転生したらCパルス変異波形だったので、ガンダムを作ります。 作:コレクトマン
赤霧が薄く漂う輸送ヘリのAC格納庫で、621は静かに起動チェックを進めていた。
冷却剤の白い霧が膝下を流れ、機体外装がわずかに振動するたびに、戦場の匂いが近づいていくのを感じる。
そこに──
ウォルターの低く落ち着いた声が通信に入った。
『621、アーキバス本社から直々の依頼だ。企業たちが壁越えと呼んでいる作戦。その協力要請になる』
621はほんのわずかに目を細めた。
“壁越え”。
先程レイが戦っていた、あの中央ベリウスの壁──
その戦場に、今度は自分が足を踏み入れる。
「……」
思考を整理する暇もなく、次の通信が割り込む。
今度の声は、どこか鼻にかかった高慢で無機質な声音。
『ヴェスパー第二隊長、スネイルです。これより作戦内容を伝達します』
その声を聞いた瞬間、621の指が一瞬だけ止まった。
《……スネイル》
短い間。
あのコーラル集積所の水たまりでの不意撃ち、再教育の企み──
有人バルテウスで殺されかけ、
最後は自分の手で静かに排除した記憶が
冷たい影となって胸を撫でる。
しかし表情も声色も変えない。
621はすぐに通常の淡い口調に戻る。
スネイルは彼女の反応など意にも介さず、一方的に続けた。
『私が立案した作戦行動に臨めること、光栄に思いなさい』
ホログラム上に、壁周辺の戦術マップが展開される。
『ルビコン解放戦線が拠点化した交易上の要衝、通称“壁”を攻略します。
敵は多数の砲台とMT部隊により防衛ラインを形成している』
『まずはそれを突破し、壁上に到達しなさい。
そこに配備された重装機動砲台“ジャガーノート”の撃破が、依頼の達成条件です』
淡々とした説明。
冷たい計算だけがそこにある。
『本作戦においては、我がヴェスパーの第4隊長も別ルートで侵攻しますが──
先走り壁越えを果たそうとしたベイラム部隊は、導入予定だったレッドガンが
天使の強襲でACを全損し、MTのみでの強行を試みて壊滅しています』
“天使”。
その単語に、621の視界が一瞬だけ沈む。
レッドガンのヴォルタとイグアスを反撃すら与えずACだけを破壊した異分子。
その実力はガリア多重ダムで一度その天使と戦ったからこそ分かる。
アレはこの世界の技術の物で作られた兵器ではない。
617が語った“レイ”という名。
データとして得たその人物像と、
自分が見た蒼い残光が静かにリンクする。
だが、それだけ。
羨望も、警戒も、恐れもしない。
ただ、
“観測した事実の整理”
それのみだった。
スネイルは、621の反応など存在しないものとして続ける。
『精々犬死しないように気を付けることです』
621は淡々と返す。
《ジャガーノート……ならレーザー重視のアセンで行こう》
機体内部でアセンブルが切り替わり、
レーザーライフル、レーザーランス、安定重視の脚部へ最適化が走った。
《ウォルター、準備ができた》
『分かった。──ルビコン解放戦線の防衛拠点、通称“壁”を落とす。
621、お前の価値を示してこい』
《うん、行ってくる》
ハッチが開き、赤霧が吹き込む。
視界の向こう、中央ベリウスの壁が不気味な静けさを保ちながらそびえ立っていた。
その裏で、深層ネットの暗闇が微かに脈動する。
──観測対象623:レイヴン(C4-621)。戦闘行動開始。
AMの冷たい演算波形が、
彼女の戦場入りを見つめていた。
◇◆◇
赤霧の向こうに、アーキバス部隊の進軍音が重低音のように響く。
──BGMの序盤、重いコーラスがうねる。
ウォルターの声が、その重厚なリズムに乗るように通信へ入った。
『ミッション開始だ。まずは友軍アーキバス部隊の露払いを行う。
街区への進行を阻むガトリング砲台と、その先のBAWS四脚MTを排除しろ』
《了解》
621の滑らかな返答と共に、フルブースト。
白い霧が裂け、青白い光が砂を焼く。
壁上から降り注ぐ弾幕が、BGMの金属的リズムと同調して降り注ぐ。
ガトリング砲台から放たれるガトリング弾の全てが“曲のビート”のように地面へ突き刺さる。
『壁上からの砲撃が激しい。621、遮蔽を上手く使え』
《問題ない、このまま行く》
『何っ? まて、621!』
警告を無視して壁の陰―“死角”へ斜め45度の急角度で突入。
レーザーの光軌が音楽のテンポに合わせて閃き、
砲台一基のセンサーを瞬時に抉り抜いた。
爆煙がコーラスの盛り上がりと同時に弾け飛ぶ。
壁上では、解放戦線兵が叫ぶ。
「企業ども……何度来ようともこの“壁”は超えられんぞ!
