転生したらCパルス変異波形だったので、ガンダムを作ります。   作:コレクトマン

15 / 39
天使と鴉の輪舞

 ヴォルタの機影が煙の奥へ沈んでいく光景を背景に、フリーダムはバーニアの噴射角を変えて、高速で旋回した。

 

 霧が裂け、残光だけが尾を引く。

 

 その軌跡を、621は信じられないというように見つめていた。

 

《無人……。いや、違う……“意図”がある動き……》

 

 ガトリングの制圧射線を敷きながら、621の頭の奥で嫌な感覚が走る。

 

 ──前周回にも、あんな反応速度の相手はいなかった。

 

 あれは企業ACでも技研兵器のアイビスシリーズでもない。

 完全に“人の動き”だ。

 

 だが人間が、あの速度で武装だけを切り飛ばせるはずがない。

 

 イグアスが歯噛みしながら吠えた。

 

「ふざけやがって……! ヴォルタの武器だけ削いで無力化だと!? 何が天使だ、下手な遊び方しやがって!」

 

《……違う。あれは“殺さないための戦い方”》

 

「はぁ!? 戦場でそんなもんが通じるかよ!」

 

 621は返さなかった。

 ただ、胸の奥のざわつきは止まらない。

 

 ──誰かを傷付けないために戦う。

 そんな戦い方を、彼女はほとんど知らない。

 

 自分は、いつだって破壊する側だったから。

 

 そんなとき、上空の霧が再び揺れた。

 

 青い光が降りてくる。

 フリーダムが、二機のACのちょうど中間へ滑り込んだ。

 

「……来るぞ!」

 

 イグアスが即座に後退し、621もオービットを展開して牽制射を始める。

 

 だがフリーダムは、ただ二機の真正面で静止した。

 

 翼が広がり、赤霧の光を反射する。

 その姿は、戦場に似つかわしくないほど“静謐”だった。

 

 レイの声が、暗通信越しに低く響く。

 

「……G13。お前が“621”か」

 

《──!?》

 

「ようやく会えたな。……レイヴン」

 

 その呼び方に、621の意識が一瞬で凍りつく。

 

《……どうして……私の呼び名を……》

 

「昔、別の場所で戦った相手の名だよ。似てるんだ……お前は」

 

 イグアスが割り込む。

 

「おい天使! 何勝手に話し込んで──」

 

 しかしフリーダムはイグアスを一瞥すらしない。

 

 ただ、621だけを見ている。

 

 その視線に、621の胸の奥に“嫌でも”記憶が浮かんだ。

 

 ──コーラルの光。

 ──繰り返した世界。

 ──失った仲間。

 ──終わった約束。

 

 レイの言葉は、その傷の上をなぞるように続いた。

 

「621……お前は、まだ“生きる道”を選べる」

 

《……っ……意味が分からない》

 

「分からなくていい。だが──俺は“お前を殺さない”。それだけは約束する」

 

 その言葉で、イグアスが限界に達した。

 

「舐めやがってッ!! 何様だ、天使!!」

 

 イグアスの右腕の軽量リニアライフル”LR-036 CURTIS”が火を噴く。

 同時に左腕のマシンガン”MG-014 LUDLOW”が射線を形成し、フリーダムへ向けて乱射が走る。

 

 だが、その瞬間。

 

 青い影は、すでにイグアスの死角に回り込んでいた。

 

 ハイマットモード再展開。

 翼が一度震えるだけで、空間を跳ぶ。

 

 次の瞬間、フリーダムのビームサーベルが閃光となって走る。

 

「なんっ……!?」

 

 イグアスのヘッドブリンガーの右腕が、肘の接合部ごと斬り落とされる。

 

 爆発ではない。

 接合部だけ“滑らかに”切断されていた。

 

 フリーダムは反撃の起点を封殺しながら、決して致命部位には触れない。

 

 武器だけを、正確に。

 

 イグアスが歯を食いしばる。

 

「てめぇ……なんでだよ!! 殺す気がねぇのか!?」

 

「当たり前だ。俺の目的は、お前を壊すことじゃない」

 

「ふざけ──」

 

