転生したらCパルス変異波形だったので、ガンダムを作ります。 作:コレクトマン
ミレニアムへ帰還したレイと621は、格納庫に機体を収めるなり、ほぼ同時に息を吐いた。
レイのフリーダムは、各部フレームに負荷が蓄積している。
621のloader4も、リング・フレディとの交戦から封鎖機構の疑似太陽炉搭載機との戦闘まで続いたため、決して軽い消耗では済んでいなかった。
戦闘自体は勝利。
だが、余裕の勝利とは言い難い。
「ハァ……RaDの花火や封鎖機構の疑似太陽炉搭載機の相手と二重で大変だった」
《同感。今回ばかりは疲れた……》
621も、どこか気の抜けた声で答えた。
そこへ、先にミレニアムへ戻っていた617の通信が入る。
《レイ、621……お帰りなさい》
続いて、エアの声も響いた。
「お疲れ様です、レイヴン。それにレイも」
格納庫内では、日本兵たちがフリーダムとloader4の状態確認を始めている。
特にフリーダムは、先の戦闘でレイの操縦に機体側がついていけなくなりつつある兆候を見せていた。
疑似太陽炉搭載機との戦闘。
アヘッドとアドヴァンスド・ジンクス。
封鎖機構が本格的にあの手の機体を投入してくるなら、今後は機体そのものの更新や改修も避けられない。
そんな重い空気の中、ミレニアムのCOMが鳴った。
『──COM:新着メッセージ、一件』
「メッセージ? ベイラムからか?」
《たぶん、レッドから》
621の予想通り、再生されたのはG6レッドの声だった。
『G13レイヴン! 【壁】での殲滅成功、ご苦労だった! まだ生き残っている貴様に対し……ひとつ俺から助言を送ろう!』
「助言……ですか?」
エアが少しだけ警戒するように反応する。
レイは肩をすくめた。
「おそらくベイラムへの勧誘か何かじゃないのか、エア?」
その予想は、半分当たっていた。
『貴様は、独立傭兵にしておくには惜しい。正式にレッドガンに入隊すればより上位の番号を狙えるだろう』
《上位……うん、それはない》
621は即答した。
あまりにも迷いがなかった。
「ん? その心は……?」
《イグアスにしつこく絡まれる未来しかない》
「あーっ……。でもさ、前の記憶をもって周回したんだし、今のイグアスならまだ大丈夫だろ」
レイはそう言ったが、621の返答は変わらなかった。
《それもある。けど……一番はウォルターのところがいい》
その言葉に、少しだけ空気が柔らかくなる。
ウォルターの猟犬。
そう呼ばれることは、決して良い意味ばかりではない。
だが、621にとってウォルターはただの雇用主ではない。
戻る場所であり、今の自分を繋ぎ止める相手でもある。
それを聞いていた617も、静かに言った。
《ん……私はレイのところ》
「おいおい……」
レイは少し困ったように笑った。
だが、嫌そうではなかった。
G6レッドのメッセージは、さらに続く。
『それと、そのナンバーは縁起が悪い。付け続けていると碌な事にならんぞ。……以上だ。これからも使い倒してやるから覚悟をしておけ』
《ん……メッセージはここまでみたい》
617が通信ログを確認して告げる。
レッドらしい言い回しだった。
荒っぽく、声が大きく、どこまでもベイラムらしい。
だが、G13という番号についての助言には、どこか本気の響きもあった。
621は少しだけ考え込んだ後、ゆっくりと息を吐いた。
《それじゃあ、私は部屋で休む。流石に今日は疲れた。部屋のシャワーだけでいいや》
封鎖機構の新型機との戦闘。
SEEDの無自覚な覚醒。
そして、フレディとの戦闘から続く消耗。
今の621には、休息が必要だった。
「私は、他の作業があるためいったん離れます」
エアもそう告げる。
解析や記録整理、戦闘データの確認など、彼女にもやるべきことがあるのだろう。
「ああ、また今度な。……さて、問題はこいつらだな」
レイは視線を移した。
格納庫の奥では、回収された戦闘データと残骸の一部が解析区画へ運ばれている。
アヘッド。
アドヴァンスド・ジンクス。
封鎖機構が運用試験として投入した疑似太陽炉搭載機。
今回は撃破できた。
