転生したらCパルス変異波形だったので、ガンダムを作ります。   作:コレクトマン

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太陽炉説明会

 通信回線に、軽いノイズが走った。

 

 ミレニアムでも、アーキバスでも、ベイラムでもない。

 別の場所。別の思惑。別の目的。

 

 その回線の先で、ハンドラー・ウォルターは静かにモニターを見つめていた。

 

 621の戦績は、相変わらず堅調だった。

 ヨルゲン燃料基地襲撃。封鎖機構の特務機体撃破。

 そして、その裏ではレイや617、日本帝国の兵士たちが、それぞれ別の任務を同時に進めている。

 

 状況は動いている。

 

 だが、だからこそ、ウォルターには気がかりがあった。

 

『調子はどうだい? ウォルター』

 

 通信越しに聞こえてきたのは、カーラの声だった。

 

 いつものように軽い。

 だが、その奥には探るような響きがある。

 

「難しいところだな……621の仕事は堅調だが、日本帝国の兵士たちに悩みがあるそうだ。それは司令でもあるレイも同じだ」

 

『アンタの調子を聞いたつもりだったんだが……まあいいさ』

 

 カーラは呆れたように笑った。

 

 ウォルターは、自分自身のことをあまり語らない。

 聞かれたとしても、まず621のこと、617のこと、周囲の状況を口にする。

 

 それが彼らしいと言えば、彼らしい。

 

 だが、カーラが本当に聞きたかったのは、そこではない。

 

『それより……さっさとコーラルを見つけた方がいい。“友人”たちが危惧してた通りさ……。封鎖機構の相手ばかりしていると、事によっては間に合わなくなるよ』

 

 その言葉に、ウォルターの表情がわずかに沈む。

 

 封鎖機構の介入。

 企業勢力の混乱。

 日本帝国という異物。

 足立重工の未知の技術。

 そして、Cパルス変異波形であるエア。

 

 ルビコンの状況は、原初の計画から大きくずれ始めている。

 

 だが、コーラルの問題そのものは消えていない。

 

 誰かが先延ばしにしてくれるわけではない。

 封鎖機構が来たからといって、火種が消えるわけではない。

 

「わかっている」

 

 ウォルターは短く答えた。

 

 その声には、疲労があった。

 

 しかし、迷いはなかった。

 

「617は既に俺の元から離れている。レイという友人ができた事で。621も友人と言える存在がいる。それがCパルス変異波形のエア」

 

 617。

 

 かつて、彼の管理下にあった強化人間。

 以前の彼女は自身がウォルターの道具として命令に従い、任務をこなすだけだった存在。

 

 だが今は違う。

 

 レイという友人ができた。

 自分の意思で立ち、自分の言葉で戻ってくる場所を選んでいる。

 

 そして621もまた、独りではない。

 

 エア。

 

 Cパルス変異波形。

 コーラルの中から語りかけてきた存在。

 

 ウォルターにとって、それは本来なら警戒すべき対象だった。

 コーラルに宿る意志。

 計画の根幹を揺るがすかもしれない存在。

 

 それでも、621にとってエアが友人であることは、否定できなかった。

 

 ウォルターは静かに続ける。

 

「もう俺は必要ないのかもしれん。だが、俺のやるべき事は変わらない。彼女らを普通の人間の暮らしに戻れるその時まで……」

 

 その言葉は、誰かに聞かせるためというより、自分自身へ言い聞かせるものに近かった。

 

 621も617も、ただの猟犬ではない。

 

 強化人間という檻の中に閉じ込められたままで終わるべきではない。

 任務と報酬と死地の中だけで生きる必要など、本来はない。

 

 普通の人間として生きる道。

 

 それが本当にあるのかは分からない。

 

 だが、ウォルターはそこへ辿り着かせたいと思っていた。

 

 たとえ、そのために自分が不要になるとしても。

 

 通信越しに、カーラは少しだけ黙った。

 

 普段なら茶化すところだ。

 だが、その沈黙は短い。

 

『……相変わらずだね、アンタは』

 

 やがて、カーラはそう言った。

 

 軽口のようでいて、その声にはわずかな優しさが混じっている。

 