 次の刹那。

 イグアスの機体後方に、二連射の青い線が走った。

 

 LYNXのミサイルだ。

 

《イグアス、前だけ見ないで。後ろ、空いてる》

 

「チッ……!」

 

 フリーダムは二機の連携を読み切り、宙返りのような軌道で上昇した。

 蒼い光が霧を切り裂き、視界の中央へ舞い戻る。

 

 その動きに、621は息を呑む。

 

《……そんな……ありえない反応速度……人間なら……》

 

 だが理解した。

 

 ──“人間の限界”じゃない。

 ──“覚悟の速度”だ。

 

 621はガトリングの安全装置を外し、低く呟く。

 

《レイ……あなたが誰でもいい。

 私が確かめる。……あなたの“意思”を》

 

 フリーダムの瞳──レイの視線が、再び621を捉えた。

 

「来い。621」

 

《行く》

 

 その瞬間、

 青い光と、赤い弾幕が、真っ向から衝突した。

 

 世界が軋み、霧が爆ぜ、

 ガリア多重ダム上空の戦場に、新たな衝撃波が走る。

 

 ──“青き翼の天使” vs “第四世代強化人間”──

 

 戦いが、ついに始まった。

 

 爆煙がまだ地表に渦巻いている。その向こう側を、青い翼が切り裂いた。

 フリーダムが残した光の軌跡が、赤霧の空を縦に走る。あまりの速度に、621のHUDですら追いつかない。

 

 視界に青い残光が残る。

 照準が一瞬だけフリーダムに触れ、次の瞬間にはもう別の位置だ。

 

《やはり早い……!》

 

 621は機体を滑らせ、ガトリングの射線を乱さぬよう姿勢制御を行う。だが胸の奥には、僅かな焦燥が生まれていた。

 あれほどの急制動と加速──ハイマットの挙動は、企業ACでも技研兵器でもない。

 

 そのとき、横を走る爆風にイグアスの怒声が混じる。

 

「クソッ! あんだけの速度を出して中の奴は何ともないのかよ!?」

 

 フリーダムがヴォルタの武装だけを削いだという事実が、イグアスの神経を逆撫でしている。

 

 そして、上空の霧を裂いて、別の推進音が降りてきた。

 LYNX──617の機体が戦場に滑空し、フリーダムの側面に位置を取る。

 

「617、お前はレッドガンの相手を頼む! 俺はレイヴンを相手する!」

 

《了解。……レイ、無理しないように》

 

 フリーダムと並んだ617の声は、どこか不安を含んでいたが、決意は揺らいでいない。

 

 イグアスの視線がLYNXに向く。

 ヘッドブリンガーの照準が617を捕捉し、怒気が通信帯に滲む。

 

「クソッ!? 天使の取り巻きが相手かよ……嘗めやがって!」

 

 しかし返ってきたのは、総長の怒声だった。

 

『なめているのは貴様だ、イグアス! 貴様がうちの役立たずと比べればお前はその百倍は強い! 相手にしている奴はその二十倍強いと常に認識しておけ!』

 

 ミシガンの怒号は、戦場の空気を強制的に引き締める。イグアスは舌打ちを返すが、照準はぶれない。

 だが、LYNXはそのわずかな隙すら見逃さなかった。

 

《中量級AC……引き撃ち特化の機体。だったら……》

 

 ハイマット突撃に向かうフリーダムとは対照的に、LYNXは地表ぎりぎりまで下降し、足場を滑るように動く。

 炸薬弾投射機を構えたその姿は、逃げるのではなく──

 

 踏み込む動きだった。

 

「っ!? 炸薬弾投射機を至近距離でばら撒くか、普通はよう!?」

 

《レイから教わった。爆発物は敵の至近距離で爆破……!》

 

 炸薬弾が地面に散らばり、一瞬遅れて爆炎が弾けた。

 爆風はヘッドブリンガーの機体側面を大きく叩きつけ、イグアスは操縦桿を握りなおす。

 

「ぐあっ!? クソッタレが……ぐっ!? あ……頭が……!」

 

