転生したらCパルス変異波形だったので、ガンダムを作ります。 作:コレクトマン
ミレニアム艦内の一室で、レイは珍しく鏡の前に立っていた。
戦場に出る前の最終確認でもなければ、機体整備の進捗を眺めているわけでもない。ただ、慣れない所作をどうにか形にしようとしているだけだ。だが、その“だけ”が妙に難しい。
「こうか? ……いや違う、こう……か?」
ぎこちなく姿勢を整え、手の位置や立ち方を変えてみる。普段の彼からすれば、こうした社交のための振る舞いを練習する時間そのものがすでに場違いだった。
とはいえ、今回はそうも言っていられない。
「あー、くそっ。まさかのインキュベーションパーティに参加する羽目になるなんてこっちも想定外だよ」
足立重工の裏社長として、企業同士が顔を合わせるインキュベーションパーティに出席する。表向きは企業交流と情報交換の場。だが実態は、腹の探り合いと品定めが飛び交う、戦場とは別種の危険地帯だ。
レイにとって厄介なのは、戦うことではない。戦わず、笑顔と礼儀と建前で場を渡り歩くことだった。
そんな時、部屋の外から控えめな声が届いた。
《レイ、いる?》
「617か。どうした?」
扉越しの声に応じると、すぐに617が姿を見せた。いつも通りの調子だが、どこか少しだけ困ったような空気も混じっている。
《ウォルターからレイの付き添いでインキュベーションパーティで色々と学んで来いって……》
その言葉を聞いて、レイは一瞬だけ間を置いた。
なるほど、そう来たかと内心で納得する。ウォルターらしいと言えばらしい判断だった。今後の彼女らが普通の人間としての一人立ちする前に学んでおけば一人立ちも楽になる。
(なんだかんだでウォルターはこの世界に向いてない性格なんだよなぁ……。まぁ、そこがウォルターのいいところなんだけどな)
損得だけで割り切れない不器用さ。だが、だからこそ信用できる部分もある。レイはそんなことを思いながら、改めて617の方へ目を向けた。
「それはそれで構わない。となるとだ、617。まさかパイロットスーツのままで行くのか?」
《? ……何か問題?》
617は本気で不思議そうに首を傾げた。
彼女からすれば、任務で同行するなら動きやすく慣れた服装の方が合理的なのだろう。実際、護衛や付き添いという意味だけなら、パイロットスーツでも間違いではない。
ただ、問題は今回は戦場ではなく“パーティ会場”だということだった。
「いや、問題って訳じゃないけど……かといってちがうっつーか……」
レイは言葉を選びながら答えるが、うまくまとまらない。機体の性能差や戦術の話ならいくらでも論理立てて説明できるのに、社交場に相応しい服装の説明となると急に歯切れが悪くなる。
そして次の瞬間、彼は諦めたように小さく息を吐いた。
「ちょっと待ってくれ」
そう言って端末を操作し、通信を繋ぐ。
数秒後、回線の向こうから気の抜けた、それでいて妙に機嫌の良さそうな声が返ってきた。
『ビジターかい? どうしたんだ、急に連絡を入れて』
「カーラ、少し手伝ってくれないか? 617用の服装……社交用ドレスのサイズを計ってほしい」
通信の向こうで、一拍の沈黙。
そしてすぐに、面白がるような気配が滲んだ。
『おやっ……随分と意外な趣味でも?』
「冗談でも勘違いしないでくれ。でないとウォルターに殺されるわ」
即答だった。
レイの返しには、半分以上本気が混じっている。617がウォルターにとってどういう存在かを考えれば、変な誤解は冗談では済まない。
するとカーラはくつくつと笑い、からかい半分だった声音を少しだけ和らげた。
『フッ……冗談さ。分かったよ。617の服装の件は任せな』
「あぁ、頼む。……色々と大変な日になりそうだ」
通信を切った後、レイは小さくそう漏らした。
インキュベーションパーティへの参加だけでも十分に面倒だというのに、そこへ617の付き添い、社交用の服装の手配、企業間の駆け引きまで加わる。まだ当日ですらないのに、すでに胃が痛くなりそうな気配しかしない。
