転生したらCパルス変異波形だったので、ガンダムを作ります。   作:コレクトマン

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何とか復活しました。休んでいる間に貯めていたストックを投稿します。


chapter.03
神とゼロの名を持つ二つのG


 カーゴランチャーによる射出という、正気を疑う移動手段を経て、621たちはどうにか中央氷原地帯への着地を果たしていた。

 

 もっとも、“どうにか”という表現ですら生温い。コンテナに叩き込まれた射出の衝撃は凄まじく、着地時の激震もまた洒落にならない代物だった。機体の固定が甘ければ内部で機体ごと激突し、最悪そのまま行動不能になっていてもおかしくはなかったほどだ。

 

 着地後、コンテナのロックを解除して外へ出た彼らを迎えたのは、ひたすら白く、そして荒れ狂う世界だった。視界を塗り潰す吹雪。断続的に叩きつけてくる氷雪。中央氷原という名に違わぬ苛烈な環境が、容赦なく機体の装甲を叩いていた。

 

「……クッソ! あのババア、次会ったらタダじゃおかねえ!」

 

 開口一番、吐き捨てるようにそう言ったのはイグアスだった。カーラへの恨み言としては、もはや氷原の風音にも負けないほど切実だった。

 

「なんとか生きてたどり着いたのはいいがよう。何せ外は……」

 

 ヴォルタもまた呆れたように周囲を見回す。機体越しに見ても分かるほど、外の環境は最悪だった。進軍どころか、無理に動けば吹雪に視界を奪われ、そのまま足を取られる危険すらある。

 

《大吹雪で荒れている。迎えが来るのは良くても明日か明後日……》

 

 621の冷静な指摘に、場の空気がわずかに沈む。今すぐ何かできる状況ではないという現実が、改めて突きつけられた。

 

【ここで不用意に動かず、留まるしかありません】

 

 エアの言葉もまた、現状を裏づけるものだった。視界不良、低温、強風。どれを取っても好条件とは言い難い。任務が先行調査である以上、こんな場所で無駄に消耗する意味もない。

 

 すると、レイは周囲の吹雪を一瞥した後、いつも通りの落ち着いた調子で口を開いた。

 

「まぁ、こんなことを想定して非常用簡易テントキットを各機体に入れてある。パイロットがある程度サバイバルできる様にだけどな」

 

「んなもんまであるのか。企業だったらゼッテー思いつかねぇ発想だぞ」

 

 イグアスが呆れ半分で返すと、ヴォルタも小さく鼻を鳴らした。

 

「だな。何せ企業の上層部は目の前の利益しか見てねえ分、無駄なコストとして省いてんだからな」

 

「それを言っちゃあなんだが、ベイラム……もといAC部隊のレッドガンはともかく、アーキバスは絶対自分可愛さに保身や利益しか見てないんだよな」

 

「「ほんとそれな……」」

 

 妙なところで息の合った二人に、621はわずかに視線を向けた。

 

《意外と仲が良い……?》

 

【色んな人がいるものですね……】

 

 エアの感想ももっともだった。普段ならどこかでぶつかりそうな二人だが、企業への文句という一点においてだけは驚くほど意思疎通ができているらしい。

 

 ともあれ、こうして立ち話をしていても状況が好転するわけではない。レイの指示の下で、四機は吹雪の中でも比較的風を避けられる地形を選び、簡易テントの設営を始めた。

 

 非常用とはいえ、日本帝国側で用意されたキットは予想以上にしっかりしていた。寒冷地用の簡易骨組みに耐風シート、熱源補助装置まで揃っており、展開手順さえ分かっていれば短時間で野営地を整えることができる。企業製の実利一点張りな装備群とはまた違う、“生き残るための余白”を重視した作りだった。

 

 やがて設営を終えた一行は、テント内で装備と食料の確認に入る。

 

「非常用レーションが3日分。食料としては事足りるが、万が一ってこともあるな」

 

 レイが淡々と確認する。最低限は持つ。だが、吹雪が長引けばそれで十分とは言い切れない。そうした“万が一”まで視野に入れているのが、いかにも彼らしかった。

 

 その直後だった。

 

 レイは何を思ったのか、再びデスティニーへと乗り込み、外へ出ると右肩部のフラッシュエッジ2を取り外した。吹雪の中で、その兵装のビーム刃出力を最小まで絞り込み、氷原の一角へと向ける。