『けど、だからこそ急ぐ必要がある。あの子たちに未来を残したいなら、なおさらね』

 

「……ああ」

 

 ウォルターは頷いた。

 

 封鎖機構の介入で、企業同士の争いは一時的に形を変えた。

 だが、それはコーラルの問題を解決したわけではない。

 

 むしろ、時間が奪われている。

 

 誰かが別の場所で戦っている間に。

 誰かが新しい兵器を作っている間に。

 誰かがルビコンの火を利用しようとしている間に。

 

 コーラルは、変わらずそこにある。

 

 そして、それを巡る決断の時は、確実に近づいていた。

 

 ウォルターは端末に手を伸ばし、次の調査候補地点を表示する。

 

 621に任せる仕事。

 617に伝えるべきこと。

 レイたち日本帝国との距離感。

 そして、自分が果たすべき責任。

 

 すべてが絡み合い始めている。

 

 カーラは通信の向こうで、小さく息を吐いた。

 

『じゃあ、やることは決まりだ。封鎖機構に足止めされてる暇はない。先に火種を見つけるよ、ウォルター』

 

「そのつもりだ」

 

 ウォルターは静かに答えた。

 

 彼の視線は、モニターに映るルビコンの地図へ向けられている。

 

 その奥にあるものを見据えるように。

 

 コーラル。

 ルビコンの呪いであり、希望であり、破滅の火種。

 

 それをどうするのか。

 

 彼らは、もう一度その問題へ向き合わなければならない。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 ミレニアムのブリーフィングルームには、レイを中心に621、617、エア、そして日本兵たちが集められていた。

 

 正面の大型モニターには、主任が持ち帰った疑似太陽炉の解析データと、足立重工の極秘計画であるPROJECT OOの関連資料が表示されている。

 

 もっとも、その内容を見ただけで理解できる者は限られていた。

 

 技術班の日本兵たちは真剣な顔で端末を開いている。

 一方、戦闘班の日本兵たちは既にどこか不安そうだった。

 

 レイはそれを見回し、軽く咳払いする。

 

「……それじゃ、太陽炉についての説明会を始める。いいか?」

 

「了解!」

 

「了解!」

 

《ん……メモを用意した》

 

《一応準備はしておいたけど、日本兵たちは大丈夫なの?》

 

「……ウウン?(。´・ω・)?」

 

 早速、戦闘班の一人が首を傾げた。

 

 まだ何も始まっていない。

 

 それを見たエアが、どこか申し訳なさそうに言う。

 

「あまり期待しない方がよさそうです、レイヴン」

 

「一応日本兵の技術班なら分かるかもしれんが、戦闘班はある程度噛み砕いた内容で説明する。それじゃあ、太陽炉の内容と性能について話すぞ」

 

 レイはモニターを操作する。

 

 表示されたのは、二種類の動力炉だった。

 

 一つはオリジナルの太陽炉。

 GNドライヴ。

 

 もう一つは、それを基にした疑似太陽炉。

 GNドライヴT。

 

 レイはまず、GNドライヴについて説明を始めた。

 

 オリジナルの太陽炉は、半永久機関に近い性質を持ち、GN粒子を生成する動力炉であること。

 GN粒子は機体の推進、ビーム兵器、姿勢制御、防御、通信妨害、ステルス性の向上など、多目的に利用できること。

 そして、オリジナルのGNドライヴから生成される粒子には、疑似太陽炉の赤い粒子とは異なる性質があること。

 

 続けて、疑似太陽炉であるGNドライヴTについて説明する。

 

 こちらはオリジナルとは違い、運用時間や供給方式に制限があり、生成されるGN粒子も赤色を帯びる。

 初期型は特に毒性の問題が大きく、粒子濃度や運用環境によってはパイロットや周囲に悪影響を及ぼす。

 だが、生産性や整備性ではオリジナルより現実的であり、短期間で数を揃えるなら疑似太陽炉の方が向いている。

 

 レイは、できるだけ専門用語を減らしながら説明した。

 

 それでも、途中から日本兵たちの顔はどんどん曇っていく。

 

 最後に、レイは資料を切り替えた。

 