だが、それでも行かなければならない。
足立重工の裏社長としての顔を作り、617には場を見せ、企業同士の思惑を探る。戦場ではない場所で、別の意味での戦いに備える必要があった。
そしてその裏で、別の動きも始まろうとしていた。
ベイラムから依頼を受けた621は、エアと共に大豊の同盟企業側のマスコット代理としてインキュベーションパーティへ参加する予定になっている。こちらもこちらで、まともに済むとは到底思えない案件だった。
それぞれが別々の立場で、同じ会場へ向かうことになる。
戦場ではない。だが、油断できない空間であることだけは確かだった。
◇◆◇
インキュベーションパーティ当日。
会場には企業関係者たちのざわめきと、作り物めいた華やかさが満ちていた。照明は明るく、磨き上げられた床は人々の姿を淡く映し、各企業の展示や宣伝用ブースがそれぞれの色を主張している。表向きは交流と親睦を深めるための場。だが、その実態が腹の探り合いと値踏みの応酬であることは、この場に足を踏み入れた時点で嫌でも伝わってくる。
そんな会場の一角で、レイはビジネスマンスーツをきっちりと着こなし、表情も姿勢も隙なく整えていた。
見た目だけなら十分に様になっている。足立重工のCEOとして表に出ても不自然ではない。だが、その内側では、やはり僅かな緊張が残っていた。
(なんとか様になったとはいえ、やはり少し緊張するな。そもそもこういうのはファンタジー世界でいう貴族たちの社交パーティみたいなもんだからな……)
戦場で敵を前にする緊張とはまた違う。銃も剣も抜かれない代わりに、言葉と視線と立ち位置だけで優劣や思惑が交錯する空気。派手さはないが、息苦しさの質はむしろこちらの方が厄介かもしれなかった。
「司令、緊張しては何も思い通りに動くことができませんぞ」
横から落ち着いた声がかかる。
「分かってるよ。足立弘之社長」
声の主は、表向きの足立重工社長であるもう一人の足立──足立弘之だった。今回の場において彼は、表に立つ社長として自然に振る舞いながら、レイの支えにもなる立場にある。そんな弘之が、堅くなりすぎないようにと軽く声をかけてきたのだ。
レイは短く返しつつも、その一言で少しだけ肩の力を抜いた。
すると、その時だった。
「……貴方たちですか。例の足立重工の社長というのは?」
ねっとりとした、しかし妙に丁寧な声が割り込んでくる。
視線を向ければ、そこにいたのはアーキバスのヴェスパー第二隊長、スネイルだった。気取った所作の中に露骨な選民意識を滲ませた男。会場の空気に紛れていても、その鼻につく存在感だけは嫌でも分かる。
弘之は柔らかな笑みを崩さず、一歩前に出る。
「ヴェスパー第二隊長殿に覚えてもらえるとは、知己を得て光栄だ。私が足立重工の社長、足立弘之だ」
続いてレイも、余計な感情を表に出さないまま名乗った。
「足立重工のCEO、足立レイだ」
スネイルの視線が二人を値踏みするように往復する。
「我々アーキバスでも、あなた方の所業は耳にしています。なんでも、OMCSという食料供給ユニットをアーキバスやベイラム、そして解放戦線に無償で10機送ってきたのでしょう。そちらの技術力を証明するために」
その言い回しは感心半分、探り半分といったところだった。単なる善意ではないことは分かっている。だからこそ、その真意を探ろうとしているのだろう。
レイは平静を崩さず答える。
「その方が言葉で証明するより早いと判断したからな」
簡潔で、曖昧さも残した返しだった。
(まあ、本当はそれだけじゃない事をスネイルは気づいているかもしれないが……)
無償提供は単なる技術デモンストレーションだけではない。恩の売り先の分散、存在の誇示、各勢力への牽制。複数の意図が絡んでいることくらい、スネイルのような男なら察していてもおかしくない。だからこそ、今ここで余計な材料を与える気はなかった。
スネイルはわずかに口元を歪め、さらに話を続ける。
「……それはそうと、貴方たち足立重工はある機体を作ったと聞いています」