だが、それは敵がまだ機体に慣れていなかったこと、621が覚醒したこと、そしてレイがフリーダムの限界を超える寸前まで機体を振り回したからだ。
次も同じように勝てる保証はない。
「アヘッドにアドヴァンスド・ジンクス。疑似太陽炉搭載機が封鎖機構の主力になるとはな。最悪の場合を考慮して日本帝国の宇宙軍を動かすことを考えておかないとな。……こっから先、かなり忙しくなるぞ」
レイの言葉に、日本兵たちの表情も引き締まる。
PROJECT OO。
アイズガンダム。
改良型疑似太陽炉。
そして、いずれ必要となる純正GNドライヴ。
敵が疑似太陽炉を戦力化し始めた以上、こちらも歩みを止めるわけにはいかない。
621は部屋へ戻り、休息を取る。
エアも一旦離れ、必要な作業へ移る。
その一方で、レイは解析区画へ向かった。
封鎖機構の新型機が残した情報を、一片たりとも無駄にしないために。
ミレニアムの中では、休息と解析が同時に始まっていた。
だが、この静けさが長く続かないことを、誰もが薄々理解していた。
◆◇◆
翌日。
ミレニアム艦内の解析区画では、前日の戦闘で撃破した封鎖機構の疑似太陽炉搭載機の残骸が、厳重な管理のもと解析されていた。
アヘッド。
アドヴァンスド・ジンクス。
どちらも完全な状態で回収できたわけではない。
むしろ、戦闘で大破した残骸から使える情報を拾い集めているに近い。
それでも、未知の技術を持つ敵機の残骸は、足立重工と日本帝国の技術班にとって貴重な教材だった。
「どうだ。封鎖機構の疑似太陽炉搭載機の解析状況は?」
レイが解析区画へ入ると、日本兵の技術担当が即座に敬礼した。
「ハッ! 封鎖機構のアヘッドとジンクスの解析は滞りなく進んでおります」
「そうか。……で、具体的には?」
「二機の残骸から出来るだけ解析しているのですが、何せ破損率がひどくて僅かしかデータが取れない状況です。しかし、悪い事ばかりだけではございません。解析を進めた結果、難航していた例の計画が早い段階で進められそうです」
レイの目がわずかに細くなる。
例の計画。
PROJECT OO。
そして、その実証機であるCB-001.5──1.5、アイズガンダム。
「1.5ガンダムの完成が早まるってことか」
「はい。敵機の粒子制御系と疑似太陽炉周辺の保護構造、その一部だけでも得られたのは大きいかと」
技術担当の声には、疲労と興奮が混じっていた。
残骸は損傷している。
だが、敵が実際に疑似太陽炉を機体へ搭載し、実戦投入したという事実そのものが、こちらの設計における迷いをいくつか取り払ってくれた。
完全な模倣ではない。
だが、参考にはなる。
レイがその報告に頷いた時、背後から閣下の声がかかった。
「司令、ウォルターが君を呼んでいるとのことだ。すぐにブリーフィングルームに向かってくれ」
「閣下? それにウォルターから?」
レイは少しだけ眉を上げる。
ウォルターがわざわざ自分を呼ぶ。
それもブリーフィングルームへ。
となれば、単なる世間話ではない。
レイは解析区画を後にし、ブリーフィングルームへ向かった。
そこには既に621、617、エア、ウォルター、そして数名の日本兵が集まっていた。
中央モニターには、氷原の地形図が表示されている。
その一角に、巨大な都市の輪郭が浮かび上がっていた。
「集まったようだな。621とレイに俺の……ある友人からの私的な依頼だ」
ウォルターはいつもの低い声で切り出した。
「この氷原のどこにコーラルが集積しているのか地点を絞り込むには情報が足りない。友人からの情報によると……俺達が探るべきはここだ」
モニター上の表示が拡大される。
無人洋上都市。
その名が表示された瞬間、621が小さく呟いた。
《ザイレム……》
「知っていたか、621」
ウォルターが問いかける。
その横で、日本兵の一人がなぜか胸を張って叫んだ。
「超巨大要塞艦……」
「ちがーう!」
別の日本兵が即座にツッコミを入れる。
レイも額を押さえた。
「うるさいっ! 静かに出来ないのかお前らは!」
ブリーフィングルームに一瞬だけ妙な沈黙が落ちる。
ウォルターはそれを無視するように話を続けた。