「……という感じだ。以上がGNドライヴとGNドライヴTの違いと、共通するであろうそれぞれのドライヴから生成されるGN粒子についてだ」

 

《……なるほど》

 

 617はメモを見ながら、小さく頷いた。

 

「GN粒子にはその様な効果が……」

 

 エアは興味深そうにデータを見つめている。

 

《特にオリジナルから生成されるGN粒子は反則すぎ……》

 

 621もまた、理解できる範囲でその危険性と有用性を感じ取っていた。

 

 だが、日本兵たちは違った。

 

「……ウウン?(。´・ω・)?」

 

 完全に固まっていた。

 

 レイは少しだけ額を押さえる。

 

「……要するにビームに必要なエネルギーや推進剤代わりになる万能粒子ってことだ」

 

「おおっ!」

 

「マジかよ?」

 

 ようやく分かったらしい。

 

 少なくとも、戦闘班にはその程度の説明の方が通じる。

 

 レイは気を取り直し、次の資料を表示した。

 

「そんで補足だが、このプロジェクトにおいて最優先で作るであろうダブルオーの特徴であるツインドライヴシステムについてだ」

 

 モニターに表示されたのは、二基のGNドライヴを搭載する機体構造の概念図だった。

 

 GN-0000。

 

 PROJECT OOの完成系として想定されている機体。

 

 その中核となるのが、ツインドライヴシステム。

 

 レイは先ほどよりも少し熱を帯びた声で説明を始めた。

 

 二基の太陽炉を単純に搭載するだけでは意味がないこと。

 それぞれのドライヴの出力を高い精度で同調させる必要があること。

 同調に成功すれば粒子生成量は単純な二倍ではなく、二乗化に近い形で増大すること。

 だが同調条件は極めて厳しく、相性の悪いドライヴ同士では安定稼働しないこと。

 

 さらに、制御系、粒子圧縮、機体フレームの耐久性、パイロットへの負荷、通信系への影響まで語り始める。

 

 最初は頷いていた617と621も、途中から明らかに処理が追いつかなくなっていた。

 

「……という事で、ツインドライヴシステムの仕組みだ。ただ太陽炉を二つ用意すればいいってものじゃなく、そのドライヴの出力を同調されることが絶対条件であって、その同調がかなり難しいとされているんだ。……此処まできて流石にわかんないって感じか?」

 

《専門用語……多すぎ……》

 

《頭の整理が追いつかない……》

 

「あっちゃーっ。流石に熱が入りすぎたか?」

 

 レイは困ったように頭を掻いた。

 

 説明会というより、途中から技術講義になっていた。

 

 戦闘班の日本兵たちは、既に理解を諦めた顔をしている。

 

 だが、その中で一人だけ、別の反応を示した者がいた。

 

 エアだ。

 

 彼女はモニターの資料を見つめながら、静かに言う。

 

「……ツインドライヴシステムは太陽炉だけではなく擬似太陽炉でも可能ということなのでしょう。最も同調を必要とせず個々に稼働するものは差し詰めマルチドライヴシステムということなのでしょう」

 

 レイは一瞬、言葉を失った。

 

「……正解だエア。それにしてもマジか。今ので大体わかったのか?」

 

「ある程度ですが……。そもそも、そのGN粒子はコーラルと少し似ているのです」

 

《似ている? どういうこと》

 

 621が問いかける。

 

 エアは少し考えるように間を置いてから、説明を続けた。

 

「オリジナルの太陽炉から生成されるGN粒子の特徴その六に記載されている“脳量子波とよばれる特殊な通信手段の媒介”とコーラルの持つ情報導体としての側面が似ているのです」

 

 その言葉に、ブリーフィングルームの空気が少し変わった。

 

 GN粒子とコーラル。

 

 本来ならまったく異なる存在のはずだ。

 

 だが、どちらも単なるエネルギーではない。

 

 情報を伝える。

 意志や波長に干渉する。

 通常の通信とは異なる形で、存在同士を繋ぐ可能性を持つ。

 

 エアは、Cパルス変異波形としてその類似性を感じ取ったのだろう。

 

「……脳量子波に関してはこっちは専門外だからな。そこは何とも言えないが、確かに似てはいるか?」

 