──コーラルよ、ルビコンと共にあれ!」
それは祈りにも近い叫びだったが、
621の内部には、淡い計算だけが流れる。
(……レイがヴォルタのACを破壊したおかげで、本来ならヴォルタは壁越えで死んでいた……)
その“歴史のずれ”を無言で整理しながら、彼女は壁上へ跳び上がる。
「何っ……AC!? いったい何処から……」
《片づける……!》
レーザーランスが蒼白く弧を描く。
砲台が一拍遅れて爆発──
金属片がBGMの高音シンセに合わせて散る。
『ガトリング砲台の破壊を確認。街区の制圧は友軍MT部隊が行う。
それと621、実力があるのは分かるが、あまり無茶をしすぎるな』
《ごめん、ウォルター》
『まあいい、次は四脚MTの排除に移れ』
四脚MTの重い歩行音が、低音ドラムのように響いてきた。
地を抉る四脚の脚の振動が、まるでBGMに合わせて地面にリズムを刻む。
「“灰かぶりて、我らあり”! 死ね! 独立傭兵!」
《やられはしない》
散弾、ミサイル、クイックブースト。
621の動きはまるで“曲のテンポを読むような正確さ”だった。
反転ブースト → 斬撃。
スラスターの閃光が音の波と同じ軌跡を描き、
四脚MTが崩れ落ちた瞬間、BGMの重音が炸裂する。
「街区防衛部隊に報告! 裏手にもACが……!」
「チッ……もう一匹も来たか……!」
《もう一匹……ラスティ。なら、速攻で片づける……!》
621は壁の角を滑るように旋回し、
フロントブーストで次の四脚MTの懐へ潜り込む。
「ぐあっ!? 企業の……狗め……!」
蒼白の斬光。
二拍目の重低音と完全に同期して、四脚MTが爆散する。
『BAWS四脚MTの排除を確認。街区における脅威は大きく減少した。
次は隔壁にアクセスしろ、壁内部に侵入する』
621は次の標的へ向かって淡々と歩を進めた。
隔壁を抜けた瞬間、空気が変わった。
赤霧の風が途切れ、代わりに湿った鉄と油の匂いが満ちる。
壁内部は巨大な“機械の肺”のように脈動し、
閉所特有の残響が低く響いていた。
『内部への侵入を確認した。閉所での戦闘に備えておけ』
《分かった》
緊張を押し込めたストリングスが不気味に鳴り始める。
その最中、別ラインの通信が入り込んだ。
『聞こえるか、こちらV.Ⅳラスティ』
《こちらレイヴン、聞こえてる》
壁内部の薄暗がりに反響するラスティの落ち着いた声。
その声だけで“番号持ち特有の落ち着き”が分かる。
『速いな。どうやら話に聞くよりできるらしい。こちらもスピードを上げていく』
ラスティの言葉に、ウォルターが低く呟く。
『ヴェスパー部隊の番号付きか。
だが、ここはベイラム部隊も退けた壁だ。当てにはするな』
621は言葉を返さない。
ただ加速し、モノレール跡のような狭い通路を
“機械の影をかすめるほどギリギリ”で通過していく。
その頃、壁の別区画では解放戦線が混乱に陥っていた。
「敵襲! 増援を回せるか!?」
「こちらもやられている!」
「青き翼の天使……フリーダムは!?」
「無理だ! 今V.Ⅰと交戦している!
