転生したらCパルス変異波形だったので、ガンダムを作ります。 作:コレクトマン
ザイレム中央部。
最後のECMフォグ制御装置が停止し、濃霧が少しずつ晴れていく中で、レイ達の前に現れたのは一機のACだった。
AC“アストヒク”。
その搭乗者は、ルビコン解放戦線の精神的支柱にして総司令。
師父サム・ドルマヤン。
封鎖機構の武装ヘリを、赤いアサルトアーマーで一撃のもとに粉砕したその姿は、老いた指導者という言葉からは想像できないほど鋭い戦意を纏っていた。
「まさか、ルビコン解放戦線の総司令自ら出てくるとはな。(知らず知らずのうちにALTミッションになっていたのか? だが、それはオールマインドからの接触がトリガーの筈……)」
レイはゴッドガンダムのコックピット内で、アストヒクを見据えながら考える。
前の流れと違う。
621が知る三周目の記憶では、オールマインドからの通信をきっかけに、流れに任せてドルマヤンを排除する形になっていたはずだ。
だが、今回は違う。
オールマインドからの通信はない。
少なくとも、あの時と同じ道筋ではない。
《サム・ドルマヤン……(三周目の時はオールマインドからの通信で急な依頼で流れに任せてドルマヤンを排除した。けど、そのオールマインドからの通信はない。少なくとも、あの時とは違うのは確か……)》
621もまた、loader4の中で同じ違和感を覚えていた。
敵として現れた。
だが、今すぐ撃つべき相手なのか。
それを判断するには、まだ情報が足りない。
【ルビコン解放戦線総司令が何故ここに……?】
エアも警戒を強める。
すると、アストヒクから静かな通信が入った。
「……足立重工の裏社長、足立レイよ」
【吉田で──】
余計な茶々が入ろうとした瞬間、乾いた銃声が通信の向こうで響いた。
パァンッ!
【うるさい! 少し黙ってるんだ……!】
【今、大事な話なのだ。余計な茶々は入れん方がいい】
閣下の制止によって、日本兵たちの騒がしさが一瞬で収まる。
レイは内心で全力で感謝した。
「(閣下、マジ助かります!)……俺か? 俺に何か用があるのか?」
問いかけに対し、ドルマヤンは静かに答えた。
「お前は以前、私の前で警句の続きを言ったな。“コーラルよ、ルビコンの内にあれ”。“その賽は、投げるべからず”」
「ああ。解放戦線捕虜救出作戦でアンタの前で言った。その内容の意味を知っている。知っているからこそアンタに言ったんだ」
コーラルよ、ルビコンの内にあれ。
その賽は、投げるべからず。
それは、ただの言葉ではない。
コーラルリリースという、取り返しのつかない未来への警句。
かつてドルマヤンが知り、そして踏みとどまったもの。
レイはそれを知っていた。
だからこそ、あの時ドルマヤンにその続きを告げた。
「そうか。……ならば、確かめねばなるまい。貴様がこのルビコンにとっての脅威か、そうでないかを……」
アストヒクが静かに構える。
敵意というより、試すための構えだった。
レイは小さく息を吐く。
「こりゃ……一対一でやり合うしかないって感じか?」
「そうだ」
その返答は短かった。
だが、揺るぎはない。
【レイ、ここは対話でもって話し合うべきではないでしょうか?】
エアが言う。
彼女らしい判断だった。
無意味な戦闘は避けるべきだ。
言葉で通じる可能性があるなら、まずは対話を試みるべきだと。
だが、レイは首を振った。
「いやっエア。こういう場合は言葉より行動で示さないとドルマヤンは納得しなさそうだ」
《エア、ここはレイに任せよう》
621も同意する。
サム・ドルマヤンは、ただ問答で納得する相手ではない。
コーラルと向き合い、その声を聞き、危険を知った者だからこそ、相手の真意を見極めるためには戦いを選ぶ。
そしてレイも、それを理解していた。
「そうか……やはり、お前達は【あの声】を見るのだろう。かつて私がそうだったように……!」
ドルマヤンの言葉に、レイの表情が僅かに変わる。
あの声。
コーラルの声。
あるいは、コーラルの向こう側にいる何か。
レイはその言葉に応じるように、通信の奥へ意識を向けた。
「あの声……それって【こういう事を言っているのか、ドルマヤン】」
レイからの交信でドルマヤンはレイの存在を警戒する。
「……! やはりそうか。ならばお前の真意を確かめるためにも……!」
アストヒクの機体が沈み込む。
それは突撃前の構え。
レイもまた、ゴッドガンダムの中で拳を握った。
モビルトレース・システムが、彼の筋肉の緊張と呼吸を読み取る。
ゴッドガンダムが、レイの身体そのもののように構える。
「ならば、戦って証明するまで! ACファイト! レディィィィッ……ゴォォォォ──ッ!!」
気合いの声と共に、ゴッドガンダムがブースターを吹かして一気にアストヒクに向けて直進する。
一方で、通信越しの621は困惑していた。
《……エア。ACファイトって何?》
【さすがの私にも分かりません。ですが、レイにとって何か意味のある言葉だと思います】
【気にするな。私でも流石に分からん】
《えーっ……閣下はそれでいいの?》
【……司令はあの機体に乗ると一時的に格闘者になる傾向があるとしか分からん】
【そういう……ものでしょうか?】
エアも納得していないようだった。
だが、もう止める空気ではない。
霧が薄れつつあるザイレム中央部。
静まり返った無人都市の中で、ゴッドガンダムとアストヒクが対峙する。
片や、コーラルリリースを阻止しようとする異邦のガンダム。
