転生したらCパルス変異波形だったので、ガンダムを作ります。   作:コレクトマン

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ノーザークの無理しかない脱走

 そこは、暗子が管理する自家発電エリアだった。

 巨大な自家発電機械が規則正しく稼働し、その上で走らされているのは──捕らえられたノーザークと、RaDを襲撃したコヨーテスの生き残りたちである。

 

「ハァ……ハァ……何時まで……走ればいいんだ……!」

 

「知る……かよ……!」

 

『頑張ってくださ~い! 着々と借金が減りつつありますよ!』

 

 元気いっぱいに応援する声が、無機質なエリアに響く。

 だが走らされている側の心境はただ一つ──一秒でも早く、ここから出たい。

 

「ハァ……ハァ……もう……無理……」

 

 ついに一人が限界を迎え、足を止めた。

 

「おい馬鹿! 足を止めるな!」

 

「へ……? おわ~~っ!?」

 

 しかし時すでに遅し。

 止まることを許さないランニングマシーンは、情け容赦なく後方へと身体を流し、そのまま──底の見えない穴へと放り出した。

 

 もっとも、そこに“良心”が存在していたのは確かだった。

 穴に落ちても死なないのである。

 

 暗子曰く、死んでしまっては借金返済ができない。

 そのため穴の先にはポータルゲートが設置され、衝撃吸収マットが敷かれた空間へと転送される仕組みになっていた。

 

『はい、落ちたガルベさん。体力回復のため休憩に入ります。休憩は10分でドリンク付きです。なお、ドリンク代と休憩時間の罰金として1,201COAMになります!』

 

 ……なお、逃げ道はない。

 

 穴に落ちて休憩できる者に限り、一秒につき2COAMの罰金が加算される仕様となっており、ドリンク代だけは特別に1COAMという“良心的価格”が適用されていた。

 

「くっ……! 結局こうなったか!」

 

「落ちても大丈夫でも、借金が嵩むんじゃあ意味ねえ!」

 

『さあ、借金返済に向けて頑張ってくださ~い!』

 

 明るい声援とは裏腹に、

 ノーザークたちの胸中に渦巻いている感情はただ一つ。

 

 ──ふざけるな!

 

 そんな叫びを飲み込みながら、彼らは今日も走らされ続けるのだった。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 時刻は昼の十二時。

 この借金返済施設が、かろうじて「良心的」と呼べる点は、労働時間と休憩時間が明確に分けられていることだった。

 

 発電中に穴へ落とされ、罰金を兼ねた強制休憩とは違い、この時間には追加の罰金は発生しない。

 食事も粗悪なものではなく、OMCSによって生成された体力作り用の料理が提供されていた。

 

「クソッ! 私は、こんな所で一生を終えるつもりはないぞ!」

 

「そりゃこっちだって同じだ! カーラの野郎が俺達をこんな場所に送り付けやがって……自家発電とか時代遅れすぎることを無理やりやらされる羽目になるとはな!」

 

「そのお陰で俺たちは死ぬことすら許されねえ。まあ、生活面的には困ってねえことは事実だが……」

 

「どうすんだよ兄貴。俺らと、そこの独立傭兵を含めて八名。一生ここで暮らす羽目になるぞ?」

 

 その言葉が場の空気を重く沈ませた、その時だった。

 

「なにやら、ぬしらは困っているようだな?」

 

「……! 誰だっ!?」

 

 声のした方へ一斉に視線を向けると、そこには隅の影に紛れるように佇む人物がいた。

 全身を包帯で覆われた、異様な男だった。

 

「なに、われはただの病人よ」

 

「はぁ? その病人がなんでこんな所にいやがんだよ!」

 

「そのような些細なこと、気にすることではあるまい。ぬしらにとって良い知らせがあるのだ」

 

「良い知らせだと……?」

 

「そう警戒するな……というのは無理があるのは承知だ。しかし、その良い知らせが、この区画から脱出するための見取り図があると言ったら?」

 

 包帯まみれの男は、片手を上げると、一枚の紙を取り出した。

 自家発電区画の構造が記された見取り図らしきものだった。

 

「何だと!? そいつは本物か!」

 

「ぬしらに嘘をついても、意味もあるまい」

 

 そう言って、その紙はコヨーテスの兄貴分へと手渡される。

 広げて確認した瞬間、全員の表情が変わった。

 

「マジかよ……こいつは本物だ……!」

 

「こいつが有れば、この地獄とはおさらばだ! だろ、マート!」

 