「……まあいい、話を続ける。かつてルビコン調査技研が建造した洋上都市“ザイレム”。あの災害を経て無人となった。今では捨てられた都市だが……コーラルに関する情報を秘匿しているのだろう。都市全体がECMフォグで欺瞞されている」
ザイレム。
ルビコン調査技研が建造した巨大な洋上都市。
今は無人となり、濃霧と電子欺瞞に包まれた捨てられた都市。
だが、そこにはコーラル集積地を探る上で重要な情報が眠っている可能性がある。
「となると……偵察が不可欠である」
閣下が腕を組んで言う。
レイはウォルターを見た。
「ウォルター、閣下が言うようにその友人が先んじて何かしたんだろう?」
「あぁ……友人が先んじて飛ばした調査ドローンも濃霧の中で消息を絶ったらしい」
「だろうな……。そこで、俺達の仕事ということか」
ウォルターは頷く。
「察していると思うが、調査継続の障害となるECMフォグ制御装置を停止してこい。企業たちの目が封鎖機構に向いている今であれば、俺たちが真っ先にコーラル集積地点を探り当てることができる」
「スゴイ!」
「成すべきことは分かっておるな!」
「言われずとも分かってるよ。お前ら落ち着け……」
相変わらず妙にテンションの高い日本兵たちに、レイは疲れたように突っ込んだ。
621はモニターのザイレムを見つめながら、静かに言う。
《引き続きloader4で出るけど、レイはどうするの?》
レイは少しだけ困ったように肩を竦めた。
「……そうなんだよな。フリーダムは前の戦闘でかなり無理させ過ぎたからな。一度オーバーホールに出しているから出られないんだよな。……仕方ない、あの機体で出るか」
あの機体。
その言葉に、621と617が同時に反応する。
だが、レイは詳しく説明しなかった。
しばらくして、ミレニアム甲板上部。
海風が吹き付ける甲板に、621、617、エア、ウォルター、そして日本兵たちが集まっていた。
621のloader4は既に出撃準備を終えている。
だが、レイの機体は見当たらない。
《私は後から出るのは構わないけど、何をする気なの?》
《ん……レイ、何か呼び出すみたい》
617が静かに言う。
レイは甲板の端に立ち、海面を見下ろしていた。
「まぁ見てれば分かるさ」
そう言いながら、彼は小さく息を吐く。
「……本当は恥ずいけど」
その声は小さく、誰にも聞こえないほどだった。
レイは右手を掲げる。
そして、叫んだ。
「……出ろぉぉっ! ガンダァァァァァムッ!! 」
次の瞬間、レイがフィンガースナップを鳴らした。
海面が渦を巻く。
小さな渦潮が広がり、その中心から巨大な影が浮かび上がってくる。
水飛沫を上げながら姿を現したのは、白と青、赤と金を纏う格闘戦用の機体。
ゴッドガンダム。
その登場に、621が珍しく声を上げた。
《ええええええっ!?》
《……予想外》
「この機体……レイの掛け声に反応した!?」
エアも驚きを隠せない。
ウォルターですら、わずかに沈黙した。
レイは少しだけ得意げに、しかしどこか恥ずかしそうに言う。
「このゴッドガンダムは、ただの機体じゃないんだ。それじゃあ……」
レイはゴッドガンダムへ乗り込んだ。
コックピット内に立つと、通常の操縦席とは異なる空間が起動する。
モビルトレース・システム。
機体を操縦桿で動かすのではなく、パイロット自身の動作をそのまま機体へ反映する操縦系統。
システムが起動すると同時に、レイの身体を黒いファイティングスーツが包み込んだ。
肩、腕、脚、胴体へ圧がかかる。
全身を固定し、筋肉の動き、関節の角度、呼吸、心拍、神経反応までも読み取るための戦闘服。
「うぐぐ……! 鍛えているとはいえ、結構きついなコレ! ……らぁっ!!」
レイは歯を食いしばりながら、無理やり姿勢を整えた。
機体のシステム音声が、淡々と状態を読み上げる。
『モビルトレース・システム、セットアップ。脳波、血圧、心拍数、呼吸、体温、代謝機能オールグリーン』
「ハァァ……ハァ!」
レイがゆっくりと腕を上げる。
同時に、甲板上のゴッドガンダムも腕を上げた。
指を握れば、機体の拳が握られる。
手首を回せば、機体の手首も連動して動く。
レイは足を踏みしめ、軽く構えた。