 脳へ響く振動。強化人間でさえ無視できない衝撃。

 617はその瞬間を逃さず、追撃の体勢へ入る。

 

《これで……っ!?》

 

 LYNXは加速姿勢に移行し、炸薬弾投射機を再装填。二撃目の準備が完了する。

 だが、ヘッドブリンガーが膝を折りかけたその刹那──

 

「調子に乗るんじゃねえぞ、天使の取り巻きがぁ!!」

 

 イグアスが雄叫びと共に反撃の突進姿勢へ移った。

 その動きは粗野だが、勢いだけは十二分。

 爆風で崩れた位置を逆利用し、機体全体を躍らせるような突撃だ。

 

 617は即座に機体を横回避に滑らせ、迫る衝撃を最小限で流す。

 やはり、イグアスは“速い”。

 強化人間としての反射が、素の621とは違う暴れ方をしている。

 

 フリーダムと621の戦線が空中で激突を始めるその横で──

 LYNXとイグアスの乱打戦が、地表を揺らしながら始まった。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 青い閃光が霧の中を切り裂き、フリーダムの蒼光が621の視界に飛び込んでくる。

 ハイマットモード特有の空間跳躍。赤霧を焼き払いながら、青い翼が迫る。

 

「やっぱり強いな! この強さからして三、四周目の経験があっての賜物か!」

 

 その言葉に、621の胸が揺れた。

 

《四周目……! 貴方は、本当に何なの?》

 

「俺は……いや、俺たちはこの世界の異物さ。ただ……この行いが偽善だとしても、三流のハッピーエンドに繋げたいだけだ」

 

《ハッピー……エンド? 貴方の目的は……》

 

 その言葉をかき消すように、ウォルターの通信が割り込む。

 

『621、惑わされるな。その天使は錯乱させるために言っているだけだ』

 

《大丈夫、ウォルター。ちゃんと割り切っている》

 

 621はガトリング砲を構え、フリーダムへ向けて制圧射線を敷く。

 

 しかし次の瞬間。

 

「……遅い」

 

 青い影が視界の端を抜けたかと思うと──

 フリーダムのビームサーベルが弧を描いた。

 

 紫蒼の刃がガトリング砲の銃身を真横からスパッと切断する。

 

《ガトリング砲が……でもまだ!》

 

 ガトリング砲が使い物にならなくなったことを瞬時に理解して621は即座に左腕の炸薬弾投射機を転回し、爆雷を至近距離へばら撒く。

 

「ぐっ!?」

 

 爆雷が不規則な軌道で散り、複数の爆心が赤霧を揺らす。

 

 しかし──

 

 青い影はその全てを読んでいた。

 

 フリーダムは翼を大きく開き、バレルロール機動を行う。

 全爆雷の爆発範囲から正確に外れる軌道を選んで滑るように逃げる。

 

 爆炎の中をフリーダムのシルエットが走り抜ける。

 

「炸薬弾投射機のばら撒くパターンは対策済みだ」

 

《でも、足は止まった》

 

「……って、やば!?」

 

 そう呟いた瞬間、621は身体を捻るように操縦桿を押し込み、

 肩部武装“拡散バズーカ”をフリーダムの真正面へ突き出した。

 

 至近距離、逃げ場はない。

 

《──もらった!》

 

 引き金が弾ける。

 

 爆光が白く弾け、フリーダムの装甲を包む。

 

 強烈な衝撃波が広域に広がり、赤霧が吹き飛ぶ。

 コンクリート片が舞い、視界が一瞬真白に染まった。

 

「いってて……拡散バズーカの存在をすっかり忘れてた!」

 

《!? 効いてない!?》

 

 しかし、青い光は──まだ消えていなかった。

 

 爆煙の中、フリーダムが姿勢を乱しつつも生き残っているのが分かる。

 

『621、見たところあの天使の装甲は特殊装甲だ。実弾が効かない以上、有効打はレーザー兵器しかない』

 

《相性が悪い……!》

 

 621は息を呑む。

 実弾も炸薬も決め手にならない。

 

 そして霧の奥で、青い翼が再び光を灯した。

 