「だな! 脱出するなら、こいつを使おうぜ、エルドのアニキ!」

 

「ああ……こいつは利用しねえ手はねえ!」

 

 一気に色めき立つ中で、ただ一人、ノーザークだけは沈黙を保っていた。

 

「……」

 

「ぬしは何やら用心深いようだな? われのことを疑っているのは承知の上だ」

 

「仮にだ……仮に貴様に、いったい何のメリットがあるというのだ。貴様が、その全身包帯まみれという偽装をしている疑念が消えん」

 

「なに、我が持っても無用の長物よ。ぬしがわれを信じるか信じぬか、勝手というもの……ヒヒッ!」

 

 その不気味な笑い声を残し、包帯まみれの男は影の中へと後退し──次の瞬間、姿を消していた。

 

「消えたっ……!?」

 

「まさか……幽霊か!?」

 

「へ、変なことを言うんじゃねえよ!? 迷信だろ、それ!」

 

「……奴の口車に乗る訳ではないが、使える手札がただで貰えるというのなら、使わせてもらうぞ」

 

 ノーザークはそう呟き、見取り図へと視線を落とす。

 そこに描かれているのは、希望か──それとも、さらなる地獄への道筋か。

 

 脱走計画は、こうして静かに動き始めたのだった。

 

 しかし、それが最初から仕組まれたシナリオであることをノーザーク達は知らない。

 

 一方の包帯まみれの男はというと……

 

「……これでよかったのだな? 暗子よ」

 

「はいっ! 十分ですよ大谷さん! レイさんから聞いた通り、ノーザークさん達が脱走する機会があれば必ずやると言ってたので逆にこちらから嘘の見取り図を用意してよかったです!」

 

 どうやら、ノーザーク達は最初からレイの手の平で踊らされるピエロだった。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 午前零時。

 時刻はすでに真夜中を指していた。

 

 照明を極力落とした区画の陰、その奥から、八つの影が音もなく姿を現す。

 そう──ノーザークたちだった。

 

「しかし、こうも簡単に脱出できるのは拍子抜けだ。きっと何かトラップがある筈だ」

 

「知るかよ! その時はお前さんを使ってトラップを凌げりゃ良いんだよ!」

 

「何でもお前、とんでもない借金を抱えているようだな?」

 

「その額、四億と来たもんだ!」

 

「何故理解しようとしない! 借りた金は返さず、最大限に有効活用すべきだ!」

 

 その発言を聞いた瞬間、全員の脳裏に同じ答えが浮かんだ。

 

 ──ああ……これ、それが原因で借金したんだな……。

 

 誰も口には出さなかったが、空気だけは完全に一致していた。

 

 やがて一行は、ある区画に辿り着く。

 そこには橋が存在せず、断崖の向こう側に二本のトンネルが口を開けていた。

 その奥には、それぞれ扉が一つずつ設けられている。

 

「おい、向こうに扉があるんだが、そこに向かうための橋がねえぞ」

 

「しかもその下、奈落にでも繋がってるのかってくらい底が深いぞ!」

 

「しかし、目の前に扉が二つもあるということは、どちらかが正解の扉ということだろうな……」

 

 そう言って思案する中、ふとノーザークは足元に目を留めた。

 道が途切れた直前、不自然な四角い出っ張りがある。

 

 試しに、その上に体重をかける。

 

 次の瞬間、重低音とともに、二本のトンネルがノーザークたちの方へとせり出してきた。

 

「どうやら選択肢は二つのようだな」

 

「なら話は早い。おいお前、お前は右側に行け」

 

「えっ!? 俺っすか!?」

 

 有無を言わせぬ流れで、左のトンネルには兄貴分が、右には下っ端のコヨーテスが配置される。

 

「よし……では、いくぞ」

 

 そう言ってノーザークが足を加圧板から離した、その瞬間だった。

 

 伸びていたトンネルは元の位置へと引っ込み、左側の扉が静かに開く。

 一方、右側では──扉ごと壁が迫り、下っ端を押し潰すように動き出した。

 

「ちょ……ちょちょっ!? ま、待ってくれ! お……俺は、俺はまだ……わあぁぁぁっ!?」

 

 悲鳴とともに、下っ端の姿は穴の向こうへと消えていく。

 最終的に、右は完全なハズレだった。

 

「なるほど、こういう仕掛けか」

 

「幸いなのは、あいつが穴に落ちた際、瞬間移動したかのように消えたことだな。もしかしたら、あそこに戻されたのかもしれねえ」

 