正拳。
手首の稼働。
そして、短い演武。
その動きに合わせて、ゴッドガンダムの巨体が滑らかに動く。
単なるMSではない。
レイの身体そのものを巨大化させたような機体だった。
「ハァァァァァ……タァッ!!」
最後に鋭く拳を突き出すと、ゴッドガンダムも同じ動きで拳を打ち出した。
甲板上に風圧が走る。
《おお……!》
《ん……様になっている》
「そういう……物でしょうか?」
「ハァ……」
621、617、エア、ウォルターが、それぞれ反応を見せる。
ウォルターのため息には、驚きと呆れが半々に混じっていた。
それでも、ゴッドガンダムの稼働は問題ない。
レイは呼吸を整えながら、通信を開く。
ウォルターが改めて告げた。
「……ともかく、向こうについたらECMフォグを無効化するまで、お前達の通信はできなくなる。調査ドローンが残したビーコンを目指せ」
「分かったよウォルター。それじゃ621、先に行くぞ」
ゴッドガンダムが甲板上で姿勢を低くする。
次の瞬間、機体は跳躍するように飛び出した。
レイの身体操作に合わせ、ゴッドガンダムが海上へ向けて加速していく。
その姿を見送りながら、エアがぽつりと呟いた。
「……いろんなガンダムもいるものですね」
《エア、たぶんアレだけだと思うよ》
《ん……神の名は、伊達じゃない》
「617、そういう意味ではないと思うが……」
ウォルターの静かなツッコミが、甲板の風に紛れて消えていく。
こうして、621はloader4で。
レイはゴッドガンダムで。
二人は無人洋上都市ザイレムへ向けて出撃した。
◆◇◆
無人洋上都市ザイレム。
海上に浮かぶその巨大な都市は、遠目からでも異様だった。
かつてルビコン調査技研が建造した洋上都市。
しかし今は人の気配もなく、濃い霧に包まれ、沈黙したまま海上に佇んでいる。
その周辺空域に、loader4とゴッドガンダムが到着した。
だが、視界は悪い。
都市を覆う霧は想像以上に濃く、少し先の構造物すら輪郭がぼやけて見える。
さらにレーダーも、正常な反応を返してこない。
「ん~……分かっていたが、霧が濃いな」
《ECMフォグの影響だね》
621の言葉通りだった。
都市全体を覆うECMフォグが、視界だけでなくセンサー類にも干渉している。
通常の通信も不安定で、ミレニアムやウォルターとの回線はまともに繋がらない。
どう進むべきか考えていた時、621のもとへエアからの通信が入った。
【レイヴン。私の交信であればECMの干渉を受けません】
エアの声は明瞭だった。
電波ではなく、コーラルを介した交信。
それならば、ECMフォグによる電波障害の影響を受けない。
621は前の周回でそれを知っており、レイもコーラルの特性を理解していた。
だが、問題はそこではなかった。
「あれ? エア、アンドロイドボディを置いてきたのか?」
【いえ、アンドロイドボディのまま交信が出来るのではないのかと……試してみた結果、上手くいったようです】
「マジか……」
《何でもありだね……》
レイも流石に驚いた。
アンドロイドボディを持ったまま、コーラルを介して621と交信する。
理屈として不可能ではないのかもしれないが、実際にやってのけるとは思っていなかった。
エア本人も、少し試してみたら成功したという雰囲気である。
レイはゴッドガンダムのコックピット内で、軽く首を振った。
「まあ、繋がるなら助かる。こっちも視界とレーダーがほとんど死んでるからな」
《うん。進もう》
霧の中を、loader4とゴッドガンダムは慎重に進む。
しばらく進んだところで、赤く点滅する何かが視界に入った。
「アレは……ビーコンか?」
【これが調査ドローンが残したビーコンでしょうか】
《このビーコンを辿ればECMフォグが見つかる。でも、ザイレムの防衛用の無人機が展開している筈》
「そうだな。注意して進もう……」
ビーコンの赤い光を頼りに、二機は都市内部へ進んでいく。
霧に包まれた無人都市は、不気味なほど静かだった。
朽ちた高層構造物。
停止した輸送路。
人の気配が消えた居住区画。
かつてここに誰かが暮らしていたことを示す痕跡だけが、霧の向こうにぼんやりと残っている。