あのV.Ⅰを抑えていられるのもフリーダムのおかげだ!」
「くそっ! 俺たちだけやるしかないのか!」
621はその会話を直接は聞いていない。
だが壁内部を震わせる“外の振動”に、
フリーダムとV.Ⅰフロイトのぶつかり合いが
音として伝わってきた。
──衝撃波。
──青い残光。
──コーラルの吠え声。
内部走行を続ける621の背面で、爆音が散っていた。
『周辺にリフトがあるはずだ。目標は近い』
《……ん、見えた》
通路奥、オレンジ色の整備ライトに照らされた昇降リフトが姿を現す。
上昇リフトへ乗り込んだ。
──リフトは“上へ”動き出す。
壁上へ向けて、エレベーターのように静かに昇っていく。
昇降中、ウォルターが次の指示を送る。
『621、補給シェルパを手配した。リフト上部で受け取れ』
《了解、補給する》
リフトが壁上ギリギリの平台に到達した瞬間、
小型補給シェルパが待機しており、
621は着地直後に弾薬と冷却剤を受け取った。
そのときだった。
壁上の外扉が重い音を立ててスライドし、
外界の赤霧が吹き込む。
その霧の中から──
滑るような青い影が飛び込んできた。
着地の衝撃を吸収するように脚が沈み、
砂煙と金属片を巻き上げる。
AC”スティールヘイズ”、V.Ⅳラスティ。
『君がレイヴンか。……あのハンドラー・ウォルターの子飼いらしいな』
《……その認識で合ってる》
ラスティのスティールヘイズは、
無駄のない姿勢で壁上に佇んでいた。
ラスティの言葉には余裕があったが、
壁上の地響きがその直後に“会話を断ち切る”。
壁の奥から重低音。
複列位相砲のプレヒート音。
壁内部の巨大な扉が揺れ、
装甲板が押し開かれていく。
そこから現れたのは──
重装機動砲台《ジャガーノート》。
巨体の振動が壁上全体を震わせる。
コーラル霧がその周囲にたなびき、
異様な存在感を放っていた。
『これも巡り合わせだ。
ともに壁越えといこうじゃないか』
《うん、行こう》
次の瞬間、
ジャガーノートの複列砲が火を噴く寸前の光を帯び──
戦闘が始まった。
壁上の風が強く吹き抜け、赤霧が舞う。
ジャガーノートの巨体が現れた瞬間、その存在感だけで“ステージライト”が点いたように風景が変わった。
スティールヘイズの四色ライトが反射し、
爆音はまるで開幕のドラムロール。
BGMのテンポが上がる。
『重装機動砲台“ジャガーノート”。正面から攻めるのは得策じゃない』
ラスティが言い終わる前に、621はすでに一歩踏み出していた。
《うん。背面と上が装甲が薄い。そこが弱点》
『……その通りだ。スティールヘイズのスピードで攪乱する!
君は背後から……!』
ラスティが指示を出す瞬間、
ジャガーノートの三連装グレネードキャノンが“開演の合図”のように轟音を響かせる。
だが、
《遅い……!》
621は、初撃の榴弾を
まるで予告されていたダンスステップのようにスライドで回避した。
ラスティの瞳に驚愕が走る。
『魅せてくれる……! 流石はウォルターの猟犬……!』
ジャガーノートがブースト圧を溜める。
圧縮音、金属の悲鳴。
それは明確な前兆。
《……! 走ってくる!》
『来るぞ、轢かれるなよ……!』
次の瞬間。
巨体がステージを割る勢いで突進してきた。
壁上の巨大な平面が波打つ。
だが621は知っている。
四度目の世界で、何度も見た動きだ。
突進3秒前の圧縮音。
左側に逃げ道を作る地雷の散布パターン。
ミサイルポッド起動の音の高さ。
全部分かっている。
《ここで仕留める!》
『っ!? 速い……!』
621が一度だけ強ブーストを踏む。
それだけでラスティの認識から 消えた。
ジャガーノートの巨体の横腹──
“装甲の継ぎ目”へ、青白い閃光が滑り込む。
レーザーランスによる一点の突き。
BGMの最高潮と完全に同期して突き刺さった。
《これで、決める……!》
追い打ちにチャージしたレーザーライフルを装甲の隙間に無理やり押し込み、零距離でレーザーを撃ち込む。
“弱点”を貫いた衝撃で、ジャガーノート内部の推進機関が一斉に暴走。
背面から青白い炎が噴き出し、装甲が風船のように膨らんだ。
──爆散。
破片がステージライトのように宙を舞う。
強風が赤霧を剥がし、621とラスティの姿を浮かび上がらせる。
『ジャガーノートの撃破を確認。……こうも早く撃破するとは。
ともあれ、“壁越え”は成功だ、621』
ラスティが、まるでステージの幕が下りた後のように静かに言う。
『猟犬の戦い、見せてもらった。残党の掃除はこちらでやっておく。
縁があれば、また会おう……!』
スティールヘイズが軽く会釈するように動き、壁上から離脱する。
◆一方その頃、スネイルは……
アーキバス司令室。
壁越え成功の報せは、スネイルの静かな怒りに火をつけた。
「何っ? 壁がもう落ちたと?」
「はっ! V.Ⅳラスティがレイヴンと合流し、ジャガーノートの破壊を行ったのですが、
スネイル隊長閣下が望んだ結果には成り得ませんでした」
「それは駄犬が落ちたことですか?