「機体? なんの機体だ」
弘之が自然な調子で問い返す。
「ガンダムタイプ。……といえば貴方でもわかるでしょう?」
その一言で、場の空気がほんの少しだけ張る。
ルビコンに現れた“天使”。そう呼ばれる存在を、アーキバスが気にしていないはずがない。むしろ、どの企業よりも執拗に情報を集めている可能性すらある。
だが弘之は表情ひとつ変えず、むしろ軽く首を傾げるようにして答えた。
「ルビコンに現れた天使か。仮に我が社と天使に一体何の関わりがあるというのだ?」
軽いはぐらかし。だが、完全否定でも肯定でもない絶妙な言い回しだった。
スネイルは一瞬だけ弘之を見つめ、それから肩をすくめる。
「……そうですか。まあいいでしょう。ひと先ずはそういう事にしておきます。あなた方、足立重工がこのパーティに参加できたのはアーキバスが足立重工を評価している証。光栄に思いなさい」
最後まで鼻につく物言いを残して、スネイルはそのまま別の来客の方へと去っていった。
その後ろ姿を見送りながら、弘之は小さく息を吐く。
「……全く、相変わらずいけ好かない奴だ」
「それ、スネイルの前で言うなよ?」
レイのもっともな釘刺しと同時にレイは肩をすくめた。言うつもりはない。少なくとも、今この場では。
そんなやり取りをしていると、別の方向から視線を引く青が近づいてきた。
617だった。
彼女はカーラの手配した蒼い社交ドレスを身に纏い、いつもの無骨なパイロットスーツ姿とはまるで違う雰囲気を纏っていた。装飾は過剰ではないが、落ち着いた色合いと洗練された仕立てが617の持つ静かな空気に妙に似合っている。戦場の兵士としてではなく、この場に立つ一人の令嬢のようにすら見えた。
《レイ。終わった?》
「挨拶はね。後はここを任せていいか?」
レイがそう言うと、弘之は穏やかに頷く。
「はい。司令、どうかこのパーティを楽しんでください」
その声音には、半分は本気、半分は気休めが含まれていた。この場を“楽しむ”のは難しいとしても、少なくとも会場を見て回り、各企業の空気を掴むことは無駄ではない。
617はレイを見上げ、短く言った。
《……行こう》
レイも頷く。
こうして二人は、その場を弘之に任せ、インキュベーションパーティの会場を見て回ることにした。
表向きは見学。だが実際には、各企業の配置、関係者の動き、会場の空気、誰が誰と繋がっているのかを探るための情報収集でもある。
華やかな会場の裏側で交わされる思惑の流れを、この目で確かめるために。
◇◆◇
インキュベーションパーティ会場の一角では、華やかな社交空間とは別種の意味で異彩を放つ一団がいた。
正確には、一団というより二体の着ぐるみである。
「クソッ……なんで俺たちがこんなクソみたいな恰好を……」
ベイラムの新作マスコット、その名も“ベイ太郎”の着ぐるみの中から、恨みがましい声が漏れる。中身は当然、イグアスだ。普段なら絶対に引き受けないような役回りだが、今回はミシガン直々の命令である以上、拒否権など最初から存在しなかった。
「しょうがねぇだろ、イグアス。ミシガンの野郎が言ったように貧乏くじを引かされたんだよ」
もう一体のベイ太郎──ヴォルタもまた、諦めたような声音で返す。こちらも不本意なのは同じだが、イグアスほど露骨に荒れてはいない。むしろ“ここまで来たら仕方ない”と割り切り始めている節すらあった。
そんな二人の前に、腕を組んだミシガンが仁王立ちしていた。周囲の来場者がちらちらと視線を向けてくるのも気にせず、いつもの大声で檄を飛ばす。
「相変わらず喚くのが得意の様だなG4! G5! 我が社の備品でもあるACを壊したのはどいつだ!?」
「チッ俺達だよ」
イグアスが舌打ち混じりに認める。中央氷原での戦闘と任務で、借り受けた機体を損耗させたのは事実だ。それをこういう形で蒸し返されるのは腹立たしいが、完全に否定できないのがまた悔しい。
「前にも伝えたが、そいつはベイラムの新作マスコットのベイ太郎。今回の貴様らの任務はそれの宣伝だ! 泣いて喜べ!」