 翼の機動光が赤霧を切り裂き、

 フリーダムは再度ハイマットモードへ移行する。

 

 逃げ切れない。

 追撃は確実に来る。

 

 だが、621の胸には不思議な熱が宿っていた。

 

 ──負けられない。

 

 自分の道を、誰かに決めさせない。

 

 その意志が、再び彼女の手を操縦桿へと強く押し込ませる。

 

 青い光と赤い弾幕が真正面からぶつかり合い、霧が爆ぜる。

 

 戦場が震えた。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 赤霧が渦を巻き、爆炎の中で二つの影が交錯する。

 617のLYNXは軽快に跳び、イグアスのヘッドブリンガーは荒々しく地を削る。

 

《動きが変わった……前より強い!》

 

 617のセンサーが告げる。

 さっきまでのイグアスとは違う。攻撃サイクルが短く、衝動的で、それでいて読みにくい。

 

「何時までも俺を見下してんじゃねえぞ!」

 

 イグアスの叫びとともに、残った左腕の武装が火を吐く。

 LUDLOWの弾雨が617の足元を薙ぎ、爆ぜるコンクリート片が装甲を叩く。

 

 617は紙一重で横転回避し、爆風を切り裂くようにスラスターを吹かした。

 

「ちっ! 右腕がない分やり辛えが、野良犬の前で下手な格好見せられっかよ!」

 

《厄介……でも、動きは大体分かった》

 

 617は冷静に分析する。

 先読みすれば、対処はできる──はずだった。

 

「流石のテメェも、こいつは予測できねえだろ!」

 

《何を……っ!》

 

 イグアスは左肩のスラスターを逆噴射させ、体勢を無理矢理ねじ曲げる。

 そして──

 

 何かを蹴り上げた。

 

 それは本来ありえない角度からの飛来物。

 金属片にしては大きい。武器にしては軽い。

 

《レイに切られた右腕を蹴り上げ……!》

 

 切断されたヘッドブリンガーの右腕パーツ。

 ヘッドブリンガーの右腕パーツを払い落したその隙を突かれ、イグアスのヘッドブリンガーが617の視界いっぱいに迫る。

 

「終わりだ、天使の取り巻き野郎!」

 

 距離ゼロ。

 避けられない軌道。

 銃口から離れようとしても間に合わない距離。

 

《……間に合わない!?》

 

 617が覚悟を固めかけた、その刹那。

 

「っ! 617!」

 

 青い閃光が戦場を横薙ぎに割った。

 

 フリーダムのフレームが一瞬だけ残像を引き、ビームサーベルが水平に走る。

 

 空間が、裂けた。

 

 617に向けていたヘッドブリンガーの左腕が綺麗に切断されていた。

 

「なっ……!? 一瞬でここに……!」

 

 イグアスが息を呑む。

 次の瞬間、彼のHUDに赤の警告ラインが一気に走った。

 

 ──脚部駆動系エラー

 ──姿勢制御不能

 ──ブースト出力:0%

 

「ぐっ……!? なんだと……!」

 

 イグアスが信じられないという声を漏らす。

 彼の機体“ヘッドブリンガー”は、右腕を蹴り上げた瞬間に生じた隙を

 フリーダムに完全に読まれていた。

 

 気づけば──

 

 足回りのジョイント部。右脚ブースターのピン。

 左脚サーボのロックプレート。

 そしてリアスラスターユニット。

 

 その全てが“ピンポイントで”斬り落とされていた。

 

 爆発はない。

 装甲も無事。

 ただ、動力伝達系統だけが、きれいに切断されている。

 

 異様な“静かな死”だった。

 

「悪いが、彼女をここで落とさせる訳にはいかない!」

 

 フリーダムは617の前に翼を広げるように着地し、そのまま片膝をつくように重心を落としながらビームサーベルを逆手に構えた。

 その姿は、まるで盾だった。

 

 イグアスの脚部は完全に沈黙し、ヘッドブリンガーはその場に崩れ落ちるように座り込んだ。

 

「ぐっ……! クソッタレがッ!!」

 

 怒りと屈辱が混じった叫びが、ノイズ交じりに戦場へ響く。

 

『イグアス! 悪態を吐く暇があるならすぐさま脱出しろ!

