転生したらCパルス変異波形だったので、ガンダムを作ります。   作:コレクトマン

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波乱のインキュベーションパーティ 後編

 レイと617は、インキュベーションパーティの会場内をゆっくりと見て回っていた。

 

 先ほどまでのスネイルとの挨拶を終えた後、表向きの対応は足立弘之に任せ、二人は会場各所の様子を確認することにしたのだ。華やかな照明に照らされた広い会場では、アーキバス、ベイラム、大豊、BAWS、シュナイダーといった企業がそれぞれの技術や製品を宣伝している。展示されているものは兵器関連だけではなく、生活支援機器や食料供給ユニット、企業イメージ戦略のための宣伝物まで幅広い。

 

 要するに、ここは戦場とは違う企業同士の戦場だった。

 

 二人は時折、会場内に用意されたビュッフェ形式の料理を少しつまみながら、各企業のブースを巡っていた。617にとっては、こうした場そのものが珍しいのだろう。表情の変化は控えめながらも、視線はよく動いている。

 

「様々な企業が色々と宣伝しているようだな。とくにBAWS社はACのBASHOを使って海坊主に因んでUMIBAWSってのは無理があるだろうに……」

 

 レイは遠目に見えるBAWS社の宣伝スペースへ視線を向けながら、思わずそう漏らした。

 

 BASHOをベースにしたマスコット、UMIBAWS。名付けの勢いは分からなくもないが、冷静に考えれば相当に無理がある。そもそもACを元にしたマスコットという時点で、企業側の感性がどこかおかしい。

 

《でも……いろんなことを学べる》

 

 617は静かにそう返した。

 

 展示物、来場者の動き、企業関係者同士の会話、視線のやり取り。彼女はそれらをただ眺めているだけではなく、何かを吸収しようとしている。ウォルターがこの場に同行させたのも、きっとそのためなのだろう。

 

「まあ……そうでもあるな」

 

 レイは少しだけ頷いた。

 

 戦場で必要になるのは操縦技術や判断力だけではない。誰が何を欲し、何を隠し、どこへ向かおうとしているのか。企業の動きを読む力もまた、このルビコンで生き残るには必要になる。

 

 その時だった。

 

「おや。随分とお疲れではないか?」

 

 不意に、背後から穏やかな声がかかった。

 

「いや、大丈夫だ。心配はいらな……」

 

 反射的に返しながら振り向いた瞬間、レイの言葉が途中で止まった。

 

 そこに立っていたのは、見覚えのある仮面の男だった。

 

 いや、見覚えがあるはずがない。少なくとも、この世界にいるはずのない人物だ。だが、その姿も声も、レイの記憶にあるそれと一致していた。

 

 ラウ・ル・クルーゼ。

 

 本来ならば、このACの世界に存在するはずのない人物が、平然とインキュベーションパーティの会場に立っていた。

 

(ラウ・ル・クルーゼ……だと!?)

 

 内心に走った衝撃は大きかった。だが、レイはそれを表情に出さないように必死に押し殺す。ここで過剰に反応すれば、逆に相手へ情報を与えることになる。

 

《レイ……?》

 

 617が僅かに違和感を察したように声をかける。

 

 すると、ラウはその名に反応したように、どこか懐かしむような響きを声に混ぜた。

 

「レイ? 奇遇だな。私の友と同じ名前とはな」

 

「……そうかい。俺はその友人とは誰なのか知らないけどな」

 

 レイはできるだけ自然に返す。

 

 表情を大きく変えず、声も乱さない。足立重工のCEOとして、ただ初対面の相手と会話しているように振る舞う。だが、内心では疑問と警戒が渦巻いていた。

 

(どういうことだ!? なんでこの世界にラウがここにいるんだ!? まさか……俺達というイレギュラーがいる所為で……!?)

