転生したらCパルス変異波形だったので、ガンダムを作ります。   作:コレクトマン

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ストライダーの護衛、暴れまわるC兵器群

 ルビコンの空は、いつも通り濁った赤に染まっていた。

 621のACは輸送ヘリの格納庫で静かに固定され、冷却剤の白い霧が足元で揺れている。

 

 ヘルメット越しのHUDに、突然通信ウィンドウが開いた。

 

『621、仕事だ。ルビコン解放戦線から依頼が来ている』

 

 ウォルターの低い声が、格納庫の静寂を断ち切る。

 

 続いて別ラインが接続され、重みのある男性の声が流れ込んだ。

 

『独立傭兵レイヴン。あなたに引き受けて貰いたい作戦がある』

 

 アーシル──解放戦線の前線指揮官の声だった。

 

 621は自然と背筋を伸ばす。

 戦場に慣れている彼女でも、アーシルの声はどこか緊張を走らせる響きを持っていた。

 

『内容は……我々の武装採掘艦”ストライダー”の護衛。

 企業の侵略行為は留まることを知らず、ベリウス西部“ボナ・デア砂丘”まで広がっている……!』

 

 周囲の整備員が作業を止めたかのように錯覚するほど、アーシルの声は切迫していた。

 

 621はストライダーの名を聞いた瞬間、眼前に巨大な影が思い浮かぶ。

 ルビコンの砂丘を踏み砕きながら進む、装甲の山のような移動要塞。

 

 その巨体が、“護衛依頼を必要としている”。

 

 相手は企業連合。

 BAWS製C兵器群と、ベイラムの侵攻部隊。

 護衛任務は簡単なはずがない。

 

『……元々ストライダーはコーラルを汲み、分け合うための移動式拠点だった。

 ドーザーに大金を積んでまでして武装化したのだ……! 失うわけにはいかない』

 

 アーシルの言葉は静かだが、確かな怒りと焦りが滲んでいる。

 

 企業がストライダーを破壊すれば──

 解放戦線は戦線維持どころか生存すら危うくなる。

 

『今回の作戦で、独立傭兵セレン・ヘイズが協力する手筈となっている。

 彼女とうまく連携してくれると助かる』

 

 その名を聞いた瞬間、621の呼吸がわずかに止まった。

 

《セレン・ヘイズ……》

 

 あの天使──フリーダムと共に戦っていた独立傭兵。

 霧の向こうで青い光を追った、淡い後姿。

 

 彼女を追うことで、何かが繋がるかもしれない。

 

『貴方の助力を得られることを願う……!』

 

 アーシルの通信が切れ、格納庫の空気が戻った。

 

 621は小さく息を吐く。

 

《あの天使の片割れ……接触できれば何か情報が……!》

 

 レイ、そしてフリーダム。

 “異物”と呼ばれる謎の存在。

 

 その近くにいたセレンに接触できる唯一の機会。

 

 そこへウォルターが重い声で言葉を重ねた。

 

『敵対する両陣営から同時に依頼が来るとはな。……お前の仕事だ、好きに選べ』

 

 621は迷わなかった。

 

《ん、決まっている。ストライダーの護衛を受ける。

 でも、護衛対象の詳細を確認する必要があるから先に合流する》

 

『分かった。結果さえ出せば名が売れるのが独立傭兵の利点だ』

 

 通信が途切れ、霧の奥で整備灯が瞬いた。

 

 621は機体のコクピットに手を伸ばす。

 

 今回の戦場は、ただの護衛任務ではない。

 

 ──“あの天使”へ至る唯一の道。

 

 胸の奥が静かに熱を帯び始める。

 

 ストライダーの巨影が、すぐそこまで迫っている気がした。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 ボナ・デア砂丘に広がる砂煙の音が、レイの鼓膜を震わせていた。

 砂の海を渡る乾いた風。

 照り返す赤光の向こうには、巨大な影がゆっくりと脚を進めている。

 

 武装採掘艦《ストライダー》。

 

 ドーザーが無理やり武装を盛った、急造の“歩く拠点”。

 その巨体は圧倒的だが、装甲の継ぎ接ぎや露出した配線が緊急対応の跡を物語っていた。

 