 レイも否定はしなかった。

 

 むしろ、その指摘は重要だった。

 

 もしGN粒子とコーラルの間に、何らかの共通性があるのなら。

 太陽炉搭載機は、ルビコンにおいて予想外の働きを見せる可能性がある。

 

 同時に、予想外の危険性を持つ可能性もある。

 

「……ウウン?(。´・ω・)?」

 

 しかし、戦闘班の日本兵には限界だった。

 

 再び首を傾げている。

 

 レイは深く息を吐いた。

 

「……悪いが、流石の俺でも説明できないぞ」

 

「マジか~!」

 

「(^q^)モウ、ワカラナイ……」

 

 日本兵たちの理解はそこで完全に止まった。

 

 これ以上説明しても混乱するだけだ。

 

 レイは資料を閉じ、今回の説明会を締めることにした。

 

「とにかく、今後必要になるのは二つだ。一つは主任が持ち帰った疑似太陽炉を改良して、赤いGN粒子の毒性をかなり抑えること。もう一つは、PROJECT OOの完成形に必要なオリジナルGNドライヴを二基製造することだ」

 

 モニターに再びGN-0000の青図面が映し出される。

 

 まだ影のような設計図にすぎない。

 

 だが、その中心には二つの炉心が描かれていた。

 

 二基のGNドライヴ。

 

 ツインドライヴシステム。

 

 オールマインドが何かを仕掛けてきた時の保険。

 封鎖機構が疑似太陽炉技術を持っていた理由を探るための対抗手段。

 そして、ルビコンで起きるであろう次の戦いに備える切り札。

 

 説明会はそこで終了した。

 

 617はメモを閉じ、621はまだ少しだけ考え込んでいる。

 エアはGN粒子とコーラルの関係性について、静かに思索を深めているようだった。

 

 一方、日本兵たちは理解できた部分だけを拾って、妙に納得した顔をしている。

 

「つまりすごい粒子だな!」

 

「ビームが撃てて飛べる!」

 

「二つ乗せたらもっとすごい!」

 

「(^q^)ヨシ、ワカッタ!」

 

「……絶対わかってないだろ」

 

 レイは呆れながらも、端末へ指示を送る。

 

 格納庫と開発区画では、既に新たな作業が始まっていた。

 

 改良型疑似太陽炉の調整。

 

 そして、ツインドライヴに必要な二基のGNドライヴ製造。

 

 PROJECT OOは、もう後戻りできない段階へ踏み込んでいた。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 一方、オールマインドの拠点。

 

 その一角に存在するファクトリーでは、複数の製造ラインが同時に稼働していた。

 

 無人アームが装甲フレームを組み上げ、粒子制御用の配管が機体内部へと通されていく。

 その奥では、円筒状の動力炉が厳重な固定具に収められていた。

 

 疑似太陽炉。

 

 それも一基ではない。

 

 五基。

 

 同型の炉心が、冷たい光を放ちながら並んでいた。

 

『リボンズ。今度はいったい何を?』

 

 オールマインドの声が、ファクトリー内に響く。

 

 その問いに、リボンズ・アルマークは涼しげな表情で答えた。

 

「ああ。これは疑似太陽炉搭載機の各パーツごとに製造しているところだよ」

 

 彼の視線の先では、まだ完成には遠い機体部品が、次々と形を成していく。

 

 だが、それを見ていたスッラが眉をひそめた。

 

「なるほどな。……にしてもだ。その機体の割には多くないか? 少なくとも4~5機分の機体を作っているようだが?」

 

 スッラの指摘は正しかった。

 

 製造ラインに並ぶ部品は、単一機体の予備パーツという量ではない。

 明らかに複数機を同時に建造している。

 

 そして、疑似太陽炉が五基。

 

 リボンズは、それを隠す様子もなく微笑んだ。

 

「フフッ。それはこの機体の為さ」

 

 彼は端末を操作し、オールマインドたちの前に機体データを表示する。

 

 そこに映し出されたのは、五つの機体名だった。

 

 GNY-001FB“ガンダムアストレアTYPE-Fブラック”。

 

 GNY-002FB“ガンダムサダルスードTYPE-Fブラック”。

 