 

 じゅ、と低い音を立てながら、分厚い氷に熱が走る。やがてそこには綺麗な円形の穴がひとつ穿たれていた。

 

「……何やってんだ?」

 

 イグアスの声には警戒と困惑が半々に混じっていた。

 

「釣りの穴場」

 

「「……は?」」

 

 あまりにも当然のように返ってきた答えに、イグアスとヴォルタの思考が一瞬止まる。

 

「確かこの氷原地帯にはこの星特有の魚がいるって仲間から聞いたことがある」

 

《それって当てになるの?》

 

【あまりおすすめ致しませんが……】

 

 621とエアの反応はもっともだった。そもそもこの極寒の地で魚を釣るという発想自体が唐突すぎる。その上、それが食料調達として成立するかどうかも不明だ。

 

 だがレイは気にした様子もなく肩をすくめた。

 

「まぁ、居たら居たで食えるかどうか調べればなんとかなるだろう」

 

 そう言って釣り糸を氷穴に入れ、本当に釣りを始める。

 

 そしてしばらく後──。

 

 吹雪の中で行われた半信半疑の試みは、予想外の成果をもたらした。氷穴から次々と引き上げられるのは、この星特有と思しき魚影。見た目は地球圏の魚類に似ているが、表皮にうっすらと異質な光沢があり、ルビコンの生態系らしい得体の知れなさを隠していない。

 

 それでも、結果だけ見れば大漁だった。

 

「……それで、どうやって調べるんだ?」

 

 ヴォルタの問いは至極当然だった。釣れたはいいが、それを食えるかどうか、どう判別するつもりなのか。

 

 するとレイは、何故か妙に得意げな雰囲気を漂わせながら魚を持ち上げた。

 

「こうやるのさ。……サバイバルビュアー!」

 

「サバ……あっ?」

 

 イグアスが言葉の意味を理解するより早く、レイは魚を持ち上げてそのまま腑を豪快にかぶりつく。

 

 あまりにも躊躇のない動きだった。

 

 その場の空気が、吹雪とは別の意味で凍る。

 

「マジか……」

 

「そのまま一息に食うなんざ、お前人間じゃねぇだろ」

 

 イグアスとヴォルタが揃って本気で引くのも無理はなかった。621もまた、その光景を見つめながらわずかに首を傾げる。

 

《魚ってそう食べるの……?》

 

 エアもさすがに困惑していた。

 

【レイ、それは明らかに手順がおかしい気がしますが……】

 

 しかし当の本人は、もぐもぐと咀嚼しながら平然としている。そして飲み込んだ後、何事もなかったかのように分析結果を口にした。

 

「元人間だけど、心は人間のつもりだ。食ってみて分かったが、コーラル濃度がちょっと濃いな。生で食うと腹痛と幻覚がくるな。よく焼けばある程度マシになる」

 

 あまりにも雑で、あまりにも身体を張った毒味だった。

 

《あっ……寄生虫》

 

【レイ、それは食さない方が……】

 

 621とエアが同時に危険要素へ気づく。魚体の内部では、確かに見覚えのない寄生生物がわずかに蠢いていた。

 

 だが、レイはまるで些細なことのように言い切った。

 

「よく噛めば死ぬ」

 

「「いやっ普通死なねえだろうが!」」

 

 二人の全力のツッコミが吹雪の中に響く。

 

 中央氷原という極限環境のただ中で、命懸けの射出を経てようやく辿り着いた先で待っていたのは、吹雪と寒さと、そして常識の外にいる生存者による豪快すぎる毒味だった。

 

 少なくともこの場にいる全員が理解したことがひとつある。

 

 この状況でも平然としているレイという男は、やはりどこか決定的におかしい。

 

 だが同時に、そのおかしさこそが、この極寒の地で生き延びる上では妙に頼もしくもあった。

 

 因みにだが、レイは何故サバイバルセンスが異常に高いのか?

