転生したらCパルス変異波形だったので、ガンダムを作ります。 作:コレクトマン
アーキバス本社、上層フロアの一室。
重厚な防音壁に囲まれた執務空間で、苛立ちを隠そうともせずに机を叩く男がいた。
「無能な上層部どもめ……! アレが私が立案した作戦ではないことは明白だというのに……!」
ヴェスパー第二隊長、スネイル。
その整った顔立ちは怒りによって歪み、普段の冷静沈着な仮面は見る影もない。
ウォッチポイント・デルタで発生した一連の事象*1──それは彼の計算を完全に逸脱していた。
「スネイル、ウォッチポイントデルタから流出され、観測されたデータだが……」
静かな声と共に入室してきたのは、ヴェスパー第三隊長オキーフだった。
彼は端末を操作しながら、淡々と報告を切り出す。
「オキーフ……ですか」
「……その様子から見るに心労が絶えないようだな」
皮肉とも気遣いとも取れる言葉に、スネイルは一瞬だけ眉をひそめたが、すぐに表情を整える。
「問題ありません。──それよりも報告はあるそうですが、ウォッチポイントデルタにコーラルだけではないのでしょう」
話を逸らすように、しかし核心を突く問い。
オキーフは小さく頷いた。
「ああ、そのウォッチポイントデルタに例の天使──フリーダムが現れたそうだ」
「やはりか……」
低く呟くスネイルの声には、もはや驚きはなかった。
白き翼を持つ天使。
足立重工と深く関わる存在──フリーダムの介入は、もはや予測の範疇に収まりつつある。
「それともう一つ。未確認の情報だが、ウォッチポイントデルタに赤い翼の堕天使がいたそうだ」
「赤い翼の堕天使? ……何ですか、そのふざけた名称は」
眉をひそめるスネイルに対し、オキーフは首を横に振る。
「ふざけてなどいないさ。ただ、その赤い翼の堕天使は封鎖機構のバルテウスやザムザザー、ゲルズゲーを数分で撃墜させたようだ」
室内の空気が、わずかに張り詰める。
封鎖機構の主力級を、短時間で無力化──それはもはや“異常”という言葉では片付けられない戦果だった。
「──それも足立重工と関わりがあると?」
「そのようだ」
短い肯定。
だが、その一言は十分すぎるほどの重みを持っていた。
「……正直に言えば、天使の次は堕天使と足立重工に関係するものばかりでもう驚く気力すらわかないといったところですね……」
自嘲気味に吐き出したその瞬間──。
「ほぉ……流石の第二隊長でも堪えるようだな?」
第三の声が、背後から割り込んできた。
「誰だ?」
即座に身構えるオキーフ。
だがスネイルは、ため息交じりに振り返る。
「遅いですよ、ラウ。オキーフ、彼は我がアーキバスに所属するもので私の秘書を務める……」
金髪の男が、ゆっくりと姿を現す。
仮面のような微笑を浮かべ、その瞳の奥には底知れぬ闇を宿していた。
「ラウ・ル・クルーゼだ。ヴェスパー第三隊長のオキーフだったか、よろしく頼む」
「……よろしくと言っておく」
短く、警戒を隠さぬ返答。
ラウはそれを意に介さず、薄く笑みを深めるだけだった。
「オキーフ、貴方は引き続き……」
「分かっている。足立重工に関する情報を探ってくる」
言葉を最後まで聞くまでもない。
オキーフは踵を返し、部屋を後にする。
(あのラウという男……オールマインドの刺客か? 奴は何かと危険だ。明確な確信がないが、奴は存在してはならないと予感がする……)
胸中に渦巻く不吉な予感を押し殺しながら、オキーフは静かに廊下を進んでいった。
──ウォッチポイント・デルタで起きた異変は、すでに水面下で次の波紋を広げ始めていた。
◇◆◇
一方のベイラム駐屯基地では、ウォッチポイント・デルタの戦闘結果を受けた報告が慌ただしく行われていた。
そしてミシガンとナイルのACの整備が思った以上に長く続いていた。
「ライガーテイルとディープダウンの状態は?」
腕を組み、威圧感たっぷりに問いかけるのはベイラムのレッドガン部隊の総長、G1ミシガンである。
「ハッ! 電撃兵装による内部のダメージが思ったより酷い状態であります!」
即座に返答したオオサワの声は張り詰めていた。
主任が介入してきたACハングドマンとの戦闘で装甲の損耗以上に、内部回路と制御系が深刻な打撃を受けている──それはあの戦闘が、単なる力押しではなかったことを物語っている。