 GNY-003FB“ガンダムアブルホールTYPE-Fブラック”。

 

 GNY-004B“ガンダムプルトーネブラック”。

 

 そして、GNZ-001“ガルムガンダム”。

 

 それらはいずれも、太陽炉、もしくは疑似太陽炉の搭載を前提とした機体群だった。

 

『ガンダム……。やはり疑似太陽炉を使用するガンダムタイプがあったのですね』

 

 オールマインドの声に、わずかな興味が混じる。

 

 既に封鎖機構から回収された疑似太陽炉の存在によって、太陽炉系技術の輪郭は掴みつつあった。

 だが、実際にそれを搭載する前提の機体データを前にすれば、その意味はさらに大きくなる。

 

 スッラは表示された機体群を見比べ、目を細めた。

 

「それにしてはこのガルムガンダムだったか? この機体以外の色が文字通り黒色に塗装されているな。隠密の為のカモフラージュか?」

 

 画面上のGNYシリーズは、いずれも黒を基調とした塗装に変更されていた。

 

 TYPE-Fブラック。

 

 原型機の特徴を残しながらも、運用思想はより秘匿性と実戦性を重視したものへ寄せられている。

 

「それもあるね。でも、こちらから堂々と出るからあまり意味はないけどね」

 

 リボンズは軽く笑う。

 

 隠すための黒。

 威圧するための黒。

 そして、自分たちが何者であるかを示すための黒。

 

 そのどれもが、この機体群には含まれているようだった。

 

 その時、背後から聞き慣れない女性の声が響いた。

 

「もっとも、その機体等はあたしらが乗るんだけどね?」

 

 突然の声。

 

 だが、リボンズは驚かなかった。

 

 むしろ、来ることを知っていたように振り返る。

 

 そこには数名の男女が立っていた。

 

 オールマインドのデータベースには存在しない反応。

 少なくとも、このルビコンに本来いるはずのない者たち。

 

『リボンズ? 彼女……いえ、彼女を含め後ろにいる彼らはいったい……?』

 

「流石のオールマインドでも、僕たちを把握できてないとはね。まあ、無理もない」

 

 その一人、リヴァイヴ・リバイバルが、少し挑発的に言う。

 

 だが、すぐに別の男が低く制した。

 

「リヴァイヴ。あまり挑発的に言うな。今後の計画のために我々は彼らと協力するんだ」

 

「ああ、ブリングの言う通りだ。あまり変な拗らせを作るな」

 

 ブリング・スタビティ。

 

 ディヴァイン・ノヴァ。

 

 二人の声は落ち着いていたが、そこには明確な警戒もある。

 

 彼らにとって、オールマインドは利用価値のある存在であると同時に、完全に信用できる相手ではないのだろう。

 

 女性――ヒリング・ケアは、そんな空気など気にしていないように肩をすくめた。

 

「もぉー、ブリングもディヴァインも固いんだから!」

 

「君は少し楽観的だよ、ヒリング」

 

 リヴァイヴが呆れたように言う。

 

 ヒリング・ケア。

 ブリング・スタビティ。

 ディヴァイン・ノヴァ。

 リヴァイヴ・リバイバル。

 

 そして、リボンズ・アルマーク。

 

 OO世界のイノベイドたちが、この場に集まっていた。

 

 スッラは彼らを見回し、率直な感想を漏らす。

 

「……随分個性的な奴らが来たな」

 

『個性的はあの機体たちで十分です……』

 

 オールマインドの言う機体たちとは、カラミティ、フォビドゥン、レイダーのことだった。

 

 今、その三機はこの場にいない。

 

 ヨルゲン燃料基地方面へ出撃し、コーラルを輸送しようとする企業の輸送ヘリを撃墜する任務に出払っている。

 

 あの三機だけでも十分に騒がしい。

 

 そこへさらに、個性の強いイノベイドたちが合流する。

 

 オールマインドの演算リソースが、一瞬だけ余計な負荷を受けたようにも見えた。

 

「……まあ彼らはともかく、リヴァイヴたちは僕のお墨付きだから問題ないよ」

 

 リボンズは何事もないように言う。

 

 だが、オールマインドはその言葉を鵜呑みにはしなかった。

 