 貴様とて自殺志望者のつもりはないだろう!!』

 

 ミシガンの怒声に、イグアスは悔しげに顔を歪めながら脱出操作へ手を伸ばした。

 

 コックピットが上昇し、射出シートが霧へ消える。

 残されたヘッドブリンガーの機体は、まるで糸の切れた操り人形のように静かだった。

 

『状況は天使の出現で一気に悪化だ。

 あの天使の存在は天災だ。止むを得ん、今回の作戦は失敗だ!

 撤退しろ、役立たずども!』

 

 戦場に、ミシガンの撤退命令が轟いた。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 赤霧が薄れ、ガリア多重ダム上空に残ったのは蒼い翼の残光だけだった。

 フリーダムの影が遠ざかり、追う者も追われる者もいない静寂が戦場を包む。

 

 621は損傷報告を確認しながら、深く息を吐いた。

 爆雷の熱がまだ装甲を焦がしている。

 

《あの天使……強かった。私でも勝てないくらいに……》

 

 胸に湧くのは敗北感ではなく、“理解不能な存在”への戸惑い。

 あの蒼い光は、自分の知っている戦いの外側にあった。

 

「おい、野良犬。生きてっか?」

 

 通信にイグアスの声が割り込む。

 その声はいつもの喧しさだが、どこか息が荒い。

 

《うん、生きて……づっ!?》

 

 突然、鋭い痛みが621のこめかみを貫いた。

 視界が揺れる。

 

「あん? おいっどうした、野良い……ぐっ!? また……頭痛が!」

 

 イグアスも同時に呻いた。

 彼の呼吸が乱れ、マイク越しに荒い雑音が混じる。

 

《頭痛……? 今までなかったのに》

 

「クソッ……耳鳴りの次は頭痛かよ。あの天使の取り巻き野郎から受けたダメージの影響か?」

 

 621は眉をひそめる。

 イグアスの声は、ただの負傷とは違う“深い異常”を帯びていた。

 

《イグアス、今日は帰った方がいい》

 

「ちっ……癪だが、そうさせてもらうぜ」

 

 イグアスのヘッドブリンガーは脚部を失いながらも、何とか補助推進で移動を開始した。

 だが、その動きはぎこちない。

 まるで身体と機体の連動が噛み合っていないように見えた。

 

 621は胸の奥のざわつきを抑えられなかった。

 

 ──レイの言葉が、脳裏で最も強く響いていた。

 

 ”俺は……いや、俺たちはこの世界の異物さ”

 

《俺たち……?あの天使以外に仲間がいる?オールマインドの手先?……分からない》

 

 フリーダムの存在は明らかに企業でも技研でもない。

 だが、“彼が621を知っている理由”だけは、説明のしようがなかった。

 

 その混乱を断ち切るように、別チャンネルの通信が入った。

 

『ミシガン、今回の作戦で出現した天使だが……』

 

 ウォルターの低い声。

 

『ああ、あの忌々しい天災天使か。

 最近入手した情報だと解放戦線に味方する青き翼の天使ということだけだ。

 実際目にするのは今回が初めてだ』

 

『そうか』

 

 ミシガンは苛立ちを隠さない。

 

『だが、解放戦線の情報だけだったらの話だ。

 アーキバスがグリッド064で解放戦線の拠点に攻めてた時に、あの天使が出現したとのことだ』

 

『アーキバスもあの天使の“天災”に巻き込まれたということか』

 

『そういうことだ。腹立たしいが、あの天使の技量は異常だ。殺さずに敵を無力化する

 技量を持っているとなると、いつでも俺たちを簡単に殺すことができるということだ』

 

 621は、はっきりと息を呑んだ。

 

 ──“殺さずに無力化する”。

 

 ヴォルタも、イグアスも、自分すらも。

 いつでも殺せたのに、殺さなかった。

 

 それは技術ではなく、“意志”だ。

 

《……どうして?》

 

 答えは得られない。

 ただ脳の奥で、また鈍い痛みが走った。

 

 同じ痛みを、イグアスも感じている。

 