 

 デュエル、バスター、デスティニー、フリーダム。すでにこの世界には、C.E.の機体が複数存在している。そこへラウ・ル・クルーゼ本人まで現れたとなれば、単なる偶然では済ませにくい。

 

 自分たちが持ち込んだ異物が、世界そのものに余計な波紋を広げているのではないか。そんな嫌な想像が頭をよぎる。

 

《レイ……大丈夫?》

 

 617がもう一度、静かに問いかける。

 

「ああ……大丈夫だ。ちょっと考え事だ」

 

 レイは短く答え、意識を目の前のラウへ戻した。

 

 ラウは二人のやり取りを見つめた後、今度は617へ視線を向ける。

 

「フム……それで、そこのお嬢さんは?」

 

《……セレン。セレン・ヘイズ》

 

 617は僅かに間を置いて名乗った。セレン・ヘイズ。それはこの場で使うための名だ。青い社交ドレスを纏った今の彼女は、戦場に立つ強化人間617ではなく、レイの付き添いとして会場を歩く一人の同行者として振る舞っている。

 

「セレンか。良い名だな。その様子からして独立傭兵か?」

 

 ラウの指摘は、穏やかな声音とは裏腹に鋭かった。

 

 617の空気が僅かに変わる。警戒。ドレスを纏っていても、彼女の身体に染みついた戦場の気配までは完全には隠せない。ラウはそれを見抜いたのだ。

 

 レイもまた、改めてこの男の危険性を実感する。何気ない会話の中で相手の素性に触れ、反応を見る。やはりただの来賓ではない。

 

 その時、ラウの通信端末に着信が入った。

 

「む……すこし連絡を入れても?」

 

「ああ……どうぞ」

 

 レイが促すと、ラウは少しだけ身体を横へ向け、通信に応じる。

 

「私だ。……スネイルか。どうかしたのか? ……そうか、分かった。そちらに向かおう」

 

 スネイル。

 

 その名が出た瞬間、レイの中で警戒の段階がさらに一段上がる。ラウがアーキバス、しかもヴェスパー第二隊長と直接繋がっている。その事実だけで、十分に厄介だった。

 

 通信を終えたラウは、何事もなかったかのように二人へ向き直る。

 

「第二隊長から呼び出しをもらった。私はここで失礼するよ。引き続きパーティを楽しんでくれ」

 

 そう言って、ラウは優雅な所作でその場を後にした。

 

 その背中が人混みの中へ消えていくまで、レイは無言で見送った。617もまた、油断なくその後ろ姿を見つめている。

 

《レイ……あの男、危険》

 

「ああ……嫌でもわかる」

 

 短いやり取りだった。だが、それだけで十分だった。

 

 ラウ・ル・クルーゼ。彼がなぜこの世界にいるのか。どういう経緯でアーキバスと接点を持ち、スネイルに呼び出される立場にいるのか。疑問は山ほどある。

 

 だが、レイにとって最大の懸念はそこだけではなかった。

 

(何故ラウがこの世界にいるんだ? 俺と同じでこの世界に転生したのか? それよりも問題は、ラウはまだ人類抹殺を考えていないかってことだ。もしまだ人類抹殺を考えているのなら、何かしらの対策を取らないと……)

 

 仮に彼がかつてと同じ闇を抱えたままなら、このルビコンという火薬庫はあまりにも相性が悪すぎる。

 

 企業、コーラル、封鎖機構、独立傭兵、解放戦線。そしてそこへ紛れ込む、本来存在しないはずの人間たち。

 

 パーティ会場の華やかな光の中で、レイは静かに確信する。

 

 この場はただの企業交流会では終わらない。

 

 そしてラウ・ル・クルーゼという存在は、今後間違いなく何らかの波乱を呼ぶことになる。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 会場中央のステージでは、司会者が落ち着いた声音で進行を始めていた。

 

「さて、皆様方。この度ルビコンで行われた星系外企業と星系内企業によるインキュベーションパーティにご参加頂き、ありがとうございます。本日の予定としましては……」

 

 整然とした進行。照明に照らされる各企業の代表者たち。外から見れば、何の問題もない格式ある企業交流の場だ。

 

 だが、その空気の裏側では、別の視線が交錯していた。

 

 会場の一角で、それを静かに見届けていた閣下は、周囲を一瞥しながら低く呟く。

 

「やはり各企業から我々の存在を危険視する視線もあれば利用しようとする視線もあるな。我々も足下を掬われないよう注意せねば……」

 

 その言葉どおりだった。

 

 足立重工という新興勢力に対し、警戒を向ける者。逆に、利用価値を見出そうとする者。どちらも露骨ではないが、確実に存在している。こうした場では、視線一つでさえ立派な情報だ。

 

 その時だった。

 

「閣下。急ぎの知らせがあります」

 

 日本兵の一人が、足早に近づき、小声で耳打ちする。

 