それともV.Ⅳの尻尾を掴めなかったことですか?」
「……レイヴンがV.Ⅳの援護をほぼ無しでジャガーノートを破壊しました」
スネイルの握る紙コップが、悲鳴も上げずに潰れた。
「……分かりました。あなたは次の命が下るまで待機してなさい」
「はっ! スネイル隊長閣下!」
兵士が去ると同時に、
スネイルの内側から黒いものが溢れた。
「……あの駄犬……!
ヴェスパーより自分の方が上だとでも見せつけているのか……!」
紙コップの破片が指に食い込む。
スネイルは止まらない。
「駄犬のおかげで第四隊長の尻尾は掴めず仕舞い……!
レイヴン……!!」
怒号は司令室の壁に吸い込まれるだけだった。
◇◆◇
輸送ヘリの格納ハンガーで621のACが固定され、ハンガー内のアームがACの整備を始めた時にCOMからメッセージの知らせが届く。
──COM:新着メッセージ、一件。
表示された送信者名を見て、621は瞬きもせず通信を開く。
『共に戦った縁だ。一つ伝えておこう』
ラスティの声は、いつもと同じ落ち着きがあった。
だがその底には、確かに“忠告”の色があった。
『壁越えでアーキバスは……君を捨て駒にするつもりだった』
(……知ってる。
特にスネイルが、そう考えそうなことを……)
その静かな独白は音声にならない。
621の中で淡々と流れるだけだ。
『独立傭兵には露払いだけさせ、我々ヴェスパー部隊で制圧する計画だったさ。
だが……“壁”は落ちた』
ラスティが、わずかに笑ったような気配を乗せる。
『上の連中も、君の名を覚える気になるだろう。
この私と同じようにね』
通信が切れた後の無音は、奇妙に澄んでいた。
そこへウォルターの声が割り込んできた。
『621。617が言うレイと合流する。
何でも、向こうも話があるそうだ』
《……分かった。準備する》
応答してすぐ、別の通信が柔らかく繋がる。
《621、待ってる……》
617の声。
淡々としているようで、その奥にわずかな温度があった。
◇◆◇
壁外の砂地。
617のLYNXが佇む向こうから、青白い光を引きながら一機のACが降りてきた。
「……ああ、死ぬかと思った」
フリーダムのハッチが開き、レイが姿を現す。
その顔には疲労と、どこか呆れた諦観が漂っていた。
「まさかフロイトがあそこまで強くなってるなんてな……
(もしこれがAC6に反映されてたら、一部はクソゲー、一部は玩具が増えて闘争呼びそう)」
《レイ、お帰り》
「ああ、ただいま。それと──始めまして……かな?」
視線の先には、621。
そしてその横にはウォルター。
「そのようだな。617から話は聞いている。
お前が617を救助してくれたことを。……その点は感謝している」
「まあこっちは仲間たちと色々話し合って助けることになったんだ」
レイは肩をすくめる。
その一言で、どれほどの騒動があったのか何となく想像できた。
「それが日本兵……日本帝国と名乗る国家か」
「やっぱり情報は友人から聞いた感じか?」
ウォルターは無言で答える。
確かにそれが彼の“いつもの返答”だ。
「OK……その辺は聞かないことにするよ。……ん?」
突然レイの端末が鳴り、彼は眉をひそめながら通信を開く。
「ちょっと待ってくれ。……ああ、俺だ」
その通信相手は閣下だった。
『どうやらそっちの仕事は丁度終わったようだな』
「閣下か? どうした、通信で呼び出すなんて」
『それなのだが……問題が発生した。
旗艦ミレニアムのデータバンクから、一部のデータが抜き取られていた』
「なにっ!? それで、データは何が抜かれた?」
『ザムザザー、カラミティ、レイダー、フォビドゥンだ』
「あの三馬鹿の機体データまで抜かれたのかよ……!?」
レイの声が一段階低くなる。
フロイト戦よりも明確な怒気がそこにあった。
『申し訳ない。我々もデータを抜き取った犯人の目星は付いているのだが……』
「ここにはウォルターたちがいる。
まだ話す内容じゃない」
『分かった。
今ミレニアムはルビコンのアーリア海を経由してベリウス地方に舵を取っている』
「……はあ!?