片や、コーラルの声を知り、その危険を見極めようとする解放戦線の師父。
言葉だけでは届かないものを確かめるために。
レイとドルマヤンの一騎打ちが、始まろうとしていた。
◆◇◆
ザイレム中央部に、静かな緊張が張り詰めていた。
ゴッドガンダムとアストヒク。
互いに構えた二機の間には、まだ薄く霧が残っている。
だが、その霧すらも、両者の間合いを隠しきることはできなかった。
先に動いたのは、ドルマヤンだった。
アストヒクが低く沈み込む。
BAWS製旧型ACフレーム、BASHOの重厚な外装が軋むように動き、次の瞬間、KIKAKUブースターの近接推力を乗せて一気に踏み込んだ。
左腕に握られたHI-32:BU-TT/A。
タキガワ・ハーモニクス製のパルスブレードが、淡い光を引きながらゴッドガンダムへ迫る。
BASHO腕の近接武器適性と、近接攻撃時に突出した速度を発揮するKIKAKUブースター。
その組み合わせによる斬撃は、老いた師父の操る機体とは思えないほど鋭い。
だが、レイもまた真正面からそれを迎えた。
「ゴッドスラァーッシュ!!」
レイが腰へ手を伸ばす。
モビルトレース・システムがその動作を拾い、ゴッドガンダムも腰部に懸架していたビームサーベルへ手をかけた。
抜刀。
それは操縦桿の入力ではなく、レイ自身の身体動作そのものだった。
居合のように引き抜かれたビームサーベルが、迫るパルスブレードの斬撃を弾く。
光と光が激突し、霧の中に火花が散った。
ドルマヤンは弾かれた反動に逆らわなかった。
むしろその反動を利用し、アストヒクを後方へ滑らせる。
距離を取りながら、右腕のMA-J-200 RANSETSU-RFを構えた。
BAWS製バーストライフルから、重い弾丸が連続して放たれる。
さらにアストヒクは左腕のパルスブレードを左肩ハンガーへ戻し、懸架していたHML-G2/P19MLT-04連装型ハンドミサイルへ切り替えた。
弾幕とミサイル。
射撃適性に優れないBASHO腕でも、ミサイルならば精度の低さを補える。
ドルマヤンは、自機の欠点と利点を理解していた。
「バルカンッ!」
レイが叫ぶ。
ゴッドガンダムの頭部バルカンが火を噴き、迫るミサイルを次々と迎撃した。
バーストライフルの弾幕は、レイ自身のサイドステップに連動してゴッドガンダムが回避する。
無駄な動きはない。
大きく避けるのではなく、必要な分だけかわす。
モビルトレース・システムで機体を動かす以上、過剰な動きはそのまま隙になる。
レイはそれを理解し、身体の動きを最小限に抑えていた。
だが、ドルマヤンもそこを見逃さない。
アストヒクが右肩に懸架していたMA-T-222 KYORAIへ武装を切り替える。
次の瞬間、ナパーム弾が三発、ゴッドガンダムの進路へ撃ち込まれた。
着弾と同時に、超高温の炎が広がる。
直撃ではない。
狙いは炎上ゾーンの形成。
熱で機体を削り、ACS異常を蓄積させ、被弾時の衝撃を増幅させるための布石だった。
「あまいっ!」
レイが踏み込む。
ゴッドガンダムは炎上範囲の端をかすめるように抜け、機体を捻りながら一気に加速した。
炎の中を突っ切るのではなく、炎が広がる前の隙間を抜ける。
アストヒクへ一直線に距離を詰めるその動きに、ドルマヤンの声がわずかに揺れた。
「なんと……っ!」
それでも、ドルマヤンの反応は遅れない。
即座に武装をパルスブレードへ戻し、迎撃の構えを取る。
アストヒクの左腕が振り上がる。
ゴッドガンダムの右手もまた、ビームサーベルを構え直した。
両者が交錯する。
次の瞬間、二機は動きを止めていた。
ゴッドガンダムのビームサーベルは、アストヒクの装甲に触れる寸前で止まっている。
あと数センチ動けば、機体を斬り裂ける距離。
だが、止まっていたのはレイだけではなかった。
アストヒクのパルスブレードもまた、ゴッドガンダムの胴を裂く寸前で留められていた。
「……何故、止めた」
ドルマヤンが問う。
レイは静かに答えた。
「アンタこそ、そのまま行けばパルスブレードで切り裂けたはず。寸止めはお互い様だ」
それは互いに相手を殺すための戦いではなかった。
真意を測るための一騎打ち。
相手がどこまで進み、どこで止まるのかを確かめるための戦い。
ドルマヤンはしばし沈黙した。
赤いアサルトアーマーを纏った時の気配。
コーラル内燃型ジェネレータAORTAを積んだアストヒク。
コーラルとの共生を掲げた男が、よりによってコーラルを燃やす力を用いている。
その矛盾を背負いながらも、ドルマヤンは問うた。
「今一度問おう、お前やレイヴンは……ルビコンにとって何者だ」
レイはすぐには答えなかった。
ビームサーベルを下ろし、ゴッドガンダムの構えを解く。
そして、ゆっくりと言葉を選んだ。
「……少なくとも、俺やレイヴンはコーラルを焼こうとも外に解き放とうとは思ってない。焼いてしまえばアイビスの火の再来だし、コーラルリリースでコーラルを外宇宙に解き放てば人が人でなくなる。……そう、アンタが想像している人間世界に悲惨が起こるそれだ」
それは、AC6という世界の結末を知る者だからこそ言える言葉だった。
コーラルを焼く未来。
コーラルを解き放つ未来。
どちらも、人とコーラルにとって取り返しのつかない道へ繋がっている。
そして、621もまた言葉を続けた。
《私も、エアやウォルター……私にとって大事な人たちが死なないためにコーラルリリース以外の方法を探している。レイと一緒に……》
【レイ……レイヴン……】
エアの声が揺れる。