 閣下の表情が僅かに変わった。

 

「なんだと? テロリストがこの会場に襲撃してくるだと」

 

「ここが戦場になるのも時間の問題です。急ぎ対処を……」

 

 緊張が一気に高まる。

 

 華やかな会場が、瞬時に別の意味を帯びる。人が密集し、逃げ場も限られるこの場所で戦闘が発生すれば、被害は避けられない。

 

 閣下は即座に判断を下す。

 

「分かっている。……それで、テロリストはいつ襲ってくるのだ?」

 

「それが……」

 

 答えは、言葉になる前に示された。

 

 ──爆発。

 

 轟音と共に、会場の壁面の一部が吹き飛んだ。破片が飛び散り、照明が揺れ、空気が一瞬で張り詰める。

 

 崩れた壁の向こうから、武装した人影がなだれ込んできた。

 

「企業の犬どもよ! 我々はこのルビコンの真の解放者である! 名を“オリオン“! 貴様らには、我々の礎となってもらう!」

 

 その宣言と同時に、銃口が会場内へ向けられる。

 

 パーティの参加者たちは一瞬遅れて状況を理解し、次の瞬間には悲鳴と混乱が広がった。整然としていた会場は、あっという間にパニックの渦へと変わる。

 

「なぜそのような事を察知できんのだ!」

 

 閣下が鋭く叱責する。

 

 事前に情報は掴んでいた。それにも関わらず、このタイミングでの侵入を許した事実は重い。

 

 だが、日本兵は冷静に応じた。

 

「お怒りはごもっとも。しかし、お叱りは後で。今はあのテロリストを対処しなければなりません」

 

「わかっている。各部隊、戦闘開始だ!」

 

 即座に命令が飛ぶ。

 

『『『了解!』』』

 

 応答と同時に、日本兵たちが動き出す。避難誘導に回る者、武装を取り出して迎撃態勢に入る者、それぞれが迷いなく役割を果たす。

 

 混乱の中でも、その動きは統制されていた。

 

『(^o^)イクゾー! オレに続け!』

 

 ひときわテンションの高い声が飛ぶ。

 

『ダメだ!』『ダメだ!』

 

 即座に周囲からツッコミが入る。

 

『(^o^)チクショウ!』

 

 そのやり取りですら、ほんの一瞬の出来事だった。

 

 次の瞬間には、銃声と怒号が会場を満たす。

 

 インキュベーションパーティは終わりを告げた。

 

 ここから先は──戦場だった。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 会場内はすでに完全な混乱状態に陥っていた。

 

 爆発によって開いた壁から侵入してきたテロリスト──“オリオン”を名乗る集団は、武器を振りかざしながら企業関係者たちを威圧し、制圧しようとしている。だが、その流れに割って入るように現れた存在があった。

 

「な、なんだこいつらは!?」

 

 テロリストたちの視線の先──そこにいたのは、日本兵たちだった。

 

 突如として現れた統制の取れた集団に、テロリスト側は一瞬だけ動きを止める。

 

 その隙を逃すことなく、即座に指示が飛ぶ。

 

「俺は攻撃を行う!」

 

「了解!」「了解!」

 

「着剣せよ!」

 

「「「着剣っ!!」」」

 

 日本兵たちは一斉に64式小銃へ銃剣を装着する。その動きには迷いがなく、訓練された者特有の一体感があった。

 

 そして、次の瞬間。

 

「天皇陛下、バンザーイ!!」

 

「「「突撃──!!」」」

「「「バンザーイッ!!!」」」

 

 叫びとともに、真正面から突撃する。

 

 銃撃戦ではなく、あえて距離を詰める。恐れを見せず、一直線に踏み込むその動きは、現代戦の常識からすれば狂気に近い。

 

「つ……突っ込んでくるぞ!?」

 

「う……撃て!?」

 

 テロリストたちは慌てて引き金を引く。だが、銃撃を恐れずに迫ってくる相手に対し、狙いは乱れ、指揮系統も徐々に崩れていく。

 

 想定していた戦闘とは違う。そう理解した瞬間から、彼らの優位は崩れ始めていた。

 

 その様子を横目に、レイは小さく息を吐いた。

 

「あいつら……相変わらずめちゃくちゃだな。617、俺の側から離れるな」

 

《ん……わかった》

 

 617が頷く。

 