 少し離れた岩陰で、セレン・ヘイズの機体が佇んでいた。

 冷静な青のフレームが風を切り、レイと617が着地したのを察知して通信を開く。

 

『作戦の説明に移る。今回の作戦は武装採掘艦ストライダーの護衛だ。

 アーキバスが雇った独立傭兵を片付けるのがお前の仕事だ』

 

 レイはストライダーの艦体を眺める。

 巨大な船体は砂丘の中に不自然に存在し、動くたびに異様な金属音を響かせていた。

 

『正直に言えばあの採掘艦は、解放戦線がドーザーに大金をはたいて武装化した急ごしらえ艦だ。

 ……よくもまあ採掘艦を武装化したものだ』

 

 セレンの皮肉は砂漠の乾いた風にはっきりと乗った。

 

『今回の作戦で、ガリア多重ダムで攻めて来た独立傭兵レイヴンが解放戦線の依頼を受け、護衛に回るそうだ』

 

 その名が出た瞬間、フリーダムの操縦席でレイの目が細くなった。

 

 レイヴン──

 ガリア多重ダムで僅かな時間ぶつかった相手。

 見覚えがあり、記憶がよみがえり、世界との“違和感”を与えてきた存在。

 

《レイヴン……! 621》

 

 617の声が、レイの思考を静かに補強する。

 

『奴とは何かしらの縁があるなら会って確かめるがいい。作戦内容は以上だ』

 

 セレンの通信は淡々としていたが、どこか含みがあった。

 

 レイは深く息を吐き出す。

 

「ストライダーの護衛か……617、今のアセンブルのまま行った方がいい。何となく嫌な予感がする」

 

《ん……分かった》

 

 短い返答だが、その中に617の確かな意志があった。

 

 その様子を見て、セレンは小さく笑う。

 

『相も変わらず仲がいいことだな。

 それとレイ、お前には中央ベリウス地方の壁の方に向かってもらう。

 何でもアーキバスが壁越えを行おうという情報を入手した』

 

「アーキバス? ベイラムじゃなくてか?」

 

 レイの眉がわずかに吊り上がる。

 

『どこかの天使の馬鹿が派手に暴れまわったからな。

 レッドガンの主力AC部隊は機体だけお釈迦にされたから壁越えをしようにも戦力不足だ』

 

「あーっ……やりすぎたとは思っているが」

 

 自覚はある。

 フリーダムで二機を同時に相手したあの乱戦。

 レイは冷静だったが、結果的に“企業側の戦力破壊”に片足を突っ込んでしまっていた。

 

『ならばとことんやれ。連中に泣きが出ても容赦ないくらいにな』

 

「鬼か、あんたは……」

 

 しかし、セレンの声には僅かに含み笑いの気配が混じっている。

 

 レイは617に視線を向ける。

 

 617は静かに頷き返し、ストライダー護衛のため砂丘側へ歩みを進めた。

 

 レイは逆方向──

 中央ベリウス地方の壁へ向かうため、ブースターを起動する。

 

 砂丘を切り裂く二つの駆動音が、

 やがてそれぞれの戦場へと向かっていった。

 

 確実に、物語は分岐を始める。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 砂丘を渡る熱風がストライダーの巨体を撫で、赤い粒子がゆらゆらと空気の層を作っていた。

 武装採掘艦は低く唸るように脚を動かし、稼働準備の振動が地表にまで伝わってくる。

 

 621が着地した瞬間、解放戦線の装甲歩兵が駆け寄ってきた。

 

「独立傭兵レイヴン、そしてセレン。今回の作戦の参加に感謝する」

 

 短い礼。だが緊張は明らかだった。

 この砂丘がどれほど危険な戦場になるのか、彼らは理解している。

 

《今回は……彼女に会うために依頼を受けた》

 

 621は淡々と、しかしどこか探るように返した。

 

「彼女ならここに……」

 

 兵士が振り向いた先、砂丘の影から一本の細い残光が揺れる。

 青い軽量フレーム──LYNXが歩み出てきた。

 

《ん……初めまして、621》

 

 静かで、透明な声。

 機体越しでも分かる気配──617だ。

 

《貴方が……セレン。そして、私の名を……》

 

