唱したか! では準備を始めろ! 愉快な遠足の始まりだ!』

 

 彼女の胸に、古い疼きが戻る。懐かしさのような、しかし決して安らかではない感情。

 

 彼女は無言でHUDに向き直り、アセンブリメニューを呼び出す。AR-012の項目を選び、DF-ET-09とDF-GA-08の出力曲線を再調整。SB-033Mの起爆制御とORBTドローンの索敵プロファイルを同期させる。IB-C03FのFCS補正を“近距離弾幕”モードに切り替え、GILLSのブースト段数を二から三へと微増させた。

 

《ウォルター、準備ができた。このまま目的地に向かう》

 

『分かった。──G13か……名前が増えたな、621。レッドガンの流儀を堪能してこい』

 

 ウォルターの声に、わずかに温度が乗る。仲間を送り出す時にだけ見せる、淡い色合いだった。

 

《ん、行ってくる》

 

 格納ハンガーが稼働し、ACが外へと運び出されて機体を固定していたロックが解除され、ACが外に投下される。

 621は操縦レバーを動かしてアサルトブーストを起動させ、ACのブースターを吹かして目的地へと飛翔するのだった。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 三つの黒い影が、ガリア多重ダムの外縁を切り裂くように降下した。

 赤い霧に滲むコンクリートの巨大壁面が、低い空を背景に灰色のブロックとして浮かぶ。

 火花が散り、警報灯が断続的に赤く光る。目標は一つ──変電圧所。そこを破壊すれば、多重ダムのライフラインは機能を失う。

 

『これよりベイラムグループ専属AC部隊、レッドガンによる作戦行動を開始する。

 ──突入しろ、役立たずども!』

 

 号令とともに三機のACが同時に突入軌道を取る。無人群や大規模MTの前哨はない。核となるのは、G4ヴォルタ、G5イグアス、そして“オマケ”のG13、三人の人間が操る鋼鉄の獣だけだった。

 

「独立傭兵かよ。野良犬の世話しろってのか? レッドガンもなめられたもんだ」

 

「関係ねえ、俺たちで終わらせればいい」

 

 罵声が交錯する。だがそれも戦術の一端に過ぎない。G13は機体を滑らせ、最適射線を確保しつつ最初の変電圧所を破壊する。

 

《目標、一基破壊。次……》

 

 先行するG4がタンクACの特性を生かしてゴリ押しで大豊製グレネードランチャーを叩き込む。

 爆轟が咆哮し、解放戦線のMT、装甲車などを爆風で蹴散らす。

 戦線はMTや装甲車の残骸から炎が上がり、火の海となっていた。

 

「よう、野良犬。お前のような木っ端は知らんだろうがな、俺たちレッドガンは”壁越え”にアサインされている。──この仕事は慣らしだ、終わったら土着どもの要塞を落としにかかるのよ」

 

 その隙に、621は左腕の炸薬弾投射機を振り抜き、敵MT部隊に向けて爆雷をバラ撒く。

 撒かれた爆雷が起爆し、爆風がMT部隊を巻き込む。

 その時に621はイグアスに興味がないことを告げながらも忠告する。

 

《どうでもいい。それと、機密情報漏らすの御法度。口は禍の元》

 

「ああっ? どう意味だそりゃ『G5! オマケとの交流に余念がないようだな』……げっ!」

 

 まるで盗聴器でもつけられていたのか、イグアスの言葉はミシガンに筒抜けだった。

 

『ついでに仲良く刺繍でもして、そのよく回る舌を縫い付けておけ!』

 

「ちっ! クソが……!」

 

 罵声が戦場の凍てついた空気に溶ける中、621の弾幕と炸薬が目標を確実に削っていく。IB-C03Fの補正は微妙に振動を許容し、AORTAは低い咆哮を上げながらも安定した出力を吐き続けた。

 

『G13! 貴様も貴様で口ではなく、行動で示せ!』

 

《了解》

 

 ミシガンの罵声を聞き流しながらも二基目の変電圧所をガトリング砲で破壊する。

 

《目標2基目を破壊》

 