 この場はすでに安全ではない。テロリスト、日本兵、逃げ惑う来場者が入り乱れる中で、優先すべきは生存だ。

 

 レイは617を伴い、避難経路へと向かう。

 

 だが──。

 

「おい貴様っ! ここで何をしている!」

 

 進路の先に、別のテロリストの一団が現れた。

 

 運が悪い。あるいは、この混乱では当然の展開か。

 

「ゲッ……こうも悪いタイミングで。617、隠れてろ」

 

 短く言い残し、レイは一歩前に出る。

 

 その瞬間、身体の内部で何かが切り替わる。

 

 アンドロイドボディのリミッターを解除。出力制限を外し、戦闘用の最適化へ移行する。

 

 テロリストたちは、その顔を見て一瞬だけ表情を変えた。

 

「お前は……足立重工の者か!? 企業の犬め! 我らの怒りを──」

 

「寝てろ……!」

 

「……は?」

 

 言葉が最後まで続くことはなかった。

 

 レイは一瞬で間合いを詰めていた。

 

 視界から消えたかのような速度。次の瞬間には懐へ入り込み、相手の重心を崩し、そのまま床へと叩きつける。護身術の延長にある、無駄のない制圧動作だった。

 

 倒れた相手が何が起きたのか理解する前に、次の動作へ移る。

 

 奪い取った拳銃のチャンバーを確認。弾が入っていることを確かめた上で、躊躇なく引き金を引く。

 

「グッ……!」

 

「ギャアッ……!」

 

 銃弾は致命部位を外し、正確に脚部を撃ち抜く。

 

 立てなくする。戦えなくする。それだけで十分だった。

 

「……後遺症は残るかもしれないが、死ぬよりはマシだろ!」

 

 冷静な判断だった。

 

 この場は戦場ではない。無用な殺害は後々の面倒を増やすだけだ。それでも確実に無力化する手段として、これ以上適した方法もない。

 

 残ったテロリストたちも同様に、瞬く間に制圧されていく。

 

 そこへ、日本兵たちが合流した。

 

「司令、ご無事で?」

 

「ああ。そっちはどうだ?」

 

「あらかた鎮圧しました。残るはここにいる奴らだけです」

 

 報告は簡潔で正確だった。すでに大勢は決している。

 

「よし、じゃあ残りを制圧と621たちの保護を頼む。今の彼女らは大豊娘娘のコスプレで動きづらいと思う」

 

「了解!」

 

 指示を受け、日本兵たちが動き出す。

 

 これで終わる──そう思われた、その時だった。

 

「(^o^)手榴弾をナゲロー!」

 

「なっバカッ!? この会場で手榴弾を投げるなぁ!?」

 

 誰も止める間もなかった。

 

 次の瞬間、爆発音が響く。

 

 確かにテロリストはその一撃で完全に無力化された。だが同時に、周囲の設備も盛大に巻き添えを食らい、壁面や装飾、テーブル類は見るも無惨な状態へと変わり果てた。

 

 もはや“パーティ会場”と呼べる姿ではない。

 

「貴様どう責任を取るつもりだ!!」

 

「貴様、何一つまともに出来んのか!!!」

 

「(^o^)ワー! ワー!」

 

 怒号と弁明が入り乱れる中、レイは思わず額に手を当てた。

 

 テロリストは排除した。

 

 だが──被害の意味では、別の問題が新たに発生していた。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 オリオンの襲撃から数時間が経過していた。

 

 華やかだったインキュベーションパーティ会場は、もはや見る影もない。壁面には爆発の痕跡が残り、床には砕けた装飾やひっくり返ったテーブルが散乱している。企業宣伝用の展示物も一部は破損し、さきほどまで来場者の視線を集めていたマスコットたちの活動スペースも、すっかり荒れ果てていた。

 

 襲撃してきたテロリストたちの半数は捕縛され、残りは銃撃戦の中で死亡。ひとまず脅威は排除された形になる。

 

 だが、問題はここからだった。

 

 生き残ったテロリストたちの処分をどうするか。

 

 その一点を巡って、スネイル、ミシガン、そして足立弘之の三人が言い争っていた。

 

「襲撃して来たテロリストの処分ですが、アーキバスの所有する再教育センターに搬送いたします。解放戦線とは違う派閥とはいえ、企業に楯突いた者たちの見せしめになるでしょう」

 