 それは空白の9年で日本帝国兵たちの中には自衛隊の者もいたためにサバイバル知識を叩き込まれたのと、Cパルス変異波形用のアンドロイドボディには万が一の毒味する場合の衛生状態を直接口に摂取することで状態が分かるという便利機能が搭載されているのだ。

 

 これを知ったイグアスたちは”マジで人間じゃなかったのか”と内心思ったそうな……

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 中央氷原地帯に降り立ってから、二日が経っていた。

 

 初日は命からがら辿り着いた安堵もあって、ひとまず簡易テントを設営し、吹雪を凌ぐだけで精一杯だった。二日目もまた同じく、視界を塗り潰すほどの猛吹雪が氷原一帯を荒らし回り、まともに移動できる状況ではなかった。幸い、レイが各機体に積み込んでいた非常用簡易テントキットとレーション、さらに半ば力業で確保した現地調達の魚によって、最低限の生存環境は維持できていた。

 

 ただし、その“現地調達”の過程が色々と常軌を逸していたことは、ここにいる全員の記憶に深く刻み込まれている。

 

「あれから二日か……」

 

 テントの外縁に積もった雪を軽く払いながら、ヴォルタが低く呟く。吹雪の唸り声に満たされていた空間は、今や驚くほど静かだった。

 

《吹雪はもう止んだみたい……》

 

 621が外の様子を確認しながら言う。実際、視界を遮っていた雪の壁は消え、白く凍てついた大地がどこまでも続いているのが見えた。荒れ狂っていた風もようやく収まり、中央氷原本来の静寂が戻ってきている。

 

「つーか、この時期ならもう探しに来ているはずだろ?」

 

 イグアスが苛立たしげに言うのも無理はない。射出された時点で無茶苦茶なら、回収もまた相当に無茶だ。だが、それでも二日も待たされれば文句のひとつも出る。

 

「天候の所為で正確な位置が把握しにくいんだろう」

 

 レイの返答は簡潔だった。中央氷原地帯はただ寒いだけの場所ではない。吹雪がひとたび荒れれば、センサー類の精度も落ち、空からの索敵も難しくなる。ましてや有人射出されたコンテナの着地点を正確に追い続けるとなれば、そう簡単な話ではなかった。

 

 すると、その時だった。

 

【……どうやら迎えが来たようです】

 

 エアの声と同時に、静まり返っていた氷原の上空に新たな音が混じる。遠くから響いてくるローター音。さらに、それに重なるように重厚な航空機のエンジン音が白い空を震わせた。

 

 621の通信回線へ、聞き慣れた声が入る。

 

『621、聞こえるか?』

 

《ウォルター? ……聞こえる》

 

 短い返答の後、621はわずかに顔を上げた。吹雪に閉ざされていた二日間の後でその声を聞くと、それだけで状況が一気に前へ進み始めたように思えた。

 

『中央氷原の天候が荒れていて迎えが遅れた。今そちらに向かっている』

 

 ウォルターの声はいつも通り落ち着いていたが、迎えが遅れた事情についてはそれで十分だった。あの天候なら、誰が来るにしても簡単な話ではない。

 

 続いて、別回線から勢いのある声が飛び込んでくる。

 

『司令、お迎えに参りました!』

 

「相変わらず喧しさだな……」

 

 レイが少しだけうんざりしたように呟く。

 

 白い空の向こうから現れたのは、ウォルターが操縦する輸送ヘリ、そして日本帝国の輸送機だった。氷原上空を慎重に進みながら接近してくるその姿は、二日間この地に取り残されていた一行にとってようやく訪れた現実的な帰路そのものだった。

 

 輸送ヘリと輸送機は、吹雪が止んだばかりの氷原に注意深く降下していく。周辺の安全を確認しつつ、各機体と操縦者の収容作業が手際よく進められていった。無駄のない動きだった。回収が遅れた分、現場の兵たちの動きには余計な迷いがない。

 

『各機体と操縦者の収容完了!』

 

『了解。離陸開始』

 

 報告と指示が短く飛び交い、次の瞬間には機体が再び浮き上がる。中央氷原の白い大地がゆっくりと遠ざかり、代わりに輸送機内部の金属質な空間が彼らを包み込んだ。

 

「あっという間だったな……」

 

 ヴォルタがぽつりと漏らす。二日も待たされたというのに、いざ迎えが来て回収される段になると、拍子抜けするほど一瞬だった。

 

「あぁ……まぁ悪くねえ感じだったけどな。あることを除いて」

 

 イグアスがそう言うと、ヴォルタも何とも言えない顔で頷いた。

 