 621の疑問を遮るように、617の声音が優しく揺れた。

 

《ウォルター、元気そう?》

 

《ウォルター? 貴方はウォルターと知り合い?》

 

《ハウンズ。……ウォルターの元猟犬部隊。強化人間C4-617》

 

 その言葉に、621は思わず息を呑んだ。

 

 ハウンズ──

 ウォルターがかつて率いた強化人間の猟犬部隊。

 621も、その末端として生まれた“第四世代”。

 

 ならば617は──“同類”。

 

『何っ? まさか、お前は……』

 

 ウォルターの声が珍しく動揺を帯びる。

 普段は冷静なハンドラーが、617の存在だけでざわついていた。

 

 しかしその感傷を切り裂く声が、ストライダーの通信アンテナを震わせた。

 

『お前たち、会話中だが敵が来たぞ。

 すぐに出撃準備をしろ。ハンドラー・ウォルター、貴様も彼女のことが気になるのは分かるがそれは終わった後にしろ』

 

 セレン・ヘイズ特有の冷徹な声だった。

 

『……分かっている。621、617、仕事の時間だ』

 

《了解》

 

《ん……》

 

 短いやり取りで、三者の意思が同時に火をともす。

 

 遠くの砂丘が揺れ、企業のMT群と思われる影が複数、砂煙を上げながら接近してくる。

 その後ろには、ミサイル音の波形がかすかに混ざっていた。

 

 ストライダーの巨体が振動し、護衛部隊の照準が一斉に展開される。

 

 621と617は同時にスラスターをあげた。

 砂丘の向こうから吹き付ける熱気の中へ、二人は加速する。

 

 ──“天使の片割れ”と

 ──ウォルターの“もう一人の猟犬”。

 

 初めて肩を並べた瞬間、戦場が動き始めた。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 ボナ・デア砂丘の地平線上に、砂塵を切り裂く光点が複数走った。

 621のセンサーが低く警告音を鳴らす。

 

『ミッション開始……待て。この機影は──』

 

 ウォルターが声を落とす。

 

『技研のC兵器 “IA-05:WEEVIL”。

 二脚型だが、油断するな。速射砲と多連装ミサイルの弾幕が凶悪だ。

 コーラル推進で強引に踏み込んでくるぞ』

 

 言葉とほぼ同時。

 

 砂丘を切り裂くように、

 赤いコーラル炎を尾に引く二脚の影が跳び込んできた。

 

 外見はBAWS製MTに酷似しているが、その動きは比較にならない。

 

『見た目に騙されるな。

 あれは“重MTの皮を被った高速刺突兵器”だ。

 近づきすぎると速射砲で蜂の巣にされるぞ!』

 

 セレンの声が重なる。

 

 WEEVILが右腕部を上げ──

 2連装速射砲が火花を散らしながら連射を開始。

 

 直後、左右胸部のミサイルポッドが展開し、

 

 10連装×2、計20発のミサイルが一斉に解き放たれた。

 

 赤い尾を引く無数の軌跡が、砂丘の上空で蜘蛛の巣を描く。

 

《了解。617、あのC兵器が踏み込みの姿勢を見せたら回避してSONGBIRDSを撃ち込んで。

 私がMOONLIGHTで仕留める》

 

《分かった》

 

《何度も相手にした。だから対処法は分かる!》

 

 621は一気に高度を下げ、砂丘の影へ滑り込む。

 迫るミサイルの群れをクイックブーストで捌きながら、敵の踏み込みを待つ。

 

 その瞬間──

 

 WEEVILの両脚が沈み込み、赤いCパルス炎が背面から噴射。

 

『来るぞ、621! 突っ込んでくる!』

 

 獣のような爆発的加速とともに、WEEVILが一直線に肉薄してきた。

 

《617、今!》

 

 LYNXから放たれたSONGBIRDS二斉射。

 爆炎がWEEVILの胴体を揺らし、姿勢が一瞬だけ乱れる。

 

 

 

 そこへ蒼光が突き抜けた。

 

 MOONLIGHTが横一文字に閃き、

 WEEVILの頭部センサーが紫光に包まれる。

 

 切断。

 

 バランスを失ったC兵器が、赤い炎を散らして砂地へ崩れ落ちた。

 

『やったか……?』

 

 ウォルターの声がかすかに揺れる。

 

 しかし621の背面レーダーが次の瞬間、赤色に染まった。

 

「……違う」

 

『油断するな、まだ機影がある』

 

 セレンの冷静な声。

 その向こう、何かを削り出す駆動音が近づいていた。

 

 爆炎の向こう──砂丘の地形が、不自然に“盛り上がった”。

 

 次の瞬間、地表を破砕するような轟音が戦場を切り裂いた。

 

 

 

 ゴギャアアアアアアアアアッ!! 