621は、前の周回で多くを失った。
ウォルターを。
カーラを。
ラスティを。
イグアスを。
そして、選択の果てに救えなかったものを。
だからこそ、今度は違う道を探している。
その言葉を聞き、ドルマヤンは静かに息を吐いた。
「なるほど……コーラルリリースの危険性を分かっていてなお……」
納得しかけた、その時だった。
沈黙していた日本兵たちから、緊迫した通信が入る。
【司令! レーダーに新たな反応! 6時方向、数は4!】
「新手? 解放戦線でもないとなると……」
《オールマインド……!》
「っ! 新手か……」
【……っ! この反応は!】
レイ達は一斉に6時方向へ視線を向けた。
霧が晴れつつあるザイレムの空に、四つの機影が浮かんでいた。
黒。
その色が、まず目に入る。
禍々しいまでに黒く塗装されたガンダムタイプ。
そして、それぞれの機体から放出される橙色がかったGN粒子。
疑似太陽炉搭載機。
その中の一機を見た瞬間、レイの表情が強張った。
「TYPE-Fブラック!? それにプルトーネブラックにガルムガンダム!? まさか……あの機体に乗っているのは……!」
アストレアTYPE-Fブラック。
サダルスードTYPE-Fブラック。
プルトーネブラック。
ガルムガンダム。
PROJECT OOにおいてレイが進めていた計画とは別系統の、存在するはずのないガンダムたち。
ドルマヤンもまた、その姿に警戒を強める。
「あれは……封鎖機構の新型と同じ……!」
《ガンダム……!?》
【あの機体は……レイが企画したプロジェクトにない機体!?】
エアの声にも困惑が混じる。
封鎖機構のアヘッドやアドヴァンスド・ジンクスとは違う。
今現れた四機は、明確にガンダムの形をしている。
しかも、疑似太陽炉を搭載している。
それはつまり、敵がただ新型兵器を投入しただけではないということだった。
このルビコンに、レイ達の知らない別のガンダム勢力が存在している。
それも、オールマインドの影を纏って。
ザイレムの霧が晴れる。
ゴッドガンダム。
loader4。
アストヒク。
そして、黒き疑似太陽炉搭載ガンダム四機。
この瞬間から、ルビコンの歴史はさらに大きく歪み始めた。
◆◇◆
黒いガンダムたちが、ザイレムの空に姿を現した。
アストレアTYPE-Fブラック。
サダルスードTYPE-Fブラック。
プルトーネブラック。
ガルムガンダム。
いずれもレイが進めているPROJECT OOには存在しない機体。
だが、その姿も、背部から放出される橙色のGN粒子も、レイにとっては見覚えのあるものだった。
そして、あの機体に乗っている者たちにも。
レイはゴッドガンダムの中で身構えた。
疑似太陽炉搭載機。
それも、単なるジンクスやアヘッドではなく、ガンダムタイプ。
となれば、相手は封鎖機構の一般兵ではない。
レイが警戒を強めた、その時だった。
「真打登場ってとこね!」
アストレアTYPE-Fブラックから、軽い調子の女の声が響いた。
「ヒリング、相手は未知のガンダムだ。決して油断はするな」
「分かってるわよ、ブリング」
プルトーネブラックがアストレアTYPE-Fブラックに随伴するように前へ出る。
一方、ガルムガンダムとサダルスードTYPE-Fブラックは、後方で射撃支援に入れる位置を取った。
「じゃあ僕たちは射撃で援護しますよ。デヴァイン、データ収集を忘れずに」
「分かっている」
四機は即座に役割を分けた。
近接戦を仕掛けるアストレア。
堅実に前線を支えるプルトーネ。
高火力で援護するガルム。
そして、戦闘データの収集と撹乱を担うサダルスード。
統率は取れている。
それだけで、相手が即席の部隊ではないことが分かった。
「それじゃあ……一番乗り!」
ヒリングのアストレアTYPE-Fブラックが、両腕のプロトGNソードを展開する。
折り畳まれていた剣身が開き、橙色の粒子を纏った刃が霧を裂いた。
そのまま一直線にゴッドガンダムへ切りかかる。
レイは腰部のビームサーベルを抜き、正面から受け止めた。
金属と粒子の刃がぶつかり、ザイレムの空に火花が散る。
その声。
その口調。
そして、この機体。
レイは確信した。
「クルーゼがこの世界にいる自体がおかしかったんだ。だったら、お前たちがいてもおかしくないよな……イノベイター!」
《イノベイター……?》
621が聞き慣れない言葉に反応する。
【レイヴン、応戦を!】
《! ……今は敵であることに変わりない!》
loader4が武器を構える。
ドルマヤンのアストヒクも、黒いガンダムたちへ向き直った。
「やむを得ないか……。一時共闘させてもらう」
先ほどまで一騎打ちをしていた相手と、即座に共闘する。
奇妙な構図だったが、今はそれどころではない。
戦場は瞬時に三つへ分かれた。
レイのゴッドガンダムは、ヒリングのアストレアTYPE-Fブラックと。
621のloader4は、リヴァイヴのガルムガンダムとブリングのプルトーネブラックと。
ドルマヤンのアストヒクは、デヴァインのサダルスードTYPE-Fブラックと。
まず激しくぶつかったのは、レイとヒリングだった。
ヒリングは二振りのプロトGNソードを軽々と振るい、連続で斬撃を放ってくる。
レイはビームサーベルでそれを受け、流し、時に紙一重でかわす。
「やるじゃないさ! 太陽炉がないガンダムの癖に私たちと張り合うなんてね」
「太陽炉の有無が性能差を決めつけるには早いんじゃないのか?」
「へぇ? だったら……これならどう?」