「……だな」

 

 そして次の瞬間、二人はほとんど同時に、心底うんざりした声を揃える。

 

「「あのイカれが生の魚の腑を丸噛りするなんざ誰も思いもしねぇよ……」」

 

 輸送機内の空気が、一瞬だけ妙な沈黙に包まれた。

 

 その原因たる本人は、まるで何を言われているのか分からないとでも言いたげに肩をすくめる。

 

「毒味と言え、毒味と。そのおかげで食料には困らなかっただろうに」

 

《アレは例外……》

 

【レイ……アレを毒味と言い張るのは無理があるのですが……】

 

 621はきっぱりと切り捨て、エアも珍しく強めに否定した。魚の内臓をそのまま口に放り込んで安全確認を済ませるなど、常識的に考えて真っ当な方法とは言い難い。結果的に食料事情が改善したことは事実だが、それとこれとは話が別だった。

 

 だが、レイはなおも納得していないらしい。

 

「……解せぬ」

 

 本気で不思議そうに呟くその様子に、イグアスとヴォルタは揃って顔をしかめ、621は無言のまま小さく視線を逸らした。

 

 ともあれ、こうして中央氷原での二日間は終わりを迎えた。

 

 命懸けの有人射出、吹雪の中での足止め、簡易テントでの野営、そして常識外れの現地調達。どれを取ってもまともとは言い難い時間だったが、それでも全員が無事に生き延びたことだけは確かだった。

 

 そして回収された今、彼らは再び次の任務へと向かうことになる。

 中央氷原での本当の目的──ベイラムの依頼である先行調査は、まだ終わっていないのだから。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 中央氷原での二日間に及ぶ足止めを経て、621たちはようやくミレニアムへと帰還した。

 

 艦内へ収容された直後、外気に晒され続けた機体は整備班へと引き渡され、パイロットたちもまた一時的に戦闘任務から解放されることになった。もっとも、解放されたと言っても、氷原での野営と吹雪の中の待機が肉体に残した疲労はそう簡単に抜けるものではない。とりわけ極寒の環境下に長時間晒された後では、身体の芯まで冷え切っている感覚が抜けず、全員の顔にもどこか疲労の色が残っていた。

 

 そんな彼らを出迎えたのは、いつものように背筋を伸ばした閣下だった。

 

「よく戻った。二日間のサバイバルで疲れただろう。先ずはミレニアム内にある銭湯室で冷えた体を温めるといい」

 

 その言葉に、イグアスが真っ先に眉をひそめる。

 

「は? 銭湯室? なんだってそんなとこに行かなきゃならねぇんだ? つーか、この船に銭湯室あんのかよ……」

 

 無理もない反応だった。ミレニアムはあくまで軍用艦であり、戦闘行動や輸送、作戦遂行を主目的とした艦艇だ。そこに“銭湯室”という単語が出てくる時点で、普通なら首を傾げる。

 

 だがレイは、特におかしなことを言われたとも思っていない様子で淡々と答えた。

 

「イグアス、この船にはパイロットやクルーのモチベーションの維持やリラクゼーションを兼ねて銭湯室を増設しているんだ。本来ならそんな区画はない筈なんだが、あいつらが勝手に増設したらしい」

 

「らしいって……お前、足立重工のCEOだろ? それぐらい把握してないのかよ?」

 

 呆れたようなイグアスの言葉に、レイはわずかに疲れた顔をした。

 

「あいつらの喧しさと自由奔放さにいちいち神経を尖らせたら、すり減りすぎてこっちが身がもたん……」

 

 その声音には、演技ではない本物の実感が滲んでいた。

 

 イグアスとヴォルタは思わず顔を見合わせる。

 

((実際にマジだから否定できねぇ……!?))