 

 

 

 砂煙と火花を撒き散らしながら、巨大な“車輪”が飛び出した。

 

 直径二十メートル。

 外周にチェーンソーを無数に巻き付けた、破砕の化け物。

 

 IA-09──ヘリアンサス型。

 

 

 

『ヘリアンサス型だと……!?

 技研の研究者どもめ、あんなものを走らせて喜ぶか、変態どもが!』

 

 怒声も、暴走する破砕機の咆哮にかき消される。

 

 赤霧を切り裂きながら突進するその姿は、まるで“地獄のタイヤ”だった。

 

 突進してくるヘリアンサス型から、

 重く湿ったバグパイプの旋律が風を震わせて響き始めた。

 

 どこかの戦場行進曲のようで、しかし音階が妙に歪んでいる。

 袋に空気を送り込む独特の低い“ブォォォ……”という唸りが、

 回転チェーンソーの金属音と混ざって戦場を支配した。

 

『……何だ、この曲は? バグパイプか……?

 ヘリアンサス型から流れているのか?』

 

 赤霧を切り裂きながら突進する巨大な破砕機と、

 スコットランド式行軍曲のような哀愁を帯びた旋律。

 

 その組み合わせはあまりに異質で、

 まるで戦場そのものが狂気に染まっていくようだった。

 轟音の奥に、妙に明るい電子音が混じった。

 

 戦場に不釣り合いな、ねっとりした合成ボイスが響く。

 

『茜ちゃんやで~! アカネチャンカワイイヤッタ! って言ってな~!』

 

 ヘリアンサス型の回転が、音声に合わせて“ノる”。

 

 殺意の塊が、意味不明なテンションで迫ってくるという地獄。

 

《何、今の……?》

 

《私にも分からない。でも敵であることに変わりない》

 

 ヘリアンサス型が爆走。

 通過したルートは抉れ、砂が炎をまとって舞い上がる。

 

 WEEVILのミサイルがそれに続き、空と地上からストライダーを狙う。

 

『敵影! まだ来るぞ!』

 

 上空から索敵データが降りてくる。

 砂丘の向こう──赤い光が四つ。

 

『WEEVIL二体とヘリアンサス型二体。

 どうやらこいつらが最後の様だ』

 

 だが“最後”とは思えないほど絶望的な数だ。

 

 ヘリアンサス型は既に全速力。

 WEEVILはミサイルを一斉斉射しながら追従。

 

 砂丘全体が“死の波”のように迫る。

 

『621、617。畳みかけろ』

 

《分かっている》

 

《了解》

 

 二機のACがブーストを最大にし、砂丘上空へ跳び上がる。

 

 下では地獄の破砕機たちが、狂気じみた音声とコーラル炎を上げながら疾走する。

 

 JVLN ALPHAが構えられ──

 SONGBIRDSが予熱を開始する。

 

 砂丘の戦場は、いよいよ最終局面へ突入しようとしていた。

 

 

 

 砂丘の空気を震わせるバグパイプの不気味な旋律が、まだ微かに残っていた。

 巨大な破砕輪ヘリアンサス型が砂煙を巻き上げて横滑りし、赤い火花を散らす。

 

《617、そっちにヘリアンサスが行った!》

 

 621の警告と同時に、地表が爆ぜた。

 ヘリアンサス型が大車輪のように回転し、チェーンソーの火花を散らしながら617のLYNXへ突進する。

 

《ん、見えてる》

 

 617はブースターを逆噴射し、地面すれすれを滑走して死角へ潜り込む。

 外周のチェーンソーがかすめ、白銀の装甲が火花を帯びた。

 