いつの間にミレニアムをルビコン内に侵入したんだ!?」
『封鎖衛星をハッキングして無理やり入った。
無論、ハッキングした証拠は残してはいない』
「そういう問題じゃ……はあ、もういいや。
とにかく、そっちに621達を連れていくがいいか?」
『問題ない。寧ろ歓迎しよう』
通信が切れた瞬間、レイは頭を抱えた。
「……帰ったら誰かに説教するわ、絶対」
617は小さく笑い、621は微かに首をかしげるだけだった。
◇◆◇
深層ネットワーク第七階層。
赤霧の情報空間の奥で、AM(オールマインド)の演算フレームが静かに脈動していた。
そこには無数のログ、戦闘記録、機体データ……
そして最新の“青翼の天使”の戦闘評価が並んでいた。
『レイヴンの戦闘データを入手することはできました。
これで対策が講じやすくなります』
淡々と告げながら、AMは複数のデータチャンネルを整理する。
621の躊躇ない突撃パターン、射撃精度、近接の決断速度。
──それらは、すでに“解析済み”だった。
『既にカラミティ、フォビドゥン、レイダーはロールアウト済み。
あとは名もない独立傭兵ケイトとして演じ、
BAWS第二工廠に封鎖機構を呼び寄せ、レイヴンを嗾けるだけ』
計画は予定通り進んでいる。
その時、影のような足音が情報空間に侵入した。
「どうやら順調のようだな? オールマインド」
姿を現したのは、第1世代の強化人間C1-249”スッラ”。
その声は皮肉と余裕を帯びていた。
『スッラ。例のAIはどうですか?』
ほんの少し間があり、スッラは顔をしかめた。
「正直に言おう。中々癖が強すぎる奴らだ。
とてもAIとは思えん」
『癖が強い? どういう意味ですか?』
AMは計算処理を止めず、ただ問いを発した。
「そのままの意味だ」
スッラは腕を組み、投影された三つの機体を見上げる。
──GAT-X131 カラミティ
──GAT-X252 フォビドゥン
──GAT-X370 レイダー
「カラミティに搭載させるAIはネットを開いて小説を読み、
フォビドゥンのAIは音楽を聴いて心を落ち着けるとか言い出し、
最後にレイダーのAIはゲームを始める始末だ」
AMの演算領域が一瞬だけ揺れた。
『……なんですか、その理解に苦しむ内容は?』
「俺に聞くな。
こちらとしてはただ“動作テスト”を行っただけだ」
スッラはため息をつく。
「だがまあ……使えることには違いないようだ。
戦術適応は異常なほど高いし、反応速度は強化人間以上だ」
AMの演算領域に、わずかに“満足”の波形が走る。
『そうですか。では引き続き、暗躍を任せます』
「任せてもらおう。
──あの青い天使も、その猟犬も。
そろそろ“観測”の檻に入ってもらう」
スッラの姿が赤霧に溶けていく。
情報空間にはAMだけが残った。
静かに、だが確実に計画を進める。
『……イレギュラーには、イレギュラーを。
さて、次の試験運用に移行しましょう』
深層ネットの闇が脈動し、
異世界AIを乗せた新たな三機が、音もなく起動した。
◇◆◇
ルビコンの荒れた空の向こう、
赤霧を割るように巨大な船影が現れた。
それはACのセンサーにも、621の裸眼にも“異質”だった。
海を航行するはずの艦艇が、
まるで宙を滑るように移動している。
「……あれは……海上戦艦か?」
赤霧に光沢を反射させながら、
巨大な船体が重力を無視した姿勢で浮かんでいる。
「いや、あれはスーパーミネルバ級惑星強襲揚陸艦《ミレニアム》だ。