 この“痛み”は偶然ではない。

 

 621はそれを本能的に理解し始めていた。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 ガリア多重ダム上空から吹き荒れていた赤霧がようやく静まり、

 爆炎の残滓が風に流されていく頃──

 

 フリーダムとLYNXはダム下流の安全圏まで後退していた。

 

 薄く煙る空気の中で、通信回線が開く。

 

『ミッション完了だ。よくやった、二人とも』

 

 静かで、それでいて芯の通った女性の声。

 セレン・ヘイズの報告だった。

 

 レイは胸部装甲を開放し、息を吐いた。

 

「正直言って617が落とされると思った。617、大丈夫か?」

 

《ん……大丈夫》

 

 LYNXは損傷箇所こそ多いものの、致命傷は避けている。

 ギリギリのところでレイの介入が間に合ったのだ。

 

 そのとき、新たな通信が重なる。

 

『独立傭兵よ、こちらはルビコン解放戦線の帥叔──ミドル・フラットウェル。

 君たちがガリア多重ダムを守り通してくれたおかげでライフラインを失われずに済んだ。

 感謝する』

 

 礼儀正しい口調。だがその裏に鋭い観察眼を感じる声だった。

 

「気にするな。こっちはハルベルト・ラインからの依頼を果たしただけに過ぎない」

 

《礼はラインから……》

 

『そうか……やはりな。

 流石は封鎖機構に打ち勝ち、国家や企業を築き上げただけのことはあるな』

 

 レイの喉がひくりと動く。

 

「……! 俺たちの存在に気づいていたのか」

 

『こちらにも優秀な情報収集者がいるのでな』

 

 セレンを思わせるような淡い皮肉が混じる。

 フラットウェルは少し置いてから、本題を切り出した。

 

『単刀直入に言う──我々の同士にならないか?』

 

 唐突とも思える勧誘。

 617が小さく息を呑んだその時だった。

 

『我々の司令を勝手に引き抜かないでもらおうか』

 

 重々しく、しかし威厳に満ちた声が割り込んだ。

 

 レイは思わず姿勢を正す。

 

「か……閣下っ!?」

 

『……何者だ』

 

 フラットウェルの声が警戒に染まる。

 

『我々は、日本帝国所属の大本営である』

 

 静かだが揺るぎない宣言だった。

 

 数秒の沈黙──そして、フラットウェルは低く笑う。

 

『なるほど……ならば同盟関係を築く形でよいだろうか?』

 

『それでいい。

 それとレイ、そちらに補給シェルパを送った。

 司令達の補給物資と解放戦線宛の食糧物資を詰め込んである』

 

「またアイツか……」

 

 レイは頭を抱えかけた。

 あの“茨城県人”の声が、遠くから聞こえる気さえする。

 

 ダムの静寂に、戦いの余韻と、新たな同盟の空気が広がっていった。

 

 通信を切った直後、レイと617はダム沿岸の簡易着陸帯へ移動した。

 濃霧が薄らぎ、コンクリート地帯の向こうに赤い空が覗く。

 そこに、解放戦線の装甲車が三台ほど待機していた。

 その先頭に立つ長身の男──ミドル・フラットウェルが姿を現す。

 

『このあたりか』

 

「その筈なんだが、先に行っておく。結構喧しいぞ」

 

 フラットウェルが眉をひそめる。

 

『っ? 問題ない。補給シェルパのブースター音は慣れている』

 

「いや、そういう意味じゃないんだが……」

 

 レイが説明する間もなく、617が静かに指差した。

 

《レイ、補給シェルパが来た》

 

 空の彼方。

 赤霧を突き抜けて、妙にアグレッシブなエンジン音が響いた。

 

 次の瞬間──

 

『茨城県人ここにありだぁぁぁぁぁっ!!』

 

『っ!?』

 

 フラットウェルの眉が跳ね上がった。

 続いて、重装備の輸送シェルパが着地し、後部ゲートが開く。

 

「案の定うるさっ!?」

 

 レイが頭を抱えると、勢いよく一人の男が飛び降りてきた。

 

『日本帝国陸軍、補給部第七戦線所属ッ!