その静寂を破ったのは、予想外の通信だった。
【司令、応答願う!】
【日航隊、応答せよ! 繰り返す! 日航隊、応答せよ!】
【この通信は……】
「案の定日本兵たちだろうな。ここまで喧しいとは……」
《五月蠅すぎるのは慣れていたけど……流石にこれはうるさい》
どうやら日本兵たちも、エアと同じくコーラルを介した通信を試していたらしい。
通常通信が妨害される中で繋がるのはありがたい。
だが、声量までそのまま届くのは問題だった。
しばらく応答しなかったせいか、通信相手がしびれを切らした。
【……聞こえんのかーっ!!】
「喧しい!! 耳元で叫ぶな!」(# ゚Д゚)
【スマン! 悪かった!】
レイの怒鳴り声が、霧の中に響いた。
そして、その声に反応したかのように、都市の奥で何かが起動する。
『不明な侵襲を確認。恒常化プロセスE』
機械音声。
ザイレムの防衛システムだった。
「……あーもー、やっぱこうなる訳だ。防衛ドローンが展開されているぞ!」
霧の中から、複数の影が現れる。
小型の自律ドローン。
ザイレムの都市防衛用無人機だ。
機体下部の火器が展開され、loader4とゴッドガンダムへ向けられる。
【都市防衛のための自律兵器のようです。ここザイレムが無人になってからも命令に従い警備を続けていたのでしょう】
《でも、一機の戦闘能力はあまり高くない》
「だが数で来られると面倒この上ない! ここで落としておくぞ!」
loader4がバーストライフルを構える。
ゴッドガンダムは拳を握り、霧の中を滑るように前へ出た。
ドローンの射撃を最小限の動きでかわし、レイが腕を振る。
それに連動して、ゴッドガンダムの拳がドローンを叩き落とした。
621もまた、距離を取りながら正確に射撃を重ねる。
防衛ドローンは数こそ多いが、個々の性能は高くない。
次々と撃ち落としながら進んでいくと、やがて一つ目のECMフォグ制御装置が見えてきた。
【ECMフォグ制御装置を発見。アクセスしてみてください】
【了解!】
【何としても目標を確保するのだ!】
「いや、お前らがアクセスするんかい!?」
【【【はいっはいっはいっはいっはいっはいっ!】】】
日本兵たちの暑苦しい声が、一斉に通信へ流れ込んできた。
621もレイも、一瞬言葉を失う。
制御装置へのアクセスは、確かに必要だった。
だが、ここまで前のめりに声を揃えられると、何も言えなくなる。
しばらくして、装置の反応が落ちた。
【制御装置の動作停止を確認】
「これで一つ目か……他にもあるからビーコンを辿りながら探そう」
《了解。(……少し嫌な予感がするのは気のせい?)》
621は胸の奥に引っかかるものを覚えていた。
ザイレム。
ECMフォグ。
消息を絶った調査ドローン。
そして、無人都市の奥に眠る情報。
ただの調査任務で終わるとは思えない。
それでも、今は進むしかない。
二機はビーコンを辿りながら、次々とECMフォグ制御装置を停止させていった。
防衛ドローンの迎撃はあったが、loader4とゴッドガンダムの前では大きな障害にはならない。
霧は少しずつ薄れ、都市の輪郭が見え始める。
残すは、最後の一つ。
都市中央部にある制御装置だけだった。
【……そう言えば、ウォルター抜きでふたりだけのミッションも久しぶりでしょうか】
《そうだね。ヨルゲン燃料基地以来かな?》
エアの言葉に、621が少し柔らかく答える。
ECMフォグの中、外部通信が制限された状況。
その中で、621とエアだけはいつも通りに交信できる。
レイはそのやり取りを聞きながら、あえて黙っていた。
(……なんかいい雰囲気黙っておこうか)
こういう時に口を挟むほど、野暮ではない。
エアの声も、少し穏やかだった。
【……制御装置も逃げはしないでしょう。ゆっくりさがして……】
だが、その空気は長く続かなかった。
運悪く、別方向から接近していたドローンがレーダーに捕捉されたのだ。
【敵が見えました!】
【全ての対空火器で応戦しろ!】
【弾丸を無駄にするな!】
【お国のために、死ねーっ!!】
(なんだって空気を読まないんだ、馬鹿野郎どもが!!)