「……っていうことは、俺達の脱走もバレたってことか!?」

 

「どの道、戻れる保証はない。進むしかない」

 

 こうして、最初の犠牲──もっとも、命だけは助かっているであろう犠牲──を出しながら、

 ノーザークたちの脱走は、想像以上に順調に、そして想像通りに進んでいくのだった。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 最初のトラップを辛うじて突破し、一行は次の区画へと足を踏み入れた。

 そこに待ち構えていたのは、下半月状の輪を描く通路と、その上を往復する巨大な玉だった。

 タイミングを誤った者だけを押し潰す──そんな意図が、嫌というほど伝わってくる仕掛けである。

 

「意外と呆気ない位の簡単なトラップだな」

 

「だが、その分、奥はより厄介なトラップだろうな。よし、今度は俺達が先に行く。お前は後から来い」

 

「えっ!? 大丈夫なんすかアニキ!?」

 

 その直後、ガルベがマートの腕を掴み、さっと引き寄せた。

 ノーザークに聞こえない距離まで下がると、小声で囁く。

 

「馬鹿野郎。あのノーザークって奴はな、自分に危険を感じたら俺達を見捨てて逃げるタイプだぞ。そうさせないためにも、あえて後列に置くんだよ」

 

「あっ……なるほど」

 

 エルドの意図を理解し、マートは小さく頷いた。

 だが──

 

(……と、奴らは考えているだろうな。寧ろ後列に指せるのは、こちらとしても都合がいい)

 

 ノーザークもまた、同じ読みをしていた。

 

 こうして隊列は組まれ、先行組が次々と渡り始める。

 大玉が通り過ぎた直後を狙い、慎重に、しかし素早く。

 

 だが、五人目、六人目が進もうとした、その瞬間だった。

 

「ちょっ、大玉がぁ!?」

 

「うわぁ! わわわっ!?」

 

 予想より早い戻り。

 下っ端二名は脊髄反射的に身を翻し、大玉から逃れるため左端の坂を駆け上がった。

 潰されはしなかった──だが、その代償は大きかった。

 

「ひぇ~っ!?」

 

「あ~っ、あ、落ち、落ちる!?」

 

 戻ろうにも戻れない。

 そんな宙ぶらりんな状況に追い打ちをかけるように、天井が唸りを上げた。

 

 次の瞬間、複数のクローアームが伸び、二人の身体をがっしりと掴み上げる。

 

「た、助けてくれ~!?」

 

 悲鳴を上げる間もなく、二人はそのまま回収され、天井の向こうへと消えていった。

 

「どうやら、このトラップで躓いた奴は、あの様に捕まるって訳か……」

 

「おお、可哀想に」

 

「運が悪かったっすね……」

 

「そのお陰で、私は助かったけどな」

 

 その言葉に、エルドは一瞬だけ視線を向け、短く息を吐いた。

 

「……お前も、何気に悪運が強いんだな」

 

 ノーザークは何も答えず、ただ肩をすくめる。

 こうしてまた一つ、犠牲──もっとも、命までは取られない犠牲──を積み上げながら、

 脱走劇は、滑稽なほど順調に続いていくのだった。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 次に辿り着いた区画は、これまでとは明らかに趣が異なっていた。

 一直線に伸びる一本道。その両脇の壁には、棒人間が様々なポーズを取った奇妙な壁絵が並んでいる。

 芸術なのか、警告なのか、それとも──。

 

「これもトラップか?」

 

「なら……今度は先に行かせてもらう!」

 

 そう言い放つと、ノーザークは一人、迷いなく奥へと進み始めた。

 だが、その間に作動する様子はない。床も壁も、沈黙したままだ。

 

「ただのコケおどしか……」

 

(この壁の絵……人の部分だけ掘り抜かれてる? まさか……!)

 

「アニキ、早く行きましょうや!」

 

「な、なんだか悪い予感がするのう……」

 

 その予感は、見事に的中した。

 四人が同時に足を踏み入れた瞬間、床の加圧板が反応し、仕掛けが起動する。

 

「ん? な、なんだ!?」

 

「まさか……トラップか!?」

 

「っ! アニキ、今立っているとこの壁の絵と、鏡写しのポーズを!!」

 

 刹那、両側の壁が唸りを上げ、壁絵そのものが動き出した。

 棒人間の形に合わせるように、壁が迫り、下っ端を押し潰さんとする。

 

「へっ? むぎゅっ!?」

 