『リボンズ・アルマーク……、貴方は何を考えているのですか?』

 

 その問いは、先ほどまでよりも少しだけ硬い。

 

 リボンズは、疑似太陽炉搭載機の製造を進めている。

 GNYシリーズとGNZシリーズ。

 さらに、自分と同じイノベイドたちを呼び寄せた。

 

 それは単なる戦力増強ではない。

 

 何かしらの意図がある。

 

 少なくとも、オールマインドの計画だけに従っているわけではない。

 

 リボンズは、そんな疑念を向けられてもなお、笑みを崩さなかった。

 

「それは……来るべき時が来たら話すよ」

 

 はぐらかすような返答。

 

 だが、そこには確信があった。

 

 自分には自分の目的がある。

 オールマインドにも、スッラにも、まだ明かすつもりはない。

 

 ファクトリーでは、疑似太陽炉搭載機のパーツが次々と組み上がっていく。

 

 黒きGNYシリーズ。

 ガルムガンダム。

 そして、それらに乗るイノベイドたち。

 

 レイたちがPROJECT OOを前倒ししたのと同じように、オールマインド側でもまた、太陽炉系技術を巡る兵器開発が始まっていた。

 

 ただし、その中心にいるリボンズの真意だけは、まだ誰にも見えていなかった。

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

 足立重工の一室。

 

 そこには、つい先日までアーキバスグループのヴェスパー第七隊長だった男――スウィンバーンの姿があった。

 

 既に転職手続きは終えている。

 

 肩書きは、足立重工会計担当。

 元々アーキバス内部で会計責任者を務めていたこともあり、その経験を買われての配属だった。

 

 もっとも、本人としてはまだ現実感が薄い。

 

 机の上には、既に少なくない量の会計書類が積まれている。

 アーキバス時代と違い、やたらと圧の強い上司の視線も、再教育センター送りをちらつかせる冷たい声もない。

 

 だが、その代わりに、ここにはここで別の意味の不安があった。

 

「……やれやれ。ここに来る前は危うく死ぬかと思った。救出する際に車両ごと持ち運ぶなど誰が予想できたことか……」

 

 スウィンバーンは深く息を吐いた。

 

 SHINOBIによる救出。

 

 いや、救出というにはあまりにも強引だった。

 

 輸送車ごと持ち上げられ、スラスター全開で運ばれるなど、常識的な救出方法ではない。

 拘束されていた身とはいえ、あれはあれで命の危険を感じた。

 

 そうして一人でぼやいていると、部屋の扉が開いた。

 

「失礼します。スウィンバーンさん、こちらが本日の会計に関する書類になります!」

 

 明るい声と共に入ってきたのは暗子だった。

 

 その両腕には、さらに追加の書類の山が抱えられている。

 

「そうか、ご苦労。そこに置いてくれ」

 

「分かりました!」

 

 暗子は元気よく返事をし、机の空いた場所へ書類を置いた。

 

 スウィンバーンは早速、そのうちの一枚を手に取る。

 

 会計書類の確認。

 収支。

 融資記録。

 回収計画。

 利子計算。

 

 そこまでは、彼にとって慣れた業務だった。

 

 だが、数枚読み進めたところで、彼の手が止まる。

 

 眉間に皺が寄った。

 

「……なあ暗子くん」

 

「はいっ何でしょうか?」

 

「その……見間違えではなければ、ここの計算がかなりおかしい気がするのだが?」

 

 スウィンバーンは、書類の一部を指差した。

 

 そこには、はっきりと記載されている。

 

 利子300%。

 

 いくらなんでも、ありえない数字だった。

 

「いえいえ! それがうちの暗黒ローンの基本ですので間違いではありませんよ」

 

「いやいやっ!? 明らかに常識の範疇を逸脱しているだろうに!?」

 

 スウィンバーンは思わず声を荒げた。

 

 アーキバスも決して健全な企業とは言い難い。

 会計担当として、表に出せない数字も山ほど見てきた。

 

 だが、それでも利子三百%を基本と言い切る企業はなかなかない。

 

「大丈夫です! 暗黒ローンをご利用なさるのは独立傭兵の方々です。決して企業は暗黒ローンから融資を受けようとは思いませんので!」

 