泣くのはともかく、喜べる要素はどこにもない。
「ロゴマークに手足を生やしたマスコットキャラなんざ流行るとは思えねぇ……」
ヴォルタの率直すぎる感想はもっともだった。ベイ太郎は企業ロゴをそのまま着ぐるみにしたような見た目で、愛嬌というより勢いで押し切るタイプのデザインである。好意的に見ても、洗練とは程遠い。
「ヴォルタの言う通り、ベイラムも落ちたもんだな」
イグアスも即座に同意する。企業イメージ戦略の一環なのだろうが、少なくとも彼らの目には迷走しているようにしか見えなかった。
しかしミシガンはそんな評価など意に介した様子もなく、堂々と前方を指差した。
「お前の前方に見えるアーキバスのマスコットアーキ坊やと共同で会場の宣伝に練り歩け!」
二人が視線を向けた先には、確かにいた。
いかにもアーキバスらしい、妙に気取った雰囲気を漂わせるマスコット──“アーキ坊や”が。
「……アーキバスも大概だったか」
イグアスがぼそりと呟く。ベイ太郎もどうかと思ったが、アーキ坊やもまた別方向に強烈だった。企業カラーの違いはあれど、“こんなものを本気で作ったのか”という意味では似たようなものである。
だが、ミシガンの説明はそれで終わらなかった。
「アーキバスの他にもアーキバスの同盟企業”シュナイダー”からは”シュナイダーマン”。BAWS社からACのBASHOをベースにした”UMIBAWS”が出ている。貴様らもいずれ奴らと練り歩いてもらうつもりだ!」
イグアスとヴォルタは一瞬、言葉を失った。
どうやらこのインキュベーションパーティは、企業同士の交流と情報戦の場であると同時に、妙な方向へ全力を出した宣伝合戦の舞台でもあるらしい。マスコットを出しているのはベイラムとアーキバスだけではなかった。シュナイダーにUMIBAWSまでいるとなれば、もはや一種の見世物大会である。
「俺はどっちかと言えば向こうの大豊娘々と共同の方がマシだったぜ」
イグアスが本音を漏らす。視線の先には、大豊の宣伝担当として会場を回っている“大豊娘々”の姿があった。チャイナ服を着た女性たちが企業PRを行っており、少なくともロゴに手足を生やした着ぐるみよりは遥かに華やかで、まともに見える。
「イグアス、任務に欲を出すな。勿論大豊との共同も予定して声をかけてある」
ミシガンが当然のように付け加える。
「多少はマシってか……」
ヴォルタもさすがにそれには少しだけ気を持ち直したらしい。少なくともアーキ坊ややシュナイダーマン、UMIBAWSと並んで会場を練り歩くよりは、大豊側の宣伝に混ざる方がまだ精神的な損耗は少ないだろう。
「ヴォルタ、貴様もマスコットとしての自覚をしろ。……とはいえ、予定の順番は多少前後するが構わんだろう」
ミシガンがそう言った、その直後だった。
「G13!! 出番だ!!」
「「……はっ?」」
ベイ太郎の中の二人が揃って間の抜けた声を上げる。
G13──レイヴン。
その名がこんな場面で呼ばれること自体がまず意味不明だった。しかも“出番”という言い方からして、明らかに何かを知っている声音である。
イグアスとヴォルタは着ぐるみ越しに顔を見合わせた。
大豊との共同宣伝がある、という話自体は聞いた。だが、その相手にG13の名が出てくるとは思っていなかった。
そしてミシガンの声音には、明らかに面白がっている気配が混じっている。
その時点で、嫌な予感しかしなかった。
◇◆◇
会場内の賑わいが一段と増していく中、621とエアは大豊側の控えスペースで最終確認を終えていた。
大豊娘々としての衣装は、参考用として用意された意匠を取り入れたチャイナドレス風のものだった。621は白を基調とした衣装、エアは赤を基調とした衣装を纏い、いずれも胸元や裾に装飾が施されている。髪型もそれに合わせて整えられており、普段の無骨な戦場装備とはまるで別人のような仕上がりだった。
ただし、当人たちの感覚は至って平常運転である。
「レイヴン。予定より早いですがミシガンから呼び出しですね。行きましょうかレイヴン」