 反応が間に合わず、下っ端は壁に挟まれ──その瞬間、姿が消えた。

 血は出ない。音もない。

 どうやら潰された時点で、強制転送される仕組みらしい。

 

「むっ! おぉ!?」

 

 言われた通り、壁絵の鏡写しとなるポーズを取ったことで、エルドは間一髪で潰されずに済む。

 続いてガルベ、マートも必死に壁絵を見比べ、奇妙な体勢を取りながら前へと進んでいく。

 

 ぎこちなく、しかし確実に。

 そうして全員が、最奥で悠々と待っていたノーザークの元へと辿り着いた。

 

「ハァ……ハァ……これは、どんなトラップだよ!?」

 

「あのトラップは、精々四人分の重さで仕掛けが起動するタイプだった様だ」

 

「いくら死なねえといっても、心臓に悪いぞ!?」

 

「どうやら、運はとことん私についているようだな」

 

 ノーザークは涼しい顔でそう言い切る。

 だがその背後で、回収された下っ端が再び労働区画に送り返されている事実を、彼はまだ知らない。

 

 脱走は続く。

 だが、“運”が味方しているのは、本当に誰なのか──その答えは、もうすぐ明らかになる。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 八人のうち、すでに四人と半分が脱落しながらも──ついに、一行は出口らしき通路へと辿り着いた。

 

「ハァ……ハァ……ようやくか」

 

「だな。ようやく、あのクソッタレな場所とはおさらばできるな」

 

「でもよ、アニキ。あの出口の上に書かれている文字……」

 

 視線の先には、無慈悲な一文が掲げられていた。

 

 ──『出られるのは一人だけ』

 

「ここまで来て、一人だけとは……最後の最後まで面倒な」

 

「ああ……そうだな」

 

 そう答えた直後だった。

 ノーザークは三人を差し置き、何の躊躇もなく出口へと歩み出す。

 

「ん? おい、独立傭兵? 何している?」

 

「フハハハハ! 君たちの犠牲は無駄にはしない! 私だけ行かせてもらうぞ!!」

 

「「「しまったーっ!?」」」

 

 三人が気づいた時には遅かった。

 ノーザークは“一人でも脱出できれば十分”と判断し、迷いなく出口へと駆け込んでいた。

 

(これで……この悪夢のような場所とは、逃げ切ることができる!)

 

 確信を胸に、出口を潜り抜ける。

 

 だが──

 

『ようこそ、お仕置き部屋Mk‐Ⅱへ! お待ちしておりましたよ、ノーザークさん!』

 

「……は?」

 

 目の前に広がっていたのは、白一色の小部屋。

 そして、正面のモニターに映し出された暗子の姿だった。

 

『いやぁ、あなた達のことですから、絶対に脱走すると思っている方がいらしたので、あえて監視カメラ越しに見届けていたのですが……思いのほか、見事に引っ掛かってくれましたね!』

 

「なん……だと……」

 

『安心してください! ノーザークさんが、そこまで体力に余力があることが今回の脱走で分かりましたので、今までの倍の借金を背負う形で許します! 今の残り借金に付け足しますと……』

 

 暗子は、どこからともなく電卓を取り出し、軽快な音を鳴らし始める。

 そして、計算結果がモニターに表示された。

 

『出ました! ノーザークさんの借金は──10億COAMになります!』

 

「じゅ……10億だと!?」

 

 その桁外れの数字に、一瞬、視界が暗転しかける。

 だが──ノーザークは、すぐに“いつもの結論”へと辿り着いた。

 

(……そうだ。いつも通りだ。逃げればいい)

 

「くっ! これ以上、私をここに縛れると思うな!」

 

『あっ! コラッ、待ちなさ~い!』

 

 ノーザークは踵を返し、来た道を全力で引き返す。

 再び、逃走開始である。

 

 ──その頃。

 

「警告する! お前は責務から逃げようとしている! 逃亡者は銃殺される!」

 

「再度警告する! お前は責務から逃げようとしている! 逃亡者は銃殺される!」

 

 ノーザークによって逃げる手段を失ったエルドたちはここの監視員である日本兵に見つかってしまい囲まれてしまった。

 

「くそっ! あの独立傭兵の所為で、こっちはめちゃくちゃだ!」

 

「ていうか、奴らの数、多くないか?」

 

 ガルベの言う通り、エルドたちを包囲している日本兵の数は軽く百は超えていた。

 

「まさかと思うが……あの人数で突っ込んでくるんじゃないのか!?」

 

 マートよ、それはフラグである。

 

「着剣せよー!!」

 

「「「着剣っ!!」」」

 