「やるじゃねえか。ズブの素人って訳でもねえな」

 

 ヴォルタは621の腕を評価していたが、ミシガンの怒声が飛んだ。

 

『G4! 一体いつ貴様が素人ではなくなった? 批評家はレッドガンに要らん、改めろ! さもなくば荷物をまとめろ!』

 

 前線にいる解放戦線のMT部隊を掃討した621は軽く一息つくとウォルターから通信が入る

 

『前線のMTは片付いたようだな』

 

『準備運動は終わりだ、続けるぞ! 役立たずども!』

 

 ミシガンの号令でイグアスは右側を攻め、ヴォルタは左側を攻めた。621はこの後の展開を思い返していた。

 二度目の時は解放戦線から通信が来て、寝返るように取引を出してきた。

 報酬はベイラムの掲示の二倍を支払うというものだった。

 

 二度目の時は受けなかったが、三度目の時は受けてイグアスとヴォルタを撃破した。

 その時はイグアスとヴォルタは無事に脱出していた。

 だが、今度の四度目はそれらしい通信がなかった。

 その代わりにウォルターから二機の機影が接近してくるとの情報だった。

 

『待て621、ガリア多重ダムに接近する二つの機影がある』

 

《二機? ……敵の増援?》

 

 621は本来ならここで解放戦線の暗号通信をウォルターから受信した報告を受ける筈が、解放戦線の増援という知らせ。

 明らかにこの四度目が自分以外の何かがいると確信をした。

 

「ああ? 解放戦線のザコ共か? だったら返り討ちに……」

 

 ヴォルタは増援が来ても返り討ちと意気込んでいたが、そこにミシガンから警告の怒声が響く。

 

『G4! そこから離れろ! そこは奴の射程内だ!』

 

「射程内? いったい何処から……んなっ!?」

 

 白い雲の中を、閃光が貫いた。

 ヴォルタの機体”キャノンヘッド”は即座にクイックブーストで回避する。

 ヴォルタがいた場所に赤と白、黄と緑の閃光が地面に着弾する。

 

 攻撃した敵機を確認するために上空を見上げると、そこにはレイの駆るフリーダムがいた。

 

「青い……翼の天使だと……」

 

《青い翼? ……っ! 例の天使!》

 

 ヴォルタの通信を聞いていた621はこの四度目の異分子がこの戦場に舞い降りたことに警戒が増した。

 イグアスは相棒ともいえるヴォルタに安否を確認した。

 

「おいヴォルタ! テメェ大丈夫か!?」

 

「大丈夫だ! ミシガンの野郎に声を掛けられてなかったらやられてたが、もう不意は受けねえ!」

 

 そういってヴォルタはタンクのスラスターを吹かして両肩の2連グレネード“ソングバード” が起動音を上げる。

 右肩の 分裂ミサイル が円形展開の射出準備に入った。

 

「立ち止まったら終わりだぞ、天使さんよ……!」

 

 右腕の GOU-CHEN グレネード を構え、

 左腕の ZIMMERMAN がレール上を滑ってチャージを始める。

 至近距離で撃たれれば、あの青いACですら一瞬でスタッガーする。

 

 だが。

 

 ヴォルタの照準が青い光点を捉える前に──

 空気が一度だけ “押し返された”。

 

 圧縮波とともに、青い光が降ってくる。

 

「……っ!? はえぇ!!」

 

 視界の端で、青い影が縦に走る。

 次の瞬間、ヴォルタの右腕が──根元から焼け落ちた。

 

 爆発ではない。破砕でもない。

 まるで“斬り取られた”ような滑らかさ。

 

 右腕GOU-CHENが宙を回転し、地面に突き刺さる。

 重量武器を失った反動で、キャノンヘッド全体がわずかに仰け反る。

 

 フリーダムのシルエットが、霧の奥から浮かび上がった。

 背のウイングユニットが赤い粒子を散らし、光の尾を引く。

 

 ヴォルタは即座に反撃へ移ろうとした。

 左肩のソングバードが装填完了し、

 左腕のジマーマンがその銃口を向ける──

 

 だが。

 

 青い閃光が、再び空間を切り裂く。

 