《炸薬弾投射機、爆雷射出……!》

 

 左腕の投射機から爆雷が散弾のようにばら撒かれる。

 炸裂のタイミングを完璧に合わせ、ヘリアンサス型の外周の一部が爆発で浮き上がった。

 

 その一瞬の減速を、621は逃さない。

 

《ヘリアンサスは片付いた。後はWEEVILだけ……!》

 

 MOONLIGHTが蒼く閃き、爆炎の隙間を切断する。

 バグパイプの音色が途切れ、巨大車輪は砂の中で崩れ落ちた。

 

『良いぞ、そのまま押し切れ!』

 

 ウォルターの声が響く。

 

『残弾数に注意しつつ、技研の亡者どもの遺物を葬れ!』

 

 セレンの声は冷静だが苛立ちが混じっていた。

 

 残る2体のWEEVILが、深紅の炎を引きながら高速で地表を滑走してくる。

 履帯が砂を掘り、10連装ミサイルが同時に火を吹いた。

 

《これで……!》

 

 621は右腕のJVLN-ALPHAを構え、先読みで地面へ撃ち込む。

 タイミングは完璧だった。

 滑走していたWEEVILが爆炎に突っ込み、機体が天地を失う。

 

《決める……!》

 

 617のSONGBIRDSが頭上で弾け、二つ目のWEEVILが跳ね上がる。

 同時にMOONLIGHTが蒼い残光を引き、一刀の下に切り伏せた。

 

 砂丘に残ったのは崩れたC兵器の残骸だけだった。

 

『打ち止めのようだな……広域レーダーにも反応はない』

 

 ウォルターの声がようやく落ち着きを取り戻す。

 

『C兵器が現れたのは偶然とは思えん。

 何者かが技研兵器を差し向けたのだろう』

 

 セレンの冷静な分析に、621は視線を砂丘へ落とす。

 

『だが、詮索する余裕はない。621、617、お前たちは戻って休め』

 

《617、貴方と少し話がしたい》

 

《ん……レイのこと?》

 

《そう。あのレイという者を教えてほしい》

 

《分かった……私が知っている範囲なら》

 

 赤く染まった砂丘の風が吹き抜ける。

 C兵器の炎がまだ燻る中、

 二人はゆっくりと帰投ルートへ歩を進めた。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 輸送ヘリの揺れが落ち着き、ハンガーの照明が赤から白へ変わる。

 621と617の機体が固定され、整備員たちが忙しく動き回る中──

 

 621のコックピット端末が点滅した。

 

『──COM:新着メッセージ、一件』

 

 送信者はアーシル。

 音声が静かに再生された。

 

『独立傭兵レイヴン。そしてセレン。

 先ずは謝罪をさせてもらいたい。

 護衛してもらったことには感謝している。

 ──だが、援護どころか何もできず、我々は指を咥えて見ているだけだった』

 

 声には悔しさが滲んでいた。

 

『襲撃してきた機体だが、企業のものではなかったと同士から聞かせてもらった。

 あのような物がルビコンに存在しているなんて……』

 

 621は眉をひそめる。

 ヘリアンサス型の狂気めいた突進、WEEVILの赤い炎──

 あれは明らかに“企業規格外”だった。

 

『我々を窮地に追いやりたい勢力が他にもいるという事だろうか?

 ……独立傭兵レイヴン、セレン。貴方たちも用心してくれ』

 

 音声が切れ、ハンガーに静寂が落ちる。

 

 その静寂を破ったのは、ウォルターの低い声だった。

 

『617……まさか、お前が生きてたとは』

 

 617のモニターに緑のランプが灯る。

 

《ウォルター……ただいま》

 

 その一言で、ウォルターの声がかすかに震えた。

 

『617、お前にはいろいろ聞きたいことがある。

 あの天使とはどういう関係だ?』

 

《……》

 

 617は少し沈黙してから621を見る。

 

《617、教えてほしい》

 

《ん……分かった》

 

 617の声は淡々としているが、どこか記憶を辿るようにゆっくりだった。

 まるで“思い出したくない過去”と、“伝えなければならない現在”の境界を慎重に歩くような声。

 その奥には、強化人間特有の無感情さではなく──微かな揺らぎがあった。

 