「突撃──っ!!」

 

「「「うおぉぉぉ──ーっ!!!」」」

 

「「「ぎゃあぁぁぁぁっ!?」」」

 

 哀れ……エルドたちは日本兵たちの突撃に巻き込まれ、そのまま収容所に戻されるのだった。

 

 こうして──

 ノーザークの“無理しかない脱走”は、ついに最悪の形で収束へ向かうのだった。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 何やら騒がしい気配を感じ取った617は、周囲を警戒するように捜索を始めていた。

 

《なんか……騒がしい?》

 

 彼女はまだ知らない。

 今この瞬間、借金王ノーザークが脱走し、しかも最悪な進路取りでこちらへ向かってきているという事実を。

 

 そして──最悪なタイミングは、必ず最悪な形で訪れる。

 

「おい、アレを見ろ!」

 

「味方です! マズい!」

 

「あっ、617さん! 逃げてる人に近づかないでくださ~い!」

 

 617の視界に飛び込んできたのは、必死の形相で突進してくる男と、それを追う日本兵の大群、そして慌てふためく暗子だった。

 

 その瞬間、ノーザークの思考は一瞬で結論に達する。

 

 ──使える。

 

「君には私が逃げ切るための人質になってもらう!」

 

《え? ……あ……》

 

 状況を理解するよりも早く、617は引き寄せられ、その位置関係が一変した。

 

「動くな! この少女の命が失いたくなければ、妙な動きをするな!」

 

《あー……》

 

「あわわ……! 大変なことに!?」

 

「貴様、それでも男か!!」

 

「女子を人質にするなど、恥でございますぞ!!」

 

 617は自分の状況を一瞬だけ把握し、そして──首を傾げた。

 自分が人質として“成立している”のかどうか、判断しかねているような間だった。

 

 ノーザークはそんな違和感に気づくことなく、声を張り上げる。

 

「黙れ! 何故理解しない……借りた金は有効に使い、借りた金をなぜ返す必要がある!! それはそうと、ここに脱出用のACを用意するんだ!」

 

 その要求に、周囲の日本兵たちは一斉に顔を見合わせた。

 ACを用意しろ、という要求自体は分かる。

 だが──この場所、この状況、この相手である。

 

 誰一人として「用意する」という選択肢を本気で検討していなかった。

 

 一方、その頃のレイはというと──。

 

「カーラっていったっけ。キミ、あのOW(オーバードウェポン)すごいねぇ~。ちょっと貸してくんない? 二泊三日で」

 

 主任が言っているOWとは、どう見てもスマートクリーナーのことだった。

 そもそもスマートクリーナーをOWとして見るのは無理がある。

 

「アンタがビジターが言ってた厄介な奴かい。悪いこと言わないから失せな」

 

「いやいや♡ もちろんタダでなんて言わないよ~。ちょっとしたプレゼントもあるしぃ。はいっ、マスブレ~ド~~」

 

 主任が奥から引きずり出してきたのは、ACV時代のOW。

 別名、“全てを焼き尽くす暴力”。

 ロケットブースターをくくりつけた、鉄筋コンクリートの柱だった。

 

「ブレードって……ただの鉄骨じゃないか」

 

「じゃあ、使い方を見せよう。これをこう構えて~、チャージして~」

 

「は?」

 

 次の瞬間、ロケットブースターが点火。

 加速。

 そして──殴打。

 

「こう」

 

「ブッホォwwwwwwwwwwww」

 

 予想の斜め上を突き抜けた光景に、カーラは完全に笑いのツボへ突き落とされた。

 

「いやっ、まだだ! その程度じゃ、このスマートクリーナーは貸せないよ」

 

「あ、そお? じゃあ、こんなのどう? ヒュージミサイル~~」

 

 次に提示されたのは、戦艦用クラスの弾道ミサイルを搭載したOWだった。

 

「そりゃ戦艦レベルの弾頭じゃないか……まさか、その肩にしょってるのは」

 

「なんだと思う? これね、砲台♡」

 

「ブッフwwwwwwww」

 

 完全に腹筋が崩壊しているカーラを横目に、レイは深いため息をつく。

 

「主任の犠牲者がまた一人……あとで胃薬を処方してもらおう」

 

 その時、レイの通信機が鳴った。

 

「うん? ……どうした?」

 

『司令、大変です! 617が借金王に人質にされたとのことです!』

 

「なん……だと……!?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、レイの表情から笑みが消える。

 

 次の瞬間には、武器庫へと駆け出していた。

 アサルトライフル、ロケットランチャ──―必要十分な装備を整えながら。

 

 ノーザークを活かさず、殺さない程度に〆る。

 そして、617を救出する。

 

 そのために、司令は静かに、しかし確実に動き始めるのだった。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 ノーザークに人質にされた617。

 日本兵たちとノーザークの間で、重苦しい睨み合いが続いていた。

 

「早くしろ! さもなくば、この少女の命は本当にないものと思え!!」

 

「何と言う邪道……!!」

 

(……何時まで続くんだろ?)