 ジマーマンの銃身が、

 ソングバードの砲口が、

 正確無比に“だけ”切断されて宙を舞った。

 

 火薬も、火花も最小限。

 フリーダムは一切の殺傷部位に触れず、

 武装部位のみをビームサーベルでピンポイントに削ぎ落としている。

 

「こいつ! タダモンじゃねえ!! あのシミュレーションの死神の類かよ!? クソッ……!」

 

 キャノンヘッドはタンク脚の圧倒的な推進力で後退しようとする。

 だがブーストキックを仕掛けるための 脚部スラスターユニットに光条が走る。

 

 ──“カンッ”という小さな金属音。

 

 次の瞬間、キャノンヘッドの脚部スラスターが切断される。

 ヴォルタは衝撃で座席に押し込まれ、

 HUDには次々と警告が点滅した。

 

「クソッ!? 機体がいかれやがった! ……脱出するしかねえ!」

 

 キャノンヘッドの装甲は厚い。

 だが“天使”は装甲の厚さに頼る戦いを否定するかのように、

 必要な部分だけを淡々と奪っていった。

 

 コックピットを、胴体を、兵装を、致命部を──

 一切狙わない。

 

 ただ “戦闘力だけ” を消し去った。

 

 瞬間、ヴォルタの脱出座席が射出され、白煙を残して上空へ離脱する。

 フリーダムは追わない。

 翼をゆるやかに開き、脱出を見送るように照明を落とした。

 

 あたかも、

 

 ”殺すつもりはない”

 

 と言っているかのように。

 

 重厚なタンクAC“キャノンヘッド”はその場に沈黙し、

 青い翼は次の戦場へと滑るように飛び去っていった。

 

 その一部始終を見ていたイグアスと621はフリーダムの異常な戦闘力と技量に驚いていた。

 ヴォルタは決して弱い方ではない、フリーダムが異常に強すぎたのだ。

 

『ヴォルタ!! 死んではいないな? 天使を相手にするならG5、G13と合流してからにしろ! 自殺願望がなければ隅っこに隠れてろ!!』

 

「マジかよ……ヴォルタを一瞬で……!」

 

《イレギュラー。……っ! イグアス、もう一機来る》

 

 混乱の只中、621は冷静に次の射線を取った。

 HUDがトリコロールカラーのACを捕捉する。

 そのACのアセンブルを見て621は一瞬困惑した。

 そのACが使用しているヘッドパーツとボディパーツ”ALBA”はかつて自分を最後まで戦友と呼んでくれた友人ことラスティが最終決戦の時に乗り換えた”スティールヘイズ・オルトゥス”のパーツなのだから。

 

 621が思考している最中、フリーダムがそのACと合流する。

 どうやらあの天使とACが解放戦線の増援であることを瞬時に理解した。

 

《イグアス。あの天使とAC、解放戦線の増援》

 

「だろうな……ちっ! ヴォルタの野郎を殺さなかったのは温情のつもりか?

 ふざけやがって……! 背に腹はだが……おい、野良犬! 足引っ張んじゃねえぞ!」

 

 イグアスは臨時で621とタッグを組むことを提案し、621はこの状況を切り抜けるために了承した。

 

《問題ない。イグアスこそ、足引っ張んないでね》

 

「んなっ!? 野良犬、テメェ……!」

 

 するとウォルターから天使の随伴機であろうACの情報を伝える。

 

『機体照合……独立傭兵セレン・ヘイズ、AC名LYNX。

 山猫の名を持つ機体か。──ランク圏外だが、あの天使の随伴機と考えると並みのパイロットではないのは確かだ。621、気を引き締めろ』

 

《そのつもり、ウォルター》

 

 ここに、それぞれのイレギュラーが集結した。

 

 四度目の刻を渡った鴉。

 自由の名を持つ天使と山猫の名を持つAC。

 

 この四度目の世界の歴史が――

 他の世界と歴史と違って刻の歯車が静かに、確実に狂い始めていた。

 

AC6のミッション「壁越え」の裏側でレイがフロイトと戦うところを見たいでしょうか?

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