 

 この船にいる日本兵たちの妙な勢いと、良くも悪くも行動力の塊のような空気は、ここまでの短い接触だけでも十分に理解していた。勝手に銭湯室を増設したと言われても、もはや「あり得ない」と言い切れないのが恐ろしい。

 

 こうして二人は、何気にレイが相当な苦労人であることを知ることになった。

 

 その後、621たちは促されるまま艦内の銭湯室へと向かうことになった。

 

 そこは“増設したらしい”という言葉から連想されるような雑な代物ではなく、思っていた以上に本格的な設備になっていた。広めの浴槽、湯気に満ちた洗い場、換気設備まで整っており、少なくとも急造の仮設施設という印象は薄い。むしろ、下手な前線基地の簡易入浴施設よりもよほど快適そうだった。

 

 氷原で冷え切った身体に温かな湯が染み渡る感覚は、想像以上に強烈だった。

 

 肩の強張りがゆっくりと解け、肌の感覚がようやく戻ってくる。極寒の環境下では自覚しにくかった疲労が、逆に温まることで一気に表面へ浮かび上がるようでもあった。

 

 しばらくして、入浴を終えた一行は脱衣所脇の休憩スペースで一息ついていた。

 

「フゥー……まぁ多少温まって少しはマシになったか」

 

 ヴォルタが深く息を吐きながらそう零す。先ほどまでの強張った雰囲気に比べれば、明らかに表情が緩んでいた。

 

「とはいえ、風呂上がりだとどうも酒が欲しくなるな」

 

 イグアスが何気なくそう言った瞬間、閣下が即座に反応する。

 

「それならば問題ない。……者ども、酒を振る舞え!」

 

 号令と同時に、待ってましたと言わんばかりに日本兵たちが動き出した。どこに隠していたのか、日本酒やビールといったアルコール類が次々と持ち込まれ、手際よく並べられていく。

 

「マジで用意するのかよ……」

 

 イグアスが半ば本気で引きながら呟く。

 

「酒はどうだ? 今なら飲めるぞ……!」

 

「この際貰っとこうぜイグアス。タダ酒は滅多にないからな」

 

「何気に乗り気じゃねぇか、ヴォルタ……」

 

 ついさっきまで文句を言っていたくせに、こういう時のヴォルタの切り替えは早い。もっとも、極寒のサバイバルを耐え抜いた直後なのだ。風呂上がりの一杯に心が揺れるのも無理はなかった。

 

 だが、そのささやかなご褒美の時間は、そう長くは続かなかった。

 

「兵装4、兵装5。兵装1から通信です!」

 

 日本兵の報告が飛んだ瞬間、イグアスの顔が見る見るうちに嫌そうに歪む。

 

「ゲッ……! 酒が飲めると思った途端にこれかよ!?」

 

「チッ……ミシガンの野郎、今度はなんだ?」

 

 通信が開く。響いてきたのは、やはりというべきか、レッドガンを率いるG1ミシガンの大音声だった。

 

『G4、G5! 向こうでこき使われている貴様らに朗報と悲報がある! 先ず朗報は、上の連中と話をつけてようやく貴様らをレッドガンに戻す体制が整った。戻り次第、腕が鈍ってないか確認と同時に扱くつもりだ。覚悟しておけ!』

 

 その時点で既にあまり朗報には聞こえなかったが、ミシガンの話はまだ終わらない。

 

『それと悲報だが、これはお前達にとっての悲報だな。約一ヶ月後に行われる各企業同士のインキュベーションが行われる。貴様らは貧乏くじを引いた。我が社のマスコットキャラであるベイ太郎くんの着ぐるみ担当が貴様らに決定した!』

 

「ゲッ!? よりによってマスコット役かよ!?」

 

「ミシガンの野郎……! よりによってやりたくねぇ役を回しやがって!」

 

 イグアスとヴォルタの絶叫がほぼ同時に響いた。先ほどまでの酒への期待は一瞬で吹き飛び、代わりに心底嫌そうな顔だけが残る。

 

 だが、通信の本題はそれだけではなかった。

 

『それとだ。一ヶ月後のインキュベーションにアーキバスの他にあの足立重工が出席するとのことだ。ベイラムグループにとって足立重工は今後の展開によっては利用価値のある企業か、アーキバスと同様の水と油の関係になるかのどちらかだそうだ。上の連中の考えは気に入らんが、相手の素性を確かめるにはまたとないチャンスでもある。ヴォルタにイグアス! これを聞いたならすぐに帰ってこい! 愉快な遠足の準備を忘れるな!!』

 

 言いたいことだけを一方的に叩きつけ、通信はそこで切れた。

 

 しばしの沈黙。

 

 そしてイグアスが盛大に舌打ちする。

 