レイは無言のまま、ゴッドガンダムを動かした。
霧の中から現れたドローンを、拳と蹴りで次々と叩き落としていく。
loader4も射撃で援護したが、通信内の騒がしさはしばらく消えなかった。
案の定、エアは不機嫌になっていた。
【……】
「その、エア。ゴメン」
【いえ、謝らないで下さいレイ。貴方の所為ではありません】
声は静かだった。
だが、その静けさが逆に怖い。
日本兵の一人が、空気を読まずに通信へ割り込んだ。
【何だって?】
【よく聞こえません。はっきり言ってくだ──】
その瞬間、乾いた銃声が響いた。
パァンッ!
通信の向こうが、急に静かになる。
【すみませんが日本兵たちの皆さん。……静かにしてもらえると助かります】
エアの声は、あくまで丁寧だった。
だが、そこには明確な圧があった。
【怖え……怖えよ……】
【すんませんでした!】
【どうかお許しを……!】
日本兵たちは一瞬で震え上がった。
レイはその反応を聞きながら、ふと思い出す。
前の世界でも、彼らはエアにこっぴどく怒られていた。
どうやらその記憶は、魂に刻まれているらしい。
【……すみませんレイヴン。先を進みましょう】
《エア……。だいぶ彼らに染まってきているよ》
【……流石にそれは心外なのですが】
エアは不服そうに返す。
だが、レイも今回は621に同意した。
「いや、今回ばかりは621の言う通りだ。エア、無意識かもしれないがだいぶ日本兵たちの扱い方に慣れてきた時点で染まっているぞ?」
【……解せません】
エアは納得していないようだった。
だが、通信内の日本兵たちは完全に静かになっている。
効果は抜群だった。
621は小さく笑うように息を吐き、loader4を前へ進めた。
ゴッドガンダムもそれに続く。
霧に包まれたザイレムの中央部。
最後のECMフォグ制御装置が示すマーカー地点へ向けて、二機は進んでいった。
◆◇◆
最後のECMフォグ制御装置がある都市中央部へ向かう途中、レイはふと足を止めた。
霧はまだ濃い。
だが、これまで停止させてきた制御装置の影響で、ザイレム全体を覆っていた濃霧は少しずつ薄れ始めている。
それでも、レイの中には奇妙な違和感が残っていた。
「……ん?」
《どうしたの? レイ》
621が問いかける。
ゴッドガンダムのコックピット内で、レイは周囲を見回した。
レーダーは相変わらず不安定。
視界も完全には戻っていない。
だが、それだけではない。
何かが引っかかる。
「いや、なんか妙な違和感を覚えてな。日本兵、そっちはどうだ?」
【……ぅうん?】
【こちらでは何も反応はありません】
【何でもないか】
日本兵たちから返ってくる声に、特別な緊張はない。
彼らの機器にも、異常らしい異常は出ていないようだった。
だが、レイは納得しきれなかった。
「……万が一のことがある。警戒を厳にするんだ」
【【【了解!】】】
その返答とほぼ同時だった。
通信機器から、ざり、と妙な砂嵐のような音が鳴った。
通常のノイズではない。
ECMフォグの干渉とも違う。
何かが通信の奥に入り込んでくるような、不快な音だった。
「通信機に異常……? だが、この異常性は何処かで……」
《ECMフォグとは違う何かみたい。ECMフォグを解除しないと分かりそうにない感じ》
【十分に警戒を。何かがあるかもしれません】
エアの声にも、緊張が混じる。
レイは短く頷いた。
「……それもそうだな」
二機はさらに進む。
霧の奥に、最後のECMフォグ制御装置が姿を現した。
巨大な支柱の根元に埋め込まれた装置は、これまで停止させてきたものよりも大型だった。
ザイレム中央部の欺瞞を担う中枢装置なのだろう。
「よしっ、最後の一つだ。解除を頼んだぞ」
【了解!】
【【【はいっはいっはいっはいっはいっはいっはいっ!!】】】
日本兵たちの声が一斉に響く。
レイは少しだけ顔をしかめたが、今は突っ込まない。
装置へのアクセスが始まり、制御系が次々と停止していく。
やがて、装置の発光が消えた。
最後のECMフォグが停止する。
ザイレムを覆っていた霧が、少しずつ晴れ始めた。
その時だった。
「……っ!? これは!」
《ぐっ!? この感じ……!》
【コーラルに異常反応!? 通信が傍受されています!】
エアの声が鋭くなる。
ECMフォグが消えた瞬間、今まで隠されていた別の干渉が浮かび上がった。
それは電波ではない。
コーラルを介した何か。
レイ達の通信に割り込むように、いや、脳裏へ直接差し込まれるように、声が響いた。
どれだけ殺すつもりだ?