ヒリングは一度距離を取った。
レイは追わない。
何かを仕掛けてくる。
そう読んだからだ。
「何をするつもりだ……?」
「フッ……行くわよ、トランザム!」
アストレアTYPE-Fブラックのコックピット内で、ディスプレイに“TRANS-AM”の文字が走る。
次の瞬間、黒かった機体が赤く染まった。
橙色のGN粒子が一気に放出され、機体全体を赤い残光が包む。
「なっ……!? トランザムッ!?」
レイは思わず声を上げた。
使える可能性は考えていた。
だが、開幕から躊躇なく使ってくるとは思っていなかった。
その一瞬の驚き。
ヒリングはそこを見逃さなかった。
トランザムによる粒子全面開放。
通常の三倍の性能と機動力を叩き出すアストレアTYPE-Fブラックが、赤い残像を引いてゴッドガンダムの周囲を駆け抜ける。
「早っ……どあぁっ!?」
「ハハハ! 気持ちいいわね、コレ!」
ヒリングはGNビームピストルを抜き、ゴッドガンダムを中心に全方位を駆け巡りながら乱射した。
ビームが霧を裂き、赤い残光が視界を埋める。
レイは咄嗟にゴッドガンダムを動かしたが、完全には避けきれない。
数発のビームが装甲を掠め、直撃した箇所に焦げ跡が走った。
「くそっ……初っ端からトランザムで仕掛けてくるとは予想もしてなかったから余計なダメージを受けた!」
「ほらほらっ! さっきまでの勢いはどうしたのかしら?」
「ちぃっ! ……なめるな!」
その頃、621とエアもまた、ヒリングの機体が赤く変わる瞬間を見ていた。
《機体が、赤く……?》
【あれはトランザムと呼ばれるGN粒子を全面開放することで起こる現象です。機体スペックが通常の三倍になる代わりに粒子消費量が多くなることが欠点です】
《となると……あの機体たちも》
621の警戒がさらに強まる。
疑似太陽炉搭載機というだけでも厄介なのに、その上で一時的に性能を跳ね上げる切り札まで持っている。
その時、後方にいたリヴァイヴのガルムガンダムが試作型GNメガランチャーを構えた。
「やれやれ……ヒリングは開幕から飛ばしているようだね」
「リヴァイヴ、例の超兵擬きを引き付ける」
「了解だよ、ブリング」
ブリングのプルトーネブラックが前へ出る。
GNビームサーベルを抜き、loader4へ斬りかかった。
621はクイックブーストで回避し、即座に反撃へ移る。
手にした重ショットガン、ジマーマンの銃口がプルトーネブラックへ向けられた。
轟音。
散弾がプルトーネを襲う。
だが、その一撃は届かなかった。
プルトーネブラックが構えたGNシールド。
さらにその前面に展開されたGNフィールド。
二重の盾が、ジマーマンの凶悪な衝撃を受け止める。
《ッ……本当に厄介、GN粒子って!》
【疑似太陽炉から生成される粒子で防御フィールドを展開しているようです】
エアが解析する。
だが、その声に反応したのは621だけではなかった。
「ッ……脳量子波に干渉してくるこの感覚。例のCパルス変異波形の声か」
【っ!? こちらの声を認識している……?】
ブリングの声に、エアが驚きを隠せない。
コーラル交信を完全に盗聴しているわけではない。
だが、脳量子波に近い感覚として、そこに“声”が存在することを認識している。
イノベイド。
その名が、ただの肩書きではないことを示していた。
「でも、僕たちの敵ではない」
リヴァイヴが淡々と言い、ガルムガンダムの試作型GNメガランチャーを発射した。
橙色の極太ビームが、loader4へ迫る。
【レイヴン、回避を!】
《やっば……!?》
621は咄嗟にクイックブーストで回避した。
ビームが通過した空間が焼け、ザイレムの構造物が溶断される。
しかし、その回避の隙をブリングは逃さなかった。
プルトーネブラックが一気に距離を詰め、GNビームサーベルを振り下ろす。
「その隙は逃さん!」
《くっ! 間に合わ……!》
GNビームサーベルがloader4を切り裂く、その寸前。
突然、621、リヴァイヴ、ブリングの脳裏に、異様な音が響いた。
突撃ラッパ。
【突撃ッー!】
【【【うぉぉぉぉぉっ!!】】】
【【【バンザァァァァィイ!!】】】
「ぐっ!? 五月蠅いっ!!」
「ぬぅ……! この声は、例の日本帝国を名乗る者たちか!」
あまりの喧しさに、ブリングの動きが一瞬だけ鈍る。
そのわずかな遅れで、621は生き残った。
loader4が機体を捻り、GNビームサーベルの軌道から逃れる。
《喧しい……でも、そのおかげで助かった》
【六二一、赤いの、大丈夫か?】
【あなた達のおかげでレイヴンは助かりましたが、もう少し静かに出来ませんか?】
【ダメだ!】
【ダメだ!】
【ダメだ!】
【それは出来かねぬぅ!】
【ハァ……】
エアのため息が、通信越しに響いた。
その頃、ドルマヤンはデヴァインのサダルスードTYPE-Fブラックと交戦していた。
アストヒクは旧式のAC。
対するサダルスードは疑似太陽炉搭載ガンダム。
機体性能だけで見れば、明らかに不利だった。
だが、ドルマヤンの動きは乱れない。
「やはり……あの機体の背中から放出される粒子。コーラルとは別の何かか」
「相手は旧式のAC。だが、油断はしない!」
デヴァインはリボルバーバズーカを構えた。
六連の回転式弾倉。
そこには、異なる弾頭が混在して装填されている。
まず二発。
デヴァインが砲撃する。
ドルマヤンは右腕のバーストライフルで飛来する弾頭を撃ち落とした。
だが、弾頭は空中で破裂し、周囲に煙を撒き散らす。