「あーくそっ……せっかくタダ酒が飲めるってのに最悪なタイミングだ!」

 

「つーかよ、お前んとこの企業が参加するなんざ初めて聞いたぞ。お前、知ってたか?」

 

 ヴォルタが何気なくレイへ視線を向ける。だが、返ってきたのは予想外の反応だった。

 

「……何それ知らん。初耳だ、こわっ……」

 

「「……はっ?」」

 

 その場の全員が一瞬固まる。

 

 閣下もまた、レイの反応を見てすぐに異変を察したらしい。

 

「何っ? 聞いていないだと?」

 

 周囲の空気がすっと変わる。嫌な予感が広がる中、閣下は日本兵たちへ鋭く問いかけた。

 

「おい、確か司令にインキュベーションの事を伝えるの任せたのは……」

 

「金田であります!」

 

 即答だった。

 

 数秒の沈黙。

 

 そして次の瞬間、閣下の怒声が艦内に轟いた。

 

「……金田は何処だ!」

 

「部屋で寝ているようです」

 

「叩き起こせ!」

 

 命令一下、日本兵たちは一斉に駆け出した。足音が廊下の向こうへ遠ざかっていく。その勢いはもはや“連絡不備の確認”というより、“責任者をしばきに行く”と言った方が正確だった。

 

 そんな騒がしさを横目に、イグアスは改めて小さく息を吐く。

 

「インキュベーションとなると、各企業の連中と会うことになりそうだ……」

 

 レッドガンへ戻る。それだけでも面倒だというのに、その先には各企業が顔を揃える場が控えているらしい。ベイラム、アーキバス、そして足立重工。中央氷原での泥臭いサバイバルとはまた別種の厄介事の匂いがした。

 

 閣下はレイへと向き直る。

 

「司令、連続勤務かもしれんが頑張ってくれ」

 

「勘弁してくれ……」

 

 レイは本気で疲れた声を漏らした。

 

 中央氷原から帰還したばかりだというのに、休息は長く続かない。戦場での任務が終われば、今度は企業同士の思惑と人間関係が待っている。しかも当の本人が知らないうちに、自社がその場へ引っ張り出されることまで決まっていたのだから笑えない。

 

 風呂と酒でようやく一息つけるかと思われた矢先に投げ込まれた新たな火種に、艦内の空気は一気に騒がしさを取り戻していく。

 

 それでも、ひとまず確かなことがひとつあった。

 

 イグアスとヴォルタがこのままここで長居できる時間は、もうほとんど残されていないということだ。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 イグアスたちを乗せた輸送ヘリがミレニアムを離れていった後、艦内はようやく少しだけ落ち着きを取り戻していた。

 

 もっとも、それはあくまで“少しだけ”に過ぎない。中央氷原地帯における本来の依頼はまだ終わっておらず、621たちには引き続きベイラムグループから受けた先行調査任務が残されていたからだ。

 

 氷原地帯の状況確認、コーラル収束地点周辺のデータ採集、封鎖機構及び周辺勢力の動向把握。極寒の環境と、いつどこで何が出てくるか分からないルビコンの危険地帯という条件の中ではあったが、621たちは休憩を挟んだ後、淡々と任務をこなしていった。

 

 そうして集めた調査データを依頼主であるベイラムグループへ送信し、任務は無事完了となる。

 

 端末に表示された報酬額は500,000COAM。そこからACの弾薬費、修理費が差し引かれ、最終的に手元へ残ったのは約380,000COAMだった。

 

「何とか依頼は完了したな」

 

 レイが端末を閉じながら小さく息をつく。金額として見れば十分な報酬だが、それが文字通り命懸けの任務と引き換えであることを考えれば、決して楽に手にした金ではない。

 

《でも、イグアスたちに貸した機体の弾薬や修理費はいいの?》

 

 621がふと気になったことを口にする。実際、デュエルとバスターは今回の任務と戦闘でそれなりに弾薬を消費し、少なからず損耗もしていた。普通に考えれば、そこも費用に跳ね返ってきそうなものだった。

 

 だがレイはあっさりと答える。

 

「アレは足立重工の所有品だからな。経費は足立重工持ちだよ。費用に関しては気にしなくていいよ」

 

 企業の所有物である以上、その運用コストもまた企業持ち。極めて合理的な話ではあるのだが、その“企業”のトップが目の前でさらりと言ってのけると、妙な説得力があった。

 