《……!?》
621の呼吸が止まりかけた。
その言葉。
その声。
それは、三周目の記憶の中でイグアスから投げつけられた言葉だった。
621にとって、ただの記憶ではない。
幾度も戦い、幾度も殺し、幾度も選択を迫られた果てに刻まれた、傷に近いもの。
《ハァッハァッハァッ……!!》
【レイヴン!? 呼吸に乱れが……! 落ち着いてください!】
「621!? 大丈夫か! ゆっくり呼吸するんだ!」
レイの声とエアの声が、同時に届く。
621は操縦桿を握り締めたまま、荒く呼吸を繰り返した。
視界が揺れる。
耳の奥で、さっきの言葉が反響する。
どれだけ殺すつもりだ。
だが、ここはあの時ではない。
今、隣にはレイがいる。
エアもいる。
621は少しずつ呼吸を整えた。
《ハァ……ハァ……ごめん、もう大丈夫……》
「今一瞬、イグアスの声が聞こえたが……アレはもしかして……」
【おそらく、レイヴンが経験した三周目の記憶の言葉……】
エアの声は慎重だった。
コーラルを介した干渉。
621の記憶に触れ、その中の言葉を拾い上げたかのような現象。
誰が、何のために。
考える時間はなかった。
霧が晴れ始めた都市のルート上から、ローター音が響いてきた。
封鎖機構の武装ヘリが、低空で接近してくる。
「やっぱ封鎖機構がくるよな。621、戦えそうか?」
《大丈夫、もう落ち着いた》
【無理をなさらないように。私が出来るだけサポートします】
loader4が武装ヘリへ向き直る。
ゴッドガンダムも構えた。
だが、二人が迎撃に入るより早く、武装ヘリの真上に一つの影が現れた。
「アレは……ACか?」
【!? この識別は……!】
落下するように現れたACが、武装ヘリの真上で一瞬静止する。
次の瞬間、その機体を中心に爆発的な衝撃波が広がった。
アサルトアーマー。
ただし、その爆発は通常の青白い衝撃ではない。
赤い爆発。
コーラルの色を思わせる、赤い光を伴う衝撃波だった。
武装ヘリはまともにそれを浴び、一撃で粉砕される。
残骸が火を噴きながらザイレムの構造物へ落下していった。
赤い衝撃の中心にいたACが、ゆっくりと着地する。
その姿を見た瞬間、レイは顔を引きつらせた。
「げっ!? よく見たら、アレは“アストヒク”!? よりによってサム・ドルマヤンじゃねえか!」
【解放戦線の師父ドルマヤン!? 彼が何故ここに?】
《ドルマヤンが? いったい何が目的でここに……?》
サム・ドルマヤン。
ルビコン解放戦線の精神的指導者。
師父と呼ばれる男。
その彼が、なぜザイレムにいるのか。
しかも、コーラルリリースを阻止する前提で動いていたはずのこの状況で、なぜ今このタイミングで姿を現したのか。
レイにも、621にも、エアにも、その意図はすぐには読めなかった。
アストヒクが、赤い残光を纏ったままこちらを向く。
ドルマヤンの声が、静かに響いた。
「【灰かぶりて、我らあり】……!」
その言葉は祈りのようであり、警告のようでもあった。
霧が晴れつつあるザイレムの中央部。
封鎖機構の気配。
コーラルを介した不気味な干渉。
そして、解放戦線の師父サム・ドルマヤンの出現。
ただの調査任務だったはずのザイレム探索は、ここにきてまったく別の意味を帯び始めていた。