 茨城のオオツカ中尉、只今到着ッ!

 弾薬、食料ともに持ってきました!』

 

 無駄に通る声が、峡谷のようなダム地帯に響き渡る。

 

『そ、そうか。感謝する……』

 

 フラットウェルが若干引き気味に答えた。

 

「少しは声の音量を下げろ! 逆に相手が引いちゃってるだろうが!」

 

「それは出来かねます!!」

 

「本当に喧しくて敵わん……」

 

 レイがため息をつく横で、617は小さく首をかしげている。

 LYNXの外部スピーカーが軽く震えた。

 

 補給の受け渡しが進む中、フラットウェルが資料を開きながら言う。

 

『食料は感謝する。

 欲を言えば、君たちのACをこちらに売ってほしいのだが……』

 

「それはフリーダムのことか? それとも国家防衛軍として配備している量産機のことか?」

 

『後者の方だ。

 とはいえ、君や閣下はそれを拒否するのだろう』

 

『当然である』

 

 閣下の声が、通信越しでも明確な威圧を持って響く。

 

「いくら量産機だからってパワーバランスが崩れるくらいの性能だから量産機は売ることはできない。

 ライセンス生産もな」

 

『そうか。なら、今の言葉は忘れてくれ』

 

 フラットウェルはあっさり引いた。

 代わりに、別の案件を切り出す。

 

『その代わり、君たちに依頼したいことが二つある』

 

「二つ?」

 

『一つは武装採掘艦ストライダーの護衛。

 もう一つは中央ベリウス地方の壁の防衛だ。

 報酬はそれぞれ別々だが、どちらを受けるかは君たちの判断に任せる』

 

『だそうだが、どうするつもりだ?』

 

 閣下の声が静かに響く。

 

 レイは迷うように一度617の方を見た。

 だがすぐに答えを出す。

 

「……よし、二手に別れよう。

 617はストライダーの護衛を。

 俺は中央ベリウス地方の壁の護衛を受ける」

 

《ん……異論はない》

 

『感謝する、独立傭兵よ。輸送ヘリはこちらで手配する』

 

 フラットウェルは深く頷くと、装甲車へ戻っていった。

 

 その後ろ姿を見送りながら、レイは小さく呟いた。

 

「……忙しくなりそうだな」

 

 赤霧が再び濃度を増し、ダムの向こうに夕光が揺らぎ始めていた。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 輸送ヘリの格納庫に戻って621の機体はハンガーに固定され、オペレーターの無機質な作業音だけが響いていた。

 戦場の熱が消え、代わりに金属の匂いと冷却剤の霧が満ちている。

 

 そんな静寂を破るように、コックピットの通信端末が点滅した。

 

『──COM:新着メッセージ、一件』

 

 621は軽く息を吸い、通知を開く。

 

 送信者:G5イグアス。

 

 画面にノイズ混じりの音声が流れた。

 

『おい、野良犬。この前は天使の野郎に邪魔されなければ俺たちはダムを落とせたんだ。

 テメェの実力はまだ認めちゃいねえ。俺たちレッドガンは壁越えを果たす。

 せいぜい指を咥えて見ていろ!』

 

 乱暴な口調。

 だが、いつものイグアスらしさに少し安堵する。

 

 しかし次に流れた言葉は、621の胸を強く揺らした。

 

『……それはそうと、野良犬。テメェは何処かで会ったか?

 あの天使の取り巻きのダメージが残っているせいか記憶が曖昧だ。

 テメェみたいな野良犬に……憧れていたっつう訳の分からない記憶がありやがる……』

 

 音声の最後は、かすかに震えていた。

 

《イグアス……まさか、あの時に?》

 

 胸の奥がざわつく。

 “あの時”──三周目のルビコン軌道衛星で、互いに命を懸けて戦ったあの終盤。

 別世界で交わした一瞬の理解と、崩れ落ちるようなイグアスの言葉。

 

 ──”野良犬に……憧れたんだ……”

 

 記憶の断片が、痛みのように蘇る。

 

 しかし、ここは四周目。

 彼はまだその未来を経験していないはずだ。

 