《うん……行こう》
そうして二人は、大豊娘々として会場の表へと姿を現した。
その瞬間、ベイラム側の宣伝スペースにいたヴォルタの思考は一瞬止まった。
「マジかよ……」
第一声として出てきたのは、それだけだった。
無理もない。普段の621からはまるで想像もつかない格好だったうえに、白の衣装を纏った621と、赤の衣装を纏ったエアが並ぶことで視覚的な破壊力が妙な方向に完成していた。しかも二人とも当人に照れや気負いがほとんどなく、ただ任務としてそこに立っている。その温度差が余計に周囲の混乱を助長していた。
ヴォルタの隣では、ベイ太郎の着ぐるみの中にいるイグアスがぴたりと動きを止めていた。
《……? イグアス?》
621が不思議そうに首を傾げる。
エアもまた、そんなイグアスの様子を観察しながら淡々と告げた。
「レイヴン。なぜか分かりませんがイグアスの体温が上昇しています。着ぐるみという中というのはやはり聞いてた通り熱いのでしょうか?」
その分析自体は間違っていない。着ぐるみの中は確かに暑い。だが、今イグアスの体温を押し上げている理由は、どう考えてもそれだけではなかった。
(は? 野良犬野郎が何でここに? ミシガンのやつ何言ってんだ馬鹿。それに何で野良犬以外にエアとか言う奴が大豊娘々のコスプレしてんだよ)
イグアスの脳内は、ほとんど処理落ち寸前だった。
G13──レイヴンが別企業側の宣伝役として現れるだけでも意味が分からない。そこに加えて、よりにもよって大豊娘々の格好で、しかもエアまで一緒に並んでいる。状況理解が追いつかないまま、視界に飛び込んでくる情報量だけが無駄に多い。
そして極めつけは、そこだった。
(そもそもさっきから何プルプルさせてんだその乳は! コスプレ用の樹大枝細にしてもデカすぎんだろ野良犬が! お前その乳でACどうやって乗ってんだよ! むかつく! もう全部がイライラする畜生!!!!!!)
もはや混乱と苛立ちと動揺が区別不能な領域に突入していた。
ヴォルタは隣の異変にようやく気づき、着ぐるみ越しに声をかける。
「おいイグアス。どうした?」
だが返事はない。
否、返事をする余裕がなかったと言った方が正しい。イグアスはもはや正面から621たちを見ること自体が危険だと本能で判断したのか、その場で不意に力を抜いた。
そして──わざとらしいほど自然に、その場へ倒れ込んだ。
「おい、イグアス!?」
ヴォルタが慌てて声を上げる。
次の瞬間、当然のようにミシガンの怒声が会場へ轟いた。
「G5!! 貴様ァ!! 任務中に床に転がるとは何事かぁ! そんなに床が好きなら便所の床で転がしてやろうか! 立てェ!」
「うるせぇ……」
床に転がったまま返ってきたのは、か細いが確かな反抗の声だった。
「口答えが本当に好きなようだなG5!! G13!! そのままG5のケツにパイルバンカーしてやれ!!!」
「おいおい」
さすがのヴォルタも呆れた声を漏らす。どう考えても収拾のつけ方がおかしい。
だが621は、ミシガンの無茶振りには特に乗らず、未だ床に倒れたままのイグアスへ近づくと、しゃがみ込んでその身体を軽く揺すった。
《イグアス。起きて》
「さわんなのらいぬぅ~~……」
返ってきた声は、もはやいつもの噛みつくような調子ですらなかった。覇気の抜けた、半ば現実逃避に片足を突っ込んだ声である。
エアはそんな一連の流れを眺めた後、どこか納得したように小さく呟いた。
「色々あるんですね、レイヴン」
《……たぶん》
621は短く答える。
実際、色々ありすぎた。
企業同士のインキュベーションパーティという、表向きは華やかな場の片隅で、ベイラムの新作マスコット着ぐるみが床に転がり、大豊娘々姿の621がそれを揺すり起こしている。絵面だけを切り取れば、意味不明にも程があった。
それでも会場の喧騒は止まらない。企業の宣伝は続き、人の流れは絶えず、誰も彼もが自分の思惑を胸に動いている。
ただその中で、少なくともこの一角だけは、別方向にどうしようもなく騒がしかった。