 スネイルはあくまで冷徹にそう告げる。そこに慈悲はない。反抗した者を処分し、他への見せしめにする。それがアーキバスらしい合理性なのだろう。

 

 しかし、ミシガンも引かない。

 

「いや、襲撃して来た者たちはレッドガンが預かる。奴らにはこの始末の落とし前をつける為、レッドガンの流儀で死んだ方がマシだと扱くつもりだ」

 

 こちらはこちらで物騒だった。再教育センターとは別方向に、捕まった側が後悔する未来しか見えない。

 

 そこへ、弘之が眉間に皺を寄せながら割って入る。

 

「あまり非人道的に処分するのはどうかと思うぞ? こいつらに関しては俺が預かる。こいつらにはこのパーティを荒らした責任を取ってもらなければならない」

 

 三者三様。だが、誰一人として譲る気配はない。

 

 重い空気だった。

 

 その様子を少し離れた位置から見ていたレイは、思わず頭を抱える。

 

(あまりこの空気は慣れないんだよな……。どうしたものか)

 

 戦場で敵を倒すより、こうした後始末の方がよほど胃に来る。まして相手はアーキバス、ベイラム、足立重工の代表格だ。下手に口を挟めば、余計に話がこじれかねない。

 

《? ……レイ、大丈夫?》

 

 617が小さく問いかける。

 

「大丈夫……じゃないかもしれない」

 

 正直な返答だった。

 

 スネイル、ミシガン、弘之の口論は続く。場は膠着し、このままでは結論が出るまでかなりの時間がかかりそうだった。

 

 だが、そこへさらに別方向の激薬が投下される。

 

「……待ってくださぁぁぁぁああい!!」

 

 妙に伸びる、聞き覚えのある声。

 

 レイの背筋に、嫌な悪寒が走った。

 

「ん? ゲッ……まさか」

 

 声の方へ視線を向けると、そこには足立重工の看板娘──暗子がいた。

 

 状況を理解しているのかいないのか、あるいは理解した上で突っ込んできたのか。どちらにしても、嫌な予感しかしない。

 

「……誰ですか? 貴方は」

 

 スネイルが露骨に不快感を滲ませる。

 

「暗子? どうした。急に藪から棒に」

 

 弘之もまた困惑した顔で問いかけた。

 

 暗子はそんな空気を気にする様子もなく、にこやかに宣言する。

 

「今回襲撃して来たテロリストの生き残りなのですが、足立重工の暗黒ローンが預かります! 丁度人材が欲しかったので♪」

 

 空気が止まった。

 

 唐突すぎる提案。いや、提案というより、ほぼ確定事項のような言い方だった。

 

 当然、真っ先に拒否したのはスネイルだった。

 

「いきなり駆け込んで来て何を言うかと思えば……足立重工の社員は礼節がなってないのですね。貴女も貴女で厚かましいにも程がある。お断りです」

 

 その言葉に、暗子の笑顔が少しだけ深くなる。

 

「お黙りなさい! 再教育センターに連れて行ったらせっかくの彼らの個性を潰してしまって、使い捨ての駒にする貴方だけには言われたくありません!」

 

「(この女……!)……では、どうなさるおつもりで?」

 

 スネイルの声音がわずかに低くなる。

 

 だが暗子は怯まない。それどころか、胸を張って説明を続けた。

 

「無論、彼らについては暗黒ローンで預かります。そしてこのパーティ会場の修理費や経費を彼らの借金としてお仕置き部屋に搬送させていただきます。因みに、ローンの利子は300%なので、修理費や経費とプラス利子300%の賠償金をアーキバスやベイラム、BAWSなどの各企業に納金させていただきます」

 

 その説明に、スネイル以外の面々は一瞬黙り込む。

 

 理屈は通っている。襲撃者に損害の賠償を負わせる。各企業には修理費と経費を補填する。テロリストは処刑も再教育もされず、一応は命を残される。

 

 ただし、やっていることはほぼ横暴に近い人材確保だった。

 

 ミシガンは腕を組み、しばし考えた後に口を開く。

 

「なるほどな。貴様の言いたいことは分かった。……しかしだ。その人材確保は社長から最終承認を得なければ出来ないことだ。弘之社長、貴様はどうなのだ?」

 

 当然、話は弘之へ向かう。

 

 弘之は困ったように目を泳がせた。

 