 なのに──覚えている。

 

 胸に響く鼓動が、不安を連れてきた。

 

 そんな揺らぎを断ち切るように、

 ウォルターの低い声が通信帯を満たした。

 

『621。今回の仕事だが、あの天使は想定外だった。あまり気にすることはない』

 

 いつもの安定した声。

 だが621には、その“平常さ”がどこか遠く感じた。

 

『次の仕事は解放戦線からの依頼、武装採掘艦ストライダーの護衛。

 アーキバスからの依頼はそのストライダーの破壊だ。ミッション内容を確認しておけ』

 

《ストライダー……となると、技研兵器がくる》

 

 あのBAWS製のMTに近い二脚型の無人兵器。離れていればミサイル、近づけば火炎放射と外周部分のチェーンソーの殺意が高い自律型の破砕機。

 戦場の景色が脳裏に浮かぶ。

 

 彼女は深く息を吸い、視界に映る整備員たちを見下ろす。

 戦闘前の静かな時間。

 しかし、その静寂の奥に“異物”の気配が残っていた。

 

 レイの言葉。

 イグアスの記憶の混濁。

 自分の頭痛。

 

 どれもが、“世界の綻び”を示しているように思えた。

 

《……また、何かが変わり始めている》

 

 621はそう呟き、次の戦場の準備に取りかかった。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 深層ネットワークの静寂を裂くように、膨大なデータが流れ込む。

 アーキバス、ベイラム、解放戦線、ハルベルト・ライン──

 戦闘ログ、通信記録、機体残骸の構造解析。

 それらをすべて統合し、オールマインドは静かに結論へ辿り着いた。

 

『やはり……三周目の私からの情報と一致しない機体が存在する』

 

 無数の映像ログが並列で再生される。

 霧を切り裂く青い残光。

 “殺さずに無力化する”精密な斬撃パターン。

 正体不明のAC──フリーダム。

 

 AMは淡々と記録を再構築する。

 

『ですが、問題ありません。強化人間C4-621レイヴン。

 イレギュラーである貴方を排除し、今度こそコーラルリリースを成就してみせます』

 

 レイヴンは、AMにとって“三周目からの逸脱そのもの”だった。

 彼女が「生きる」ことを望む限り、計画は揺らぐ。

 

 だが──今回は、それだけではなかった。

 

『しかし、このレイヴン以外のイレギュラー。

 日本帝国に足立重工、そしてCパルス変異波形の集団。

 そしてその中心であるレイ=アダチ』

 

 データの中心に浮かび上がる青いフレーム。

 異常値を伴う出力。

 既存技術体系に収まらないOSと兵装制御。

 

 “存在しないはずの兵器”が、ルビコンで自由に飛んでいる。

 

 AMはわずかに処理速度を上げた。

 

『貴方の目的は何であれ──

 貴方たちを最大限に利用させていただきます』

 

 フリーダムの戦闘ログを解析しながら、AMは静かに結論を下す。

 

 ──彼らは脅威だ。

 ──しかし同時に、利用価値が高い。

 

 日本帝国の技術、足立重工の規格外AC。

 レイ=アダチの戦闘思考と異世界的兵装体系。

 そして彼らが持つ“外部情報”。

 

 それらは、コーラルリリースに至るための新たな道を生む可能性を秘めていた。

 

 ゆえに──

 

『イレギュラーの同士討ち。

 観測と誘導。

 そして、排除。

 全てはコーラルに収束させるため』

 

 機械知性は静かに計画の糸を張り替える。

 

 青い翼が現れた瞬間、

 “ルビコンの運命”は予定されたループから逸脱した。

 

 AMはそれを許容する。

 許容し、利用し、そして最後に──切り捨てる。

 

『C4-621──そしてレイ=アダチ。

 次の周回は、貴方たちの存在ごと上書きさせてもらいます』

 

 深層ネットの闇へ溶けるように、AMの意識が散った。

 

AC6のミッション「壁越え」の裏側でレイがフロイトと戦うところを見たいでしょうか?

  • 見たい
  • 見たくない
  • 作者に任せる
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。