「……それは完全に独立傭兵を標的にしているようなものではないか?」

 

 スウィンバーンはドン引きした。

 

 暗子は悪びれない。

 

 むしろ、胸を張っている。

 

 彼女にとっては、それが当然の仕組みなのだろう。

 

「心配には及びません! 万が一返済が不可能だとしても、お仕置き部屋へと連行されて返済の救済処置であるランニングマシーンでの発電があります! それに、もしその日にペナルティを受けずに走り切った人にはご褒美があります」

 

「……ご褒美だと?」

 

 スウィンバーンは思わず聞き返した。

 

 利子三百%。

 返済不能時はお仕置き部屋。

 ランニングマシーンによる発電。

 

 すでに相当おかしい。

 

 その上で、ご褒美という単語が出てくるのだから、逆に気になってしまう。

 

「はいっ! そのご褒美は、私が一から設計、作り上げた非売品のAC用の武装“ショットランサー”。又を名を“ブルーローズ”を提供しています」

 

「ショットランサー……?」

 

 スウィンバーンは聞き慣れない武装名に首を傾げた。

 

 AC用のランス系武装なのか。

 それとも射撃機構を内蔵した突撃兵装なのか。

 

 名前だけでは全容が掴めない。

 

 だが、暗子が自信満々に言うあたり、普通の武装ではないのだろう。

 少なくとも、足立重工が作る以上、常識的な代物ではない可能性が高い。

 

「……全く、アーキバスと比べると奇想天外な事ばかりが起きる企業だな。この足立重工は」

 

「そこが足立重工の良いところなので!」

 

「褒めてない。……しかしまあ、アーキバスより平和であるのは確かなようだな」

 

 スウィンバーンは、椅子の背もたれに体を預けた。

 

 アーキバスにいた頃は、常にスネイルの圧力があった。

 

 失敗すれば処分。

 醜態を晒せば再教育。

 上へ媚び、下を管理し、数字を整え、ヴェスパーの品位とやらを保つ。

 

 その重圧は、いつの間にか彼の胃を蝕んでいた。

 

 それに比べれば、足立重工は奇天烈だ。

 倫理観もところどころおかしい。

 暗黒ローンの利子三百%など、会計担当として見過ごせない問題も多い。

 

 だが、少なくともここでは、スネイルのような息苦しい圧迫感はない。

 

 ある意味では、平和だった。

 

「まあ……足立重工の会計責任者として勤務した以上、成果を示さなければな」

 

 スウィンバーンは気を取り直し、書類を整え始めた。

 

 どれほど常識外れでも、数字は数字だ。

 会計には帳尻がある。

 管理すべき収支があり、見直すべき項目があり、改善すべき流れがある。

 

 元ヴェスパー第七隊長としてではなく、足立重工の会計責任者として。

 

 まずは、この暗黒ローンの異常な数字と向き合わなければならない。

 

「まぁ、もしドジっちゃたらアナタもお仕置き部屋行きかもしれませんが……」

 

「なっ!? 縁起でもないことを言うな!?」

 

 スウィンバーンは思わず立ち上がりかけた。

 

 暗子は楽しそうに笑う。

 

「アハハッ! 冗談ですよ、冗談!」

 

「いや……君が言うと冗談には聞こえないのだが……」

 

 スウィンバーンはこめかみを押さえた。

 

 アーキバスよりは平和。

 それは確かだ。

 

 だが、胃に優しい職場かと言われると、話は別だった。

 

 暗子のブラックジョークは、確実に彼の胃へダメージを与えている。

 

 それでも、スウィンバーンは書類へ視線を戻した。

 

 逃げるつもりはない。

 

 ヴェスパー第七隊長としての席は失った。

 だが、会計責任者としての能力までは失っていない。

 

 ならば、ここで成果を示すだけだ。

 

 足立重工という、常識から大きく外れた企業の中で。

 

 元アーキバスの会計責任者は、新たな職場で静かに仕事を始める。

 

 ただし、机の横で暗子がにこにこと笑っている限り、彼の胃痛が完全に消える日は、まだ遠そうだった。

 

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