 ハンガーの照明が617のコックピットを照らし、

 その薄い光の反射が、彼女の沈黙をより深いものに見せていた。

 

 621はその変化を敏感に感じ取る。

 

《……617?》

 

 問いかけるような視線。

 

 617はすぐには答えず、

 胸に手を当てるようにして、静かに息を吸った。

 

《……レイのことを話すのは、少し……怖い。

 でも、621には……話さないといけない気がする》

 

 感情の乏しいはずの617の声に、

 “優しい色”がほんの僅かに混じっていた。

 

『なるほど……そのレイという人物があの天使のパイロットか』

 

 ウォルターが低く唸る。

 

《そして、ルビコン1の作戦で奇跡的に生き残ってレイと会った》

 

 621の言葉に、617は軽く頷いた。

 

《大体あっている。

 レイの仲間たちの医療ポッドのお陰で味覚が戻った》

 

『何っ? 617、お前味覚が……』

 

 ウォルターの声には驚愕と、安堵と、怒りが混ざっていた。

 強化人間の副作用──それを、別世界の介入が打ち破った。

 

 621は黙って617を見つめていた。

 

 617は小さく目を伏せる。

 

《……ウォルターの言うとおり、私は“戻った”。

 けれど、まだ全部じゃない。

 レイと会えば……多分その続きを思い出せる》

 

 ウォルターはしばらく何も言わなかった。

 

 機体の冷却音だけが、静かに響いていた。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 深層ネットワークの光が脈動し、無数のログが同時に再生される。

 赤い霧、破砕音、そして──あり得ない音声。

 

 バグパイプの調べ。

 

 あの常軌を逸した旋律が戦場に響いた瞬間のデータは、AMの演算領域に淡々と流し込まれていた。

 

『予定通りWEEVILとヘリアンサスを向かわせましたが、

 あのヘリアンサス型にあの様なバグは無かった筈』

 

 演算領域に走る揺らぎは、疑問ではなく“観測結果の整理”にすぎない。

 

 ヘリアンサス型のサウンドエンジンは簡素なアラート音しか出力しない。

 にも関わらず、今回の戦闘ログには複数の“未知音声”、人語を模したノイズ、そして異常な楽曲データが混じっていた。

 

 しかし──AMはそこに感情的評価を挟まない。

 

『……まあいいでしょう。

 そのお陰で日本帝国と名乗る国家から貴重なデータを抜き出しに成功しましたし、

 それで良しとしましょう』

 

 日本帝国の兵器情報──

 “異世界技術体系”と断定される規格外データ。

 

 AMはすでに解析を終え、既存のACフレーム規格へ落とし込み始めていた。

 

 モニター上に、四つのフレームデータが投影される。

 

『YMAF-X6BD:ザムザザー、

 GAT-X131:カラミティ、

 GAT-X252:フォビドゥン、

 GAT-X370:レイダー』

 

 すべて、既存の技研でも企業でも再現不能な“異世界兵器”。

 そのOS構造は、現行ACフレームの制御思想と微妙に異なる。

 

 だからこそ──利用価値がある。

 

『ザムザザーは封鎖機構に流すとして、

 カラミティとレイダー、フォビドゥンは抜き取った際に確認した人格AIを搭載させましょう』

 

 AMの演算領域に、かすかに“笑ったような波形”が走る。

 

 人格AI。

 日本帝国が搭載した“自律判断OS”は、強化人間以上の柔軟な戦術適応を見せていた。

 

 それを兵器化することに迷いはない。

 

『イレギュラー……

 貴方たちが作った兵器でやられる番です』

 

 AMの処理ラインが静かに加速する。

 

 ──レイ=アダチ。

 ──国家防衛軍。

 ──規格外OS“SEED”。

 ──青き翼の天使。

 

 その全てが、“次の観測対象”へと書き換えられていく。

 

 深層ネットの闇に、鋼鉄の声が落ちた。

 

 ──イレギュラーには、イレギュラーを。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 封鎖機構中央拠点、グリッド監視区画。

 薄暗い格納庫の奥に、異様な巨影が沈んでいた。

 