 そんなやり取りをしていた時だった。

 

 ミレニアムに戻っていたアンドロイドボディのエアが、レイの方へ向き直る。

 

「レイ、彼らから大事な物資が届くとのことです」

 

「荷物? どこからだ」

 

「それが……日本帝国からの物資だそうです」

 

「本国から?」

 

 レイが僅かに眉をひそめる。日本帝国本国から直々に送られてくる“物資”など、そう軽い話であるはずがなかった。

 

 嫌な予感というほどではない。だが、どうにも胸の奥がざわつく。少なくとも、ただの補給品や日用品の類ではないだろうという確信だけはあった。

 

 レイは621とエアを伴い、送られてきた物資を確認するため格納庫へ向かった。

 

 格納庫では既に大型搬入コンテナが開封され、内部の積載物が姿を現していた。

 

「……マジか」

 

 最初に漏れたのは、レイのそんな短い言葉だった。

 

 そこにあったのは、“物資”という表現ではあまりにも雑すぎる代物だった。

 

 一機は、背に大きな白い翼を備えた機体。全体的なシルエットは鋭く、どこか神々しさすら感じさせる意匠を持ちながら、外付けの携行武装らしきものは見当たらない。だが、だからといって武装がないわけではないことは、長く兵器を見てきた者なら一目で理解できる。むしろその機体は、内蔵火器と本体性能そのものが異常な領域にあると、そう言っているようだった。

 

「これは……翼の付いた機体に、内蔵武装以外の武器を所持していない機体?」

 

 エアが純粋な分析として呟く。見た目の印象だけならば華美ですらあるのに、その実、兵装構成は逆に異質なほど尖っていた。

 

《片方は天使みたい。フリーダムとは違う天使は初めて見た》

 

 621の感想は率直だった。背の翼と機体の白を基調とした意匠が、確かに“天使”を連想させるのだろう。ただし、それは慈愛や救済をもたらす存在というより、戦場に降り立つ処刑人じみた印象の方が強い。

 

 そしてもう一機。

 

 こちらは先ほどの機体ほど翼の印象は強くないが、全身から放たれる圧は決して劣っていなかった。むしろ拳と格闘を主軸に置く設計思想が明確で、装甲の各所に込められた気迫のようなものが、そのまま機体として具現化したかのようだった。

 

 レイはそれぞれの機体データに目を通しながら、低く読み上げる。

 

「片方は型式番号で、もう片方は登録番号になる。登録番号の方は“GF13-017NJⅡ”ゴッドガンダム。型式番号の方は“XXXG-00W0”ウイングガンダムゼロ」

 

「ゴッドガンダム……神のガンダムですか」

 

 エアの反応はもっともだった。名前からして既に色々と突き抜けている。神を冠する機体など、冷静に考えてまともな出力で済むはずがない。

 

《ウィングゼロ……》

 

 621もまた、その名を静かに反芻する。ゼロという単語が持つ響きは、時として完成形や原点を示す。少なくとも量産機や凡庸な試作機に付ける名ではない。

 

 レイは二機を見上げながら、心底うんざりしたように額を押さえた。

 

「やれやれ……ガンダムだけでもかなりのチートだというのになんで更に厄介なチート機体を作ったのかこっちが知りたいよ」

 

 その言葉には、呆れと困惑と、ほんの少しの現実逃避が混じっていた。

 

 デュエル、バスター、デスティニー、フリーダム。そこに加えて今度はゴッドガンダムとウイングガンダムゼロ。

 

 いずれも“ただ強い”では済まない機体ばかりだ。明らかに世界観の中で一線を越えた性能を持ち、それぞれが単独で戦局を塗り替えかねない力を秘めている。ましてやゴッドガンダムとウイングガンダムゼロに至っては、方向性こそ違えどどちらも明確に“別格”の領域へ片足どころか両足を突っ込んでいる代物だった。

 

 レイは送られてきた二機の機体が、できることなら使う機会のないまま眠っていてくれればいいと、心の底からそう思った。

 

 だが、こういう嫌な予感に限って、ルビコンでは大抵外れない。

 

 遠くない日に、この二機を実際に使うことになる。

 

 今のレイは、まだそのことを知る由もなかった。

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