「スモーク……いや、ただのスモークではないな」
アストヒクのレーダーが乱れる。
HUDの表示がぶれ、一部の計器が明滅した。
ただ視界を遮る煙ではない。
「スモークの中にEMPの類が入ったものか。しかし……」
「このまま仕掛ける。……トランザムッ!」
サダルスードTYPE-Fブラックが赤く染まる。
トランザムによって機体性能とセンサー能力を底上げし、煙幕と電子妨害の中からアストヒクを捉える。
「撃ち抜く……!」
デヴァインは残る四発を本命として放った。
弾頭が異なる軌道と性質を持ってアストヒクへ迫る。
だが、ドルマヤンは読んでいた。
アストヒクが、必要最小限の動きで弾頭をかわす。
まるで相手が何を狙ってくるのか、最初から分かっていたかのように。
「何っ!?」
「まだ甘い……!」
ドルマヤンのアストヒクが踏み込んだ。
BASHO腕の近接武器適性とKIKAKUブースターの推力を乗せた一撃。
左腕のパルスブレードが、デヴァインのリボルバーバズーカを斬り裂いた。
デヴァインは即座に武器を放棄し、誘爆から逃れるように距離を取る。
直後、リボルバーバズーカが爆発した。
「流石は解放戦線の総司令……。ただの人間と侮ればやられるのはこちらか」
「イノベイター……お前たちはいったい何者なのか、見極めさせてもらう」
ドルマヤンの声は静かだった。
だが、その奥には強い警戒があった。
一方、レイはヒリングのトランザムに少しずつ慣れ始めていた。
最初こそ意表を突かれた。
だが、トランザムは無敵ではない。
速い。
確かに速い。
だが、ヒリングの動きは攻め気が強すぎる。
速度に任せた直線的な軌道が多く、慣れれば読める。
レイはその場からほとんど動かなくなっていた。
ゴッドガンダムを大きく動かすのではなく、最小限の体捌きでビームをかわす。
身体を半身にし、腕を引き、足をずらす。
モビルトレース・システムは、その全てを機体に反映する。
ヒリングの声に、苛立ちが混じり始めた。
「こいつ……私の動きを読んでいる?」
「トランザムにいい加減慣れてきたからな。それに、若干動きが単調だから読みやすいってこともあるがな!」
「じゃあ……これで終わりにしてあげる!」
ヒリングはゴッドガンダムの背後へ回り込んだ。
赤い残光を引きながら、右手のプロトGNソードを突き出す。
背後からの一突き。
だが、レイは読んでいた。
即座に振り向く。
ゴッドガンダムの両手が、迫るプロトGNソードの刃を挟み込んだ。
白刃取り。
「嘘でしょ!?」
「言ったはずだ。動きが単調だってな!」
レイが両腕に力を込める。
ゴッドガンダムの腕部が軋み、挟み込んだプロトGNソードに負荷が集中する。
次の瞬間、刃がへし折れた。
ヒリングが反応するより早く、ゴッドガンダムの蹴りがアストレアTYPE-Fブラックの胴へ叩き込まれる。
「ぐぅ!? ……ガンダム!」
アストレアTYPE-Fブラックが吹き飛ぶ。
その直後、トランザムの限界が来たのか、赤く染まっていた機体色が本来の黒へ戻っていった。
ヒリングは、たかが人間に虚を突かれたことに苛立ちを隠せない。
残ったプロトGNソードを構え直し、再びレイへ斬りかかろうとした。
だが、その直前、リヴァイヴから通信が入る。
「ヒリング。リボンズから撤退命令が下った。ここでの役目は終わったようだ。引きますよ」
「でもリヴァイヴ! あのガンダムにいいようにやられたんじゃ私が納得しないんだけど!?」
「我慢しろヒリング。我々の計画が円滑に進めるためにも戦力を無駄に裂くわけにはいかん」
「ブリングまで? ……ああもう、分かったわよ!」
ヒリングは不満を露わにしながらも、命令には従った。
アストレアTYPE-Fブラックが後退する。
プルトーネブラック、サダルスードTYPE-Fブラック、ガルムガンダムもそれに続く。
黒いガンダムたちは、橙色のGN粒子を残してザイレムから離脱していった。
敵影が遠ざかる。
戦場に残されたレイ達は、ようやく息を吐いた。
【敵対勢力の撤退を確認。……しかし、彼らはいったい?】
《レイ。確か彼らをイノベイターって言ってたよね。何か知ってる?》
「知っているけど……説明するのは簡単なんだが、逆に何であいつらがこの世界にいるのか俺が聞きたいよ」
本来なら、この世界に存在しないはずの者たち。
リボンズ。
ヒリング。
ブリング。
デヴァイン。
リヴァイヴ。
彼らがいるということは、もはや単なるACVI世界へのガンダム技術流入では済まない。
何かが、根本から歪んでいる。
そこへ、ドルマヤンから通信が入った。
「レイにレイヴン。そしてCパルス変異波形のエアよ」
「おっと、そういえばまだコーラルに関する問いの途中だったな。続きでもやるつもりか?」
「いや、お前たちがコーラルの危険性を理解していることは十分に理解した。そしてコーラルリリースを阻止しようと取り組んでいることもな」
ドルマヤンの声には、先ほどまでの疑念がわずかに薄れていた。
レイは小さく肩の力を抜く。
「……とりあえず、一時的な信用を勝ち得た感じか?」
「ルビコンに増殖していくコーラルを如何するつもりか、そしてコーラルリリースを如何阻止するのか……いずれにせよ、この目で確かめるまで朽ち果てるつもりはない」
それは協力の約束ではない。
だが、少なくとも今ここで敵として排除し合う必要はなくなった。
ドルマヤンはアストヒクを反転させた。
その背部から赤い残光がわずかに漏れる。