日本帝国の旗艦だよ」
ウォルターは短く息を呑んだ。
この世界に存在しない技術体系の塊が、あり得ない静けさで近づいてくる。
『こちら管制室。着陸を許可する』
着艦誘導の信号が入り、レイが短く応じる。
「了解。そのまま着艦する」
そのままフリーダムはカタパルトデッキに着艦し、続いてウォルター達の輸送ヘリも着艦する。
621のACが着地した瞬間、
ハンガー全体の照明が青から白へ転じた。
閣下「よく来てくれた、ハンドラー・ウォルター。
我々は諸君らを歓迎する」
ウォルター「……日本帝国の総司令である閣下。知己を得て光栄だ」
互いに短い敬意を示す。
だが、ウォルターのセンサー越しの視線は艦内の技術に釘付けだった。
「お前たち、金田は見なかったか?」
「……あっちで立ちションをしております」
「そうか……」
621は無言で首をかしげるだけだった。
忘れているかもしれないが、レイはフロイトと交戦した際にフロイトがバグる位に強くなりすぎていた。
その原因は金田が同じ苦痛をほかの連中が味わえばいいんだと、アムロチャレンジのデータをアーキバスとベイラムに流したことが原因である。*1
「ぎゃああああああああああああッ!?」
ハンガーの奥から、金田の叫びが響いた。
レイが肩をつかんで持ち上げ、
そのまま訓練区画へ強制連行する。
「金田ァ! 前から言ってたよな?
“俺、ACの操縦くらい余裕ですよ司令”って!」
「言ってねぇぇぇぇッ!!?」
訓練室の扉が強制的に閉まる。
アムロAI『逃がしはしない!』
「もう鬼畜シミュレーションなんてやめてくれ~~~!!」
「……自業自得です。諦めてアムロチャレンジのレベル1をクリアしてください」
「いやだああああ!!」
ミレニアムのハンガーに、
ルビコンでは決して聞こえないタイプの悲鳴が響いた。
レイが静かになったタイミングで、
閣下はウォルターへ視線を向けた。
閣下「さて……話を続けよう。我々の目的──そして、この艦がここにある理由を」
閣下はフリーダムやミレニアムの技術体系、
“別世界”の存在について簡潔に説明した。
ウォルター「……にわかに信じがたいな。別世界とは」
閣下「当然の反応だろう。だが、貴方は薄々気づいているはずだ。
フリーダムやこの戦艦は、この世界の技術ではないことを」
ウォルターは沈黙で肯定した。
ウォルター「質問を変えるが……この戦艦の医療室に、621の身体機能を治す手段はあるか?」
621はわずかに視線を動かした。
その反応は、強化人間にしては珍しいほど“期待に近い揺れ”があった。
閣下「治すことができたのは今のところ味覚だけだ。
だが、今も医療ポッドのアップグレードを検討している」
ウォルター「……そうか」
その返答は、安堵と焦りの混じった息に近かった。
◇◆◇
その時、別のハンガーゲートが開く。
そこに灰色のACが姿を見せた。
《レイ、この機体は?》
「インパルスだ。まさか、俺が見ない内に作られていたなんてな」
《……インパルス》
621の視線がさらに奥へ向かい、ある機体で止まる。
インパルスと同様全身が灰色で翼も灰色だった。
《……あれは》
ほんのわずか、彼女の胸の奥の何かが揺れた。
「気になるか? この機体の名は──デスティニー。俺専用の機体だ」
《デスティニー……》
青き天使と、赤き堕天使。
ルビコンでは見られない“異質の翼”が並び立つ光景に、
621は言葉を持たなかった。
ただ、観測者としてその違和感を胸に刻むだけだった。