 

 時間だけが、無意味に引き延ばされていく。

 日本兵たちは銃を構えたまま動かず、ノーザークもまた引き金を引く素振りは見せない。

 膠着──しかし、それは意図された“待ち”だった。

 

(おい、SHINOBIに応援要請はしたか?)

 

(もう手配済みだ!)

 

 そのやり取りが交わされた直後、空気が微かに変わる。

 誰もが気づかないほどの変化。

 だが、確実に状況は次の段階へと進んでいた。

 

「貴様ら、本当にこの少女の命はどうなってもいいというのか!?」

 

(ウォルターだったら、この場合どうするんだろう……ん?)

 

 その瞬間。

 ノーザークの足元へ、無音で転がり込む筒状の物体。

 

 それは、スモークグレネードだった。

 

「な……スモーク!?」

 

(煙……息、止めておこう)

 

 白煙が一気に広がり、視界を覆い尽くす。

 617は反射的に呼吸を止め、身体を強張らせたまま、機会を待った。

 

 そして──。

 

「人質を返していただく……」

 

「っ!? その声……まさか!!」

 

 ノーザークは忘れない。

 この地獄へと運ばれた、元凶の一人の声。

 

 気づいた時には、拘束していた腕の力が抜けていた。

 

《ん……今》

 

「なにっ!?」

 

 一瞬の隙。

 617は身体を捻り、拘束から抜け出すと、そのまま一気に距離を取った。

 

 それを見た日本兵たちは、即座に反応する。

 

「隊長、人質が無事に逃げ出しました!」

 

「よし、今だ! 奴を拘束しろ!」

 

「その拘束、俺がやる」

 

「司令、お願いします! ……えっ?」

 

 煙の中から現れたのは、完全武装のレイだった。

 アサルトライフルを構え、迷いなく前に出る。

 

「さぁてと……ノーザーク、覚悟はいいか? 答えは聞いてない!」

 

 引き金が引かれる。

 乾いた連射音。

 

 ──なお、弾はゴム弾である。

 

「うわっ!? 貴様、正気か!!」

 

「617を人質にしてたくせに、被害者ぶるんじゃねえ!!」

 

 一マガジンを撃ち切ると、レイは即座に背中へ手を回す。

 次に構えられたのは、ロケットランチャー。

 

 ──発射。

 

※弾頭は特撮でよく使われる演出用の爆発である。

※死にはしない。

※だが、結構危険である。

 

「な……!? ロケットラン……!?」

 

 言い切る前に、爆風がノーザークを吹き飛ばした。

 身体は宙を舞い、床に叩きつけられ、そのまま意識を失う。

 

「目標の無力化を確認」

 

「司令、後は我々が対処します」

 

「いや……まだ此奴に、やり残したことがある」

 

 そう言ってレイはノーザークへ歩み寄りながら、

 空になったマガジンを新しいものと交換し、銃口を向ける──尻へ。

 

 それに気づいた日本兵たちは、即座に止めに入った。

 

「お止め下さい! そいつはもう、気力的に死んでいます!」

 

「司令、待ってくれ! それ以上はいけない!?」

 

「HA⭐︎NA⭐︎SE!!

 此奴はなぁ、死んだ方がマシだと思う位にやっておかないと、

 俺の気が済まないんだよ!!」

 

 怒号が響く。

 最終的には、複数人がかりでレイは引き剥がされた。

 

 ──なお、この一件により、

 ノーザークの精神的ダメージは回復不能レベルに達した。

 

 こうして。

 ノーザークの“無理しかない脱走”は、レイの介入によって完全に幕を閉じた。

 

 ノーザークたちは再びお仕置き部屋へと送り返され、

 地獄のランニングマシーンに勤しむ日々へと逆戻りする。

 

「皆様は、ローンのご利用の際は計画的にお願いいたします。

 今後とも、宜しくお願いします!」

 

 今日も今日とて。

 暗子は、暗黒ローンを健全に、そして元気に営むのであった。

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