「あの天使に味方したAC……アーキバス系統のAC構成だったな。アーキバスならまだしも、無名の独立傭兵だとしても厄介な腕だったな」
冷静に分析するナイルの言葉に、ミシガンは鼻を鳴らす。
「もっとも、中の奴はかなりふざけた奴だったがな……」
戦場での軽口と、圧倒的な実力。
そのギャップが、ベイラム側の印象に強く残っていた。
「ミシガン総長、最近イグアス先輩を見かけないのですが何か知っているでしょうか?」
控えめに手を挙げたのはレッドだった。
「……イグアスならガリア多重ダムの件からか、シミュレーターに引きこもりっきりだ」
その言葉に、レッドは目を瞬かせる。
「シミュレーターに? そのシミュレーターというのは……」
──所変わって、ベイラム基地深部。
重厚な扉の奥にあるシミュレーションルームでは、苛立ちを露わにした声が響いていた。
「……だぁ、くそっ!」
シミュレーターポッドから投げ出されるようにしてモニターを睨みつけるのはイグアス。
額には汗が浮かび、荒い呼吸が止まらない。
「落とされるのに1分30秒か……かなり粘ったな、イグアス」
隣で腕を組むヴォルタが、感心半分、呆れ半分といった様子で言った。
イグアスが行っていたのはアムロチャレンジという足立重工の鬼畜難易度のデータである。
それを普通の兵士なら一秒と掛からず瞬殺されていたが、今のイグアスはガリア多重ダムの戦闘でフリーダムと取り巻きACによって完膚なきまでに敗北し、それ以降予想打にしない急成長で一気にアムロチャレンジのレベル1で1分30秒も粘って見せたのだ。
「駄目だ……あのクソ天使野郎どもに勝つにはこれじゃあ駄目だ……!」
吐き捨てるような言葉。
だがそこには、敗北を認めた上での執念が確かに宿っていた。
「G5……相も変わらず口は良く回るようだな?」
背後から聞こえた低い声に、イグアスは肩を跳ねさせる。
「ミシガン!? 何でここにいやがる!」
「何だ? 俺がここにいるのがそんなに不思議か? そんなことはどうでもいい。先ずはイグアス、貴様はいい加減に飯を取らんか! 飯を食わずしてポテンシャルを最大限に発揮することができないだろうが!」
一喝。
それは叱責でありながら、同時に叱咤激励でもあった。
「……もうこんな時間か」
イグアスはようやく視線を落とし、現実に引き戻される。
「あのシミュレーションのバケモンに食らいつけるだけでも中々のものだぜ、イグアス」
ヴォルタの言葉は、素直な評価だった。
「G4、貴様も貴様でイグアスと付き合ってやるなら時間をつねに意識しておけ。さもなくばケツに一発叩き込むぞ!」
「うげっ!? 藪蛇かよ!?」
怒号と軽口が飛び交うシミュレーションルーム。
だがその裏で、確実に一人の男は変わり始めていた。
天使と呼ばれる存在に敗れた屈辱は、確かにベイラムの中で、新たな火種となって燃え続けている──。
◇◆◇
ベイラム駐屯基地でそれぞれの思惑が蠢く一方、別の場所ではまた違った意味で異質な光景が広がっていた。
「なにっ? 足立重工の受付嬢?」
思わず声を荒げたレイに対し、報告に来ていた日本兵は真面目な表情のまま頷いた。
「はい。何でも足立重工にはマスコットキャラクターがいないので、その代わりとして受付嬢が採用されたそうです」
その説明を聞いた瞬間、レイの脳裏に嫌な予感が走る。
「……それで、その受付嬢ってのは?」
「それが……」
歯切れの悪い返答。
直後、部屋の扉が開き、やけに元気の良い声が重なった。
「「初めまして!」」
声の主は二人。
明るい雰囲気を纏った少女と、どこか影のある微笑を浮かべた少女が、並んで深々と頭を下げていた。
「……なあ、この子たちが?」
「司令、困惑するのもわかります。この二人がそうです」
日本兵の補足に、レイは額を押さえたくなる衝動を必死に堪えた。
「初めまして。私は足立重工の太陽銀行の陽子です!」
「私は暗黒ローンを担当する暗子です!」
名乗りと同時に、それぞれが胸を張る。
あまりにも場違いな明るさと、逆に場に溶け込みすぎている不穏さ。
(まさかのボクタイかよ……!?)