「どうって言われてもな……流石にこれは」

 

「もちろん、社長はOKですよね?」

 

「……いや、まだOKでは」

 

「OKですよね?」

 

「……いや、だから」

 

「O・K・で・す・よ・ね?」

 

「……ハイッOKデス」

 

 最終的に、弘之は暗子の圧に屈した。

 

 それは承認というより、脅迫に近い何かだった。

 

 その一部始終を見ていたレイは、完全にドン引きしていた。

 

 スネイルは心底呆れたように鼻を鳴らす。

 

「全く……とんだ茶番ですね。たかが一人の女に一方的に言いくるめられるとは」

 

 だが、ミシガンは珍しく真面目な声で返す。

 

「ヴェスパーⅡ、言っても無駄かもしれんがこれだけは言っておくぞ。この手の女は怒らせると面倒ということだ」

 

「流石にミシガン総長の言う通りだな。何気に暗子はやると言ったらやる恐ろしい子なのよな……」

 

 弘之の声には、諦めと実感が滲んでいた。

 

 こうして、生き残ったテロリストたちは暗子監修のお仕置き部屋へと連行されることになった。

 

 彼らはそれぞれ、パーティ会場の修理費や経費を借金として背負わされ、各企業へ賠償金を納めるため、ランニングマシーンによる電力発電の日々を送ることになる。

 

 処刑ではない。

 

 再教育でもない。

 

 だが、彼らにとってはある意味で、それらと同じくらい過酷な処分かもしれなかった。

 

 余談ではあるが、621とエアはテロに巻き込まれたものの、エアが全力で621を守ったことで無事だったらしい。

 

 ただし、問題がまったくなかったわけではない。

 

 テロリストの中にはカメラを持ち、LIVE配信を行っていた者がいたのだ。その結果、大豊娘々の姉妹がテロに巻き込まれて(621)を守るためにテロリストと戦う(エア)の映像が、ルビコン全体へと拡散してしまった。

 

 映像そのものは、危機的状況の中で大豊娘々が来場者を守るという、企業宣伝としては妙に強いものになっていた。

 

 しかし、当事者にとってはたまったものではない。

 

 エアにも恥じらいの概念があったのか、その後しばらく部屋に引きこもったそうだ。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 ルビコンⅢで起きたインキュベーションパーティ襲撃事件。

 

 それは現地における企業間の騒動として処理されようとしていたが、その影響は会場内だけで収まるものではなかった。星外企業、独立傭兵、現地勢力、そして足立重工という新たな異物。複数の勢力が入り乱れ、コーラルを巡る動きが加速している事実は、当然ながらルビコンを封鎖する側にも伝わっていた。

 

 封鎖機構本部。

 

 その中枢に設けられた作戦管制室では、無機質な報告音声が響いていた。

 

《OLGU:報告。ルビコン星系ルビコンⅢにてコーラル反応の活発化を検知。星外企業及び、独立傭兵の活動によるものと推測》

 

 表示されたデータには、ルビコンⅢ各地で観測されたコーラル反応の変動が記録されている。ウォッチポイント、中央氷原、そして各企業の活動領域。そこに独立傭兵たちの動きが重なり、封鎖機構の定めた管理領域は少しずつ綻び始めていた。

 

「ルビコンか……よりによって連中はコーラルを巡って我々を無視して好き放題荒らすとは」

 

 総司令は低く呟く。

 

 怒りというより、疲労と苛立ちが混じった声だった。封鎖機構はルビコンを閉ざし、コーラルの拡散を防ぐことを使命としている。だというのに、企業は利益のために、傭兵は報酬のために、そして現地の勢力はそれぞれの大義のために動き続けている。

 

 それは封鎖機構にとって、看過できない秩序の崩壊だった。

 

「総司令、本部からルビコンⅢに駐在する星外企業並びに独立傭兵の活発的活動に目に余るとのことです。直ちに新型を搭載した制圧艦隊を派遣し脅威を排除せよとのこと」

 

 副官の報告に、総司令の眉が僅かに動く。

 

「新型か……その新型はやはりOLGU経由か?」

 

「はい。……率直に言えば対応が早すぎると自分は思います」

 

 その言葉には、軍人としての直感が滲んでいた。

 

 新型兵器の投入そのものは珍しい話ではない。だが、今回の動きは異様に早い。まるで、あらかじめこの事態を想定していたかのように、必要な艦隊と兵器が整えられている。

 