コーラルを燃やすジェネレータを積んだACに乗りながら、それでもコーラルの行く末を見届けようとする男。
その矛盾ごと抱えたまま、師父サム・ドルマヤンはザイレムから去っていった。
【ACアストヒクの撤退を確認】
《……ハァ。今日は色々あってかなり疲れた》
「だな。……やるもんじゃないな、柄でもないことをやるのは」
レイも深く息を吐いた。
ゴッドガンダムは強力な機体だ。
だが、モビルトレース・システムによる負荷は決して軽くない。
戦闘中は気合いで動けた。
だが、緊張が切れた瞬間、全身の疲労が一気に押し寄せてきていた。
621のloader4とレイのゴッドガンダムは、ザイレムを後にし、ミレニアムへ帰還した。
なお余談ではあるが、激しく身体を動かし続けたレイは、ミレニアムに着艦した直後に全身の筋肉痛で動けなくなり、そのまま医療班に搬送された。
ゴッドガンダムの性能は申し分ない。
だが、乗りこなすには、機体以上に搭乗者の身体が問われる。
その事実を、レイは痛みと共に思い知ることになった。
◆◇◆
レイ達がザイレムからミレニアムへ帰還し、ひとまずの休息に入っていた頃。
彼らの知らない場所では、別の計画が静かに進行していた。
惑星封鎖機構のネットワーク、そのさらに深部。
本来ならば封鎖機構内部でも限られた権限を持つ者しかアクセスできない領域へ、ひとつの異物が入り込んでいる。
リボンズ・アルマーク。
彼の前に浮かぶ複数のモニターには、封鎖機構が保有する兵器群の情報と、それらを統括するAIの管理画面が表示されていた。
《OLGU:管理者から命令を受諾。GFAX-1の運用を無人から有人に変更。コード78E受諾後、GFAX-1の出撃》
機械的な音声が響く。
GFASでもなければ、通常のモビルスーツでもない。
表示された識別番号は──GFAX-1。
デストロイガンダム。
本来、封鎖機構はこの巨大兵器を無人機として運用する予定だった。
だが、その計画は既に書き換えられていた。
「……OLGUのセキュリティレベル4を突破。これで封鎖機構やオールマインドでも分からないだろうね」
リボンズは満足そうに微笑む。
封鎖機構を統括するAI“OLGU”。
その管理権限の一部を掌握し、デストロイガンダムの運用仕様を無人から有人へ強制変更する。
しかも、ただ命令を書き換えただけではない。
侵入の痕跡すら極力残さず、封鎖機構だけでなくオールマインドからも発覚しづらいよう細工されている。
彼らが気づいた時には、すべてが終わった後。
リボンズにとっては、それで十分だった。
その時。
彼の背後から、小さな足音が近づいてきた。
「お兄ちゃん、何してるの?」
振り返る。
そこにいたのは、一人の少女だった。
まだ幼さすら感じさせる表情。
しかし、その身体には普通の少女とは異なる処置が施されている。
リボンズは彼女を見て、柔らかく笑った。
「618……いや、今は“ステラ”だっけ? 君の機体がちょうど用意できたところだよ」
「私の? ……じゃあ私、ACに乗れるの?」
「ACとは違うけど、君なら使える物だよ」
「やったー! ヒリングお姉ちゃんやリヴァイヴお兄ちゃんたちと一緒に戦えるね!」
ステラと呼ばれた少女は、無邪気に喜んだ。
だが──その正体を知る者が見れば、その光景はあまりにも異様だった。
618。
かつてウォルターの猟犬部隊に所属していた強化人間。
本来ならば、スッラとの戦闘によって死亡したはずの存在。
しかし、彼女は死んでいなかった。
致命傷に近い重傷を負いながらも、奇跡的に生命を繋ぎ止めていたのだ。
そして、その瀕死の618を回収したのがリボンズだった。
治療。
肉体の修復。
そして──記憶への干渉。
618として生きてきた記憶は改竄され、空白になった部分には、新たな認識が埋め込まれていった。
リボンズ。
ヒリング。
リヴァイヴ。
ブリング。
デヴァイン。
彼らは自分の家族。
血こそ繋がっていないが、自分を助けてくれた大切な兄や姉たち。
そして自分は──ステラ。
そう信じるよう、再調整されていた。
少なくとも、今の少女に618だった頃の面影はほとんどない。
無邪気に笑い、戦うことすら家族と一緒にいられる楽しい出来事のように受け取っている。
そんな二人へ、別の男が近づいてきた。
「……どうやらそっちは順調のようだな? リボンズ」
「そっちも計画通りに進めているのかい?」
「ああ、今のところは進んでいるな。しかしまぁ……」
スッラだった。
その視線が、リボンズの隣にいる少女へ向く。
かつて、自分自身の手で仕留めたはずの相手。
618。
死んだと思っていた少女が、今は別の名前を与えられ、まるで何事もなかったかのように生きている。
ステラもスッラの視線に気づいた。
一瞬だけ身体を硬くする。
そして、怯えたようにリボンズの背後へ隠れた。
「……随分と、嫌われたものだな」
スッラは呆れたように呟いた。
もっとも、618だった頃の記憶を失っている彼女が、なぜ自分を恐れるのか。
本人にも分からないのだろう。
記憶を消しても、身体の奥に残った恐怖までは完全に消えなかったのかもしれない。
「お兄ちゃん。あのおじさん、怖くて嫌……」
ステラはリボンズの服を掴むようにして身を隠す。
リボンズは彼女を安心させるように微笑んだ。
「……少なくともスッラは敵じゃないよ、ステラ。君の晴れ舞台はもうすぐやってくるよ」
「晴れ舞台……?」
ステラが小さく首を傾げる。
その背後。
モニターに表示されているデストロイガンダムの巨体。