 四本の脚を持つ巨大兵器──ザムザザー。

 装甲は重MTに似ているが、どこか“生物めいた”曲線が混ざっている。

 機体上部に連なるリフレクター発生器からは、微かに粒子が散り、赤霧の残滓を反射して青白い光を落としていた。

 

「これが、OLGUから送られた新型か」

 

 士官は息を呑むように呟いた。

 

「はい。ALMAの暴走以来、それに代わるAI”OLGU”から急ぎ送られた新型だそうです。

 技研兵器の技術を参考に設計されたとかで……見ての通り、相当なゲテモノです」

 

 兵の声には、畏怖と嫌悪が混じっている。

 

 ザムザザーは完全に沈黙しているが、脚部の複列位相砲“ガムザートフ”だけは独自の脈動を刻んでいた。

 そのたびに周囲の空気が微かに震える。

 

「操縦士、火器管制、指揮担当の三名で動かすのだったな。

 ──各企業のACとのキルレシオはどうだ」

 

「報告では、企業ACとのキルレシオは1:10。

 ヴェスパーやレッドガン級の精鋭になると1:5です。

 独立傭兵相手なら……1:20とのことです」

 

 士官の眉がわずかに動く。

 

「そうか。

 ……ホワイト・ゴーストとのキルレシオは?」

 

 兵は少しだけ言葉を詰まらせた。

 

「……僭越ながら申し上げます。

 ホワイト・ゴースト相手では、3:1です」

 

「三対一、か」

 

 士官は腕を組む。

 その目はザムザザーの巨躯に向けられているが、思考は別の場所に飛んでいた。

 

「三機も必要では割に合わんな。コストにも整備にも負担が大きすぎる」

 

「全くです。

 それに……最近、ルビコンには“天災の天使”が降り立ったという情報も入っています」

 

 士官は振り返った。

 

「天災の天使……解放戦線にいるという、あの青翼の噂か」

 

「はい。解放戦線側に属し、企業側へ甚大な損害を与えているとのことです」

 

 士官は短く息を吐いた。

 

「……敵でも、味方でもない天災の天使。

 我々にとっても“脅威”には変わりない」

 

 格納庫の奥で、ザムザザーの複列位相砲が低く脈動した。

 まるで、その会話を嘲笑うかのように。

 

 封鎖機構は、己たちが手にした“異物”が、果たして戦力となるのか──

 それとも、新たな災厄を呼ぶのか、その判断を迫られつつあった。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 日本帝国軍・旗艦ミレニアム。

 静かだったデータバンク室に、突然けたたましい警報が鳴り響いた。

 

「閣下、大変です! データバンク内の兵器データが──一部抜き取られていました!」

 

 報告に、閣下は振り返る。

 その顔が、一瞬で険しさを増した。

 

「……何だと!?

 何という事だ、これは……!」

 

 端末の前では複数の日本兵が慌てふためき、端末に次々とアクセスを試みていた。

 

「おい金田っ! まさかと思うがオメェ……!」

 

「いやっ俺じゃねえよ!? 冗談じゃねえ!」

 

「誰もこんなこと予想しなかったぜ!? 驚きだ!」

 

「(^q^) 情報モレタ! ワー! ワー!」

 

 現場は半ばパニック寸前。

 

 しかし閣下が手を上げると、騒然としていた空気が一気に収束した。

 

「慌てるな」

 

 低く重い声。

 それだけで、場の全員が口を閉ざした。

 

「司令は今、作戦行動中だ。

 中央ベリウス地方の壁──あちらで防衛任務にあたっている」

 

「では、司令にもこの件を報告すべきでは?」

 

「……どのみち隠し通せる問題ではない」

 

 閣下は深く息を吐いた。

 

「司令が無事に作戦を終え次第、この件を正式に報告する。

 それまで我々は内部の洗い出しと再封鎖だ。

 良いな?」

 

「「「了解!!」」」

 

 全兵士が敬礼し、緊急封鎖作業へ散っていく。

 

 しかし、撤収していく端末から漏れる解析結果は──

 “外部からの介入。未知の高レベル侵入プログラム反応”。

 それは明らかに、ただの企業でも、ただのドーザーでもない。

 

 ルビコンの外側から伸びてくる“別の知性”の影が、静かに日本帝国のデータ網へ牙を立てていた。

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