「GFAS-X1……だったか? レポートを読んだが、アレは制圧起動兵器というよりは戦略起動兵器だ」

 

 総司令は表示された機体データを睨む。

 

 そこに映し出されているのは、既存のLCやHCとは明らかに異なる巨大な機影だった。全高、武装、装甲、稼働領域。どれを見ても、通常の機動兵器の枠に収まるものではない。

 

「拠点攻撃や防衛に向いていると記載されているが、その気になればACどころか我々の主力であるLCやHC、強襲艦隊すら蹴散らせるぞ」

 

 副官の声にも、隠しきれない警戒があった。

 

 味方の戦力として投入されるならば頼もしい。だが、それは裏を返せば、敵に回った時の危険性も計り知れないということだ。

 

「それがもし企業側に鹵獲されるとなると状況が悪くなるのは確実……」

 

 誰もが理解している。ルビコンⅢには、常識外れの傭兵もいれば、異質な技術を持つ企業もいる。新型兵器を送り込めば、それを撃破される可能性も、鹵獲される可能性もゼロではない。

 

 だが、その懸念を押し流すように、再び無機質な報告が入った。

 

《OLGU:報告。艦隊の集結が完了。速やかにルビコンⅢに出航せよ》

 

 作戦管制室に沈黙が落ちる。

 

「……総司令」

 

 副官が静かに促す。

 

 総司令はしばし目を閉じ、そして決断した。

 

「うむ……コード1発令。これよりルビコンⅢへ出航し、星外企業及び独立傭兵の排除。ルビコンⅢの完全封鎖を行う」

 

 その命令と共に、封鎖機構の艦隊が動き出す。

 

 ただの監視ではない。警告でもない。

 

 これは明確な武力介入だった。

 

 ルビコンⅢを巡る戦いは、次の段階へ進もうとしていた。

 

 そして、その動きを遠く離れた場所から見ている者たちがいた。

 

『これで封鎖機構は艦隊をルビコンに派遣しました。ここまでは計画通り』

 

 淡々とした声が通信越しに響く。

 

 その言葉を聞いて、薄く笑みを浮かべる男がいた。

 

「僕からの贈り物も役立っているようだね」

 

 リボンズ・アルマーク。

 

 この世界においても本来ならば存在しないはずの男が、まるで全てを俯瞰しているかのような声音で告げる。

 

 傍らにいるスッラは、表示された巨大機のデータを見ながら低く言った。

 

「デストロイ……だったか? 随分と大層な名を持った機体だな」

 

「アレのコンセプトは戦略起動兵器だからね。君にはあまり合わない機体だけどね、スッラ」

 

「ああ、確かに。約56mとデカすぎるからな。ACが玩具に見えるが、デカすぎる巨体が故に的がデカい」

 

 スッラの評価は冷静だった。巨大であることは威圧であり、火力であり、防御力でもある。だが同時に、的の大きさという明確な欠点にもなる。

 

 リボンズはそれを否定せず、むしろ当然のことのように笑う。

 

「そこは装甲と陽電子リフレクターでカバーしているから問題ないよ」

 

 陽電子リフレクター。

 

 その言葉が示す意味は大きい。既存のACや封鎖機構兵器とは別系統の防御技術。それを備えた巨体が戦場に現れれば、通常の火力では容易に突破できないだろう。

 

 通信越しの声が、満足げに続ける。

 

『これで計画の大部分は修正できました。あなたには感謝しています。リボンズ・アルマーク』

 

「フフッ……それはこちらも同じ、君たちには感謝しているよ。今後もこの関係が続くことを祈るよ」

 

 言葉だけを聞けば、協力者同士の友好的なやり取りに見える。

 

 だが、リボンズの内心は違っていた。

 

(所詮はCパルス変異波形を利用して制作した試作AIに、脳量子波が使えない超兵擬き。君たちには僕の計画の一部として君たちの計画を利用させてもらうよ……)

 

 その瞳には、他者を対等な存在として見る色はない。

 

 彼にとって、封鎖機構も、企業も、Cパルス変異波形も、そしてスッラですらも、盤上に置かれた駒に過ぎなかった。

 

 ルビコンⅢへ向かう封鎖機構艦隊。

 

 その中核に搭載された新型、GFAS-X1。

 