莫大な火力。
圧倒的な装甲。
そして、都市ひとつを戦場へ変えかねない巨大兵器。
それが、彼女に与えられる機体だった。
リボンズは再びモニターへ視線を戻す。
オールマインドは、自分たちを利用しているつもりなのだろう。
封鎖機構もまた、自らの兵器が自分たちの管理下にあると信じている。
だが、そのどちらも知らない。
彼らの見えないところで、リボンズたちイノベイドもまた独自の計画を進めていることを。
そして、その計画に必要な駒は着実に揃いつつあった。
黒いガンダム部隊。
掌握した封鎖機構のシステム。
GFAX-1、デストロイガンダム。
そして──死んだはずの強化人間、618。
今は“ステラ”という名だけを信じ、リボンズを兄と慕う少女。
彼女自身はまだ知らない。
やがて自分が戦場で出会うことになる者たちが、本当はかつて自分と同じ場所にいた者たちであることを。
リボンズたちはオールマインドすら出し抜くため、誰にも悟られぬまま暗躍を続けていた。
◆◇◆
ザイレムでの一件から、しばらく後。
別の場所では、また別の思惑が動き始めていた。
ウォルターはひとり、通信端末の前に立っていた。
接続先はアーキバス。
より正確には、その中枢に近い人物──ヴェスパー第二隊長、スネイル。
回線が繋がると、まず返ってきたのは、相変わらず刺のある声だった。
『また貴方ですか? 駄犬の飼い主と違って暇ではないのですよ?』
露骨な嫌味。
だが、ウォルターは気にした様子を見せない。
「ヴェスパー副長ともなれば心労も多いようだ。とりわけ……今の状況では」
その言葉に、スネイルの声色が僅かに変わる。
『……何が言いたい』
ウォルターは余計な前置きを挟まなかった。
「惑星封鎖機構に対する急襲作戦……手駒が足りていないのだろう?」
中央氷原。
そこに存在するバートラム旧宇宙港。
封鎖機構が重要拠点として利用しているその場所に対し、アーキバスは近々大規模な急襲作戦を実行する予定だった。
だが、封鎖機構との戦闘が各地で激化した結果、企業側にも余剰戦力は決して多くない。
ウォルターはそこへ621を売り込もうとしていた。
スネイルは、その意図を即座に理解する。
『成る程……浅ましくも涙ぐましい営業努力です』
皮肉が返ってくる。
『ですが、貴方の駄犬の活躍が我が社にとって利益につながるとは思いません。はっきり言えば、お断りです』
即答だった。
621の戦力そのものを低く見ているわけではない。
むしろ、その逆。
あまりにも目立ちすぎる。
独立傭兵レイヴン。
封鎖機構からも優先排除対象として認識され、企業側でも無視できない存在となった今、アーキバスの作戦へ深く関与させることは、余計な注目を集める危険がある。
だが、そこへ別の声が割り込んだ。
『いいではないか、スネイル』
『ラウ? 仕事の方はいいのですか』
ウォルターは僅かに眉を寄せた。
「ラウ……? 誰なんだ」
通信の向こうから、落ち着いた男の声が返ってくる。
『申し遅れた。スネイル第二隊長の秘書のラウ・ル・クルーゼだ』
ウォルターはその名を記憶する。
スネイルの秘書。
だが、単なる事務方とは思えない声だった。
どこか人を値踏みするような落ち着き。
そして、必要以上に感情を表へ出さない話し方。
スネイルが問い返す。
『それで……何故駄犬を戦力に含めることを良しとするのです?』
『なに、こちらの独自の情報を入手していてな。聞けばレイヴンは足立重工とは依頼とは別によく絡んでいると聞いた』
その言葉に、ウォルターは僅かに目を細めた。
621と足立重工。
正確には、レイ達との関係。
単なる依頼人と傭兵という枠を既に超えている。
621はミレニアムを拠点のひとつとして使い、617もレイと行動を共にしている。
足立重工との繋がりを得たい企業から見れば、621は非常に使いやすい橋渡し役になる。
『……そういう事ですか。ラウ、貴方は駄犬の飼い主を通して足立重工とのパイプを確立させるつもりですか』
『理解してもらえて何よりだ』
ラウの目的は単純だった。
621を戦力として使うだけではない。
その背後にある足立重工との接点。
そこに価値を見出していた。
スネイルはしばし沈黙した。
感情では気に入らない。
だが、利益があるなら話は別。
そしてアーキバスという企業にとって、未知の技術体系と強力な戦力を持つ足立重工との繋がりは、軽視できるものではなかった。
『……いいでしょう。ラウの言った通り、足立重工とのパイプをアーキバスに繋げることを条件に貴方の駄犬を戦力として計算に入れておきましょう』
条件付き。
だが、ウォルターの目的は達成された。
621はバートラム旧宇宙港襲撃作戦へ編入される。
ただし、その代償として足立重工との仲介役を求められることになった。
「足立重工の件は分かった。それともう一つ、駄犬呼ばわりは止めてもらおう。旧世代型にも尊厳がある」
珍しく、ウォルターの声に僅かな苛立ちが混じった。
621は強化人間。
番号で管理され、傭兵として扱われる存在。
それでも、道具ではない。
少なくともウォルターは、そう考えていた。
通信の向こうでスネイルが何かを返そうとした気配があったが、ウォルターは用件が済んだと判断して回線を切った。
静寂が戻る。
ウォルターはしばらく端末を見つめた。
旧宇宙港襲撃作戦。
621を参加させることには成功した。
問題は、もうひとつ。
「アーキバスに足立重工とのパイプか。レイがこれに応じるかどうか……」