レイの内心をよそに、陽子はにこやかな笑顔のまま説明を続ける。
「私たちは足立重工の受付嬢でもあり、私は太陽バンクの受付嬢の役割を担っています」
続いて一歩前に出た暗子は、柔らかな口調とは裏腹に、どこか底冷えのする視線を向けてきた。
「私は暗黒ローンの受付嬢を担当しています。特に私は独立傭兵の皆様にはだいぶ興味を持っています」
その言葉に、レイは無意識に背筋を伸ばす。
「暗黒ローンからCOAMを借りた場合は、借りた分の利子300%を支払っていただきます。ご利用は計画的にお願いしますね?」
一瞬、空気が凍りついた。
「りょ……了解した」
反射的に返事をしてしまった自分を、レイは内心で呪った。
だが同時に、確信していた。
──足立重工は、兵器や技術だけでなく、こうした“存在”すら戦力として送り込んでくる。
それは戦場の常識を、別の角度から侵食していく脅威だった。
天使、堕天使、そして今度は受付嬢。
世界は確実に、想定外の方向へと転がり始めている。
◇◆◇
足立重工の受付嬢という、ある意味で最も予測不能な存在との邂逅を終えた後。
レイは静かな整備区画で、一人考え込んでいた。
「さて……カーラに言われた通りガンダムが使用できない以上、ACで向かう訳なんだが……」
視線の先には、整然と並ぶ機体群。
だがそのどれもが、切り札とは言い難い状況だった。
「レイ、どうするの?」
背後から聞こえた声に振り返ると、そこには617がいた。
「……617、君のLYNXを借りる。ACなら問題ないってカーラが言ってたしな」
「ん……私にはレジェンドがある」
淡々としたやり取り。
それは信頼が前提にあるからこそ成立する、短いやり取りだった。
そのとき、レイの意識に割り込むように、いつもの冷静な声が響く。
「レイ。RaDの拠点であるグリッド086の事なのですが……」
「ん? 何かあるのか、エア」
一瞬の間。
エアは言葉を選ぶように、わずかに間を置いてから続けた。
「いえ……カーラから信用を勝ち取るためとはいえ、これを見過ごす者がいるとは思えないのです」
その言葉の意味を、レイは即座に理解する。
「……つまり、行動中に第三勢力が介入してくる可能性があるってことか」
「はい、十分に警戒を……」
RaD、カーラ、そして足立重工。
それぞれの思惑が交差する以上、ただ目的地に辿り着くだけで済むはずがない。
レイはLYNXの武装データを確認しながら、小さく息を吐いた。
「LYNXの武装はそのままで行くか。例え物理攻撃が効かない敵が出てきても戦い方次第だ」
それは自分に言い聞かせるような言葉であり、同時に覚悟の宣言でもあった。
ガンダムが使えない状況。
頼れるのは、自身の判断と、ACという“兵器”の可能性のみ。
──天使でも、堕天使でもない。
一人の傭兵として、次なる局面へ踏み込む時が来ていた。