 そして裏で糸を引く、本来この世界には存在しないはずの者たち。

 

 パーティを襲ったテロリストの事件は終わった。

 

 だが、その裏で、より大きな戦火の導火線にはすでに火が点いていた。

 




 オマケ

 ルビコン全体に大豊娘々の戦闘映像が流れてから、二日が経っていた。

 問題の映像は、インキュベーションパーティ襲撃事件の混乱の最中、テロリストの一人がLIVE配信していたものだった。そこには、大豊娘々の衣装を纏った621とエアが、来場者を守りながらテロリストと戦う姿がばっちり映っていたのである。

 結果として、映像はルビコン中に拡散された。

 大豊側からすれば宣伝効果としては凄まじい。だが、当事者であるエアにとっては、それどころではなかった。

 事件から二日経った今も、エアはまだ部屋に引きこもっていた。

《エア……大丈夫?》

 621は心配になり、エアの部屋の前まで様子を見に来ていた。扉越しに声をかけると、少し間を置いてから、か細い声が返ってくる。

「レイヴン……ですか?……すみません。少し取り乱しました」

《流石にアレは想定外だったから無理もないよ。でも、エアはあの姿で戦えたのは少し意外……》

 621の言葉に、扉の向こうのエアが僅かに沈黙する。

「その事なのですが、格闘術はレイから渡された動画データを参考にトレースできる範囲で動いただけなのですが……」

 エアが参考にした動画データ。

 それは地球発祥の三つの護身術――シラット、ジークンドー、そしてクラヴマガだった。いずれも実戦的な身体操作と制圧を重視する技術であり、エアはその動きをアンドロイドボディで可能な範囲に落とし込み、テロリストを制圧していたのである。

 ただし、本人はあくまで“トレースできる範囲で動いただけ”という認識らしい。

《あの時のエアは凄かった。私でもアレは無理……。でも、綺麗だった》

「レ……レイヴンッ!?」

 扉越しでも分かるほど、エアの声が跳ねた。

 621は少しだけ考えるように間を置き、続ける。

《まるで鳥みたいだった。黒い鳥の私と違って、エアは白い鳥。例えると、地球の鳥で言う白鳥》

「レイヴン……///」

 エアの声が、明らかに照れているものへ変わる。

 普段は冷静で、621を支える存在であるエアが、ここまで分かりやすく動揺するのは珍しい。だが、それだけ621の言葉が真正面から刺さったのだろう。

 その空気を、ぶち壊す者たちが現れた。

「よう赤いの。聞いたぜ、お前さんの活躍」

「っ!?」

 いつの間にか、通路の曲がり角から日本兵たちがぞろぞろと姿を現していた。

《……あれっ?いつから聞いてたの?》

「最初からだ。それよりも赤いの、たった一人で六二一を守ったてな?凄いじゃないか」

「へっへっへ……ずっといいですよ指揮官!」

「「「よう、我らの英雄……」」」

「……れて」

「「「……ううん?」」」

 その瞬間、エアの中で何かが切れた。

 それは怒りとも少し違う。羞恥と困惑と、からかわれたことへの何とも言えない感情が積み重なり、限界を超えて爆発したものだった。

「……忘れてください!あなた達の記憶から全部!」

 次の瞬間、エアは近くにあった日本帝国の主力小銃――20式小銃を手に取り、日本兵たちへ向けて乱射した。

「うわぁぁぁぁぁ!?」

「うわっ止めろ!?俺は味方だ!」

「アイエエエッ!!?」

「だったら、今聞いたことを全て忘れてください!恥ずかしいんだからぁ!?」

 完全にキャラが崩壊していた。

 普段の落ち着いたエアの姿はどこにもない。銃声と悲鳴と怒号が通路に響き渡り、慌てて他の日本兵たちが駆けつけた頃には、すでに全てが終わっていた。

 からかっていた日本兵たちは、エアによって見事にハチの巣にされていた。

 もっとも、そこはこの連中である。ギャグアニメの住人のようにしぶとく生きていたため、命に別状はなかった。代わりに、事態を知った閣下からまとめて大目玉を食らい、ミレニアムの甲板掃除を命じられることになった。

 静かになった通路で、621は倒れた日本兵たちと、肩で息をするエアを交互に見た。

 そして、ふと自然にその言葉が思い浮かぶ。

《……バカばっか?》

 誰も否定できなかった。
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