足立重工は、企業間競争の常識から大きく外れた存在だった。
独自技術。
ガンダム。
日本帝国。
そして、レイという極めて自由な判断をする人物。
アーキバスと正式な接点を作ることを、彼がどう受け取るかは分からない。
ウォルターは小さく息を吐いた。
旧宇宙港襲撃作戦まで、それほど時間はない。
621へ任務を伝える前に。
まずはレイへ、この条件をどう説明するか。
次に考えるべき問題は、それだった。
オマケ
ザイレムから帰還したゴッドガンダムとloader4が、ミレニアムへと接近していた。
ドルマヤンとの一騎打ち。
そこへ乱入してきたイノベイドたちの黒いガンダム部隊。
トランザムまで使用した疑似太陽炉搭載機との戦闘を終えた二人には、流石に疲労の色が濃かった。
「あーっ……。ドルマヤンといいイノベイターといい、色々ありすぎて疲れたわ……」
《あのガンダム達、本当に厄介だった》
【二人とも、お疲れ様です】
エアの労いに、レイはゴッドガンダムのコックピット内で大きく息を吐いた。
戦闘中は気を張っていたため、それほど疲労を意識していなかった。
しかし、ミレニアムの姿が見えたことで緊張が緩んだのか、急に身体が重く感じ始めている。
もっとも、今のところは単なる疲れだと思っていた。
『司令、六二一、こちら管制部。着艦の確認を実施せよ』
「了解、甲板に着艦する」
《分かった》
『着艦を許可する』
ゴッドガンダムがゆっくりと高度を落とす。
隣ではloader4もスラスター出力を調整し、ミレニアムの甲板へ接近していった。
二機は誘導灯に従い、順番に着艦する。
ゴッドガンダムの両足が甲板へ接地。
続いてloader4も無事に着地した。
『着艦を確認。見事だ』
《何とか着いた》
「ふぅ~……ようやく一息付けるな……」
レイが全身から力を抜いた。
その瞬間だった。
ピキッ!!
人工筋肉の奥で、何かが一斉に悲鳴を上げた。
「あっあががががっ!?」
《レイ!?》
『こちら管制部、何か問題が起こったのか?』
621が隣を見る。
ゴッドガンダムそのものには異常がない。
だが、そのコックピット内ではレイが妙な体勢のまま震えていた。
《……レイが、何故か痙攣している》
「か……体がっがががががっ!?」
腕を動かそうとすれば痛い。
脚を伸ばそうとしても痛い。
背中も腰も肩も、身体中の至る所から一斉に激痛が走っていた。
「あかん、司令が大変なことに……!」
「衛生兵ーっ!!」
「おい金田っ! ストレッチャー持ってこい、大至急!!」
「只今参りますっ!!」
途端に甲板上が騒がしくなる。
コックピットから救出されたレイは、ほとんど身動きが取れない状態のままストレッチャーへ載せられた。
「痛たたたたっ!? ちょっ、もっとゆっくり運んでくれ!」
「司令、我慢してください!」
「これ以上痛めたら大変だぞ!」
「だから揺らすなって言ってるだろぉぉぉっ!?」
そのままレイは、半ば強制的にミレニアムの医務室へ搬送されていった。
数十分後。
検査を終えたレイはベッドの上で横になっていた。
身体の各所には、人工筋肉の状態を確認するためのセンサーが取り付けられている。
医療担当の日本兵が診断結果を確認しながら告げた。
「人工筋肉の疲労による一時的な痛み……結果として、全身筋肉痛ですな」
《筋肉痛? レイ達はアンドロイドボディだから筋肉痛は無い筈だと思うけど……》
見舞いに来ていた621が、不思議そうに問いかける。
その疑問に、技術班の日本兵が説明した。
「俺達の場合はより人間の体に似せるために痛覚システムを人間と同じように再現されているんだ。だから司令は激しく動く機体で筋肉痛が起きたんだ」
「……つまり、レイが乗っていたゴッドガンダムのモビルトレース・システムと何か関係があるのですか?」
《エア?》
エアもアンドロイドボディで医務室へ来ていた。
彼女の問いに、ベッドへ横たわったレイが呻きながら答える。
「あーっ……俺が乗っていたゴッドガンダムのコックピット内はレバー操縦ではなく、自身の身体の動きをトレースして動かすってタイプのものなんだ。そんで俺は、己の身体の限界まで動かしたから人工筋肉にダメージが許容範囲外に振り切ったから今の状況の筋肉痛になっているって訳だ……あっ痛たたっ!」
説明しながら僅かに身体を起こそうとしただけで、全身に痛みが走る。
レイは即座にベッドへ沈んだ。
ザイレムでの戦闘中。
アストヒクの攻撃を避けるための急激な動作。
ヒリングのトランザムへ対応するための高速反応。
さらにはプロトGNソードを白刃取りし、そのままへし折って蹴り飛ばすという、本来なら人間の身体ではそう何度も繰り返すものではない動作。
それら全てをモビルトレース・システムが拾い、ゴッドガンダムへ反映していた。
つまり機体だけでなく、レイ自身も戦闘中ずっと動き続けていたのである。
「しばらくの間、安静でいてください。全回復まで精々二~三日かかります」
「二~三日かよ……」
レイがげんなりする。
その横で、エアが少し考えるように首を傾げた。
「……やはり、レイの作った機体は常識とは無縁の様ですね」
《私もエアに同意》
「勘弁してくれ……」
完全に意見が一致した二人に、レイは反論する気力すら残っていなかった。
こうして、ゴッドガンダムの初実戦は無事に終了した。
機体は無事。
パイロットも無事。
ただし──全身筋肉痛。
少なくともレイは、次にゴッドガンダムへ乗る時までには、もう少し身体を鍛えておこうと固く決意するのだった。